21種類の枝豆を味覚比較している。
子供にゆでてもらっている。
きょうは別格にうまいもの3種確認。
2品種は毎度。
一品種は新品種で今年初、これがえらく旨いのだが20粒しか蒔いてなく、しかも発芽は8割くらいだろうか、大事に味わう。名前とは裏腹に非常にうまかった。
一枚の畑でやっかいなことが。つまり畑の外縁部ではすずなりなのに中のほうへゆくに従ってまるっきしなってない、しかも未熟も未熟。これで収穫できるのだろうか。名前はとてもりっぱな名前で「とてもたくさんできること」を暗示している。
話は変わるがこの畑の隣は、毎年毎年くさぼうぼうで農業委員会がやる6月と8月の2回の見回りの直前だけトラクターでにわかかきまぜをしてきたわけだが、今この畑はネットでトンネルをしてある。ちいさくなにがしかが発芽している。
だれかが(つまり、わたし)何かを耕作しているのを気にして、なにかを蒔いたのかな?
御嶽山の噴火にはおどろいたが、考えてみると自分もずいぶんと"火山"に登って、ゆらりとした白煙をそばで見てはいい気分にひたっていたものだ。
突然爆発なんて地獄図も想像の範囲を越える。
それにしても無雪期御嶽山は登山やハイキングと言うより"行楽"といった感じの山歩きなのかしら。登山届けが300人・・・といっているからには、出していない人はその何倍にも達すると思うんだけれども、爆発のその瞬間に危険位置にいたひとは運が悪いとしかいいようがない。
ちいさい子供もいたんだろうな、言葉もない。
ページビューの合計
2014年9月29日月曜日
2014年9月27日土曜日
ボタン電池の
SR44をアマゾンで注文。
20個で1100円(送料込み)。
えーっ?
SR44というのはLR44を品質レベルアップした使用時間が長くできる。
前は一個200円以上したと思うのだが・・・。
輸入元・・・、と書いてあるのでどこぞの国で低賃金・高環境負荷によって達成した価格だと思う。
特に環境問題など無視した「カネ、カネ、カネ」といっている国でのこういったものの生産は恐ろしい。
水銀は使ってないはずだが「酸化銀電池」と書いてある。
こういった「ばけ学」ものはかならず廃棄物の問題が生産過程で起きるはず。
コストダウンの力となっているのはおおむね見当がついてしまうが、こんなことの積み重ねが安い価格で生活をエンジョイしているわれわれの上にもいずれは害毒を及ぼしてくるであろうことは眼にみえている。
SR44は高いので日持ちがしないとしりながらいつもLR44ばかり買っていたのだけれど。
20個で1100円(送料込み)。
えーっ?
SR44というのはLR44を品質レベルアップした使用時間が長くできる。
前は一個200円以上したと思うのだが・・・。
輸入元・・・、と書いてあるのでどこぞの国で低賃金・高環境負荷によって達成した価格だと思う。
特に環境問題など無視した「カネ、カネ、カネ」といっている国でのこういったものの生産は恐ろしい。
水銀は使ってないはずだが「酸化銀電池」と書いてある。
こういった「ばけ学」ものはかならず廃棄物の問題が生産過程で起きるはず。
コストダウンの力となっているのはおおむね見当がついてしまうが、こんなことの積み重ねが安い価格で生活をエンジョイしているわれわれの上にもいずれは害毒を及ぼしてくるであろうことは眼にみえている。
SR44は高いので日持ちがしないとしりながらいつもLR44ばかり買っていたのだけれど。
2014年9月26日金曜日
金木犀のにおいが
一日しただけでどっかへ行ってしまったと思っていたら、きょうどこへ行ってもはっきりとにおいがしていた。花もしっかりと確認。
気候のせいだろうか、咲きかかっていたのが中断してしまいここに来てすずしくなったので一気に全開ということだろうか。
大豆もきょうはぐるりと一回りして実の入り様を確認。
ぱんぱんとはいかないが何種かは枝豆適のものが確認できた・・・といっても畑の周辺部、内部では様子が違うので「枝豆GO!」という具合にもいかない。
たくさん食べたいのだが尿酸値が常に頭の隅にある。
『花子とアン』もあしたで終わり。
明治・大正・昭和ものが続いてきたが、また次回も同じパターンみたいだ。
『花子とアン』はあしたで最終回だが、村岡夫妻のメークがたいしたもんだなと思ったのは夫婦それぞれにしみ・そばかすが上手にほどこされていてちゃんと年寄りの肌になっていたことだ。
老いるとはみんな肌はきたなくなっていく。
でもそれと反比例してアウトプットは豊かになる。
「老い」のドラマを見ているといつもこんなことばかり考えて老いた自分を弁護しようとしてしまい、ずるい自分に苦笑いしたりする。
