ブログの書き込みはお休みします。
ごめんなさい。
看病できるということがいかに幸せなことかと、感謝しています。
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2011年12月20日火曜日
2011年12月15日木曜日
刈り取り、あと少し。
何か落ち着かずそわそわ。
夜も2時頃になると目が覚めてしまう。
不眠になりつつあるようだ。
きょうはCTの検査で造影剤の副作用が心配されたが、結局は使わないでやってくれたようだ。
かなり衰弱しているので無理なのだろう。
夕方行くとひくひくと引きつっているような寒がっているような感じであった。
仕事があったので途中で帰ったが、家内が8時までいてくれた。
いつものようにしゃべれたとのこと。
大腸に炎症があるだろうこと、それで白血球が増加していたのだろうとのこと。
いずれにしても心臓は相当弱っているとのことで施薬・水分供給とのバランスが大切とのことだった。
何が起こってもおかしくないのだが、同居していたことが幾分自分の気持ちを救ってくれているような気がする。けんかばかりしていたけれど。同居していてよかった。
あとは祈るばかりだ。
夜も2時頃になると目が覚めてしまう。
不眠になりつつあるようだ。
きょうはCTの検査で造影剤の副作用が心配されたが、結局は使わないでやってくれたようだ。
かなり衰弱しているので無理なのだろう。
夕方行くとひくひくと引きつっているような寒がっているような感じであった。
仕事があったので途中で帰ったが、家内が8時までいてくれた。
いつものようにしゃべれたとのこと。
大腸に炎症があるだろうこと、それで白血球が増加していたのだろうとのこと。
いずれにしても心臓は相当弱っているとのことで施薬・水分供給とのバランスが大切とのことだった。
何が起こってもおかしくないのだが、同居していたことが幾分自分の気持ちを救ってくれているような気がする。けんかばかりしていたけれど。同居していてよかった。
あとは祈るばかりだ。
2011年12月14日水曜日
ユーロが101円台。
ユーロが始まったときがこんなだったのではないかな。
最後に蒔いた金砂郷在来刈り取り開始。
葉っぱ落としの必要がややあり、やっかいである。
医師の説明、がつらかった。
こんな場面が現実にやってくるとは・・・・といっても2年前にもあったっけ。
最後に蒔いた金砂郷在来刈り取り開始。
葉っぱ落としの必要がややあり、やっかいである。
医師の説明、がつらかった。
こんな場面が現実にやってくるとは・・・・といっても2年前にもあったっけ。
2011年12月13日火曜日
さらさら土畑刈り取り完了。
ほっとする。
家の裏の粘土質一枚となる。
少し刈り取る。
鑑定団のブリキのおもちゃ工場の倉庫に眠っていたという電池で動く自動車がよかった。
また電池サイズの普遍性にも感心してしまった。単一、二、三というこのサイズはいまでも普遍。だから今でも動かせる。
その後いろんなサイズのボタン電池、ガム電池、・・・・とさまざまな型のものが現れるが何年かたつと無効になってしまう。電池のサイズに応じて機械を開発するのでなく機械の大きさ・仕様に応じて電池の規格を新規に作ってしまうというパターンの連続だ。
家の裏の粘土質一枚となる。
少し刈り取る。
鑑定団のブリキのおもちゃ工場の倉庫に眠っていたという電池で動く自動車がよかった。
また電池サイズの普遍性にも感心してしまった。単一、二、三というこのサイズはいまでも普遍。だから今でも動かせる。
その後いろんなサイズのボタン電池、ガム電池、・・・・とさまざまな型のものが現れるが何年かたつと無効になってしまう。電池のサイズに応じて機械を開発するのでなく機械の大きさ・仕様に応じて電池の規格を新規に作ってしまうというパターンの連続だ。
2011年12月12日月曜日
高台のさらさら土畑は
あと1,2回で刈り取り完了。
今年はペースが速いのかな。
月食観望デーの風邪がまだ残っている、きのうよりは良くなったかなという感じだが。
それにしてもあの「卵の黄身」色の月の余韻はいまだに尾を引いている。
日本画かな、ドビュッシー風にかな、辻さんのピアノ風にかな、篠笛か・・・・いやいや、やはり"ことば"かなと思うのだが自分にはその力はない。
詩の世界である。
表現できない自分が情けない。
てもたっぷりとまぶたに焼き付けておいた。
これから熟成させればよい。
50代になってやっと気がついてきたことがらがいろいろとあるが、"もの書き"と言われるひとたちはどうして10代、20代で自分が今やっと気がついたようなことが"わかって"しまうのだろうか。
経験しないことがどうしてわかるのだろうか。
自分が単にバカだからなのだろうがしかし恥ずべき事ではない。
経験・積み重ねから得た"理解"は貴い。
直感や天才性もたしかにえらいかもしれない。
でも卑下することはないんだよな。
60になってからのおもしろみとはこういう凡人の蓄積披露・決算にあるのかもしれない。
凡人の60才のスタートの準備期間が"今"だ。
まあ自分はどちらかというとけじめとか切れ目というのは意識したことがなくずるずると、といったほうがいいのかな。
今年はペースが速いのかな。
月食観望デーの風邪がまだ残っている、きのうよりは良くなったかなという感じだが。
それにしてもあの「卵の黄身」色の月の余韻はいまだに尾を引いている。
日本画かな、ドビュッシー風にかな、辻さんのピアノ風にかな、篠笛か・・・・いやいや、やはり"ことば"かなと思うのだが自分にはその力はない。
詩の世界である。
表現できない自分が情けない。
てもたっぷりとまぶたに焼き付けておいた。
これから熟成させればよい。
50代になってやっと気がついてきたことがらがいろいろとあるが、"もの書き"と言われるひとたちはどうして10代、20代で自分が今やっと気がついたようなことが"わかって"しまうのだろうか。
経験しないことがどうしてわかるのだろうか。
自分が単にバカだからなのだろうがしかし恥ずべき事ではない。
経験・積み重ねから得た"理解"は貴い。
直感や天才性もたしかにえらいかもしれない。
でも卑下することはないんだよな。
60になってからのおもしろみとはこういう凡人の蓄積披露・決算にあるのかもしれない。
凡人の60才のスタートの準備期間が"今"だ。
まあ自分はどちらかというとけじめとか切れ目というのは意識したことがなくずるずると、といったほうがいいのかな。
2011年12月11日日曜日
深夜まで
出たり入ったりを繰り返していたせいか風邪をひいたようだ。
でもあの「卵の黄身」のような色になった"陰"のお月様は幻想的だった。
生まれて初めて見た。
何か宝物がひとつ増えたようである。
月食でなくても赤くなる月は時々見ることができるが同じ赤といっても全然違う。
ゆっくり満ちかけていく月もふつうの満ち欠けによって見える三日月等とは全く違う、欠ける側の淵が明瞭ではない。
満月状態だとカメラのスポット測光が利いていたが暗くなるに従って月自身の測光はできてないようであった。ただの星空の測候になっていたもよう。
絞りはいくつだったかな8か11か?シャッターは15秒くらいかかっていたようだ、オリオンはきれいに写っている。月の満ち欠けは・・・?
男子フィギュアスケートの高橋の演技はすごかった。のっけから軽くバランスをくずしたのでひやっとしたがそのあとがすごくきびきびとしたキレのある演技であった。
豆腐の場合はいろんなあり方を楽しんでいるので"キレ"だけがすべてではないが、こういうスケートみたいな豆腐は気持ちいい。思わずほほえんでしまう。
ショートプログラム(規定)で5位だったものがきょうので銀メダルなので、今日の演技自体は金メダルだったのだろう。
女子の鈴木選手はやや萎縮しすぎてしまったようだが銀メダル。64才の監督もすごいかただなと思った。温厚な顔立ちにこちらもほっとする、見ている側も励まされているようだ。
畑は風邪気味のため2時間程度でかなり疲れてしまった。寝不足もあったかもしれない。
でもあの「卵の黄身」のような色になった"陰"のお月様は幻想的だった。
生まれて初めて見た。
何か宝物がひとつ増えたようである。
月食でなくても赤くなる月は時々見ることができるが同じ赤といっても全然違う。
ゆっくり満ちかけていく月もふつうの満ち欠けによって見える三日月等とは全く違う、欠ける側の淵が明瞭ではない。
満月状態だとカメラのスポット測光が利いていたが暗くなるに従って月自身の測光はできてないようであった。ただの星空の測候になっていたもよう。
絞りはいくつだったかな8か11か?シャッターは15秒くらいかかっていたようだ、オリオンはきれいに写っている。月の満ち欠けは・・・?
男子フィギュアスケートの高橋の演技はすごかった。のっけから軽くバランスをくずしたのでひやっとしたがそのあとがすごくきびきびとしたキレのある演技であった。
豆腐の場合はいろんなあり方を楽しんでいるので"キレ"だけがすべてではないが、こういうスケートみたいな豆腐は気持ちいい。思わずほほえんでしまう。
ショートプログラム(規定)で5位だったものがきょうので銀メダルなので、今日の演技自体は金メダルだったのだろう。
女子の鈴木選手はやや萎縮しすぎてしまったようだが銀メダル。64才の監督もすごいかただなと思った。温厚な顔立ちにこちらもほっとする、見ている側も励まされているようだ。
畑は風邪気味のため2時間程度でかなり疲れてしまった。寝不足もあったかもしれない。
2011年12月10日土曜日
5時半頃
病室の窓より満月が見えた。
月食は視野からずれてしまうだろう。
8時ころ薄雲発生、これはだめかなー。
と思いきや食の開始の9時ころより雲が無くなる。
10時20分頃ついに"赤い月"をおがむ。
赤い月とオリオン。
寒くてまいったがたぎびでもして一杯やりながら、と生きたいところであった。
慣れないデジカメで赤い月を撮る、だいじょうぶかな?
フィルムカメラも用意していたのだがNikkor50/F1.2は内部に大きなカビ発生、こりゃだめだ。
オリオンを入れて赤い月を撮るのだが、デジカメのバルブ/長時間露光というものがよくわからない。がちゃがちゃといじっているウチになにがしか写ってはいるようだ。三脚ねじも大ねじしかなく小ねじをやっとこさ探しての撮影であった。
夜中の1時頃までなのでこの辺で、ということにしたい。
23時。
月食は視野からずれてしまうだろう。
8時ころ薄雲発生、これはだめかなー。
と思いきや食の開始の9時ころより雲が無くなる。
10時20分頃ついに"赤い月"をおがむ。
赤い月とオリオン。
寒くてまいったがたぎびでもして一杯やりながら、と生きたいところであった。
慣れないデジカメで赤い月を撮る、だいじょうぶかな?
フィルムカメラも用意していたのだがNikkor50/F1.2は内部に大きなカビ発生、こりゃだめだ。
オリオンを入れて赤い月を撮るのだが、デジカメのバルブ/長時間露光というものがよくわからない。がちゃがちゃといじっているウチになにがしか写ってはいるようだ。三脚ねじも大ねじしかなく小ねじをやっとこさ探しての撮影であった。
夜中の1時頃までなのでこの辺で、ということにしたい。
23時。
2011年12月9日金曜日
新聞の囲み記事からだが
アメリカの大学がネズミの実験で、自分にメリットがあるわけでもないのに困っている仲間を助けるという行動を取り得る"感情"をもっているということがわかったそうだ。
文章はないと思うが"言葉、信号相当の合図"はもっているのだろう。
自分だけよければいいと考えるわけではない、というところがすごいな。
こういう"ボランティア精神"は人間だけの専売特許かと思っていたがそうでもないということか。
やたらと人間様の正反対の行いが目立ってしょうがない。
自分だけ良ければ・・・。
朝雨だったので刈り取り中止。
脱穀する。
実は今朝、昨晩寒かったせいか猫のように丸まって寝たためか腰・背骨がいたくて起き上がれなかった。
やっとこさ起き上がり仕事を始め、なんとか普通に・・普通の痛さに・・・戻ったのは2時間くらいしてからだろう。
単純な"睡眠姿勢の不適切"からきたものだと思うが、年かなと考えた。
脱穀の時は普通にもどっていた。
真央ちゃんも大変だな。
なんにも手がつかないと思う・・・よくわかる。
お母さんの所にいてあげてください。
文章はないと思うが"言葉、信号相当の合図"はもっているのだろう。
自分だけよければいいと考えるわけではない、というところがすごいな。
こういう"ボランティア精神"は人間だけの専売特許かと思っていたがそうでもないということか。
やたらと人間様の正反対の行いが目立ってしょうがない。
自分だけ良ければ・・・。
朝雨だったので刈り取り中止。
脱穀する。
実は今朝、昨晩寒かったせいか猫のように丸まって寝たためか腰・背骨がいたくて起き上がれなかった。
やっとこさ起き上がり仕事を始め、なんとか普通に・・普通の痛さに・・・戻ったのは2時間くらいしてからだろう。
単純な"睡眠姿勢の不適切"からきたものだと思うが、年かなと考えた。
脱穀の時は普通にもどっていた。
真央ちゃんも大変だな。
なんにも手がつかないと思う・・・よくわかる。
お母さんの所にいてあげてください。
2011年12月8日木曜日
問屋さんが来て
東北は大変だけど取引は・・・、と聞くと「平素の付き合いがあるのでつまり永い付き合いを考えるともちろんきちんとしたデータのもとに契約栽培等は打ち切りません」とのことだった。
目先のことにとらわれて我が身の安全ということを優先しているメーカー・小売業がほとんどだがこの"苦しいときこそ"という商道徳がどこまで生きられるか・・・。
学校給食は全面的に放射能拒否のようだがこれはいたしかたなくもある、過剰反応だが。
西の大豆は高くなる。
したがって給食大豆の産地は全国的にカナダかアメリカとなるであろう。
放射能か農薬かという選択で社会全般が農薬を取ることになる。
思えば久米宏のニュースステーション発端の所沢のダイオキシン騒動のときに似ているところがある。風評の恐ろしさ。数値の根拠はあいまい。テレビは煽る。
もっとも産廃業者に土地を貸したのも農家ということを考えると、あの事件はいったい何だったのだろうか・・・。
話か゜ずれてきたな。
何はともあれ微力ながら東北は応援していく。ウチの場合もっとも使用量が多いのが長野県駒ヶ根のもので25年前からの契約になるが、それ以外のア・ラ・カルトはあちこちのを使っていて東北のものが多い。宮城と山形が多いがデータさえきちんとさせて国の基準ではなく通常の計測限界20ベクレル程度の大豆使用ものは説明付きで店頭に並べればよい。製品に加工してどの程度残留・薄まるかが大桃さんの実験で明らかになってくると思う。
ちなみに埼玉県は今のところ県の計測値は各所で20ベクレル以下となっている。
"ともだち"御用達のものはすべて自家農園になる。
受注・産地指定のものはそれに従う・・ただし契約の長野のもの以外は手にはいりにくくなると思う。大豆持ち込みだと助かるが。
きょうは雨のため刈り取り無し。
年末近しということで脱穀はやめて床屋さん。
この床屋さんは前にも書いたようにプロはだしの写真家。
胃ガンをやってからは高い山や遠くへはでかけなくなってしまったが近所にもいくらでもいい風景写真の被写体があることを教えてくれる。
鏡の脇にあるスペースの写真を眺めるのが楽しみである。
今回のは長瀞のもみじ公園とかいうところや滝が被写体だった。
ありがとう。
目先のことにとらわれて我が身の安全ということを優先しているメーカー・小売業がほとんどだがこの"苦しいときこそ"という商道徳がどこまで生きられるか・・・。
学校給食は全面的に放射能拒否のようだがこれはいたしかたなくもある、過剰反応だが。
西の大豆は高くなる。
したがって給食大豆の産地は全国的にカナダかアメリカとなるであろう。
放射能か農薬かという選択で社会全般が農薬を取ることになる。
思えば久米宏のニュースステーション発端の所沢のダイオキシン騒動のときに似ているところがある。風評の恐ろしさ。数値の根拠はあいまい。テレビは煽る。
もっとも産廃業者に土地を貸したのも農家ということを考えると、あの事件はいったい何だったのだろうか・・・。
話か゜ずれてきたな。
何はともあれ微力ながら東北は応援していく。ウチの場合もっとも使用量が多いのが長野県駒ヶ根のもので25年前からの契約になるが、それ以外のア・ラ・カルトはあちこちのを使っていて東北のものが多い。宮城と山形が多いがデータさえきちんとさせて国の基準ではなく通常の計測限界20ベクレル程度の大豆使用ものは説明付きで店頭に並べればよい。製品に加工してどの程度残留・薄まるかが大桃さんの実験で明らかになってくると思う。
ちなみに埼玉県は今のところ県の計測値は各所で20ベクレル以下となっている。
"ともだち"御用達のものはすべて自家農園になる。
受注・産地指定のものはそれに従う・・ただし契約の長野のもの以外は手にはいりにくくなると思う。大豆持ち込みだと助かるが。
きょうは雨のため刈り取り無し。
年末近しということで脱穀はやめて床屋さん。
この床屋さんは前にも書いたようにプロはだしの写真家。
胃ガンをやってからは高い山や遠くへはでかけなくなってしまったが近所にもいくらでもいい風景写真の被写体があることを教えてくれる。
鏡の脇にあるスペースの写真を眺めるのが楽しみである。
今回のは長瀞のもみじ公園とかいうところや滝が被写体だった。
ありがとう。
2011年12月7日水曜日
通り魔事件が
伝染しているみたいだ。
むしゃくしゃした気持ちがあおられるのだろうか。
ただ「猫の首・・・」は病気の世界で宗教心抜きでもこういう"傾向"は人間本来にそなわっているものではないと考える・・・。
戦争の現場における煽られた狂気みたいなものは普通の人間には比較的起こりやすい感情なのかもしれないが、このニュースのような平和時の異常行動にはなにか導くものがあっての習慣化が感じられる。
戦争時・平和時の区別無く"極端"に走ろうとしているときに"ちょいと待てよ"と働く中庸の"システム"をこころの中にもつことが大切なことなのだが・・・。
異常を単純に異常と決めつけて終わりではなく、こころの歪みから始まってそういう結果にいたる犯罪者の"論理"について深く洞察しなければならないと思う。
きょうは12/07。クリスマスまで18日。
なんとかきちんと刈り取りしたい、・・・がいささか心労と肉体疲労でまいった、まいった。
たき火をしながら、月食の写真でも撮りながら一杯やりたいところだけどね。
むしゃくしゃした気持ちがあおられるのだろうか。
ただ「猫の首・・・」は病気の世界で宗教心抜きでもこういう"傾向"は人間本来にそなわっているものではないと考える・・・。
戦争の現場における煽られた狂気みたいなものは普通の人間には比較的起こりやすい感情なのかもしれないが、このニュースのような平和時の異常行動にはなにか導くものがあっての習慣化が感じられる。
戦争時・平和時の区別無く"極端"に走ろうとしているときに"ちょいと待てよ"と働く中庸の"システム"をこころの中にもつことが大切なことなのだが・・・。
異常を単純に異常と決めつけて終わりではなく、こころの歪みから始まってそういう結果にいたる犯罪者の"論理"について深く洞察しなければならないと思う。
きょうは12/07。クリスマスまで18日。
なんとかきちんと刈り取りしたい、・・・がいささか心労と肉体疲労でまいった、まいった。
たき火をしながら、月食の写真でも撮りながら一杯やりたいところだけどね。
2011年12月6日火曜日
湯たんぽのせいか
ストレスのせいかわからないがきのうは睡眠不足。
湯たんぽは蹴飛ばされて外に出ていた。
電子カーペット同様"使い方"があるようだ。
刈り取り途中の3時頃から雨。
家に帰り脱穀。
この品種はぱんぱんとはいえまだせだいぶ青いうちに刈り取ったものであるが乾燥時しょっちゅう動かしてやっていたせいか豆はきれいにできあがっている。予想外である。
計画的刈り取りの時間配分はやっかいな問題である。
完全なできあがりを待っていたのではとても片付けられるものではない。
締め切りがあるのだ。
鑑定団で新制作の創立メンバーの佐藤敬の婦人像が出ていた。
プロフィールの"迷いの時期"は相原さんが迷っていたころの画風と似通っているところもあり興味を引いた。
それにしてもすごいひとたちがごろごろしていたんだな、ここには。
湯たんぽは蹴飛ばされて外に出ていた。
電子カーペット同様"使い方"があるようだ。
刈り取り途中の3時頃から雨。
家に帰り脱穀。
この品種はぱんぱんとはいえまだせだいぶ青いうちに刈り取ったものであるが乾燥時しょっちゅう動かしてやっていたせいか豆はきれいにできあがっている。予想外である。
計画的刈り取りの時間配分はやっかいな問題である。
完全なできあがりを待っていたのではとても片付けられるものではない。
締め切りがあるのだ。
鑑定団で新制作の創立メンバーの佐藤敬の婦人像が出ていた。
プロフィールの"迷いの時期"は相原さんが迷っていたころの画風と似通っているところもあり興味を引いた。
それにしてもすごいひとたちがごろごろしていたんだな、ここには。
2011年12月5日月曜日
パールハーバー70年。
我が国戦死者300万人の第二次大戦はもっときちんと語られて欲しい。
視点の偏りはどうしても否めないがいろんなひとの思いを語り継いで欲しい。
戦地では強い立場にあるものは理性というものがはたらかないのだろう。
こないだの局長のような発言がこころより出たものとなってしまうのが現場なのかもしれない、・・・ただ生まれと育ちのいやしさは丸出しだが。
狂った世界だ。
父、転院。
今日までいた都立の病院の同じ部屋に先週の金曜日から近所のお世話になっていたおじさんが入院していたとのこと、きょう後片付けをしている妹のところに向こうのお嬢様があいさつに・・・。
毎日行っていたのにまったく気づかなかった。となりのベッドの付き添いの奥様とはよく話したが・・・ご主人の本家がやっぱり、うちの近所。
きょうは時間が少なかったがことしの最重点品種の残りをすべて片付けた。あしたの午後はまた雨らしい。
仕事の帰り、冷たい空気に浮かぶお月様に向かい合っている(たぶん)恒星との構図がよかった。ちょっと離れすぎかなとも思ったが家に帰って庭の樫の木を間に入れた構図がとても心地よかった。ちょいと寒いお月見となる。数日後の満月はたしか皆既月食だったと思うのだが。
視点の偏りはどうしても否めないがいろんなひとの思いを語り継いで欲しい。
戦地では強い立場にあるものは理性というものがはたらかないのだろう。
こないだの局長のような発言がこころより出たものとなってしまうのが現場なのかもしれない、・・・ただ生まれと育ちのいやしさは丸出しだが。
狂った世界だ。
父、転院。
今日までいた都立の病院の同じ部屋に先週の金曜日から近所のお世話になっていたおじさんが入院していたとのこと、きょう後片付けをしている妹のところに向こうのお嬢様があいさつに・・・。
毎日行っていたのにまったく気づかなかった。となりのベッドの付き添いの奥様とはよく話したが・・・ご主人の本家がやっぱり、うちの近所。
きょうは時間が少なかったがことしの最重点品種の残りをすべて片付けた。あしたの午後はまた雨らしい。
仕事の帰り、冷たい空気に浮かぶお月様に向かい合っている(たぶん)恒星との構図がよかった。ちょっと離れすぎかなとも思ったが家に帰って庭の樫の木を間に入れた構図がとても心地よかった。ちょいと寒いお月見となる。数日後の満月はたしか皆既月食だったと思うのだが。
2011年12月4日日曜日
いい天気だが
寒かった。
乾し場の片付けと刈り取り、だいぶ片付いた。
ただだいぶ腰がいたい。
車を運転しているときの振動がだいぶこたえる。
夕飯がひもかわでそれに青ヶ島の鬼辛(おにから)、うまかった。
ここのところ毎日のようにこのからいのをつけて食べている。
青いのと赤いのとあり。
乾し場の片付けと刈り取り、だいぶ片付いた。
ただだいぶ腰がいたい。
車を運転しているときの振動がだいぶこたえる。
夕飯がひもかわでそれに青ヶ島の鬼辛(おにから)、うまかった。
ここのところ毎日のようにこのからいのをつけて食べている。
青いのと赤いのとあり。
2011年12月3日土曜日
早朝、
遠方より友来る、ありがたいことだ。
動けないながらも映像は拒否して毎日講談を聞いている父。
ソース探しで大変だ。
午後ずっと脱穀。
午前の雨で濡れてしまった乾し場もある。
9時前のつなぎ番組で「生きるを伝える」。
奥様の闘病をきっかけに脱サラで闘病記の本中心の古書店経営者。
わずか数分の映像の中に「生きる」がいっぱいつまっていた。
先に逝ったひとは「生きる」を伝えるメッセンジャー。
先に逝ったひとは師でもある。
さまざまな「生きる」ヒントを与えてくださる先輩たちにありがとう。
語らなくても伝わってくる。
語っても伝わってこない商売・説教しているひとがきょうもあちこちで営業中。
ハウ・ツー。
動けないながらも映像は拒否して毎日講談を聞いている父。
ソース探しで大変だ。
午後ずっと脱穀。
午前の雨で濡れてしまった乾し場もある。
9時前のつなぎ番組で「生きるを伝える」。
奥様の闘病をきっかけに脱サラで闘病記の本中心の古書店経営者。
わずか数分の映像の中に「生きる」がいっぱいつまっていた。
先に逝ったひとは「生きる」を伝えるメッセンジャー。
先に逝ったひとは師でもある。
さまざまな「生きる」ヒントを与えてくださる先輩たちにありがとう。
語らなくても伝わってくる。
語っても伝わってこない商売・説教しているひとがきょうもあちこちで営業中。
ハウ・ツー。
2011年12月2日金曜日
湯たんぽ初稼働。
午前中みぞれが混じることもあった。
午後ずーっと脱穀。
父の転院の電話あり、通院していた病院へとのこと。
気がかりなことがあると何をやっても集中できないものだ。
由紀さおりさんがアメリカではやっているとのこと、しかも日本語で歌ってのこと。
最近の若い人たちの間に何がはやっているのかわからないがノスタルジーからなのか、自然と導き出された結果なのか?
(西洋音楽)クラシックの世界では、"最前衛にいる"という自負心からか"旋律の美しさとか心地よいテンポ、和声"などというものはとうの昔に捨て去られ"前の時代になかったもの"を追い求めた苦しい芸術家かたぎによって袋小路に追い込まれたような感じになっている。こういった自意識の強いジャズも先鋭的なひとたちは同じことで苦しんでいる。
書くひとたちには、カネは縁はない。
再生演奏家はエンターテインメントに堕している。
美術や文学と違って音楽の"袋小路脱出"はむつかしいように思える。
気楽に繰り返していけばいいのかな。
ガムランのように心地よく永遠に繰り返されていける繰り返しの営みでいいのかもしれない。
今、私たちの「旋律やテンポ」に対する心地よさの基準は完全に西欧化(洗脳)された音感性に従っている。
外に門戸を開いた国はことごとく西欧音楽に洗脳されてしまっている。
ではそれ以外の音楽に他国を支配する力があるかいなかといったら、たぶん否と一笑に付されてしまうだろう。それほど西洋音楽は堅固で強力である。だれもが認めざるを得ない論理性を強くもっている。
"新しい音楽"というものがどうやって創出されていくのかは100年200年たっても・・・、かもしれない。
グレゴリア聖歌より1000年。
本道、アンチテーゼとしての"邪道"まで含めてその音楽ワールドは敵なしと言わざるを得ない。
"芸術"を意識しない"大衆"音楽がいい。
どっちも大切だ。
落ち込んだときだけどポール・マッカートニーとジョン・レノンの素朴な歌い方に涙した。
人類がずーっともってきたであろう"うたごころ、さけび"をきちんともっている。
由紀さおりとお姉さんのデュエットも大好き。
川口京子さん童謡いや同様美しい日本語のうたを聞かしてくださるかたたちだ。
午後ずーっと脱穀。
父の転院の電話あり、通院していた病院へとのこと。
気がかりなことがあると何をやっても集中できないものだ。
由紀さおりさんがアメリカではやっているとのこと、しかも日本語で歌ってのこと。
最近の若い人たちの間に何がはやっているのかわからないがノスタルジーからなのか、自然と導き出された結果なのか?
(西洋音楽)クラシックの世界では、"最前衛にいる"という自負心からか"旋律の美しさとか心地よいテンポ、和声"などというものはとうの昔に捨て去られ"前の時代になかったもの"を追い求めた苦しい芸術家かたぎによって袋小路に追い込まれたような感じになっている。こういった自意識の強いジャズも先鋭的なひとたちは同じことで苦しんでいる。
書くひとたちには、カネは縁はない。
再生演奏家はエンターテインメントに堕している。
美術や文学と違って音楽の"袋小路脱出"はむつかしいように思える。
気楽に繰り返していけばいいのかな。
ガムランのように心地よく永遠に繰り返されていける繰り返しの営みでいいのかもしれない。
今、私たちの「旋律やテンポ」に対する心地よさの基準は完全に西欧化(洗脳)された音感性に従っている。
外に門戸を開いた国はことごとく西欧音楽に洗脳されてしまっている。
ではそれ以外の音楽に他国を支配する力があるかいなかといったら、たぶん否と一笑に付されてしまうだろう。それほど西洋音楽は堅固で強力である。だれもが認めざるを得ない論理性を強くもっている。
"新しい音楽"というものがどうやって創出されていくのかは100年200年たっても・・・、かもしれない。
グレゴリア聖歌より1000年。
本道、アンチテーゼとしての"邪道"まで含めてその音楽ワールドは敵なしと言わざるを得ない。
"芸術"を意識しない"大衆"音楽がいい。
どっちも大切だ。
落ち込んだときだけどポール・マッカートニーとジョン・レノンの素朴な歌い方に涙した。
人類がずーっともってきたであろう"うたごころ、さけび"をきちんともっている。
由紀さおりとお姉さんのデュエットも大好き。
川口京子さん童謡いや同様美しい日本語のうたを聞かしてくださるかたたちだ。
2011年12月1日木曜日
一日中霧雨ふったりやんだり。
大豆の株はしめっているので刈り取りは無理。
脱穀3時間。
結構疲れる。
3時間で刈り取ったものは脱穀には5-6時間はかかるだろう。
楽しいけど結構効率は良くない。
パソコンがなんかのろくなってきた。
湯豆腐がうまかった。
第一次世界大戦後にアメリカの指導者が口走ったひとことにかの国の対海外政策のすべてが語られている。
America will not rule the world, we will just own it.
ああ、TPP。
脱穀3時間。
結構疲れる。
3時間で刈り取ったものは脱穀には5-6時間はかかるだろう。
楽しいけど結構効率は良くない。
パソコンがなんかのろくなってきた。
湯豆腐がうまかった。
第一次世界大戦後にアメリカの指導者が口走ったひとことにかの国の対海外政策のすべてが語られている。
America will not rule the world, we will just own it.
