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2011年10月31日月曜日

昼間は半袖

夕方は寒い。昼間のあたたかさに小春日和というのはまだ早すぎるのかな。
今週はいい天気のようだ。

日銀が介入してもまたすぐにもとにもどってしまうのだろう。

世界人口が今日70億になったという。
100年と立たず中国やインドは高齢化の時期をむかえるだろう。

智慧のの七柱ならぬ阿呆(愚行)の七柱を引き合いに出しては苦しみつづけていくのが人類なのだろうか。
"国家"の時代が"企業"の時代になってしまったところにすべてのひずみが集約されているように思われる。国家の意味・重みが減少しつつある。オリンピックも国家でなく企業対抗にしたらいい。

道交法が変わって自転車は歩道を走ってはいけないということになるようだ。
片側一車線、二車線以上といろいろな状況があると思うが地方のマイナーな道路のようにそもそも歩道のないところはいままでどおりの注意力ということだが、2-3メートル程度の歩道があるところでもそういうことになると大変なことになると思う。
車は走りっぱなしでは用をなさない。
どこかで止まって荷物をおろさなければならない。
このせまい国土、そんなにどこにでも駐車場をつくれるわけではない。
駅のロータリーにしたってそうだ。
駅の中や駅周辺の店舗は駐車場などもたない。
しかるに納品がされなければ営業できない。
車は止まることによってその機能の半分を成し遂げたことになる。
きちんと整備されたりっぱな歩道付きの道路でも大型トラックが止まっていれば自転車はそれを追い越して行かなければならない。
バイクのようにスピードが出ないところに危険性があるのかもしれない。

歩道での事故はあきらかに自転車のスピードの出し過ぎ、つまり歩行者への気配りのなさに由来する。
自分はいまはほとんど自転車には乗らないが駅周辺やしっかりとした幅のある歩道を走るときでもちんたらとゆっくりと走っていた。スピードを出すときは車道へいく。
警察官にとって自転車と人間の事故ははっきりいって介入したくないのが本音なのだろうと思う。
自転車には右側通行、夜間無灯火、スピード違反、飲酒運転、乱暴運転・・・ということに対する取り締まりがない。
車道で事故が起これば飛び出そうが飛び込んでこようがみんな自動車のせいにできる。
カネも保険会社に払わせればよい。
すなわち処理が簡単だということだ。

かといって自転車の運転を免許制にして取り締まり云々の徹底・・・、というのもおかしいな。

右側通行、歩道猛スピード、夜間無灯火(ひどいのは車道を雨で傘さし夜間無灯火右側通行)・・・・こんなの20,30年前にはそんなにはなかったはずである。
そんなことしていると怒られた、一般のひとに。

しつけ、の段階から狂っている。
自動車に乗っているのにもかかわらず夜間無灯火で駅から多くのひとが家路を急いでいる。
すべてが狂っている。
家庭も、学校も、行政も、社会も。

2011年10月30日日曜日

乾し場の整理と

刈り取り、脱穀と忙しかった。
9月末に刈り取った極早生は虫が多く収量は少なく蒔いた量の10-15倍程度だろうか。
過去の事実を考慮に入れても、この地で栽培するのは無理かなと感じる。

株真っ青で葉っぱ落ちサヤできあがりのKを刈り取りつづける。さやの色違いの3本は変異かもしれないので別に乾す(混入タネの可能性もある)。

夕方雨・・・すぐやんでしまうが夜中に降るということだ。

青臭くない甘いだけのピーマン、が開発されたとのこと・・・開発というより栽培上の一工夫ということで品種の問題ではないようだ。
食べ物は"楽しみ"なので多様性そのものに価値があり、なんて゜もござれの世界だが自分にはこういった発想は敬遠したい。
自然農は植物自身の育つ力ということに力点を置いた農法だが、不耕起以外は自然の循環に近いようにと工夫しようというのが自分の主義なので自然の証そのものである「あくを取り除く=青味をカットする」という主張はとうてい受け入れるわけにはいかない。そこまで"買い手"の要求に迎合するほど卑屈にはなれない。
第一ピーマンにはほかの野菜では得られない栄養素があるのだろうか。
甘い、というだけのためにあえてピーマンを食べようとするであらうか。
この手の品種改良や作物栽培には自分は否定的である。
「あくは力なり」という辻嘉一のひとことに食の楽しみのエッセンスがすべてある。
青さをうまさに変換する能力が大切である。場合によっては変換せずそのまんまで、「粋」を感じられる受け手の感性が重要なのである。
食べられない人は「ある味感覚の欠損」を認識すればいいだけのことだ。

2011年10月29日土曜日

生涯現役

とは一般には死ぬまでひとつの仕事をし続けることと解釈されていて、ものつくり、もの書き、芸術家(この言葉はともすると軽蔑的なニュアンスを持って使われることが多いが)、資格職業等に適用されることばと考えられているが車を運転しながら考えたことは「死ぬまで考えつづけられるテーマをもっていること」が生涯現役の本当の意味なのかなと考えた。
つまりサラリーマンであってもそれまで考えつづけてきた"あること"を定年後も考えつづけていられることはとりもなおさず生涯現役ということだろう。
毎日のように夕方買い物に来ている対照的な夫婦がいる。
片方はそんなに年ではなさそうでついこないだまでは奥さんだけが来ていたがある時からペアーになる、つまり停年になったのだろう。だんなはカゴをもって奥さんのあとをふらりふらりととろんとした目つきで追いかけている。人相は頭は良さそうであるが生き物としての"勢い"はまったく感じられず腑抜け手前かなといった感じ。
もうひと組は70ちょい越えということをご本人から聞いているが、夫婦ともどもパソコンを使って仕事をしている。ソフト以前のコンピューター言語とかも使えるようでこちらが理解できないことも言う。目はきらきらとしていて"勢い"を感じる。奥様もきれいで、かわいいというよりは"色気"を感じる。年取った女性へのほめ言葉はふつう"かわいい"というのが最高位と考えられているが、色っぽいというほうがすごいような気がする。

年の取り方はひとさまざまで他人がとやかくいうことはないが、人間としてのほんとの醍醐味は停年してからあるのではないかなと感じた。
"目標"というより"テーマ"をもてるかいなかというのが大事なことだと繰り返し思った。

