尿酸値が少し下がり中性脂肪等要注意項目の数字は枠におさまりました。
常にこの状態にたもつのが大事なことなのですが良くなったり悪くなったりの自分のだらしなさにあきれます。
弦楽四重奏に代表される「弦楽だけのアンサンブル」にはやや抵抗があり入門期は別として、この年齢になるまでそんなに聴いてこなかったのがここに来てベートーベンの全集を何回転も聴いています。
ゲヴァントハウスのカルテットで聴いていますが値段が安かったと言うだけのことです。
そのメンバー中にSusukeという名前が出てきているのであの有名なヴァイオリニストのズスケかなと首をひねりましたが顔写真が新しさを感じさせる写真であるにもかかわらず"若人"の顔をしていたので、子供か親戚かなと思いました。
関係ないのかしらね。
"いわゆる"ズスケはズスケ・カルテットやソロ、ぴあの・トリオの名演を出しているので世間周知の名ヴァイオリニストですが、その事実とは関係なくこの廉価版の東ドイツの名門オケ/ゲヴァントハウスの名手たちによってくまれたカルテットはいい演奏をしています。
なぜ自分が弦楽だけの合奏がどうにもこうにもなじめなかったのかをここ何日か考えてみたのですが、"音"の等質性にどうやら軍配があがりそうな気配がします。
世の中のひとはどう感じているのでしょうか。
ベートーベンの弦楽四重奏は特にその内省的な想いを感じさせる弦のひびきに、深さだとか哲学的だとか"人生"だとかを重ね合わせて考えるようし向けられた音楽評論にしばられてきたような感じがするのですが、弦だけの響きの渋さは自然とそういう方向にひとの思索を追い込むように自分にも感じられます。
現にピアノ一台入っただけで雰囲気はがらりと変わります。
オケはさらに。
なんなんでしょうかね。
めりはり、アクセント、"意識の目覚めさせ"、眠たくなりかけを"はっと"させる・・・。
弦楽四重奏、特にベートーベンのものはおとなの音楽ということで昔から"気取り屋"さんはたくさんいました。
いまこうして"老いて"しまった自分が突然かの曲立ちを欲しているのはどういったことなのでしょうか。
別に哲学ではありません。
単なる好奇心でもないでしょう。
なんなんでしょうか。
このことを考えるとバルトークに顕著である現代の弦楽四重奏はベートーベンとはだいぶちがっているように思われます。
等質性を保持しながらも弦じゃないものを取り込んだりの作為がたくさんありますが、それらははじめはおもしろいのですがすぐあきてしまいます。次回は10年くらいたってから聴きたいなんて思ってしまいます。
ハイドンだとオーソドックスそのもの。
やはりベートーベンのすごさにはおどろかされます。
モーツァルトが神の申し子という評価をされるのにはやや頷けないところがあるのですが、ベートーベンは後にも先にもあらわれずしかもあとのにも先のにもちらちらと顔を覗かせています。
世界にはさまざまな音楽がありますが、1000年経っても音文化の金字塔は"洋楽"にかわりはないと思います。
その洋楽のセンターにベートーベンがいます。
グレゴリアン・チャント、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ショパン、ブルックナー、マーラー、ストラビンスキー、バルトーク・・・ではない。
ベートーベンのなかにすべて含まれている。
あしたはもうひとつの極少品種刈り取りと生きましょうかね。
極大、大粒はありふれているものの、極小は納豆屋さんがちまなこになってさがしているもので価格もきわめて高く、品種名はあかせませんが虫に弱いものが多く今回の2品種はひょっとしたらお宝かもしれません。
いずれは納豆も作りたいのですが自分の代にそれが可能かどうかは疑問とするところです。
片方は枝豆もうまかったです。
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2015年9月30日水曜日
2015年9月26日土曜日
きょうはこれから
お店なのでほとんどなにもできません。
畑は極早生のものを3日前に刈り取ったまんま。
きのうの雨でだいぶ落ちてしまったかもしれません。
おもしろいことにこの極早生のとなりはナカセンナリで、これは中生(なかて、と読みます)、ボディは呆きてやや"つる化"しかけていますが、少ない数の花をいまごろになってだらだらとあとからあとから咲かせています。
早く蒔き過ぎもあるのですがどちらかというと栄養過多のほうがおおきな原因といえましょう。
お彼岸の時にいとこのところを眺めてみるとあっという間に"枝豆適"になっていました。
あさって健康診断なのでそれが過ぎるまで食べることはできませんが、なんとも今年は速いピッチできあがっていくようです。
9月の雨でどんどんふくれていくのでしょうね。
歌の文句とは反対に9月のあたたかい雨でしっかりといのちの歩みをすすめているのでしょう。
畑は極早生のものを3日前に刈り取ったまんま。
きのうの雨でだいぶ落ちてしまったかもしれません。