ああ、TPP。
2011年11月30日水曜日
普段こころにあるもの、
考えつづけていることは、言ってはいけないときにも、つい出てしまうもの。
これが失言だが当人にとってはただふだん考えていることに過ぎない。
つまりこういうひとたちが影響力を持った高いポジションにあること自体がまちがっている。
飲み会に行けば仲間内で当然今回のようなことをしゃべっていたのだろう。
防衛庁というのは昔なら武人の集団だろうがこんなのとても"武士"とは言えない。
こんな程度の人間の集団なのだろうか。
税金のずるい使い方のからくりは仕分け云々では何も見抜けない頭のいーいひとちたちの自家薬籠中のなんとやらなのかもしれないが、地震のどさくさでさまざまの吸い上げシステムが発動・強化されていくのをみると、この国に納税という遵法精神が軽視されがちなのは政治・行政のせいだなとすぐ理解できる。
各種審議会と同様"仕分け"は単に「国民(市民)の意見を聞きました」というお飾りイベントにすぎない。
小澤征爾と村上春樹という"最高"の・・・の対談本が出るそうだ。
えへへへ。
明日から12月。
うーむ、間に合うだろうか?といろいろ計算してみるが・・・。あしたから3日間雨。
たぶん全体の6割は刈り取ってしまっていると思う。
葉っぱ落としがつまり青枯れが少なくなっていくので刈ってすぐ車に放りこめるということなので作業性は12月はとてもよい。
ここはがんばるしかない。
これが失言だが当人にとってはただふだん考えていることに過ぎない。
つまりこういうひとたちが影響力を持った高いポジションにあること自体がまちがっている。
飲み会に行けば仲間内で当然今回のようなことをしゃべっていたのだろう。
防衛庁というのは昔なら武人の集団だろうがこんなのとても"武士"とは言えない。
こんな程度の人間の集団なのだろうか。
税金のずるい使い方のからくりは仕分け云々では何も見抜けない頭のいーいひとちたちの自家薬籠中のなんとやらなのかもしれないが、地震のどさくさでさまざまの吸い上げシステムが発動・強化されていくのをみると、この国に納税という遵法精神が軽視されがちなのは政治・行政のせいだなとすぐ理解できる。
各種審議会と同様"仕分け"は単に「国民(市民)の意見を聞きました」というお飾りイベントにすぎない。
小澤征爾と村上春樹という"最高"の・・・の対談本が出るそうだ。
えへへへ。
明日から12月。
うーむ、間に合うだろうか?といろいろ計算してみるが・・・。あしたから3日間雨。
たぶん全体の6割は刈り取ってしまっていると思う。
葉っぱ落としがつまり青枯れが少なくなっていくので刈ってすぐ車に放りこめるということなので作業性は12月はとてもよい。
ここはがんばるしかない。
2011年11月29日火曜日
錯覚サギもここまでくると・・・。
Yamasheta, Ninoka・・・何だと思う?
カメラです。
某オークションに4台まとめて出ていたものだが愉快な偽物だ。
どこの国で作られたかはすぐわかるけど戦後の日本はこんなことはしなかった。
ジョークとしてほめておこう。
Yamasheta=Yashica, Ninoka=NikonまたはNeokaのこと。
Yamashetaは自分にはいいなあ。
福島の避難区域害で出た汚染米のニュースで、生産者が「(消費者の)皆様にご迷惑をおかけして・・・」。
こんなことを言わせてはいけない。自分の作ったものに"汚染"などという形容詞をつけることもどんなにそのひとのこころを傷つけることだろうか。
役所や東電を越えて、国民の問題としてみんなで助けてあげなければならないときなのに・・・。
TPPと併せて大変な問題をかかえてしまったものだ。
狭山茶のしにせがまた廃業、2軒目。
カメラです。
某オークションに4台まとめて出ていたものだが愉快な偽物だ。
どこの国で作られたかはすぐわかるけど戦後の日本はこんなことはしなかった。
ジョークとしてほめておこう。
Yamasheta=Yashica, Ninoka=NikonまたはNeokaのこと。
Yamashetaは自分にはいいなあ。
福島の避難区域害で出た汚染米のニュースで、生産者が「(消費者の)皆様にご迷惑をおかけして・・・」。
こんなことを言わせてはいけない。自分の作ったものに"汚染"などという形容詞をつけることもどんなにそのひとのこころを傷つけることだろうか。
役所や東電を越えて、国民の問題としてみんなで助けてあげなければならないときなのに・・・。
TPPと併せて大変な問題をかかえてしまったものだ。
狭山茶のしにせがまた廃業、2軒目。
2011年11月28日月曜日
放射能汚染された大豆を
豆腐に加工してどのくらい商品に放射能が移行するかの実験を池袋の大桃さんと東京農大の研究チームが実験するとのことを聞く。
ボランティアなのだが、こんなことは国費でやんなきゃいけないよな。
もっとも国のデータというものは信憑性が低いということか。
マーク・トウェインが
There are lies, damn lies, and statistics.
といったことは有名だが為政者とは自分の地位安泰のために操作するのが古今東西違うことのない真実なのだろう。
ついで情報だが、しいたけが汚染されている原因は原木の出所が同じでしかもそれはタネになる菌まで植え付けての売買というシステムが原因とのことだ。
長野県の原木ということだが長野県がそんなに・・・と理解に苦しむのだが。
きのうは夜中にまた足がつってしまった。
どういう姿勢をしていたらいいのか悩みながら一時間以上は眠れない。
筋肉痛からだとは思うのだが。
こちとしの紅・黄葉は木による時間差抜きにみんないっせいに紅・黄葉している感じ。
H老人ホームの一本の若い楓が毎年美しい紅葉を披露してくれるのだがことしもきれいに始まった。
そばが道路になるとかでひょっとしたら・・・と思っていたがかすかに外れて残ってくれた。
ただこういうものは"周辺"のセッティングも美しさの一部なのでやや幻滅はしているのだが。
あしたは雨か。
一部十分乾燥したものがあるので脱穀しよう。
ボランティアなのだが、こんなことは国費でやんなきゃいけないよな。
もっとも国のデータというものは信憑性が低いということか。
マーク・トウェインが
There are lies, damn lies, and statistics.
といったことは有名だが為政者とは自分の地位安泰のために操作するのが古今東西違うことのない真実なのだろう。
ついで情報だが、しいたけが汚染されている原因は原木の出所が同じでしかもそれはタネになる菌まで植え付けての売買というシステムが原因とのことだ。
長野県の原木ということだが長野県がそんなに・・・と理解に苦しむのだが。
きのうは夜中にまた足がつってしまった。
どういう姿勢をしていたらいいのか悩みながら一時間以上は眠れない。
筋肉痛からだとは思うのだが。
こちとしの紅・黄葉は木による時間差抜きにみんないっせいに紅・黄葉している感じ。
H老人ホームの一本の若い楓が毎年美しい紅葉を披露してくれるのだがことしもきれいに始まった。
そばが道路になるとかでひょっとしたら・・・と思っていたがかすかに外れて残ってくれた。
ただこういうものは"周辺"のセッティングも美しさの一部なのでやや幻滅はしているのだが。
あしたは雨か。
一部十分乾燥したものがあるので脱穀しよう。
2011年11月27日日曜日
家の裏一枚が
ほぼきれいになる。
葛飾と麻布から応援2名。
よく働いてくれた。
ささやかながら家にて飲み会、久しぶりだ。
いつもの電話病が出る。
畑で君津の半澤さんのことが話題になる。
大豆自然農の窮極の"繰り返し"ら達した方である。
いつかお会いして聞いてみたいことがたくさんある。
まったく目立たないが孤高の大豆栽培法を築いた方である。
葛飾と麻布から応援2名。
よく働いてくれた。
ささやかながら家にて飲み会、久しぶりだ。
いつもの電話病が出る。
畑で君津の半澤さんのことが話題になる。
大豆自然農の窮極の"繰り返し"ら達した方である。
いつかお会いして聞いてみたいことがたくさんある。
まったく目立たないが孤高の大豆栽培法を築いた方である。
2011年11月26日土曜日
総枯れの
3反弱にとりかかる。
美しく枯れている、青枯れはほとんどない。
12月5日くらいまでにまでに終わるかな?
仕事から帰ると義肢で陸上をやっている女の子がテレビに出ていた。
目指すもの・テーマをしっかりもっている女の子の目は輝いていた。
元気づけられる。
・・・と、ここまで書いて三重県熊野市出身でお客様のNさんからいただいたこぶし大のみかんを食べる・・・とこれがうまい。
彼女の言で「今売っているみかんは甘いだけで・・・」からくる先入観から酸っぱいのかと予想していたら、なんととても甘い。しかも単純に甘いというのではなく"切れ"があるのである。
うれしくていてもたってもいられず彼女に電話する。
ほんとにうまい。
味がいっぱいつまっているのである、昔のみかんなのよとのこと。
みかんに元気づけられた一瞬である。
総理大臣や湯川秀樹以外のノーベル賞受賞者よりもはるかに自分にとってはかけがえのない"ものつくり"に出会えた。
こんなうまいみかんを残していてくれたひと・三重県の水や空気や土に・・・とどかないお礼を何度もこころでとなえてしまった。
ありがとう。
美しく枯れている、青枯れはほとんどない。
12月5日くらいまでにまでに終わるかな?
仕事から帰ると義肢で陸上をやっている女の子がテレビに出ていた。
目指すもの・テーマをしっかりもっている女の子の目は輝いていた。
元気づけられる。
・・・と、ここまで書いて三重県熊野市出身でお客様のNさんからいただいたこぶし大のみかんを食べる・・・とこれがうまい。
彼女の言で「今売っているみかんは甘いだけで・・・」からくる先入観から酸っぱいのかと予想していたら、なんととても甘い。しかも単純に甘いというのではなく"切れ"があるのである。
うれしくていてもたってもいられず彼女に電話する。
ほんとにうまい。
味がいっぱいつまっているのである、昔のみかんなのよとのこと。
みかんに元気づけられた一瞬である。
総理大臣や湯川秀樹以外のノーベル賞受賞者よりもはるかに自分にとってはかけがえのない"ものつくり"に出会えた。
こんなうまいみかんを残していてくれたひと・三重県の水や空気や土に・・・とどかないお礼を何度もこころでとなえてしまった。
ありがとう。
2011年11月25日金曜日
きのうは眠れなかった。
明日医師の説明があります・・・・、のひとことで。
畑は無心になることにつとめながら有る程度の成果があげられた刈り取りであった。
そのあと妹と"医師の説明"。
最悪の場合も含め、複数の進行の可能性、それに伴う治療法の説明・・・・。
ここまでていねいに語られるともう先生にお任せするしかない。
30台の医師と思われるが、この先生に託すしかない。
語りがすべてというか、語りとこちらとのやりとりに医師の思いがすべてあらわれている。
Mの時の担当教授(50台代とは天と地の差を感じた。
あとは祈るだけである。
畑は無心になることにつとめながら有る程度の成果があげられた刈り取りであった。
そのあと妹と"医師の説明"。
最悪の場合も含め、複数の進行の可能性、それに伴う治療法の説明・・・・。
ここまでていねいに語られるともう先生にお任せするしかない。
30台の医師と思われるが、この先生に託すしかない。
語りがすべてというか、語りとこちらとのやりとりに医師の思いがすべてあらわれている。
Mの時の担当教授(50台代とは天と地の差を感じた。
あとは祈るだけである。
2011年11月24日木曜日
お昼のテレビで
都心を上空から眺める番組があった。
杉並の消防車も入れないような密集地にはびっくりした。
隅田川両岸のむかしよく洪水を起こした"海抜ゼロメートル"地帯。
どこもかしこも危ない感じだ。
3.11の新宿の高層ビルの映像もやったが、200メートルの高さのビルの揺れをみていて寒気がした。中にいたひとは怖かったろうな。そしてガラスがあちこちで落ちだしたら・・・。
コメントした先生が「まちそのものを作り直すべきだ・・・」という杉並への意見は宜なるかなであった。
一軒の家を4分割して3階建てに・・・なんてのが大流行だが税制がらみでどうにもならないのかね。縦割り行政の戦後60年の産物を見た。
やや頭がいたい。
杉並の消防車も入れないような密集地にはびっくりした。
隅田川両岸のむかしよく洪水を起こした"海抜ゼロメートル"地帯。
どこもかしこも危ない感じだ。
3.11の新宿の高層ビルの映像もやったが、200メートルの高さのビルの揺れをみていて寒気がした。中にいたひとは怖かったろうな。そしてガラスがあちこちで落ちだしたら・・・。
コメントした先生が「まちそのものを作り直すべきだ・・・」という杉並への意見は宜なるかなであった。
一軒の家を4分割して3階建てに・・・なんてのが大流行だが税制がらみでどうにもならないのかね。縦割り行政の戦後60年の産物を見た。
やや頭がいたい。
2011年11月23日水曜日
落合監督が
キャンディーズのまねしてやっと普通の「初老のおじさん」になれただと。
同い年。
こういうジョークは飲み会では許されるけど国全体に向かってはやめなさい。
朝から忙しく朝ごはんは夕方4時、ややふらふらした。
同い年。
こういうジョークは飲み会では許されるけど国全体に向かってはやめなさい。
朝から忙しく朝ごはんは夕方4時、ややふらふらした。
2011年11月22日火曜日
埼玉県の
検査では大豆に関しては
http://www.pref.saitama.lg.jp/page/nousanbutsu-chousakekka.html
のような報告がされています。
先週はまだ出ていなかったような気がしますが今日見たら載っていました。
未検出の計測最低基準値は20ベクレル/kgなのでもっと細かいデータはクラブ生協さん等で調べているのでしょうか?
椎茸でなぜ出るのかというのはよくわかりませんが、今後調べ直しや関東のどこかで出れば関東平野全般の問題というふうに受け止められてしまうのでこのデータだけで安心はできないと思います。
足の裏が痛いと思っていたらきのう墜ちていたゆずの枯れ枝のとげを踏んづけたことを思い出した。とげは2㎝以上有るのでそうとういたかったと思うのだが動揺していたのであまり感じなかったのかもしれない。後になっていたい。
問屋さんからもらった丹波の黒豆カビ生えや物置にずっとほっぽらかしてあった埼玉在来の茶豆を肥料目的ではたけに蒔いておいたのだが、黒豆は無変化だったのに対して2年以上前と思われる茶豆の一部が発芽していた。生命力に驚く。
http://www.pref.saitama.lg.jp/page/nousanbutsu-chousakekka.html
のような報告がされています。
先週はまだ出ていなかったような気がしますが今日見たら載っていました。
未検出の計測最低基準値は20ベクレル/kgなのでもっと細かいデータはクラブ生協さん等で調べているのでしょうか?
椎茸でなぜ出るのかというのはよくわかりませんが、今後調べ直しや関東のどこかで出れば関東平野全般の問題というふうに受け止められてしまうのでこのデータだけで安心はできないと思います。
足の裏が痛いと思っていたらきのう墜ちていたゆずの枯れ枝のとげを踏んづけたことを思い出した。とげは2㎝以上有るのでそうとういたかったと思うのだが動揺していたのであまり感じなかったのかもしれない。後になっていたい。
問屋さんからもらった丹波の黒豆カビ生えや物置にずっとほっぽらかしてあった埼玉在来の茶豆を肥料目的ではたけに蒔いておいたのだが、黒豆は無変化だったのに対して2年以上前と思われる茶豆の一部が発芽していた。生命力に驚く。
2011年11月21日月曜日
空気が冬に近づいてきた。
手も荒れてきた。
朝晩は寒い。
刈り取り少々。間に合うかな?
南側に住宅があって陰になってしまう部分でもそれなりに収穫ができることがわかる。
ことし初めてこういうことになったような気がする。
普通は青枯れとか゜ったんこさやになってしまうのだが。
桜が紅葉し始めている。
普通だともう散っていると思うのだが。
楓が赤くなり始める。
朝晩は寒い。
刈り取り少々。間に合うかな?
南側に住宅があって陰になってしまう部分でもそれなりに収穫ができることがわかる。
ことし初めてこういうことになったような気がする。
普通は青枯れとか゜ったんこさやになってしまうのだが。
桜が紅葉し始めている。
普通だともう散っていると思うのだが。
楓が赤くなり始める。
2011年11月20日日曜日
2011年11月19日土曜日
一日中雨だろうか。
膝と腰がいたい。
左足はしびれる。
父は"力が出ない"で起き上がれない、這うこともできない。
朝からまいったまいった。
永六輔も転倒して骨折、手術のようだ。
お昼に見た屋久島チラリがよかった。
いつかは登ってみたいと思っているが予備日を相当とらないと無理なところで、よく一年のうち400日雨が降るという気象。2週間ぐらい休む必要があるだろう。青ヶ島の倍は日数がかかりそう。
じっくりと滞在しないととてもじゃないが・・・・。
雨なので東京大豆脱穀。
きれいな部類に入る、つまり虫食い・ひからび等が少ない品種である。
左足はしびれる。
父は"力が出ない"で起き上がれない、這うこともできない。
朝からまいったまいった。
永六輔も転倒して骨折、手術のようだ。
お昼に見た屋久島チラリがよかった。
いつかは登ってみたいと思っているが予備日を相当とらないと無理なところで、よく一年のうち400日雨が降るという気象。2週間ぐらい休む必要があるだろう。青ヶ島の倍は日数がかかりそう。
じっくりと滞在しないととてもじゃないが・・・・。
雨なので東京大豆脱穀。
きれいな部類に入る、つまり虫食い・ひからび等が少ない品種である。
2011年11月18日金曜日
東京大豆完了。
青枯れ10株以内でほぼ完璧な枯れ方をしていた。
仕事から帰ってくると女子バレー。対アメリカ戦。
あんなにでい子がいるかと思ったらあんなにちいさい子も・・レシーブ専門のなんとかといっていた。
190ぐらいあるであろうエースアタッカーはきれいな子だ。
結局・・・日本が勝った、バンザーイ。
政治家だけがアメリカに勝てないのかね。
大豆は戦後すぐに関税のなくなった作物だが国の補助金政策で末端価格はおおむね1対1.5程度の価格差までちぢまっている。ただし不作の時はこうはいかずその差は大きくなる。
30キロが単位で運ばれてくるわけだが輸入4000円に対して国産6000円である。
ただし契約栽培だとこれに+αが付き、さらに無農薬とか珍品となると15000円以上となる。
お米は7-8倍程度かかっている関税がとり払われるとカリフォルニア米は10キロ500円くらいからといわれている。
大豆と同じくらいの価格差で操作しようとするとお米は1000円が限界高値となるだろうか。
現行との価格差を補填するためには10キロあたり3000-4000円は補助しないといけないだろう。
全部税金である。カリフォルニア米を選択しようがしまいが国産補助のために税金協力するわけである。
安いものが横行する中で安心・安全がうたい文句が売りの有機・無農薬が殿様商売できる保証はない。一般価格の10倍以上もする食品が買える階層ははたしかに存在するだろうが現実にそれを買おうとする行動にでるかは疑わしい。
金額そのものよりも倍率そのものによる。
大卒初任給1万程度、ニコンFが5-10万で買えた時代にライカM3が戦前と比べたらはるかにライカが安くなったとはいえ200万もしたのでは、それを買えた購買層はきわめて少なかったようにこんなに高い米など輸出で引き合いのバランスが得られるのだろうか。
供給過剰となるだろう。
また大規模化して低価格実現などということをめざしても"大規模"のレベルがそもそも全然違う。
太刀打ちできるわけがない。
補助金はTPPで減益を余儀なくされるものも含めた納税が原資になる。
TPPで゜もうかるものはもうかりっぱなしである。
代議士とは何をするひとなのかしらね。
仕事から帰ってくると女子バレー。対アメリカ戦。
あんなにでい子がいるかと思ったらあんなにちいさい子も・・レシーブ専門のなんとかといっていた。
190ぐらいあるであろうエースアタッカーはきれいな子だ。
結局・・・日本が勝った、バンザーイ。
政治家だけがアメリカに勝てないのかね。
大豆は戦後すぐに関税のなくなった作物だが国の補助金政策で末端価格はおおむね1対1.5程度の価格差までちぢまっている。ただし不作の時はこうはいかずその差は大きくなる。
30キロが単位で運ばれてくるわけだが輸入4000円に対して国産6000円である。
ただし契約栽培だとこれに+αが付き、さらに無農薬とか珍品となると15000円以上となる。
お米は7-8倍程度かかっている関税がとり払われるとカリフォルニア米は10キロ500円くらいからといわれている。
大豆と同じくらいの価格差で操作しようとするとお米は1000円が限界高値となるだろうか。
現行との価格差を補填するためには10キロあたり3000-4000円は補助しないといけないだろう。
全部税金である。カリフォルニア米を選択しようがしまいが国産補助のために税金協力するわけである。
安いものが横行する中で安心・安全がうたい文句が売りの有機・無農薬が殿様商売できる保証はない。一般価格の10倍以上もする食品が買える階層ははたしかに存在するだろうが現実にそれを買おうとする行動にでるかは疑わしい。
金額そのものよりも倍率そのものによる。
大卒初任給1万程度、ニコンFが5-10万で買えた時代にライカM3が戦前と比べたらはるかにライカが安くなったとはいえ200万もしたのでは、それを買えた購買層はきわめて少なかったようにこんなに高い米など輸出で引き合いのバランスが得られるのだろうか。
供給過剰となるだろう。
また大規模化して低価格実現などということをめざしても"大規模"のレベルがそもそも全然違う。
太刀打ちできるわけがない。
補助金はTPPで減益を余儀なくされるものも含めた納税が原資になる。
TPPで゜もうかるものはもうかりっぱなしである。
代議士とは何をするひとなのかしらね。
2011年11月17日木曜日
肘折温泉の記事
が夕刊の文化・生活欄に出ていてなつかしく思った。
なつかしいと言っても行ったことはない。
西に月山を仰ぐ古くからの湯治場である。
現在では歓楽温泉化しているのだろうか。
月山の登山コース中もっともロングではあるが充実の山行ができるものとして古くから知られている名コースである。
仙台の今は亡き及川さんとはそちらは断念し真南からの猛密藪のがま岩コース、途中できたての森林事務所小屋を東に別け、そのまま直登するコースだがおもしろかった。
お花畑に出てからが迷いやすいのだが、猛暑で融けていた万年雪の雪渓を経て月山神社へのものぐさルートに合流する。
肘折り方面の展望は・・・・記憶にない。
神社そばに咲いていたシラネアオイが記憶にやきついている。
東京大豆のほとんどを刈り取る、あと少し。
夕方お茶屋さんか゜来て世間話。
検査になんでお金がかかるんだろう・・・・そう、そのとおりだ。
新しいビジネスを始めたやからもいるとか。
こういう腐った人種はどこにでもいるもんだなと思った。
単純な話である。
なつかしいと言っても行ったことはない。
西に月山を仰ぐ古くからの湯治場である。
現在では歓楽温泉化しているのだろうか。
月山の登山コース中もっともロングではあるが充実の山行ができるものとして古くから知られている名コースである。
仙台の今は亡き及川さんとはそちらは断念し真南からの猛密藪のがま岩コース、途中できたての森林事務所小屋を東に別け、そのまま直登するコースだがおもしろかった。
お花畑に出てからが迷いやすいのだが、猛暑で融けていた万年雪の雪渓を経て月山神社へのものぐさルートに合流する。
肘折り方面の展望は・・・・記憶にない。
神社そばに咲いていたシラネアオイが記憶にやきついている。
東京大豆のほとんどを刈り取る、あと少し。
夕方お茶屋さんか゜来て世間話。
検査になんでお金がかかるんだろう・・・・そう、そのとおりだ。
新しいビジネスを始めたやからもいるとか。
こういう腐った人種はどこにでもいるもんだなと思った。
単純な話である。
2011年11月16日水曜日
あとひと月ちょっと
で刈り取りを片付けなければならない。
後半はいつもこんなで焦りどおしである。
あせりは疲れを倍増する、焦ってる最中は疲れなど意識できないが。
いよいよ車の荷台に直積みで刈り取り始める。
四輪駆動は畑の中に入れるので便利だ。左手親指付け根下のふくらみ部分が腱鞘炎のようだ。
刈り取りハサミの使いすぎである。
直すにはやめるしかないわけでそれはできない。
無肥料栽培7年目になるがことしは連作状態がどん底から上向き、それも一気に飛躍した年として考えていいのだろうか。
連作障害自体は畑の周辺部に"青枯れ"状態として数畝発生している。畑の中央から周辺部(といっても、ぐるりではない)へと映っていったわけだが来年はどういうことになるのか楽しみである。
粘土質のほうで去年畑になんにもならなかった一反は、発芽して5-10センチくらいするとすべて枯れてしまったのであるが、"大豆シスト線虫"の発生ではないかと言われた。
連作障害の最悪の事態といわれているもので、ふつうは土壌消毒しなさいというのが試験場等の指導なのであるが、ウチはなにもせず毎年のごとく落ち葉と脱穀殻とおからを蒔いてかき混ぜただけである。
ただし品種は変えた。
去年さらさら畑で゜反収295キロを記録した品種を蒔く。
それが大豊作となっている。
ただし枯れ方は去年のように全体がいっせいに黄葉・落葉という感じにはいかずばらばらにできあがっていった。青枯れもある。
一株に150-200さや、しかも中-大粒レベルの元気な豆が虫食い比率も低くたくさんついている株が中央部も含めあちこちに散見できる。
さらさら土畑ではは西端の3畝が青枯れとなっただけであとは完璧である。
無肥料栽培の安定期は青森の木村さんのりんごの場合は7-8年後とかいっていたように記憶するがこちとらの畑はどうなることやら。
とにかく今年は放射能の問題を覗けば万々歳なのだが。
方法論には自信がある(?)ので、どこへでも移動してもいいと思うのだがね。
後半はいつもこんなで焦りどおしである。
あせりは疲れを倍増する、焦ってる最中は疲れなど意識できないが。
いよいよ車の荷台に直積みで刈り取り始める。
四輪駆動は畑の中に入れるので便利だ。左手親指付け根下のふくらみ部分が腱鞘炎のようだ。
刈り取りハサミの使いすぎである。
直すにはやめるしかないわけでそれはできない。
無肥料栽培7年目になるがことしは連作状態がどん底から上向き、それも一気に飛躍した年として考えていいのだろうか。
連作障害自体は畑の周辺部に"青枯れ"状態として数畝発生している。畑の中央から周辺部(といっても、ぐるりではない)へと映っていったわけだが来年はどういうことになるのか楽しみである。
粘土質のほうで去年畑になんにもならなかった一反は、発芽して5-10センチくらいするとすべて枯れてしまったのであるが、"大豆シスト線虫"の発生ではないかと言われた。
連作障害の最悪の事態といわれているもので、ふつうは土壌消毒しなさいというのが試験場等の指導なのであるが、ウチはなにもせず毎年のごとく落ち葉と脱穀殻とおからを蒔いてかき混ぜただけである。
ただし品種は変えた。
去年さらさら畑で゜反収295キロを記録した品種を蒔く。
それが大豊作となっている。
ただし枯れ方は去年のように全体がいっせいに黄葉・落葉という感じにはいかずばらばらにできあがっていった。青枯れもある。
一株に150-200さや、しかも中-大粒レベルの元気な豆が虫食い比率も低くたくさんついている株が中央部も含めあちこちに散見できる。
さらさら土畑ではは西端の3畝が青枯れとなっただけであとは完璧である。
無肥料栽培の安定期は青森の木村さんのりんごの場合は7-8年後とかいっていたように記憶するがこちとらの畑はどうなることやら。
とにかく今年は放射能の問題を覗けば万々歳なのだが。
方法論には自信がある(?)ので、どこへでも移動してもいいと思うのだがね。
2011年11月15日火曜日
ヴァン・アイクの絵についての
おしゃべりを読んでいてソフトバンクの犬の出るコマーシャルを思い出した。
西欧の古い絵のなかに出てくる動物、花、果物、置物・・・等には寓意がこめられていて解釈の手伝いというお節介をするわけだが、ソフトバンクの犬におおきな(ちいさな)しゃれが込められているかいなかは私にはわからない。
発注者にのみ知ることだろう。
TPPともども笑いのネタとなっていると考えたくないのだが。
湯川秀樹は私の尊敬する学者の筆頭にあることは子供の時から今の今までその位置は微動だにしていない。
彼がある短文の中で「五十才を過ぎた頃から私の興味の範囲はひろがる一方であった。このころはおもしろいと思うことが多くなりすぎて困っている・・・」とかなんとかいう文章があったと思うが、それは彼が気が多かったというよりも"視座"が定まっていろんなことを自分の目・頭で覗いてみたいということだろう。好奇心の持続の発露の発言である。
自分の頭で考えるためにはある程度定まった"哲学"を築きあげていなければならない。
子供にすらそれなりの生成過程の哲学はみんなもっているはずである。
ここのところをくすぐり成長をうながす教育ができないところにこの国の不幸がある。
TPPによってあらゆるものがこわれる。
戦後の農地改革に始まったアメリカの日本農業破壊政策はここで大きな結末をつけることになる。
農業以外の想定ダメージはマスコミはほとんど語らない。
わかっていて書かないのか、あるいはたんにバカだからわからないのか。
今マスコミの指導的立場にあるひとたちが自分と似たような世代であることを思うと、道路の雨天右側無灯火走行自転車ドライバーの親たち(あるいは本人かもしれない)が自分の同世代だということとならんではずかしさこの上ないことである。
西欧の古い絵のなかに出てくる動物、花、果物、置物・・・等には寓意がこめられていて解釈の手伝いというお節介をするわけだが、ソフトバンクの犬におおきな(ちいさな)しゃれが込められているかいなかは私にはわからない。
発注者にのみ知ることだろう。
TPPともども笑いのネタとなっていると考えたくないのだが。
湯川秀樹は私の尊敬する学者の筆頭にあることは子供の時から今の今までその位置は微動だにしていない。
彼がある短文の中で「五十才を過ぎた頃から私の興味の範囲はひろがる一方であった。このころはおもしろいと思うことが多くなりすぎて困っている・・・」とかなんとかいう文章があったと思うが、それは彼が気が多かったというよりも"視座"が定まっていろんなことを自分の目・頭で覗いてみたいということだろう。好奇心の持続の発露の発言である。
自分の頭で考えるためにはある程度定まった"哲学"を築きあげていなければならない。
子供にすらそれなりの生成過程の哲学はみんなもっているはずである。
ここのところをくすぐり成長をうながす教育ができないところにこの国の不幸がある。
TPPによってあらゆるものがこわれる。
戦後の農地改革に始まったアメリカの日本農業破壊政策はここで大きな結末をつけることになる。
農業以外の想定ダメージはマスコミはほとんど語らない。
わかっていて書かないのか、あるいはたんにバカだからわからないのか。
今マスコミの指導的立場にあるひとたちが自分と似たような世代であることを思うと、道路の雨天右側無灯火走行自転車ドライバーの親たち(あるいは本人かもしれない)が自分の同世代だということとならんではずかしさこの上ないことである。
2011年11月14日月曜日
埼玉県の
放射能関連のお知らせをみてもまだ大豆については結果が出てないようだ。
ややぴりぴりしている。
基準なるものがどんなものであれ限りなくゼロに近くない限り風評被害は免れない。
ましてや基準ぎりぎりとでもなるともうアウトだろう。
関東一県でればほかも同様と言うことでいっしょくた。
半減期30×2程度クリアしなければ"安心安全日本農業"などということばもよそのお金持ちに対しては通用するわけがない。
農家の現場、特に東日本は行き場が見えない。
国策に乗っのてお小遣い頂き農業も仕事のあり方として・人間の生き方として腑に落ちない。
腐った生き方である。
国策というものは一過性である。
都合が悪くなればころりと変わる。
自分の身は自分で守るしかない。
国はだーれも守れやしない。
いや、強い者だけを守るようになっている。
松下幸之助の最後の我欲というものがはっきりと見えてきた今日この頃である。
ややぴりぴりしている。
基準なるものがどんなものであれ限りなくゼロに近くない限り風評被害は免れない。
ましてや基準ぎりぎりとでもなるともうアウトだろう。
関東一県でればほかも同様と言うことでいっしょくた。
半減期30×2程度クリアしなければ"安心安全日本農業"などということばもよそのお金持ちに対しては通用するわけがない。
農家の現場、特に東日本は行き場が見えない。
国策に乗っのてお小遣い頂き農業も仕事のあり方として・人間の生き方として腑に落ちない。
腐った生き方である。
国策というものは一過性である。
都合が悪くなればころりと変わる。
自分の身は自分で守るしかない。
国はだーれも守れやしない。
いや、強い者だけを守るようになっている。
松下幸之助の最後の我欲というものがはっきりと見えてきた今日この頃である。
2011年11月13日日曜日
きのうは
11時15分に北浦和を出て家に着いたのは深夜をちょっと回っていた。
昼間はNさんが家まで来てくれ畑で長話。
夜はやさしいボクサーたちといっしょに楽しいおしゃべり。
ボクサーってもっとえばっているひとたちかという先入観があったけどみんな優しいインテリたちだ。
葛飾と池袋の豆腐屋も参加してしかもお客もわんさわんさとやってきて自分たちのそばがなくなってしまうほどだった。
恵まれた付き合いが得られて幸せである。
第二ラウンドも眠たかったが"豆腐、安全"論が盛り上がっていてよかった、自分は3/4くらい眠っていた。
実は前日葛飾の新井さんは気仙沼に行っていて、津波で家もろともすべて流されてしまった仲間兼お弟子さんのところの再開開店の手伝いに行って帰ってきたところでくたくたのはずであった。
自分は酔うと相手かまわず電話する悪い癖があるのだが、気仙沼の大将にに電話してしまった。
この場を借りて失礼の段お詫び申し上げます。
いい師匠いい弟子の関係でうらやましいばかりである。
がんばって地域の人を豆腐で励ましてね。
けさはやや気持ち悪かった。
浦和の銘酒4合。
古酒45度一杯。
ピール1本。
ウーロンハイと紹興酒一杯ずつ。
そんなに多い量でもないはずだがけさはちょいと苦しかったが畑をやりだすころは快調。
腰はいたい。
でも適度に暑くいい汗かいたのでもとにもどったのかな。
打田さんからのメールがうれしくて・・・かつ、やや落ち込んでもいたのできのうの飲み会共々励まされたかたちになる。
早くなくなってしまった友達や義弟のことを思うとなんて贅沢なことなんだろうなともったいなく思うばかりである。
昼間はNさんが家まで来てくれ畑で長話。
夜はやさしいボクサーたちといっしょに楽しいおしゃべり。
ボクサーってもっとえばっているひとたちかという先入観があったけどみんな優しいインテリたちだ。
葛飾と池袋の豆腐屋も参加してしかもお客もわんさわんさとやってきて自分たちのそばがなくなってしまうほどだった。
恵まれた付き合いが得られて幸せである。
第二ラウンドも眠たかったが"豆腐、安全"論が盛り上がっていてよかった、自分は3/4くらい眠っていた。
実は前日葛飾の新井さんは気仙沼に行っていて、津波で家もろともすべて流されてしまった仲間兼お弟子さんのところの再開開店の手伝いに行って帰ってきたところでくたくたのはずであった。
自分は酔うと相手かまわず電話する悪い癖があるのだが、気仙沼の大将にに電話してしまった。
この場を借りて失礼の段お詫び申し上げます。
いい師匠いい弟子の関係でうらやましいばかりである。
がんばって地域の人を豆腐で励ましてね。
けさはやや気持ち悪かった。
浦和の銘酒4合。
古酒45度一杯。
ピール1本。
ウーロンハイと紹興酒一杯ずつ。
そんなに多い量でもないはずだがけさはちょいと苦しかったが畑をやりだすころは快調。
腰はいたい。
でも適度に暑くいい汗かいたのでもとにもどったのかな。
打田さんからのメールがうれしくて・・・かつ、やや落ち込んでもいたのできのうの飲み会共々励まされたかたちになる。
早くなくなってしまった友達や義弟のことを思うとなんて贅沢なことなんだろうなともったいなく思うばかりである。
2011年11月12日土曜日
夕方ラッシュ
の中央線にはまいった。
あんなに込むの?