きょうはだいぶ刈り取りをやる。
やっかいとしりながらおきんさまをもいで枝豆にする。
葉っぱはまだほとんど黄葉もしていないのだが実はぱんぱんでやや黄色がかってきているような感じがする。子供に「30分くらい」と注文をつけて煮てもらう。部屋中くんくんいいにおい。
ほくほくとして甘い枝豆である。

夜9時からNHKでやった「宮沢賢治音楽会」がよかった。
途中までで眠くなってこのブログを書き足し寝ることにする。
見た部分はあいた書こう。

2011年10月28日金曜日

いい天気だ。

山に登りたい。
写真を撮りたい。

医者へ行ったため畑は一時間半。
大豆の黄葉は美しい。
アカザとは別に真っ赤な穂の雑草も美しい。
ことしはうどんみ病は皆無のようだ。ナカセンナリに多かったのだが全く出ていない。さらにうどんこ病だったところにほかの品種を植えてもうどんこ病にならなかった。普通はそうなった株は燃やしてしまえ、というのが一般の考え方のようだが伝染した形跡無し。


仕事も今はヒマ。
経済もどうなっていくんだろうか。

2011年10月27日木曜日

70億

に達した世界人口。
ついこないだまで50億と思っていたが。
食料の時代がかならずやってくる。
世界的な食糧不足となれば自国優先は当たり前で、カネをだせばなんでも買えるとという常識が通用しないということがわかるであろう、そうなるまではわからない・わかろうとしないのが人間のさが。

インドなんて中国やロシア、アメリカから比べたらずーっとちいさな国だと思うんだけれどなんでこんなにひとが多いんだろう。
インドネシアだって日本程度の面積しかないと思うんだけれど2.4億もいて日本の2倍だ。
必ずあるパニックがやってくる。グローバル化ベースの資本主義も必ず行き詰まる、そんなに遠くない将来に。経済学はすべて"後日談"。予測不能。歴史学に近い。
グローバル化を促進した当人がグローバル化によって首をしめられる事態が必ずやってくる。
国の豊かさ、個人の豊かさ。ひととしての存在意義。・・・なんなんだろう。
"正義"などというレベルの政治哲学の論議では解決できないときが必ずやってくる。
何が必要なのだろうか、大豆を刈りながら毎日考えている。
人類はそう永くはないのかもしれない。

人類にとって地球はかけがえのないものだけれども、地球にとっては人類はいてもいなくても同じである・・・・・こんな考えになってしまうのはなさけないことだよな。

自分のやっていることをきちんとまとめ上げていくことだけかな。
なにがしかの役にはたつはずだ。

2011年10月26日水曜日

木枯らし一号

というのは早すぎるのかな。
きのうの夜から風が北向きになる。
ただこうしてパソコンに向かっている部屋は少し暑くて半袖。
このあと畑見学者と説明・おしゃべり。

畑はこの寒さで一段と進行している模様。
株丈夫はだいぶ葉が落ちている。
刈り取りが忙しくなる。

北杜夫亡くなる。
18くらいまで読んでいた。
楡家の人々や楽しいエッセイがおもしろかったが・・・中身については。
こころの澱(オリ)のひとつにはなっているのだろうが。
また読んでみたい。

一日中寒かった。

2011年10月25日火曜日

昼間夏日で夜北風。

昼間は暑くて蚊がけっこう出てきていた。
お客様のため畑は休み乾し場の整理。

夕方からだいぶ涼しくなる。

丸谷才一文化勲章。
ほとんど読んではいないが旧仮名遣いで書く人だったかな。

鑑定団で馬糞石なるものが出る。
もと医者の旧家から出たものだが大きな動物の"結石"だという。
粉にして薬剤としたようだ。
珍品と言うことで手のひらくらいの大きさで300万。
出品したおじいちゃんが魅力的で今でも自分とこの45町歩の山の見回りに出たり下草刈りをしているという。84才で斜面で作業というのも心配なんだけど。

あしたも用があり、あさっては医者。
今週は全滅だな。

2011年10月24日月曜日

開票速報で

きのうは11時まで起きていた。
10時半には第一回開票がでるとの選管のお知らせが出ていたのでパソコンを開いていたのだが10時30分以降5分おきに更新してもいつになっても出てこないのでやきもきしていたのだが11時頃、第一回でかつ最終的な票割りが出てしまった。3人だと3時間程度で100パーセント数え上げてしまうということだ。人口34万、投票率34パーセント(前回は30パーセント)。
自分の予想では保守系二人が、推薦得た得ないの差はありながらも過去の実績(これはまた訳のわからない単語だが)とひとのつながりから半々ぐらいに保守票を分け、その隙をぬって現職の民主党系がトップになると思っていたのだが・・・。
当選、49才県議2期目で降りてこの選挙。もと教員。3.85万票。公約に財政政策的なことは何も書いてない。
次点、現職62才女性、3.7万票。
3位、市議、県議、衆議院2期(新進党のち自民党・比例)、1.8万。

という結果になった。
複雑な思いがあるがなにか長年抱えてきた鬱々としたものもすっきりとしてしまったようでもある。

青ヶ島の美人営業ウーマンやってくる。明るいまじめなお嬢さんである。楽しいおしゃべりをした。

ナカセンナリ刈り取り。粘土質ではうどんこ病は出なかったものの虫がひどいかなという感じ。さらさら土のほうがいいと思う。
県のKさんがもつてきてくれた摘芯と不耕起の基本施肥不要の記事が気になった、保存する。来年同一品種を耕起・不耕起と並べてやってみたい。
農業ではないのにこうやって元気づけに来てくれるKさんに感謝。
こんのさんとこの"茎切り取り斜め植え"というのも不耕起での農法だと思うがやってみたい。実は今年やろうと思っていたが忙しすぎて忘れてしまった。

福岡の和田さんの元気な声の電話があり元気づけられた。
大豆の発育がやや悪いようとのことであるがサヤ自身はふくれて付いているし黄葉しだしているとのことで心配はないと思う。粒はちいさいとのことだ。
家族総出で一所懸命にやってる脱サラの同業だが真剣さにいつも頭が下がる。

ずーっと曇っていたがなんとなく蒸し暑い一日だった。

2011年10月23日日曜日

一時半ごろ投票に行くと

自分以外は数人しかいない。
投票所までの2,3分もひとに会わない。
・・・しかし市役所の投票側方では前回の30%よりはすこしよさそうな感じである。
ここから推して・・・・・、まあいいや。
第一回開票速報は10時半、寝てるだろう。

