ねこがこたつで ねているよ(小3)、雪あそび みんなでやれば あったかい(小4)、遊びすぎ 寒さも飛んでく 日曜日(小4)・・・新聞の「ジュニア 文芸」欄。
ことばのリズム感をつかませることを年少のころから始めることはとても大切なことかと感じました。
小学生の文章作法みたいなものは夏休みに指定図書を読んでその感想文を9月に提出、というのが自分らの年代の共通経験かと思いますがどこでも同じようなものかと思いますがおおむねこういうのに選ばれるのはいつも同じひとで、担当教員が「ばれないようにうまく子供らしさを強調して修正する、そして市や県、国」に出すというのが実態であったように思えます。
自分は国語はこういうこともあって、なおかつませていなかったのでこの手のものにはえらばれたことがありません。
我が国の幼児期教育で欠損していることは何かというと充実した読み・書きだと思います。
世のほんとにあたまのいい人というのは理科系の人間だと思いますが、その理科系の基本にあるのはやはり言語の使用にあると思います。
先天的にこういったことに優れたひともかすかにはいるのだとは思いますが、大半の平凡人は訓練・適切な示唆によってしかこの点を磨いていくことはできないものと思われます。
あいさつの仕方、買い物の仕方、道の聞き方を英語でどういうのなんていのを小学校のうちから教えてどうなるんでしょうね。
大半のひとは大人になって英語で生活するわけではないでせう。
必要にせまられれば自分で学ぶ、追い詰められれば吸収も早い。
このジュニア・文芸欄をみているとほっとします。
同じ小学校、しかも同じ学年からふたり入選なんていうのをみると担当教員の優秀さがわかります。昔の読書感想文の比ではない。
こくごが(それと美術)がもっともきらいであった自分自身のことを考えると幼き日の受けた教育の悪さを感じます。・・・ちなみに母は絵が大好きで、しかも写生は上手でした。
今は本も絵も食糧と同じく大切になっています。
良き"促し"を学校の先生たちにはお願いいたします。
知識の切り売りは受験産業にまかせておけばよい、受験産業で上場できるような時代になってしまったんですね。
学校の責任は「・・・に何人受かった」かではなく、この"促し"をどれだけできたかにあると思います。さすれば学校とは自分が通った実在の学校とは限りません。
ひょっとしたら(妄想かもしれませんが)プラトンのアカテ゜メイアでもいいし、・・・著作集・全集でもいいし、・・・陶芸教室、・・・ハイキングクラブでもいい。
学ぼうとする意欲、読み込もうとする気力が意味をなします。
なんか長くなってしまいました。
きょうは風邪のためやや熱があるようです。夕方は新年会ですがちょいとつらそうです。
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