おもしろいことにこの極早生のとなりはナカセンナリで、これは中生(なかて、と読みます)、ボディは呆きてやや"つる化"しかけていますが、少ない数の花をいまごろになってだらだらとあとからあとから咲かせています。
早く蒔き過ぎもあるのですがどちらかというと栄養過多のほうがおおきな原因といえましょう。
お彼岸の時にいとこのところを眺めてみるとあっという間に"枝豆適"になっていました。
あさって健康診断なのでそれが過ぎるまで食べることはできませんが、なんとも今年は速いピッチできあがっていくようです。
9月の雨でどんどんふくれていくのでしょうね。
歌の文句とは反対に9月のあたたかい雨でしっかりといのちの歩みをすすめているのでしょう。
2015年9月21日月曜日
30-40年ブリだろうか、
五家宝を食べました。
コーヒーにはややかわいそうかなという感じで、これはお茶。
なつかしいというか、記憶にまったく残っていない味でした。
おいしかったです。
そこいらで買えてしまう時代になってしまったんですね。
3時まで彼岸来客のため、畑中止。
3時半よりMBT。
柳瀬川回廊、英インター(柳瀬川と川越街道の交点)、野火止交差点、平林寺野火止用水遊歩道、物納農地(つまり"国有地")だらけの裏街道、志木街道、自宅と21400歩。使ったお金160円/500㏄のお茶のみ。
きょうは午前一時に目覚めたまんま寝ていないのでやや疲れたようです。
あしたは親戚廻りか畑かどっちにしようか迷っています。
川の土手を歩いていて、夏草のしげりがよすぎて歩きづらかったです。
つまりきれいに踏み倒された草の上ならいいのですが、踏みつけられた雑草たちは麦同様すぐに立ち上がり元気に育ってしまうのです。
踏み跡はとてせまくBMTのぷにゅぷにゅした幅広の靴ではちょいと困難を感じました。
この靴はコンクリやアスファルト上の歩行を想定して作られたものと推定しました。
コーヒーにはややかわいそうかなという感じで、これはお茶。
なつかしいというか、記憶にまったく残っていない味でした。
おいしかったです。
そこいらで買えてしまう時代になってしまったんですね。
3時まで彼岸来客のため、畑中止。
3時半よりMBT。
柳瀬川回廊、英インター(柳瀬川と川越街道の交点)、野火止交差点、平林寺野火止用水遊歩道、物納農地(つまり"国有地")だらけの裏街道、志木街道、自宅と21400歩。使ったお金160円/500㏄のお茶のみ。
きょうは午前一時に目覚めたまんま寝ていないのでやや疲れたようです。
あしたは親戚廻りか畑かどっちにしようか迷っています。
川の土手を歩いていて、夏草のしげりがよすぎて歩きづらかったです。
つまりきれいに踏み倒された草の上ならいいのですが、踏みつけられた雑草たちは麦同様すぐに立ち上がり元気に育ってしまうのです。
踏み跡はとてせまくBMTのぷにゅぷにゅした幅広の靴ではちょいと困難を感じました。
この靴はコンクリやアスファルト上の歩行を想定して作られたものと推定しました。
2015年9月20日日曜日
敬老の日と
お彼岸がくっついて訳のわからぬ連休です。
迷惑している労働者もたくさんいます。
きょうもお店で疲れましたが、帰りはMBT。
きのうよりもひとつ外側を回り込んでコースをつくりました。
農産物直売所で買ったふじみの市のラスクがおいしかったです、五家宝も買いました。
4車線道路に入りわが大豆畑を見たら、黄色い葉が落ちさやが焦げ茶になっている部分がありました。あしたは刈り取りになるでしょう。
家に着くと15000歩ぴったし、19時になっていました。
やや筋肉痛であるのを感じます。
寝るときにつりそうな気配がします。
距離が伸びるにつれて歩き方を意識しなくなるのでかなりひどい歩き方になっているのかと心配です。時々思い出しては土踏まずに着地の衝撃がくるようにと注意しています。
迷惑している労働者もたくさんいます。
きょうもお店で疲れましたが、帰りはMBT。
きのうよりもひとつ外側を回り込んでコースをつくりました。
農産物直売所で買ったふじみの市のラスクがおいしかったです、五家宝も買いました。
4車線道路に入りわが大豆畑を見たら、黄色い葉が落ちさやが焦げ茶になっている部分がありました。あしたは刈り取りになるでしょう。
家に着くと15000歩ぴったし、19時になっていました。
やや筋肉痛であるのを感じます。
寝るときにつりそうな気配がします。
距離が伸びるにつれて歩き方を意識しなくなるのでかなりひどい歩き方になっているのかと心配です。時々思い出しては土踏まずに着地の衝撃がくるようにと注意しています。
2015年9月19日土曜日
集中的な
草むしりをするところは無くなり、あとはときどき見回りして大きい草(あかざとかめひしば・おひしば、イネ科のおおきなもの等)を引っこ抜く程度、そしてヨトウムシの幼虫のはやけたての葉っぱ(遠くから見てもくろずんていてすぐわかる)を除去といったこと等をするわけですが、今までと比べたらだいぶ体は楽です。
