一日しただけでどっかへ行ってしまったと思っていたら、きょうどこへ行ってもはっきりとにおいがしていた。花もしっかりと確認。
気候のせいだろうか、咲きかかっていたのが中断してしまいここに来てすずしくなったので一気に全開ということだろうか。
大豆もきょうはぐるりと一回りして実の入り様を確認。
ぱんぱんとはいかないが何種かは枝豆適のものが確認できた・・・といっても畑の周辺部、内部では様子が違うので「枝豆GO!」という具合にもいかない。
たくさん食べたいのだが尿酸値が常に頭の隅にある。
『花子とアン』もあしたで終わり。
明治・大正・昭和ものが続いてきたが、また次回も同じパターンみたいだ。
『花子とアン』はあしたで最終回だが、村岡夫妻のメークがたいしたもんだなと思ったのは夫婦それぞれにしみ・そばかすが上手にほどこされていてちゃんと年寄りの肌になっていたことだ。
老いるとはみんな肌はきたなくなっていく。
でもそれと反比例してアウトプットは豊かになる。
「老い」のドラマを見ているといつもこんなことばかり考えて老いた自分を弁護しようとしてしまい、ずるい自分に苦笑いしたりする。
老い、が100パーセントなにからなにまで劣化することを意味する状態になるのはいつのことかわからないが、あるいはそれまで生きられるかどうかもわからないが、体も頭も働けるうちにうんと働かせるしかない。
『赤毛のアン』が出版にまでこぎつけたのを期に、家族みんなに「ありがとう」といっていた花子のまねはなかなか自分にはできそうもない。
自分がやってる道楽でたぶんみんな迷惑しているんだろうと思う。
生産的な迷惑、ととんちんかんな言葉で自分を正当化しちゃったりしているんです。
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