はじっこに蒔いていた辛味大根と三浦大根を収穫。細すぎたようです。蒔く時期をもっと早くすればよかったかなー、という気がしますが大豆の無肥料栽培なのでそもそも栄養が押さえてあるため野菜には向かない畑かもしれません。
細いとは言えあとで食べてみます。
スタッドレスをはずしました。
4本の交換となるとさすが疲れ、体もあたたかくなりました。
前輪のタイヤ交換は先にジャッキであげてはいけない、なんて忘れていました。
めったにパンクもしないし冬タイヤに替えてくれたのも息子でしたから・・・。
夕飯時、和紙づくりを紹介しているテレビ番組がありました。
何回も煮詰めて色を抜いたあとでも、抜くことのできない芽・枝分かれ等の色の付いた部分をていねいに手作業で取り除いていました。
"白さ"そのものが命の(もっとも若干模様みたいに色がついたりしているのもおしゃれかなとは思うんですけれどね・・・?)紙となるとここまでやるか、といったところです。
無名のひとたちの・・・、ということばはなんか表に出てこない・これないひとたちをねぎらっているようでいて見下してもいることばのようでだいきらいですがほんとにだれにもわからないようなところで人々の喜びの支えになっているひとがたくさんいるということですね。
雇用の創出がすべてで家族だけでやっている"個人的な職場"などはどんどんつぶれてくださいという世の動きに反抗すべく少しはがんばらなきゃと思いました。
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2015年2月28日土曜日
2015年2月26日木曜日
去年らっきょうを
分けてあげたお客様のところのパートさんから「ことしもお願いね・・・」と頼まれました。
あてにされるとうれしいものです。
ところで去年鹿児島の黒酢に漬けた我が家のらっきょうはちょうどいい塩梅の触感・食感となりました。毎日いただいています。
ところでこのパートさんによればらっきょうを食べ終わった漬け汁にかぶをスライスして漬けるといいとおそわりました。なんとなく味が想像できます。
去年はドレッシング替わりにサラダに使っておいしかったのをおぼえています。この汁自体も価値あることがわかっているので今年は汁目的でさらにたくさんのらっきょうを漬けてみようかと思います・・・ただし"ひげ取り"が大変で右手の爪がいたくなってしまうんですけれどもね。
ゆすらうめ酒もいい具合につかっています、これは美味ですよ。
午後市役所に行きました。
大豆のことと、認定農業者応募書類、農地を借りられないかと農業委員会へ行きました。
トラクターに乗っかって行ける畑一枚3反が近所にありました。少し考えてみようかと思います。
ブッカー・リトルというらっぱ吹きのアルバムをきょうは聴いていますがうるさそうに見えて楽しかったです。消音器を使わないでばっちし吹いていますがそのやわらかで制御されたひびきは心地良いです。彼が他ではどんな演奏をしているのかわかりませんが、トミ・フラやなんとスコット・ラファロとやっているこの盤は自分のお気に入りとなりました。1960年ですからモノラルなんでしょうかね、耳が悪いので識別できませんでした。スコット・ラファロは20代で亡くなったはずのベーシストですが彼を知る上でも貴重な一枚でしょう。昨夜見た高倉 健がたくさん唄っていた「網走番外地」の一番最初の映画が新鮮で今朝もふわふわしていたのですがこのブッカー・リトルとスコット・ラファロの盤がそれを増強してくれました。
人間に「不良」という言葉を冠することには昔からものすごい嫌悪感を感じていました。
よく考えると人間はみな不完全、不良いきものであるはずで「完全・完璧」などというものはありえないはずです。いきものつまり有機物ばかりでなく金属・無機物でも劣化・酸化といった品質下降はあたりまえのこと。
不完全を調製しながら生きながらえていくのが人間なんでしょうね。
前にもいったカメラのライカとツァイス・イコンの差みたいなものです。
川崎の事件はまだほとんど内容がわからないような状況ですがおおまかにいえば古典的な「不良」といわれるグループ内のごたごたなんでしょうか。
家庭や学校で居場所が無くなった子供たちはどこへ、と考えると普通に安穏に暮らしている自分たちはほんとに責任がないなどといばっていられなくなってしまうのでは?と自問する一方人間は適度に気配りしない、無視する、自分の好きなように避難するということで生をつないでいるような気がします。適度にいいかげんである、ということです。
やや道がずれてしまうというひとたちはすごく敏感なひとたちだと思います。
貧困から生まれた「網走番外地」みたいな純朴な犯罪者たちとはやや異なった様相を呈している犯罪が多い昨今ですが、今日食べるものの心配をしなくても済むような豊かな社会になってもあるいは医療の心配をしなくても済むような福祉天国の国家になっても"ずれ"たり"逸脱"してしか生きていけないひとたちがいるのです。
そういうひとたちは"まちがっているひと"たちなのでしょうか。
なにが違うのでしょうか。
何が欠けているのかな。
なにが多すぎるのでしょうか。
何が必要なのかな。
"ずれ"や"逸脱"を排除することはできません。
深く考えるひとほど傷つきやすい。
でもそれを救えるのもひとしかいない。
出会い、これだけが救いとなるのか。
上場しても"家族"などというものを持ち出してきて見苦しい一幕を"公開"している。
親子というのは"出会い"以前の環境かもしれませんがそれももっと掘り下げれば"出会い"かしらね。
小市民、鈍感、わがまま・・・やはり自分にはこれが財産だったのかしら。
そんなこといいながらも紆余曲折、人並みに親のこと死んじまえとか死んじゃいたいなんてなんども考えたりしましたけどね。陳腐な人生だと思います。
そんなこといいながらも「まだがんばれる」なんて欲張ってます。
集団になったとたん人間て考えられないほど見苦しい行為をするもんなんですね。
デモクラシーの"デモ"、は日本語の"でも"を冠して考え直すくせをつけるべきです。
大量や多数、が必ずしも正しく適切であるとは限らないというデモクラシーの大原則を肝に銘じなければなりません。
やや酔っぱらって長くなってしまいました。
もう寝ましょう。
あてにされるとうれしいものです。
ところで去年鹿児島の黒酢に漬けた我が家のらっきょうはちょうどいい塩梅の触感・食感となりました。毎日いただいています。
ところでこのパートさんによればらっきょうを食べ終わった漬け汁にかぶをスライスして漬けるといいとおそわりました。なんとなく味が想像できます。
去年はドレッシング替わりにサラダに使っておいしかったのをおぼえています。この汁自体も価値あることがわかっているので今年は汁目的でさらにたくさんのらっきょうを漬けてみようかと思います・・・ただし"ひげ取り"が大変で右手の爪がいたくなってしまうんですけれどもね。
ゆすらうめ酒もいい具合につかっています、これは美味ですよ。
午後市役所に行きました。
大豆のことと、認定農業者応募書類、農地を借りられないかと農業委員会へ行きました。
トラクターに乗っかって行ける畑一枚3反が近所にありました。少し考えてみようかと思います。
ブッカー・リトルというらっぱ吹きのアルバムをきょうは聴いていますがうるさそうに見えて楽しかったです。消音器を使わないでばっちし吹いていますがそのやわらかで制御されたひびきは心地良いです。彼が他ではどんな演奏をしているのかわかりませんが、トミ・フラやなんとスコット・ラファロとやっているこの盤は自分のお気に入りとなりました。1960年ですからモノラルなんでしょうかね、耳が悪いので識別できませんでした。スコット・ラファロは20代で亡くなったはずのベーシストですが彼を知る上でも貴重な一枚でしょう。昨夜見た高倉 健がたくさん唄っていた「網走番外地」の一番最初の映画が新鮮で今朝もふわふわしていたのですがこのブッカー・リトルとスコット・ラファロの盤がそれを増強してくれました。
人間に「不良」という言葉を冠することには昔からものすごい嫌悪感を感じていました。
よく考えると人間はみな不完全、不良いきものであるはずで「完全・完璧」などというものはありえないはずです。いきものつまり有機物ばかりでなく金属・無機物でも劣化・酸化といった品質下降はあたりまえのこと。