きょうは家の裏の刈り取り。
さやなみはかなり虫にやられている、ここの粘土質には合わないようだ。
ナカセンナリはそこそこいいできだ。

福岡のさば専門店というのをやっていた。
実はひかりものが大好きでさしみはふつう食べないのだがさばとかさんまとかいわしの刺身は大好き。写していた博多のお店のさば見ただけでうまそうであった。
玄界灘とはすごいところだな、さばだけじゃなくて。
関鯖とか対岸の佐多岬半島のなんとかというまちの鯖は瀬戸内海で玄界灘とは反対になるがすぐ近くだったな。
どこへ行ってもうまい魚でうらやましい。
埼玉県は日本で一番魚のまずいところだろう。

2011年10月22日土曜日

枝野経産大臣が

演説。
こちらはロータリーを回転していたので「生活者の目で・・・」といところだけ聞こえた。
SPの量が多かったが、動員がUの字ロータリーの1/3ぐらいだったのでつまり桜が少なかったのでこわいお兄さんがやたらと目立ったようだ。
どしゃぶりだった。

ことし最後の枝豆かな?
ぱんぱんで色がかすかに浅黄がかってきているのでかたいのではないだろうか、そして"プラスチック"内皮のような気がする。

2011年10月21日金曜日

民主党が毎日に対して

自民党は石破と山本一太だけのようで党首クラスがやってきた前回とはちがい盛り上がりにも欠け「だれが・・」というのは予想がむつかしい。・・・おっとっと、佐藤ゆかりと片山さつきも来ていたらしい。
自民党側の混乱した状況もふまえて人気のない現職が再選してしまうと言う可能性もあり基礎票の読み・スライド、浮動票のゆくえ・投票率まで考えると、・・・・。

医者から帰ると畑の見回り。
まだまだと思っていたら家の裏でけっこうできあがってしまっている。
早く蒔いたものが先にできあがるわけではなく、また中生といいながらもできあがり開始はまちまち、またできあがり開始ら収量までの期間も品種によってまちまち。
とにかく乾し場を確保し間違わないように札をたてできあがった順から刈っていく。
11月も中旬になると順番どころではなくなる。
片っ端から刈っていくしかない。
クリスマスまでに終了というのが毎年の目標。

きょうは街宣車にまったく会わず。

帰る頃雨、本降り。
タイの洪水。
日本企業ダメージ。
日本の若者を使わないこういう企業に税金で援助。企業は万が一の時の脆弱な危機管理力国家と承知の上で進出したはずだろうが。
TPPは実現の方向でいくと思うがTPPが原因でもうける多くの輸出産業等の利益は農業等の損失を補填しなければならない。かといってなまけものの農家を助ける必要はない。
大規模化とは要するに作物の低価格実現ということを意味しているが価格競争では諸外国と張り合うのは全く無理である。大規模化のスケールと人件費のコストが比較にならない。
また高品質(無農薬等)なものの輸出ということだが原発事故の風評被害は一時的なものとしても、鮮度の短い野菜等は流通上の問題もあるし、第一"富裕層"なるものの安定性もあてにはならない。相手の国家自体の不安定性がある。
国力が見かけ上の利益-損失だけではないということを深く考えていかないと子供や孫の時代に大変なことになっていく。
まあ、なるようにしかならないのが歴史か。
無力でもさからっていくことしかできないのかな。

2011年10月20日木曜日

三浦雄一郎79才。

一灯照隅というより一灯照全のひと。
このひとのことを思うと「かったるいかったるい」は言えなくなってしまう。
もちろんそれなりに重荷はしょっているであろうが人の前では語らない。
とてもこういうかっこよさは自分には望めないのだが爪の垢でもというところだろう。
軽薄な社会にあって稀有な"まじめさ"の事例だ。
79才?
自分より二回りも上だ。

民主党の応援演説が毎日のようにある。
最後の土曜日は枝野さんのようだ。
放蕩三昧をしてきた過去の市政が積み上げてきた借金はそう簡単にゼロにすることもできそうにもないどころか増えていくばかりのようにも見える。
使うことばかりの政策でこれで経営が成り立っていくのだろうか?
稼ぐことを知らない使うだけの放蕩息子・娘然とした首長や議会人とは宇宙人なのだろうか。

きょうの畑はかなり疲れた。
あしたは医者なので少し休もうと思う。

テレビとラジオについてのブログがおもしろかった。
テレビをみないひとの意見もいろいろあるが深いのは、
「細部を見ない(もちろん見えているのに見ていないということ)、流されている、撮影者の視点でしかものをみない・考えない、・・・」ということだが動いて行ってしまうものに対してはいたしかたのないことだ。
動きのないカメラ(ムービーに対してstill camera)の場合だと一枚のカットにタイミング・画角・構図・ひかり、・・・といったさまざまな条件を待ったり組み立てたりで相当な時間がかかることもある。その間撮影者は"細部"を入念に見ているわけである。
副産物もおおきい。
しろうとがカメラをやっていてまず学ぶことは"ひかり"なのではないだろうか。
そしてその裏返しの"かげ"。
相手の誘導にのって終着点まで連れて行かれるムービーと違ってスティル・カメラは主体そのものの行為である。
・・・・・。
でも、海の中、8000メートル、大気圏外、南極・北極、砂漠、見学禁止自然遺産・歴史遺産等は映像でしか近づけない。
映画も"導かれている"わけだが、これは創作で言葉と映像によって我々に思考をせまるもので読書と近いところがある。

自分はテレビを断てるかどうか疑問だが・・・・・無理かな?
そんなに見ているわけではないが。

2011年10月19日水曜日

初めての作品に

後の創作のすべてが語られている、というのは絵でも音楽でも文学でもいわれていることだが選挙の立候補者にもそれがいえるのかなと、遠くに聞こえる街宣車の声とヘッドフォンで聞いているメンデルスゾーンの無言歌をミックスさせながらの刈り取り中に考えた。
つまり態度・演説・所属組織等から推してどうみても時流に乗った受けねらい・媚び売り姿勢を感じた最初期の市議選挙から始まって国政初期まで階段登りの手伝いをして気づいたことはふらふらと「ひとに嫌われないように、だれからも好かれるようにするにはどうしたらいいのか」というただそれだけの生き方のおとこの姿しか見えなかったということだ。
この方は政治には向いていないと思う。
そして総決算の市長選。
結果はあけてみないとわからないことだがまずだめだろう。
減点法でものごとを選ぶことほどさもしいことはない。
円高みたいだ。