老い、が100パーセントなにからなにまで劣化することを意味する状態になるのはいつのことかわからないが、あるいはそれまで生きられるかどうかもわからないが、体も頭も働けるうちにうんと働かせるしかない。
『赤毛のアン』が出版にまでこぎつけたのを期に、家族みんなに「ありがとう」といっていた花子のまねはなかなか自分にはできそうもない。
自分がやってる道楽でたぶんみんな迷惑しているんだろうと思う。
生産的な迷惑、ととんちんかんな言葉で自分を正当化しちゃったりしているんです。
気候のせいだろうか、咲きかかっていたのが中断してしまいここに来てすずしくなったので一気に全開ということだろうか。
大豆もきょうはぐるりと一回りして実の入り様を確認。
ぱんぱんとはいかないが何種かは枝豆適のものが確認できた・・・といっても畑の周辺部、内部では様子が違うので「枝豆GO!」という具合にもいかない。
たくさん食べたいのだが尿酸値が常に頭の隅にある。
『花子とアン』もあしたで終わり。
明治・大正・昭和ものが続いてきたが、また次回も同じパターンみたいだ。
『花子とアン』はあしたで最終回だが、村岡夫妻のメークがたいしたもんだなと思ったのは夫婦それぞれにしみ・そばかすが上手にほどこされていてちゃんと年寄りの肌になっていたことだ。
老いるとはみんな肌はきたなくなっていく。
でもそれと反比例してアウトプットは豊かになる。
「老い」のドラマを見ているといつもこんなことばかり考えて老いた自分を弁護しようとしてしまい、ずるい自分に苦笑いしたりする。
老い、が100パーセントなにからなにまで劣化することを意味する状態になるのはいつのことかわからないが、あるいはそれまで生きられるかどうかもわからないが、体も頭も働けるうちにうんと働かせるしかない。
『赤毛のアン』が出版にまでこぎつけたのを期に、家族みんなに「ありがとう」といっていた花子のまねはなかなか自分にはできそうもない。
自分がやってる道楽でたぶんみんな迷惑しているんだろうと思う。
生産的な迷惑、ととんちんかんな言葉で自分を正当化しちゃったりしているんです。
2014年9月24日水曜日
耳が炎症
起こしている。風邪だろう。ここ一週間のどがいたかったりやや微熱。
枝豆が先に食べた極小に続き普通サイズ(やや大粒)の先がけ分を2種食べる。まだぱんぱんになったもののほとんどない中から比較的大きくなったものをえらぶ。この手はおおむねうまいに決まってる。・・・・やや「未熟」というのがうまい、ただし好みもあるかな、「やはりぱんぱんの完熟だ」というひとも多いだろう。
大豆栽培をしていると枝豆の食べ比べをせざるを得ないので、記録をつけておいたほうがいいかもしれない。
ただし枝豆は尿酸値を引き上げるので要注意だ。
ちょっぴしでいい。
ここのところ毎日食べている柿がやや渋くなりかけている。選べば大丈夫だが、やがてみんな渋くなる。はじめ渋く、やがて甘く、そしてまた渋くというプロセスはどういう説明がつくのかしらね。
柿は日本を代表する果物だけれど国歌、国花の次に国果というのがあるとしたら当然柿がそれにあたるのだろう。砂糖が稀少だった時代は柿は甘さの供給源の代表格だったのだろう。
まるっきり"西洋"のように見える洋画家婦人のMちゃんは部屋、調度、・・・おおむね西洋の真っ白けのお部屋、そして着物は生涯ほとんど着たことがないけれど、果物はメロン・巨峰・マンゴー・・・ではなく柿が筆頭、そしてすいかかな。
そして歌も詠む。
字も上手。
自分には日本があるのかな?恥ずかしい限りだ。
話がずれてしまったが、大豆だけはひとにゆずれない。
地味ですね。
枝豆が先に食べた極小に続き普通サイズ(やや大粒)の先がけ分を2種食べる。まだぱんぱんになったもののほとんどない中から比較的大きくなったものをえらぶ。この手はおおむねうまいに決まってる。・・・・やや「未熟」というのがうまい、ただし好みもあるかな、「やはりぱんぱんの完熟だ」というひとも多いだろう。
大豆栽培をしていると枝豆の食べ比べをせざるを得ないので、記録をつけておいたほうがいいかもしれない。
ただし枝豆は尿酸値を引き上げるので要注意だ。
ちょっぴしでいい。
ここのところ毎日食べている柿がやや渋くなりかけている。選べば大丈夫だが、やがてみんな渋くなる。はじめ渋く、やがて甘く、そしてまた渋くというプロセスはどういう説明がつくのかしらね。
柿は日本を代表する果物だけれど国歌、国花の次に国果というのがあるとしたら当然柿がそれにあたるのだろう。砂糖が稀少だった時代は柿は甘さの供給源の代表格だったのだろう。
まるっきり"西洋"のように見える洋画家婦人のMちゃんは部屋、調度、・・・おおむね西洋の真っ白けのお部屋、そして着物は生涯ほとんど着たことがないけれど、果物はメロン・巨峰・マンゴー・・・ではなく柿が筆頭、そしてすいかかな。