不完全を調製しながら生きながらえていくのが人間なんでしょうね。
前にもいったカメラのライカとツァイス・イコンの差みたいなものです。
川崎の事件はまだほとんど内容がわからないような状況ですがおおまかにいえば古典的な「不良」といわれるグループ内のごたごたなんでしょうか。
家庭や学校で居場所が無くなった子供たちはどこへ、と考えると普通に安穏に暮らしている自分たちはほんとに責任がないなどといばっていられなくなってしまうのでは?と自問する一方人間は適度に気配りしない、無視する、自分の好きなように避難するということで生をつないでいるような気がします。適度にいいかげんである、ということです。
やや道がずれてしまうというひとたちはすごく敏感なひとたちだと思います。
貧困から生まれた「網走番外地」みたいな純朴な犯罪者たちとはやや異なった様相を呈している犯罪が多い昨今ですが、今日食べるものの心配をしなくても済むような豊かな社会になってもあるいは医療の心配をしなくても済むような福祉天国の国家になっても"ずれ"たり"逸脱"してしか生きていけないひとたちがいるのです。
そういうひとたちは"まちがっているひと"たちなのでしょうか。
なにが違うのでしょうか。
何が欠けているのかな。
なにが多すぎるのでしょうか。
何が必要なのかな。
"ずれ"や"逸脱"を排除することはできません。
深く考えるひとほど傷つきやすい。
でもそれを救えるのもひとしかいない。
出会い、これだけが救いとなるのか。
上場しても"家族"などというものを持ち出してきて見苦しい一幕を"公開"している。
親子というのは"出会い"以前の環境かもしれませんがそれももっと掘り下げれば"出会い"かしらね。
小市民、鈍感、わがまま・・・やはり自分にはこれが財産だったのかしら。
そんなこといいながらも紆余曲折、人並みに親のこと死んじまえとか死んじゃいたいなんてなんども考えたりしましたけどね。陳腐な人生だと思います。
そんなこといいながらも「まだがんばれる」なんて欲張ってます。
集団になったとたん人間て考えられないほど見苦しい行為をするもんなんですね。
デモクラシーの"デモ"、は日本語の"でも"を冠して考え直すくせをつけるべきです。
大量や多数、が必ずしも正しく適切であるとは限らないというデモクラシーの大原則を肝に銘じなければなりません。
やや酔っぱらって長くなってしまいました。
もう寝ましょう。
2015年2月22日日曜日
冬の朝
ねこがこたつで ねているよ(小3)、雪あそび みんなでやれば あったかい(小4)、遊びすぎ 寒さも飛んでく 日曜日(小4)・・・新聞の「ジュニア 文芸」欄。
ことばのリズム感をつかませることを年少のころから始めることはとても大切なことかと感じました。
小学生の文章作法みたいなものは夏休みに指定図書を読んでその感想文を9月に提出、というのが自分らの年代の共通経験かと思いますがどこでも同じようなものかと思いますがおおむねこういうのに選ばれるのはいつも同じひとで、担当教員が「ばれないようにうまく子供らしさを強調して修正する、そして市や県、国」に出すというのが実態であったように思えます。
自分は国語はこういうこともあって、なおかつませていなかったのでこの手のものにはえらばれたことがありません。
我が国の幼児期教育で欠損していることは何かというと充実した読み・書きだと思います。
世のほんとにあたまのいい人というのは理科系の人間だと思いますが、その理科系の基本にあるのはやはり言語の使用にあると思います。
先天的にこういったことに優れたひともかすかにはいるのだとは思いますが、大半の平凡人は訓練・適切な示唆によってしかこの点を磨いていくことはできないものと思われます。
あいさつの仕方、買い物の仕方、道の聞き方を英語でどういうのなんていのを小学校のうちから教えてどうなるんでしょうね。
大半のひとは大人になって英語で生活するわけではないでせう。
必要にせまられれば自分で学ぶ、追い詰められれば吸収も早い。
このジュニア・文芸欄をみているとほっとします。
同じ小学校、しかも同じ学年からふたり入選なんていうのをみると担当教員の優秀さがわかります。昔の読書感想文の比ではない。
こくごが(それと美術)がもっともきらいであった自分自身のことを考えると幼き日の受けた教育の悪さを感じます。・・・ちなみに母は絵が大好きで、しかも写生は上手でした。
今は本も絵も食糧と同じく大切になっています。
良き"促し"を学校の先生たちにはお願いいたします。
知識の切り売りは受験産業にまかせておけばよい、受験産業で上場できるような時代になってしまったんですね。
学校の責任は「・・・に何人受かった」かではなく、この"促し"をどれだけできたかにあると思います。さすれば学校とは自分が通った実在の学校とは限りません。
ひょっとしたら(妄想かもしれませんが)プラトンのアカテ゜メイアでもいいし、・・・著作集・全集でもいいし、・・・陶芸教室、・・・ハイキングクラブでもいい。
学ぼうとする意欲、読み込もうとする気力が意味をなします。
なんか長くなってしまいました。
きょうは風邪のためやや熱があるようです。夕方は新年会ですがちょいとつらそうです。
ことばのリズム感をつかませることを年少のころから始めることはとても大切なことかと感じました。
小学生の文章作法みたいなものは夏休みに指定図書を読んでその感想文を9月に提出、というのが自分らの年代の共通経験かと思いますがどこでも同じようなものかと思いますがおおむねこういうのに選ばれるのはいつも同じひとで、担当教員が「ばれないようにうまく子供らしさを強調して修正する、そして市や県、国」に出すというのが実態であったように思えます。
自分は国語はこういうこともあって、なおかつませていなかったのでこの手のものにはえらばれたことがありません。
我が国の幼児期教育で欠損していることは何かというと充実した読み・書きだと思います。
世のほんとにあたまのいい人というのは理科系の人間だと思いますが、その理科系の基本にあるのはやはり言語の使用にあると思います。
先天的にこういったことに優れたひともかすかにはいるのだとは思いますが、大半の平凡人は訓練・適切な示唆によってしかこの点を磨いていくことはできないものと思われます。
あいさつの仕方、買い物の仕方、道の聞き方を英語でどういうのなんていのを小学校のうちから教えてどうなるんでしょうね。
大半のひとは大人になって英語で生活するわけではないでせう。
必要にせまられれば自分で学ぶ、追い詰められれば吸収も早い。
このジュニア・文芸欄をみているとほっとします。
同じ小学校、しかも同じ学年からふたり入選なんていうのをみると担当教員の優秀さがわかります。昔の読書感想文の比ではない。
こくごが(それと美術)がもっともきらいであった自分自身のことを考えると幼き日の受けた教育の悪さを感じます。・・・ちなみに母は絵が大好きで、しかも写生は上手でした。
今は本も絵も食糧と同じく大切になっています。
良き"促し"を学校の先生たちにはお願いいたします。
知識の切り売りは受験産業にまかせておけばよい、受験産業で上場できるような時代になってしまったんですね。
学校の責任は「・・・に何人受かった」かではなく、この"促し"をどれだけできたかにあると思います。さすれば学校とは自分が通った実在の学校とは限りません。
ひょっとしたら(妄想かもしれませんが)プラトンのアカテ゜メイアでもいいし、・・・著作集・全集でもいいし、・・・陶芸教室、・・・ハイキングクラブでもいい。
学ぼうとする意欲、読み込もうとする気力が意味をなします。
なんか長くなってしまいました。
きょうは風邪のためやや熱があるようです。夕方は新年会ですがちょいとつらそうです。
2015年2月21日土曜日
風邪をひいてしまったようで
伝票間違えたり、信号青で止まってしまったり(逆でなくてよかった)と情けない午前中でした。
ぽかぽとしたおだやかな陽気がもったいないです。
Nさんのきょうのブログに出ている本立て/ブックエンドがしゃれてます。陶器製の、なんでしょう動物ですね。南方アジアの雰囲気です。
一時オークションでブックエンドをあさったことがありますが見て楽しんだだけでした。
またちょこっと覗いてみようかと思います。