ただしもう10日もしたら早生の刈り取りが始まるでしょうからうきうきともしてはいられないのですが。
きょうは午後お店。
帰りは所沢駅、航空公園、虚空記念館、登記所、ヤオコー北原、秩父学園、オートバックスというコースで自宅まで歩きました。
5/17に28000歩をやって以来の久しぶりでちょいと疲れました。
12200歩でした。
柳瀬川沿いを滝の城まで歩いて戻ってくるのと同じで数字はたいしたことはないのですが久々なのでつかれました。
MBTで初めてたくさんあるいたということになるのでしょうか。
見てくれる人もいないし、この程度では靴のすり減り方も出ないので歩き方が正しいのか悪いのか判定できません。
ひとついえる、いやいや2ついえることはふくらはぎのつっぱりが普通の運動靴のときみたいに顕著でないということです。つまり普通の靴だとふくらはぎがあたたまるまで異様につっぱって痛い感じがするのですがこのMBTだと無いということです。
もひとつは足の指が疲れるというか心地よい痛みを生じると言うことです。
整体の先生が足の指をもんでくれるととても心地よいのを感じますが、いまこうしてキーボードを打っているときそれと同じものを足の指に感じます。
きのうモンサントのビデオをyoutubeで見ましたがNHKがよくこんなもの取材したなと思いました。
モンサントについてはさまざまなひとが書かれているのでいまさら自分がいうことはないのですが、あえていうならかの社のポリシーのいやしさです。
遺伝子組み換えは医学の分野との絡みもあるのでいちがいに完全否定できる"論破力"を自分には持ち合わせはないのですが、自分なりに感じたことといえばかの社のこころざしのつまりアメリカ国のいやしさです。
つまり遺伝子組み換えで虫に強い、暑い・寒いに強い、日照不足に強い・・・といった研究をするのならまだえらいと思うのですが、自社のラウンドアップという除草剤に強い品種の開発という利益全部自社取り込みという姿が見苦しいのです。
自社のタネを買って蒔いてもらい、自社の除草剤を存分に使ってもらい、すくすくと成長させたくさん収穫(殺虫剤については聞いてませんが・・・)してもらう。
タネも買ってもらい、しかもf1で自家採取だめ、除草剤もたっぷりつかってもらい大もうけ、売り先はアメリカ以外の(アメリカから見た"劣等国・劣等人種たち")くにぐにのお客様に存分に食べてもらう。こういった食料もジャンクフードと彼らは考えています。
こいったのをのさばらせているのはおろかな各国政府と安物あさりの消費者です。
貧しきがゆえにそうせざるをえないというのが多くの後追い国たちですが、そんなもの買わなくてもいいものを少し買えばいいというライフ・スタイルなんか簡単にできるであろう日本国の消費者でも「食い物に高いカネを出すのはバカ」という考えが未だに大手を振っている状態ではアメリカのいいなりになるのはいたしかたのないことでしょう。
振り返れば大豆は戦後即関税のかからない商品となったわけですが、そんな中でも各地の農業試験場の研究員・民間の研究者が収集し生体保存してくれたことに非常に感謝しなければなりません。
モンサントは日本国内に実験農場をもっていると聞いていますが、こんなものを許してしまった代議士たちのおろかさをわたしたちはきちんと後世に伝えていかなければなりません。
法律で拒否できないんなら政治力で・・・・ということが国益にかかわることですらできないんですね。
ただしもう10日もしたら早生の刈り取りが始まるでしょうからうきうきともしてはいられないのですが。
きょうは午後お店。
帰りは所沢駅、航空公園、虚空記念館、登記所、ヤオコー北原、秩父学園、オートバックスというコースで自宅まで歩きました。
5/17に28000歩をやって以来の久しぶりでちょいと疲れました。
12200歩でした。
柳瀬川沿いを滝の城まで歩いて戻ってくるのと同じで数字はたいしたことはないのですが久々なのでつかれました。
MBTで初めてたくさんあるいたということになるのでしょうか。
見てくれる人もいないし、この程度では靴のすり減り方も出ないので歩き方が正しいのか悪いのか判定できません。
ひとついえる、いやいや2ついえることはふくらはぎのつっぱりが普通の運動靴のときみたいに顕著でないということです。つまり普通の靴だとふくらはぎがあたたまるまで異様につっぱって痛い感じがするのですがこのMBTだと無いということです。
もひとつは足の指が疲れるというか心地よい痛みを生じると言うことです。
整体の先生が足の指をもんでくれるととても心地よいのを感じますが、いまこうしてキーボードを打っているときそれと同じものを足の指に感じます。
きのうモンサントのビデオをyoutubeで見ましたがNHKがよくこんなもの取材したなと思いました。
モンサントについてはさまざまなひとが書かれているのでいまさら自分がいうことはないのですが、あえていうならかの社のポリシーのいやしさです。