そして歌も詠む。
字も上手。
自分には日本があるのかな?恥ずかしい限りだ。
話がずれてしまったが、大豆だけはひとにゆずれない。
地味ですね。
2014年9月20日土曜日
お彼岸の入りで
午後ずーっ家にいる。
コンサートの案内が2件あったのだが、早い者順で先に来た方を取っておいたのだが、パートが急に休みで夕方仕事。コンサートあきらめ、ごめんなさい。
機械式カメラをいじっていたが、ねじ山がわからなくなっている。ハズキルーペをしているとくっきりと見えるのだが、長時間はつらいものがある。それに局部だけをじーっとみているのは眼には余り良くないものと思われる。
こわれたものが動き出すのはしかしこの上ない喜びとなる。
ところでキャノンの前のデジカメ・・・自分にとってデジカメ先代の機械・・・を電池室の接点クリーニングをしたりしてみたが、ディスプレーに絵が出ない。フラッシュできてシャッター押せてるのに、写真はとれてない。完全にアウトかな。それにしてもついこないだまで使っていたこのカメラはディスプレーがちいさい。ほんとにこんなの使っていたのという感じだ。単三電池3本(今のパワーショットは2本)と、大変な消費電力だ。
それにしても進化のスピードは速い。
仕事から帰ってきて、先ほどやっていたカメラの修理でボタン電池室の接点ハンダはがれをなおしておいてしかも金具を接着剤で固定して置いたのだが、テスターで通電確認。LR44を入れるとメーターが動いた。たぶん大丈夫だろう。
あしたはやはり忙しくてひとつ仕事をかかえているが、そのあと今度は親戚まわりだ。といってもお盆と近接しているため、お互いに無しよというのが増えてはいるのだけれど。
盆彼岸・年末年始と旅行に行くなんてそもそも考えられないことだ
コンサートの案内が2件あったのだが、早い者順で先に来た方を取っておいたのだが、パートが急に休みで夕方仕事。コンサートあきらめ、ごめんなさい。
機械式カメラをいじっていたが、ねじ山がわからなくなっている。ハズキルーペをしているとくっきりと見えるのだが、長時間はつらいものがある。それに局部だけをじーっとみているのは眼には余り良くないものと思われる。
こわれたものが動き出すのはしかしこの上ない喜びとなる。
ところでキャノンの前のデジカメ・・・自分にとってデジカメ先代の機械・・・を電池室の接点クリーニングをしたりしてみたが、ディスプレーに絵が出ない。フラッシュできてシャッター押せてるのに、写真はとれてない。完全にアウトかな。それにしてもついこないだまで使っていたこのカメラはディスプレーがちいさい。ほんとにこんなの使っていたのという感じだ。単三電池3本(今のパワーショットは2本)と、大変な消費電力だ。
それにしても進化のスピードは速い。
仕事から帰ってきて、先ほどやっていたカメラの修理でボタン電池室の接点ハンダはがれをなおしておいてしかも金具を接着剤で固定して置いたのだが、テスターで通電確認。LR44を入れるとメーターが動いた。たぶん大丈夫だろう。
あしたはやはり忙しくてひとつ仕事をかかえているが、そのあと今度は親戚まわりだ。といってもお盆と近接しているため、お互いに無しよというのが増えてはいるのだけれど。
盆彼岸・年末年始と旅行に行くなんてそもそも考えられないことだ
2014年9月19日金曜日
今年初めての
刈り取りをしました。
11年間の大豆栽培ではもっともはやい刈り取りです。
極小のK自体はかなり以前からまき続けているにもかかわらずです。
半そでで農作業、日差しは曇っていてほとんどひ弱。
ところがとなりの品種はぺったんこ。播いた日は同じなんだけれどもね。
スコットランドは予想通りの展開になりましたが、London偏重が少しは改善されるのでしょうか。
北海道独立、沖縄独立、・・・まあありえないでしょうね。
でも九州だったら沖縄を巻き込んでスコットランドみたいにゆさぶりをかけられるのでは・・・。
都市対地方、というのは世界どこへ行っても不公平問題を引き起こしていますがこんなに生活水準の高くなってしまった工業先進国ですらいまだにこのアンバランスは縮小するどころか保持あるいは拡大の一途をたどっていくのでしょうか。
クジラの問題ももうどうしようもないほどの四面楚歌状態のようです。
国際関係論とはすなわち"わがままの論理学"そのものと思うのですが、外交は気配り不要・"計算"onlyで行くしかないのでしょうか。
お隣の国でワンちゃんを食べるのを忌み嫌う感覚で、欧米人は日本の捕鯨をとらえているのでしょうね。
フォアグラ、・・・残酷ですね。あんなもの絶対に食わない。
アフリカ黒人連行、奴隷売買・・・・残酷ですね。
そもそも大量肉食自体・・・残酷ですね。
11年間の大豆栽培ではもっともはやい刈り取りです。
