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2015年4月30日木曜日

久しぶりに歩いた

きのうは21000歩。
実はきのうのお昼にせんだっての食のイベントでいっしょに豆乳を売ってくださった志木市のXご夫妻が徒歩にて我が家に来てくださったこともあり、その返礼にと平林寺・浦所バイパス英(はなぶさ)インター・柳瀬川右岸ルートというコースで歩いてみたのです。
けさは足首がいたく体全体に倦怠感がありましたがなんとかお昼までもちました。
少し休んで昼過ぎは、3反かき混ぜ・周辺草むしり・境界お茶の木伐採を5時までやりました。
さすがへろへろになってしまい胸の筋肉はお疲れのようです。
歩くときも胸はいたくなるので歩く行為自体が全身運動になりますが、さすが植木屋さんのはさみを数時間使い続けるというのは手応え十分です。
疲れました。
ここのところすこし人恋しい瞬間が訪れることが多くどうしたのかなと感じています。
ここのところNさんから学んだ文学・文章論をひっさげて、62で会社を閉じて好きな物書きに専念しているKのところに行ってみようかなとも思います。
とかく「ことばが多すぎる」ということで大御所からクレームを付けられていた彼ですが、N氏から学んだことをひっさげて考えてみると、文章の大切さとはそんな"うまさ"とか"キレ"といった技術上の問題オンリーのものではなく、やはりなにを言いたいのか・伝えたいのかということそのものにあると思います。
さすればへたくそな我がブログもそこのところをしっかりとつかんで書いていけばいいということになるのでしょうか。
目先の器用さ、おしゃれなどはどうでもいいことになる。
もちろんたくさんことばを並べて支離滅裂になってわけがわからなくなっては困るのではありますが。
嘘をかかない、引用を自分の考えにしない、引用を上手に道具化する、流行を意識しない・・・、結局いままでどおりでいいのかな。

2015年4月27日月曜日

きのう

今日と農作業のためお散歩中止。

まちを車で走っているとはなみずきが花びらと新葉の色のコントラストがここちよく見ている方も幸せ一杯です。
こういった光の創造物に対する敏感さはは写真をとっていたことの産物だと思います。

なにも人生の何事かといわれるような出来事の成功話でなくても、こういった日々のちいさなことにうれしくなれること自体が過去からの積み重ね・・・実体験、読書、思考体験、音・視覚体験・・・といったさまざまな通過体験の蓄積と各自固有の脳内サーキット形成のたまものなのだと思いますが、年を追うごとに目の前に存在・発生するものや事柄に対する感じ方は豊かになってきているのだと思います。
遠くへ出かけてウルトラ非日常に浸からなくても豊かな感動はそこいらのちょいとしたことがらの中にあるはずです。
というわけでいつもながらの"日常"の繰り返しのゴールデンウィークですが豆腐が上手にできればいいなあ、ぐらいでいいかなと思います。


2015年4月24日金曜日

認定農業者

になれました。
人並みに農家と呼ばれてもいいようです。
認定されたからには申告額も毎年右肩あがりにする努力が求められるので大変です。裏つまり冬の作物や、普段の細かい野菜も直売所に持って行くことも見当しています。

お昼ごはんのあときのうと同じくというか柳瀬川を100パーセント右岸(川の流れに対して右側の岸)を歩いて志木ニュータウン経由新座駅で電車にて帰宅。15000歩。
歩きながらさまざまなことを考えていましたがなにも覚えていないようです。メモも必要かしらね。
車で通過したのでは見えないものだらけであることを再確認。
ウォークマンと一緒のお散歩は充実しています。
けれども、何も耳に付けないで風や自然に入ってくるまちの雑踏を聞きながらのお散歩もいいものです。
四六時中、機器の絵や音に縛られているのははっきりいって人間の五感を劣化させるだけの営みといえるかもしれません。
ですからそこは、人生のTPOで工夫が必要です。

