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2012年2月29日水曜日

2度目の積雪

お昼くらいまでチェーンを巻いてないと危険であった。
あしたは10度を越えるといっていた。
きょうは来客のためずーっと午後は家の中。
月命日。
きのうは久々に脱穀して体を使ったせいか調子がよかったような気がした。
なんか体が軽くなるような気がしていた。

あしたの朝は凍結しているのかな。

2012年2月25日土曜日

体を動かさない

ことがなんとなく体調の悪さをもたらしている原因かな、という気がする。
昼過ぎ従来だと動きっぱなしだったのが座敷に座ってばかりとなってしまった。
しかたないといえばそれまでなのだが、ちょっと時間ができても「ポーッ」としてしまう状態となってしまった。

白州次郎の本がおもしろい。
日本語だけのことできのうは書いてしまったが総じて見れば「妙なとらわれから外れ自由にものごとを眺め・判断できる」ひとだと思う。もちろんさまざまな精神的・知的"汚染"を廃すことのできる分厚い教養と知性の熟成をもっている。ただしやはり西洋の知的訓練がもとになっていることは言うまでもない。

久しぶりにebayをやった。
パスワードがなかなか思い出せなかった。
2品落としたが円はやや弱くなっていたようだ。
フランスのノルマンディーからやってくる。

ビールは当分無理のような気がするが日本酒のぬる燗なりちょびっと常温なら少しはいけそうだ。冷たいモノはだめかもしれない。

2012年2月24日金曜日

あたたかい一日だった。

上着も一枚減らす。
病院でゴルゴ13を読んで(見て)いたので惰性で今でもつづけている。
白州次郎の「プリンシプルのない日本」というを読んでいる。
東北電力の会長をやっていた時期があるようだが東北電力というとここ所沢には安松荘という古い民家があり、ある東北電力会長経験者が使っていたということだ。上野の博物館の管理になっている。一見のの価値あり、木曜日だけ開館だったと思う。
白州の日本語論がちらっと出てきたりするが「バビロンの川の・・・」の著者同様に西洋かぶれ丸出しのところがあり終戦処理に骨身を削った功績はさておくとして明治以降のヨーロッパ偏重の大河の流れのごときアカデミズムを"越えている"とはとてもいえない。
いい意味の"逸脱"のない保守的なインテリであったと思う。この"保守的"ということばのここでの使い方も悲しい使い方かもしれないが。
ただ実務家なので日本語論・・・からの批判にはやや苦痛がともなうかもしれない。

入院中の2月14日にお客様からいただいたチョコレートをあれやこれやと食べているがまた病院行きとなっては困るのでセーヴする。
日生とAxaから入院費用が出そうだ。

お隣の東村山と清瀬市は市街化調整区域がないそうだ、というか無くなったそうだ。
所沢もそういう方向へ、と聞いたことがあるが専業農家は相続ごとに屋敷売却という現況以上に大変なことになっていくものと見られる。
のびのびとやるにはもっと東京の外側へ行かなければならないのかな。

姪っ子が山ガールだって。
うーむ、・・・。

2012年2月22日水曜日

伊豆大島の三原神社そばから

本土を眺めている映像をテレビでやっていて思い出したが冬の雲取山山頂から伊豆大島らしきものを確認したことがあるのを思い出した。
遠くを眺めるのは楽しいものだ。
きょうは父の通っていた床屋さんに域お礼かたがた頭をきれいにしてもらった、何もしなくてもきれいだけど。
床屋さんは宮城県出身で鳴子温泉郷の近くがふるさとである。
こちとらはさんざん仙台発で山登りをしていたので話が弾んだ。
列車から、駅から、バスから、山麓から、山頂から・・・といろんな遠くの眺め方があるが"遠望"をたっぷりと楽しんできた人生であった。
もうそろそろ本でも読もうかなという欲望がわいてくる。
やることがたくさんあって大変なのだがね。

2012年2月21日火曜日

入院している間

お客様が持ってきてくれた生チョコ類を持ち帰る。
ズボンがずり落ち気味だがまたもとに戻ってしまいそう。
日々昼間の寒さが和らいでいくような気がする。
いつもだと年が明けると10日ころには梅が咲き始めていたのが最近の傾向だがことしは2月の20日近くになってやっとという感じ。
昔のことを考えてみてもだいぶおそいような気がする。