遺伝子組み換えは医学の分野との絡みもあるのでいちがいに完全否定できる"論破力"を自分には持ち合わせはないのですが、自分なりに感じたことといえばかの社のこころざしのつまりアメリカ国のいやしさです。
つまり遺伝子組み換えで虫に強い、暑い・寒いに強い、日照不足に強い・・・といった研究をするのならまだえらいと思うのですが、自社のラウンドアップという除草剤に強い品種の開発という利益全部自社取り込みという姿が見苦しいのです。
自社のタネを買って蒔いてもらい、自社の除草剤を存分に使ってもらい、すくすくと成長させたくさん収穫(殺虫剤については聞いてませんが・・・)してもらう。
タネも買ってもらい、しかもf1で自家採取だめ、除草剤もたっぷりつかってもらい大もうけ、売り先はアメリカ以外の(アメリカから見た"劣等国・劣等人種たち")くにぐにのお客様に存分に食べてもらう。こういった食料もジャンクフードと彼らは考えています。
こいったのをのさばらせているのはおろかな各国政府と安物あさりの消費者です。
貧しきがゆえにそうせざるをえないというのが多くの後追い国たちですが、そんなもの買わなくてもいいものを少し買えばいいというライフ・スタイルなんか簡単にできるであろう日本国の消費者でも「食い物に高いカネを出すのはバカ」という考えが未だに大手を振っている状態ではアメリカのいいなりになるのはいたしかたのないことでしょう。
振り返れば大豆は戦後即関税のかからない商品となったわけですが、そんな中でも各地の農業試験場の研究員・民間の研究者が収集し生体保存してくれたことに非常に感謝しなければなりません。
モンサントは日本国内に実験農場をもっていると聞いていますが、こんなものを許してしまった代議士たちのおろかさをわたしたちはきちんと後世に伝えていかなければなりません。
法律で拒否できないんなら政治力で・・・・ということが国益にかかわることですらできないんですね。
2015年9月16日水曜日
晴れの続かない
お天気ですね。
涼しくて体を動かすにはかっこうの条件なはずですが、なまけぐせが出てきてしまいす。
発芽不良で草ぼうぼうの一枚をかきまぜ、はじに植えてあるごまを刈り取り、雑草を刈り払いました・・・草むしりではなく"草刈り"です。
蚊がひどく閉口しました。
さてテレビのニュースでモンブランの映像が出ました。
あのこんもりと氷のかぶさった頂上付近の氷が溶けてしまい、なんとモンブランは鋭鋒だということがわかりました。
そしてある氷河では氷河の内部が伏流の作用でしょうか、水がたまってしまいいつこれがバースとして土石流を起こしはしまいかと水を抜いたりの努力を下流の部落のひとたちが苦労している映像をみせてくれました。
東北の地震の後あんなに「節電、節電」といっていたものがいつのまにやらそんなものどこへやら。
あっちで快適なんだから、こちらも快適に・・・とみーんなもとの生活にもどってしまつています。
ecoなんて空念仏をとなえていても我が家の暮らしは文明の謳歌、というのが平均的な文明国の生活でしょう。
なるようにしかならないのが人間の歩み、というものでしょうかね。
ことしも不作でしょう。
売り上げは伸びないのに税率アップ、材料アップ。
かせげかせげ、と煽っている国はどういう感覚なのかしりませんが強制力に裏打ちされた税収が原資のお仕事は気楽な稼業というもんです。
涼しくて体を動かすにはかっこうの条件なはずですが、なまけぐせが出てきてしまいす。
発芽不良で草ぼうぼうの一枚をかきまぜ、はじに植えてあるごまを刈り取り、雑草を刈り払いました・・・草むしりではなく"草刈り"です。
蚊がひどく閉口しました。
さてテレビのニュースでモンブランの映像が出ました。
あのこんもりと氷のかぶさった頂上付近の氷が溶けてしまい、なんとモンブランは鋭鋒だということがわかりました。
そしてある氷河では氷河の内部が伏流の作用でしょうか、水がたまってしまいいつこれがバースとして土石流を起こしはしまいかと水を抜いたりの努力を下流の部落のひとたちが苦労している映像をみせてくれました。
東北の地震の後あんなに「節電、節電」といっていたものがいつのまにやらそんなものどこへやら。
あっちで快適なんだから、こちらも快適に・・・とみーんなもとの生活にもどってしまつています。
ecoなんて空念仏をとなえていても我が家の暮らしは文明の謳歌、というのが平均的な文明国の生活でしょう。
なるようにしかならないのが人間の歩み、というものでしょうかね。
ことしも不作でしょう。
売り上げは伸びないのに税率アップ、材料アップ。
かせげかせげ、と煽っている国はどういう感覚なのかしりませんが強制力に裏打ちされた税収が原資のお仕事は気楽な稼業というもんです。
2015年9月14日月曜日
一級河川の
管理者は・・・と考えると川越土木、というように県のようにも考えられますが氾濫したときの被害の原因・影響の広域性を考えるとどうみても国交省の管理かなとも考えられます。
テレビで頻繁に鬼怒川が決壊して避難指示を出さなかった責任を現場市長に押しつけていますが、上空からみた堤防の幅・厚みを考えると誰の目にも「決壊はまずあり得ない」と思ってしまうと考えてしまいます。