極小のK自体はかなり以前からまき続けているにもかかわらずです。
半そでで農作業、日差しは曇っていてほとんどひ弱。
ところがとなりの品種はぺったんこ。播いた日は同じなんだけれどもね。
スコットランドは予想通りの展開になりましたが、London偏重が少しは改善されるのでしょうか。
北海道独立、沖縄独立、・・・まあありえないでしょうね。
でも九州だったら沖縄を巻き込んでスコットランドみたいにゆさぶりをかけられるのでは・・・。
都市対地方、というのは世界どこへ行っても不公平問題を引き起こしていますがこんなに生活水準の高くなってしまった工業先進国ですらいまだにこのアンバランスは縮小するどころか保持あるいは拡大の一途をたどっていくのでしょうか。
クジラの問題ももうどうしようもないほどの四面楚歌状態のようです。
国際関係論とはすなわち"わがままの論理学"そのものと思うのですが、外交は気配り不要・"計算"onlyで行くしかないのでしょうか。
お隣の国でワンちゃんを食べるのを忌み嫌う感覚で、欧米人は日本の捕鯨をとらえているのでしょうね。
フォアグラ、・・・残酷ですね。あんなもの絶対に食わない。
アフリカ黒人連行、奴隷売買・・・・残酷ですね。
そもそも大量肉食自体・・・残酷ですね。
2014年9月18日木曜日
こないだ
小粒の枝豆がとてもおいしかったことをここに書いたけど、今日見回りにいったらかなり葉っぱが落ちてさやは黒くなっているものが多かった。1/3程度は青々とした葉にぱんぱんの実をつけた状態だが、もう刈り取ってしまってもいいのかなと思う。
あしたは晴れ/曇り、あさってから何日か雨のようだ。
どうしようかな・・・。
裏の畑の彼岸花が見頃だ。
今年は早い。
父が亡くなる(年末)年にもらったものだ。
同じ畑のすみにいとこのところからもらってきたイチゴの株を植える。
増えてくれるだろうか。
結構盗まれてしまうのかな。
夕方佐多岬半島の豆腐屋の友人から久々の電話。
いつも都内の飲み会で酔っぱらうと必ず「四国の・・・さんに電話して・・・」といううのが自分の悪い癖だけれど、きょうのはほんとに久しぶりでうれしかった。
のどを病んでいたとかでがらがら声だったが、話しぶりは元気でこちらも元気になってしまった。
ここ2週間こちとらは相当疲れている。
佐多岬半島といえば関鯖の反対側陸揚げで名前の変わった"姫鯖"というのが食べられるそうでいつの日か行ってみたいな。
彼は以前BMのオートバイでおくさんをうしろに乗っけてやってきてくれたことがありかっこよかった。
BMってオートバイ作っていたんだと知る。
うちの父親も晩年、「またオートバイに乗りたいなあ」なんていつも行っていた。
雷族とかなんとか呼ばれていたようだ。
自分には車とかバイクには全く関心が無く、ひたすら自転車であった。佐多岬はよらなかったけれど近所は廻っていた。
あしたは晴れ/曇り、あさってから何日か雨のようだ。
どうしようかな・・・。
裏の畑の彼岸花が見頃だ。
今年は早い。
父が亡くなる(年末)年にもらったものだ。
同じ畑のすみにいとこのところからもらってきたイチゴの株を植える。
増えてくれるだろうか。
結構盗まれてしまうのかな。
夕方佐多岬半島の豆腐屋の友人から久々の電話。
いつも都内の飲み会で酔っぱらうと必ず「四国の・・・さんに電話して・・・」といううのが自分の悪い癖だけれど、きょうのはほんとに久しぶりでうれしかった。
のどを病んでいたとかでがらがら声だったが、話しぶりは元気でこちらも元気になってしまった。
ここ2週間こちとらは相当疲れている。
佐多岬半島といえば関鯖の反対側陸揚げで名前の変わった"姫鯖"というのが食べられるそうでいつの日か行ってみたいな。
彼は以前BMのオートバイでおくさんをうしろに乗っけてやってきてくれたことがありかっこよかった。
BMってオートバイ作っていたんだと知る。
うちの父親も晩年、「またオートバイに乗りたいなあ」なんていつも行っていた。
雷族とかなんとか呼ばれていたようだ。
自分には車とかバイクには全く関心が無く、ひたすら自転車であった。佐多岬はよらなかったけれど近所は廻っていた。
2014年9月17日水曜日
2014年9月16日火曜日
ちょうど
出棺のときビルは大揺れ。
即、石の上にのっかっているだけの我が家が心配に。
当の家内は地震があったことすら知らなかったとか。
多磨霊園往復は毎度の事ながら疲れるが今回は道路が空いていて早く戻れる。
焼く窯いや焼却室に入る見送りをしていると隣に別家族の棺が。
ところがつきそいはいつになっても初老の美しい婦人だけ・・・最後までその方と葬儀屋さんらしいネームプレートをつけた男のひとだけ。
こういうことも起こりうるのか?