それにしても疲れ切っている身は風邪の菌にとって絶好の餌食なんでしょうかね。
おととい農産物直売所で買ってきた入間の松井さんのおばあちゃんが作った大福を食べ忘れて今食べようとしたらかちかちになっていました。本物です。今はプロの和菓子屋さんで買ったものはおおかた何日たってもやわらかいまんまです。若い消費者はこういった販売上の都合で作られたにせものを"基準"と錯覚してしまうようですが、真実を教えるひとがいなければと思います。
そもそも家庭でもちをついたりぼたもち、大福等作らなくなってしまったことに罪があるのかもしれません。
なんでもカネですませてしまう。
安い野菜が作れないなら輸入すればいい、という論理と同等です。
松井さんのぼたもちはちょっとしょっぱかったけどきょうの大福で挽回です。
年寄りマークを付けた軽トラであしたも配達してくれるのでしょうね。
ぽかぽとしたおだやかな陽気がもったいないです。
Nさんのきょうのブログに出ている本立て/ブックエンドがしゃれてます。陶器製の、なんでしょう動物ですね。南方アジアの雰囲気です。
一時オークションでブックエンドをあさったことがありますが見て楽しんだだけでした。
またちょこっと覗いてみようかと思います。
それにしても疲れ切っている身は風邪の菌にとって絶好の餌食なんでしょうかね。
おととい農産物直売所で買ってきた入間の松井さんのおばあちゃんが作った大福を食べ忘れて今食べようとしたらかちかちになっていました。本物です。今はプロの和菓子屋さんで買ったものはおおかた何日たってもやわらかいまんまです。若い消費者はこういった販売上の都合で作られたにせものを"基準"と錯覚してしまうようですが、真実を教えるひとがいなければと思います。
そもそも家庭でもちをついたりぼたもち、大福等作らなくなってしまったことに罪があるのかもしれません。
なんでもカネですませてしまう。
安い野菜が作れないなら輸入すればいい、という論理と同等です。
松井さんのぼたもちはちょっとしょっぱかったけどきょうの大福で挽回です。
年寄りマークを付けた軽トラであしたも配達してくれるのでしょうね。
2015年2月20日金曜日
あさっての
東京は雨のよう。
東京マラソンはどんなことになるのでしょうか。
床屋さんへ行っていてこのことが話題になりました。
お客様のなかに2回出たことがあるかたがいるそうです。
出場するのに一万円くらいかかると言ってました、ほんと?
Foodexの案内状が来ました。筑波と同じ週ですがなんとか行ってこようかと思います。幕張はとおいーなあ。青ヶ島のブースが出ます。
東京マラソンはどんなことになるのでしょうか。
床屋さんへ行っていてこのことが話題になりました。
お客様のなかに2回出たことがあるかたがいるそうです。
出場するのに一万円くらいかかると言ってました、ほんと?
Foodexの案内状が来ました。筑波と同じ週ですがなんとか行ってこようかと思います。幕張はとおいーなあ。青ヶ島のブースが出ます。
2015年2月19日木曜日
今朝は時間に追われた
配達で、終わるとぐったりしていました。
せかされあせっていると汗が出ることもわかりました。
たぶんこんなことを毎日やっているひとは仕事でずいぶんと寿命を縮めていることと思われます。
ヤマトや佐川の宅配便の運転手さんもかわいそうなくらい忙しそうです。だいたい家が車の目の前にあるのに走ってきたりします。
JAの農産物直売所で知り合いの農家のおばあちゃんが作っている田舎まんじゅうとぼたもちを買いました。先だって軽トラックでまんじゅうを配達に来ていたそのおばあちゃんとおしゃべりしたばかりですが、元気なおばあちゃんの家は息子夫婦もあわせものすごい働き者一家です。
ぼたもちは当然のことながら"しろうと"で与野のあのぼたもちにはとうてい及びませんが、作った人の家族まで知っているので口にほおばっているとなんだかうれしくなってしまいました。
広島の土砂災害で亡くなった新婚さんとその家族のその後をレポートしている番組を夕飯時みました。過去に31人亡くなった同じ沢だったようです。
危険地域であると不動産屋が知らせなかったということでなんだか不動産屋の責任であるかのように言ってるみたいでしたがそれはおかしいです。
行政と税制がすべてだと思います。
ポル・ポト同様臆病者の責任転嫁の性分を本質に持つ"公"という字の軽薄さをあらためて感じました。津波は想定外だったでしょう。でも日本中にいくらでもある山間部の沢沿い・沢の出口の集落・・・古くからあるものは経験知から生まれたものとして理解できるとしても、昨今になって新しく開発されたものは間違いだらけだと思います。
日本中こんなのだらけかと思います。
粒状化・・・これだって本来陸地としては不十分な土地に強引に建物を建てようとする強欲から来ている。
自分自身、家族、大切な友人・縁者・・・は自分の頭で考えて守るしかないのでしょうね。
せかされあせっていると汗が出ることもわかりました。
たぶんこんなことを毎日やっているひとは仕事でずいぶんと寿命を縮めていることと思われます。
ヤマトや佐川の宅配便の運転手さんもかわいそうなくらい忙しそうです。だいたい家が車の目の前にあるのに走ってきたりします。
JAの農産物直売所で知り合いの農家のおばあちゃんが作っている田舎まんじゅうとぼたもちを買いました。先だって軽トラックでまんじゅうを配達に来ていたそのおばあちゃんとおしゃべりしたばかりですが、元気なおばあちゃんの家は息子夫婦もあわせものすごい働き者一家です。
ぼたもちは当然のことながら"しろうと"で与野のあのぼたもちにはとうてい及びませんが、作った人の家族まで知っているので口にほおばっているとなんだかうれしくなってしまいました。
広島の土砂災害で亡くなった新婚さんとその家族のその後をレポートしている番組を夕飯時みました。過去に31人亡くなった同じ沢だったようです。
危険地域であると不動産屋が知らせなかったということでなんだか不動産屋の責任であるかのように言ってるみたいでしたがそれはおかしいです。
行政と税制がすべてだと思います。
ポル・ポト同様臆病者の責任転嫁の性分を本質に持つ"公"という字の軽薄さをあらためて感じました。津波は想定外だったでしょう。でも日本中にいくらでもある山間部の沢沿い・沢の出口の集落・・・古くからあるものは経験知から生まれたものとして理解できるとしても、昨今になって新しく開発されたものは間違いだらけだと思います。
日本中こんなのだらけかと思います。
粒状化・・・これだって本来陸地としては不十分な土地に強引に建物を建てようとする強欲から来ている。
自分自身、家族、大切な友人・縁者・・・は自分の頭で考えて守るしかないのでしょうね。
2015年2月18日水曜日
いろんなズボンを
はいてみてすべてすそを踏んづけるようになっているのに気づきました。
背がちぢまったのでしょうか。
30キロを100本も移動すると・・・というよりもそれ以前にそうなっていたんですけれども。
さすがにきょうはぐったりです。
雨。
午後はのんびりしたいです。
世界の名著というシリーズが40年くらい前日本の名著シリーズとともにはやっていました、どのくらい売れたのでしょうか。
中央公論社、つまり・・・新社となる前の社名のときの出版です。
当時は百科事典ブームは過ぎ去りこういった具体的な古典がはやっていたのでしょうか。
それ以前は『史記Ⅰ・Ⅱ』つまり史記全部ですか、の入った筑摩の世界文学大系が100巻程度のすごいやつでしたけれどもハードカバーの豪華本でどっしりと本屋さんの棚を占拠していました。
古き良きリベラル・アーツがファッションであったころの:現象だったのでしょうね。
でも"名著"といわれるものは意外とほとんど読んでいないのが現実ではないでしょうか。
プラトンの一部とかホッブス、ルソー・・・といったものを部分的に授業で取り扱ったりとかはだれにも経験したところと思われますが完全読破となると・・・。
自分もはずかしいくらいの読書です。
読書は"ヒマ"が可能にする作業ではありません。
読書にはパワーというか強い意力が必要です。
読書は考える材料・促しの道具でありお友達ではないかと考えます。
ウィキペディア、問題外ですね。でたらめではないけれども入り口としても不十分な情報かもしれません。
農閑期に入って読めるかなー?
