たまには飲みにでも・・・と思うのだが。
お店にほとんど出ないことが多くなり、「話ができなくてつまんない・・・」というパートさんが、・・・ありがたいことだ。
それにしても寒い冬だ。
今朝のお天気概況では盛岡の平地部でマイナス20度台とのこと。
ザックから出したぷにゅぷにゅのみかんが一時間で石になってしまう世界だ。
ページビューの合計
2012年1月31日火曜日
2012年1月30日月曜日
月に並んで輝いているのは
何だろう。
恒星には違いないと思うが。
その間を夜の旅客機が・・・やや北よりの西へ、羽田からとすると富山とか鳥取のほうかな。
夕方テレビで「グレート サミット」をみる。ウガンダの最高峰だが氷河の縮小に温暖化の影響をみる。
コースは整備されていて小屋が3カ所、徒渉点には危なげながらも丸木組み合わせの橋がかけてあったり、頂上直下の垂直部分にはしごがあったりで日本の有名コースみたいだなと思った。
なんといっても緑と水の豊かさにはおどろいた。
単なる登山ガイドでないおもしろい番組だ、しかも日本人にはあまり知られていない山ばっかしでわくわくする。制作費は大変な額だと思う。
恒星には違いないと思うが。
その間を夜の旅客機が・・・やや北よりの西へ、羽田からとすると富山とか鳥取のほうかな。
夕方テレビで「グレート サミット」をみる。ウガンダの最高峰だが氷河の縮小に温暖化の影響をみる。
コースは整備されていて小屋が3カ所、徒渉点には危なげながらも丸木組み合わせの橋がかけてあったり、頂上直下の垂直部分にはしごがあったりで日本の有名コースみたいだなと思った。
なんといっても緑と水の豊かさにはおどろいた。
単なる登山ガイドでないおもしろい番組だ、しかも日本人にはあまり知られていない山ばっかしでわくわくする。制作費は大変な額だと思う。
2012年1月28日土曜日
Oさん弔問。
実はご主人も同じ時期日大病院に入院していて"危なかった"時期があったそうだ。
胆石からどういうわけか動脈瘤破裂ということだがおなかは、切った所と数カ所の穴をあけたところで姿勢によってはいたいそうだ。
やはり付き添いの話が出、駿河台なので近くにウィークリーマンションというものを借りて看病していたそうだ・・・看病といってもそばに付いていてあげるだけのことだがそれが実は大切なことなのだ。
生還したご主人が絆ということをとくとくと語ったそうだ。
医者からも感謝の言葉をいただいたそうである。
すっぽかし、が現代の平均だそうである
胆石からどういうわけか動脈瘤破裂ということだがおなかは、切った所と数カ所の穴をあけたところで姿勢によってはいたいそうだ。
やはり付き添いの話が出、駿河台なので近くにウィークリーマンションというものを借りて看病していたそうだ・・・看病といってもそばに付いていてあげるだけのことだがそれが実は大切なことなのだ。
生還したご主人が絆ということをとくとくと語ったそうだ。
医者からも感謝の言葉をいただいたそうである。
すっぽかし、が現代の平均だそうである
2012年1月27日金曜日
2012年1月26日木曜日
『山と渓谷』覆刻撰集1,2,3
という文庫を眺めている。
まあだ小説などの創作モノを読む気にはなれない。
昭和5年の創刊。岩波文庫もこのころではないのかな。
和名倉山や両神山・尾の内沢コースなどの山行記がありなつかしく拾い読みしている。
山麓の小さな沢にカメラ持って入り写真三昧でもしたいけど。
これらの山に連れて行ってくれた打田さんのお父様もほぼウチの父と同じ頃亡くなったそうだ。
尾の打沢の記録に出てくるキンササゲ(確かしめ縄が張ってあって"しめ張り場"とか・・?)、ヒンマワシ、大キギ・・・あったあった、そんな名前が。
あしたはまた公民館と年金事務所だ。
戸籍謄本を取り父がこの家を継ぐ前、小金井市にいたことになっていることがわかる。一番下で跡継ぎになったわけだが一時外にいたというわけか。