場合によっては役所や警察官ということもあるのだろうか・・・。
見送っていた婦人が美しかっただけに・・・といっても悲しみに包まれていてのことだが・・・自分は気になってちらちらとしてばかりいた。
反対側の骨壺が置いてあるたなには六切り程度の小さな写真が置いてあった。若いこれまたかわい二十代かなと想像される女の子の写真があった。
涙をこらえるのが大変だったが、あれやこれやと想像を巡らしてしまい自分がいやしくも思えてしまった。
幸せな死に方なんて千差万別だと思うけど大切なことは、ぎりぎりまで一所懸命生き抜きメッセージを出し続けることだと自分を戒める。死に方はまあ、なるようにしかならないだろう。今幸せでも、ほんとのそのときどういうことになるかはだれにもわからない。
良く生きるためには・・・健康しかない。それと、夢と意欲かな。
即、石の上にのっかっているだけの我が家が心配に。
当の家内は地震があったことすら知らなかったとか。
多磨霊園往復は毎度の事ながら疲れるが今回は道路が空いていて早く戻れる。
焼く窯いや焼却室に入る見送りをしていると隣に別家族の棺が。
ところがつきそいはいつになっても初老の美しい婦人だけ・・・最後までその方と葬儀屋さんらしいネームプレートをつけた男のひとだけ。
こういうことも起こりうるのか?
場合によっては役所や警察官ということもあるのだろうか・・・。
見送っていた婦人が美しかっただけに・・・といっても悲しみに包まれていてのことだが・・・自分は気になってちらちらとしてばかりいた。
反対側の骨壺が置いてあるたなには六切り程度の小さな写真が置いてあった。若いこれまたかわい二十代かなと想像される女の子の写真があった。
涙をこらえるのが大変だったが、あれやこれやと想像を巡らしてしまい自分がいやしくも思えてしまった。
幸せな死に方なんて千差万別だと思うけど大切なことは、ぎりぎりまで一所懸命生き抜きメッセージを出し続けることだと自分を戒める。死に方はまあ、なるようにしかならないだろう。今幸せでも、ほんとのそのときどういうことになるかはだれにもわからない。
良く生きるためには・・・健康しかない。それと、夢と意欲かな。
2014年9月15日月曜日
今週もまた
葬式。きょうとあした。
火葬場を持たない清瀬・東久留米・東村山・・・あとなんだ、で葬式となると告別式は多磨霊園までの行って帰ってがあるので食事は四時とか五時が普通となる。丸一日の拘束である。
フィルムカメラがいつごろまで使えるものかと思ってネットで調べてみると、富士フイルムなどほとんどのメーカーがほんとに極一部の製品しか作っていないことがわかる。
あるうちにあれやこれやと写してみようかと思うが・・・。
DPEはヤフオクの利用となる。
デジカメのおかげで町の写真屋さんがことごとく廃業。
その次は写真スタジオもかなと勘ぐってしまう。
時代の流れで「いらなくなってしまう」職業というものは必ず出てくる。
まちの本屋さん、レコード(CD屋)さん、・・・うちらも風前の灯火だらうか。
通夜の帰りに車でラジオを聞いていると・・・ライターと称するwould-be(自称)インテリと称するあんちゃんが、「60にもなると、人間いかに生きていくべきかを真剣に考えなければならない云々」と説教じみたことをしゃべっていたが、「・・・ライター」って職業はこんな程度のことしか考えていないのかなとおかしくなってしまった。
「いかに生きるか、死ぬか」なんてものごころついたころからずーっと考え続けて生きているのが、真剣に生きている人やものを作ったり書いたりするひとには当たり前のことだと思うんだけれど。
60になったらいろいろ本を読んだりして「生きること、死ぬこと」を学ばなければならない・・だって。
これが「言葉で飯をくっているひとたち」なの?
