みたのは何日ぶりでしょうかね。
それも朝からころころと変わるお天気の終点がお昼頃にやってきてからの光さんさんということです。
青ヶ島の山田さんが恒例の挨拶回り。
食事をしながら青ヶ島の四方山話は楽しかったです。
3時より6時まで久しぶりに暑い中での草むしり。
ここちいい汗を流せました。
仕事中エンデのモモの映画の音声だけ聞いていました。
なぜかというと映画の中で使われているひとつの旋律がきのうからしきりに耳に響いていたからです。
奇しくもオリンピックのエンブレムの盗作騒ぎ。
結局は撤回、しきり直し。
でも待てよ・・・・過去になにがしか関心をいだいたもの・研究したりしたものつて無意識にでてきちゃったりということが誰にもあると思うんですけれどもね。
でもこのデザイナーの仕事は今回だけでなく他の所でもいろいろと「そっくり」問題を起こしているようで「やはり、撤回すべき」というのが正しい判断でしょう。
工業デザイン、グラフィックアート、ポップアートなるものが芸術の範疇に入るのかどうか疑問に思いますが、「売れる、受ける」だけを念頭にしたものつくりに長く続き時代を超えた魅力を感じないのはいたしかたのないことなのかもしれません。
絵の歴史をみてもどちらかというと宮廷付属とかパトロンおかかえというのが主流であった時代が長く「あえて苦しい生活を選べ」というのも酷なのでしょうか。
でも、・・・なんですけどね。
見る側の責務・・・もっと真剣にものをみること、これしかないですね。
高倉 健がまさか田中一村にあっていたというのにはびっくりしました。
しかもいい話をしていた。
モモの中の旋律を聴いていてどこかで聞いたことがあるような気がするのですが思い出せません。
歌謡曲で4小節ぐらいの旋律がにているというので騒ぎがおきたことが昔あったような気がしますが、旋律こそ無意識にあたかも自分の創作であるかのように楽譜に書いてしまうことがあるのはいたしかたのないことのような気がします。
旋律がすべてという考え自体が未熟です。
全体として"新しければ"いいと思うのですが。
旋律は飽きるものです。
大切なのはそれをどうやつて変形・組み直してゆくか、ですがまあこれはあとからあとからその時代のクリエーターたちが楽しんでやっていくことと思われます。
無尽蔵の中身であるようで実はぐるぐると堂々めぐりをしているのが旋律オンリーの世界でしょうか。
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