2012年2月20日月曜日

まだ完全じゃ

ないみたいで、疲れやすい。
病院で5日間ごろごろしていて退院後すぐ働いてみてまず体で気の付いたことは、ただ立ち仕事を一日したというだけでふくらはぎや太ももが筋肉痛になったことである。
一月入院したらどういうことになるんだろう。
交通事故で一月以上足にギプスをしていたものがそれをはずした時ふにゃふにゃとなって歩けないどころか立っていられないということを聞いたことがある。
使わないでいると退化に向かっていくのか。
「考えること」も怠ると・・・。

2012年2月19日日曜日

近所のあいさつまわりをしていて

墓地の脇の高台の切れ目からスカイツリーが見えたよ、かなり大きく見えた。
ということはその右にあったのはサンシャインや新宿と言うことだな。
(両)親の同級生とか近所(町内会ではない)づきあいの範囲は丁重に挨拶してまわっているのだが、近所でありながらあまりにも無知な自分が恥ずかしくなってしまった。

2012年2月18日土曜日

スローテンポでこなした一日。

コーヒーは一杯。
NさんのEva Cassidyのブログがよかった。
創作の域に達した歌唱とは彼女のうたそのものである。
みんなが慣れ親しんだありふれた歌も創作になってしまっている。
大衆音楽は作詞・作曲だけが創作で歌唱はただの媚び売りエンターテインメントというのがほとんどだがCassidyは歌唱そのものが"詩"になっている。
クラシックは楽譜そのものが芸術という権威になってしまっているので、それをなぞるだけでも芸術ということに祭り上げられてしまう安直な受け入れ方をされやすい世界になってしまっている。かといってグールドが無条件に祭り上げられてしまうようなマスコミ的コマーシャリズムもこまってしまう。
Nさんのブログ自体が"詩"に感じられた心地よい短文であった。
文が詠じている。
散文がうたっている。
このひと自身が詩人なのかなと思う。
批評は詩であり、詩は批評である。

さてさて"豆"で詠じることができるだろうか。
・・・、できる。

2012年2月17日金曜日

前回が12日になっているので13日からかな

、実はきょうの昼まで入院していました。
風邪の菌がおなかにはいったのかえらい目にあいました。
生まれて初めての入院体験です、それも父が最初に入った病院です。
最初の一日は楽しかったのですが2日めからは苦痛でせした・・でもたまにはこういうふうに休むのも必要かなとは思いましたが。
病院の玄関から出たときピーカンの空がまぶしかったです。思えば中に入っている間一度も外(つまり4人部屋の通路側だったことも原因かと思われますが)を眺めようとしなかったあるいは眺める気力もなかったといったほうがいいかもしれませんが、密室に安心してしまったというかあきらめてしまったのかもしれません。
何か異常な気もするのですが、朝日・毎日・サンケイと読み比べ、文藝春秋を珍しくかたっぱしから読み、サライをながめ、ビッグコミックを見、お仏壇の長谷川・社長のカンブリア宮殿を見、藤田まこと最後の仕置き人を見・・・と結構不健康ながらも普段しないことをしまくっていたのです。
まともではないのかな。
平凡だけど健康であることのありがたさをひしひしと感じました。
ウチに帰ると小澤征爾/村上春樹の対談が届いていた。
さらにこないだのあんころもちにつづき、太宰府の梅が枝もちがおいてありました。だれがもってきたのでしょうか。
あんこは胃にやさしい。

2012年2月12日日曜日

少し固くなりかけているほんものの

きのうついたあんころもちに舌鼓を打ちながら狭山茶で一服。
気持ちの落ち着きというものは感じられずただぼーっとしているだけの状態だが、あんこのやさしい甘さに洋菓子からは得られないほっとしたものを手に入れる。
25年来のお客様とおしゃべり。
夕方ちっとも会えないとのクレームに父の死を告げる。
たくさん励まされた、ありかたいことだ。80近いおばあちゃんで息子さんは高校の後輩。
いつもやさしいことばを置いていってくれる大好きなおばあちゃんだ、いやいやおばさんだ。
小澤征爾と村上春樹の対談本を発注。あら探しの読書となりそうだ。