しかも頻繁に決壊が起きていた時代と違い、強固にしてからまったく決壊したことがないということになれば今回のような未・非対応というのは起こるべくして起こったのかなと考えてしますます。
決壊しない堤防は絶対無い、・・・これが真理なのでしょう。
このことから考えると国交省はほんとに無責任な役所なのかなと思います。
国の命令、各市町村の判断と瞬時の行動に出ないとどうしようもなくなってしまうということです。
今回もこの市長がいけにえになるだけ、のような気がしますが国交省大臣や総理はもっと緊張して欲しいです。マスコミもおもしろがってこの市長をつるしあげているだけのようです。
テレビで頻繁に鬼怒川が決壊して避難指示を出さなかった責任を現場市長に押しつけていますが、上空からみた堤防の幅・厚みを考えると誰の目にも「決壊はまずあり得ない」と思ってしまうと考えてしまいます。
しかも頻繁に決壊が起きていた時代と違い、強固にしてからまったく決壊したことがないということになれば今回のような未・非対応というのは起こるべくして起こったのかなと考えてしますます。
決壊しない堤防は絶対無い、・・・これが真理なのでしょう。
このことから考えると国交省はほんとに無責任な役所なのかなと思います。
国の命令、各市町村の判断と瞬時の行動に出ないとどうしようもなくなってしまうということです。
今回もこの市長がいけにえになるだけ、のような気がしますが国交省大臣や総理はもっと緊張して欲しいです。マスコミもおもしろがってこの市長をつるしあげているだけのようです。
2015年9月13日日曜日
2時から6時まで、
映画の題名みたいですが、全部の畑を見回りました。
これに先立つこと朝8時に横山君とこの「里のほほえみ」品種の見学・栽培意見をしてきました。
いとこのところの珍品コーナーは枝豆適期のものが7品種程度あり食欲優先で5品種もいできました。
すほとんど中~大粒です。
その中で特筆すべきものが2つありました。
ひとつは埼玉県の極小で期待していませんでしたが、見事にそれが裏切られました。
"深い味"ということでは劣性に置かれますが、なんとも上品な甘みをもっているのです。
枝豆時期は豆の粒はかわいた大豆よりは当然のことながらおおきいので不満な点はありません。
毎年蒔いていながらいつもばかにしていたのと、比較的虫に弱いと言うことになっていたので枝豆にはしていませんでした。
うまかったです。
もうひとつは埼玉県ではありませんがみそ煮豆という豆です。
ゆでたては実にまずい。なんの味もしない。
しかしやや冷え出す頃から豊かな豆あじを感じさせてくれます。
甘みはたいしたことはないので、豆腐にしたときどうなるかむつかしいところですが、かわいた大豆の味もこの枝豆の味から推定される味であるならば高いレベルの職人の腕をもってすれば見事な豆腐となるに違いありません。
へたにつくれば陳腐きわまりない豆腐となるでしょう。
ちょうど京都のSや秩父のにせ白光のようになるものと思われます。
一枚の畑はまだ花期のものがあり背丈もややちいさいので雑草対策としてさくってきました。
これに先立つこと朝8時に横山君とこの「里のほほえみ」品種の見学・栽培意見をしてきました。
いとこのところの珍品コーナーは枝豆適期のものが7品種程度あり食欲優先で5品種もいできました。
すほとんど中~大粒です。
その中で特筆すべきものが2つありました。
ひとつは埼玉県の極小で期待していませんでしたが、見事にそれが裏切られました。
"深い味"ということでは劣性に置かれますが、なんとも上品な甘みをもっているのです。
枝豆時期は豆の粒はかわいた大豆よりは当然のことながらおおきいので不満な点はありません。
毎年蒔いていながらいつもばかにしていたのと、比較的虫に弱いと言うことになっていたので枝豆にはしていませんでした。
うまかったです。
もうひとつは埼玉県ではありませんがみそ煮豆という豆です。
ゆでたては実にまずい。なんの味もしない。
しかしやや冷え出す頃から豊かな豆あじを感じさせてくれます。
甘みはたいしたことはないので、豆腐にしたときどうなるかむつかしいところですが、かわいた大豆の味もこの枝豆の味から推定される味であるならば高いレベルの職人の腕をもってすれば見事な豆腐となるに違いありません。
へたにつくれば陳腐きわまりない豆腐となるでしょう。
ちょうど京都のSや秩父のにせ白光のようになるものと思われます。
一枚の畑はまだ花期のものがあり背丈もややちいさいので雑草対策としてさくってきました。
2015年9月11日金曜日
大雨による
被災者・被災地のことを考えると大豆のことなんかを記述していくのがやや苦痛になるのですが・・・。
自園の見回りと草むしり。
長い雨で頭でっかちの大豆の株たちは倒伏したり折れたりといたいたしい様を見せていました。
強風と言われるほどのものは無かったと思いますが、意外と"折れて"しまっているものがたくさんありました。