背がちぢまったのでしょうか。
30キロを100本も移動すると・・・というよりもそれ以前にそうなっていたんですけれども。
さすがにきょうはぐったりです。
雨。
午後はのんびりしたいです。
世界の名著というシリーズが40年くらい前日本の名著シリーズとともにはやっていました、どのくらい売れたのでしょうか。
中央公論社、つまり・・・新社となる前の社名のときの出版です。
当時は百科事典ブームは過ぎ去りこういった具体的な古典がはやっていたのでしょうか。
それ以前は『史記Ⅰ・Ⅱ』つまり史記全部ですか、の入った筑摩の世界文学大系が100巻程度のすごいやつでしたけれどもハードカバーの豪華本でどっしりと本屋さんの棚を占拠していました。
古き良きリベラル・アーツがファッションであったころの:現象だったのでしょうね。
でも"名著"といわれるものは意外とほとんど読んでいないのが現実ではないでしょうか。
プラトンの一部とかホッブス、ルソー・・・といったものを部分的に授業で取り扱ったりとかはだれにも経験したところと思われますが完全読破となると・・・。
自分もはずかしいくらいの読書です。
読書は"ヒマ"が可能にする作業ではありません。
読書にはパワーというか強い意力が必要です。
読書は考える材料・促しの道具でありお友達ではないかと考えます。
ウィキペディア、問題外ですね。でたらめではないけれども入り口としても不十分な情報かもしれません。
農閑期に入って読めるかなー?
2015年2月17日火曜日
大豆の検査
本日完了しました。
トラックに積み込む時間帯に雪が舞っていたため心配でしたが徐々に収まってきたのでラッキーでした。
応援が5名いたので大変助かりました。
こちらはきのう、おとといですでに相当まいってしまい腰がふにゃふにゃな感じでした。
これで一年が終了です。
少し時間がとれるかな。
そして今年は何をまこうかなと「計画をたてる楽しみ」が始まります。
トラックに積み込む時間帯に雪が舞っていたため心配でしたが徐々に収まってきたのでラッキーでした。
応援が5名いたので大変助かりました。
こちらはきのう、おとといですでに相当まいってしまい腰がふにゃふにゃな感じでした。
これで一年が終了です。
少し時間がとれるかな。
そして今年は何をまこうかなと「計画をたてる楽しみ」が始まります。
2015年2月16日月曜日
住民投票投票率3割。
人間を選ぶよりも具体的な政策について可否を尋ねる投票でわかりやすかったと思うのですがこんな程度ですかね。
意見の相違以前に「自分の今現在の利害」にしか関心のない無投票のひとにあきれました。
今回の投票の結果よりも投票率におおきな問題があります。
こんな市民によって構成されているこのまちはいったいなんなのよということです。
投票した可のひとも否のひともものを考えるいい契機であったと思いますが、なにもしなかったひとはこのまちを侮辱しています。
ある意味で「人気投票」の選挙なんかよりこっちのほうが大事だと思っていましたが・・・。
憲法改正の国民投票のときはどんなになるんでしょうか。
意見の相違以前に「自分の今現在の利害」にしか関心のない無投票のひとにあきれました。
今回の投票の結果よりも投票率におおきな問題があります。
こんな市民によって構成されているこのまちはいったいなんなのよということです。
投票した可のひとも否のひともものを考えるいい契機であったと思いますが、なにもしなかったひとはこのまちを侮辱しています。
ある意味で「人気投票」の選挙なんかよりこっちのほうが大事だと思っていましたが・・・。
憲法改正の国民投票のときはどんなになるんでしょうか。
2015年2月13日金曜日
nikon fe 220円+レターパック510円
で落札したものを底蓋のねじ一個なめてという失敗はあったにしても30分格闘の末完動品と相成りました。安かっただけに充実感この上ありません、やややっかいな故障でした。ねじがボディの奥に入ってしまい出てこなくなり全分解かとおもいきやひざのしたに落ちていました。
ストレス解消。
それにしてもあかぎれでドライバーがまわせなかったりものをつかんでいられなかったりとこの時期は大変。でも大豆の手選別のピッチを遅らせてのんびりやっていけばきれいになっていくでしょう。
クーラー問題ですが自分が勘違いしていたのは「市内小中全校」ではなくて29/47校ということでした。
入間基地は入間・狭山市の2市にまたがっていて所沢市は入っていません。ただし宮前小等の真上あたりで旋回して着陸あるいは出発直後の向き変更となります。気候に問題がない限り進入路はてつも同じようです。
ここで問題なのは進入コースの真下に29校もの学校があるのか疑問ということです。この辺は説明をほとんどの市民が受けていないと思います。具体的に進入直線コースからどのくらい離れどのくらいの騒音がするのかということです。29校は2重ガラス窓にはなっているということですがそもそも2重ガラスにするほどの騒音がするのでしょうか、所沢市だけの学校で半分の学校ということです。
真下並びにその至近距離は特別に配慮するとしてもそれ以外はほんとに必要なんでしょうか。"騒音"という論点がいつの間にか"すずしい快適教室を"にすり替えられているような気がします。
私の考えがわがままなおとな目線オンリーなのかしらね。
30億とも70億とも言われては少しは意見をいいたいです。
また税金が高くなりそうです。
ただし教育費にカネをもっとかけるべきだというのは持論ですけれども。
ストレス解消。
それにしてもあかぎれでドライバーがまわせなかったりものをつかんでいられなかったりとこの時期は大変。でも大豆の手選別のピッチを遅らせてのんびりやっていけばきれいになっていくでしょう。
クーラー問題ですが自分が勘違いしていたのは「市内小中全校」ではなくて29/47校ということでした。
入間基地は入間・狭山市の2市にまたがっていて所沢市は入っていません。ただし宮前小等の真上あたりで旋回して着陸あるいは出発直後の向き変更となります。気候に問題がない限り進入路はてつも同じようです。
ここで問題なのは進入コースの真下に29校もの学校があるのか疑問ということです。この辺は説明をほとんどの市民が受けていないと思います。具体的に進入直線コースからどのくらい離れどのくらいの騒音がするのかということです。29校は2重ガラス窓にはなっているということですがそもそも2重ガラスにするほどの騒音がするのでしょうか、所沢市だけの学校で半分の学校ということです。
真下並びにその至近距離は特別に配慮するとしてもそれ以外はほんとに必要なんでしょうか。"騒音"という論点がいつの間にか"すずしい快適教室を"にすり替えられているような気がします。
私の考えがわがままなおとな目線オンリーなのかしらね。
30億とも70億とも言われては少しは意見をいいたいです。
また税金が高くなりそうです。
ただし教育費にカネをもっとかけるべきだというのは持論ですけれども。
2015年2月12日木曜日
昼間から
ブログを書いているのはすこし時間が作れるようになったからでしょうか、それとも憂さ晴らしでしょうか。
今朝所沢霊園のそばの4車線を走っているとまた狸がひかれて亡くなっていました。
ちょっとふっくらしたきれいな毛並みでした。
12月から4匹めです。
人類は罪深い、もっともあこぎな動物なんですね。
だから宗教が生まれるのかしら。
半端物の大豆が手選別を待っていますが、こちらはこれからの時間つぶし用にゆっくりとやっていこうかと思います。タネに使いましょうか。
脱穀機や選別機はしばらく使わなくなるのでおそうじしてグリスなどもしてやらないといけません。
刈り払い機は混合ガソリンですが無使用期間が長くなるとある部分が溶けて壊れてしまうということなので燃料タンクは空にしてしまわなければなりません。父がかつて使っていたもこの原因でこわれてしまいました。あるいは定期的に耕運機同様から運転させるのがいいかもしれません。