永福町のソノリウムというところでおこなわれた打田さんのコンサート。
天井の高いちいさなホールであったが、個人の運営になるものであろうか?
前面中央にはシュタインウェイのピアノがどでんと鎮座、響きすぎないかなと思っていたが・・・。
前半は徳岡さんのギター伴奏で。
ロルカのうたは昔も良く歌ってくださっていてなつかしかった。
ロドリーゴの歌曲というのもはじめてしったものだがよかった。
後半でひびきはよくなる。
辻啓一さんの歌曲がこの日のいちばんのお気に入りになる。
2曲うたった後のほうの沖縄の民謡を土台にしたものだ。
ピアノパートはぞくぞくするものを感じた。日本人にしか書けないピアノパートだなと思った。
歌とピアノがよく融け合っていた。
最後は打田さんのおはこのシューベルトの岩の上の羊飼いで、クラリネット・ピアノの伴奏による歌曲だが自分には"うたとクラリネット"のピアノ伴奏による二重唱に感じられた。つまりクラリネットがおとこの声で、本来の歌詞とは違うかもしれないが男女の恋語らいのようにも感じ取れた。
何回聞いてもいい曲だ。
願わくば辻さんの曲をもっと聴きたいなということだ。
お願いします。
さてきょうは浦和に行くぞ。
あんなに込むの?
永福町のソノリウムというところでおこなわれた打田さんのコンサート。
天井の高いちいさなホールであったが、個人の運営になるものであろうか?
前面中央にはシュタインウェイのピアノがどでんと鎮座、響きすぎないかなと思っていたが・・・。
前半は徳岡さんのギター伴奏で。
ロルカのうたは昔も良く歌ってくださっていてなつかしかった。
ロドリーゴの歌曲というのもはじめてしったものだがよかった。
後半でひびきはよくなる。
辻啓一さんの歌曲がこの日のいちばんのお気に入りになる。
2曲うたった後のほうの沖縄の民謡を土台にしたものだ。
ピアノパートはぞくぞくするものを感じた。日本人にしか書けないピアノパートだなと思った。
歌とピアノがよく融け合っていた。
最後は打田さんのおはこのシューベルトの岩の上の羊飼いで、クラリネット・ピアノの伴奏による歌曲だが自分には"うたとクラリネット"のピアノ伴奏による二重唱に感じられた。つまりクラリネットがおとこの声で、本来の歌詞とは違うかもしれないが男女の恋語らいのようにも感じ取れた。
何回聞いてもいい曲だ。
願わくば辻さんの曲をもっと聴きたいなということだ。
お願いします。
さてきょうは浦和に行くぞ。
2011年11月11日金曜日
公共の福祉とか国益、国力
って何なのか深く考えることが肝要な気がする。
国家などというものを意識しないで稼げる強力な企業のリーダーたちの正義などといっても結局は自分に利益が流れ込むようにと論理展開した理屈ばかりでなりたっているものだ。
・・・'s Destinyなんて言ったってその神の理屈自体が言ってるそのひとの"ご都合"神だろう。
一日中雨。
きのう夕方あるひとのことを思っていたら(恋いこがれていた、というたぐいのものではない)30分後にお店に現れた。
一年に数回程度お店にくるだけなんだけど・・・。
いなかが大江健三郎の実家の近くで、畑でとれた"汚れ豆"という大豆を持ってきてくれた。
・・・汚れ豆というのは一般に黄色や青いの大豆が部分的に黒くなっているものをさすが、おおむね深い味わいの黒豆系の味をしている。
ということで今煮てみたが、20分ほどかかった。
予想通りほくほくとした豊かな雑味で構成された高いレベルの美味大豆である。
来年蒔く用にたねもあどでおくってくれるとのことだ。
それにしても・・・思っていたら目の前に現れた、おかしいね。
夜は友人のUさんのコンサート。
シューベルトの岩の上の羊飼いがまた聞ける。
ガルシア・ロルカのスペインの歌も久しぶりだ、ギター伴奏。
Uさんの歌は20ぶりくらいにでもなるのだろうか。
井の頭線というのは生まれてから一度ものったことのない電車でたしか吉祥寺で乗り換えだったかな。向こうの始発は渋谷だったかしら。
国家などというものを意識しないで稼げる強力な企業のリーダーたちの正義などといっても結局は自分に利益が流れ込むようにと論理展開した理屈ばかりでなりたっているものだ。
・・・'s Destinyなんて言ったってその神の理屈自体が言ってるそのひとの"ご都合"神だろう。
一日中雨。
きのう夕方あるひとのことを思っていたら(恋いこがれていた、というたぐいのものではない)30分後にお店に現れた。
一年に数回程度お店にくるだけなんだけど・・・。
いなかが大江健三郎の実家の近くで、畑でとれた"汚れ豆"という大豆を持ってきてくれた。
・・・汚れ豆というのは一般に黄色や青いの大豆が部分的に黒くなっているものをさすが、おおむね深い味わいの黒豆系の味をしている。
ということで今煮てみたが、20分ほどかかった。
予想通りほくほくとした豊かな雑味で構成された高いレベルの美味大豆である。
来年蒔く用にたねもあどでおくってくれるとのことだ。
それにしても・・・思っていたら目の前に現れた、おかしいね。
夜は友人のUさんのコンサート。
シューベルトの岩の上の羊飼いがまた聞ける。
ガルシア・ロルカのスペインの歌も久しぶりだ、ギター伴奏。
Uさんの歌は20ぶりくらいにでもなるのだろうか。
井の頭線というのは生まれてから一度ものったことのない電車でたしか吉祥寺で乗り換えだったかな。向こうの始発は渋谷だったかしら。
2011年11月10日木曜日
あしたあさってと
連チャンになるががんばっていこう。
あしたは井の頭線、あさっては京浜東北。
だいぶ疲れているようなので早く寝よう。
畑は畝の端っこにさやがたくさんついてしかも中身もちゃんと、とどこかに書いてしまったが付け足しとして、たしかにそういう場合が多いのだが周辺部に限って"青枯れ"となりやすい場所・品種があるようだ。ことしはきちんと記録をつけておこう。
畝が南北なのか、東西なのか。
畑に隣接するものが道路なのか隣の畑なのか、はたまた境界用のお茶の木なのかいろんな場合があるわけだが記録しておいたほうがいい。
畑の中央でもひと株150-200さやつくものもたくさん出てしまって困惑しているのだがこういうところがまたおもしろいところでもあるのかな。
また南側に住宅があって日照時間が少ないのにもかかわらず(さやの数はさすが少ないが)きちんと収穫できるものもありことしはとにかく驚くことばかりである。
もう寝たほうがいいな。
あしたは井の頭線、あさっては京浜東北。
だいぶ疲れているようなので早く寝よう。
畑は畝の端っこにさやがたくさんついてしかも中身もちゃんと、とどこかに書いてしまったが付け足しとして、たしかにそういう場合が多いのだが周辺部に限って"青枯れ"となりやすい場所・品種があるようだ。ことしはきちんと記録をつけておこう。
畝が南北なのか、東西なのか。
畑に隣接するものが道路なのか隣の畑なのか、はたまた境界用のお茶の木なのかいろんな場合があるわけだが記録しておいたほうがいい。
畑の中央でもひと株150-200さやつくものもたくさん出てしまって困惑しているのだがこういうところがまたおもしろいところでもあるのかな。
また南側に住宅があって日照時間が少ないのにもかかわらず(さやの数はさすが少ないが)きちんと収穫できるものもありことしはとにかく驚くことばかりである。
もう寝たほうがいいな。
2011年11月9日水曜日
オリンパスの
創業者は山下といって顕微鏡から始まった光学会社である、大正時代だったかな。
高千穂光学の名前で戦前から120フィルム使用の蛇腹カメラ等を作っていた。
今パソコンの前には三光商事という会社が作ったオリンパスペン初代がかざってあるが、今回のことを知ったらカメラは泣くだろう。設計者の米谷さんはまだ元気なのかな。
山一あたりから始まったさまざまな不祥事で、国際的にも「日本の大企業の経営は・・・」ということになってしまうだろう。
大企業は公器であるという認識の実感が足りないのだろうか。
きょうの畑は疲れの頂点にいたったかな。
でもかなり刈り取りは進む。
このペースでクリスマスまでに終わらせなければならない。
ここ何日かBeowulfを繰り返し繰り返し聞いているが、たしかにわかりやすい訳なのだが無意識に覚えてしまうような文には感じられない。
平易ではあるが、格調というか美しさにたっした "簡単さ"にまでは感じられない・・・といっても聴き方不十分なのだろうが。
当分毎日聞き続けようと思う。
生活保護と"働けるのに職がない"という問題がクローズアップされている。
3兆なんぼというカネが生活保護費。
グローバル化が諸悪の根源なのだろうか。
ノーベル賞受賞者の田中さんの作った研究チームが血液一滴でさまざまな病気を検出できる技術を開発したということ。
こういった権威の最高位についてしまうとおおかたの学者たちは成長がストップしてしまうものだが、いい話だ。
権威を意識しだしたとたんほとんどの"権威者"は墜ちていく。
墜ちないのはひたすら子供の目でテーマを追い続けているひと、追い求めることをやめられないひとだろう。
次元はずーっと低いけどもうこの年齢では頂上にたどり着けないとわかっていてもひたすらその"山"について考え・求め続けれていればいいのだなと考える。
高千穂光学の名前で戦前から120フィルム使用の蛇腹カメラ等を作っていた。
今パソコンの前には三光商事という会社が作ったオリンパスペン初代がかざってあるが、今回のことを知ったらカメラは泣くだろう。設計者の米谷さんはまだ元気なのかな。
山一あたりから始まったさまざまな不祥事で、国際的にも「日本の大企業の経営は・・・」ということになってしまうだろう。
大企業は公器であるという認識の実感が足りないのだろうか。
きょうの畑は疲れの頂点にいたったかな。
でもかなり刈り取りは進む。
このペースでクリスマスまでに終わらせなければならない。
ここ何日かBeowulfを繰り返し繰り返し聞いているが、たしかにわかりやすい訳なのだが無意識に覚えてしまうような文には感じられない。
平易ではあるが、格調というか美しさにたっした "簡単さ"にまでは感じられない・・・といっても聴き方不十分なのだろうが。
当分毎日聞き続けようと思う。
生活保護と"働けるのに職がない"という問題がクローズアップされている。
3兆なんぼというカネが生活保護費。
グローバル化が諸悪の根源なのだろうか。
ノーベル賞受賞者の田中さんの作った研究チームが血液一滴でさまざまな病気を検出できる技術を開発したということ。
こういった権威の最高位についてしまうとおおかたの学者たちは成長がストップしてしまうものだが、いい話だ。
権威を意識しだしたとたんほとんどの"権威者"は墜ちていく。
墜ちないのはひたすら子供の目でテーマを追い続けているひと、追い求めることをやめられないひとだろう。
次元はずーっと低いけどもうこの年齢では頂上にたどり着けないとわかっていてもひたすらその"山"について考え・求め続けれていればいいのだなと考える。
2011年11月8日火曜日
夜中に左足がつる。
いたくてまいった。
新潟の大豆が放射能検査1号、検出されずであった。
新潟は風向きから関係ないな。
でも新潟は柏崎をしょっている、これは東電だったっけ。
日本一の枝豆サカナマメの産地だ、ただしこれを抜く枝豆Kをわが農園にて発見。もちろん丹黒よりもうまい。
家の裏の一反。去年ゼロの畑。
大豊作である。
周辺部ばかりでなく中のほうでもひと株120-200さやくらいのがぞろぞろと出てくる。
平均的にはさやの数は7,80だろう。
たぶん反収は300キロは越している。
さやはそんなに大きくないのに粒は中から大粒である。虫食いも少ない。
これは定番にしていく・・・・おっとっと、その前に放射能検査か。
金二万円なり。
ゆうがた左足が筋肉痛。
疲労というより過労なのだろうか。
今夜もつりそうな気がする。
中国の新幹線の運転手が居眠り。
居眠りしていても安全に目的地についたということで世界最高レベルの高速鉄道技術だと。
新潟の大豆が放射能検査1号、検出されずであった。
新潟は風向きから関係ないな。
でも新潟は柏崎をしょっている、これは東電だったっけ。
日本一の枝豆サカナマメの産地だ、ただしこれを抜く枝豆Kをわが農園にて発見。もちろん丹黒よりもうまい。
家の裏の一反。去年ゼロの畑。
大豊作である。
周辺部ばかりでなく中のほうでもひと株120-200さやくらいのがぞろぞろと出てくる。
平均的にはさやの数は7,80だろう。
たぶん反収は300キロは越している。
さやはそんなに大きくないのに粒は中から大粒である。虫食いも少ない。
これは定番にしていく・・・・おっとっと、その前に放射能検査か。
金二万円なり。
ゆうがた左足が筋肉痛。
疲労というより過労なのだろうか。
今夜もつりそうな気がする。
中国の新幹線の運転手が居眠り。
居眠りしていても安全に目的地についたということで世界最高レベルの高速鉄道技術だと。
2011年11月7日月曜日
暑くて半袖。
浦和ではかきまぜたスギナの根からつくしんぼが出たそう。温度さえあれば勘違いを起こすんだな。
県の農林振興センターから大豆放射能検査の予定等のFaxがおくられてくる。
万が一出た場合土壌洗浄等の必要あり、とあるが洗浄をしてあげますとは書いてない。つまり自費でやれということだろう。
場合によっては所沢を出るいい機会かもしれない。
北海道か長野ということになるがお墓のこともあるので新幹線や飛行場に便利なところがいいな。
今年度産廃棄と言うことになったら・・・・まあ、いいスポーツをしたと考えればいいや。
ebayはここ3年くらいやっていないが日本郵政とebayが組むそうである。
実はフィードバックが500くらいあるのだが"売った"ことはない。
買うだけである、かといってそれをヤフーで転売などという事業をしていたわけでもない。
ebayはPayPalという支払いシステムがしっかりしているのでたとえ外国人相手といっても"だまされる"ことはまずない。
500フィードバックのうちおくられてこなかったのは1回だけである。
たしかにへんなのもいてドイツ製のシステム手帳を買ったときなかなかおくってこないのでメールを出すと、ヴァカンスで当分帰れないが帰ったらすぐ送る、と言ってきたものの実際におくってきたのは40日ぐらいしてからでしかも航空便である。そしてなんとある部分にハサミを入れるといういやがらせがしてあったが、まあ遊びだからと皮肉のコメントをつけてプラスのフィードバックをしてやった。
ずいぶん前にはebay Japanというのもあったがヤフーに負けてしまい消滅してしまった。
ヤフーはもうけすぎである。
売り上げに対してピンハネするのは当然としても買い手専門であっても安くはない会費をとっている、膨大な収入があるはずである。ebayはただである。
また"かんたん決済"なる支払い方式も手数料のとりすぎである。
ebayにがんばってもらいたい。
ただこれもTPPに並んだ動きととらえるとふだん自分が言ってることと矛盾してしまうのかなー?
実際の取引でちがうのはebayはおおらかで、中古品なのでそんなによくはないんだよということが前提になっている。もちろん説明よりいいことも多々ある。買う側もおおむねそんなことは了解。
Yahooは買い手にへんなのが多い。
やたらと難癖をつけては返品・返金をせまったりするようだ。
日本人てもっとおおらかなはずなんだけどナー、と思っていたんだけど。
だから売り手はやたらとジャンクだとか「ノークレーム、ノーリターン」ということを書いている。
まあebayがどこまでがんばれるかみものだが、ヤフー自体ができあがった権威みたいになってしまっている、だから殿様商売をしているのだが、ので苦戦すると思うが。
県の農林振興センターから大豆放射能検査の予定等のFaxがおくられてくる。
万が一出た場合土壌洗浄等の必要あり、とあるが洗浄をしてあげますとは書いてない。つまり自費でやれということだろう。
場合によっては所沢を出るいい機会かもしれない。
北海道か長野ということになるがお墓のこともあるので新幹線や飛行場に便利なところがいいな。
今年度産廃棄と言うことになったら・・・・まあ、いいスポーツをしたと考えればいいや。
ebayはここ3年くらいやっていないが日本郵政とebayが組むそうである。
実はフィードバックが500くらいあるのだが"売った"ことはない。
買うだけである、かといってそれをヤフーで転売などという事業をしていたわけでもない。
ebayはPayPalという支払いシステムがしっかりしているのでたとえ外国人相手といっても"だまされる"ことはまずない。
500フィードバックのうちおくられてこなかったのは1回だけである。
たしかにへんなのもいてドイツ製のシステム手帳を買ったときなかなかおくってこないのでメールを出すと、ヴァカンスで当分帰れないが帰ったらすぐ送る、と言ってきたものの実際におくってきたのは40日ぐらいしてからでしかも航空便である。そしてなんとある部分にハサミを入れるといういやがらせがしてあったが、まあ遊びだからと皮肉のコメントをつけてプラスのフィードバックをしてやった。
ずいぶん前にはebay Japanというのもあったがヤフーに負けてしまい消滅してしまった。
ヤフーはもうけすぎである。
売り上げに対してピンハネするのは当然としても買い手専門であっても安くはない会費をとっている、膨大な収入があるはずである。ebayはただである。
また"かんたん決済"なる支払い方式も手数料のとりすぎである。
ebayにがんばってもらいたい。
ただこれもTPPに並んだ動きととらえるとふだん自分が言ってることと矛盾してしまうのかなー?
実際の取引でちがうのはebayはおおらかで、中古品なのでそんなによくはないんだよということが前提になっている。もちろん説明よりいいことも多々ある。買う側もおおむねそんなことは了解。
Yahooは買い手にへんなのが多い。
やたらと難癖をつけては返品・返金をせまったりするようだ。
日本人てもっとおおらかなはずなんだけどナー、と思っていたんだけど。
だから売り手はやたらとジャンクだとか「ノークレーム、ノーリターン」ということを書いている。
まあebayがどこまでがんばれるかみものだが、ヤフー自体ができあがった権威みたいになってしまっている、だから殿様商売をしているのだが、ので苦戦すると思うが。
2011年11月6日日曜日
兵庫県西脇市の
金ごま農家のことを朝NHKでやっていた。ちらっとしかみなかったのだが、定年後に始めた農業7年目の方だが学ぶところの多い仕事ぶりに感心した。
タネを畑に蒔くやりかたではなく、プランターで発芽したのをひと株ひと株畑に移植していた。
鳥にでも食われてしまうからだろうか。
成長過程では茎切り虫が登場していて地面をちいさいスコップですくっては退治していた。
わが大豆畑でも例年少しはいるのだが4年前大発生した畑がありまいったものだ。切られて折れ曲がった状態で少しの間は成長するのだがやがておれてしまう。
まき直しをしてもまたやられてしまった・・・かな。
時期がひと月程度はなれれば虫も蛾になってしまっているのかもしれないが、ひと月のずれはほとんどの場合もう間に合わないタイムスパンなのである。
母が金ごまが好きで毎年蒔いていたがたおれやすくて大変そうであった。
きょうの番組を見た限り、わが大豆と同じで株の中の下のほうがいくつかはぜだしたらすぐ刈ってしまいそれを葉っぱを落とし逆さづりにした乾していた。ぱらぱら落ちるので下はブルーシートできちんとしておく。
ごみとばしの一部に大豆の脱粒機が使えそうだ。
来年やってみたい。
夜の日曜美術館は船越保武先生の特集で楽しみだ。
お会いしたことはないが相原さんや猪熊さんが元気に新制作展に出品していた頃地下の彫刻コーナーには佐藤忠良さんとともに船越さんの胸像作品が毎年出品されていたと思う。
著作も多いクリスチャンである。
相原さんのとこで長崎26殉教者記念像についてお話をうかがったことをことをなつかしく思い出した。
午後は雨のため脱穀。
4時間、コンバインと違ってゴミがつまるごとに掃除など効率の悪さこの上ない。
疲れた。
録画はできていると思うが夕飯を食べながら倒れて以降をみた。
自らを職人と呼び右手で削っていた時に近づけようと努力することをある意味で昇華したかたちで作り上げていった左手のかたち。
こうなるために神は右手を不自由にしたのかもしれないとご子息の桂さんがひとこと付け加えていたが、ゴ゛ルゴダⅠ&Ⅱのいのちのちからというものに圧倒されてしまった。家内にみられないようにぼろぼろ涙を流していた。
まじめな宗教者でない自分がイエスの顔に感じたのは・・・・。
"ひと"そのものであった。
自分の身の回りには、その職業に関わっているというだけで":芸術家"を気取ったB級があふれている。
久しぶりにさわやかな清潔感にみたされた時間をすごせた。
会ったこともないけど強い接点を感じられた。
猪熊さんが「勇気をもってジャンプせよ」と言われた相手は芸術とよばれるものに関わるひとたちばかりでなく、こつこつとなにかを作っているひとすべてに向かっていったことなのだな思う。
その猪熊さんのことばそのもののひとだなと船越さんに感じた。
お嬢様もいいお顔をされた方だった。
導くひとたちだ。
タネを畑に蒔くやりかたではなく、プランターで発芽したのをひと株ひと株畑に移植していた。
鳥にでも食われてしまうからだろうか。
成長過程では茎切り虫が登場していて地面をちいさいスコップですくっては退治していた。
わが大豆畑でも例年少しはいるのだが4年前大発生した畑がありまいったものだ。切られて折れ曲がった状態で少しの間は成長するのだがやがておれてしまう。
まき直しをしてもまたやられてしまった・・・かな。
時期がひと月程度はなれれば虫も蛾になってしまっているのかもしれないが、ひと月のずれはほとんどの場合もう間に合わないタイムスパンなのである。
母が金ごまが好きで毎年蒔いていたがたおれやすくて大変そうであった。
きょうの番組を見た限り、わが大豆と同じで株の中の下のほうがいくつかはぜだしたらすぐ刈ってしまいそれを葉っぱを落とし逆さづりにした乾していた。ぱらぱら落ちるので下はブルーシートできちんとしておく。
ごみとばしの一部に大豆の脱粒機が使えそうだ。
来年やってみたい。
夜の日曜美術館は船越保武先生の特集で楽しみだ。
お会いしたことはないが相原さんや猪熊さんが元気に新制作展に出品していた頃地下の彫刻コーナーには佐藤忠良さんとともに船越さんの胸像作品が毎年出品されていたと思う。
著作も多いクリスチャンである。
相原さんのとこで長崎26殉教者記念像についてお話をうかがったことをことをなつかしく思い出した。
午後は雨のため脱穀。
4時間、コンバインと違ってゴミがつまるごとに掃除など効率の悪さこの上ない。
疲れた。
録画はできていると思うが夕飯を食べながら倒れて以降をみた。
自らを職人と呼び右手で削っていた時に近づけようと努力することをある意味で昇華したかたちで作り上げていった左手のかたち。
こうなるために神は右手を不自由にしたのかもしれないとご子息の桂さんがひとこと付け加えていたが、ゴ゛ルゴダⅠ&Ⅱのいのちのちからというものに圧倒されてしまった。家内にみられないようにぼろぼろ涙を流していた。
まじめな宗教者でない自分がイエスの顔に感じたのは・・・・。
"ひと"そのものであった。
自分の身の回りには、その職業に関わっているというだけで":芸術家"を気取ったB級があふれている。
久しぶりにさわやかな清潔感にみたされた時間をすごせた。
会ったこともないけど強い接点を感じられた。
猪熊さんが「勇気をもってジャンプせよ」と言われた相手は芸術とよばれるものに関わるひとたちばかりでなく、こつこつとなにかを作っているひとすべてに向かっていったことなのだな思う。
その猪熊さんのことばそのもののひとだなと船越さんに感じた。
お嬢様もいいお顔をされた方だった。
導くひとたちだ。
2011年11月5日土曜日
今週はヒマだった。
朝の朝礼では今月に入って予算達成率が8割ということで今年一番のヒマ模様である。
悪い意味でようやく落ち着いてきたのとライオンズの勝敗関連かなとも思われる。
お茶屋さんはさらに大変でここに来て近辺で2軒廃業したそうである。
少し不注意か、緩いカーブで縁石に左前タイヤをぶつけてしまった。ぶっついたところがうすくえぐり取られた感じである。タイヤの側方はデリケートである、大丈夫かな?。側方がパンクというか裂けたりしたときは修理はだめで即交換ということだが、前にも車庫入れでやったことがある。
きょうの畑は暑かった。
曇りだがだいぶ汗をかいたようだしのども渇いた。
北側のほうがやや連作障害と思われる症状が残っている。
南側や中央は元気にたくさんさやをつけてしかも完粒状態なのに北側はぺったんこ枯れが多い。
まだ連作障害を抜けきっていないのだろうか?
