うど発見、穴蔵でそだてたもやしのうど。
さしみでも食べられるやつでひょっとして甘酢漬けにも合うのではないかと想像、やってみようかな。
土曜日に食のイベントがあるため車で場所確認。
東武東上線の柳瀬川駅そば・・・というとわかりにくいのですが所沢の人間からしたら浦所バイパスの・・交差点からすぐ、といったほうがわかりやすいようです。
あとで家から歩いてみようかなと妄想しながら帰宅。
疲れてしまってごろごろしていると目が覚めたのは4時。
国宝の正福寺はあきらめ、いつものパターンで柳瀬川をくだる。
いつもだと関越自動車道のガードのところで遊歩道がきれてしまうので引き返しているのですがきょうはそのままガード下をわたり・・・ホームレスのテントあり・・・一端車道にでて少し先をまた川の土手にもどるように歩きます。
そのまま夕方の涼しい風にあおられ柳瀬川の駅には12000歩後に到着。
楽勝でした。
歩き慣れた道の往復とは違って好奇心を刺激してくれたからでしょう。
毎日"同じ"ことを繰り返してやることの大変さはこういうところにもあらわれるようです。
陳腐化。
夫婦関係も陳腐化の最たるものでしょうね。
中高年で楽しそうにおしゃべりしながら散歩している姿には頭が下がります。
自分はその方面では落伍者といえるでしょう。
さて、東武東上線と武蔵野線を乗り継いで帰宅となりますが武蔵野線の新座車両(庫)区あたりできれいな日没となりました。
奥武蔵の大持・子持山の稜線が左へ下がって、さらに左の有馬山の稜線から下がってきた尾根がぶつかったあたりに太陽が"あの皆既月食のときの"卵の黄身色のようになっていました。
この瞬間は脳裏にきざまれました。
こういうものは写真で取る者ではなく自分の網膜にきっちりと写し込むことです、わずか30~60秒ぐらいの時間でしょうか。
こういう瞬間の記憶というものがだれにもあることと思います。
生まれてからいままでいくつあるのでしょうか。
死ぬ瞬間にはこういうものが走馬燈のように・・・、ですかね。
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