認定農家のおすすめパンフレットが年に2回程度ここ数年おくられてきます。
たぶん大豆の検査を受けたりしているのでリストアップされているのかもしれません。
自分自身だけだと考えるとやや迷いもするのですが継続可能ならば認定農家の申請を出そうかとも思います。いろんな作物をあれやこれややっているわけではないので大豆だけで成果をいうなら今の1.5から2倍程度は面積を広げなければなんて考えています。欲をいえば5町歩程度まで広げようかとも考えていますが、種まき・中耕はトラクターでアタッチメントを増やして機械化、刈り取りは種用は手狩りしたとしてもその他大半はJAのコンバイン刈り委託でなんとかなってしまうような気がします。
問題はどこでやるかです。
今度の日曜日は国民いやいや住民投票です。
ここのところいろんな話が入ってきていて、聞くところによるとお隣の狭山市は来年市内の小中学校100パーセントがエアコン完備となるそうです。
全国水準が3割ですか。
大きな工業団地を持つ狭山市では簡単にこんなことができてしまうんでしょうね。
原発のある自治体もこういうことが起こるんでしょう。
でも、「カネがあるからデラックスな設備」云々よりもおとながこどもに施す「教育的配慮」というものは真剣に配慮されているのかどうか考え直すべきです。
「子供がかわいそう・・・」だそうです。
へえー。
みんな低体温になってしまえばいい。
免疫力の低下は体温の低下から来る。
戦闘機の進入路の真下に、それも着地寸前、いとこの家があります。
真下で「キーン」という騒音を聞いたことがあります、会話はできません。
10秒もしないで終わってしまいます。一日に何回あるの。
我が家は線路の下、、夜中の1時過ぎまで、始まりは4時。
もっと気の毒なのは私鉄の踏切のすぐそばの民家。
さらにもっとひどいのは開かずの踏切のすぐそばの家。
「公」のために犠牲になっているのにだれも「かわいそうだ」とこころより思っているひとはいません。税金も安くならない。固定資産税・相続税ももほとんど安くならない。
30億円をクーラーに使うならもっと教育の内容にかかわる部分に使ってください。
市長は教員上がりなので余計に「クーラー設置反対」の主張をしているつまり一般のひとに気配りしているのかなというような下巣の勘ぐりをしてしまいます。
生活のぜいたくを覚えると貧しても質を下げられなくなってしまうのが世の常。
困ったものです。
だから余計にこの町を出て遠くの農村に行きたいのです。
といいつつも現場のひとの意見はとあちこち電話してみると
1.戦闘機・輸送機が15秒おきに飛び立ち・着陸することがある。
2.二重ガラスで密閉しないでいるとラジオのイヤホンをしていてもラジオが聞こえない。
3.論点はクーラーではなく"音"である。
4.低体温は小・中ではなく生まれたときからである。
5.自治体がカネを出すことに問題がある、防衛省がもっと出せばというか必要なだけ全部出せ。
6.範囲をごく限定せよ・・・線引きがむつかしくなるけれど。
等を言われました。
いとこの娘は入間基地の脇の中学の教員をしていますが、英語のリスニングのテストの時聞き取れない(二重ガラスの設備の学校ですがたまたま窓を開けていた、飛行機はいつ飛ぶかはわからない)とのことでした。
ここまで意見を聞くとやはり投票がむつかしくなりました。
この辺の説明抜きで投票になってしまったことに問題があると思います。
説明不足です。
無責任です。
と同時にこちらも"もっと知ろう"ということを怠っていました。
さてさてどうしましょうか。
今朝所沢霊園のそばの4車線を走っているとまた狸がひかれて亡くなっていました。
ちょっとふっくらしたきれいな毛並みでした。
12月から4匹めです。
人類は罪深い、もっともあこぎな動物なんですね。
だから宗教が生まれるのかしら。
半端物の大豆が手選別を待っていますが、こちらはこれからの時間つぶし用にゆっくりとやっていこうかと思います。タネに使いましょうか。
脱穀機や選別機はしばらく使わなくなるのでおそうじしてグリスなどもしてやらないといけません。
刈り払い機は混合ガソリンですが無使用期間が長くなるとある部分が溶けて壊れてしまうということなので燃料タンクは空にしてしまわなければなりません。父がかつて使っていたもこの原因でこわれてしまいました。あるいは定期的に耕運機同様から運転させるのがいいかもしれません。
認定農家のおすすめパンフレットが年に2回程度ここ数年おくられてきます。
たぶん大豆の検査を受けたりしているのでリストアップされているのかもしれません。
自分自身だけだと考えるとやや迷いもするのですが継続可能ならば認定農家の申請を出そうかとも思います。いろんな作物をあれやこれややっているわけではないので大豆だけで成果をいうなら今の1.5から2倍程度は面積を広げなければなんて考えています。欲をいえば5町歩程度まで広げようかとも考えていますが、種まき・中耕はトラクターでアタッチメントを増やして機械化、刈り取りは種用は手狩りしたとしてもその他大半はJAのコンバイン刈り委託でなんとかなってしまうような気がします。
問題はどこでやるかです。
今度の日曜日は国民いやいや住民投票です。
ここのところいろんな話が入ってきていて、聞くところによるとお隣の狭山市は来年市内の小中学校100パーセントがエアコン完備となるそうです。
全国水準が3割ですか。
大きな工業団地を持つ狭山市では簡単にこんなことができてしまうんでしょうね。
原発のある自治体もこういうことが起こるんでしょう。
でも、「カネがあるからデラックスな設備」云々よりもおとながこどもに施す「教育的配慮」というものは真剣に配慮されているのかどうか考え直すべきです。
「子供がかわいそう・・・」だそうです。
へえー。
みんな低体温になってしまえばいい。
免疫力の低下は体温の低下から来る。
戦闘機の進入路の真下に、それも着地寸前、いとこの家があります。
真下で「キーン」という騒音を聞いたことがあります、会話はできません。
10秒もしないで終わってしまいます。一日に何回あるの。
我が家は線路の下、、夜中の1時過ぎまで、始まりは4時。
もっと気の毒なのは私鉄の踏切のすぐそばの民家。
さらにもっとひどいのは開かずの踏切のすぐそばの家。
「公」のために犠牲になっているのにだれも「かわいそうだ」とこころより思っているひとはいません。税金も安くならない。固定資産税・相続税ももほとんど安くならない。
30億円をクーラーに使うならもっと教育の内容にかかわる部分に使ってください。
市長は教員上がりなので余計に「クーラー設置反対」の主張をしているつまり一般のひとに気配りしているのかなというような下巣の勘ぐりをしてしまいます。
生活のぜいたくを覚えると貧しても質を下げられなくなってしまうのが世の常。
困ったものです。
だから余計にこの町を出て遠くの農村に行きたいのです。
といいつつも現場のひとの意見はとあちこち電話してみると
1.戦闘機・輸送機が15秒おきに飛び立ち・着陸することがある。
2.二重ガラスで密閉しないでいるとラジオのイヤホンをしていてもラジオが聞こえない。
3.論点はクーラーではなく"音"である。
4.低体温は小・中ではなく生まれたときからである。
5.自治体がカネを出すことに問題がある、防衛省がもっと出せばというか必要なだけ全部出せ。
6.範囲をごく限定せよ・・・線引きがむつかしくなるけれど。
等を言われました。
いとこの娘は入間基地の脇の中学の教員をしていますが、英語のリスニングのテストの時聞き取れない(二重ガラスの設備の学校ですがたまたま窓を開けていた、飛行機はいつ飛ぶかはわからない)とのことでした。
ここまで意見を聞くとやはり投票がむつかしくなりました。
この辺の説明抜きで投票になってしまったことに問題があると思います。
説明不足です。
無責任です。