先週の子供文芸で上條先生が選んだ「いもむしのうた」がいい。
自分もせめていもむしのつめのあか(があればの話だが)でも煎じてなんとか、ぐらいはしないといけない。
茶毒蛾として羽ばたくのは良くないんだけど、そうなりませんように。
先週の上條先生の講評は良かった。

2011年10月18日火曜日

明け方寒かった。

昼過ぎは農作業日和。
正直、働き過ぎだったかな。
メンデルスゾーンの無言歌全曲聞く。
文字どおりこれは"歌詞のない"うたである。

あっちこっちの品種ができあがりつつある。
これから大変になる。

夜仕事から帰ってくると平泉を写していた。
ちょうど宝物館だったが、きのうNHKでやったフィルムのものと比べると細部がはるかにきれいに出ていた。
きのうのNHKでは螺鈿などただ何かを埋め込んであると言う程度の写りしか出てなかったがきょうの民放のはよかった。
MRとここを訪れたのはもう10年以上前のことかと思われるが、映像でもその美しさはまざまざと伝わってきた。また行きたい、と思わせてくれた番組であった。
案内のお坊さんもいい顔をしていた。

しかし疲れた。
ここまで。

2011年10月17日月曜日

テーマがあること。

50、60と齢をへてきてふつう"終わり支度、死に支度"とかいわれる年齢に達して幸せであるためのおおきな条件として「人生にテーマがあるかいなか」ということをきのう武澤先生と電話していて話題になった。
幸い自分にはふつうのひとからみたら「そんなこと!と一笑に付されてしまうような重荷をしょっているが、人生のテーマらしきものはもっている・・・逃避でもあるのだが。
人生の目標は?ということはよく言われることでだいたいなしとげられずに終わってしまうものだが、「テーマは?」と聞かれるとかなり気が楽になるのではないだろうか・・・・。目標は達成点・到達点のことでせまい山頂を指す。"テーマ"は「どの山に登るか?」というおおざっぱなものでどのコースを選ぶか、効率は?、頂上を踏めるかいなかはそんなにプレッシャーをかけられる問題ではない。だいいち人生という枠の中で頂上などというものがあるのかすらわからない、たぶん無い、というのが現実だろう。ノーベル賞をもらったとたんに、過去の業績はもちろん評価されるとしても、それ以後の人生がスポイルされてしまうひとたちもいる。
権威の鎧をありがたく感じてしまったとたんそのひとは落ちていく。
生涯現役とは死ぬまで自分のテーマを追うことだろう。
それは死ぬまで仕事をし続けるというだけではだめである。
テーマはかならずしもそのひとの生業で在る必要もない。
自分の場合はたまたま生業とテーマがだぶってしまっていることが幸いしている。
前にも書いたが、夢を実現して満足しきって死んでいくよりも夢を追い続けその中途で死んでしまったとしても、そちらのほうが美しい。
というわけでたんたんとして自分の道を歩んでいくしかない。
見てくれはどうでもいい。

病院のため畑休み。
関東農政局の統計事務所が坂戸にあったものが廃され県内には2カ所となってしまった模様であるが、大宮の新都心の駅前のビルからわざわざ来てくれた。
去年と同じ"坪刈り"調査である(反収)の測定。
家内の弟は帯広の事務所にいたが出勤の朝心筋梗塞でなくなったのはもう十数年も前、42だった。そんなこともあり、統計事務所と聞くと特別の思いがわき上がってくる。

2011年10月16日日曜日

仕事帰りの

雲に見え隠れする月が良かった。知識によってこういう感覚が動くのか本能からなのかよくわからないが日本人に特に強く現れる美意識なのかな。
夕飯時にテレビを見ていると、最強(かたい)の金属と何でも穴あけられるドリルの対決というのをやっていた。今回が初めてではないみたいで回をおうごとに金属のほうはかたくなっていってるようだ。
結局金属のほうが少し穴をあけられてバシっとわれてしまったのでお互いが「負けました」という宣言をし引き分けとなる。
話が単純なので妙なやらせなど入り得ない企画だと思うが世界一といえるこういった技術の会社があることにほっとした。そしてその技術者たちの姿勢にうれしくなった。
会社は国内にある。
no.1が国内にたくさんいる。
ねじ屋、ばね屋、モーター屋、けずり屋、絞り屋、かきまぜ屋、擂り屋、粉屋、円錐加工(しぼり、とかいうのかな)・・・といった基本分野で多くの大小の企業ががんばっている。
はげまされた番組である。
どんな業界にあっても日本一、世界一をめざせということだろう。

きょうは4時間も畑をやったが結構暑かった。
30度くらいあったようだ。
中生(なかて)をたくさん蒔いたのだが、黄色くなり初めはそれぞれにタイミングがずれてはいたがここへきて多くがぱんぱんになり黒ずんだり茶色くなり始めている。
個体差でかなり長い期間にわたってできあがる東京大豆のようなタイプもあれば一斉にできあがってしまうきょう刈ったRM在来のようなものもある。
乾し場をたくさん作ってそれぞれの品種をできあがった順に刈っていくのが今の作業。
だんだん忙しくなってくるはずである。

ここへきての暖かさからか春の草のぺんぺん草がたくさん出てきた、これってこんな時期にはないと思うんだけれども。
ことしはたぶん大豊作ではないかと思う。
おおむねどの品種も30-7,80程度のさやがついている。
虫でことごとくダメというものはほとんどない。
畝の端っこで日当たりと風通しのいい株はだいたい80-150ぐらいのさやが健康的に付いている。反収200-250キロ平均は行きそうだと思う、もちろんごみやひと゛い虫食いは除いた選別後の数字である。無農薬でこれだけとれるのだから高い農薬の意味・意義には首をかしげてしまう。大きな障害はもっぱら"はとぽっぽ"と「粘土質とさらさら土のどちらを選ぶか」ということである。
そして草のきちんとした処理と共生である。
枝豆の味比べもことしは一品種複数時期の味検査をしているので枝豆適性検査のデータもきちんと取れ来年播種品種選択のおおきな参考になる。

2011年10月15日土曜日

朝から強風土砂降り

でどうなることやらと思ったが乾燥場はぬれていなかった。
おきんさまの枝豆をもぐ。
まだ数日は大丈夫だろうか。
枝豆で食べられるものもだいぶかぎられてきた >
大豆はぬれているので刈り取りはやめる。