仕事から帰ってくると12チャンネルで旅番組。
なでしこJAPANの川上という選手が青梅街道を丹波山村、落合、柳澤峠へとたどった番組だがかなり端折ってあったとはいえなつかしかった。
たぶん17,8か18,9だと思うが自転車で峠まで行っている。
4月頃だったろうか、峠近くはみぞれで帰りの下り道は手がかじかんでしまって大変だったのを覚えている。
落合の先だったか手前だったか忘れたが昔金山があり、坑夫でにぎわった集落がありその近辺のちいさな山にも後日ハイキングした記憶がある。
途中の数少ない茶店には今だときのこなどが売っていて贅沢この上ない買い物ができるはずである。地方へ行っても山登りの帰りにはこういう僥倖に出会えることが多い。
小沢一郎のふるさとの山"焼け石連峰"を縦走しておりた・・・(ど忘れ!)温泉で民家の軒先においてあったマイタケはすばらしかった、びっくりするほどの大きさだったっけ。・・・そうそう夏油(げとう)温泉だ。
悪い意味でようやく落ち着いてきたのとライオンズの勝敗関連かなとも思われる。
お茶屋さんはさらに大変でここに来て近辺で2軒廃業したそうである。
少し不注意か、緩いカーブで縁石に左前タイヤをぶつけてしまった。ぶっついたところがうすくえぐり取られた感じである。タイヤの側方はデリケートである、大丈夫かな?。側方がパンクというか裂けたりしたときは修理はだめで即交換ということだが、前にも車庫入れでやったことがある。
きょうの畑は暑かった。
曇りだがだいぶ汗をかいたようだしのども渇いた。
北側のほうがやや連作障害と思われる症状が残っている。
南側や中央は元気にたくさんさやをつけてしかも完粒状態なのに北側はぺったんこ枯れが多い。
まだ連作障害を抜けきっていないのだろうか?
仕事から帰ってくると12チャンネルで旅番組。
なでしこJAPANの川上という選手が青梅街道を丹波山村、落合、柳澤峠へとたどった番組だがかなり端折ってあったとはいえなつかしかった。
たぶん17,8か18,9だと思うが自転車で峠まで行っている。
4月頃だったろうか、峠近くはみぞれで帰りの下り道は手がかじかんでしまって大変だったのを覚えている。
落合の先だったか手前だったか忘れたが昔金山があり、坑夫でにぎわった集落がありその近辺のちいさな山にも後日ハイキングした記憶がある。
途中の数少ない茶店には今だときのこなどが売っていて贅沢この上ない買い物ができるはずである。地方へ行っても山登りの帰りにはこういう僥倖に出会えることが多い。
小沢一郎のふるさとの山"焼け石連峰"を縦走しておりた・・・(ど忘れ!)温泉で民家の軒先においてあったマイタケはすばらしかった、びっくりするほどの大きさだったっけ。・・・そうそう夏油(げとう)温泉だ。
2011年11月4日金曜日
きのうの4時間が
こたえている。
左足がしびれ、ひざ痛、そして腰痛(ちょっときざですがオックスフォード・コンマ使用)とトリプル痛。
車を運転しているときと椅子に座っているのがつらい。
Nさんのブログにスギナ(つまりつくしんぼの後の姿)の根っこを掘り返した写真が載っていた。
自分はトラクターでかき混ぜてしまうだけなのでその根っこを見たことはないが、トラクターでかき混ぜること自体良くないことでスギナの領域を広げているだけのようだ。
ゴムのように伸びるその根っこはしぶとい。
Nさんのように掘り返して取り除くしかない。
それにしてもNさんはコーヒーから始まって夕飯のおかずまで料理が上手だな。
実家が三重県のNさんにいただいたらっきょうがうまい。
売ってるのとちがって"ちょっと手前"で収穫したことが原因かもしれないがやわらかい。
きのうの残りのカレーとともに食べる。
彼女からはつけものをたくさんいただいている。
今夜は粕漬けのうりをたべようか。
親戚に漬け物屋がいることは伏せてある、このブログは見ていないだろう、両者とも。
ベオゥルフの朗読CDか届く。
現代語訳のベストセラーだが、畑で聞こう。
ということで前半を聞く。
韻を踏んだりと言うことは感じられず普通の口語文だった。
集中しても意味不明のところがあるが全体的にはストーリーがわかっているので気楽に聞けた。
畑は結構暑かった、夕方になってもあたたかい。
仕事中イースター島のモアイmoaiはどのようにして石切場から運んだかという記事を読んでいたが立ったままなのか横にしてなのかの意見の相違がおもしろかった。
森に覆われていたであろうこの島がどうして木がなくなってしまったのかまで含め環境問題のいい事例にもなるようで、ギリシアで戦艦建造のために木がなくなってしまった話などを思い出し、B級アメリカテレビ映画の「ハーキュリー(ヘラクレス)」の舞台が緑豊かな森の中であることと対比しておかしさと同時に哀しさも感じた。
愚行の廃墟から何がしか生まれる、というのが歴史の真実ではあるがそれがずーっと通用する可能性はないであろう。
廃墟の灰の中からフェニックス、という希望を持ちながらいつも危機を乗り越えてき人類。
月は真ん中ちょいと過ぎ。
Nさんがこないだ書いていた「12人のいかれる男12Angry Men」をこれからみるつもり、疲れているのですぐ寝ちゃうかな。
横になると、宗像出身のIさんも好きという太田裕美のCDをStaxの真空管アンプ&イヤースピーカー(ヘッドフォンのこと、30年前に購入、予備も3台ヤフオクで購入、すべていい状態のエージングである)で聴きながら眠りに入るのが通例(節電と真空管保持のため)となっているがたまにはDVDでもみながら。
雨の日がDVDの日となるわけだが、種まきをしてから今日にいたるまで一日中雨というのは5日程度しかないはずである、だいたい午後は作業できているわけだが刈り取りは午前中降られると株はしめっているので刈り取り不可である。
左足がしびれ、ひざ痛、そして腰痛(ちょっときざですがオックスフォード・コンマ使用)とトリプル痛。
車を運転しているときと椅子に座っているのがつらい。
Nさんのブログにスギナ(つまりつくしんぼの後の姿)の根っこを掘り返した写真が載っていた。
自分はトラクターでかき混ぜてしまうだけなのでその根っこを見たことはないが、トラクターでかき混ぜること自体良くないことでスギナの領域を広げているだけのようだ。
ゴムのように伸びるその根っこはしぶとい。
Nさんのように掘り返して取り除くしかない。
それにしてもNさんはコーヒーから始まって夕飯のおかずまで料理が上手だな。
実家が三重県のNさんにいただいたらっきょうがうまい。
売ってるのとちがって"ちょっと手前"で収穫したことが原因かもしれないがやわらかい。
きのうの残りのカレーとともに食べる。
彼女からはつけものをたくさんいただいている。
今夜は粕漬けのうりをたべようか。
親戚に漬け物屋がいることは伏せてある、このブログは見ていないだろう、両者とも。
ベオゥルフの朗読CDか届く。
現代語訳のベストセラーだが、畑で聞こう。
ということで前半を聞く。
韻を踏んだりと言うことは感じられず普通の口語文だった。
集中しても意味不明のところがあるが全体的にはストーリーがわかっているので気楽に聞けた。
畑は結構暑かった、夕方になってもあたたかい。
仕事中イースター島のモアイmoaiはどのようにして石切場から運んだかという記事を読んでいたが立ったままなのか横にしてなのかの意見の相違がおもしろかった。
森に覆われていたであろうこの島がどうして木がなくなってしまったのかまで含め環境問題のいい事例にもなるようで、ギリシアで戦艦建造のために木がなくなってしまった話などを思い出し、B級アメリカテレビ映画の「ハーキュリー(ヘラクレス)」の舞台が緑豊かな森の中であることと対比しておかしさと同時に哀しさも感じた。
愚行の廃墟から何がしか生まれる、というのが歴史の真実ではあるがそれがずーっと通用する可能性はないであろう。
廃墟の灰の中からフェニックス、という希望を持ちながらいつも危機を乗り越えてき人類。
月は真ん中ちょいと過ぎ。
Nさんがこないだ書いていた「12人のいかれる男12Angry Men」をこれからみるつもり、疲れているのですぐ寝ちゃうかな。
横になると、宗像出身のIさんも好きという太田裕美のCDをStaxの真空管アンプ&イヤースピーカー(ヘッドフォンのこと、30年前に購入、予備も3台ヤフオクで購入、すべていい状態のエージングである)で聴きながら眠りに入るのが通例(節電と真空管保持のため)となっているがたまにはDVDでもみながら。
雨の日がDVDの日となるわけだが、種まきをしてから今日にいたるまで一日中雨というのは5日程度しかないはずである、だいたい午後は作業できているわけだが刈り取りは午前中降られると株はしめっているので刈り取り不可である。
2011年11月3日木曜日
飛行機の爆音が
ほとんど聞こえない午後だった。
入間基地の航空ショーの日なのだが曇り模様で視界不良から飛ばさなかったのだろうか。
お天気予報ははずれたが気温はやや高く22,3度だろうか。
暑かった。
大野在来がだいぶはぜてしまっているようだ、気がつかなかった。
必死にやったが1/3程度。
普通はサヤの色が濃茶だが白っぽいうすい茶色のものが時々出てくる。
サヤを割ると芽(胚芽)が白い。ふつうのは茶色である。
変異か混入かわからないが来年以降も同じ傾向があらわれるようなら変異ということだ。
おきんさまは依然として青いがさやはだいぶ黄色がかってきており株によっては青いものもある。
もいで枝豆に。30分以上煮る。
今年食べた枝豆で一番の甘さである。
ほくほくとしていてうまい。
夕方になって腰とひざがいたい。
久しぶりにかなり痛い。
アルコールでは治りそうにもないが、さてさて畑のせいだろうか。
ギリシア、イタリア、スペインが借金踏み倒すかどうかわからないが日本も砂上の楼閣の上に成立している経済ゆえいつ倒産してもおかしくない。
世界経済のちょいとしたバランスのくずれであっという間にということもありうる。
かせぐことをしないで使うことしかしらないひとたちは何を考えているのかしらないが、選挙に落ちるという制裁だけで済んでしまうのだから気楽な商売だ。
失言、約束不履行、落選ときても一瞬の恥を忍ぶだけのこと。
責任とは瞬間の恥のことをいうのだろう。
メコンデルタとは相当広域にわたった支流まで含めての命名だろうが、生産コストの安さだけを追い求めて進出した企業は日本だけでなく相当な数に上る。
水が流れるがごとく低い方へと流れていくグローバル化製造業だがコストとはなんなのか深く考えるべきである。
バラ色の前提(rosy suppositionsとでもいうのだろうか?)だけでゴー・サイン。
入間基地の航空ショーの日なのだが曇り模様で視界不良から飛ばさなかったのだろうか。
お天気予報ははずれたが気温はやや高く22,3度だろうか。
暑かった。
大野在来がだいぶはぜてしまっているようだ、気がつかなかった。
必死にやったが1/3程度。
普通はサヤの色が濃茶だが白っぽいうすい茶色のものが時々出てくる。
サヤを割ると芽(胚芽)が白い。ふつうのは茶色である。
変異か混入かわからないが来年以降も同じ傾向があらわれるようなら変異ということだ。
おきんさまは依然として青いがさやはだいぶ黄色がかってきており株によっては青いものもある。
もいで枝豆に。30分以上煮る。
今年食べた枝豆で一番の甘さである。
ほくほくとしていてうまい。
夕方になって腰とひざがいたい。
久しぶりにかなり痛い。
アルコールでは治りそうにもないが、さてさて畑のせいだろうか。
ギリシア、イタリア、スペインが借金踏み倒すかどうかわからないが日本も砂上の楼閣の上に成立している経済ゆえいつ倒産してもおかしくない。
世界経済のちょいとしたバランスのくずれであっという間にということもありうる。
かせぐことをしないで使うことしかしらないひとたちは何を考えているのかしらないが、選挙に落ちるという制裁だけで済んでしまうのだから気楽な商売だ。
失言、約束不履行、落選ときても一瞬の恥を忍ぶだけのこと。
責任とは瞬間の恥のことをいうのだろう。
メコンデルタとは相当広域にわたった支流まで含めての命名だろうが、生産コストの安さだけを追い求めて進出した企業は日本だけでなく相当な数に上る。
水が流れるがごとく低い方へと流れていくグローバル化製造業だがコストとはなんなのか深く考えるべきである。
バラ色の前提(rosy suppositionsとでもいうのだろうか?)だけでゴー・サイン。
2011年11月2日水曜日
花王石鹸の
お月様がきのうきょうと眺められた。
なぜか花王さんに見えてしまうのは先入観・"洗脳"というやつかもしれない。
きょうはお昼に30分休んだきりで夜までずーっと忙しかった。
医者と用事。
そして夜はいつものごとくお店。
ブログを書いているのがややつらいのだがなんとか一年はつづけたいと思っているので11月末までは・・・・と思っていたら、始めたのは去年の10月末だった。
一年経ったようである。
疲れと足のしびれでややまいっている。
きょうはここまで。
なぜか花王さんに見えてしまうのは先入観・"洗脳"というやつかもしれない。
きょうはお昼に30分休んだきりで夜までずーっと忙しかった。
医者と用事。
そして夜はいつものごとくお店。
ブログを書いているのがややつらいのだがなんとか一年はつづけたいと思っているので11月末までは・・・・と思っていたら、始めたのは去年の10月末だった。
一年経ったようである。
疲れと足のしびれでややまいっている。
きょうはここまで。
2011年11月1日火曜日
左足が
しびれる。
2年前の検査では脳ではなく背骨とのことであった。
腰痛はしょっちゅう不定期で起こるがしびれるのは久しぶりである。
とりあえず冷えないようにしている。
書き忘れていたがおとといのNHKの途中までみた「宮沢賢治の音楽会」で自殺した加藤和彦が10年前にコンサートで謡った雨ニモ負ケズの歌がよかった。
重い内容を軽くリズミカルにこしらえた旋律がかえって訴える力を増していた。
大貫妙子のうたもよかった。
坂本龍一の「月夜の電信柱の軍歌」が、モノクロに近い映像とさらっと流していく音づくりが加藤和彦みたいにメッセージを強く発信しているようであった。
藤原真理さんがなんと賢治のチェロを使って林 光の「セロ弾きのゴーシュ」という曲を賢治の通った盛岡農林高等学校でひいてくれた。この曲はいい。
藤原さんは数年前に近所の松井公民館/松井クラシック会主催の記念コンサートに喜んで来ご自分よりも伴奏のピアノの方への気配りがやさしさにあふれていて恐れ入ったという裏方のかたから聞いたエピソードからしてこのテレビでの演奏はこのひとしかいないというのも宜なるかなというふうに感じた。"いいお顔"であった。
賢治は時代を超えいろんな形で本人のメッセージを伝えうる、あるいは"演奏"するひとの思いを伝えうる一級の材料なのかなと思う。
たとえは良くないがバッハの作品のようである。
グールドが飛び抜けているのではなくバッハがすべてを飲み込みかつ演奏者の思いを殺さずいきいきと生かしてやる力をもっているのである。
賢治はこの国民のベーシックたりうる力をもっている。
畑は天気もよくあたたかだったのてすなり作業がすすむ。
これに先だって乾し場の整理もやる。
近所の農家が「豆腐屋さんの息子さんはどこで習って畑をやっているんだろう、連作障害ぐらい知っていると思うんだけれど・・・」という私をあからさまにばかにしている話を、ウチで畑の端っこのほうを貸しているXさんから聞いた。
こちらが「生活のかかっていない遊びの農業」ということでねたみやっかんでいるんだと思うが、ヒマさえあれば除草剤をまいているそのすがたを思い出すと逆にあわれになってしまった。
こちらは親や近所の農家に方法論聞いたりしたことは全くなく自分なりに調べたり人間関係で得た事柄をヒントに徒手空拳の世界に遊んでいるわけで、他人からとやかくいわれる筋合いはない。
裏に麦を蒔けばいいなどということは農業をやる前から知っている。
連作不可というのは一般論で、連作が「間違っている植物栽培法」であるというのは科学的には間違っている。
自然界の植物はすべて連作である。
人間の口や栽培にに合うように改良してきたことが「植物の生涯」をゆがめてきたのである。
自分の方法は自分の畑を大豆にとっての"近似自然状態"を作り上げてやることである。
最初の2年は大豊作。
次の2,3年は明らかに複数症状の連作障害、去年は高温も3反を全滅させた。
ことしは・・・大豊作である。
連作を重ねることで大豆にとっての"極自然状態"に近づいたのではないかと考えるが、数年間みないとまだ結論づけることはできないだろう。
慣行農法拒否、有機拒否。
自分はこれで行く。
実は去年は一町歩やって3反全滅とはいっても残りは豊作であった。
当初の推定では800キロくらいかと思っていた収量もいまだに選別が終わらない状態で今年の分でだぶってしまいそうである。たぶん1トンはいっているだろう。ことしは1.5トン弱ぐらいかなと狸の皮算用をしている。
もっとひろいところでやりたいよ。
2年前の検査では脳ではなく背骨とのことであった。
腰痛はしょっちゅう不定期で起こるがしびれるのは久しぶりである。
とりあえず冷えないようにしている。
書き忘れていたがおとといのNHKの途中までみた「宮沢賢治の音楽会」で自殺した加藤和彦が10年前にコンサートで謡った雨ニモ負ケズの歌がよかった。
重い内容を軽くリズミカルにこしらえた旋律がかえって訴える力を増していた。
大貫妙子のうたもよかった。
坂本龍一の「月夜の電信柱の軍歌」が、モノクロに近い映像とさらっと流していく音づくりが加藤和彦みたいにメッセージを強く発信しているようであった。
藤原真理さんがなんと賢治のチェロを使って林 光の「セロ弾きのゴーシュ」という曲を賢治の通った盛岡農林高等学校でひいてくれた。この曲はいい。
藤原さんは数年前に近所の松井公民館/松井クラシック会主催の記念コンサートに喜んで来ご自分よりも伴奏のピアノの方への気配りがやさしさにあふれていて恐れ入ったという裏方のかたから聞いたエピソードからしてこのテレビでの演奏はこのひとしかいないというのも宜なるかなというふうに感じた。"いいお顔"であった。
賢治は時代を超えいろんな形で本人のメッセージを伝えうる、あるいは"演奏"するひとの思いを伝えうる一級の材料なのかなと思う。
たとえは良くないがバッハの作品のようである。
グールドが飛び抜けているのではなくバッハがすべてを飲み込みかつ演奏者の思いを殺さずいきいきと生かしてやる力をもっているのである。
賢治はこの国民のベーシックたりうる力をもっている。
畑は天気もよくあたたかだったのてすなり作業がすすむ。
これに先だって乾し場の整理もやる。
近所の農家が「豆腐屋さんの息子さんはどこで習って畑をやっているんだろう、連作障害ぐらい知っていると思うんだけれど・・・」という私をあからさまにばかにしている話を、ウチで畑の端っこのほうを貸しているXさんから聞いた。
こちらが「生活のかかっていない遊びの農業」ということでねたみやっかんでいるんだと思うが、ヒマさえあれば除草剤をまいているそのすがたを思い出すと逆にあわれになってしまった。
こちらは親や近所の農家に方法論聞いたりしたことは全くなく自分なりに調べたり人間関係で得た事柄をヒントに徒手空拳の世界に遊んでいるわけで、他人からとやかくいわれる筋合いはない。
裏に麦を蒔けばいいなどということは農業をやる前から知っている。
連作不可というのは一般論で、連作が「間違っている植物栽培法」であるというのは科学的には間違っている。
自然界の植物はすべて連作である。
人間の口や栽培にに合うように改良してきたことが「植物の生涯」をゆがめてきたのである。
自分の方法は自分の畑を大豆にとっての"近似自然状態"を作り上げてやることである。
最初の2年は大豊作。
次の2,3年は明らかに複数症状の連作障害、去年は高温も3反を全滅させた。
ことしは・・・大豊作である。
連作を重ねることで大豆にとっての"極自然状態"に近づいたのではないかと考えるが、数年間みないとまだ結論づけることはできないだろう。
慣行農法拒否、有機拒否。
自分はこれで行く。
実は去年は一町歩やって3反全滅とはいっても残りは豊作であった。
当初の推定では800キロくらいかと思っていた収量もいまだに選別が終わらない状態で今年の分でだぶってしまいそうである。たぶん1トンはいっているだろう。ことしは1.5トン弱ぐらいかなと狸の皮算用をしている。
もっとひろいところでやりたいよ。
2011年10月31日月曜日
昼間は半袖
夕方は寒い。昼間のあたたかさに小春日和というのはまだ早すぎるのかな。
今週はいい天気のようだ。
日銀が介入してもまたすぐにもとにもどってしまうのだろう。
世界人口が今日70億になったという。
100年と立たず中国やインドは高齢化の時期をむかえるだろう。
智慧のの七柱ならぬ阿呆(愚行)の七柱を引き合いに出しては苦しみつづけていくのが人類なのだろうか。
"国家"の時代が"企業"の時代になってしまったところにすべてのひずみが集約されているように思われる。国家の意味・重みが減少しつつある。オリンピックも国家でなく企業対抗にしたらいい。
道交法が変わって自転車は歩道を走ってはいけないということになるようだ。
片側一車線、二車線以上といろいろな状況があると思うが地方のマイナーな道路のようにそもそも歩道のないところはいままでどおりの注意力ということだが、2-3メートル程度の歩道があるところでもそういうことになると大変なことになると思う。
車は走りっぱなしでは用をなさない。
どこかで止まって荷物をおろさなければならない。
このせまい国土、そんなにどこにでも駐車場をつくれるわけではない。
駅のロータリーにしたってそうだ。
駅の中や駅周辺の店舗は駐車場などもたない。
しかるに納品がされなければ営業できない。
車は止まることによってその機能の半分を成し遂げたことになる。
きちんと整備されたりっぱな歩道付きの道路でも大型トラックが止まっていれば自転車はそれを追い越して行かなければならない。
バイクのようにスピードが出ないところに危険性があるのかもしれない。
歩道での事故はあきらかに自転車のスピードの出し過ぎ、つまり歩行者への気配りのなさに由来する。
自分はいまはほとんど自転車には乗らないが駅周辺やしっかりとした幅のある歩道を走るときでもちんたらとゆっくりと走っていた。スピードを出すときは車道へいく。
警察官にとって自転車と人間の事故ははっきりいって介入したくないのが本音なのだろうと思う。
自転車には右側通行、夜間無灯火、スピード違反、飲酒運転、乱暴運転・・・ということに対する取り締まりがない。
車道で事故が起これば飛び出そうが飛び込んでこようがみんな自動車のせいにできる。
カネも保険会社に払わせればよい。
すなわち処理が簡単だということだ。
かといって自転車の運転を免許制にして取り締まり云々の徹底・・・、というのもおかしいな。
右側通行、歩道猛スピード、夜間無灯火(ひどいのは車道を雨で傘さし夜間無灯火右側通行)・・・・こんなの20,30年前にはそんなにはなかったはずである。
そんなことしていると怒られた、一般のひとに。
しつけ、の段階から狂っている。
自動車に乗っているのにもかかわらず夜間無灯火で駅から多くのひとが家路を急いでいる。
すべてが狂っている。
家庭も、学校も、行政も、社会も。
今週はいい天気のようだ。
日銀が介入してもまたすぐにもとにもどってしまうのだろう。
世界人口が今日70億になったという。
100年と立たず中国やインドは高齢化の時期をむかえるだろう。
智慧のの七柱ならぬ阿呆(愚行)の七柱を引き合いに出しては苦しみつづけていくのが人類なのだろうか。
"国家"の時代が"企業"の時代になってしまったところにすべてのひずみが集約されているように思われる。国家の意味・重みが減少しつつある。オリンピックも国家でなく企業対抗にしたらいい。
道交法が変わって自転車は歩道を走ってはいけないということになるようだ。
片側一車線、二車線以上といろいろな状況があると思うが地方のマイナーな道路のようにそもそも歩道のないところはいままでどおりの注意力ということだが、2-3メートル程度の歩道があるところでもそういうことになると大変なことになると思う。
車は走りっぱなしでは用をなさない。
どこかで止まって荷物をおろさなければならない。
このせまい国土、そんなにどこにでも駐車場をつくれるわけではない。
駅のロータリーにしたってそうだ。
駅の中や駅周辺の店舗は駐車場などもたない。
しかるに納品がされなければ営業できない。
車は止まることによってその機能の半分を成し遂げたことになる。
きちんと整備されたりっぱな歩道付きの道路でも大型トラックが止まっていれば自転車はそれを追い越して行かなければならない。
バイクのようにスピードが出ないところに危険性があるのかもしれない。
歩道での事故はあきらかに自転車のスピードの出し過ぎ、つまり歩行者への気配りのなさに由来する。
自分はいまはほとんど自転車には乗らないが駅周辺やしっかりとした幅のある歩道を走るときでもちんたらとゆっくりと走っていた。スピードを出すときは車道へいく。
警察官にとって自転車と人間の事故ははっきりいって介入したくないのが本音なのだろうと思う。
自転車には右側通行、夜間無灯火、スピード違反、飲酒運転、乱暴運転・・・ということに対する取り締まりがない。
車道で事故が起これば飛び出そうが飛び込んでこようがみんな自動車のせいにできる。
カネも保険会社に払わせればよい。
すなわち処理が簡単だということだ。
かといって自転車の運転を免許制にして取り締まり云々の徹底・・・、というのもおかしいな。
右側通行、歩道猛スピード、夜間無灯火(ひどいのは車道を雨で傘さし夜間無灯火右側通行)・・・・こんなの20,30年前にはそんなにはなかったはずである。
そんなことしていると怒られた、一般のひとに。
しつけ、の段階から狂っている。
自動車に乗っているのにもかかわらず夜間無灯火で駅から多くのひとが家路を急いでいる。
すべてが狂っている。
家庭も、学校も、行政も、社会も。
2011年10月30日日曜日
乾し場の整理と
刈り取り、脱穀と忙しかった。
9月末に刈り取った極早生は虫が多く収量は少なく蒔いた量の10-15倍程度だろうか。
過去の事実を考慮に入れても、この地で栽培するのは無理かなと感じる。
株真っ青で葉っぱ落ちサヤできあがりのKを刈り取りつづける。さやの色違いの3本は変異かもしれないので別に乾す(混入タネの可能性もある)。
夕方雨・・・すぐやんでしまうが夜中に降るということだ。
青臭くない甘いだけのピーマン、が開発されたとのこと・・・開発というより栽培上の一工夫ということで品種の問題ではないようだ。
食べ物は"楽しみ"なので多様性そのものに価値があり、なんて゜もござれの世界だが自分にはこういった発想は敬遠したい。
自然農は植物自身の育つ力ということに力点を置いた農法だが、不耕起以外は自然の循環に近いようにと工夫しようというのが自分の主義なので自然の証そのものである「あくを取り除く=青味をカットする」という主張はとうてい受け入れるわけにはいかない。そこまで"買い手"の要求に迎合するほど卑屈にはなれない。
第一ピーマンにはほかの野菜では得られない栄養素があるのだろうか。
甘い、というだけのためにあえてピーマンを食べようとするであらうか。
この手の品種改良や作物栽培には自分は否定的である。
「あくは力なり」という辻嘉一のひとことに食の楽しみのエッセンスがすべてある。