と同時にこちらも"もっと知ろう"ということを怠っていました。
さてさてどうしましょうか。
2015年2月11日水曜日
きのうはお店の
新年会で今朝起きたときはいつもながらのどの乾きをおぼえましたが、よく考えてみるとアルコールは液体なので水分補給剤なのかなと短絡的に考えてしまうことが間違いであることを再確認しました。
真夏にのどが渇いて昼間からビール、畑でビールというのがとても危険であることは多くのひとが口をすっぱくして指摘してくれているにもかかわらず「液体だから汗で消えた水分を補うはず」と理屈よりもイメージで考えてしまいがちです。
なんでこんなことを書くのかといいますと、今朝いつもながら水を1.5リットル飲んでいるといつもだとトイレに7,8回は行くのにもかかわらずきょうは3回で済んでしまったということです・・・我慢していたわけではありません。つまり失われた水分を補っていたのだと思います。頭でなく体で「アルコールは水分補給にはならない」というのを初めて実感しました。
とはいっても夏の暑いお昼時にビールを飲みたくなるのは水分補給などということは抜きに許してもらってもいいのかな、とは自分勝手な発言でしょうかね。
きょうも大豆の袋詰めの続きです。
30キロのものを20程度動かしていると間隔を空けてはいても体は熱くなり息もやや荒くなります。いい運動ではありますが、腰・背骨にはよくないでしょうね。
ips細胞の利用で、目の不自由なひとたちが視力を回復・獲得できるのもそんなに遠くない将来のようです。さまざまな医療分野で「絶対ありえない」と従来考えられていたようなことが可能になるのでしょう。
問題は働くこと・知的生産を終了したひとたちつまり"老人"たちの問題のようです。
自分ももう老人の部類に入るのでしょうか。
がんが克服され、脳細胞の劣化・死滅が克服され・・・とさまざまな不老不死願望が現実に可能になっていった場合何が起こるかということです。
・・・・・。
でも人間てそんなに簡単に長生きを欲せるほど単純な0~60(これはあくまでもおおざっぱに言ってのことです)をおくっている訳ではなくて、真剣に生きればいきるほど60にもなると"疲れて"くるものです。
だからこそ、60からが勝負となるのでしょうか。
現実には60にははるかにおよばず亡くなってしまうひともいるわけで人生の長さが人間としての価値でないことは明白です。
何をなして、何を主張して、何をしてひとによろこんでもらい・・・。
60歳ということ自体人生の一時期に過ぎないのではありますが、"考える重要な契機"を感じさせてくれているということでは、感謝している次第です。
本日をもって袋詰めほぼ完了しました。
自分の分100袋強。
横山さんの分14袋弱。
あと細かいもの少しと横山さんとこの手選別部隊の完了待ちがあるので終了まであと少し。
夕飯時「工場直売」なる取材でぶたまんやコーヒー豆のことをやっていました。
なんだ500円もする豚まんて手作りかと思っていたのに、ライン生産かつ冷凍、高い!。
コーヒー豆にいたってはあんな大きな工場でじゃかすか炒られているのをみるとうんざりしました。しかも値段はバッハコーヒーや近所の手選別コーヒー屋さんよりはるかに高い。あんなんで手選別なんてありえないでしょう。手で選別しなくてもコーヒー用の色彩・形状選別機があるんなら話は別ですが球体でないコーヒー豆のそんな高性能な選別機などあるはずもない。大豆ですら色彩選別機は数千万円。
所詮国境を越えて世界をぐるぐる回っているコーヒー豆は最終的には目で見て手選別するしか今の段階ではないようです。
あんな"工場直売"に群がる人がいるんですね。
真夏にのどが渇いて昼間からビール、畑でビールというのがとても危険であることは多くのひとが口をすっぱくして指摘してくれているにもかかわらず「液体だから汗で消えた水分を補うはず」と理屈よりもイメージで考えてしまいがちです。
なんでこんなことを書くのかといいますと、今朝いつもながら水を1.5リットル飲んでいるといつもだとトイレに7,8回は行くのにもかかわらずきょうは3回で済んでしまったということです・・・我慢していたわけではありません。つまり失われた水分を補っていたのだと思います。頭でなく体で「アルコールは水分補給にはならない」というのを初めて実感しました。
とはいっても夏の暑いお昼時にビールを飲みたくなるのは水分補給などということは抜きに許してもらってもいいのかな、とは自分勝手な発言でしょうかね。
きょうも大豆の袋詰めの続きです。
30キロのものを20程度動かしていると間隔を空けてはいても体は熱くなり息もやや荒くなります。いい運動ではありますが、腰・背骨にはよくないでしょうね。
ips細胞の利用で、目の不自由なひとたちが視力を回復・獲得できるのもそんなに遠くない将来のようです。さまざまな医療分野で「絶対ありえない」と従来考えられていたようなことが可能になるのでしょう。
問題は働くこと・知的生産を終了したひとたちつまり"老人"たちの問題のようです。
自分ももう老人の部類に入るのでしょうか。
がんが克服され、脳細胞の劣化・死滅が克服され・・・とさまざまな不老不死願望が現実に可能になっていった場合何が起こるかということです。
・・・・・。
でも人間てそんなに簡単に長生きを欲せるほど単純な0~60(これはあくまでもおおざっぱに言ってのことです)をおくっている訳ではなくて、真剣に生きればいきるほど60にもなると"疲れて"くるものです。
だからこそ、60からが勝負となるのでしょうか。
現実には60にははるかにおよばず亡くなってしまうひともいるわけで人生の長さが人間としての価値でないことは明白です。
何をなして、何を主張して、何をしてひとによろこんでもらい・・・。
60歳ということ自体人生の一時期に過ぎないのではありますが、"考える重要な契機"を感じさせてくれているということでは、感謝している次第です。
本日をもって袋詰めほぼ完了しました。
自分の分100袋強。
横山さんの分14袋弱。
あと細かいもの少しと横山さんとこの手選別部隊の完了待ちがあるので終了まであと少し。
夕飯時「工場直売」なる取材でぶたまんやコーヒー豆のことをやっていました。
なんだ500円もする豚まんて手作りかと思っていたのに、ライン生産かつ冷凍、高い!。
コーヒー豆にいたってはあんな大きな工場でじゃかすか炒られているのをみるとうんざりしました。しかも値段はバッハコーヒーや近所の手選別コーヒー屋さんよりはるかに高い。あんなんで手選別なんてありえないでしょう。手で選別しなくてもコーヒー用の色彩・形状選別機があるんなら話は別ですが球体でないコーヒー豆のそんな高性能な選別機などあるはずもない。大豆ですら色彩選別機は数千万円。
所詮国境を越えて世界をぐるぐる回っているコーヒー豆は最終的には目で見て手選別するしか今の段階ではないようです。
あんな"工場直売"に群がる人がいるんですね。
2015年2月8日日曜日
小学校の
校長先生が生徒の低体温化にどういう対策をしたらいいか試行錯誤をしている姿をNHKのニュースでやっていました。
へえー、というかいささかびっくりしたニュースでした、
低体温化?
こんなの中高年、老人が話題にすることだと思っていましたがなんということでしょうか。
知育よりもっと大切な「動物として」生きること自体を軽視してきた現代の文明病でしょうか。
さしずめ「現代文明・・・症候群」呼ばれる"やまい"のひとつなのでしょう。
各学級にクーラー、へえーと思っていたら全国レベルの導入率が公立学校で3割となっていました。そんなに入っていたの?とびっくりした次第です。
都心見たく四方八方コンクリ・アスファルトで囲まれた場所は例外としてもネクタイ・長袖で縛られているわけでもない子供がよれよれの介護老人みたいな"病室"にいれられる意義はいったいなんなんでしょうか。
学習権、だって。
へえー。
へえー、というかいささかびっくりしたニュースでした、
低体温化?