電話で聞いただけで、実際のインタビューをしてないのに、対談したみたいな記事を書いてしまいそのおわびをしている新聞社がけさもあったな。
マスコミ、マスメディア、ジャーナリズム、・・・ライター、評論家。ずいぶんと安っぽくなってしまったものだ。もともと安っぽいのかな。善し悪しを選択できない"情報の利用者"自体に問題があるのかな。教育の普及には受けた量に比例する義務がある。
火葬場を持たない清瀬・東久留米・東村山・・・あとなんだ、で葬式となると告別式は多磨霊園までの行って帰ってがあるので食事は四時とか五時が普通となる。丸一日の拘束である。
フィルムカメラがいつごろまで使えるものかと思ってネットで調べてみると、富士フイルムなどほとんどのメーカーがほんとに極一部の製品しか作っていないことがわかる。
あるうちにあれやこれやと写してみようかと思うが・・・。
DPEはヤフオクの利用となる。
デジカメのおかげで町の写真屋さんがことごとく廃業。
その次は写真スタジオもかなと勘ぐってしまう。
時代の流れで「いらなくなってしまう」職業というものは必ず出てくる。
まちの本屋さん、レコード(CD屋)さん、・・・うちらも風前の灯火だらうか。
通夜の帰りに車でラジオを聞いていると・・・ライターと称するwould-be(自称)インテリと称するあんちゃんが、「60にもなると、人間いかに生きていくべきかを真剣に考えなければならない云々」と説教じみたことをしゃべっていたが、「・・・ライター」って職業はこんな程度のことしか考えていないのかなとおかしくなってしまった。
「いかに生きるか、死ぬか」なんてものごころついたころからずーっと考え続けて生きているのが、真剣に生きている人やものを作ったり書いたりするひとには当たり前のことだと思うんだけれど。
60になったらいろいろ本を読んだりして「生きること、死ぬこと」を学ばなければならない・・だって。
これが「言葉で飯をくっているひとたち」なの?
電話で聞いただけで、実際のインタビューをしてないのに、対談したみたいな記事を書いてしまいそのおわびをしている新聞社がけさもあったな。
マスコミ、マスメディア、ジャーナリズム、・・・ライター、評論家。ずいぶんと安っぽくなってしまったものだ。もともと安っぽいのかな。善し悪しを選択できない"情報の利用者"自体に問題があるのかな。教育の普及には受けた量に比例する義務がある。
2014年9月13日土曜日
畑で、
近所の家庭菜園のひとにモロヘイヤを今年はよくもらった。
きょうももらってすぐゆがいて食べたが、前回のは余ってしまい水につけておいたら下の方の葉っぱは枯れかかってきてはいるというものの、先端の方はいきいきとしてというか新しい葉っぱが出てきたのかしら元気に生きている。
モロヘイヤって"木"なのかしら・・・?
なら、挿し木でも・・・。
友人が同人誌をおくってくる。
60ちょいとすぎで親の始めた会社をたたんでしまい、物書きに専念・・・なのかな。
60くらいってみんな「残された時間、ほんとにやりたいこと、・・・」を意識し始めるのかしらね。
自分は新規に何か、というわけにもいかず亀さんの歩行よろしくのろまなので、今までやってきたことをそのまま続けていくしかない。
ただめちゃくちゃに行き当たりばったりではないので合目的性はあるのかなと思う。
中途半端に終わったら終わったでいい、夢をいだいたままこの世におさらばなら幸せかなと思う・・・決して「くやしい、残念」ではないと思う。
敬老の日を前にこんなこというときらわれるかもしれないが、老いて世間とのギブアンドテイクが終了してしまった"老い"にはただ苦痛しか感じられない。ただ"受ける"だけ。
100歳までただ生きつづけていることだけでもたしかにすごいこと・かけがえのないことかもしれないが、それはそのひとの家庭・個人的な問題である。社会にとってたいした意味はもたない。
平均余命の世界的上位保持にやっきとなっている行政は狂っている。"徴収"したカネは、平気で大盤振る舞いできるのだろう。
人間が社会的に意味を持つのは、世間とのギブアンドテイクができる間だけのことである。
きのう・おととい身内の若年性痴呆症でなくなったものの葬儀に出ていて複雑な気持ちになってしまった。じぶんもひょっとしたら・・・、なんて心配してしまう。昨今の物忘れのひどさを考えたら・・・。
落ち着いて知的活動・判断ができなくなったら、そこで自分の人生は終わりでいいのかなと思う。
きょうももらってすぐゆがいて食べたが、前回のは余ってしまい水につけておいたら下の方の葉っぱは枯れかかってきてはいるというものの、先端の方はいきいきとしてというか新しい葉っぱが出てきたのかしら元気に生きている。
モロヘイヤって"木"なのかしら・・・?