青さをうまさに変換する能力が大切である。場合によっては変換せずそのまんまで、「粋」を感じられる受け手の感性が重要なのである。
食べられない人は「ある味感覚の欠損」を認識すればいいだけのことだ。
9月末に刈り取った極早生は虫が多く収量は少なく蒔いた量の10-15倍程度だろうか。
過去の事実を考慮に入れても、この地で栽培するのは無理かなと感じる。
株真っ青で葉っぱ落ちサヤできあがりのKを刈り取りつづける。さやの色違いの3本は変異かもしれないので別に乾す(混入タネの可能性もある)。
夕方雨・・・すぐやんでしまうが夜中に降るということだ。
青臭くない甘いだけのピーマン、が開発されたとのこと・・・開発というより栽培上の一工夫ということで品種の問題ではないようだ。
食べ物は"楽しみ"なので多様性そのものに価値があり、なんて゜もござれの世界だが自分にはこういった発想は敬遠したい。
自然農は植物自身の育つ力ということに力点を置いた農法だが、不耕起以外は自然の循環に近いようにと工夫しようというのが自分の主義なので自然の証そのものである「あくを取り除く=青味をカットする」という主張はとうてい受け入れるわけにはいかない。そこまで"買い手"の要求に迎合するほど卑屈にはなれない。
第一ピーマンにはほかの野菜では得られない栄養素があるのだろうか。
甘い、というだけのためにあえてピーマンを食べようとするであらうか。
この手の品種改良や作物栽培には自分は否定的である。
「あくは力なり」という辻嘉一のひとことに食の楽しみのエッセンスがすべてある。
青さをうまさに変換する能力が大切である。場合によっては変換せずそのまんまで、「粋」を感じられる受け手の感性が重要なのである。
食べられない人は「ある味感覚の欠損」を認識すればいいだけのことだ。
2011年10月29日土曜日
生涯現役
とは一般には死ぬまでひとつの仕事をし続けることと解釈されていて、ものつくり、もの書き、芸術家(この言葉はともすると軽蔑的なニュアンスを持って使われることが多いが)、資格職業等に適用されることばと考えられているが車を運転しながら考えたことは「死ぬまで考えつづけられるテーマをもっていること」が生涯現役の本当の意味なのかなと考えた。
つまりサラリーマンであってもそれまで考えつづけてきた"あること"を定年後も考えつづけていられることはとりもなおさず生涯現役ということだろう。
毎日のように夕方買い物に来ている対照的な夫婦がいる。
片方はそんなに年ではなさそうでついこないだまでは奥さんだけが来ていたがある時からペアーになる、つまり停年になったのだろう。だんなはカゴをもって奥さんのあとをふらりふらりととろんとした目つきで追いかけている。人相は頭は良さそうであるが生き物としての"勢い"はまったく感じられず腑抜け手前かなといった感じ。
もうひと組は70ちょい越えということをご本人から聞いているが、夫婦ともどもパソコンを使って仕事をしている。ソフト以前のコンピューター言語とかも使えるようでこちらが理解できないことも言う。目はきらきらとしていて"勢い"を感じる。奥様もきれいで、かわいいというよりは"色気"を感じる。年取った女性へのほめ言葉はふつう"かわいい"というのが最高位と考えられているが、色っぽいというほうがすごいような気がする。
年の取り方はひとさまざまで他人がとやかくいうことはないが、人間としてのほんとの醍醐味は停年してからあるのではないかなと感じた。
"目標"というより"テーマ"をもてるかいなかというのが大事なことだと繰り返し思った。
きょうはだいぶ刈り取りをやる。
やっかいとしりながらおきんさまをもいで枝豆にする。
葉っぱはまだほとんど黄葉もしていないのだが実はぱんぱんでやや黄色がかってきているような感じがする。子供に「30分くらい」と注文をつけて煮てもらう。部屋中くんくんいいにおい。
ほくほくとして甘い枝豆である。
夜9時からNHKでやった「宮沢賢治音楽会」がよかった。
途中までで眠くなってこのブログを書き足し寝ることにする。
見た部分はあいた書こう。
つまりサラリーマンであってもそれまで考えつづけてきた"あること"を定年後も考えつづけていられることはとりもなおさず生涯現役ということだろう。
毎日のように夕方買い物に来ている対照的な夫婦がいる。
片方はそんなに年ではなさそうでついこないだまでは奥さんだけが来ていたがある時からペアーになる、つまり停年になったのだろう。だんなはカゴをもって奥さんのあとをふらりふらりととろんとした目つきで追いかけている。人相は頭は良さそうであるが生き物としての"勢い"はまったく感じられず腑抜け手前かなといった感じ。
もうひと組は70ちょい越えということをご本人から聞いているが、夫婦ともどもパソコンを使って仕事をしている。ソフト以前のコンピューター言語とかも使えるようでこちらが理解できないことも言う。目はきらきらとしていて"勢い"を感じる。奥様もきれいで、かわいいというよりは"色気"を感じる。年取った女性へのほめ言葉はふつう"かわいい"というのが最高位と考えられているが、色っぽいというほうがすごいような気がする。
年の取り方はひとさまざまで他人がとやかくいうことはないが、人間としてのほんとの醍醐味は停年してからあるのではないかなと感じた。
"目標"というより"テーマ"をもてるかいなかというのが大事なことだと繰り返し思った。
きょうはだいぶ刈り取りをやる。
やっかいとしりながらおきんさまをもいで枝豆にする。
葉っぱはまだほとんど黄葉もしていないのだが実はぱんぱんでやや黄色がかってきているような感じがする。子供に「30分くらい」と注文をつけて煮てもらう。部屋中くんくんいいにおい。
ほくほくとして甘い枝豆である。
夜9時からNHKでやった「宮沢賢治音楽会」がよかった。
途中までで眠くなってこのブログを書き足し寝ることにする。
見た部分はあいた書こう。
2011年10月28日金曜日
いい天気だ。
山に登りたい。
写真を撮りたい。
医者へ行ったため畑は一時間半。
大豆の黄葉は美しい。
アカザとは別に真っ赤な穂の雑草も美しい。
ことしはうどんみ病は皆無のようだ。ナカセンナリに多かったのだが全く出ていない。さらにうどんこ病だったところにほかの品種を植えてもうどんこ病にならなかった。普通はそうなった株は燃やしてしまえ、というのが一般の考え方のようだが伝染した形跡無し。
仕事も今はヒマ。
経済もどうなっていくんだろうか。
写真を撮りたい。
医者へ行ったため畑は一時間半。
大豆の黄葉は美しい。
アカザとは別に真っ赤な穂の雑草も美しい。
ことしはうどんみ病は皆無のようだ。ナカセンナリに多かったのだが全く出ていない。さらにうどんこ病だったところにほかの品種を植えてもうどんこ病にならなかった。普通はそうなった株は燃やしてしまえ、というのが一般の考え方のようだが伝染した形跡無し。
仕事も今はヒマ。
経済もどうなっていくんだろうか。
2011年10月27日木曜日
70億
に達した世界人口。
ついこないだまで50億と思っていたが。
食料の時代がかならずやってくる。
世界的な食糧不足となれば自国優先は当たり前で、カネをだせばなんでも買えるとという常識が通用しないということがわかるであろう、そうなるまではわからない・わかろうとしないのが人間のさが。
インドなんて中国やロシア、アメリカから比べたらずーっとちいさな国だと思うんだけれどなんでこんなにひとが多いんだろう。
インドネシアだって日本程度の面積しかないと思うんだけれど2.4億もいて日本の2倍だ。
必ずあるパニックがやってくる。グローバル化ベースの資本主義も必ず行き詰まる、そんなに遠くない将来に。経済学はすべて"後日談"。予測不能。歴史学に近い。
グローバル化を促進した当人がグローバル化によって首をしめられる事態が必ずやってくる。
国の豊かさ、個人の豊かさ。ひととしての存在意義。・・・なんなんだろう。
"正義"などというレベルの政治哲学の論議では解決できないときが必ずやってくる。
何が必要なのだろうか、大豆を刈りながら毎日考えている。
人類はそう永くはないのかもしれない。
人類にとって地球はかけがえのないものだけれども、地球にとっては人類はいてもいなくても同じである・・・・・こんな考えになってしまうのはなさけないことだよな。
自分のやっていることをきちんとまとめ上げていくことだけかな。
なにがしかの役にはたつはずだ。
ついこないだまで50億と思っていたが。
食料の時代がかならずやってくる。
世界的な食糧不足となれば自国優先は当たり前で、カネをだせばなんでも買えるとという常識が通用しないということがわかるであろう、そうなるまではわからない・わかろうとしないのが人間のさが。
インドなんて中国やロシア、アメリカから比べたらずーっとちいさな国だと思うんだけれどなんでこんなにひとが多いんだろう。
インドネシアだって日本程度の面積しかないと思うんだけれど2.4億もいて日本の2倍だ。
必ずあるパニックがやってくる。グローバル化ベースの資本主義も必ず行き詰まる、そんなに遠くない将来に。経済学はすべて"後日談"。予測不能。歴史学に近い。
グローバル化を促進した当人がグローバル化によって首をしめられる事態が必ずやってくる。
国の豊かさ、個人の豊かさ。ひととしての存在意義。・・・なんなんだろう。
"正義"などというレベルの政治哲学の論議では解決できないときが必ずやってくる。
何が必要なのだろうか、大豆を刈りながら毎日考えている。
人類はそう永くはないのかもしれない。
人類にとって地球はかけがえのないものだけれども、地球にとっては人類はいてもいなくても同じである・・・・・こんな考えになってしまうのはなさけないことだよな。
自分のやっていることをきちんとまとめ上げていくことだけかな。
なにがしかの役にはたつはずだ。
2011年10月26日水曜日
木枯らし一号
というのは早すぎるのかな。
きのうの夜から風が北向きになる。
ただこうしてパソコンに向かっている部屋は少し暑くて半袖。
このあと畑見学者と説明・おしゃべり。
畑はこの寒さで一段と進行している模様。
株丈夫はだいぶ葉が落ちている。
刈り取りが忙しくなる。
北杜夫亡くなる。
18くらいまで読んでいた。
楡家の人々や楽しいエッセイがおもしろかったが・・・中身については。
こころの澱(オリ)のひとつにはなっているのだろうが。
また読んでみたい。
一日中寒かった。
きのうの夜から風が北向きになる。
ただこうしてパソコンに向かっている部屋は少し暑くて半袖。
このあと畑見学者と説明・おしゃべり。
畑はこの寒さで一段と進行している模様。
株丈夫はだいぶ葉が落ちている。
刈り取りが忙しくなる。
北杜夫亡くなる。
18くらいまで読んでいた。
楡家の人々や楽しいエッセイがおもしろかったが・・・中身については。
こころの澱(オリ)のひとつにはなっているのだろうが。
また読んでみたい。
一日中寒かった。
2011年10月25日火曜日
昼間夏日で夜北風。
昼間は暑くて蚊がけっこう出てきていた。
お客様のため畑は休み乾し場の整理。
夕方からだいぶ涼しくなる。
丸谷才一文化勲章。
ほとんど読んではいないが旧仮名遣いで書く人だったかな。
鑑定団で馬糞石なるものが出る。
もと医者の旧家から出たものだが大きな動物の"結石"だという。
粉にして薬剤としたようだ。
珍品と言うことで手のひらくらいの大きさで300万。
出品したおじいちゃんが魅力的で今でも自分とこの45町歩の山の見回りに出たり下草刈りをしているという。84才で斜面で作業というのも心配なんだけど。
あしたも用があり、あさっては医者。
今週は全滅だな。
お客様のため畑は休み乾し場の整理。
夕方からだいぶ涼しくなる。
丸谷才一文化勲章。
ほとんど読んではいないが旧仮名遣いで書く人だったかな。
鑑定団で馬糞石なるものが出る。
もと医者の旧家から出たものだが大きな動物の"結石"だという。
粉にして薬剤としたようだ。
珍品と言うことで手のひらくらいの大きさで300万。
出品したおじいちゃんが魅力的で今でも自分とこの45町歩の山の見回りに出たり下草刈りをしているという。84才で斜面で作業というのも心配なんだけど。
あしたも用があり、あさっては医者。
今週は全滅だな。
2011年10月24日月曜日
開票速報で
きのうは11時まで起きていた。
10時半には第一回開票がでるとの選管のお知らせが出ていたのでパソコンを開いていたのだが10時30分以降5分おきに更新してもいつになっても出てこないのでやきもきしていたのだが11時頃、第一回でかつ最終的な票割りが出てしまった。3人だと3時間程度で100パーセント数え上げてしまうということだ。人口34万、投票率34パーセント(前回は30パーセント)。
自分の予想では保守系二人が、推薦得た得ないの差はありながらも過去の実績(これはまた訳のわからない単語だが)とひとのつながりから半々ぐらいに保守票を分け、その隙をぬって現職の民主党系がトップになると思っていたのだが・・・。
当選、49才県議2期目で降りてこの選挙。もと教員。3.85万票。公約に財政政策的なことは何も書いてない。
次点、現職62才女性、3.7万票。
3位、市議、県議、衆議院2期(新進党のち自民党・比例)、1.8万。
という結果になった。
複雑な思いがあるがなにか長年抱えてきた鬱々としたものもすっきりとしてしまったようでもある。
青ヶ島の美人営業ウーマンやってくる。明るいまじめなお嬢さんである。楽しいおしゃべりをした。
ナカセンナリ刈り取り。粘土質ではうどんこ病は出なかったものの虫がひどいかなという感じ。さらさら土のほうがいいと思う。
県のKさんがもつてきてくれた摘芯と不耕起の基本施肥不要の記事が気になった、保存する。来年同一品種を耕起・不耕起と並べてやってみたい。
農業ではないのにこうやって元気づけに来てくれるKさんに感謝。
こんのさんとこの"茎切り取り斜め植え"というのも不耕起での農法だと思うがやってみたい。実は今年やろうと思っていたが忙しすぎて忘れてしまった。
福岡の和田さんの元気な声の電話があり元気づけられた。
大豆の発育がやや悪いようとのことであるがサヤ自身はふくれて付いているし黄葉しだしているとのことで心配はないと思う。粒はちいさいとのことだ。
家族総出で一所懸命にやってる脱サラの同業だが真剣さにいつも頭が下がる。
ずーっと曇っていたがなんとなく蒸し暑い一日だった。
10時半には第一回開票がでるとの選管のお知らせが出ていたのでパソコンを開いていたのだが10時30分以降5分おきに更新してもいつになっても出てこないのでやきもきしていたのだが11時頃、第一回でかつ最終的な票割りが出てしまった。3人だと3時間程度で100パーセント数え上げてしまうということだ。人口34万、投票率34パーセント(前回は30パーセント)。
自分の予想では保守系二人が、推薦得た得ないの差はありながらも過去の実績(これはまた訳のわからない単語だが)とひとのつながりから半々ぐらいに保守票を分け、その隙をぬって現職の民主党系がトップになると思っていたのだが・・・。
当選、49才県議2期目で降りてこの選挙。もと教員。3.85万票。公約に財政政策的なことは何も書いてない。
次点、現職62才女性、3.7万票。
3位、市議、県議、衆議院2期(新進党のち自民党・比例)、1.8万。
という結果になった。
複雑な思いがあるがなにか長年抱えてきた鬱々としたものもすっきりとしてしまったようでもある。
青ヶ島の美人営業ウーマンやってくる。明るいまじめなお嬢さんである。楽しいおしゃべりをした。
ナカセンナリ刈り取り。粘土質ではうどんこ病は出なかったものの虫がひどいかなという感じ。さらさら土のほうがいいと思う。
県のKさんがもつてきてくれた摘芯と不耕起の基本施肥不要の記事が気になった、保存する。来年同一品種を耕起・不耕起と並べてやってみたい。
農業ではないのにこうやって元気づけに来てくれるKさんに感謝。
こんのさんとこの"茎切り取り斜め植え"というのも不耕起での農法だと思うがやってみたい。実は今年やろうと思っていたが忙しすぎて忘れてしまった。
福岡の和田さんの元気な声の電話があり元気づけられた。
大豆の発育がやや悪いようとのことであるがサヤ自身はふくれて付いているし黄葉しだしているとのことで心配はないと思う。粒はちいさいとのことだ。
家族総出で一所懸命にやってる脱サラの同業だが真剣さにいつも頭が下がる。
ずーっと曇っていたがなんとなく蒸し暑い一日だった。
2011年10月23日日曜日
一時半ごろ投票に行くと
自分以外は数人しかいない。
投票所までの2,3分もひとに会わない。
・・・しかし市役所の投票側方では前回の30%よりはすこしよさそうな感じである。
ここから推して・・・・・、まあいいや。
第一回開票速報は10時半、寝てるだろう。
きょうは家の裏の刈り取り。
さやなみはかなり虫にやられている、ここの粘土質には合わないようだ。
ナカセンナリはそこそこいいできだ。
福岡のさば専門店というのをやっていた。
実はひかりものが大好きでさしみはふつう食べないのだがさばとかさんまとかいわしの刺身は大好き。写していた博多のお店のさば見ただけでうまそうであった。
玄界灘とはすごいところだな、さばだけじゃなくて。
関鯖とか対岸の佐多岬半島のなんとかというまちの鯖は瀬戸内海で玄界灘とは反対になるがすぐ近くだったな。
どこへ行ってもうまい魚でうらやましい。
埼玉県は日本で一番魚のまずいところだろう。
投票所までの2,3分もひとに会わない。
・・・しかし市役所の投票側方では前回の30%よりはすこしよさそうな感じである。
ここから推して・・・・・、まあいいや。
第一回開票速報は10時半、寝てるだろう。
きょうは家の裏の刈り取り。
さやなみはかなり虫にやられている、ここの粘土質には合わないようだ。
ナカセンナリはそこそこいいできだ。
福岡のさば専門店というのをやっていた。
実はひかりものが大好きでさしみはふつう食べないのだがさばとかさんまとかいわしの刺身は大好き。写していた博多のお店のさば見ただけでうまそうであった。
玄界灘とはすごいところだな、さばだけじゃなくて。
関鯖とか対岸の佐多岬半島のなんとかというまちの鯖は瀬戸内海で玄界灘とは反対になるがすぐ近くだったな。
どこへ行ってもうまい魚でうらやましい。
埼玉県は日本で一番魚のまずいところだろう。
2011年10月22日土曜日
枝野経産大臣が
演説。
こちらはロータリーを回転していたので「生活者の目で・・・」といところだけ聞こえた。
SPの量が多かったが、動員がUの字ロータリーの1/3ぐらいだったのでつまり桜が少なかったのでこわいお兄さんがやたらと目立ったようだ。
どしゃぶりだった。
ことし最後の枝豆かな?
ぱんぱんで色がかすかに浅黄がかってきているのでかたいのではないだろうか、そして"プラスチック"内皮のような気がする。
こちらはロータリーを回転していたので「生活者の目で・・・」といところだけ聞こえた。
SPの量が多かったが、動員がUの字ロータリーの1/3ぐらいだったのでつまり桜が少なかったのでこわいお兄さんがやたらと目立ったようだ。
どしゃぶりだった。
ことし最後の枝豆かな?
ぱんぱんで色がかすかに浅黄がかってきているのでかたいのではないだろうか、そして"プラスチック"内皮のような気がする。
2011年10月21日金曜日
民主党が毎日に対して
自民党は石破と山本一太だけのようで党首クラスがやってきた前回とはちがい盛り上がりにも欠け「だれが・・」というのは予想がむつかしい。・・・おっとっと、佐藤ゆかりと片山さつきも来ていたらしい。
自民党側の混乱した状況もふまえて人気のない現職が再選してしまうと言う可能性もあり基礎票の読み・スライド、浮動票のゆくえ・投票率まで考えると、・・・・。
医者から帰ると畑の見回り。
まだまだと思っていたら家の裏でけっこうできあがってしまっている。
早く蒔いたものが先にできあがるわけではなく、また中生といいながらもできあがり開始はまちまち、またできあがり開始ら収量までの期間も品種によってまちまち。
とにかく乾し場を確保し間違わないように札をたてできあがった順から刈っていく。
11月も中旬になると順番どころではなくなる。
片っ端から刈っていくしかない。
クリスマスまでに終了というのが毎年の目標。
きょうは街宣車にまったく会わず。
帰る頃雨、本降り。
タイの洪水。
日本企業ダメージ。
日本の若者を使わないこういう企業に税金で援助。企業は万が一の時の脆弱な危機管理力国家と承知の上で進出したはずだろうが。
TPPは実現の方向でいくと思うがTPPが原因でもうける多くの輸出産業等の利益は農業等の損失を補填しなければならない。かといってなまけものの農家を助ける必要はない。
大規模化とは要するに作物の低価格実現ということを意味しているが価格競争では諸外国と張り合うのは全く無理である。大規模化のスケールと人件費のコストが比較にならない。
また高品質(無農薬等)なものの輸出ということだが原発事故の風評被害は一時的なものとしても、鮮度の短い野菜等は流通上の問題もあるし、第一"富裕層"なるものの安定性もあてにはならない。相手の国家自体の不安定性がある。
国力が見かけ上の利益-損失だけではないということを深く考えていかないと子供や孫の時代に大変なことになっていく。
まあ、なるようにしかならないのが歴史か。
無力でもさからっていくことしかできないのかな。
自民党側の混乱した状況もふまえて人気のない現職が再選してしまうと言う可能性もあり基礎票の読み・スライド、浮動票のゆくえ・投票率まで考えると、・・・・。
医者から帰ると畑の見回り。
まだまだと思っていたら家の裏でけっこうできあがってしまっている。
早く蒔いたものが先にできあがるわけではなく、また中生といいながらもできあがり開始はまちまち、またできあがり開始ら収量までの期間も品種によってまちまち。
とにかく乾し場を確保し間違わないように札をたてできあがった順から刈っていく。
11月も中旬になると順番どころではなくなる。
片っ端から刈っていくしかない。
クリスマスまでに終了というのが毎年の目標。
きょうは街宣車にまったく会わず。
帰る頃雨、本降り。
タイの洪水。
日本企業ダメージ。
日本の若者を使わないこういう企業に税金で援助。企業は万が一の時の脆弱な危機管理力国家と承知の上で進出したはずだろうが。
TPPは実現の方向でいくと思うがTPPが原因でもうける多くの輸出産業等の利益は農業等の損失を補填しなければならない。かといってなまけものの農家を助ける必要はない。
大規模化とは要するに作物の低価格実現ということを意味しているが価格競争では諸外国と張り合うのは全く無理である。大規模化のスケールと人件費のコストが比較にならない。
また高品質(無農薬等)なものの輸出ということだが原発事故の風評被害は一時的なものとしても、鮮度の短い野菜等は流通上の問題もあるし、第一"富裕層"なるものの安定性もあてにはならない。相手の国家自体の不安定性がある。
国力が見かけ上の利益-損失だけではないということを深く考えていかないと子供や孫の時代に大変なことになっていく。
まあ、なるようにしかならないのが歴史か。
無力でもさからっていくことしかできないのかな。
2011年10月20日木曜日
三浦雄一郎79才。
一灯照隅というより一灯照全のひと。
このひとのことを思うと「かったるいかったるい」は言えなくなってしまう。
もちろんそれなりに重荷はしょっているであろうが人の前では語らない。
とてもこういうかっこよさは自分には望めないのだが爪の垢でもというところだろう。
軽薄な社会にあって稀有な"まじめさ"の事例だ。
79才?
自分より二回りも上だ。
民主党の応援演説が毎日のようにある。
最後の土曜日は枝野さんのようだ。
放蕩三昧をしてきた過去の市政が積み上げてきた借金はそう簡単にゼロにすることもできそうにもないどころか増えていくばかりのようにも見える。
使うことばかりの政策でこれで経営が成り立っていくのだろうか?
稼ぐことを知らない使うだけの放蕩息子・娘然とした首長や議会人とは宇宙人なのだろうか。
きょうの畑はかなり疲れた。
あしたは医者なので少し休もうと思う。
テレビとラジオについてのブログがおもしろかった。
テレビをみないひとの意見もいろいろあるが深いのは、
「細部を見ない(もちろん見えているのに見ていないということ)、流されている、撮影者の視点でしかものをみない・考えない、・・・」ということだが動いて行ってしまうものに対してはいたしかたのないことだ。
動きのないカメラ(ムービーに対してstill camera)の場合だと一枚のカットにタイミング・画角・構図・ひかり、・・・といったさまざまな条件を待ったり組み立てたりで相当な時間がかかることもある。その間撮影者は"細部"を入念に見ているわけである。
副産物もおおきい。
しろうとがカメラをやっていてまず学ぶことは"ひかり"なのではないだろうか。
そしてその裏返しの"かげ"。
相手の誘導にのって終着点まで連れて行かれるムービーと違ってスティル・カメラは主体そのものの行為である。
・・・・・。
でも、海の中、8000メートル、大気圏外、南極・北極、砂漠、見学禁止自然遺産・歴史遺産等は映像でしか近づけない。
映画も"導かれている"わけだが、これは創作で言葉と映像によって我々に思考をせまるもので読書と近いところがある。
自分はテレビを断てるかどうか疑問だが・・・・・無理かな?
そんなに見ているわけではないが。
このひとのことを思うと「かったるいかったるい」は言えなくなってしまう。
もちろんそれなりに重荷はしょっているであろうが人の前では語らない。
とてもこういうかっこよさは自分には望めないのだが爪の垢でもというところだろう。
軽薄な社会にあって稀有な"まじめさ"の事例だ。
79才?
自分より二回りも上だ。
民主党の応援演説が毎日のようにある。
最後の土曜日は枝野さんのようだ。
放蕩三昧をしてきた過去の市政が積み上げてきた借金はそう簡単にゼロにすることもできそうにもないどころか増えていくばかりのようにも見える。
使うことばかりの政策でこれで経営が成り立っていくのだろうか?
稼ぐことを知らない使うだけの放蕩息子・娘然とした首長や議会人とは宇宙人なのだろうか。
きょうの畑はかなり疲れた。
あしたは医者なので少し休もうと思う。
テレビとラジオについてのブログがおもしろかった。
テレビをみないひとの意見もいろいろあるが深いのは、
「細部を見ない(もちろん見えているのに見ていないということ)、流されている、撮影者の視点でしかものをみない・考えない、・・・」ということだが動いて行ってしまうものに対してはいたしかたのないことだ。
動きのないカメラ(ムービーに対してstill camera)の場合だと一枚のカットにタイミング・画角・構図・ひかり、・・・といったさまざまな条件を待ったり組み立てたりで相当な時間がかかることもある。その間撮影者は"細部"を入念に見ているわけである。
副産物もおおきい。
しろうとがカメラをやっていてまず学ぶことは"ひかり"なのではないだろうか。
そしてその裏返しの"かげ"。
相手の誘導にのって終着点まで連れて行かれるムービーと違ってスティル・カメラは主体そのものの行為である。
・・・・・。
でも、海の中、8000メートル、大気圏外、南極・北極、砂漠、見学禁止自然遺産・歴史遺産等は映像でしか近づけない。
映画も"導かれている"わけだが、これは創作で言葉と映像によって我々に思考をせまるもので読書と近いところがある。
自分はテレビを断てるかどうか疑問だが・・・・・無理かな?