こんなの中高年、老人が話題にすることだと思っていましたがなんということでしょうか。
知育よりもっと大切な「動物として」生きること自体を軽視してきた現代の文明病でしょうか。
さしずめ「現代文明・・・症候群」呼ばれる"やまい"のひとつなのでしょう。
各学級にクーラー、へえーと思っていたら全国レベルの導入率が公立学校で3割となっていました。そんなに入っていたの?とびっくりした次第です。
都心見たく四方八方コンクリ・アスファルトで囲まれた場所は例外としてもネクタイ・長袖で縛られているわけでもない子供がよれよれの介護老人みたいな"病室"にいれられる意義はいったいなんなんでしょうか。
学習権、だって。
へえー。
2015年2月7日土曜日
選別も
最終段階に入り、半端物やかびまじりは手選別オンリーになるので"あかぎれ"のピークに達しているようです。
なにかにちょいとぶっついただけでいたい。
おせんべいの袋が破れない。
いたい、いたい。
白色ワセリンをいくら塗っても大豆にさわっている時間が長いので意味がないようです。
やはり医療用のうすーい密閉手袋しかないようです、蒸れる。
夜も座敷でやっているのでほこりっぽくなってきました。
いずれおこられるような気が・・・。
なにかにちょいとぶっついただけでいたい。
おせんべいの袋が破れない。
いたい、いたい。
白色ワセリンをいくら塗っても大豆にさわっている時間が長いので意味がないようです。
やはり医療用のうすーい密閉手袋しかないようです、蒸れる。
夜も座敷でやっているのでほこりっぽくなってきました。
いずれおこられるような気が・・・。
2015年2月5日木曜日
予報は当たったのかはずれたのか
どうか知りませんがたいした雪ではなかったようです。
雪合戦はちょいと無理のようです。
こういう日は家でじっと手選別です。
手は荒れ放題。
和歌山でまた子供をねらった陰湿事件。
変質事件そのものは今に始まったことではありませんがそれにしてもあとからあとから続くとすぐ記憶のかなたへと消えていってしまいます。
道徳が教科になって点数をつけるようです。
頭の回転の速い点取り虫立ちは即どうしたらいいか理解してしまうでしょう・・・こういうやつらが悪徳なんとかになる。
いっときはやった"いきる力"などというものもあまりにもファッションみたいに言われると軽薄この上なく、ひとのこころを動かす力にはならないと思います。
自分にとっての人生の美意識を持たないひとに、「ああすべき、こうすべき」なんて意味あるのかしらね。
選挙の入場券みたいなはがきが来ました。
住民投票です。投票なので、やはり選挙管理委員会ですか。
20歳からの選挙を振り返ってみても住民投票は始めてです。
「市内のすべての小学校にエアコンを」という考えに賛成か否かということです。
下種の勘繰りかもしれませんが、所沢市のはじっこの学校が入間基地に離着陸する自衛隊機の進入路真下にあるためそこを二重ガラス/エアコン完備にすることから"公平"を武器に「こどもの教育環境保持・・・いやいや高質化というべきでしょうか」ということで住民投票に持ち込んだのでしょうか。
たしかに温暖化で夏の高温は7月に入ると35度もあったりして勉強どころではなくなるのでしょうか。
密閉し温度管理された室内でしか生活できない、ということが文化的とでもいうのかどうか知りませんが体は弱くなる一方だと思います。
夏休みの時期を多湿の時期にあわせてずらすとか暑さに慣れてきたお盆過ぎには二学期を始めるとか、授業そのものの内容・科目自体を考え直してみるとかが必要だと思います。
一個しかないクーラーを一年に一週間程度しか使わない我が家にとっては、全教室エアコン完備は無用の長物にしか思えません。
ほんとにほんとのぎりぎり我慢できない日に使うと考えてもせいぜい多くて10日程度かなと考えられます。むしろそんな日は休みにするか川遊び、樹陰でなんとか・・・とかいうほうが美しい。
一年生から英語をやったりとかとんちんかんな教育を考えるひとたちがこの国の将来を真剣に考えているのかどうか疑問に思うことばかりです。
住民投票は「クーラー設置大反対」です。
雪合戦はちょいと無理のようです。
こういう日は家でじっと手選別です。
手は荒れ放題。
和歌山でまた子供をねらった陰湿事件。
変質事件そのものは今に始まったことではありませんがそれにしてもあとからあとから続くとすぐ記憶のかなたへと消えていってしまいます。
道徳が教科になって点数をつけるようです。
頭の回転の速い点取り虫立ちは即どうしたらいいか理解してしまうでしょう・・・こういうやつらが悪徳なんとかになる。
いっときはやった"いきる力"などというものもあまりにもファッションみたいに言われると軽薄この上なく、ひとのこころを動かす力にはならないと思います。
自分にとっての人生の美意識を持たないひとに、「ああすべき、こうすべき」なんて意味あるのかしらね。
選挙の入場券みたいなはがきが来ました。
住民投票です。投票なので、やはり選挙管理委員会ですか。
20歳からの選挙を振り返ってみても住民投票は始めてです。
「市内のすべての小学校にエアコンを」という考えに賛成か否かということです。
下種の勘繰りかもしれませんが、所沢市のはじっこの学校が入間基地に離着陸する自衛隊機の進入路真下にあるためそこを二重ガラス/エアコン完備にすることから"公平"を武器に「こどもの教育環境保持・・・いやいや高質化というべきでしょうか」ということで住民投票に持ち込んだのでしょうか。
たしかに温暖化で夏の高温は7月に入ると35度もあったりして勉強どころではなくなるのでしょうか。
密閉し温度管理された室内でしか生活できない、ということが文化的とでもいうのかどうか知りませんが体は弱くなる一方だと思います。
夏休みの時期を多湿の時期にあわせてずらすとか暑さに慣れてきたお盆過ぎには二学期を始めるとか、授業そのものの内容・科目自体を考え直してみるとかが必要だと思います。
一個しかないクーラーを一年に一週間程度しか使わない我が家にとっては、全教室エアコン完備は無用の長物にしか思えません。
ほんとにほんとのぎりぎり我慢できない日に使うと考えてもせいぜい多くて10日程度かなと考えられます。むしろそんな日は休みにするか川遊び、樹陰でなんとか・・・とかいうほうが美しい。
一年生から英語をやったりとかとんちんかんな教育を考えるひとたちがこの国の将来を真剣に考えているのかどうか疑問に思うことばかりです。
住民投票は「クーラー設置大反対」です。
2015年2月4日水曜日
きょうは忙しかったです。
大豆は手選別がちょっと。熊本の巨大粒です、ただしこの在来種は大きさにムラがあるのと扁平であるためにふるいにかけるとけっこうやっかいです。
きのうお客様の中に在来種や英国の王立植物園・・・世界で初めて"掛け合わせ/人工交配"をやったところの話が出てうれしかったです。きょうもパートが緊急休みだったのでお店に出ましたが、きょうもまた久しぶりのお客様にうれしくなりました。多摩美大のH先生ですが定年2年を前に教職をやめ制作に専念するとのことでした。教えることと自分自身の制作を両立させることはおおくの制作者にとってむつかしい問題のようです。
自分はただの伝統食品のものつくりですが、それでも弟子をとって・・・の世界にはちょいとパワーがなさすぎ40年間というもの住み込みの弟子みたいな者はひとりもとったことがありません。性格的に無理なのかもしれません。ただしヒントをことばで与えたというのはいくらかはありますが、先生ずらすること自体がきらいなのできちんと教えられたかどうかはわかりません。
さてきょうは忙しくて、お葬式にも一件出てきました。
クリスチャン・・・というか牧師さんのお父様のお葬式でした。
びっくりするほどあたたかい儀式でした。
故人の紹介文章には、中国人、旧制一高、京都帝大工学部・・・となっていてなんだ自慢話かと思いきや、牧師さんはこの"人生のサンプル=神様の壮大な一計画"を取り上げてみんなを元気づけるお話を物語ってくれました。故人の時代背景があまりにもすごすぎた。兄弟には周恩来などもいたのでしょうか。たまたま日本敗退直後の内乱で中国へ帰国するチャンスを逸してしまったことから故人の日本での人生が始まるのですが。
牧師さんのお話はとてもあたたかく聞いていてほんわかとしてしまいました。