まあだ小説などの創作モノを読む気にはなれない。
昭和5年の創刊。岩波文庫もこのころではないのかな。
和名倉山や両神山・尾の内沢コースなどの山行記がありなつかしく拾い読みしている。
山麓の小さな沢にカメラ持って入り写真三昧でもしたいけど。
これらの山に連れて行ってくれた打田さんのお父様もほぼウチの父と同じ頃亡くなったそうだ。
尾の打沢の記録に出てくるキンササゲ(確かしめ縄が張ってあって"しめ張り場"とか・・?)、ヒンマワシ、大キギ・・・あったあった、そんな名前が。
あしたはまた公民館と年金事務所だ。
戸籍謄本を取り父がこの家を継ぐ前、小金井市にいたことになっていることがわかる。一番下で跡継ぎになったわけだが一時外にいたというわけか。
2012年1月25日水曜日
夕飯の
かれいの唐揚げがうまかった。
食欲も出てきた。
ただ数字が頭のなかをぐるぐる回っていてたまったもんではない。
この時期ふつうは大豆のことばかり頭の中にあるのだが今年はだいずのだの字も、といった感じ。
お客様から時々おみやげをいただくのだが、居ないときにいただいたものに名前がついていてもその名前に見覚え無しあるいは忘れてしまっているといったとき風体や年齢その他から推論するのは楽しいのだがどうしてもおもいつかないことが多くなった。
歯医者が終わる。
実は秋に入れたものが"がりっ"と取れてしまったのだ。
こんどは大丈夫かな。
食欲も出てきた。
ただ数字が頭のなかをぐるぐる回っていてたまったもんではない。
この時期ふつうは大豆のことばかり頭の中にあるのだが今年はだいずのだの字も、といった感じ。
お客様から時々おみやげをいただくのだが、居ないときにいただいたものに名前がついていてもその名前に見覚え無しあるいは忘れてしまっているといったとき風体や年齢その他から推論するのは楽しいのだがどうしてもおもいつかないことが多くなった。
歯医者が終わる。
実は秋に入れたものが"がりっ"と取れてしまったのだ。
こんどは大丈夫かな。
2012年1月24日火曜日
けさの道路は
すごかった。
夜中に降り明け方止んでいるとこのへんでは8時頃にでもなれば溶け始め9時にもなれば日陰でもないかぎり路面がつんつるてんということはまずない。
日が当たっていても、そして通行量の多い道でも歩くほうがはやい。
ふだん15分で着くところが40分かかった。
10時半くらいになってだいぶとけ始めた。
やることが多くてまいったまいった。
胃がいたくなりませんように。
食欲はやや出てきたようだ。
お昼にはカレーが食べられた。
夜は揚げ出し豆腐・その他。
ごはんは軽く2杯。
夜中に降り明け方止んでいるとこのへんでは8時頃にでもなれば溶け始め9時にもなれば日陰でもないかぎり路面がつんつるてんということはまずない。
日が当たっていても、そして通行量の多い道でも歩くほうがはやい。
ふだん15分で着くところが40分かかった。
10時半くらいになってだいぶとけ始めた。
やることが多くてまいったまいった。
胃がいたくなりませんように。
食欲はやや出てきたようだ。
お昼にはカレーが食べられた。
夜は揚げ出し豆腐・その他。
ごはんは軽く2杯。
2012年1月23日月曜日
2012年1月22日日曜日
2012年1月21日土曜日
2012年1月20日金曜日
Eva Cassidyの
CDをいただく。
私に気を遣ってなのか、くれた本人のお薦めなのかどちらなのだろうか。
これは明らかに自分好みの声質である。
歌い方、というよりまず声質から選んでしまう自分の悪い癖はどうにも避けられないものでこまったことであるが、この声はすごい。
私の好きな声質の単純最優先事項は高い声であること。
そして鼻にかかりすぎない透明感をもつこと。
つまりウィーン少年合唱団が原点にある。
まだ聞き始めだが枯れ葉とSongbirdというのが出色だ。