そんなに見ているわけではないが。
2011年10月19日水曜日
初めての作品に
後の創作のすべてが語られている、というのは絵でも音楽でも文学でもいわれていることだが選挙の立候補者にもそれがいえるのかなと、遠くに聞こえる街宣車の声とヘッドフォンで聞いているメンデルスゾーンの無言歌をミックスさせながらの刈り取り中に考えた。
つまり態度・演説・所属組織等から推してどうみても時流に乗った受けねらい・媚び売り姿勢を感じた最初期の市議選挙から始まって国政初期まで階段登りの手伝いをして気づいたことはふらふらと「ひとに嫌われないように、だれからも好かれるようにするにはどうしたらいいのか」というただそれだけの生き方のおとこの姿しか見えなかったということだ。
この方は政治には向いていないと思う。
そして総決算の市長選。
結果はあけてみないとわからないことだがまずだめだろう。
減点法でものごとを選ぶことほどさもしいことはない。
円高みたいだ。
先週の子供文芸で上條先生が選んだ「いもむしのうた」がいい。
自分もせめていもむしのつめのあか(があればの話だが)でも煎じてなんとか、ぐらいはしないといけない。
茶毒蛾として羽ばたくのは良くないんだけど、そうなりませんように。
先週の上條先生の講評は良かった。
つまり態度・演説・所属組織等から推してどうみても時流に乗った受けねらい・媚び売り姿勢を感じた最初期の市議選挙から始まって国政初期まで階段登りの手伝いをして気づいたことはふらふらと「ひとに嫌われないように、だれからも好かれるようにするにはどうしたらいいのか」というただそれだけの生き方のおとこの姿しか見えなかったということだ。
この方は政治には向いていないと思う。
そして総決算の市長選。
結果はあけてみないとわからないことだがまずだめだろう。
減点法でものごとを選ぶことほどさもしいことはない。
円高みたいだ。
先週の子供文芸で上條先生が選んだ「いもむしのうた」がいい。
自分もせめていもむしのつめのあか(があればの話だが)でも煎じてなんとか、ぐらいはしないといけない。
茶毒蛾として羽ばたくのは良くないんだけど、そうなりませんように。
先週の上條先生の講評は良かった。
2011年10月18日火曜日
明け方寒かった。
昼過ぎは農作業日和。
正直、働き過ぎだったかな。
メンデルスゾーンの無言歌全曲聞く。
文字どおりこれは"歌詞のない"うたである。
あっちこっちの品種ができあがりつつある。
これから大変になる。
夜仕事から帰ってくると平泉を写していた。
ちょうど宝物館だったが、きのうNHKでやったフィルムのものと比べると細部がはるかにきれいに出ていた。
きのうのNHKでは螺鈿などただ何かを埋め込んであると言う程度の写りしか出てなかったがきょうの民放のはよかった。
MRとここを訪れたのはもう10年以上前のことかと思われるが、映像でもその美しさはまざまざと伝わってきた。また行きたい、と思わせてくれた番組であった。
案内のお坊さんもいい顔をしていた。
しかし疲れた。
ここまで。
正直、働き過ぎだったかな。
メンデルスゾーンの無言歌全曲聞く。
文字どおりこれは"歌詞のない"うたである。
あっちこっちの品種ができあがりつつある。
これから大変になる。
夜仕事から帰ってくると平泉を写していた。
ちょうど宝物館だったが、きのうNHKでやったフィルムのものと比べると細部がはるかにきれいに出ていた。
きのうのNHKでは螺鈿などただ何かを埋め込んであると言う程度の写りしか出てなかったがきょうの民放のはよかった。
MRとここを訪れたのはもう10年以上前のことかと思われるが、映像でもその美しさはまざまざと伝わってきた。また行きたい、と思わせてくれた番組であった。
案内のお坊さんもいい顔をしていた。
しかし疲れた。
ここまで。
2011年10月17日月曜日
テーマがあること。
50、60と齢をへてきてふつう"終わり支度、死に支度"とかいわれる年齢に達して幸せであるためのおおきな条件として「人生にテーマがあるかいなか」ということをきのう武澤先生と電話していて話題になった。
幸い自分にはふつうのひとからみたら「そんなこと!と一笑に付されてしまうような重荷をしょっているが、人生のテーマらしきものはもっている・・・逃避でもあるのだが。
人生の目標は?ということはよく言われることでだいたいなしとげられずに終わってしまうものだが、「テーマは?」と聞かれるとかなり気が楽になるのではないだろうか・・・・。目標は達成点・到達点のことでせまい山頂を指す。"テーマ"は「どの山に登るか?」というおおざっぱなものでどのコースを選ぶか、効率は?、頂上を踏めるかいなかはそんなにプレッシャーをかけられる問題ではない。だいいち人生という枠の中で頂上などというものがあるのかすらわからない、たぶん無い、というのが現実だろう。ノーベル賞をもらったとたんに、過去の業績はもちろん評価されるとしても、それ以後の人生がスポイルされてしまうひとたちもいる。
権威の鎧をありがたく感じてしまったとたんそのひとは落ちていく。
生涯現役とは死ぬまで自分のテーマを追うことだろう。
それは死ぬまで仕事をし続けるというだけではだめである。
テーマはかならずしもそのひとの生業で在る必要もない。
自分の場合はたまたま生業とテーマがだぶってしまっていることが幸いしている。
前にも書いたが、夢を実現して満足しきって死んでいくよりも夢を追い続けその中途で死んでしまったとしても、そちらのほうが美しい。
というわけでたんたんとして自分の道を歩んでいくしかない。
見てくれはどうでもいい。
病院のため畑休み。
関東農政局の統計事務所が坂戸にあったものが廃され県内には2カ所となってしまった模様であるが、大宮の新都心の駅前のビルからわざわざ来てくれた。
去年と同じ"坪刈り"調査である(反収)の測定。
家内の弟は帯広の事務所にいたが出勤の朝心筋梗塞でなくなったのはもう十数年も前、42だった。そんなこともあり、統計事務所と聞くと特別の思いがわき上がってくる。
幸い自分にはふつうのひとからみたら「そんなこと!と一笑に付されてしまうような重荷をしょっているが、人生のテーマらしきものはもっている・・・逃避でもあるのだが。
人生の目標は?ということはよく言われることでだいたいなしとげられずに終わってしまうものだが、「テーマは?」と聞かれるとかなり気が楽になるのではないだろうか・・・・。目標は達成点・到達点のことでせまい山頂を指す。"テーマ"は「どの山に登るか?」というおおざっぱなものでどのコースを選ぶか、効率は?、頂上を踏めるかいなかはそんなにプレッシャーをかけられる問題ではない。だいいち人生という枠の中で頂上などというものがあるのかすらわからない、たぶん無い、というのが現実だろう。ノーベル賞をもらったとたんに、過去の業績はもちろん評価されるとしても、それ以後の人生がスポイルされてしまうひとたちもいる。
権威の鎧をありがたく感じてしまったとたんそのひとは落ちていく。
生涯現役とは死ぬまで自分のテーマを追うことだろう。
それは死ぬまで仕事をし続けるというだけではだめである。
テーマはかならずしもそのひとの生業で在る必要もない。
自分の場合はたまたま生業とテーマがだぶってしまっていることが幸いしている。
前にも書いたが、夢を実現して満足しきって死んでいくよりも夢を追い続けその中途で死んでしまったとしても、そちらのほうが美しい。
というわけでたんたんとして自分の道を歩んでいくしかない。
見てくれはどうでもいい。
病院のため畑休み。
関東農政局の統計事務所が坂戸にあったものが廃され県内には2カ所となってしまった模様であるが、大宮の新都心の駅前のビルからわざわざ来てくれた。
去年と同じ"坪刈り"調査である(反収)の測定。
家内の弟は帯広の事務所にいたが出勤の朝心筋梗塞でなくなったのはもう十数年も前、42だった。そんなこともあり、統計事務所と聞くと特別の思いがわき上がってくる。
2011年10月16日日曜日
仕事帰りの
雲に見え隠れする月が良かった。知識によってこういう感覚が動くのか本能からなのかよくわからないが日本人に特に強く現れる美意識なのかな。
夕飯時にテレビを見ていると、最強(かたい)の金属と何でも穴あけられるドリルの対決というのをやっていた。今回が初めてではないみたいで回をおうごとに金属のほうはかたくなっていってるようだ。
結局金属のほうが少し穴をあけられてバシっとわれてしまったのでお互いが「負けました」という宣言をし引き分けとなる。
話が単純なので妙なやらせなど入り得ない企画だと思うが世界一といえるこういった技術の会社があることにほっとした。そしてその技術者たちの姿勢にうれしくなった。
会社は国内にある。
no.1が国内にたくさんいる。
ねじ屋、ばね屋、モーター屋、けずり屋、絞り屋、かきまぜ屋、擂り屋、粉屋、円錐加工(しぼり、とかいうのかな)・・・といった基本分野で多くの大小の企業ががんばっている。
はげまされた番組である。
どんな業界にあっても日本一、世界一をめざせということだろう。
きょうは4時間も畑をやったが結構暑かった。
30度くらいあったようだ。
中生(なかて)をたくさん蒔いたのだが、黄色くなり初めはそれぞれにタイミングがずれてはいたがここへきて多くがぱんぱんになり黒ずんだり茶色くなり始めている。
個体差でかなり長い期間にわたってできあがる東京大豆のようなタイプもあれば一斉にできあがってしまうきょう刈ったRM在来のようなものもある。
乾し場をたくさん作ってそれぞれの品種をできあがった順に刈っていくのが今の作業。
だんだん忙しくなってくるはずである。
ここへきての暖かさからか春の草のぺんぺん草がたくさん出てきた、これってこんな時期にはないと思うんだけれども。
ことしはたぶん大豊作ではないかと思う。
おおむねどの品種も30-7,80程度のさやがついている。
虫でことごとくダメというものはほとんどない。
畝の端っこで日当たりと風通しのいい株はだいたい80-150ぐらいのさやが健康的に付いている。反収200-250キロ平均は行きそうだと思う、もちろんごみやひと゛い虫食いは除いた選別後の数字である。無農薬でこれだけとれるのだから高い農薬の意味・意義には首をかしげてしまう。大きな障害はもっぱら"はとぽっぽ"と「粘土質とさらさら土のどちらを選ぶか」ということである。
そして草のきちんとした処理と共生である。
枝豆の味比べもことしは一品種複数時期の味検査をしているので枝豆適性検査のデータもきちんと取れ来年播種品種選択のおおきな参考になる。
夕飯時にテレビを見ていると、最強(かたい)の金属と何でも穴あけられるドリルの対決というのをやっていた。今回が初めてではないみたいで回をおうごとに金属のほうはかたくなっていってるようだ。
結局金属のほうが少し穴をあけられてバシっとわれてしまったのでお互いが「負けました」という宣言をし引き分けとなる。
話が単純なので妙なやらせなど入り得ない企画だと思うが世界一といえるこういった技術の会社があることにほっとした。そしてその技術者たちの姿勢にうれしくなった。
会社は国内にある。
no.1が国内にたくさんいる。
ねじ屋、ばね屋、モーター屋、けずり屋、絞り屋、かきまぜ屋、擂り屋、粉屋、円錐加工(しぼり、とかいうのかな)・・・といった基本分野で多くの大小の企業ががんばっている。
はげまされた番組である。
どんな業界にあっても日本一、世界一をめざせということだろう。
きょうは4時間も畑をやったが結構暑かった。
30度くらいあったようだ。
中生(なかて)をたくさん蒔いたのだが、黄色くなり初めはそれぞれにタイミングがずれてはいたがここへきて多くがぱんぱんになり黒ずんだり茶色くなり始めている。
個体差でかなり長い期間にわたってできあがる東京大豆のようなタイプもあれば一斉にできあがってしまうきょう刈ったRM在来のようなものもある。
乾し場をたくさん作ってそれぞれの品種をできあがった順に刈っていくのが今の作業。
だんだん忙しくなってくるはずである。
ここへきての暖かさからか春の草のぺんぺん草がたくさん出てきた、これってこんな時期にはないと思うんだけれども。
ことしはたぶん大豊作ではないかと思う。
おおむねどの品種も30-7,80程度のさやがついている。
虫でことごとくダメというものはほとんどない。
畝の端っこで日当たりと風通しのいい株はだいたい80-150ぐらいのさやが健康的に付いている。反収200-250キロ平均は行きそうだと思う、もちろんごみやひと゛い虫食いは除いた選別後の数字である。無農薬でこれだけとれるのだから高い農薬の意味・意義には首をかしげてしまう。大きな障害はもっぱら"はとぽっぽ"と「粘土質とさらさら土のどちらを選ぶか」ということである。
そして草のきちんとした処理と共生である。
枝豆の味比べもことしは一品種複数時期の味検査をしているので枝豆適性検査のデータもきちんと取れ来年播種品種選択のおおきな参考になる。
2011年10月15日土曜日
朝から強風土砂降り
でどうなることやらと思ったが乾燥場はぬれていなかった。
おきんさまの枝豆をもぐ。
まだ数日は大丈夫だろうか。
枝豆で食べられるものもだいぶかぎられてきた >
大豆はぬれているので刈り取りはやめる。
アンソニー・クイーンがゼウスの役をやっているB級テレビドラマ「ヘラクレス」をみる。
どうみてもB級そのものだが他でも同じように言葉はわかりやすい。
それにしても緑豊かな背景のなかでの撮影でいったいどこで撮ったのと気になる。
ギリシアももとは豊かな森林国だということは聞いているが・・・。
カメラをいじって遊ぶ。
リコーGR1sとリコーGRデジタル初代と、エベレストの頂上に登ったと同型のコダック・レチナのテッサー・レンズ付き、ならびにオリンパス・ペン初代だが技術の進化に唖然とした次第である。
空シャッターというのは機械式マニュアルカメラにしか通用しない遊びだが、オート化・デジタル化にともない"空"ということができなくなってしまったんだなという当たり前のことに今更ながらびっくりする。
カメラの原理はフランスで発見・発明されたものだがそもそもは絵描きさんたちも利用した正確さ追求の道具だったようだ。フェルメールもこの原理を応用して絵を描いている。
カメラ・オブスクラ、だったかな。
うちには高価な単体露出計が2台あるが、デジカメは露出計も複数機能付いていて露出計などは前時代の遺物というところだろうか。ただし入射光ははかれないんだろうな・・・。
年とともに手荒れが始まる時期が早くなってきたのでゴム手袋を大量に買い込む。
豆腐のカット以降は手袋などしていては仕事にならないが、仕事の始まりから3、4釜目までは寄せるだけなので手袋をする。一時間もすると温まってくるので手袋をとる。
これからの季節、春がくるまで、だいたいこんなスタイルの仕事になる。
なにかにちょっとぶっついただけでもすぐあざになったり血が出たり。
老化だ。
おきんさまの枝豆をもぐ。
まだ数日は大丈夫だろうか。
枝豆で食べられるものもだいぶかぎられてきた >
大豆はぬれているので刈り取りはやめる。
アンソニー・クイーンがゼウスの役をやっているB級テレビドラマ「ヘラクレス」をみる。
どうみてもB級そのものだが他でも同じように言葉はわかりやすい。
それにしても緑豊かな背景のなかでの撮影でいったいどこで撮ったのと気になる。
ギリシアももとは豊かな森林国だということは聞いているが・・・。
カメラをいじって遊ぶ。
リコーGR1sとリコーGRデジタル初代と、エベレストの頂上に登ったと同型のコダック・レチナのテッサー・レンズ付き、ならびにオリンパス・ペン初代だが技術の進化に唖然とした次第である。
空シャッターというのは機械式マニュアルカメラにしか通用しない遊びだが、オート化・デジタル化にともない"空"ということができなくなってしまったんだなという当たり前のことに今更ながらびっくりする。
カメラの原理はフランスで発見・発明されたものだがそもそもは絵描きさんたちも利用した正確さ追求の道具だったようだ。フェルメールもこの原理を応用して絵を描いている。
カメラ・オブスクラ、だったかな。
うちには高価な単体露出計が2台あるが、デジカメは露出計も複数機能付いていて露出計などは前時代の遺物というところだろうか。ただし入射光ははかれないんだろうな・・・。
年とともに手荒れが始まる時期が早くなってきたのでゴム手袋を大量に買い込む。
豆腐のカット以降は手袋などしていては仕事にならないが、仕事の始まりから3、4釜目までは寄せるだけなので手袋をする。一時間もすると温まってくるので手袋をとる。
これからの季節、春がくるまで、だいたいこんなスタイルの仕事になる。
なにかにちょっとぶっついただけでもすぐあざになったり血が出たり。
老化だ。
2011年10月14日金曜日
柳瀬小への坂道の桜が咲いていた。
これは春に咲くソメイヨシノである。
度重なる台風で葉が落ち、発芽準備態勢に入った木が花を咲かせたのだろう。
寒桜ではない。
サカナまめと白州青豆の枝豆。
サカナ豆は栽培はこの地では無理とまではいかないが収量は半分いくかいかないかである。
虫がひどい。
ただこの枝豆はすばらしい。
だだちゃまめの"ばり"をおとした上品なアセチルピロリンが身上で甘みもたっぷり。
多くのひとが上位にあげる枝豆であろう。
本場は原発の柏崎。
白州青豆はほくほく感はたっぷりとはいえないがおいしい大粒の枝豆である。
株によって虫の入り方が極端に違いがでる理由がわからない。
きょうは飲み会。
度重なる台風で葉が落ち、発芽準備態勢に入った木が花を咲かせたのだろう。
寒桜ではない。
サカナまめと白州青豆の枝豆。
サカナ豆は栽培はこの地では無理とまではいかないが収量は半分いくかいかないかである。
虫がひどい。
ただこの枝豆はすばらしい。
だだちゃまめの"ばり"をおとした上品なアセチルピロリンが身上で甘みもたっぷり。
多くのひとが上位にあげる枝豆であろう。
本場は原発の柏崎。
白州青豆はほくほく感はたっぷりとはいえないがおいしい大粒の枝豆である。
株によって虫の入り方が極端に違いがでる理由がわからない。
きょうは飲み会。
2011年10月13日木曜日
きのう夜9時頃コーヒーを飲んだら
朝までよく眠れなかった。
夢をいくつもみていたようで数分の浅い眠り程度はなんども繰り返していたのだと思う。
きょうはかなり刈り取る。
乾す場所の確保がこれから大変となる。
そして毎日動かしてやらなければならない。
かなりの品種がピークを過ぎているようで、枝豆は残すところおきんさまと銀の次くらいなものになってしまった。
あるお客様の三重県の実家ではみかん山がさるで全滅とのこと。あな恐ろし。
こちとらでいえば鳩ぽっぽ害に相当するだろうか。
自然とともにの仕事はどこへ行っても大変だな、努力しても・・・。
夢をいくつもみていたようで数分の浅い眠り程度はなんども繰り返していたのだと思う。
きょうはかなり刈り取る。
乾す場所の確保がこれから大変となる。
そして毎日動かしてやらなければならない。
かなりの品種がピークを過ぎているようで、枝豆は残すところおきんさまと銀の次くらいなものになってしまった。
あるお客様の三重県の実家ではみかん山がさるで全滅とのこと。あな恐ろし。
こちとらでいえば鳩ぽっぽ害に相当するだろうか。
自然とともにの仕事はどこへ行っても大変だな、努力しても・・・。
2011年10月12日水曜日
きのうは母かと思ったら
きょうは父親と一緒に電動車いす(スズキ製)に二人乗りし(父が運転)、国道16号をふっとばしている夢を見た、たぶん50キロぐらい出していたろう。ヘルメットもかぶっていなかったのでおどおどしていたが途中で自分が運転して入間川の同業者の家に着いた、そこで目が覚める。
母はもう亡いが父は元気である。
この夢の解釈は・・・・考えないほうがいいのかな。
そのあと地下足袋の夢を見る。見た、というだけでストーリーはない。
夢の記録をつけるといいかもしれない。
一品種刈り取り完了。あしたは何を刈ろうかな。
秩父ゆがきまめとお月見在来をもぐ。
やや行き過ぎかと思う。煮ると色が黄色っぽくなる。お月見のほうが進行は先を行っているようだ
、蒔いた日は同じ。
両者ともほくほくのうまい豆となっている。煮豆に近づいていることの証である。十三夜を調べてくれたパートに分ける。
きょうは満月。
加山叉三の月のようだ。おどろおどろしい雲にぞくそ゜くした。月の前を渡り鳥のシルエットが通過してくれるとなおいいんだけれど。選挙屋の歯医者Yがデッサンかリトグラフをもっていたが高かったな。
もうすぐ市長選。
混乱の極みに見えるが案外簡単な理屈で結果が推論できそうだ。
夜山田養蜂場という蜂蜜の会社のもっている5分間のつなぎ番組を偶然みたのだが良かった。
なんと天然の蜂蜜の巣を見せてくれた。
グルジアの森の落葉樹のうろの中にあったものだが、地面からはだいぶ高いところにあり探すひともたいした目利きであった。木の葉っぱはブナではないが柏のようなミズナラのような栗のような・・・でもあった。
天然の蜂蜜かあ?
ハチと言えばこの時期は気をつけなければいけないようだ。
この会社の経営についてはなんの知識もないが、きょうの番組は良かった。実際3分もなかっただろう。
数日前の読売の夕刊には「テレビがみられなくなっている」現象について論じた記事がのっていた。
大澤さんのラジオに出ていた新人のかわいこちゃんアナウンサーの発言を聞いていても、こんな業界もっと大幅に整理したらと感じた。
局が多いことが意見の多様性を表すかといったら、見てわかるようにみんなどこも同じ意見である。同工異曲いや異局、というのかな。
また報道ばかりでなく"創作"部門もカネ・手のかからないものばかりである。
しかし、しかしだ。きょうの蜂蜜はよかった。
BSのグレートサミッツもいい。アマデウスなんとかという名曲分析もいい、日曜美術館もいい。水戸黄門もいい。鑑定団もいい。
いいものもたくさんある。
つぶれる民放が出るかどうかわからないがコマーシャル収入は現経済状況をふまえると減ってくいっぽうだろう。
どうかテレビ局様、もっといい番組を作ってください。
アナウンサーの給料は高すぎる、法外である。あれは"芸"なのかよ?
一日の放送時間を朝のお出かけ時間・お昼どきそれぞれ1時間、夜5-11時程度に短縮したらいいと思う。そこにカネをつぎ込む。
母はもう亡いが父は元気である。
この夢の解釈は・・・・考えないほうがいいのかな。
そのあと地下足袋の夢を見る。見た、というだけでストーリーはない。
夢の記録をつけるといいかもしれない。
一品種刈り取り完了。あしたは何を刈ろうかな。
秩父ゆがきまめとお月見在来をもぐ。
やや行き過ぎかと思う。煮ると色が黄色っぽくなる。お月見のほうが進行は先を行っているようだ
、蒔いた日は同じ。
両者ともほくほくのうまい豆となっている。煮豆に近づいていることの証である。十三夜を調べてくれたパートに分ける。
きょうは満月。
加山叉三の月のようだ。おどろおどろしい雲にぞくそ゜くした。月の前を渡り鳥のシルエットが通過してくれるとなおいいんだけれど。選挙屋の歯医者Yがデッサンかリトグラフをもっていたが高かったな。
もうすぐ市長選。
混乱の極みに見えるが案外簡単な理屈で結果が推論できそうだ。
夜山田養蜂場という蜂蜜の会社のもっている5分間のつなぎ番組を偶然みたのだが良かった。
なんと天然の蜂蜜の巣を見せてくれた。
グルジアの森の落葉樹のうろの中にあったものだが、地面からはだいぶ高いところにあり探すひともたいした目利きであった。木の葉っぱはブナではないが柏のようなミズナラのような栗のような・・・でもあった。
天然の蜂蜜かあ?
ハチと言えばこの時期は気をつけなければいけないようだ。
この会社の経営についてはなんの知識もないが、きょうの番組は良かった。実際3分もなかっただろう。
数日前の読売の夕刊には「テレビがみられなくなっている」現象について論じた記事がのっていた。
大澤さんのラジオに出ていた新人のかわいこちゃんアナウンサーの発言を聞いていても、こんな業界もっと大幅に整理したらと感じた。
局が多いことが意見の多様性を表すかといったら、見てわかるようにみんなどこも同じ意見である。同工異曲いや異局、というのかな。
また報道ばかりでなく"創作"部門もカネ・手のかからないものばかりである。
しかし、しかしだ。きょうの蜂蜜はよかった。
BSのグレートサミッツもいい。アマデウスなんとかという名曲分析もいい、日曜美術館もいい。水戸黄門もいい。鑑定団もいい。
いいものもたくさんある。
つぶれる民放が出るかどうかわからないがコマーシャル収入は現経済状況をふまえると減ってくいっぽうだろう。
どうかテレビ局様、もっといい番組を作ってください。
アナウンサーの給料は高すぎる、法外である。あれは"芸"なのかよ?
一日の放送時間を朝のお出かけ時間・お昼どきそれぞれ1時間、夜5-11時程度に短縮したらいいと思う。そこにカネをつぎ込む。
2011年10月11日火曜日
病院の待合室へ行くと
母そっくりのお年寄りが居た。
どきっとしたが、・・・こういうこともあるのか、と。
畑休み。
パートが調べてくれたようだが十三夜や十六夜は日本のものらしい。
後醍醐天皇の時代なのだろうか。
"完璧"をちょいとはずしたところにおもしろみを見いだす"粋"の流れだろう、ということだ。
この辺は予想していた。
満月が狂気を意識しているというのは西洋のものだろうが完璧=狂気という関連づけもうなづける。
ちょいとずれているところに美、というのは絵や建築、陶芸・・ばかりでなく豆腐製造にもあてはまる。
完全に煮る、完璧に寄せる(凝固する)をちょいとずらしたところにおもしろみいや"うまさ"が存在するということである。
アフリカのビクトリア湖はイギリスのリビングストンの発見と言うことになって教育せられているわけだが実はJohn Spekeという共同探検者がいて現実面での功績はほとんど後者のもので、不幸な事故死とリビングストンの話し上手ということによって手柄をみんなとられてしまったという話を読んだ。用の東西を問わずこういった話はあるようだが、グラッドストーン/ディズレーリ時代の"英雄"たちも「ほんとうは誰が?」ということが百年以上たってから何が正しかったのかということがわかり、今まで俺たちはだまされていたのかということにな歴史というものも結構装飾されて伝わっていることが多いものだなと思った。
戦争などは特に客観性を必要とする対象だと思うが客観的になれないのが特徴だろう。
どきっとしたが、・・・こういうこともあるのか、と。
畑休み。
パートが調べてくれたようだが十三夜や十六夜は日本のものらしい。
後醍醐天皇の時代なのだろうか。
"完璧"をちょいとはずしたところにおもしろみを見いだす"粋"の流れだろう、ということだ。
この辺は予想していた。
満月が狂気を意識しているというのは西洋のものだろうが完璧=狂気という関連づけもうなづける。
ちょいとずれているところに美、というのは絵や建築、陶芸・・ばかりでなく豆腐製造にもあてはまる。
完全に煮る、完璧に寄せる(凝固する)をちょいとずらしたところにおもしろみいや"うまさ"が存在するということである。
アフリカのビクトリア湖はイギリスのリビングストンの発見と言うことになって教育せられているわけだが実はJohn Spekeという共同探検者がいて現実面での功績はほとんど後者のもので、不幸な事故死とリビングストンの話し上手ということによって手柄をみんなとられてしまったという話を読んだ。用の東西を問わずこういった話はあるようだが、グラッドストーン/ディズレーリ時代の"英雄"たちも「ほんとうは誰が?」ということが百年以上たってから何が正しかったのかということがわかり、今まで俺たちはだまされていたのかということにな歴史というものも結構装飾されて伝わっていることが多いものだなと思った。
戦争などは特に客観性を必要とする対象だと思うが客観的になれないのが特徴だろう。
2011年10月10日月曜日
枝豆の一般論。
品種が異なると開花・結実の時期は異なってくる。
蒔いてからさやが茶色くなるまでの時間も品種によってことなるが、枝豆に関しておおざっぱにいえる一般論が成立するような気がする。
つまり9月30日までに枝豆適期がやってきてしまうような品種はうまくない、遅くなっていくにしたがってうまくなる、ということである。
もちろん例外はある。たとえば茶豆は一般に早生が多いがしょ糖分が高いので「うまく感じてしまう」というような例。しょ糖分を除くと"野の味"の部分が物足りなくてなにか水っぽさののようなものを感じる。
畑にのっかっている時間が長いほうがうまいと言えるがもひとつ大事なことに9月の残暑が過ぎて一日の最高温度と最低温度におおきな開きが生じることが大切であると推論する。
最低気温が25度以上などという状況でできあがる枝豆の多くがなにか物足りない味となるのも宜なるかなである。
ということでここへ来て毎日枝豆検食のラッシュでまいっている。ビールも飲み過ぎ。
おとといおそばやさんで食べたのは借金無しだが7月頃食べた早生品種と比べると雲泥の差がある。両方とも店主が蒔いて収穫したものである。
このように作物には明らかに食べ頃というものがある。
早生というものは自然界にはもちろんあるわけだが、基本は7月発芽で9月末から10月真ん中へんに枝豆収穫となるのが自然といえる。
戦略的早蒔き早取りが主流となっているのが枝豆業界だが食べる側はこういったことにだまされ流されてはいけない。そのためには少しでいいから自分で蒔いてみることである、あるいは自然農をやっている農家と仲良くなることである。
農業自体は自然そのものではないが、本来のうまみは自然に近い状態で育てた(育ってしまった)ものに違いない。強引に商業ベースにのせられたうまみに疑問を持つべきである。十三夜
書き忘れたがきのうは十三夜。十五や十六(いざよい)と比べて何を意識して数字を並べたのかわからないが、十五夜と十三夜はセットで見るものできくのうは偶然ながらお店からの帰りに車の中から薄曇りでぼーっとしたやや未状態の月を拝めた次第である。なんのお供えもしなくて申し訳なかったのだが、十三夜のほうが枝豆をそなえるのが正式なやり方のようでお月見在来を収穫できたことを感謝する次第である。
家に帰っておいしく食した。
ピーカンの空に光っているのとは違いぼーっとした感じの風景が物思いにふけっているひとたちへのプレゼントのような気もした。
来年は両者ともきちんとお供えをしてぼーっとながめることにしようと思う。
お月見在来はおいしい枝豆である。
これを食しているのはたぶん全国で私だけであると思う。
蒔いてからさやが茶色くなるまでの時間も品種によってことなるが、枝豆に関しておおざっぱにいえる一般論が成立するような気がする。
つまり9月30日までに枝豆適期がやってきてしまうような品種はうまくない、遅くなっていくにしたがってうまくなる、ということである。
もちろん例外はある。たとえば茶豆は一般に早生が多いがしょ糖分が高いので「うまく感じてしまう」というような例。しょ糖分を除くと"野の味"の部分が物足りなくてなにか水っぽさののようなものを感じる。
畑にのっかっている時間が長いほうがうまいと言えるがもひとつ大事なことに9月の残暑が過ぎて一日の最高温度と最低温度におおきな開きが生じることが大切であると推論する。
最低気温が25度以上などという状況でできあがる枝豆の多くがなにか物足りない味となるのも宜なるかなである。
ということでここへ来て毎日枝豆検食のラッシュでまいっている。ビールも飲み過ぎ。
おとといおそばやさんで食べたのは借金無しだが7月頃食べた早生品種と比べると雲泥の差がある。両方とも店主が蒔いて収穫したものである。
このように作物には明らかに食べ頃というものがある。
早生というものは自然界にはもちろんあるわけだが、基本は7月発芽で9月末から10月真ん中へんに枝豆収穫となるのが自然といえる。
戦略的早蒔き早取りが主流となっているのが枝豆業界だが食べる側はこういったことにだまされ流されてはいけない。そのためには少しでいいから自分で蒔いてみることである、あるいは自然農をやっている農家と仲良くなることである。
農業自体は自然そのものではないが、本来のうまみは自然に近い状態で育てた(育ってしまった)ものに違いない。強引に商業ベースにのせられたうまみに疑問を持つべきである。十三夜
書き忘れたがきのうは十三夜。十五や十六(いざよい)と比べて何を意識して数字を並べたのかわからないが、十五夜と十三夜はセットで見るものできくのうは偶然ながらお店からの帰りに車の中から薄曇りでぼーっとしたやや未状態の月を拝めた次第である。なんのお供えもしなくて申し訳なかったのだが、十三夜のほうが枝豆をそなえるのが正式なやり方のようでお月見在来を収穫できたことを感謝する次第である。
家に帰っておいしく食した。
ピーカンの空に光っているのとは違いぼーっとした感じの風景が物思いにふけっているひとたちへのプレゼントのような気もした。
来年は両者ともきちんとお供えをしてぼーっとながめることにしようと思う。
お月見在来はおいしい枝豆である。
これを食しているのはたぶん全国で私だけであると思う。
2011年10月9日日曜日
日本酒
専門にきのうは飲んでいたので目覚めが心配であったが、ぱっちりとした目覚めであった。
飲む量(ももちろん関係はあるが)というよりも体調のせいで先月はおかしかったのだと思う。
一日中快調であった、まだ夕方だが。
きょうは町はお祭りでごっ返しているであろう。10年くらい前にはよくあちこち出かけてお祭りのスナップを撮ったものだ。ただ背が低いため脚立を持って出かけたりするのが面倒になりやがては飽きてしまった。
お祭りは基本的には"やる"もので、"見る"ものではないが、見てくれるひとがいなければやるほうもしらけてしまうのでやはり両方あっての行事。でもやる側に圧倒的な比重はある。
ここのお祭りは商店街のお祭りであきんどたちの心意気の世界ということで成り立っていたものだが、シャッター商店街を経て30階建てマンション郡の"通り"となり道路から10メートル以上ひっこんだ高層ビルの一階の店舗の集まりが"商店街"となってしまい、マンション住民の経済的非協力と相まって各店舗が経済的運命共同体とは言い得なくなってきた昨今は、運営が大変だと言うことだ。
全国の有名でない各おまつりもにたりよったりの状況があるのではないだろうか。
経済が地域の上に成り立っていないのである。
これではカネの出しようもない。
各自が勝手に生きているわけで、ただ単に同じ地域の住民であるという共同体意識しかない。
東京で稼いでいる者同士ではそれでいいかもしれないが、地域性の非常に強い個人飲食店や食料品店、衣料品、雑貨屋・・・等は参加意識も希薄になっていくはずである。
コミュニティという言葉が軽々しく語られるが、経済的連携の薄くなった地域でどうやって人間と人間を結びつけていくかはますます困難になっていくものと思われる。
古くからのひと、腰掛けの住まいとしか考えていないひとたち・・・これも大きな要因となっている。
笛や太鼓の音を聞くとわくわくするのはだれも同じだと思うのだけれど・・。
飲む量(ももちろん関係はあるが)というよりも体調のせいで先月はおかしかったのだと思う。
一日中快調であった、まだ夕方だが。
きょうは町はお祭りでごっ返しているであろう。10年くらい前にはよくあちこち出かけてお祭りのスナップを撮ったものだ。ただ背が低いため脚立を持って出かけたりするのが面倒になりやがては飽きてしまった。
お祭りは基本的には"やる"もので、"見る"ものではないが、見てくれるひとがいなければやるほうもしらけてしまうのでやはり両方あっての行事。でもやる側に圧倒的な比重はある。
ここのお祭りは商店街のお祭りであきんどたちの心意気の世界ということで成り立っていたものだが、シャッター商店街を経て30階建てマンション郡の"通り"となり道路から10メートル以上ひっこんだ高層ビルの一階の店舗の集まりが"商店街"となってしまい、マンション住民の経済的非協力と相まって各店舗が経済的運命共同体とは言い得なくなってきた昨今は、運営が大変だと言うことだ。
全国の有名でない各おまつりもにたりよったりの状況があるのではないだろうか。
経済が地域の上に成り立っていないのである。
これではカネの出しようもない。
各自が勝手に生きているわけで、ただ単に同じ地域の住民であるという共同体意識しかない。
東京で稼いでいる者同士ではそれでいいかもしれないが、地域性の非常に強い個人飲食店や食料品店、衣料品、雑貨屋・・・等は参加意識も希薄になっていくはずである。
コミュニティという言葉が軽々しく語られるが、経済的連携の薄くなった地域でどうやって人間と人間を結びつけていくかはますます困難になっていくものと思われる。
古くからのひと、腰掛けの住まいとしか考えていないひとたち・・・これも大きな要因となっている。
笛や太鼓の音を聞くとわくわくするのはだれも同じだと思うのだけれど・・。
2011年10月8日土曜日
2011年10月7日金曜日
朝からこの時間まで
動きっぱなしであった。
ちょっとまいっているが暑くはなかったので体力的な消耗はないと思う。
でもなんか眠たいなあ。
wa wi wu we wo
ya yi yu ye yo
手がかりはみつかるのだろうが、万葉仮名で万葉集かあ、ちょっとパワーがたりない。
もう寝よう。
ちょっとまいっているが暑くはなかったので体力的な消耗はないと思う。
でもなんか眠たいなあ。
wa wi wu we wo
ya yi yu ye yo
手がかりはみつかるのだろうが、万葉仮名で万葉集かあ、ちょっとパワーがたりない。
もう寝よう。
2011年10月6日木曜日
ベルゲン線。
フィヨルドの縁をぬってグリーグ晩年のすみかベルゲンへSLで。
みなみランボーが案内していた。
これは忘れられない風景になってしまった、行きたくて行きたくてしょうがないスポットだ。
水と緑と控えめな住民やまちの風景、看板。家そのものは木造で高級感は感じられないのだが緑の中にぽつんぽつんと控えめにたっている。
列車の案内には英語はない。
グリーグ晩年のすみかと作曲小屋は湖を目の前にした森のなかの隠れ家。
あー、幸せな晩年だったろうな。
人間的なしがらみはどうでもいいとして彼の最後を看取ってくれたベルゲンの水や森、それに多雨と雪のお天気。こういう死に方・・・・、うらやましい限りだ。
都会の喧噪をえらぶか、ベルゲンのような静けさを求めるか、好みの問題だけど妊婦がヘソ出して自慢げに買い物をしていたきのうのことを思い出すとこの地はもういいなという気もする。
黄色く黄葉した株が比較的多くなってきた品種を早めではあるが刈り取り開始する。
乾燥が毎日ひっくり返しの必要性からやっかいではあるがのちのち一気にやってくる一斉できあがりに対処するためにはいたしかたない。
多くの品種がぱんぱんでさや黒ずみ頂上葉っぱ落ち&黄葉という状態が進行しつつある。
湯がき豆とお月見在来が枝豆適機のようである、もいでくる。
湯がきまめ、ほくほくではないがさわやかなさっぱりタイプ。
お月見在来は軽くほくほくで青味たっぷりのうまい枝豆である。
ゆがきまめは控えめな主張でいながらなぜかあとを引くという魅力的な埼玉在来だ、毎年枝豆用に蒔くつもり。
夕刊の一面は小沢が右側を2/3。左1/3はアップルのジョブズ氏の死のことであった。印象的な対比の紙面であった。
山に登りたいなー。
お昼のノルウェーの森がまだひっかかっている。
山形の朝日連峰北部を夢見ている。
みなみランボーが案内していた。
これは忘れられない風景になってしまった、行きたくて行きたくてしょうがないスポットだ。
水と緑と控えめな住民やまちの風景、看板。家そのものは木造で高級感は感じられないのだが緑の中にぽつんぽつんと控えめにたっている。
列車の案内には英語はない。
グリーグ晩年のすみかと作曲小屋は湖を目の前にした森のなかの隠れ家。
あー、幸せな晩年だったろうな。
人間的なしがらみはどうでもいいとして彼の最後を看取ってくれたベルゲンの水や森、それに多雨と雪のお天気。こういう死に方・・・・、うらやましい限りだ。
都会の喧噪をえらぶか、ベルゲンのような静けさを求めるか、好みの問題だけど妊婦がヘソ出して自慢げに買い物をしていたきのうのことを思い出すとこの地はもういいなという気もする。
黄色く黄葉した株が比較的多くなってきた品種を早めではあるが刈り取り開始する。
乾燥が毎日ひっくり返しの必要性からやっかいではあるがのちのち一気にやってくる一斉できあがりに対処するためにはいたしかたない。
多くの品種がぱんぱんでさや黒ずみ頂上葉っぱ落ち&黄葉という状態が進行しつつある。
湯がき豆とお月見在来が枝豆適機のようである、もいでくる。
湯がきまめ、ほくほくではないがさわやかなさっぱりタイプ。
お月見在来は軽くほくほくで青味たっぷりのうまい枝豆である。
ゆがきまめは控えめな主張でいながらなぜかあとを引くという魅力的な埼玉在来だ、毎年枝豆用に蒔くつもり。
夕刊の一面は小沢が右側を2/3。左1/3はアップルのジョブズ氏の死のことであった。印象的な対比の紙面であった。
山に登りたいなー。
お昼のノルウェーの森がまだひっかかっている。
山形の朝日連峰北部を夢見ている。
2011年10月5日水曜日
一日中雨。
寒かった。15度くらいだろうか。
雨は実は楽しみでもある、つまり休めるから。
でも雨続きは困る。
金木犀はまだ落ちてない。
車で町を通りすがり白かったような花の金木犀に気づく。白いので白木犀か?