アンソニー・クイーンがゼウスの役をやっているB級テレビドラマ「ヘラクレス」をみる。
どうみてもB級そのものだが他でも同じように言葉はわかりやすい。
それにしても緑豊かな背景のなかでの撮影でいったいどこで撮ったのと気になる。
ギリシアももとは豊かな森林国だということは聞いているが・・・。

カメラをいじって遊ぶ。
リコーGR1sとリコーGRデジタル初代と、エベレストの頂上に登ったと同型のコダック・レチナのテッサー・レンズ付き、ならびにオリンパス・ペン初代だが技術の進化に唖然とした次第である。
空シャッターというのは機械式マニュアルカメラにしか通用しない遊びだが、オート化・デジタル化にともない"空"ということができなくなってしまったんだなという当たり前のことに今更ながらびっくりする。
カメラの原理はフランスで発見・発明されたものだがそもそもは絵描きさんたちも利用した正確さ追求の道具だったようだ。フェルメールもこの原理を応用して絵を描いている。
カメラ・オブスクラ、だったかな。
うちには高価な単体露出計が2台あるが、デジカメは露出計も複数機能付いていて露出計などは前時代の遺物というところだろうか。ただし入射光ははかれないんだろうな・・・。

年とともに手荒れが始まる時期が早くなってきたのでゴム手袋を大量に買い込む。
豆腐のカット以降は手袋などしていては仕事にならないが、仕事の始まりから3、4釜目までは寄せるだけなので手袋をする。一時間もすると温まってくるので手袋をとる。
これからの季節、春がくるまで、だいたいこんなスタイルの仕事になる。
なにかにちょっとぶっついただけでもすぐあざになったり血が出たり。
老化だ。

2011年10月14日金曜日

柳瀬小への坂道の桜が咲いていた。

これは春に咲くソメイヨシノである。
度重なる台風で葉が落ち、発芽準備態勢に入った木が花を咲かせたのだろう。
寒桜ではない。

サカナまめと白州青豆の枝豆。
サカナ豆は栽培はこの地では無理とまではいかないが収量は半分いくかいかないかである。
虫がひどい。
ただこの枝豆はすばらしい。
だだちゃまめの"ばり"をおとした上品なアセチルピロリンが身上で甘みもたっぷり。
多くのひとが上位にあげる枝豆であろう。
本場は原発の柏崎。

白州青豆はほくほく感はたっぷりとはいえないがおいしい大粒の枝豆である。
株によって虫の入り方が極端に違いがでる理由がわからない。

きょうは飲み会。

2011年10月13日木曜日

きのう夜9時頃コーヒーを飲んだら

朝までよく眠れなかった。
夢をいくつもみていたようで数分の浅い眠り程度はなんども繰り返していたのだと思う。

きょうはかなり刈り取る。
乾す場所の確保がこれから大変となる。
そして毎日動かしてやらなければならない。
かなりの品種がピークを過ぎているようで、枝豆は残すところおきんさまと銀の次くらいなものになってしまった。
あるお客様の三重県の実家ではみかん山がさるで全滅とのこと。あな恐ろし。
こちとらでいえば鳩ぽっぽ害に相当するだろうか。
自然とともにの仕事はどこへ行っても大変だな、努力しても・・・。

2011年10月12日水曜日

きのうは母かと思ったら

きょうは父親と一緒に電動車いす(スズキ製)に二人乗りし(父が運転)、国道16号をふっとばしている夢を見た、たぶん50キロぐらい出していたろう。ヘルメットもかぶっていなかったのでおどおどしていたが途中で自分が運転して入間川の同業者の家に着いた、そこで目が覚める。
母はもう亡いが父は元気である。
この夢の解釈は・・・・考えないほうがいいのかな。
そのあと地下足袋の夢を見る。見た、というだけでストーリーはない。
夢の記録をつけるといいかもしれない。

一品種刈り取り完了。あしたは何を刈ろうかな。
秩父ゆがきまめとお月見在来をもぐ。
やや行き過ぎかと思う。煮ると色が黄色っぽくなる。お月見のほうが進行は先を行っているようだ
、蒔いた日は同じ。
両者ともほくほくのうまい豆となっている。煮豆に近づいていることの証である。十三夜を調べてくれたパートに分ける。
きょうは満月。
加山叉三の月のようだ。おどろおどろしい雲にぞくそ゜くした。月の前を渡り鳥のシルエットが通過してくれるとなおいいんだけれど。選挙屋の歯医者Yがデッサンかリトグラフをもっていたが高かったな。
もうすぐ市長選。
混乱の極みに見えるが案外簡単な理屈で結果が推論できそうだ。

夜山田養蜂場という蜂蜜の会社のもっている5分間のつなぎ番組を偶然みたのだが良かった。
なんと天然の蜂蜜の巣を見せてくれた。
グルジアの森の落葉樹のうろの中にあったものだが、地面からはだいぶ高いところにあり探すひともたいした目利きであった。木の葉っぱはブナではないが柏のようなミズナラのような栗のような・・・でもあった。
天然の蜂蜜かあ?
ハチと言えばこの時期は気をつけなければいけないようだ。
この会社の経営についてはなんの知識もないが、きょうの番組は良かった。実際3分もなかっただろう。
数日前の読売の夕刊には「テレビがみられなくなっている」現象について論じた記事がのっていた。
大澤さんのラジオに出ていた新人のかわいこちゃんアナウンサーの発言を聞いていても、こんな業界もっと大幅に整理したらと感じた。
局が多いことが意見の多様性を表すかといったら、見てわかるようにみんなどこも同じ意見である。同工異曲いや異局、というのかな。
また報道ばかりでなく"創作"部門もカネ・手のかからないものばかりである。

しかし、しかしだ。きょうの蜂蜜はよかった。
BSのグレートサミッツもいい。アマデウスなんとかという名曲分析もいい、日曜美術館もいい。水戸黄門もいい。鑑定団もいい。
いいものもたくさんある。
つぶれる民放が出るかどうかわからないがコマーシャル収入は現経済状況をふまえると減ってくいっぽうだろう。
どうかテレビ局様、もっといい番組を作ってください。
アナウンサーの給料は高すぎる、法外である。あれは"芸"なのかよ?
一日の放送時間を朝のお出かけ時間・お昼どきそれぞれ1時間、夜5-11時程度に短縮したらいいと思う。そこにカネをつぎ込む。

