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2011年10月3日月曜日

稲刈りしようかどうかな

と迷ったが・・・
やきり稲刈り。
すべて完了。
比較的明るい屋根の下にはさがけする。
すぐわきの大豆畑の畝間は倒れた株の枝で足の踏み入れるすきもない。
外から見ると一段背が低くなってはいるがすくすくと上に向かっているのだが。
雑草もまっすぐ上を向かうようになり大豆よりも背が高くなる。

一気に寒くなったようである。
夕方は半袖はつらい。
一枚羽織る。

Nさんのブログがよかった。
ことばは文字・音ともに歴史的な由来というものがありどうして「ある表記」になり「ある発音」になるのかという基本的なことにきちんとした意味があるということである。
文化いや文明というものは"便宜"が優先されてしまい機能やスピードを阻害するものは簡略化、廃止という方向へ持って行ってしまうのが世のリーダーたちの思考回路にあるようだ。
祖先が蓄積し築きあげてきた大切な宝物に対する敬意というものに欠ける気がする。
中国の簡体字もそうだろう。
"ご先祖様・・・・"というのがこの国の宗教の一端をになう要素でであるにもかわらず、仏壇や墓石にに向かって手を合わせるうわべだけの本人の「こんなにご先祖様を思ってるんだよ、どうぞお守りください」という自己満足のご都合主義に堕してしまい、肝心な先祖が作り上げてくれた遺産をさらになにがしかのプラスを添加していこうと努力していかない性向を反省しなければいけないなと思った。
本来はあった区別を便宜的にひとつの音にしてしまうというのは文化の破壊といえるかもしれない。
旧字体は大変としても旧仮名遣い・送りがなはきちんと教えかつもとに戻してもいいのではないかなと思った。
学校出ていない父や母もそういう古い使い方で手紙を書いていた。
番茶庵に感謝。

きょうはかなり疲れている。
もう横になったほうがいいような気がする。

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