町の中を走って気の付いたおおきなことにけやきの葉っぱがある。
なんとおおむね枯れてしまっている。
浦和所沢バイパスは日本一長いけやき並木と称しているはずだが葉っぱはどうなっていることだろう。
ここ例年きれいなけやきの黄紅葉が続いたのだけれどことしは全滅のようである。
気温の降下にはある大切なタイミングと程度というものがあるのだろう。
夕方のラジオで小西さんがある大学対抗の英語ディベートの来賓をしたときの乾燥を述べていた。
移民、リビア、若者の暴動、不景気・・・とテーマについてディベートさせるとどういうわけか「アメリカ人として、アメリカ政府として」の立場から意見を言い合う議論になってしまうということだ。
英語を使っていると物事を考えるのも英語で考えるようになるが、何かかなりへんだなと思った。
これを当ののアメリカ人が聞いていたらにたっとするだろう。
外国語は単なる手段であると思うのだが、訓練の習慣でそのことばの書物や新聞を読んでいると自然と考え方もそれらに洗脳されてしまって思考のパターンの催眠術にかかってしまうのかもしれない。
意識して日本を考えるようにしないといけない。
それと日本の書物、特に日本について書いた書物を読んでよく思考することである。
日本のことを語れない英語ぺらぺらもしょせんは世界の田舎者と見られてしまうだけのことだと思う。
会話程度の英語ではだめだということだ。
雨は実は楽しみでもある、つまり休めるから。
でも雨続きは困る。
金木犀はまだ落ちてない。
車で町を通りすがり白かったような花の金木犀に気づく。白いので白木犀か?
町の中を走って気の付いたおおきなことにけやきの葉っぱがある。
なんとおおむね枯れてしまっている。
浦和所沢バイパスは日本一長いけやき並木と称しているはずだが葉っぱはどうなっていることだろう。
ここ例年きれいなけやきの黄紅葉が続いたのだけれどことしは全滅のようである。
気温の降下にはある大切なタイミングと程度というものがあるのだろう。
夕方のラジオで小西さんがある大学対抗の英語ディベートの来賓をしたときの乾燥を述べていた。
移民、リビア、若者の暴動、不景気・・・とテーマについてディベートさせるとどういうわけか「アメリカ人として、アメリカ政府として」の立場から意見を言い合う議論になってしまうということだ。
英語を使っていると物事を考えるのも英語で考えるようになるが、何かかなりへんだなと思った。
これを当ののアメリカ人が聞いていたらにたっとするだろう。
外国語は単なる手段であると思うのだが、訓練の習慣でそのことばの書物や新聞を読んでいると自然と考え方もそれらに洗脳されてしまって思考のパターンの催眠術にかかってしまうのかもしれない。
意識して日本を考えるようにしないといけない。
それと日本の書物、特に日本について書いた書物を読んでよく思考することである。
日本のことを語れない英語ぺらぺらもしょせんは世界の田舎者と見られてしまうだけのことだと思う。
会話程度の英語ではだめだということだ。
2011年10月4日火曜日
朝はだいぶ寒かった。
旭川はきのう短時間だが雪、けさは霜・初氷とのこと。
刈り取った跡と発芽しなかったところをかき混ぜる。
狭いけどぎりぎりトラクターがUターンできる。
大豆のさやはいろんな品種に黒ずんだ部分が出てきたものが多く見受けられるようになってきた。ぱんぱん状態を通り過ぎてかたくなりつつあることの表れである。
武市半平太の真筆の書状が鑑定団に。
名前しか知らない人物だったが紹介で、すごい人物だなと思った。
37才で切腹だが、当時の江戸・明治の狭間で活躍した青年たちの情熱と覚悟というものにただ圧倒されるばかりであった。
これを思うと明治まで(いろんな意味で)生き残ったひとたちの行いにはやはり穢れの多さを感じざるを得ない人物ばかりだ。
政治に頭角を表すものとはそういうものなのだろう。
負け犬と称されたひとたちまで含めて歴史というものは考えなければならない。
ノーベル賞の季節となったが、選考は大変みたいだね。
我が国戦後大学を出たひとたちの多くも受賞してもおかしくないひとたちがたくさんいるようである。
功績のはっきりした科学分野でもこんななのだから、経済とか文学、平和などといった分野は選考不能領域でやめてしまったほうがいいとも思うのだけれど。
最初の近似方程式がニュートン、そして次のがアインシュタインで近似なのか窮極なのかの迷いが生じかねないこないだのスイス-イタリア間を走らせたニュートリノの実験結果でひとときどきっとさせられたものだ。
これらの前後にもさまざまな法則が発見されていてもそれらが"自然"にしかけられた真実の法則なのかいなかは精度を追い求めて行くに従い誤差が発見されたり例外がでてきたりの番狂わせがさまざまな形で現れるのかもしれない。
絶対の探求といえばバルザックの一冊だが、完璧な法則というものは人類の飽くなき好奇心には消滅することのない目標でありつづけるのだろう。
物理ばかりでなくいろんな分野で"絶対"を追いかけている。
畑の"理屈"にもそういったものがある。
自然のサイクルという理想形態に近づけよう、でも農業は自然そのものではない。
トリックとだましあいともとれる"工夫"もある。
わからないことだらけだけど、わかろうと努力しているのが心地よさなのかもしれない。
欲しいと思ったものがすぐ手に入ってしまうのはつまらないものね。
刈り取った跡と発芽しなかったところをかき混ぜる。
狭いけどぎりぎりトラクターがUターンできる。
大豆のさやはいろんな品種に黒ずんだ部分が出てきたものが多く見受けられるようになってきた。ぱんぱん状態を通り過ぎてかたくなりつつあることの表れである。
武市半平太の真筆の書状が鑑定団に。
名前しか知らない人物だったが紹介で、すごい人物だなと思った。
37才で切腹だが、当時の江戸・明治の狭間で活躍した青年たちの情熱と覚悟というものにただ圧倒されるばかりであった。
これを思うと明治まで(いろんな意味で)生き残ったひとたちの行いにはやはり穢れの多さを感じざるを得ない人物ばかりだ。
政治に頭角を表すものとはそういうものなのだろう。
負け犬と称されたひとたちまで含めて歴史というものは考えなければならない。
ノーベル賞の季節となったが、選考は大変みたいだね。
我が国戦後大学を出たひとたちの多くも受賞してもおかしくないひとたちがたくさんいるようである。
功績のはっきりした科学分野でもこんななのだから、経済とか文学、平和などといった分野は選考不能領域でやめてしまったほうがいいとも思うのだけれど。
最初の近似方程式がニュートン、そして次のがアインシュタインで近似なのか窮極なのかの迷いが生じかねないこないだのスイス-イタリア間を走らせたニュートリノの実験結果でひとときどきっとさせられたものだ。
これらの前後にもさまざまな法則が発見されていてもそれらが"自然"にしかけられた真実の法則なのかいなかは精度を追い求めて行くに従い誤差が発見されたり例外がでてきたりの番狂わせがさまざまな形で現れるのかもしれない。
絶対の探求といえばバルザックの一冊だが、完璧な法則というものは人類の飽くなき好奇心には消滅することのない目標でありつづけるのだろう。
物理ばかりでなくいろんな分野で"絶対"を追いかけている。
畑の"理屈"にもそういったものがある。
自然のサイクルという理想形態に近づけよう、でも農業は自然そのものではない。
トリックとだましあいともとれる"工夫"もある。
わからないことだらけだけど、わかろうと努力しているのが心地よさなのかもしれない。
欲しいと思ったものがすぐ手に入ってしまうのはつまらないものね。
2011年10月3日月曜日
稲刈りしようかどうかな
と迷ったが・・・
やきり稲刈り。
すべて完了。
比較的明るい屋根の下にはさがけする。
すぐわきの大豆畑の畝間は倒れた株の枝で足の踏み入れるすきもない。
外から見ると一段背が低くなってはいるがすくすくと上に向かっているのだが。
雑草もまっすぐ上を向かうようになり大豆よりも背が高くなる。
一気に寒くなったようである。
夕方は半袖はつらい。
一枚羽織る。
Nさんのブログがよかった。
ことばは文字・音ともに歴史的な由来というものがありどうして「ある表記」になり「ある発音」になるのかという基本的なことにきちんとした意味があるということである。
文化いや文明というものは"便宜"が優先されてしまい機能やスピードを阻害するものは簡略化、廃止という方向へ持って行ってしまうのが世のリーダーたちの思考回路にあるようだ。
祖先が蓄積し築きあげてきた大切な宝物に対する敬意というものに欠ける気がする。
中国の簡体字もそうだろう。
"ご先祖様・・・・"というのがこの国の宗教の一端をになう要素でであるにもかわらず、仏壇や墓石にに向かって手を合わせるうわべだけの本人の「こんなにご先祖様を思ってるんだよ、どうぞお守りください」という自己満足のご都合主義に堕してしまい、肝心な先祖が作り上げてくれた遺産をさらになにがしかのプラスを添加していこうと努力していかない性向を反省しなければいけないなと思った。
本来はあった区別を便宜的にひとつの音にしてしまうというのは文化の破壊といえるかもしれない。
旧字体は大変としても旧仮名遣い・送りがなはきちんと教えかつもとに戻してもいいのではないかなと思った。
学校出ていない父や母もそういう古い使い方で手紙を書いていた。
番茶庵に感謝。
きょうはかなり疲れている。
もう横になったほうがいいような気がする。
やきり稲刈り。
すべて完了。
比較的明るい屋根の下にはさがけする。
すぐわきの大豆畑の畝間は倒れた株の枝で足の踏み入れるすきもない。
外から見ると一段背が低くなってはいるがすくすくと上に向かっているのだが。
雑草もまっすぐ上を向かうようになり大豆よりも背が高くなる。
一気に寒くなったようである。
夕方は半袖はつらい。
一枚羽織る。
Nさんのブログがよかった。
ことばは文字・音ともに歴史的な由来というものがありどうして「ある表記」になり「ある発音」になるのかという基本的なことにきちんとした意味があるということである。
文化いや文明というものは"便宜"が優先されてしまい機能やスピードを阻害するものは簡略化、廃止という方向へ持って行ってしまうのが世のリーダーたちの思考回路にあるようだ。
祖先が蓄積し築きあげてきた大切な宝物に対する敬意というものに欠ける気がする。
中国の簡体字もそうだろう。
"ご先祖様・・・・"というのがこの国の宗教の一端をになう要素でであるにもかわらず、仏壇や墓石にに向かって手を合わせるうわべだけの本人の「こんなにご先祖様を思ってるんだよ、どうぞお守りください」という自己満足のご都合主義に堕してしまい、肝心な先祖が作り上げてくれた遺産をさらになにがしかのプラスを添加していこうと努力していかない性向を反省しなければいけないなと思った。
本来はあった区別を便宜的にひとつの音にしてしまうというのは文化の破壊といえるかもしれない。
旧字体は大変としても旧仮名遣い・送りがなはきちんと教えかつもとに戻してもいいのではないかなと思った。
学校出ていない父や母もそういう古い使い方で手紙を書いていた。
番茶庵に感謝。
きょうはかなり疲れている。
もう横になったほうがいいような気がする。
2011年10月2日日曜日
京都の枝豆
"むらさきずきん"という品種のレポート番組をちらっと見た。
身の色からして黒豆の親戚とおもわれる。
そうすると"ほくほく"という説明が納得できる。
このタイプはぱんぱんになった後の実の色が茶色くなりかかったころがうまい。
ただしやや固くなり始めているので煮る時間は長めで15-30分くらいかかる。
普通枝豆は反ったさやの内側の弧の部分が開いてきたらゆであげ完了、と習った記憶があるがこれはあまりにもおおざっぱすぎる基準でぱんぱん近くなっている場合は通用しない場合が多い。
結局食べてみて決めるしかない、というのが答えである。
京都のこの品種を栽培している農家の畑を写していたが株が倒れにくいように株の両脇にヒモを張っていた。
丹波篠山では株の頂上と頂上をヒモで結んでピンと張っている、と聞いたことがある。
ただしこないだの台風ではやはり根本はゆるゆるで穴があいてしまっており番組では穴埋めをしていた。
枝豆で大豆を売る農業ならそれなりに手間はかけられる。
つまり枝豆が一番高い値段で売れるからである。
しかし農業的な「手のかけよう」はいうまでもなく最後の固い粒まで育て上げるほうである。
理不尽といえば理不尽であるが、これが需給バランス・市場原理というものである。
こういったことまで考えると消費者はあまりにも「農業の過程」を知らなすぎる。
学校の蒔いて・収穫だけ授業がほとんどなんの意味もない「与えた側の自己満足」イベントであることがわかる。こういったイベント授業から生まれるのは農家をばかにした都会人いや都会居住者の気運育成、そして逆からは「生活がかかっているから、作物をつくらなくても税金がかからないように、最大限の効率をはかれるように農薬使用、・・・」ということになってしまう。
社会全体がもっとそばによって農業を見つめなければならない。
「顔の見える農業」なんて気の利いた宣伝文句だけではだめである。このことばは商業的偽善である。
さまざまな障壁によって難儀しているのは真剣な農家と政治・経済・社会環境によってふりまわされつづけてきた農水省・各農政課である。農業の役所は被害者であるといえる。
うまい枝豆が全国で5銘柄程度あげられていたが新潟の「サカナマメ」があげられていた。
これは気品のある香りに甘み・うまみバランスのとれたすばらしい味の枝豆である。
きのう金木犀の開花に気づく、咲いたのはいつ・・?
茗荷の花咲く、採集して所沢のNさんに。
谷中ショウガも半分とってNさんに。
ピーナッツをちょいと引っ張ってみたがはじのほうはまだまだちいさい。
銀の次がぷっくらとふくらんできた。兄弟のおきんさまはまだのよう。
夕方親友のKさんが奥様とお店に来てくれた。まだおくられてきた小説を読んでないので謝る。武澤先生の論攷が文春に出ていたと聞く、まだ売ってるかな?
読売に載っていた癌研元総長・垣添先生のコラムがおばさんの死とMの死のことがちらつき身につまされるものがあった。
在宅介護半年間と最後まですっぽかし(事実上の孤独死)親不孝の2例を比較したがこれからの高齢化社会で切実な問題となってくる。
ウチらの年取った頃には早くこの世にグッドバイするのが社会のため、ということになっていることだろう。
税収減以前に国家の破綻ということも考えられるから。
身の色からして黒豆の親戚とおもわれる。
そうすると"ほくほく"という説明が納得できる。
このタイプはぱんぱんになった後の実の色が茶色くなりかかったころがうまい。
ただしやや固くなり始めているので煮る時間は長めで15-30分くらいかかる。
普通枝豆は反ったさやの内側の弧の部分が開いてきたらゆであげ完了、と習った記憶があるがこれはあまりにもおおざっぱすぎる基準でぱんぱん近くなっている場合は通用しない場合が多い。
結局食べてみて決めるしかない、というのが答えである。
京都のこの品種を栽培している農家の畑を写していたが株が倒れにくいように株の両脇にヒモを張っていた。
丹波篠山では株の頂上と頂上をヒモで結んでピンと張っている、と聞いたことがある。
ただしこないだの台風ではやはり根本はゆるゆるで穴があいてしまっており番組では穴埋めをしていた。
枝豆で大豆を売る農業ならそれなりに手間はかけられる。
つまり枝豆が一番高い値段で売れるからである。
しかし農業的な「手のかけよう」はいうまでもなく最後の固い粒まで育て上げるほうである。
理不尽といえば理不尽であるが、これが需給バランス・市場原理というものである。
こういったことまで考えると消費者はあまりにも「農業の過程」を知らなすぎる。
学校の蒔いて・収穫だけ授業がほとんどなんの意味もない「与えた側の自己満足」イベントであることがわかる。こういったイベント授業から生まれるのは農家をばかにした都会人いや都会居住者の気運育成、そして逆からは「生活がかかっているから、作物をつくらなくても税金がかからないように、最大限の効率をはかれるように農薬使用、・・・」ということになってしまう。
社会全体がもっとそばによって農業を見つめなければならない。
「顔の見える農業」なんて気の利いた宣伝文句だけではだめである。このことばは商業的偽善である。
さまざまな障壁によって難儀しているのは真剣な農家と政治・経済・社会環境によってふりまわされつづけてきた農水省・各農政課である。農業の役所は被害者であるといえる。
うまい枝豆が全国で5銘柄程度あげられていたが新潟の「サカナマメ」があげられていた。
これは気品のある香りに甘み・うまみバランスのとれたすばらしい味の枝豆である。
きのう金木犀の開花に気づく、咲いたのはいつ・・?
茗荷の花咲く、採集して所沢のNさんに。
谷中ショウガも半分とってNさんに。
ピーナッツをちょいと引っ張ってみたがはじのほうはまだまだちいさい。
銀の次がぷっくらとふくらんできた。兄弟のおきんさまはまだのよう。
夕方親友のKさんが奥様とお店に来てくれた。まだおくられてきた小説を読んでないので謝る。武澤先生の論攷が文春に出ていたと聞く、まだ売ってるかな?
読売に載っていた癌研元総長・垣添先生のコラムがおばさんの死とMの死のことがちらつき身につまされるものがあった。
在宅介護半年間と最後まですっぽかし(事実上の孤独死)親不孝の2例を比較したがこれからの高齢化社会で切実な問題となってくる。
ウチらの年取った頃には早くこの世にグッドバイするのが社会のため、ということになっていることだろう。
税収減以前に国家の破綻ということも考えられるから。
2011年10月1日土曜日
この景気の悪さは
たぶん、震災がなかった場合にもこのレベルになっていたであろうと考える。
世界レベル、またそれによって引き起こされた国内での諸問題という"マルチ・パンチ"でもともと貧弱な流通・飲食関係はひーひー言っている。
消費の末端は経済全体の局部的好景気とは関係なく低いところで推移しているところも多く産業自体が被淘汰あるいは国内被淘汰の瀬戸際にあるところも。
何を努力したらいいのか、あるいはいっそ廃業して・・・なのか。
歴史の意志などということを持ち出すのは悲しいことだが何をやってもだめな場合はこういう投げやりな考えになりがちなものだ。
保母さんのほかにもうひとり同じ枝豆をプレゼントしたお客様からなんと"お褒め"のことばをいただいた、恐れ多いことだ。
ほんにびっくりされたようだった。
だだちゃ豆よりはるかにいいとのことで、これはますます売り物ではないなと感じた。
こういうものは売ってはいけない。
大切なひとにプレゼントするだけだ。
あと、自分が食べるだけのこと。
窮極の独占欲。
醜いのか、美しいのか?
神田須田町。すごい町だな。
"粋"のミクロコスモス。
バルトークもこういうところを見ていたならばな。
コレクター・アイテムの機械式計算機の日本でただひとりの修理屋さんなんてあるんだ。
機械そのものもおもしろくかつ内部が美しい。
こういうものを趣味にするひとがいるなんて・・・日本はまだまだ大丈夫だなと思った。
こんど散歩してこよう。
、
世界レベル、またそれによって引き起こされた国内での諸問題という"マルチ・パンチ"でもともと貧弱な流通・飲食関係はひーひー言っている。
消費の末端は経済全体の局部的好景気とは関係なく低いところで推移しているところも多く産業自体が被淘汰あるいは国内被淘汰の瀬戸際にあるところも。
何を努力したらいいのか、あるいはいっそ廃業して・・・なのか。
歴史の意志などということを持ち出すのは悲しいことだが何をやってもだめな場合はこういう投げやりな考えになりがちなものだ。
保母さんのほかにもうひとり同じ枝豆をプレゼントしたお客様からなんと"お褒め"のことばをいただいた、恐れ多いことだ。
ほんにびっくりされたようだった。
だだちゃ豆よりはるかにいいとのことで、これはますます売り物ではないなと感じた。
こういうものは売ってはいけない。
大切なひとにプレゼントするだけだ。
あと、自分が食べるだけのこと。
窮極の独占欲。
醜いのか、美しいのか?
神田須田町。すごい町だな。
"粋"のミクロコスモス。
バルトークもこういうところを見ていたならばな。
コレクター・アイテムの機械式計算機の日本でただひとりの修理屋さんなんてあるんだ。
機械そのものもおもしろくかつ内部が美しい。
こういうものを趣味にするひとがいるなんて・・・日本はまだまだ大丈夫だなと思った。
こんど散歩してこよう。
、
2011年9月30日金曜日
夢の中に
ジャイアント馬場と鹿島の宮本さんがでてきた。
宮本さんは同業で何回か会っているのでいいのだが、ジャイアント馬場はテレビでみていただけである。
私も入れて3人が飲み会をして人生についてしみじみと語り合っていたということだが中身についてはまったく記憶にない。
頭の中の記憶の回路というものはどうしてこういう組み合わせをつくるのかわからないが、こういう夢を見られるというのは楽しいことだ。なんか得したような気がする。
怪獣においかけられたり崖っぷちに追い込まれたりというような怖い夢は子供の時以来みたことがないよな気がする。
会いたくてしょうがない故人というものも、普段想い続けている割には、出演してくれない。
勝手にあたまのどこかが出演交渉しているようでこちとらはなるがままにまかせているだけだ。
畑はおやすみ。
夜、こないだ枝豆2種をあげた保母さんが来て「おいしかった「」のひとこと。
うれしかった。
2種類の差もわかってくれてよかった。
意図的に非だだちゃ豆を意識してもいだものであるがこちとらの意図がわかってくれていたようである。
現今の枝豆市場はおおむねだだちゃ豆を基準にして売れる・売れないの判断をしているようだが、買う方はこういう一種の"価値観の一元化"を洗脳されているようであわれなことと常々思っている。買う方も愚かといいたいところだが買う方に大豆の知識がそんなにあるものともあるいはそういう知識に接する機会自体ないと思うので、悪いのは売る方だと思う。
猫も杓子もあるひとつの方向に押し流されていく、というのは永遠に直すことのできない"大衆"というものが持つ特性なのだろう。
そういう悪癖・悪徳を導くのはメディアや"ちょいと勘違い"している自称文化人と称するひとたちや団体であろう。
"多様性"ということば自体がファッションと化してしまったている状況ではどうやって多様性の重要さを説くかということはむつかしい問題だが、実例を示し実践した結果を示すしかないような気がする。
宮本さんは同業で何回か会っているのでいいのだが、ジャイアント馬場はテレビでみていただけである。
私も入れて3人が飲み会をして人生についてしみじみと語り合っていたということだが中身についてはまったく記憶にない。
頭の中の記憶の回路というものはどうしてこういう組み合わせをつくるのかわからないが、こういう夢を見られるというのは楽しいことだ。なんか得したような気がする。
怪獣においかけられたり崖っぷちに追い込まれたりというような怖い夢は子供の時以来みたことがないよな気がする。
会いたくてしょうがない故人というものも、普段想い続けている割には、出演してくれない。
勝手にあたまのどこかが出演交渉しているようでこちとらはなるがままにまかせているだけだ。
畑はおやすみ。
夜、こないだ枝豆2種をあげた保母さんが来て「おいしかった「」のひとこと。
うれしかった。
2種類の差もわかってくれてよかった。
意図的に非だだちゃ豆を意識してもいだものであるがこちとらの意図がわかってくれていたようである。
現今の枝豆市場はおおむねだだちゃ豆を基準にして売れる・売れないの判断をしているようだが、買う方はこういう一種の"価値観の一元化"を洗脳されているようであわれなことと常々思っている。買う方も愚かといいたいところだが買う方に大豆の知識がそんなにあるものともあるいはそういう知識に接する機会自体ないと思うので、悪いのは売る方だと思う。
猫も杓子もあるひとつの方向に押し流されていく、というのは永遠に直すことのできない"大衆"というものが持つ特性なのだろう。
そういう悪癖・悪徳を導くのはメディアや"ちょいと勘違い"している自称文化人と称するひとたちや団体であろう。
"多様性"ということば自体がファッションと化してしまったている状況ではどうやって多様性の重要さを説くかということはむつかしい問題だが、実例を示し実践した結果を示すしかないような気がする。
2011年9月29日木曜日
携帯電話の
進化についてお昼にテレビでやっていたが、スマートフォンオンリーの方向へ需要が向かって行ってるのかと思ったららくらくフォンの販売量が安定した比率で守られているとのこと。
つまり電話とメールとカメラだけの機能、インターネットもiモードとかで簡単につなげるやつかな。
自分のは恥ずかしながらこれなのだが電話とメールだけで十分足りている。
外に居てまでパソコンはいらないし、調べ物は家ですればよい。
何を調べるか、自体を忘れがちなのでそれは紙に書いておけばよい。
これから買うことはと考えると・・・・・わからない、といったところかな。
本のダウンロード用の機械は買おうと思っているがソフト自体が充実しているわけではないのでまだ先でいい。
仲間に偶然会う。
まだよく飲みに行くの?と聞くと、孫がかわいいのと9時になると眠くなっちゃってねー、だと。
おおむねこのパターンが多いのかな。
平和だナー。
飲み会って「うさ晴らし」ばかりでなく「なにかを求めて」の部分も多いと思うのだが、意欲の減衰は致し方ないことなのだろうか?
死ぬまで何かを追いかけている姿が美しいと思うんだけど。
夢を果たしきってあるいはあきらめて、よりも夢を持ったまま未完成をかかえながら死んでいくのが美しいと思う。Mはまさにそうであった。
若いけどある意味で幸せな死であったと思う。
高級茶に放射能が高くでるのは要するに高級茶は一番茶のほんとにやわらかいうちの芽をつみとったもので、ちょうど3/11のあと3月後半から芽が出て4月半ばくらいでつんでしまうと思うが、まだ空から放射能がたくさん降っていた時期にあたるものだろう。
同時期のあとに芽が出た葉物や果実・豆類の数値が低いのもうなづける。つまり土から吸い上げたものの蓄積ということになるわけだが、きちんとしたデータはまだまだこれからなのかもしれない。
ひょっとすると関東全体が"アウト"ということもあり得るのかもしれない。
つまり電話とメールとカメラだけの機能、インターネットもiモードとかで簡単につなげるやつかな。
自分のは恥ずかしながらこれなのだが電話とメールだけで十分足りている。
外に居てまでパソコンはいらないし、調べ物は家ですればよい。
何を調べるか、自体を忘れがちなのでそれは紙に書いておけばよい。
これから買うことはと考えると・・・・・わからない、といったところかな。
本のダウンロード用の機械は買おうと思っているがソフト自体が充実しているわけではないのでまだ先でいい。
仲間に偶然会う。
まだよく飲みに行くの?と聞くと、孫がかわいいのと9時になると眠くなっちゃってねー、だと。
おおむねこのパターンが多いのかな。
平和だナー。
飲み会って「うさ晴らし」ばかりでなく「なにかを求めて」の部分も多いと思うのだが、意欲の減衰は致し方ないことなのだろうか?