2011年10月11日火曜日

病院の待合室へ行くと

母そっくりのお年寄りが居た。
どきっとしたが、・・・こういうこともあるのか、と。

畑休み。
パートが調べてくれたようだが十三夜や十六夜は日本のものらしい。
後醍醐天皇の時代なのだろうか。
"完璧"をちょいとはずしたところにおもしろみを見いだす"粋"の流れだろう、ということだ。
この辺は予想していた。
満月が狂気を意識しているというのは西洋のものだろうが完璧=狂気という関連づけもうなづける。
ちょいとずれているところに美、というのは絵や建築、陶芸・・ばかりでなく豆腐製造にもあてはまる。
完全に煮る、完璧に寄せる(凝固する)をちょいとずらしたところにおもしろみいや"うまさ"が存在するということである。

アフリカのビクトリア湖はイギリスのリビングストンの発見と言うことになって教育せられているわけだが実はJohn Spekeという共同探検者がいて現実面での功績はほとんど後者のもので、不幸な事故死とリビングストンの話し上手ということによって手柄をみんなとられてしまったという話を読んだ。用の東西を問わずこういった話はあるようだが、グラッドストーン/ディズレーリ時代の"英雄"たちも「ほんとうは誰が?」ということが百年以上たってから何が正しかったのかということがわかり、今まで俺たちはだまされていたのかということにな歴史というものも結構装飾されて伝わっていることが多いものだなと思った。
戦争などは特に客観性を必要とする対象だと思うが客観的になれないのが特徴だろう。

2011年10月10日月曜日

枝豆の一般論。

品種が異なると開花・結実の時期は異なってくる。
蒔いてからさやが茶色くなるまでの時間も品種によってことなるが、枝豆に関しておおざっぱにいえる一般論が成立するような気がする。
つまり9月30日までに枝豆適期がやってきてしまうような品種はうまくない、遅くなっていくにしたがってうまくなる、ということである。
もちろん例外はある。たとえば茶豆は一般に早生が多いがしょ糖分が高いので「うまく感じてしまう」というような例。しょ糖分を除くと"野の味"の部分が物足りなくてなにか水っぽさののようなものを感じる。
畑にのっかっている時間が長いほうがうまいと言えるがもひとつ大事なことに9月の残暑が過ぎて一日の最高温度と最低温度におおきな開きが生じることが大切であると推論する。
最低気温が25度以上などという状況でできあがる枝豆の多くがなにか物足りない味となるのも宜なるかなである。
ということでここへ来て毎日枝豆検食のラッシュでまいっている。ビールも飲み過ぎ。
おとといおそばやさんで食べたのは借金無しだが7月頃食べた早生品種と比べると雲泥の差がある。両方とも店主が蒔いて収穫したものである。
このように作物には明らかに食べ頃というものがある。
早生というものは自然界にはもちろんあるわけだが、基本は7月発芽で9月末から10月真ん中へんに枝豆収穫となるのが自然といえる。
戦略的早蒔き早取りが主流となっているのが枝豆業界だが食べる側はこういったことにだまされ流されてはいけない。そのためには少しでいいから自分で蒔いてみることである、あるいは自然農をやっている農家と仲良くなることである。
農業自体は自然そのものではないが、本来のうまみは自然に近い状態で育てた(育ってしまった)ものに違いない。強引に商業ベースにのせられたうまみに疑問を持つべきである。十三夜
書き忘れたがきのうは十三夜。十五や十六(いざよい)と比べて何を意識して数字を並べたのかわからないが、十五夜と十三夜はセットで見るものできくのうは偶然ながらお店からの帰りに車の中から薄曇りでぼーっとしたやや未状態の月を拝めた次第である。なんのお供えもしなくて申し訳なかったのだが、十三夜のほうが枝豆をそなえるのが正式なやり方のようでお月見在来を収穫できたことを感謝する次第である。
家に帰っておいしく食した。
ピーカンの空に光っているのとは違いぼーっとした感じの風景が物思いにふけっているひとたちへのプレゼントのような気もした。
来年は両者ともきちんとお供えをしてぼーっとながめることにしようと思う。
お月見在来はおいしい枝豆である。
これを食しているのはたぶん全国で私だけであると思う。

2011年10月9日日曜日

日本酒

専門にきのうは飲んでいたので目覚めが心配であったが、ぱっちりとした目覚めであった。
飲む量(ももちろん関係はあるが)というよりも体調のせいで先月はおかしかったのだと思う。
一日中快調であった、まだ夕方だが。
きょうは町はお祭りでごっ返しているであろう。10年くらい前にはよくあちこち出かけてお祭りのスナップを撮ったものだ。ただ背が低いため脚立を持って出かけたりするのが面倒になりやがては飽きてしまった。
お祭りは基本的には"やる"もので、"見る"ものではないが、見てくれるひとがいなければやるほうもしらけてしまうのでやはり両方あっての行事。でもやる側に圧倒的な比重はある。
ここのお祭りは商店街のお祭りであきんどたちの心意気の世界ということで成り立っていたものだが、シャッター商店街を経て30階建てマンション郡の"通り"となり道路から10メートル以上ひっこんだ高層ビルの一階の店舗の集まりが"商店街"となってしまい、マンション住民の経済的非協力と相まって各店舗が経済的運命共同体とは言い得なくなってきた昨今は、運営が大変だと言うことだ。
全国の有名でない各おまつりもにたりよったりの状況があるのではないだろうか。
経済が地域の上に成り立っていないのである。
これではカネの出しようもない。
各自が勝手に生きているわけで、ただ単に同じ地域の住民であるという共同体意識しかない。
東京で稼いでいる者同士ではそれでいいかもしれないが、地域性の非常に強い個人飲食店や食料品店、衣料品、雑貨屋・・・等は参加意識も希薄になっていくはずである。
コミュニティという言葉が軽々しく語られるが、経済的連携の薄くなった地域でどうやって人間と人間を結びつけていくかはますます困難になっていくものと思われる。
古くからのひと、腰掛けの住まいとしか考えていないひとたち・・・これも大きな要因となっている。