1920-30年代のジャズを聞いていますが突然横浜銀蠅とかエノケンのメロディが自動的に脳みその中で再生され、音楽はくるくるとらせん的に少し形を変えつつ何度も繰り返されていくものだなと感じました。
アート、芸術という高い意識のプライドを持ったひとたちは"繰り返し"を退廃とみるのでしょうか。
前衛と自称しているひとたちの音楽はむつかしい。
クラシックの前衛とジャズの前衛はなにか同じようなものに聞こえますがこのなかで後に残るものはいくつあるのでしょうかね。
もっとも、「後に残る、後世に残ることなど意識していること自体いやしいことだ」というのも立派な生き方ですけれどもね。
作者が今を真剣にどう遊べているかがすべてでしょうかね。
とはいえ、それに共感するものがひとりでもいてくれれば・・・、というところが作者の本音でしょうか。

2015年4月23日木曜日

野菜売り場に

うど発見、穴蔵でそだてたもやしのうど。
さしみでも食べられるやつでひょっとして甘酢漬けにも合うのではないかと想像、やってみようかな。
土曜日に食のイベントがあるため車で場所確認。
東武東上線の柳瀬川駅そば・・・というとわかりにくいのですが所沢の人間からしたら浦所バイパスの・・交差点からすぐ、といったほうがわかりやすいようです。
あとで家から歩いてみようかなと妄想しながら帰宅。
疲れてしまってごろごろしていると目が覚めたのは4時。
国宝の正福寺はあきらめ、いつものパターンで柳瀬川をくだる。
いつもだと関越自動車道のガードのところで遊歩道がきれてしまうので引き返しているのですがきょうはそのままガード下をわたり・・・ホームレスのテントあり・・・一端車道にでて少し先をまた川の土手にもどるように歩きます。
そのまま夕方の涼しい風にあおられ柳瀬川の駅には12000歩後に到着。
楽勝でした。
歩き慣れた道の往復とは違って好奇心を刺激してくれたからでしょう。
毎日"同じ"ことを繰り返してやることの大変さはこういうところにもあらわれるようです。
陳腐化。
夫婦関係も陳腐化の最たるものでしょうね。
中高年で楽しそうにおしゃべりしながら散歩している姿には頭が下がります。
自分はその方面では落伍者といえるでしょう。

さて、東武東上線と武蔵野線を乗り継いで帰宅となりますが武蔵野線の新座車両(庫)区あたりできれいな日没となりました。
奥武蔵の大持・子持山の稜線が左へ下がって、さらに左の有馬山の稜線から下がってきた尾根がぶつかったあたりに太陽が"あの皆既月食のときの"卵の黄身色のようになっていました。
この瞬間は脳裏にきざまれました。
こういうものは写真で取る者ではなく自分の網膜にきっちりと写し込むことです、わずか30~60秒ぐらいの時間でしょうか。
こういう瞬間の記憶というものがだれにもあることと思います。
生まれてからいままでいくつあるのでしょうか。
死ぬ瞬間にはこういうものが走馬燈のように・・・、ですかね。

2015年4月22日水曜日

きょうはうまいもの

づくめ。
与野のぼたもちといちご大福。
今年初のエシャレット・・・まだ少し早すぎのようですが。
竹の子。
去年漬けた梅酒開栓、ウメがうまい!

12000歩歩いても食い過ぎかしらね。

ボタンが一気に花開いています。
接写で写しました。
単焦点でもデジカメは接写できるんですね。どうやって焦点距離を操作しているんでしょうか。
お隣の東村山の国宝建造物、正福寺、のぼたん園とセットの写真を撮りにあしたは散歩コースを考えましょうかね。

市会議員の選挙はずいぶんと静かな感じです。
全然盛り上がらないんでしょうかね。
地方へ行くと報酬の低過ぎからなり手がいなくて無投票があるとか。
議員選挙で無投票?
この辺は報酬が高すぎると思いますが、高かろうが低かろうが議会人こそボランティアだと思うんですけれどもね。首長は給料安すぎるかしらね。
ただの物売りと同じ感覚の職業になってしまったのが議会人ということでしょうか。
いやいやものつくり、物売りのほうが崇高だ。

2015年4月20日月曜日

あしたは多忙で

散歩はできないとの判断により、霧雨・強風の中柳瀬川遊歩道を歩きました。12000歩。
傘が骨折りになったり、ウィンドブレーカーがびしょびしょになったりと大変でしたがやってしまってよかったです。
出かける前は足首やふくらはぎが筋肉痛で「どうしようかな、やめようか」ということでしたが、"雨・風"のせいにすることなく初志貫徹と言うことになりました。
歩き始めると、3000歩もすると足首とうはやわらかくなって痛みはどこへやら。
温まるとはこういうことでしょうか。