2012年2月8日水曜日

ひいやりと寒い夕方、

一瞬だが雪が舞う。
閉店間近歯医者のY氏来店、元気をもらう。教育委員になったとのことだ。新聞に汚染されてない自分のこばを持つひとだ。
「街道をゆく」は喜望峰。アジアへの希望、ということだったんだ。岬の映像は初めて見る。いつものように3分程度の番組ながら忘れることのできない絵をまぶたに焼き付けてくれる。
小説はまだ読めない。
マーラー本をつまみ読み、当分はしかたないな。
毎週つまり「・・・七日」にお線香を上げに来てくれる分家のおばさんと長おしゃべり。父のことで知らないことをいろいろと聞く、ありがたいことだ。
他者感覚ということをわきまえないで父をどなったりした自分を恥じる。
兄弟で一番下なのに跡を継いだ意味はある程度情報があったものの、継いだ後もさまざまな形で上ふたりに苦労させられた話を聞く。父がますます好きになったが気持ちが伝えられないのが苦しい。分家へ行って吐露したことを子供たちには絶対言わなかったことを尊敬する。親に「尊敬」などという言葉を使うのはいささか安っぽくもあるのだが、父にかっこよさを感じた。
祖父に怒られて泣いていた父を一度まのたあたりにしたことがあるが、四方八方からやってくる苦しみをひとりでしょっていたのだなと思う。
こわれた兄弟。
よく考えれば祖父の教育に問題があったと思うのだが祖父の悪口を父から聞いたことはない。

2012年2月7日火曜日

朝から雨。

きょうも忙しい。
お見舞い一軒、父がいたひとつ上の階で、こみ上げてくるものがあった。
毎日毎日がなんか「すーっ」と過ぎて行ってしまう。
普通にもどりたいよ。

去年収穫つまり新豆をつぶす。
予想通り高タンパクで柳腰を期待すべくもないのだが快活な健康美人のイメージに仕上がった。いい品種である。

2012年2月5日日曜日

なんかやたらと

ラーメンが食べたい夕方だった。
お店から帰ると!ひもかわ!で、少しは以心伝心があったのかなと・・・。
『山と渓谷1/2/3』の復刻版が楽しい。
文章がいい。
crispyということばが当たるのかな、読んでて心地よいリズムを感じる。
一号で50銭、隔月刊なので一年3円。この価格がどういう意味を持っているかは調べる必要があるが、豆腐やそば・銭湯はいくらだったんだろうか。

2012年2月3日金曜日

きょうは豆まきか?

恵比須講とか初午とか豆まき、盆だな飾り、大晦日のなんていったっけ・・・、はかならずやってきた家なのだが今日はまだ控えることにした。
晩年の父は事細かに孫つまり私の息子にしこんでいた。
自分の終わりを予感していたのかもしれない。

2012年2月2日木曜日

各地が大雪。

名古屋も雪のよう。
玉川温泉はよくガン闘病者の方たちが湯治に行くところで今回の雪崩事故はなんとも言葉もない。
映像でみる限りほんとにわずかな高低差の斜面のようだがこんなことになってしまうとは。
あしたのさいたま市の最低気温はマイナス5度と予報されている。
このへんではめずらしい低温といえる。

テレビ製造業界がおおむねどこも大赤字のようである。
薄型テレビのルーティーン化がもうやってきてしまったのだろうか。
他の製造業の凋落モデルになると思う。
食品産業などは特にそうで製作機械の高度化でだれが作っても同じというこが早々とされた・されつつある領域である。
そんな環境の中で"工業製品"でない食べ物を作りつづけることにどれだけの強みがありなおかつ理解を得るのか不安ばかりであるが、父がいることで遠慮しいしいの商売をしてきたが自分自身の残された時間の少なさを考えるともう一度仕切り直さなければならないとも考えている。

2012年2月1日水曜日

秋山郷

こちらから(関東から)みて苗場山の裏側にあり豪雪で名高い土地だが栄村、つまり長野県だったのね。高波という名字が多く、昔ウチへきていたこんにゃく屋さんも高波だったのを思い出した。
栄村は魚沼と峠を挟んで「あっちとこっち」の関係にあるが鈴木牧之の本で有名になった"日本のチベット"と言われてきたところだ。鳥甲山を計画したことがあり秋山郷最奥の温泉(何だったっけ、名前忘れた)まで行って天候不順で登山中止になってしまったのだがドライヴだけでも価値があった。
二階建ての屋根までふりつもった雪の中での老人の生活を放送していたが、大変とはいいながらもいきいきとしているところがすごいなと思った、環境をすなおに受け入れてしまっている。
今年は日本海側はものすごい積雪量のようだ。
福井や山陰でも昔並みにふっているもよう。
これが本来だったのかな。