笛や太鼓の音を聞くとわくわくするのはだれも同じだと思うのだけれど・・。

2011年10月8日土曜日

2011年10月7日金曜日

朝からこの時間まで

動きっぱなしであった。
ちょっとまいっているが暑くはなかったので体力的な消耗はないと思う。
でもなんか眠たいなあ。

wa wi wu we wo
ya yi yu ye yo

手がかりはみつかるのだろうが、万葉仮名で万葉集かあ、ちょっとパワーがたりない。
もう寝よう。

2011年10月6日木曜日

ベルゲン線。

フィヨルドの縁をぬってグリーグ晩年のすみかベルゲンへSLで。
みなみランボーが案内していた。
これは忘れられない風景になってしまった、行きたくて行きたくてしょうがないスポットだ。
水と緑と控えめな住民やまちの風景、看板。家そのものは木造で高級感は感じられないのだが緑の中にぽつんぽつんと控えめにたっている。
列車の案内には英語はない。
グリーグ晩年のすみかと作曲小屋は湖を目の前にした森のなかの隠れ家。
あー、幸せな晩年だったろうな。
人間的なしがらみはどうでもいいとして彼の最後を看取ってくれたベルゲンの水や森、それに多雨と雪のお天気。こういう死に方・・・・、うらやましい限りだ。
都会の喧噪をえらぶか、ベルゲンのような静けさを求めるか、好みの問題だけど妊婦がヘソ出して自慢げに買い物をしていたきのうのことを思い出すとこの地はもういいなという気もする。

黄色く黄葉した株が比較的多くなってきた品種を早めではあるが刈り取り開始する。
乾燥が毎日ひっくり返しの必要性からやっかいではあるがのちのち一気にやってくる一斉できあがりに対処するためにはいたしかたない。
多くの品種がぱんぱんでさや黒ずみ頂上葉っぱ落ち&黄葉という状態が進行しつつある。
湯がき豆とお月見在来が枝豆適機のようである、もいでくる。
湯がきまめ、ほくほくではないがさわやかなさっぱりタイプ。
お月見在来は軽くほくほくで青味たっぷりのうまい枝豆である。
ゆがきまめは控えめな主張でいながらなぜかあとを引くという魅力的な埼玉在来だ、毎年枝豆用に蒔くつもり。

夕刊の一面は小沢が右側を2/3。左1/3はアップルのジョブズ氏の死のことであった。印象的な対比の紙面であった。
山に登りたいなー。
お昼のノルウェーの森がまだひっかかっている。
山形の朝日連峰北部を夢見ている。

2011年10月5日水曜日

一日中雨。

寒かった。15度くらいだろうか。
雨は実は楽しみでもある、つまり休めるから。
でも雨続きは困る。
金木犀はまだ落ちてない。
車で町を通りすがり白かったような花の金木犀に気づく。白いので白木犀か?
町の中を走って気の付いたおおきなことにけやきの葉っぱがある。
なんとおおむね枯れてしまっている。
浦和所沢バイパスは日本一長いけやき並木と称しているはずだが葉っぱはどうなっていることだろう。
ここ例年きれいなけやきの黄紅葉が続いたのだけれどことしは全滅のようである。
気温の降下にはある大切なタイミングと程度というものがあるのだろう。

夕方のラジオで小西さんがある大学対抗の英語ディベートの来賓をしたときの乾燥を述べていた。
移民、リビア、若者の暴動、不景気・・・とテーマについてディベートさせるとどういうわけか「アメリカ人として、アメリカ政府として」の立場から意見を言い合う議論になってしまうということだ。
英語を使っていると物事を考えるのも英語で考えるようになるが、何かかなりへんだなと思った。
これを当ののアメリカ人が聞いていたらにたっとするだろう。
外国語は単なる手段であると思うのだが、訓練の習慣でそのことばの書物や新聞を読んでいると自然と考え方もそれらに洗脳されてしまって思考のパターンの催眠術にかかってしまうのかもしれない。
意識して日本を考えるようにしないといけない。
それと日本の書物、特に日本について書いた書物を読んでよく思考することである。
日本のことを語れない英語ぺらぺらもしょせんは世界の田舎者と見られてしまうだけのことだと思う。
会話程度の英語ではだめだということだ。

2011年10月4日火曜日

朝はだいぶ寒かった。

旭川はきのう短時間だが雪、けさは霜・初氷とのこと。

刈り取った跡と発芽しなかったところをかき混ぜる。
狭いけどぎりぎりトラクターがUターンできる。
大豆のさやはいろんな品種に黒ずんだ部分が出てきたものが多く見受けられるようになってきた。ぱんぱん状態を通り過ぎてかたくなりつつあることの表れである。

武市半平太の真筆の書状が鑑定団に。
名前しか知らない人物だったが紹介で、すごい人物だなと思った。
37才で切腹だが、当時の江戸・明治の狭間で活躍した青年たちの情熱と覚悟というものにただ圧倒されるばかりであった。
これを思うと明治まで(いろんな意味で)生き残ったひとたちの行いにはやはり穢れの多さを感じざるを得ない人物ばかりだ。
政治に頭角を表すものとはそういうものなのだろう。
負け犬と称されたひとたちまで含めて歴史というものは考えなければならない。

ノーベル賞の季節となったが、選考は大変みたいだね。
我が国戦後大学を出たひとたちの多くも受賞してもおかしくないひとたちがたくさんいるようである。
功績のはっきりした科学分野でもこんななのだから、経済とか文学、平和などといった分野は選考不能領域でやめてしまったほうがいいとも思うのだけれど。
最初の近似方程式がニュートン、そして次のがアインシュタインで近似なのか窮極なのかの迷いが生じかねないこないだのスイス-イタリア間を走らせたニュートリノの実験結果でひとときどきっとさせられたものだ。
これらの前後にもさまざまな法則が発見されていてもそれらが"自然"にしかけられた真実の法則なのかいなかは精度を追い求めて行くに従い誤差が発見されたり例外がでてきたりの番狂わせがさまざまな形で現れるのかもしれない。
絶対の探求といえばバルザックの一冊だが、完璧な法則というものは人類の飽くなき好奇心には消滅することのない目標でありつづけるのだろう。
物理ばかりでなくいろんな分野で"絶対"を追いかけている。
畑の"理屈"にもそういったものがある。
自然のサイクルという理想形態に近づけよう、でも農業は自然そのものではない。
トリックとだましあいともとれる"工夫"もある。
わからないことだらけだけど、わかろうと努力しているのが心地よさなのかもしれない。
欲しいと思ったものがすぐ手に入ってしまうのはつまらないものね。

2011年10月3日月曜日

稲刈りしようかどうかな

と迷ったが・・・
やきり稲刈り。
すべて完了。
比較的明るい屋根の下にはさがけする。
すぐわきの大豆畑の畝間は倒れた株の枝で足の踏み入れるすきもない。
外から見ると一段背が低くなってはいるがすくすくと上に向かっているのだが。
雑草もまっすぐ上を向かうようになり大豆よりも背が高くなる。

