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2015年9月30日水曜日

きのうは健康診断。

尿酸値が少し下がり中性脂肪等要注意項目の数字は枠におさまりました。
常にこの状態にたもつのが大事なことなのですが良くなったり悪くなったりの自分のだらしなさにあきれます。

弦楽四重奏に代表される「弦楽だけのアンサンブル」にはやや抵抗があり入門期は別として、この年齢になるまでそんなに聴いてこなかったのがここに来てベートーベンの全集を何回転も聴いています。
ゲヴァントハウスのカルテットで聴いていますが値段が安かったと言うだけのことです。
そのメンバー中にSusukeという名前が出てきているのであの有名なヴァイオリニストのズスケかなと首をひねりましたが顔写真が新しさを感じさせる写真であるにもかかわらず"若人"の顔をしていたので、子供か親戚かなと思いました。
関係ないのかしらね。
"いわゆる"ズスケはズスケ・カルテットやソロ、ぴあの・トリオの名演を出しているので世間周知の名ヴァイオリニストですが、その事実とは関係なくこの廉価版の東ドイツの名門オケ/ゲヴァントハウスの名手たちによってくまれたカルテットはいい演奏をしています。
なぜ自分が弦楽だけの合奏がどうにもこうにもなじめなかったのかをここ何日か考えてみたのですが、"音"の等質性にどうやら軍配があがりそうな気配がします。
世の中のひとはどう感じているのでしょうか。
ベートーベンの弦楽四重奏は特にその内省的な想いを感じさせる弦のひびきに、深さだとか哲学的だとか"人生"だとかを重ね合わせて考えるようし向けられた音楽評論にしばられてきたような感じがするのですが、弦だけの響きの渋さは自然とそういう方向にひとの思索を追い込むように自分にも感じられます。
現にピアノ一台入っただけで雰囲気はがらりと変わります。
オケはさらに。
なんなんでしょうかね。
めりはり、アクセント、"意識の目覚めさせ"、眠たくなりかけを"はっと"させる・・・。

弦楽四重奏、特にベートーベンのものはおとなの音楽ということで昔から"気取り屋"さんはたくさんいました。
いまこうして"老いて"しまった自分が突然かの曲立ちを欲しているのはどういったことなのでしょうか。
別に哲学ではありません。
単なる好奇心でもないでしょう。
なんなんでしょうか。

このことを考えるとバルトークに顕著である現代の弦楽四重奏はベートーベンとはだいぶちがっているように思われます。
等質性を保持しながらも弦じゃないものを取り込んだりの作為がたくさんありますが、それらははじめはおもしろいのですがすぐあきてしまいます。次回は10年くらいたってから聴きたいなんて思ってしまいます。

ハイドンだとオーソドックスそのもの。
やはりベートーベンのすごさにはおどろかされます。
モーツァルトが神の申し子という評価をされるのにはやや頷けないところがあるのですが、ベートーベンは後にも先にもあらわれずしかもあとのにも先のにもちらちらと顔を覗かせています。
世界にはさまざまな音楽がありますが、1000年経っても音文化の金字塔は"洋楽"にかわりはないと思います。
その洋楽のセンターにベートーベンがいます。
グレゴリアン・チャント、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ショパン、ブルックナー、マーラー、ストラビンスキー、バルトーク・・・ではない。
ベートーベンのなかにすべて含まれている。

あしたはもうひとつの極少品種刈り取りと生きましょうかね。
極大、大粒はありふれているものの、極小は納豆屋さんがちまなこになってさがしているもので価格もきわめて高く、品種名はあかせませんが虫に弱いものが多く今回の2品種はひょっとしたらお宝かもしれません。
いずれは納豆も作りたいのですが自分の代にそれが可能かどうかは疑問とするところです。
片方は枝豆もうまかったです。

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