折れ曲がっても"つながっていれば"ちいさいとはいえ収穫までにいたることもあり得るのですが、まずそんなには期待できません。
しかしまあ倒れたモノも収穫はしっかりとあるのでそこそことれるような気もします。
栃木や茨城の水に浸かってしまった畑や水田はもうだめかなと推定されますが、こちとらのこんな程度の被害を記述するのが恥ずかしくも申し訳なくも思われます。
多くは花期を過ぎてむぺったんことはいえさやがついているわけですが、枝豆までにはまだ2,3週間はかかるでしょうか。
いままで涼しかったせいかたいした気温でもないのにすぐにギブアップとなりました。
夕方の仕事もあるので気合いは入っていません。
蚊がものすごく、ネット付きの防止を忘れてしまっていたのも原因で早々と退散しました。
ところで毎日通る4車線脇の極小品種は葉っぱのいろが早くも黄色くなり始めました。
9月末には刈り取りとなることを願っています、2品種あります。
自園の見回りと草むしり。
長い雨で頭でっかちの大豆の株たちは倒伏したり折れたりといたいたしい様を見せていました。
強風と言われるほどのものは無かったと思いますが、意外と"折れて"しまっているものがたくさんありました。
折れ曲がっても"つながっていれば"ちいさいとはいえ収穫までにいたることもあり得るのですが、まずそんなには期待できません。
しかしまあ倒れたモノも収穫はしっかりとあるのでそこそことれるような気もします。
栃木や茨城の水に浸かってしまった畑や水田はもうだめかなと推定されますが、こちとらのこんな程度の被害を記述するのが恥ずかしくも申し訳なくも思われます。
多くは花期を過ぎてむぺったんことはいえさやがついているわけですが、枝豆までにはまだ2,3週間はかかるでしょうか。
いままで涼しかったせいかたいした気温でもないのにすぐにギブアップとなりました。
夕方の仕事もあるので気合いは入っていません。
蚊がものすごく、ネット付きの防止を忘れてしまっていたのも原因で早々と退散しました。
ところで毎日通る4車線脇の極小品種は葉っぱのいろが早くも黄色くなり始めました。
9月末には刈り取りとなることを願っています、2品種あります。
2015年9月7日月曜日
また台風が2つ
そろってやってくるようです。
秋雨前線は毎日のように居座ってじめじめのすずしい天気。
極端な夏ですね。
残暑は無いといったほうがいいでしょう、もう9月7日。
畑で草むしりをやると大豆と草がしめっていて下半身びしょぬれでどろだらけ。
専用の外洗濯機が欲しいです。
今でも二槽式のがホームセンターにはかの国製・かの国販売会社のものとして売っているそうです。
福岡の和田さんと先日電話しましたが福岡では大豆は今年もだめなようです。
いままでの台風の進路を見てみると中国・四国はひどいめにあっていると予想されます。
自分が仕事に就いてから3年連続不作というのは記憶にないのですが・・・。
来年もたぶん高騰するものと思われます。
こんな中で消費税10パーセントが確実と浮き足立っているのが国や代議士のかたたちかと思いますが、マイナンバー・カードで豆腐一丁買ったの買わないのまでカードで管理しようとしているようです。こんな買い物は口実で、すべての国民の財布を管理しようとしているのでしょうかね。
税理士・会計士・商業高校はまずもういらなくなってしまうのでしょうか。
申告の必要が無くなる。
カネの動きが現金・現金相当物品手渡し以外はすべて国のスーパーコンピューターが管理してしまう。
申告抜きで税金の納付書が送られてくることになるでしょうね。
税理士・会計士はまだ経営指導という仕事が残るので無くなることはないと思いますけど。
中東の争いは難民という形で爆発していることが毎日のように報道されています。
これでもうけている武器商人はにんまり。
人間はしまつにおえないくせ者です。
世界の人口は今どのくらいでしょうか。
人類の歴史とは芥川龍之介の蜘蛛の糸をよじのぼるもの、それを追いかけていこうとするものの姿みたく感じます。
いずれはぷつんと糸は切られすべてが終わりということになるしかないのでしょうかね。
先行する者のエゴ、後を追う者のわがまま、両者をとりもとうとする偽善者。
結局みんな終わっちゃうのかい。
それでもただひたすら大豆と豆腐を作っている自分はいったいなんなんでしょうかね。
ただたくさん売るだけ、というルーティーン製造業化している昔からの伝統産業。
陳腐化の極みともいえる目先だけの"売り"能書きの価格競争。
ただじーっと我慢してなるようになるのを待つしかないようです。
次の世代は大変ですね。
戦争と"次の破綻"との間にはさまった私たち戦後世代がいちばんいい時代だったと言われるのでしょう、皮肉を込めて。
秋雨前線は毎日のように居座ってじめじめのすずしい天気。
極端な夏ですね。
残暑は無いといったほうがいいでしょう、もう9月7日。
畑で草むしりをやると大豆と草がしめっていて下半身びしょぬれでどろだらけ。
専用の外洗濯機が欲しいです。