一気に寒くなったようである。
夕方は半袖はつらい。
一枚羽織る。

Nさんのブログがよかった。
ことばは文字・音ともに歴史的な由来というものがありどうして「ある表記」になり「ある発音」になるのかという基本的なことにきちんとした意味があるということである。
文化いや文明というものは"便宜"が優先されてしまい機能やスピードを阻害するものは簡略化、廃止という方向へ持って行ってしまうのが世のリーダーたちの思考回路にあるようだ。
祖先が蓄積し築きあげてきた大切な宝物に対する敬意というものに欠ける気がする。
中国の簡体字もそうだろう。
"ご先祖様・・・・"というのがこの国の宗教の一端をになう要素でであるにもかわらず、仏壇や墓石にに向かって手を合わせるうわべだけの本人の「こんなにご先祖様を思ってるんだよ、どうぞお守りください」という自己満足のご都合主義に堕してしまい、肝心な先祖が作り上げてくれた遺産をさらになにがしかのプラスを添加していこうと努力していかない性向を反省しなければいけないなと思った。
本来はあった区別を便宜的にひとつの音にしてしまうというのは文化の破壊といえるかもしれない。
旧字体は大変としても旧仮名遣い・送りがなはきちんと教えかつもとに戻してもいいのではないかなと思った。
学校出ていない父や母もそういう古い使い方で手紙を書いていた。
番茶庵に感謝。

きょうはかなり疲れている。
もう横になったほうがいいような気がする。

2011年10月2日日曜日

京都の枝豆

"むらさきずきん"という品種のレポート番組をちらっと見た。
身の色からして黒豆の親戚とおもわれる。
そうすると"ほくほく"という説明が納得できる。
このタイプはぱんぱんになった後の実の色が茶色くなりかかったころがうまい。
ただしやや固くなり始めているので煮る時間は長めで15-30分くらいかかる。
普通枝豆は反ったさやの内側の弧の部分が開いてきたらゆであげ完了、と習った記憶があるがこれはあまりにもおおざっぱすぎる基準でぱんぱん近くなっている場合は通用しない場合が多い。
結局食べてみて決めるしかない、というのが答えである。
京都のこの品種を栽培している農家の畑を写していたが株が倒れにくいように株の両脇にヒモを張っていた。
丹波篠山では株の頂上と頂上をヒモで結んでピンと張っている、と聞いたことがある。
ただしこないだの台風ではやはり根本はゆるゆるで穴があいてしまっており番組では穴埋めをしていた。
枝豆で大豆を売る農業ならそれなりに手間はかけられる。
つまり枝豆が一番高い値段で売れるからである。
しかし農業的な「手のかけよう」はいうまでもなく最後の固い粒まで育て上げるほうである。
理不尽といえば理不尽であるが、これが需給バランス・市場原理というものである。
こういったことまで考えると消費者はあまりにも「農業の過程」を知らなすぎる。
学校の蒔いて・収穫だけ授業がほとんどなんの意味もない「与えた側の自己満足」イベントであることがわかる。こういったイベント授業から生まれるのは農家をばかにした都会人いや都会居住者の気運育成、そして逆からは「生活がかかっているから、作物をつくらなくても税金がかからないように、最大限の効率をはかれるように農薬使用、・・・」ということになってしまう。
社会全体がもっとそばによって農業を見つめなければならない。
「顔の見える農業」なんて気の利いた宣伝文句だけではだめである。このことばは商業的偽善である。
さまざまな障壁によって難儀しているのは真剣な農家と政治・経済・社会環境によってふりまわされつづけてきた農水省・各農政課である。農業の役所は被害者であるといえる。

うまい枝豆が全国で5銘柄程度あげられていたが新潟の「サカナマメ」があげられていた。
これは気品のある香りに甘み・うまみバランスのとれたすばらしい味の枝豆である。

きのう金木犀の開花に気づく、咲いたのはいつ・・?
茗荷の花咲く、採集して所沢のNさんに。
谷中ショウガも半分とってNさんに。
ピーナッツをちょいと引っ張ってみたがはじのほうはまだまだちいさい。
銀の次がぷっくらとふくらんできた。兄弟のおきんさまはまだのよう。
夕方親友のKさんが奥様とお店に来てくれた。まだおくられてきた小説を読んでないので謝る。武澤先生の論攷が文春に出ていたと聞く、まだ売ってるかな?

読売に載っていた癌研元総長・垣添先生のコラムがおばさんの死とMの死のことがちらつき身につまされるものがあった。
在宅介護半年間と最後まですっぽかし(事実上の孤独死)親不孝の2例を比較したがこれからの高齢化社会で切実な問題となってくる。
ウチらの年取った頃には早くこの世にグッドバイするのが社会のため、ということになっていることだろう。
税収減以前に国家の破綻ということも考えられるから。

2011年10月1日土曜日

この景気の悪さは

たぶん、震災がなかった場合にもこのレベルになっていたであろうと考える。
世界レベル、またそれによって引き起こされた国内での諸問題という"マルチ・パンチ"でもともと貧弱な流通・飲食関係はひーひー言っている。
消費の末端は経済全体の局部的好景気とは関係なく低いところで推移しているところも多く産業自体が被淘汰あるいは国内被淘汰の瀬戸際にあるところも。
何を努力したらいいのか、あるいはいっそ廃業して・・・なのか。
歴史の意志などということを持ち出すのは悲しいことだが何をやってもだめな場合はこういう投げやりな考えになりがちなものだ。

保母さんのほかにもうひとり同じ枝豆をプレゼントしたお客様からなんと"お褒め"のことばをいただいた、恐れ多いことだ。
ほんにびっくりされたようだった。
だだちゃ豆よりはるかにいいとのことで、これはますます売り物ではないなと感じた。
こういうものは売ってはいけない。
大切なひとにプレゼントするだけだ。
あと、自分が食べるだけのこと。
窮極の独占欲。
醜いのか、美しいのか?

神田須田町。すごい町だな。
"粋"のミクロコスモス。
バルトークもこういうところを見ていたならばな。
コレクター・アイテムの機械式計算機の日本でただひとりの修理屋さんなんてあるんだ。
機械そのものもおもしろくかつ内部が美しい。
こういうものを趣味にするひとがいるなんて・・・日本はまだまだ大丈夫だなと思った。
こんど散歩してこよう。