だけどここいらはさっぱり。
黒雲があちらこちらに分散しているけどみんなちいさいかたまり。
おとといだったかな、村治佳織さんのタンザニア紀行。
ヨーロッパナイズされない無垢のローカル音楽探訪。
2,3才から音楽と踊りが一体となった生活いや"生"。こういった音を出すことと体を動かすことという衝動は、逆に人類共通のものがあるのかななんて驚きもした。
モード(旋法)とかリズム、旋律といったものの感覚は地域差も大きく全く個別進化の極みのような感じもするのだが、もっともベーシックな部分では似たようなものを感じる。
それにしてもわが日本の生んだクラシック・ギター界のヴィルトオーゾ村治佳織は単なるかわいこちゃんでない"美人"で、あの感受性の豊かさならなと納得するとともに「音楽を生み出す・・・解釈でなく・・・つまり作曲する」衝動というものを色づけなく画面を見ているひとたちに見せつけてくれたことに、再生芸術家の域を越えた"音楽するひと"の清き感覚をみてとれた。
こんな番組をつくれるのもNHKだと感心したがディレクター次第なのだろう。
テレビも全否定はできない。
"暴動"のニュースですら"編集"という作業が入ると場合によっては"創作"になってしまう。
観る側が教養を身につけ空気につめをたてて情報をとらえ真偽を見抜く力をみがいていくことだけだ。
ものつくりの作業は自然とそういう姿勢を自分自身に要求してくる。
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