なら、挿し木でも・・・。
友人が同人誌をおくってくる。
60ちょいとすぎで親の始めた会社をたたんでしまい、物書きに専念・・・なのかな。
60くらいってみんな「残された時間、ほんとにやりたいこと、・・・」を意識し始めるのかしらね。
自分は新規に何か、というわけにもいかず亀さんの歩行よろしくのろまなので、今までやってきたことをそのまま続けていくしかない。
ただめちゃくちゃに行き当たりばったりではないので合目的性はあるのかなと思う。
中途半端に終わったら終わったでいい、夢をいだいたままこの世におさらばなら幸せかなと思う・・・決して「くやしい、残念」ではないと思う。
敬老の日を前にこんなこというときらわれるかもしれないが、老いて世間とのギブアンドテイクが終了してしまった"老い"にはただ苦痛しか感じられない。ただ"受ける"だけ。
100歳までただ生きつづけていることだけでもたしかにすごいこと・かけがえのないことかもしれないが、それはそのひとの家庭・個人的な問題である。社会にとってたいした意味はもたない。
平均余命の世界的上位保持にやっきとなっている行政は狂っている。"徴収"したカネは、平気で大盤振る舞いできるのだろう。
人間が社会的に意味を持つのは、世間とのギブアンドテイクができる間だけのことである。
きのう・おととい身内の若年性痴呆症でなくなったものの葬儀に出ていて複雑な気持ちになってしまった。じぶんもひょっとしたら・・・、なんて心配してしまう。昨今の物忘れのひどさを考えたら・・・。
落ち着いて知的活動・判断ができなくなったら、そこで自分の人生は終わりでいいのかなと思う。
2014年9月11日木曜日
去年産国産大豆の
相場の標準は例年の2倍価格。
ふつう30キロだと6000-7000円がありきたりの価格であるが、今年購入のものは(つまり去年産)その倍となるのが、現行の落札価格からすると当然の成り行きとなる。
ライン生産だと完全に採算割れで使用不可能と思われる。
小さい会社だと社長の給料ゼロにするとかでなんとかなるだろう。
さて、今年の収穫見込みだが各地の問屋さんはぴりぴりし出していることと思う。
唯一救われるのはアメリカ、カナダが大豊作と言うことで大豆製品自体の消滅はなさそうだ。
それにしてもアメリカ・カナダの大豆の行き先が64パーセント中国だということには驚きである。
それに比して日本へは数パーセントとのことである。
ところが日本の使用量の95パーセントは輸入、しかもその大半はアメリカとカナダである。
アメリカとカナダにとってみれば日本などどうでもいいお客で、最優先取引国は中国と言うことになる。このことは政治経済の姿勢に当然あらわれる。
草ぼうぼうの耕作放棄地に大豆を蒔くことをもっと真剣に考えてもらいたい。
野菜と比べてはるかに栽培の手間は少なくてすむ作物だと思うのだけれど・・・。
ふつう30キロだと6000-7000円がありきたりの価格であるが、今年購入のものは(つまり去年産)その倍となるのが、現行の落札価格からすると当然の成り行きとなる。
ライン生産だと完全に採算割れで使用不可能と思われる。
小さい会社だと社長の給料ゼロにするとかでなんとかなるだろう。
さて、今年の収穫見込みだが各地の問屋さんはぴりぴりし出していることと思う。
唯一救われるのはアメリカ、カナダが大豊作と言うことで大豆製品自体の消滅はなさそうだ。
それにしてもアメリカ・カナダの大豆の行き先が64パーセント中国だということには驚きである。
それに比して日本へは数パーセントとのことである。
ところが日本の使用量の95パーセントは輸入、しかもその大半はアメリカとカナダである。
アメリカとカナダにとってみれば日本などどうでもいいお客で、最優先取引国は中国と言うことになる。このことは政治経済の姿勢に当然あらわれる。
草ぼうぼうの耕作放棄地に大豆を蒔くことをもっと真剣に考えてもらいたい。
野菜と比べてはるかに栽培の手間は少なくてすむ作物だと思うのだけれど・・・。
2014年9月10日水曜日
きょうは3カ所の
畑をぐるぐると周り、中耕と草むしり。
ついでに例の極小の枝豆ももいでくる。
水道の蛇口の水漏れ用にと蛇口を買ってくるのだがサイズが「13」しかなく
仕事場ではほとんど合わなかった。「20」というのが正解らしい、インチ。
ホームセンターでは売ってない。ネットをみてもない、水道屋さんに行くしかないの?
夕方葬式。家族葬。初めてこのことばの実例に会う。
親戚もほとんどなしの、ほんとにほんとの家族だけ。
もっとすごい「直葬」というのもあるという、病院から火葬場だって・・・手続きとかどうなってんのかな?
こういった簡素化によって地方のお寺・墓地が疲弊していく。
「墓地なんか・・・?」というのが今流のファッションなんだと思うが、「家族は親と子だけ」という窮極の血縁関係簡素化に達してしまっているのだろうか。
"ルーツ"の意識ってとっても大切な絆の要因だと思うんだけど、ルーツは「千の風」になってそこここに浮遊していて自分らを見守ってくれている・・・か?