枯れ葉はピアノ伴奏もすごい。
ある"ミクロコスモス"を感じざるを得ない。
Songbirdは美しい。タイトル名に使ったのもうなずける。
歌い方つまり歌手のアレンジもいい。
ジャズボーカルの世界かな。
声質がこのアレンジに活き活きとのっている。
枯れ葉というとイヴ・モンタン、エディット・ピアフのオランピア劇場ライヴ、それとコーちゃんこと越路吹雪さんの・・・そうだそうだビル・エヴァンスのピアノトリオもあったな、が頭にこびりついていたかな。
でもこの声質の自分好みには今までのものはかなわない。
YouTubeで検索したときはさほどの感動はなかったのだがきょうきちんと聞いたらすごかった。
父の遺産に講談や広沢虎三の録音がいくつかあり興味を引いたのだが、こちらも大きなプレゼントであった・・・・もっともこれも父のことがあってのプレゼントといえる。
コダックがつぶれてしまった。
ライカが35ミリカメラを作り出したのはいいが、あまりにも値段が高すぎるというので自分の作ったフィルムをたくさん売りたいという思いが根本にはあるとはいうものの、プア・マンズライカという要するに貧乏人のためのライカという意味でレチナというカメラのシリーズを何十年にもわたって作り続けたコダック。銀塩カメラ100年の歴史の中で大きな役割を果たしてきた、1000年後にも名前の残るであろうこの会社がつぶれてしまったことに深いため息をつかざるを得ない。
ヒラリー卿のエヴェレスト初登庁にに同行したレチナ118はツァイスのテッサー・レンズ付きのものである、ドイツ・コダック製。
他社のレンズを多用していたとはいえ、オリジナルのエクターというレンズもすてきな写りである。
フジとコニカはうまく逃げた・・・生き延びた。そうだオリンパスもうまく生き延びた・・・ここで騒動があったが。
私に気を遣ってなのか、くれた本人のお薦めなのかどちらなのだろうか。
これは明らかに自分好みの声質である。
歌い方、というよりまず声質から選んでしまう自分の悪い癖はどうにも避けられないものでこまったことであるが、この声はすごい。
私の好きな声質の単純最優先事項は高い声であること。
そして鼻にかかりすぎない透明感をもつこと。
つまりウィーン少年合唱団が原点にある。
まだ聞き始めだが枯れ葉とSongbirdというのが出色だ。
枯れ葉はピアノ伴奏もすごい。
ある"ミクロコスモス"を感じざるを得ない。
Songbirdは美しい。タイトル名に使ったのもうなずける。
歌い方つまり歌手のアレンジもいい。
ジャズボーカルの世界かな。
声質がこのアレンジに活き活きとのっている。
枯れ葉というとイヴ・モンタン、エディット・ピアフのオランピア劇場ライヴ、それとコーちゃんこと越路吹雪さんの・・・そうだそうだビル・エヴァンスのピアノトリオもあったな、が頭にこびりついていたかな。
でもこの声質の自分好みには今までのものはかなわない。
YouTubeで検索したときはさほどの感動はなかったのだがきょうきちんと聞いたらすごかった。
父の遺産に講談や広沢虎三の録音がいくつかあり興味を引いたのだが、こちらも大きなプレゼントであった・・・・もっともこれも父のことがあってのプレゼントといえる。
コダックがつぶれてしまった。
ライカが35ミリカメラを作り出したのはいいが、あまりにも値段が高すぎるというので自分の作ったフィルムをたくさん売りたいという思いが根本にはあるとはいうものの、プア・マンズライカという要するに貧乏人のためのライカという意味でレチナというカメラのシリーズを何十年にもわたって作り続けたコダック。銀塩カメラ100年の歴史の中で大きな役割を果たしてきた、1000年後にも名前の残るであろうこの会社がつぶれてしまったことに深いため息をつかざるを得ない。
ヒラリー卿のエヴェレスト初登庁にに同行したレチナ118はツァイスのテッサー・レンズ付きのものである、ドイツ・コダック製。