久しく使ってなかったキンドル、電池完全切れかと思いきやかすかに残っていました。
完全切れだとパスワードとか入れたりするのでやっかいなことになってしまいます。
パスワードの紙はどこへしまい込んだのやらわかりません。
パスワードだらけの社会は住みにくいですね。
信号待ちのわずかな時間等を利用して中島敦の『弟子』を読んでいます。
ちょうど今、師弟関係について文句をいわれたことがあるのでタイミングがよかったといえましょう。
自分は「寄らば大樹の陰」というのがだいきらいで、したがって世渡りがへたということですが、「商い」の世界の最低常識にどうしてもなじめない人間なのです。
これを"アート"なる世界のひとたちにたいしても皮肉を込めて戯れ言をいったため大変にしかられました。
パトロン、のことです。
しかし、絵とか"物体"、音楽をつくるひとはともかく、"ことば"で生きているひとたちにはきびしくあって欲しいものです。
自分の信ずるところをきちんと主張すればよい。
パトロンになる側も、金持ちなりに、相手に好きなようにさせればよい。
利害を意識した世渡り物書きはいりません、という自分の見解は変わりません。

2015年4月19日日曜日

パソコンを

使っていたら右の方の画面にちいさく自転車のフレームが出てきました。きのうケルビム(今野製作所)と東叡社(浦和→川口)を調べていたのでこういうことになったのだと思いますが、そこをクリックしてみるとカンガルー便の輪行サービスでした。すなわち目的地まで自転車分解状態での配送サービスです。
へー、とそんなのがあるのとびっくりしました。
それほどはやっているのでしょうか。
こんな商売でなかったなら自転車復活していたのになあ、と思いました。

きょうは久しぶりに歩きました。
じつは 浦和まで歩こうと思っていたのですが雑用でだめになってしまいました。
浦和の縮小版で例によって平林寺往復をやりました、18000歩、3時間。
かなりきつかったです。
去年の浦和の記録をみると志木街道-埼玉県庁-北浦和で25000歩前後で2回やっています。
つまり平林寺往復ともう一回片道平林寺をやれば浦和に着いてしまうということですね。
20数キロ。ハーフマラソンにしか過ぎません。フルマラソンの過酷さは想像するだに恐ろしく感じました。

きのうはとてもいい映画を観てしまったので案の定寝不足となりました。
『シッピング ニュース』というカナダの映画です。
あまりにも観ている側に思考をうながす映画だったので一晩中人生を考えていました。
アマゾンのDVDのいろんなひとの講評を読んでみましたが実にうわべだけだなと感じました。
販売会社のセールス文句は軽薄で、実はこの映画はとんでもない「思考促し道具」なのです。
たぶん観るたびにその時々のこころの状態によって思考の内容が異なるのではないのかと想像されます。
オンダーチェの『バディボールデンを覚えているか』を読んでいたので感動が倍加しました。
平林寺の帰り道で手あげやきたてせんべいを3枚ほうばりながら眠れなかった夜に考えたことなどを反芻していました。

夜中に足がつるかしらね?

2015年4月14日火曜日

恥ずかしながら

今期、いやいや前期シーズン(つまり、冬?)はじめて湯豆腐を食べました。
夕飯にですが、よく考えると湯豆腐を所望したというよりは売れ残りの湯豆腐スープの処分で湯豆腐になったということです。
しかしけがの功名というかなんというか、やっぱし湯豆腐はにがり100%のきぬとうふが極めつけということを再確認いたしました。
口の中にいれたときにふわーっとふくれるのとそのあとのくずれていく感じがほかの凝固剤とは違うのです。
もちろんにがりきぬとうふの出来によっても感じ方は違うと思いますが硫酸カルシウムとは根本的に違うのかなと感じました。
締めは与野のぼたもちでした。
先日のいただきものでまだ残っていた者ですがおいしかったて゜゛す。
気品に満ちたぼたもちでした。
きょうの夕飯は単純でしたがとても幸福な時間がすごせました。