形とか特定の場所とかということがただの"形式"とだけしか受け取れない時代になってしまっているのだろうか。
こんな精神世界には文学とか歴史なんてナンセンスきわまりない"こしらえもの"に過ぎなくなっていくのだろうか。"つながっている"という意識がひとに安心とか勇気とか余裕とかゆったり感とか・・・いろいろな充実感をあたえてくれているように思うんだけれど、これって古くさいのかな?
あしたはお見送りしてこようと思う。
ついでに例の極小の枝豆ももいでくる。
水道の蛇口の水漏れ用にと蛇口を買ってくるのだがサイズが「13」しかなく
仕事場ではほとんど合わなかった。「20」というのが正解らしい、インチ。
ホームセンターでは売ってない。ネットをみてもない、水道屋さんに行くしかないの?
夕方葬式。家族葬。初めてこのことばの実例に会う。
親戚もほとんどなしの、ほんとにほんとの家族だけ。
もっとすごい「直葬」というのもあるという、病院から火葬場だって・・・手続きとかどうなってんのかな?
こういった簡素化によって地方のお寺・墓地が疲弊していく。
「墓地なんか・・・?」というのが今流のファッションなんだと思うが、「家族は親と子だけ」という窮極の血縁関係簡素化に達してしまっているのだろうか。
"ルーツ"の意識ってとっても大切な絆の要因だと思うんだけど、ルーツは「千の風」になってそこここに浮遊していて自分らを見守ってくれている・・・か?
形とか特定の場所とかということがただの"形式"とだけしか受け取れない時代になってしまっているのだろうか。
こんな精神世界には文学とか歴史なんてナンセンスきわまりない"こしらえもの"に過ぎなくなっていくのだろうか。"つながっている"という意識がひとに安心とか勇気とか余裕とかゆったり感とか・・・いろいろな充実感をあたえてくれているように思うんだけれど、これって古くさいのかな?
あしたはお見送りしてこようと思う。
2014年9月9日火曜日
親戚の家に
線香あげていこうと寄っていくと、金木犀の香りが。
「おいおい、ちょいと待てよ」と疑ってみる。金木犀のにおいは本物以外は「トイレのにおい」しかないはずなのでは、と疑問を呈する。
あいにく親戚は留守だったのでそのまま帰る。
車をしまうと、なんとわきの金木犀は花をつけていた。
そもそもの標準の開花日である。
例年熱帯夜・猛暑日が続いたいままでの9月を考えれば今年はむべなるかなといった今年の気象である、少なくとも関東は。
金木犀は自分にとっての正月である。
そもそも誕生月の8月に近いので、とんちんかんともいえないがとにかく金木犀の香りをかぐと「また一年年取ったのかしら」というのが自分流なのです。
満月を愛でようとお店の帰途は歩くことに。
空想の翼をひろげてぶつぶつとひとりごとをいいながら帰宅。
楽しかった。
極早生のK在来/極小がなんと非常な美味枝豆であることを発見。
福島・宮城の(やはり"K")あの在来種に次ぐ美味ではないかと思う(錯覚かな?)。
例年9月の終わりには黄色くなる品種で、虫の入りもとても"いい"ので速めに刈り取って自然乾燥させようかなと思う。枝豆は特別注意して選んだわけではないが虫の入りはほとんどなく、ラッキーであった。これからどうなるのかな。
「おいおい、ちょいと待てよ」と疑ってみる。金木犀のにおいは本物以外は「トイレのにおい」しかないはずなのでは、と疑問を呈する。
あいにく親戚は留守だったのでそのまま帰る。
車をしまうと、なんとわきの金木犀は花をつけていた。
そもそもの標準の開花日である。
例年熱帯夜・猛暑日が続いたいままでの9月を考えれば今年はむべなるかなといった今年の気象である、少なくとも関東は。
金木犀は自分にとっての正月である。
そもそも誕生月の8月に近いので、とんちんかんともいえないがとにかく金木犀の香りをかぐと「また一年年取ったのかしら」というのが自分流なのです。
満月を愛でようとお店の帰途は歩くことに。
空想の翼をひろげてぶつぶつとひとりごとをいいながら帰宅。
楽しかった。
極早生のK在来/極小がなんと非常な美味枝豆であることを発見。
福島・宮城の(やはり"K")あの在来種に次ぐ美味ではないかと思う(錯覚かな?)。
例年9月の終わりには黄色くなる品種で、虫の入りもとても"いい"ので速めに刈り取って自然乾燥させようかなと思う。枝豆は特別注意して選んだわけではないが虫の入りはほとんどなく、ラッキーであった。これからどうなるのかな。
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