他社のレンズを多用していたとはいえ、オリジナルのエクターというレンズもすてきな写りである。
フジとコニカはうまく逃げた・・・生き延びた。そうだオリンパスもうまく生き延びた・・・ここで騒動があったが。
2012年1月19日木曜日
雪でも降ってきそうなひんやりとした夕方に
外へ出て行くのが面倒くさくなる。
一緒に飲もうのさそいがあったが・・・まだその気にはなれない。
それに先だって浦和より励まし訪問、ありがとうございます。
時間がさらに逆戻りするがお昼にやっていたテレビの「名曲探偵」。
モーツァルトのジュピターを分析していたがおもしろかった。
特に第四楽章のわずか4音のかたまりにすぎないジュピター動機の展開がおもしろかった。
楽器をやっていないので楽譜は無理なのだがしろうとにわかりやすく分析解説をしてくれていてよかった。
もっともこういうことを抜きに音楽をそのまま楽しんでいる姿もある意味では"純粋"で、楽譜を読めるひとからはうらやましがれる異次元の聴き方なのかもしれない。
豆腐作りもそうだ。
現場を全く知らないひとの声も大事だ。
一緒に飲もうのさそいがあったが・・・まだその気にはなれない。
それに先だって浦和より励まし訪問、ありがとうございます。
時間がさらに逆戻りするがお昼にやっていたテレビの「名曲探偵」。
モーツァルトのジュピターを分析していたがおもしろかった。
特に第四楽章のわずか4音のかたまりにすぎないジュピター動機の展開がおもしろかった。
楽器をやっていないので楽譜は無理なのだがしろうとにわかりやすく分析解説をしてくれていてよかった。
もっともこういうことを抜きに音楽をそのまま楽しんでいる姿もある意味では"純粋"で、楽譜を読めるひとからはうらやましがれる異次元の聴き方なのかもしれない。
豆腐作りもそうだ。
現場を全く知らないひとの声も大事だ。
2012年1月18日水曜日
親戚まわりをしていて
今年はどうやらまた畑が広く使えそうなのだが大変な仕事も抱えているのでどうなることやら。
危篤状態に陥ってからの父への質問に対して帰ってくる言葉が「自分で判断しろ」が連発されていたが、そうだな・・・・もう自分の時代になる、自分の頭で考えよという遺言だったのだろうか。
頼る人のいない追い込まれた状態になると"世間体"などというものは除外した自己保存本能が働き真剣にものを考えるようになる。他人へのほんとの気配りというものもこういうものを前提にして生まれるのかもしれない。
世間体と気配りは違うと思う。
お客様のNさんから年賀状に使った水彩植物絵のはがきをいたた゜く。
絵やピアノが好きでいつも長話になる。
自分の喪中の時も"欠礼はがき"など出さずそのまま賀状を受け取っていたそうだ。
話しているとこちらがほかほかとしてくる。
いつもありがとうございます。
友達の数はかなり少ないのだけれどほほか・ほっと、させてくれる人たちばかりだ。
今は涙からため息の時期になりつつあるが、まあ今年一年はどうしようもないと思う。
危篤状態に陥ってからの父への質問に対して帰ってくる言葉が「自分で判断しろ」が連発されていたが、そうだな・・・・もう自分の時代になる、自分の頭で考えよという遺言だったのだろうか。
頼る人のいない追い込まれた状態になると"世間体"などというものは除外した自己保存本能が働き真剣にものを考えるようになる。他人へのほんとの気配りというものもこういうものを前提にして生まれるのかもしれない。
世間体と気配りは違うと思う。
お客様のNさんから年賀状に使った水彩植物絵のはがきをいたた゜く。
絵やピアノが好きでいつも長話になる。
自分の喪中の時も"欠礼はがき"など出さずそのまま賀状を受け取っていたそうだ。
話しているとこちらがほかほかとしてくる。
いつもありがとうございます。
友達の数はかなり少ないのだけれどほほか・ほっと、させてくれる人たちばかりだ。