オンダーチェの『バディ・ボールデンを覚えているか』があと10ページ以内となり、終わって欲しくない"ただこね"からでしょうか、読むのがつらくなりました。
現代文学のひとつのあり方なのでしょうか、とてもショッキングかつ印象の強く残る読後感をもたせてくれる作品でした(です)。カフカやサルトルと違ってわかりにくそうでいてわかりやすかったです。
不連続の事象・感覚をきちんと(?)つなげる技術が作家業というものなのでしょうが、この作品のように本人の言動、周囲の言動・感想・観察、客観的な起こった事実の羅列(いやいや、作家の作戦による"配列")等によってなんか「映画・動画に対するたくさんの写真の展示」みたいな感じで、読み取る側の想像力を遺憾なく発揮させるしかけの作品のように思えました。
テーマ性のきちんとした絵画展、写真展のようでもあります。
現代小説を読むなんて昔からあまりありませんでしたが、とても強い感銘をうけた作品です。
それと副産物として、1920年代近辺の稀少に残っている録音を聞いたことでジャズの世界が広まったことが宝となりました。
それにしてもバディ・ボールデンの蝋管録音大発見!なんてニュースがあっらいいのになあなんてないものねだりをしています。

あしたも雨かな?

2015年4月8日水曜日

昨日は去年おそわった

浦和の万寿家さんといううなぎ屋さんでさる先生ご夫妻の誕生日会をいたしました。
浦和で有名なKというさらなるしにせでも何回かやっていますが、こちらのほうが安くておいしかったように思えます。
先生は最後に出てきたうな重を残しませんでした。
ほんものは冷凍物と違って"やや堅め"に出ますが、Kと違っていい感じの"堅め"でした。
そもそも伝統的な「うまいうなぎの基準」というものがわかるほどの食通ではないのでただ自分が「うまいと感じた」ということなのですが・・・。
先生からは白露峰(字はあってたでしょうか?香炉峰?にかけた命名ですかね)のおかえしがありました。よく茶席に使われるお菓子です。

きょうは朝から雪、べたべたぼたん雪ではありましたが"みぞれ"ではないほんとの雪でした。珍しいことです。富良野では5月の連休中に雪がふったりというのも珍しくはないそうですがこのへんではそう起こることではないですね。
積もらなかったので花と雪という写真はとれませんでした。瞬間、はあったのだと思いますが。

午後はMary Beard監修のシーザーとネロ帝、ユダヤ教徒のエルサレム防衛戦争(ジョセフの反乱?)というBBCで放送されたものをみました。推測ドキュメンタリーという感じでやや殺戮場面が多くて疲れましたがネロ帝の狂気にいたる理由が説得力がありました、決して不自然な経過をたどってはいずわかりやすかったです。彼の一生の道筋は最終的には"狂気、異常"そのものですがその道筋は環境からすれば自然なことかもしれません。どちらかというと"芸術、美"とかをちらつかせる権力者の道の踏み外しかなというところですが、セネカ等のおかかえインテリたちの導きも悪かったように思えます。
決して2000年前のよそ事ではなく時代を超えた反面教師なのかもしれません。

2015年4月7日火曜日

手持ちのポータブルCD

プレーヤーの一台がこわれてしまったので新品にはどんなものがあるのかとネットで調べてみるとソニーもパナソニックも・・・もみんな撤退・製造中止となっていました。
需要がないのでしょう。
たしかにちいさい・軽いの携帯音楽プレーヤーは進化したのがたくさんあるのでみんなそちらへ心変わり・・・いやいやはじめからそれだ、というひとばかりになってしまったのでしょうか。
CDの生産量は最盛期の半分とか。
その最盛期にごまんと買ってしまった人たちは、とくにわれわれ60歳以降のひとはどうするんでしょうね。
いちいちダビング・転送などできません(そもそも違法、かつ不可能?)。
CDの身上は携帯性。
デッキなど運べません。
そのデッキすらいずれはことごとく撤退・製造中止となってしまうのでしょうか。
家に居れば30センチLPや歌謡曲のドーナッツ版、カセットテープとぞんぶんに楽しめるのですが外で楽しむには転送・コピーや"アナログ→再録音"しかありません。
おっとっと、MDもあった。
ものを否定するのが時代の流れでしょうか。
すべて"データ"。
なんだかついていくのがたいへんです。
ついでに食べ物も"データ"、つまり栄養・味成分単体をすべて錠剤にしたらいいのにね。