今でも二槽式のがホームセンターにはかの国製・かの国販売会社のものとして売っているそうです。
福岡の和田さんと先日電話しましたが福岡では大豆は今年もだめなようです。
いままでの台風の進路を見てみると中国・四国はひどいめにあっていると予想されます。
自分が仕事に就いてから3年連続不作というのは記憶にないのですが・・・。
来年もたぶん高騰するものと思われます。
こんな中で消費税10パーセントが確実と浮き足立っているのが国や代議士のかたたちかと思いますが、マイナンバー・カードで豆腐一丁買ったの買わないのまでカードで管理しようとしているようです。こんな買い物は口実で、すべての国民の財布を管理しようとしているのでしょうかね。
税理士・会計士・商業高校はまずもういらなくなってしまうのでしょうか。
申告の必要が無くなる。
カネの動きが現金・現金相当物品手渡し以外はすべて国のスーパーコンピューターが管理してしまう。
申告抜きで税金の納付書が送られてくることになるでしょうね。
税理士・会計士はまだ経営指導という仕事が残るので無くなることはないと思いますけど。
中東の争いは難民という形で爆発していることが毎日のように報道されています。
これでもうけている武器商人はにんまり。
人間はしまつにおえないくせ者です。
世界の人口は今どのくらいでしょうか。
人類の歴史とは芥川龍之介の蜘蛛の糸をよじのぼるもの、それを追いかけていこうとするものの姿みたく感じます。
いずれはぷつんと糸は切られすべてが終わりということになるしかないのでしょうかね。
先行する者のエゴ、後を追う者のわがまま、両者をとりもとうとする偽善者。
結局みんな終わっちゃうのかい。
それでもただひたすら大豆と豆腐を作っている自分はいったいなんなんでしょうかね。
ただたくさん売るだけ、というルーティーン製造業化している昔からの伝統産業。
陳腐化の極みともいえる目先だけの"売り"能書きの価格競争。
ただじーっと我慢してなるようになるのを待つしかないようです。
次の世代は大変ですね。
戦争と"次の破綻"との間にはさまった私たち戦後世代がいちばんいい時代だったと言われるのでしょう、皮肉を込めて。
2015年9月3日木曜日
昼過ぎ好機で
4車線両サイド草むしりとさくり。
今期一番最初に蒔いたここの片側のほんとに最初の品種はたくさん身をつけていて虫がいもさほどは心配ないようです。
6月15日くらいでしょうか。
極早生の極小でいい感じでなっています。
さつそく枝豆にともぎました。
8/28にもいだ道路の反対側の埼玉産在来種の極小より成り方がいい感じです。
それにしてもこの品種をはんぶん蒔いてあと普通のやや早生の中粒種をいくつか蒔いたりですがボディはいかにも健康そのものの育ち方で大きくなっているのにもかかわらず身は10個程度とか花がほとんど咲いていないといった感じなのには驚きです。このことに関する限りやはりこのほ場は栄養過多と思われます。・・・
それにもかかわらず極小のこのKはよくなっているので来年は全面これにしようと思います。
これに対して反対側は様子がまつたく違い、別の極小はなりがいいのはもちろんですが中生(なかて、と読みます)のものもよく花が咲いています。
いとこによると先のほうは畑にただ土をむもっただけ、後のほうは土をもったあと天地返しをしてあるとのことでした。
4車線をあとにして自園の3反の糸はずしと草むしり。
雨がぽつ゜つとしてきたので5時半で終了。
夕刊をみるとあのデザイナーのさらなる別件がのっていました。
そういうことのようです。
まあいずれにしてオリンピック自体が金満祭りになってしまっていてもうみたいとも思わなくなっていますけどね。
今期一番最初に蒔いたここの片側のほんとに最初の品種はたくさん身をつけていて虫がいもさほどは心配ないようです。
6月15日くらいでしょうか。
極早生の極小でいい感じでなっています。
さつそく枝豆にともぎました。
8/28にもいだ道路の反対側の埼玉産在来種の極小より成り方がいい感じです。
それにしてもこの品種をはんぶん蒔いてあと普通のやや早生の中粒種をいくつか蒔いたりですがボディはいかにも健康そのものの育ち方で大きくなっているのにもかかわらず身は10個程度とか花がほとんど咲いていないといった感じなのには驚きです。このことに関する限りやはりこのほ場は栄養過多と思われます。・・・
それにもかかわらず極小のこのKはよくなっているので来年は全面これにしようと思います。
これに対して反対側は様子がまつたく違い、別の極小はなりがいいのはもちろんですが中生(なかて、と読みます)のものもよく花が咲いています。
いとこによると先のほうは畑にただ土をむもっただけ、後のほうは土をもったあと天地返しをしてあるとのことでした。
4車線をあとにして自園の3反の糸はずしと草むしり。
雨がぽつ゜つとしてきたので5時半で終了。
夕刊をみるとあのデザイナーのさらなる別件がのっていました。
そういうことのようです。