今は涙からため息の時期になりつつあるが、まあ今年一年はどうしようもないと思う。
2012年1月16日月曜日
親戚周りを
していて父の若きの恋愛話など聞く。
つい最近自分から彼のいとこに話し出したとのこと。
もちろん私の母のことではない。
父は父なりにかなり屈折した若き日をおくり、その苦労を考えると見直してしまった。
死ぬまで語らなかったところがかっこいいな。
つい最近自分から彼のいとこに話し出したとのこと。
もちろん私の母のことではない。
父は父なりにかなり屈折した若き日をおくり、その苦労を考えると見直してしまった。
死ぬまで語らなかったところがかっこいいな。
2012年1月15日日曜日
一日中寒かった。
富良野も帯広も厳冬。
乾燥させた豆が気になるがなんにもやる気がしない。
テレビではアイススケート。
競技ではなくエキシビションというやつだろう。
ロシアの何回か前のオリンピックチャンピオンがきれいだった。
もう40過ぎているはずだがね。
乾燥させた豆が気になるがなんにもやる気がしない。
テレビではアイススケート。
競技ではなくエキシビションというやつだろう。
ロシアの何回か前のオリンピックチャンピオンがきれいだった。
もう40過ぎているはずだがね。
2012年1月14日土曜日
ボクサーたちは
今日も飲んでいるのだろうか。
大晦日に励ましに来てくれたN夫婦、本当にうれしかった。
Yっさんのあの電報。
きょうも夜、私が居ないときに都内からわざわざ、ありがとう。
別宮貞男が亡くなった。
88才老衰と書いてある。
老衰ということばも個人差があるようで今の平均で言うと早すぎるような気もするが、父もよくよく考えてみると老衰の要素があったのかもしれない。頭はまったくぼけてなかったが。
いろいろと用事があってまいったまいった。
これからもっと忙しくなるだろう。
大晦日に励ましに来てくれたN夫婦、本当にうれしかった。
Yっさんのあの電報。
きょうも夜、私が居ないときに都内からわざわざ、ありがとう。
別宮貞男が亡くなった。
88才老衰と書いてある。
老衰ということばも個人差があるようで今の平均で言うと早すぎるような気もするが、父もよくよく考えてみると老衰の要素があったのかもしれない。頭はまったくぼけてなかったが。
いろいろと用事があってまいったまいった。
これからもっと忙しくなるだろう。
2012年1月13日金曜日
ギフト屋さんと
墓地・墓石屋さんの飛び込み営業・電話営業が激しい。
どこから聞いてくるんだろうね。
でも仕事なのでがんばってください。
ひとに会うたんびに出てくる言葉は「お父さんお母さん、家族を大切に」になってしまった。
ありふれた言葉で陳腐きわまりないのだが・・・・結局はこれしかないのかなと思う。
本も音楽も絵もなーんにも誘惑を感じない。
食べ物すらもうまいというより惰性でコーヒーと甘いものを、という感じ。
いつまで続くんだろう。
どこから聞いてくるんだろうね。
でも仕事なのでがんばってください。
ひとに会うたんびに出てくる言葉は「お父さんお母さん、家族を大切に」になってしまった。
ありふれた言葉で陳腐きわまりないのだが・・・・結局はこれしかないのかなと思う。
本も音楽も絵もなーんにも誘惑を感じない。
食べ物すらもうまいというより惰性でコーヒーと甘いものを、という感じ。
いつまで続くんだろう。
2012年1月12日木曜日
最高の人生の終わり方
、テレビ版を見ていたらこんなのが。
ただし夜10時からなのでちょいと無理。
仕事の帰りに見えた月は赤かった。
あのときの赤と似ていて、卵の黄身の色だった。
こういう時にすぐ詩や歌・句のひらめくひとはいいな、うらやましい。
太ったと言われた。
仕事が終わると父の遺骨のある隣の部屋でぼーっとというか事務的なことをしている。
弔問の接客用に置いてある菓子でお茶やコーヒーばかり。