2015年4月5日日曜日

不法投棄

されたごみを片付けたあと市役所のゴミ・ルールブックを読んでみました。
市民ひとりが一日10グラムのゴミを減らすと一年に8000万円節約。
これって結構深い意味をもっていてなかなか実現にはむつかしい壁があるようですが、各自それなりに努力しているような気がします。
買い物するとかならずビニールが付く。
容器はみんなプラスチック。

買い物しないのがいいのかな。
景気にはマイナス要因。
どうしたらいいんでしょうね。
よくよく考えてみると"存在しなくてもいい商品・サービス"がたくさんあることに気づきます。
ここには書きませんが、便利・時間の節約つまり他のもっとやりたいことのために"関わっていられない"作業を省略・・・カネで解決、このための新サービス登場。
戦後はこの繰り返しのようです。
行き着くところはどんな社会になってしまうのでしょうか。

それにしても不法投棄には困ったものです。
冷蔵庫、テレビ、机、タンス、マットレス・・・かさばるものばかりです。
夜中の12時にさっと来てさっと逃げたと言うことです。

メールというものは"安直"の極みの文章伝達手段のようにとらえられているかと思いますが、今朝来た友人からのメールには恐縮いたしました。
文章を書くことにこれだけの緊張と"思い"を感じさせるものを感じさせてくれる電子メールもあるんだなと見方がかわりました。
悪いのは道具を使う側の人間にあるのでしょう。
電子メールだろうが紙のメールだろうが"思い、情報"を伝える道具としては全くイコールのはずだと思うのですが、修正やっかい・切手貼り・ポスト投函の不便といったマイナス要因を省いた安直な手段だから中身の文章も安直でいい、というのが理屈なのでしょうか。
メールの書き方を反省させられました。

2015年4月4日土曜日

高くて

敬遠していた「ブルー・マウンテン(no.1?)」というのをコーヒーを買ったときにおまけしてくれたので飲んでみました。
別段なにも変わったところが無い感じでしたがこの"何も変わったところがない"というのが特徴なのでしょうか。
ただし淹れた時いい香りがしました。苦みとか酸味とか甘み(甘いと錯覚する要素・・・油脂分?)・・・たちがどれもぬきんでることなくバランスよく出ている感じでもありました。
行き過ぎや不足がなく、というのが需要の多さにつながるのでしょうか。
もっとも需給バランスによって高値なのか、あるいは少量生産で勝手に売り手が高値をつけているのかどうかはわかりません。

結局あえてこの豆を買う意味は自分にはないなと感じました。
それだけ"この道"に入ったばかりの自分にはこういった悟りきったみたいな世界はまだ遠いような気がします。
はっきりちとしたくせ・特徴のあるもので当分いきましょう。

2015年4月2日木曜日

海棠と桜の写真を20枚くらい

写しておしまい。
30分ほど散歩、このままじんぐり増やせていけたらなと思うのですが。
きのうと比べると一日中やや寒いかなと言う感じでした。

きのう佐多岬半島の同業の友達から「10年前に食べたあの豆腐の材料はどこの豆?」ということを尋ねられました。
さてさて、といろいろ記憶をたどってみたのですが当然のことながら思い出せません。
どういうふうにいうと"かっこいい、一流"と思われるいいかたになるかはおおむね見当がついてしまうのでそういう"ことば遊び"は避けることにしています。それだけ昨今は言葉に対して疑心暗鬼です。"宣伝、コマーシャル"というものには極力目をそむける生き方をしてきましたが、商いに宣伝はやはり不可欠のものかもしれません。
話がそれました。
結局豆腐の場合、大豆の品種を選べばとにかくうまいものができる、というのは錯覚・間違いと言わざるを得ません。
どんな豆で作っても作り手の技量でうまくもまずくも変身してしまいます。
このステップの果てにはもちろん「最終的に味を決める主役は豆自体である」という答えがあります。でもこれを宣伝文句に使える人はこの世には存在しないといえます。それだけ豆一品種は奥深いのです。
ですからもっとも大切なのは作り手の技量だといえばいいのです。
これは思い上がりの弁ではありません。
豆の"おおいさ"に対する畏敬の念の裏返しがこういう言い方になるのです。
値段の高い豆が確実に旨いというわけではないのです。
作り手はさまざまな品種に対応できなければならないのです。

こんなところが佐多岬のおにいさんに対する答えでしょうかね。