クリスチャンのお葬式はよーく考えてみても初めてだったかと思います。
中座することなく最後まで居ましたが賛美歌と聖歌の違いもわからず、しかもまわりがほとんどがクリスチャンの中にあってはずかしかったのですがとてもいい一時間であったと思います。
旧約の詩編90を引用されていたのであとで読んでみようと思います。
今世界中で宗教の争いというよりは宗教を巧みに利用した人間のわがまま・独占欲のための争い・・・一方的に攻撃するのは"争い"とはいわないのかな・・・が頻発していますが、そもそも宗教心は世界中のほとんどのひとが自然発生的に獲得していくものであると思われるのに、どうしてかっちりと定義されるような宗教が確定・特定された瞬間にこんなにもいざこざが発生するのかわかりません。
ほんとはみんなやさしく温厚で包容力のある世界なのだと思うのですけれど。
きのうお客様の中に在来種や英国の王立植物園・・・世界で初めて"掛け合わせ/人工交配"をやったところの話が出てうれしかったです。きょうもパートが緊急休みだったのでお店に出ましたが、きょうもまた久しぶりのお客様にうれしくなりました。多摩美大のH先生ですが定年2年を前に教職をやめ制作に専念するとのことでした。教えることと自分自身の制作を両立させることはおおくの制作者にとってむつかしい問題のようです。
自分はただの伝統食品のものつくりですが、それでも弟子をとって・・・の世界にはちょいとパワーがなさすぎ40年間というもの住み込みの弟子みたいな者はひとりもとったことがありません。性格的に無理なのかもしれません。ただしヒントをことばで与えたというのはいくらかはありますが、先生ずらすること自体がきらいなのできちんと教えられたかどうかはわかりません。
さてきょうは忙しくて、お葬式にも一件出てきました。
クリスチャン・・・というか牧師さんのお父様のお葬式でした。
びっくりするほどあたたかい儀式でした。
故人の紹介文章には、中国人、旧制一高、京都帝大工学部・・・となっていてなんだ自慢話かと思いきや、牧師さんはこの"人生のサンプル=神様の壮大な一計画"を取り上げてみんなを元気づけるお話を物語ってくれました。故人の時代背景があまりにもすごすぎた。兄弟には周恩来などもいたのでしょうか。たまたま日本敗退直後の内乱で中国へ帰国するチャンスを逸してしまったことから故人の日本での人生が始まるのですが。
牧師さんのお話はとてもあたたかく聞いていてほんわかとしてしまいました。
クリスチャンのお葬式はよーく考えてみても初めてだったかと思います。
中座することなく最後まで居ましたが賛美歌と聖歌の違いもわからず、しかもまわりがほとんどがクリスチャンの中にあってはずかしかったのですがとてもいい一時間であったと思います。
旧約の詩編90を引用されていたのであとで読んでみようと思います。
今世界中で宗教の争いというよりは宗教を巧みに利用した人間のわがまま・独占欲のための争い・・・一方的に攻撃するのは"争い"とはいわないのかな・・・が頻発していますが、そもそも宗教心は世界中のほとんどのひとが自然発生的に獲得していくものであると思われるのに、どうしてかっちりと定義されるような宗教が確定・特定された瞬間にこんなにもいざこざが発生するのかわかりません。
ほんとはみんなやさしく温厚で包容力のある世界なのだと思うのですけれど。
2015年2月1日日曜日
袋詰め35袋くらい
完了、つまり一トン程度でしょうか。
寒くて手がかじかんでしまいせんべいの袋も破れない状態です。
NHKの「小さな旅」で大利根市とかいうまちから50年以上野菜をかごに積んで銀座のビルの谷間で販売しているおばあちゃんを主役にしたものをやっていました。
おばあちゃんのしわくちゃな顔が同様に働き者だったうちの母親によく似ていて涙ぐむ場面もありました。そしてそのお客さんたちがそこに昔から住んでいたひとや遠くから通って働いているひとたち、近所の料理屋さんだったりとながーいおつきあいのお客様たちばかりでした。
きのうは(やや観光地の見せ物化しているとはいえ)輪島の朝市をみたばかりだったので、商いの原点みたいなものを感じてしまいました。
85歳のおばあちゃんにたくさんのことを学びました。
「いつもの時間、いつもの場所で」。
きょうも朝市一電車で(成田線?)で、顔なじみの乗客に手伝ってもらってかごのなかの整理を電車のなかでやっているのでしょうか。
銀座にこんなあたたかいドラマが毎日展開していたんですね。
人間のもつ本質的なあたたかさというものを感じました。
同じ時間帯のニュースで後藤さん殺害のニュース。
今述べたおばあちゃんを取り巻く人間模様を考えると、こういった争いってなんなのよということになってしまいます。
何で武器を使って争うんでしょうね。
といってもすべての「平和」のはじまりのところは暴力によって獲得された、という皮肉な事実があることも事実ですけれどもね。
いつも思うのはこういうところで使われている武器の出所です。
武器の増産でほくそ笑んでいるあきんどがいるんですね。
夕飯時まぼろしと言われているという秩父の「Ichiro's Malt」というウィスキーをいただきました。
これはうまかったです。
スコッチの臭さは全くなく、ウィスキー党にはたぶんばかにされると思いますが焼酎とか泡盛の高級酒に慣れたひとにはおすすめのお酒です。
薄めてはだめ。
ちょっぴし、だけでいい。
ウィスキーなんて、二次会やからおけで水代わりに飲む薄液体という認識しかありませんでしたが、ウィスキーの新しい世界を発見してしまったようです。
きょう飲んだのはワインを醸造したあとのたるでつくったというやつ。
もう一本黒い箱のがあり、ひとにおくろうと思っていたものですがとりやめにしました。
全部独り占めにしようと思います、えへへへ。
寒くて手がかじかんでしまいせんべいの袋も破れない状態です。
NHKの「小さな旅」で大利根市とかいうまちから50年以上野菜をかごに積んで銀座のビルの谷間で販売しているおばあちゃんを主役にしたものをやっていました。
おばあちゃんのしわくちゃな顔が同様に働き者だったうちの母親によく似ていて涙ぐむ場面もありました。そしてそのお客さんたちがそこに昔から住んでいたひとや遠くから通って働いているひとたち、近所の料理屋さんだったりとながーいおつきあいのお客様たちばかりでした。
きのうは(やや観光地の見せ物化しているとはいえ)輪島の朝市をみたばかりだったので、商いの原点みたいなものを感じてしまいました。
85歳のおばあちゃんにたくさんのことを学びました。
「いつもの時間、いつもの場所で」。
きょうも朝市一電車で(成田線?)で、顔なじみの乗客に手伝ってもらってかごのなかの整理を電車のなかでやっているのでしょうか。
銀座にこんなあたたかいドラマが毎日展開していたんですね。
人間のもつ本質的なあたたかさというものを感じました。
同じ時間帯のニュースで後藤さん殺害のニュース。
今述べたおばあちゃんを取り巻く人間模様を考えると、こういった争いってなんなのよということになってしまいます。
何で武器を使って争うんでしょうね。
といってもすべての「平和」のはじまりのところは暴力によって獲得された、という皮肉な事実があることも事実ですけれどもね。
いつも思うのはこういうところで使われている武器の出所です。
武器の増産でほくそ笑んでいるあきんどがいるんですね。
夕飯時まぼろしと言われているという秩父の「Ichiro's Malt」というウィスキーをいただきました。
これはうまかったです。
スコッチの臭さは全くなく、ウィスキー党にはたぶんばかにされると思いますが焼酎とか泡盛の高級酒に慣れたひとにはおすすめのお酒です。
薄めてはだめ。
ちょっぴし、だけでいい。
ウィスキーなんて、二次会やからおけで水代わりに飲む薄液体という認識しかありませんでしたが、ウィスキーの新しい世界を発見してしまったようです。
きょう飲んだのはワインを醸造したあとのたるでつくったというやつ。
もう一本黒い箱のがあり、ひとにおくろうと思っていたものですがとりやめにしました。
全部独り占めにしようと思います、えへへへ。
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