まあいずれにしてオリンピック自体が金満祭りになってしまっていてもうみたいとも思わなくなっていますけどね。
2015年9月2日水曜日
太陽を
みたのは何日ぶりでしょうかね。
それも朝からころころと変わるお天気の終点がお昼頃にやってきてからの光さんさんということです。
青ヶ島の山田さんが恒例の挨拶回り。
食事をしながら青ヶ島の四方山話は楽しかったです。
3時より6時まで久しぶりに暑い中での草むしり。
ここちいい汗を流せました。
仕事中エンデのモモの映画の音声だけ聞いていました。
なぜかというと映画の中で使われているひとつの旋律がきのうからしきりに耳に響いていたからです。
奇しくもオリンピックのエンブレムの盗作騒ぎ。
結局は撤回、しきり直し。
でも待てよ・・・・過去になにがしか関心をいだいたもの・研究したりしたものつて無意識にでてきちゃったりということが誰にもあると思うんですけれどもね。
でもこのデザイナーの仕事は今回だけでなく他の所でもいろいろと「そっくり」問題を起こしているようで「やはり、撤回すべき」というのが正しい判断でしょう。
工業デザイン、グラフィックアート、ポップアートなるものが芸術の範疇に入るのかどうか疑問に思いますが、「売れる、受ける」だけを念頭にしたものつくりに長く続き時代を超えた魅力を感じないのはいたしかたのないことなのかもしれません。
絵の歴史をみてもどちらかというと宮廷付属とかパトロンおかかえというのが主流であった時代が長く「あえて苦しい生活を選べ」というのも酷なのでしょうか。
でも、・・・なんですけどね。
見る側の責務・・・もっと真剣にものをみること、これしかないですね。
高倉 健がまさか田中一村にあっていたというのにはびっくりしました。
しかもいい話をしていた。
モモの中の旋律を聴いていてどこかで聞いたことがあるような気がするのですが思い出せません。
歌謡曲で4小節ぐらいの旋律がにているというので騒ぎがおきたことが昔あったような気がしますが、旋律こそ無意識にあたかも自分の創作であるかのように楽譜に書いてしまうことがあるのはいたしかたのないことのような気がします。
旋律がすべてという考え自体が未熟です。
全体として"新しければ"いいと思うのですが。
旋律は飽きるものです。
大切なのはそれをどうやつて変形・組み直してゆくか、ですがまあこれはあとからあとからその時代のクリエーターたちが楽しんでやっていくことと思われます。
無尽蔵の中身であるようで実はぐるぐると堂々めぐりをしているのが旋律オンリーの世界でしょうか。
それも朝からころころと変わるお天気の終点がお昼頃にやってきてからの光さんさんということです。
青ヶ島の山田さんが恒例の挨拶回り。
食事をしながら青ヶ島の四方山話は楽しかったです。
3時より6時まで久しぶりに暑い中での草むしり。
ここちいい汗を流せました。
仕事中エンデのモモの映画の音声だけ聞いていました。
なぜかというと映画の中で使われているひとつの旋律がきのうからしきりに耳に響いていたからです。
奇しくもオリンピックのエンブレムの盗作騒ぎ。
結局は撤回、しきり直し。
でも待てよ・・・・過去になにがしか関心をいだいたもの・研究したりしたものつて無意識にでてきちゃったりということが誰にもあると思うんですけれどもね。
でもこのデザイナーの仕事は今回だけでなく他の所でもいろいろと「そっくり」問題を起こしているようで「やはり、撤回すべき」というのが正しい判断でしょう。
工業デザイン、グラフィックアート、ポップアートなるものが芸術の範疇に入るのかどうか疑問に思いますが、「売れる、受ける」だけを念頭にしたものつくりに長く続き時代を超えた魅力を感じないのはいたしかたのないことなのかもしれません。
絵の歴史をみてもどちらかというと宮廷付属とかパトロンおかかえというのが主流であった時代が長く「あえて苦しい生活を選べ」というのも酷なのでしょうか。
でも、・・・なんですけどね。
見る側の責務・・・もっと真剣にものをみること、これしかないですね。
高倉 健がまさか田中一村にあっていたというのにはびっくりしました。
しかもいい話をしていた。
モモの中の旋律を聴いていてどこかで聞いたことがあるような気がするのですが思い出せません。
歌謡曲で4小節ぐらいの旋律がにているというので騒ぎがおきたことが昔あったような気がしますが、旋律こそ無意識にあたかも自分の創作であるかのように楽譜に書いてしまうことがあるのはいたしかたのないことのような気がします。
旋律がすべてという考え自体が未熟です。
全体として"新しければ"いいと思うのですが。
旋律は飽きるものです。
大切なのはそれをどうやつて変形・組み直してゆくか、ですがまあこれはあとからあとからその時代のクリエーターたちが楽しんでやっていくことと思われます。
無尽蔵の中身であるようで実はぐるぐると堂々めぐりをしているのが旋律オンリーの世界でしょうか。
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