何を食ってもおいしくないとはいいながら甘いものばかりつまんでいるようだ。
夜親友より励まし電話、・・・ありがとう。
告別式で自分の言葉で弔電をおくってくれたY氏に感謝、ありがとう。
2日ともそばにいてくれた。ありがたいことだ、このことは生涯忘れない。
自分でお別れの言葉は述べた。
儀礼的なお礼のことばは廃し、父への感謝と13日間の会話からピックアップ。
母の時は本家に頼んだが、今回のほうが正しかった。
母ちゃんよ、ごめんな。
しかもぽっくりだったので看護の時間もゼロ。
・・・・・。
人生の終わり方・・・。
安倍晋三元総理は潰瘍性大腸炎だと。
これとぜんそくとがんのトリプルだったMが亡くなって2年。
かぼそくもぎりぎりのところで生きていたMをおもう。
父、母、M。
ぼくはおもい続けます。
本当に自分のことを思ってくれているひとを持てること、それが最高の人生の終わり方だ。
ただし夜10時からなのでちょいと無理。
仕事の帰りに見えた月は赤かった。
あのときの赤と似ていて、卵の黄身の色だった。
こういう時にすぐ詩や歌・句のひらめくひとはいいな、うらやましい。
太ったと言われた。
仕事が終わると父の遺骨のある隣の部屋でぼーっとというか事務的なことをしている。
弔問の接客用に置いてある菓子でお茶やコーヒーばかり。
何を食ってもおいしくないとはいいながら甘いものばかりつまんでいるようだ。
夜親友より励まし電話、・・・ありがとう。
告別式で自分の言葉で弔電をおくってくれたY氏に感謝、ありがとう。
2日ともそばにいてくれた。ありがたいことだ、このことは生涯忘れない。
自分でお別れの言葉は述べた。
儀礼的なお礼のことばは廃し、父への感謝と13日間の会話からピックアップ。
母の時は本家に頼んだが、今回のほうが正しかった。
母ちゃんよ、ごめんな。
しかもぽっくりだったので看護の時間もゼロ。
・・・・・。
人生の終わり方・・・。
安倍晋三元総理は潰瘍性大腸炎だと。
これとぜんそくとがんのトリプルだったMが亡くなって2年。
かぼそくもぎりぎりのところで生きていたMをおもう。
父、母、M。
ぼくはおもい続けます。
本当に自分のことを思ってくれているひとを持てること、それが最高の人生の終わり方だ。
2012年1月11日水曜日
あの満月から
一周期後がおとといの通夜の満月であった。
病室から眺めた、父の寝ている位置からは見えなかったでろう、あの月食直前のまんまるお月様は忘れることはできない。
仕事帰りに車から見えたきょうの月はまだ満月そのものの形であった。
「あと2日゜」と言われてからの最後の2週間、これはこれからの自分にとっていや家族にとっての宝である。
そこに詰まっているものの大いさはとても語り尽くせない。
85年の生涯をかけて我々子供たち・孫たちに残した総決算。
言葉にならない言葉が強く訴えかけてくる。
あと2日に、「冴え渡った」一週間を付け足してくれた神とも天ともいえる見えざる力に感謝するばかりである。
父の遺産・・・最後の24時間×13日。
ありがとう。
病室から眺めた、父の寝ている位置からは見えなかったでろう、あの月食直前のまんまるお月様は忘れることはできない。
仕事帰りに車から見えたきょうの月はまだ満月そのものの形であった。
「あと2日゜」と言われてからの最後の2週間、これはこれからの自分にとっていや家族にとっての宝である。
そこに詰まっているものの大いさはとても語り尽くせない。
85年の生涯をかけて我々子供たち・孫たちに残した総決算。
言葉にならない言葉が強く訴えかけてくる。
あと2日に、「冴え渡った」一週間を付け足してくれた神とも天ともいえる見えざる力に感謝するばかりである。
父の遺産・・・最後の24時間×13日。
ありがとう。
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