死ぬまで何かを追いかけている姿が美しいと思うんだけど。
夢を果たしきってあるいはあきらめて、よりも夢を持ったまま未完成をかかえながら死んでいくのが美しいと思う。Mはまさにそうであった。
若いけどある意味で幸せな死であったと思う。
高級茶に放射能が高くでるのは要するに高級茶は一番茶のほんとにやわらかいうちの芽をつみとったもので、ちょうど3/11のあと3月後半から芽が出て4月半ばくらいでつんでしまうと思うが、まだ空から放射能がたくさん降っていた時期にあたるものだろう。
同時期のあとに芽が出た葉物や果実・豆類の数値が低いのもうなづける。つまり土から吸い上げたものの蓄積ということになるわけだが、きちんとしたデータはまだまだこれからなのかもしれない。
ひょっとすると関東全体が"アウト"ということもあり得るのかもしれない。
2011年9月28日水曜日
谷中ショウガ一部収穫。
やや固くなっている。もっと早くて良かったと思う。
極小を一部刈り取る。葉っぱはてっぺんが黄色く他は緑なのだがてっぺん近くのさやも茶色くなっていたり黄色くなってきたりしている。
早めに刈り取って日当たり風通しのいいところで乾しておけばよい。蒸れるので毎日動かしてやることを忘れてはならない。
貸している家庭菜園の方とおしゃべりした収穫のひとつ。
なんと我が河岸段丘の高台の端っこや一部のひっこんだところでもスカイツリーや新宿の高層ビルが見えるとのことであった。特に元旦の初日の出は新宿のビル街の真ん中に日が昇るとのことで、元旦の朝はあるスポットに数十人アマチュアカメラマンが集まるとのことであった。
へえー。
全く知らなかった。
写真だと相当な望遠でないと無理だと思うが・・・。
なんとなくどの辺がいいか頭にはイメージできている。
・むかない甘栗
・「30分で読む日本・世界の古典名作」
・名曲"さわり"集
・インスタント食品
・学校農業・・・「蒔く、収穫、そして食べる」
・・・・・
手抜きの社会、文化、教育・・・。
長編小説でいえば筋だけで細部をすべて切り捨てたような読み物みたいな文化。
山でいえば頂上を踏むことだけに価値を見いだす山登り。
蒔くのと刈り取りだけの農業体験。
能書きだけに一喜一憂のミーハー消費者。
ふるさとをすてた定年後人間の「いなか暮らしのすすめ」。
カネのギブアンドテイクだけのあきんどたち。
・・・・・。
数え上げたらきりがない。
わがままの極み、かんちがい。
極小を一部刈り取る。葉っぱはてっぺんが黄色く他は緑なのだがてっぺん近くのさやも茶色くなっていたり黄色くなってきたりしている。
早めに刈り取って日当たり風通しのいいところで乾しておけばよい。蒸れるので毎日動かしてやることを忘れてはならない。
貸している家庭菜園の方とおしゃべりした収穫のひとつ。
なんと我が河岸段丘の高台の端っこや一部のひっこんだところでもスカイツリーや新宿の高層ビルが見えるとのことであった。特に元旦の初日の出は新宿のビル街の真ん中に日が昇るとのことで、元旦の朝はあるスポットに数十人アマチュアカメラマンが集まるとのことであった。
へえー。
全く知らなかった。
写真だと相当な望遠でないと無理だと思うが・・・。
なんとなくどの辺がいいか頭にはイメージできている。
・むかない甘栗
・「30分で読む日本・世界の古典名作」
・名曲"さわり"集
・インスタント食品
・学校農業・・・「蒔く、収穫、そして食べる」
・・・・・
手抜きの社会、文化、教育・・・。
長編小説でいえば筋だけで細部をすべて切り捨てたような読み物みたいな文化。
山でいえば頂上を踏むことだけに価値を見いだす山登り。
蒔くのと刈り取りだけの農業体験。
能書きだけに一喜一憂のミーハー消費者。
ふるさとをすてた定年後人間の「いなか暮らしのすすめ」。
カネのギブアンドテイクだけのあきんどたち。
・・・・・。
数え上げたらきりがない。
わがままの極み、かんちがい。
2011年9月27日火曜日
春日部ナンバー
をここのところよく見るナー、と思っていたところ大澤さんのゲストに太田裕美。
声を聞いただけでうれしくなってしまったのだが、やはりかなりファンはいるのだなということがわかる。
投稿ファックスも一時間で締め切り。
やはりアイドルなのか、と思ったのだが意外と話題に上るのは初期の曲ばかりですべて網羅しているおいらはひとり優越感にひたっていた。
中期から引退までがいいのだ。
そして復活した時は、子供を生んだ女性の必然としてしかたないことのだが、音域が狭くしかも低くなってしまっている。ただしこれはこれで色っぽくもあり良きに解釈する。
やや鬱状態の昨今だが少し"晴れ"をもらった午前だった。
白州青豆とdeckon。それぞれ所沢4代目くらいだろうか。
山梨の前者はうまい枝豆であるがもう少し甘みがあってもいいと思う。
DECKONはジーンバンク登録豆であるが、顕著な変異種を伴う品種で今まで虫食い害がひどかったのだが今年は客土ならぬ追加土をたくさんしたせいかできはいいのではないかと思う。枝豆としてはまずくはないがそんなにうまいとも言えない。
品種そのものはきわめてレアーである。
ベオゥルフをとばし読む。そのあと映画を見る。
単純だが久しぶりのこともありおもしろかった。
映画では埋葬というか葬送がジークフリートの死と同様船に安置し燃やしてしまうというところが同じで、しかも愛する(といっても相手は悪魔だが)相手が合体して燃え尽きるというところが同じで民族の同質性から来るものかな。ゲルマンとデンマークなので似ているのかなと思った。
と、来るとトールキンとなるのだがきりがないのでやめる。
パートが新沼謙二と美川憲一(?)のコンサートに行くため早くお店に行く。たしか震災援助関連だったと思う。
美川憲一はとても観客を楽しませてくれるひとのようでここ所沢では大人気とのこと。
これに対して芸能界の大御所Xの以前のコンサートで「なにー、8000円?そんな安いノー・・・」といって観客をばかにする発言があったとのことでウチのパートはだいきらいとか。自分がえらいと思いはじめるとどんな業界でも同じ事が起こるんだね。
こちとらは感心がないのでどうでもいいことなのだが、こういう下品な成金発言には閉口したものだ。
今日は楽しめていたのならばいいんだけれど。
お店はひまだったな。
新人の訓練。
家に帰ると鑑定団。
茂吉の書が出ていた。
蔵王の頂上、一等三角点のそばの山形平野に向いた茂吉の碑を思い出しかつ、山スキー用のポールがあるのにもかかわらず1メートルくらいしか視界が無かった濃霧時の登山で遭難しかかったことを思い出す。お釜に落ちていたかもしれない。
また茂吉の処方した睡眠薬の大量摂取で芥川が自殺したということを初めて知る。その自殺した年の書で、ビールジョッキと歌の書でおかしくもあった。
声を聞いただけでうれしくなってしまったのだが、やはりかなりファンはいるのだなということがわかる。
投稿ファックスも一時間で締め切り。
やはりアイドルなのか、と思ったのだが意外と話題に上るのは初期の曲ばかりですべて網羅しているおいらはひとり優越感にひたっていた。
中期から引退までがいいのだ。
そして復活した時は、子供を生んだ女性の必然としてしかたないことのだが、音域が狭くしかも低くなってしまっている。ただしこれはこれで色っぽくもあり良きに解釈する。
やや鬱状態の昨今だが少し"晴れ"をもらった午前だった。
白州青豆とdeckon。それぞれ所沢4代目くらいだろうか。
山梨の前者はうまい枝豆であるがもう少し甘みがあってもいいと思う。
DECKONはジーンバンク登録豆であるが、顕著な変異種を伴う品種で今まで虫食い害がひどかったのだが今年は客土ならぬ追加土をたくさんしたせいかできはいいのではないかと思う。枝豆としてはまずくはないがそんなにうまいとも言えない。
品種そのものはきわめてレアーである。
ベオゥルフをとばし読む。そのあと映画を見る。
単純だが久しぶりのこともありおもしろかった。
映画では埋葬というか葬送がジークフリートの死と同様船に安置し燃やしてしまうというところが同じで、しかも愛する(といっても相手は悪魔だが)相手が合体して燃え尽きるというところが同じで民族の同質性から来るものかな。ゲルマンとデンマークなので似ているのかなと思った。
と、来るとトールキンとなるのだがきりがないのでやめる。
パートが新沼謙二と美川憲一(?)のコンサートに行くため早くお店に行く。たしか震災援助関連だったと思う。
美川憲一はとても観客を楽しませてくれるひとのようでここ所沢では大人気とのこと。
これに対して芸能界の大御所Xの以前のコンサートで「なにー、8000円?そんな安いノー・・・」といって観客をばかにする発言があったとのことでウチのパートはだいきらいとか。自分がえらいと思いはじめるとどんな業界でも同じ事が起こるんだね。
こちとらは感心がないのでどうでもいいことなのだが、こういう下品な成金発言には閉口したものだ。
今日は楽しめていたのならばいいんだけれど。
お店はひまだったな。
新人の訓練。
家に帰ると鑑定団。
茂吉の書が出ていた。
蔵王の頂上、一等三角点のそばの山形平野に向いた茂吉の碑を思い出しかつ、山スキー用のポールがあるのにもかかわらず1メートルくらいしか視界が無かった濃霧時の登山で遭難しかかったことを思い出す。お釜に落ちていたかもしれない。
また茂吉の処方した睡眠薬の大量摂取で芥川が自殺したということを初めて知る。その自殺した年の書で、ビールジョッキと歌の書でおかしくもあった。
2011年9月26日月曜日
極小は
ムラがあるとはいえもう刈ってもいいのかもしれないというようなのが出てきている。
3畝とわずかな量。
4種類の枝豆をもぐ。
秩父ゆがき豆は名前そのものが枝豆用を表しているが、まだまだ早すぎるようだがふくれたのを少しもぐ。甘みはあまりなくたんぱくな感じ、これでうまくなるのだろうか。
福島在来のRM在来(匿名希望)はいままでまずいと思っていたがほくほくとしていて甘み青味豊かな名品ということに気づく。これはうまい。今年で所沢5代目。もいだタイミング自体は早過ぎもせずおそ過ぎもせずのちょうどなのだろうか、ぱんぱんではない。
ジーンバンク未登録だったと思う。
数県にわたって分布していたと思うが。
お月見在来、長野県。まだやや早いのだが湯がき豆よりはふくらんでいる。
甘い。青味は湯が生豆よりある。たしかこれは青豆だったと思うが・・・。
ゆでたてでもうまい。
9月のお月見には無理としても10月のお月見用に考えればよい。
もうひとつは"夢かなう"在来(匿名希望)でだいぶ身が入ってきている。
家の裏の畑でやるとことごとく虫がはいる種類で収量はとてもひくい。
今回のさらさら土畑ではけっこうさやが付いておりこのまんまで熟してほしいのだが。
これも福島だったか宮城の在来だったと思う、所沢5代目。
甘み・青味たっぷりである。
名前からしておめでたい席に使える。
3畝とわずかな量。
4種類の枝豆をもぐ。
秩父ゆがき豆は名前そのものが枝豆用を表しているが、まだまだ早すぎるようだがふくれたのを少しもぐ。甘みはあまりなくたんぱくな感じ、これでうまくなるのだろうか。
福島在来のRM在来(匿名希望)はいままでまずいと思っていたがほくほくとしていて甘み青味豊かな名品ということに気づく。これはうまい。今年で所沢5代目。もいだタイミング自体は早過ぎもせずおそ過ぎもせずのちょうどなのだろうか、ぱんぱんではない。
ジーンバンク未登録だったと思う。
数県にわたって分布していたと思うが。
お月見在来、長野県。まだやや早いのだが湯がき豆よりはふくらんでいる。
甘い。青味は湯が生豆よりある。たしかこれは青豆だったと思うが・・・。
ゆでたてでもうまい。
9月のお月見には無理としても10月のお月見用に考えればよい。
もうひとつは"夢かなう"在来(匿名希望)でだいぶ身が入ってきている。
家の裏の畑でやるとことごとく虫がはいる種類で収量はとてもひくい。
今回のさらさら土畑ではけっこうさやが付いておりこのまんまで熟してほしいのだが。
これも福島だったか宮城の在来だったと思う、所沢5代目。
甘み・青味たっぷりである。
名前からしておめでたい席に使える。
2011年9月25日日曜日
夏バテ。
陽気が良くなってくると緊張が解けて一気に疲れを意識しだす。
ここのところだるい。
台風でみな倒されてしまった精神的ショックもおおきな原因かもしれない。
枝豆はどれもうまい。
無農薬・無肥料は甘みが減り青味が強くなるというのが一般論だが枝豆の段階ではそんなに劣性は感じない。できればピークちょっと手前がいい。農家にとってこれは"重量減"となるので絶対にできない、つまり市場に出回るものはみんなぱんぱんのピークのものである。・・・もちろん前にも書いたがすべて"手前"がうまい、というわけではないが。
雑草も一緒に傾いてしまっていて判別できないが、すぐに上にまっすぐに伸びてくるのは雑草である。もうちょいとすると出てくる。
極小品種が枯れる直前である。
青い部分を多く持っていてもぱんぱんにさやがふくれていれば刈ってしまったほうがいい。
日当たりのいいところで蒸れないように乾燥すればいい。
刈り取り全体のスケジュールから考えて早め早めのほうがいい。いつも慎重すぎて遅くなってから苦労する。ただし乾す場所と蒸れ防止が難儀である。
きょうみたインスペクター・モースは良かった。
結婚を約束しながら果たせず30年(?)して相手の女性の亭主がピストル自殺にみせかけた殺人事件を担当するというものだが、推理重点に傾かずこころの葛藤等が豊かにか描かれ、またモースの部下のこころやさしい気配りがなんか"お茶"の世界をほうふつとさせるものがありすっかり虜にされてしまった4時間であった・・・、言葉が早すぎてスピードを1/2にして音無しの字幕読みも交えてなので100分が240分になってしまった。字幕になっても理解しがたい熟語が連発で出てきて自分の不勉強を恥じたしだいである。
これがシーズン6の頭でたしかシーズン8で終わりなので、終わって欲しくない症候群が押し寄せてくるものと思われ、また中断してほかのものに移ろうかなとも考えている。
いずれにしてもどれもこれも"推理"だけに偏っていないアメリカなんぞでは考えられない出来の映画・・・というよりテレビで放映されたものだが・・・である。
ここのところだるい。
台風でみな倒されてしまった精神的ショックもおおきな原因かもしれない。
枝豆はどれもうまい。
無農薬・無肥料は甘みが減り青味が強くなるというのが一般論だが枝豆の段階ではそんなに劣性は感じない。できればピークちょっと手前がいい。農家にとってこれは"重量減"となるので絶対にできない、つまり市場に出回るものはみんなぱんぱんのピークのものである。・・・もちろん前にも書いたがすべて"手前"がうまい、というわけではないが。
雑草も一緒に傾いてしまっていて判別できないが、すぐに上にまっすぐに伸びてくるのは雑草である。もうちょいとすると出てくる。
極小品種が枯れる直前である。
青い部分を多く持っていてもぱんぱんにさやがふくれていれば刈ってしまったほうがいい。
日当たりのいいところで蒸れないように乾燥すればいい。
刈り取り全体のスケジュールから考えて早め早めのほうがいい。いつも慎重すぎて遅くなってから苦労する。ただし乾す場所と蒸れ防止が難儀である。
きょうみたインスペクター・モースは良かった。
結婚を約束しながら果たせず30年(?)して相手の女性の亭主がピストル自殺にみせかけた殺人事件を担当するというものだが、推理重点に傾かずこころの葛藤等が豊かにか描かれ、またモースの部下のこころやさしい気配りがなんか"お茶"の世界をほうふつとさせるものがありすっかり虜にされてしまった4時間であった・・・、言葉が早すぎてスピードを1/2にして音無しの字幕読みも交えてなので100分が240分になってしまった。字幕になっても理解しがたい熟語が連発で出てきて自分の不勉強を恥じたしだいである。
これがシーズン6の頭でたしかシーズン8で終わりなので、終わって欲しくない症候群が押し寄せてくるものと思われ、また中断してほかのものに移ろうかなとも考えている。
いずれにしてもどれもこれも"推理"だけに偏っていないアメリカなんぞでは考えられない出来の映画・・・というよりテレビで放映されたものだが・・・である。
2011年9月23日金曜日
大澤さんのラジオに
近藤正臣が出ていた。
鍵盤の上をぴょいぴょいと飛び跳ねてピアノを弾いていたあの場面は国民的なB級常識となっているが、その彼の今現在の境涯をすなおに語ったおしゃべりはすてきであった。粋とはこういうことなのか、と感じた。
こういう年をとりたいな。
京都の(祇園かな?)料理屋の息子として生まれた京都っ子だが、江戸っ子の"粋"をふんだんに感じさせるそのおしゃべりは楽しかった。
こういう友達がいるといいなあ。
深く生きたひとは優しい。
ひとのころを読み取って優しく語りかけはげましてくれる。
あるブログで生涯本が何冊よめるかというこがテーマになっていた。
よくあるテーマである。
結論もなんとなく見えていて「冊数じゃないよ、何を学んだかだよ」という答えがはじめっから想定された質問だが自分が今まで何冊読んだかということを考えると情けないほどの数字になると思う。
文学少年ではなく中学生くらいまではホームズとかルパンとかちょっとしゃれてクリスティとか、あるいはウェルズのSFとか日本の軍記物の子供用とかといったものが多かったかなと思う。
高校へ行くと週に3冊程度の新書読みなんて時期もあったが、これは読書とはいえない単なる受験勉強の世界だろう。
岩波文庫も定価を星印ひとつ50円なんて表記をしていた時代だ。
推薦ものをひたすらだったかな、数は多かったと思う。
それ以降は・・・、まあ人並みかな。
現在は月に3-5冊くらいだろう。
ネット新聞の記事はかなり多く読んでいる。
読んだ量が読んだ人の豊かさの大きさに比例はしない。
本はどちらかという考えるヒント、あるいは考えるパートナーといえる。
もちろん知識の伝達という基本的な機能も無視はできない。
読書の価値は「どれだけ深く考えさせる道具となりえたか」というところにあると思う。
そしてそのひとをさらに成長させるのは「文章を書くこと」だと思う。
書くことは考えることである。
読書や思索、あるいはそういうことに関係のないそのひとの職業上感得せられた"もの"を明瞭化させることが"書くこと"であると思う。
さすれば異なった本をやたらとたくさん読む必要もなく、re-readつまり読み直しということが大変重要な意味を帯びてくる。
この年になると読書をとおしての思考ばかりでなく仕事を通しての思索の明瞭化・まとめあげの必要性を痛感する。
仕事は手段である。
人生や世の中について考える手段である。
ただし"手段である"という意識の上に仕事をしていてもそのことは感じられない。
仕事に没頭することからしかそれは得られないはずである。
さてグラッドストーンは生涯に2.2万冊読んだとされていてこういう読書の話になるとかならず引き合いにだされる人物だが5才から85才(亡くなったのは88才だったかな?)まの80年で割り算をすると一年に300冊弱。
議会で忙しい(議員生活50年)日も考えると、一日に一冊ということになる。
一冊の文字数も昔は少なかったと思うが、これは不可能なような気がする。
たぶん嘘、ほらではないかと思う。
向こうにはOEDを一年で全部読み通すとか旧約・新約聖書を毎年毎年読み返すとかいうたぐいのジャンルの趣味があるようだが、読むというより"見る"だけの趣味のような気がする。
本にしても仕事にしても大切なことは"考える"事だと思う。
金儲けにしても人間関係にしても技術にしても、煎じ詰めると「人間とは何か、人生とは、社会とは?」になっていくのではないだろうか。
鍵盤の上をぴょいぴょいと飛び跳ねてピアノを弾いていたあの場面は国民的なB級常識となっているが、その彼の今現在の境涯をすなおに語ったおしゃべりはすてきであった。粋とはこういうことなのか、と感じた。
こういう年をとりたいな。
京都の(祇園かな?)料理屋の息子として生まれた京都っ子だが、江戸っ子の"粋"をふんだんに感じさせるそのおしゃべりは楽しかった。
こういう友達がいるといいなあ。
深く生きたひとは優しい。
ひとのころを読み取って優しく語りかけはげましてくれる。
あるブログで生涯本が何冊よめるかというこがテーマになっていた。
よくあるテーマである。
結論もなんとなく見えていて「冊数じゃないよ、何を学んだかだよ」という答えがはじめっから想定された質問だが自分が今まで何冊読んだかということを考えると情けないほどの数字になると思う。
文学少年ではなく中学生くらいまではホームズとかルパンとかちょっとしゃれてクリスティとか、あるいはウェルズのSFとか日本の軍記物の子供用とかといったものが多かったかなと思う。
高校へ行くと週に3冊程度の新書読みなんて時期もあったが、これは読書とはいえない単なる受験勉強の世界だろう。
岩波文庫も定価を星印ひとつ50円なんて表記をしていた時代だ。
推薦ものをひたすらだったかな、数は多かったと思う。
それ以降は・・・、まあ人並みかな。
現在は月に3-5冊くらいだろう。
ネット新聞の記事はかなり多く読んでいる。
読んだ量が読んだ人の豊かさの大きさに比例はしない。
本はどちらかという考えるヒント、あるいは考えるパートナーといえる。
もちろん知識の伝達という基本的な機能も無視はできない。
読書の価値は「どれだけ深く考えさせる道具となりえたか」というところにあると思う。
そしてそのひとをさらに成長させるのは「文章を書くこと」だと思う。
書くことは考えることである。
読書や思索、あるいはそういうことに関係のないそのひとの職業上感得せられた"もの"を明瞭化させることが"書くこと"であると思う。
さすれば異なった本をやたらとたくさん読む必要もなく、re-readつまり読み直しということが大変重要な意味を帯びてくる。
この年になると読書をとおしての思考ばかりでなく仕事を通しての思索の明瞭化・まとめあげの必要性を痛感する。
仕事は手段である。
人生や世の中について考える手段である。
ただし"手段である"という意識の上に仕事をしていてもそのことは感じられない。
仕事に没頭することからしかそれは得られないはずである。
さてグラッドストーンは生涯に2.2万冊読んだとされていてこういう読書の話になるとかならず引き合いにだされる人物だが5才から85才(亡くなったのは88才だったかな?)まの80年で割り算をすると一年に300冊弱。
議会で忙しい(議員生活50年)日も考えると、一日に一冊ということになる。
一冊の文字数も昔は少なかったと思うが、これは不可能なような気がする。
たぶん嘘、ほらではないかと思う。
向こうにはOEDを一年で全部読み通すとか旧約・新約聖書を毎年毎年読み返すとかいうたぐいのジャンルの趣味があるようだが、読むというより"見る"だけの趣味のような気がする。
本にしても仕事にしても大切なことは"考える"事だと思う。
金儲けにしても人間関係にしても技術にしても、煎じ詰めると「人間とは何か、人生とは、社会とは?」になっていくのではないだろうか。
2011年9月22日木曜日
きのうの台風はひさびさの風台風で
朝町を走ると木の小枝・大枝や壊れた傘、配電盤のフタ、板っきれ、鉢植えの花や植木が道路にたくさん落ちていた。
昔なら電線が切れたりとか頻繁に起こっていたようだけど・・・。
八王子では風速45メートル出たとか。
埼玉県版には自動車の上に自動車が逆さになって乗っていた写真もあった。
でもこの辺はこんな程度の被害で大きな被害のあった方たちには申し訳ないような気もしてしまう。
親戚に墓参りに行くと庭の杉の木がねじれてひびが入った状態で木全体が傾いていた。
畑の見回り。
おもわず・・・笑ってしまった。
すべての畑で9割以上倒れている。
背が低くなって葉っぱはそのままなので何でもないようなんだけれど実はみんな傾いているあるいは完全に倒れている。
もっとも土に潜ったさやは別としてのまんま熟して収穫に至るだけなのだが例え手狩りとは言え、やりにくい。
台風が7月に来たりすると倒れる確率もかなり低く、倒れてもすぐに倒れた先から上に向かってまたまっすぐ伸びていく。
今回のような時期だと花は終わって実がびっしりついていてボディ自体は成長ストップに近いので傾いたまま実はぷっくらとしていく。
土に埋まったモノは雨が降り続いたりすると腐ってしまう。
ただし全体の収穫量に対する比率はたいしたことはないので安心である。
でもやはりまっすぐに立ったまま枯れていくのがきれいな風景なんだけれど・・・。
全国のイネや大豆の農家は大変なことになっているのだろうか。
東京大豆の枝豆をもぐ。
子供がゆでてくれたが、感心しない味であった。煮方は正しい。
・・・・・が、だ。
仕事から帰って冷えたの、というか常温のものを食べると・・・うまかった。
ゆでたてまずく冷えてからおいしい。
こういうものもあるらしい。
もぐタイミング、ゆでかた、食べる温度・・・品種によって適切な食べ方があるようだ。
今までずーっとゆでたてばかりがうまいと思っていた、先入観・固定観念である。
日本語化したステレオタイプということか。マインドセットでもいいか。
お客様からコスモスの注文を受ける。
あした刈っていく。
きょう墓参りに行ったおばさんは胃ガン闘病一年であったが、コスモスの咲く頃逝きたい」といつも言っていてその通りになった花である。
庭ではだめな花みたいで畑のように風通しのいいところが適しているらしい。
いつも雑草のように出てくるので多くを刈り倒しているのだけれど。
花の水彩画をやっているお客様だ。
絵や音楽の好きなおだやかなお客様だ。
昔なら電線が切れたりとか頻繁に起こっていたようだけど・・・。
八王子では風速45メートル出たとか。
埼玉県版には自動車の上に自動車が逆さになって乗っていた写真もあった。
でもこの辺はこんな程度の被害で大きな被害のあった方たちには申し訳ないような気もしてしまう。
親戚に墓参りに行くと庭の杉の木がねじれてひびが入った状態で木全体が傾いていた。
畑の見回り。
おもわず・・・笑ってしまった。
すべての畑で9割以上倒れている。
背が低くなって葉っぱはそのままなので何でもないようなんだけれど実はみんな傾いているあるいは完全に倒れている。
もっとも土に潜ったさやは別としてのまんま熟して収穫に至るだけなのだが例え手狩りとは言え、やりにくい。
台風が7月に来たりすると倒れる確率もかなり低く、倒れてもすぐに倒れた先から上に向かってまたまっすぐ伸びていく。
今回のような時期だと花は終わって実がびっしりついていてボディ自体は成長ストップに近いので傾いたまま実はぷっくらとしていく。
土に埋まったモノは雨が降り続いたりすると腐ってしまう。
ただし全体の収穫量に対する比率はたいしたことはないので安心である。
でもやはりまっすぐに立ったまま枯れていくのがきれいな風景なんだけれど・・・。
全国のイネや大豆の農家は大変なことになっているのだろうか。
東京大豆の枝豆をもぐ。
子供がゆでてくれたが、感心しない味であった。煮方は正しい。
・・・・・が、だ。
仕事から帰って冷えたの、というか常温のものを食べると・・・うまかった。
ゆでたてまずく冷えてからおいしい。
こういうものもあるらしい。
もぐタイミング、ゆでかた、食べる温度・・・品種によって適切な食べ方があるようだ。
今までずーっとゆでたてばかりがうまいと思っていた、先入観・固定観念である。
日本語化したステレオタイプということか。マインドセットでもいいか。
お客様からコスモスの注文を受ける。
あした刈っていく。
きょう墓参りに行ったおばさんは胃ガン闘病一年であったが、コスモスの咲く頃逝きたい」といつも言っていてその通りになった花である。
庭ではだめな花みたいで畑のように風通しのいいところが適しているらしい。
いつも雑草のように出てくるので多くを刈り倒しているのだけれど。
花の水彩画をやっているお客様だ。
絵や音楽の好きなおだやかなお客様だ。
2011年9月21日水曜日
連日ゴロゴロもできないので
床屋に行く。
帰ってくると冷蔵庫の上のトタン屋根が道路側に飛んでいったところだ、ひとや車にぶつからなくて良かった。
家に入るとパソコンのそばが雨漏り。
外はひどい。
浜松の映像が出たが暴風雨。
やがてあれがこちらにやってくる。
きょうの台風でおおむね大豆は倒伏るだろう。
倒れてもまた上に向かっていくのでかまわないのだが倒れたことで陰になって小さくしていた雑草が一部勢いを増す可能性がある、これがやっかいだ。
倒れた畝間に入るのはやっかいなことだ。
きのうに続きあたたかいコーヒーを飲む、何ヶ月ぶりだろう。
午後ずーっと風と雨。
お店に出かけるときはピークだったろうか。
駐車場とお店の距離は2,300メートルだがびしょびしょになると思い息子におくってもらう。
駅前改札はひとでびっしり、電車は止まっているようだ。
かさはさせない。
10メートルの歩行で店内に、びしょぬれにならずにすんだ。
開店以来最低の売り上げであった、客数は65人であった。
帰る頃は雨もなく風も弱くなる。
息子が迎えに来てくれた。
畑は・・・・あした見に行くのがこわいな。
もう一杯あたたかいコーヒーといこうかな。
帰ってくると冷蔵庫の上のトタン屋根が道路側に飛んでいったところだ、ひとや車にぶつからなくて良かった。
家に入るとパソコンのそばが雨漏り。
外はひどい。
浜松の映像が出たが暴風雨。
やがてあれがこちらにやってくる。
きょうの台風でおおむね大豆は倒伏るだろう。
倒れてもまた上に向かっていくのでかまわないのだが倒れたことで陰になって小さくしていた雑草が一部勢いを増す可能性がある、これがやっかいだ。
倒れた畝間に入るのはやっかいなことだ。
きのうに続きあたたかいコーヒーを飲む、何ヶ月ぶりだろう。
午後ずーっと風と雨。
お店に出かけるときはピークだったろうか。
駐車場とお店の距離は2,300メートルだがびしょびしょになると思い息子におくってもらう。
駅前改札はひとでびっしり、電車は止まっているようだ。
かさはさせない。
10メートルの歩行で店内に、びしょぬれにならずにすんだ。
開店以来最低の売り上げであった、客数は65人であった。
帰る頃は雨もなく風も弱くなる。
息子が迎えに来てくれた。
畑は・・・・あした見に行くのがこわいな。
もう一杯あたたかいコーヒーといこうかな。
2011年9月20日火曜日
朝から雨。
気温は午前で20度いってなかったとのこと。
霧雨の中、お客様との約束なので枝豆もぎをする。
カメムシ御三家たっぷりいる。
ヨトウムシ葉もせまい範囲の豆もぎながらひと株数枚発見。
インスペクター・モースを久しぶりに見る。
BBCで2,30年前にやった一話平均100分の事件モノ、一話完結。
クラシックという名に属する赤いジャガーがかっこいい。
ジャガーって日本では2000万くらいからの車なのでそんなには見かけないが、モースのはまったく見たことがない。
車に興味のない私にもその美しさは感じられる。
警察電話付き。
カセットオーディオ付き。
背景にクラシックの宗教曲が流れてきていい感じである。
ロンドンのスラングは聞き取れないが字幕でおおざっぱに、というところだがラテン語の引用が出てきたりで難儀する。
ただすべて殺人事件なので美しいOxfordの景色や家並みを眺めながら音無しでも楽しめるのでは・・・。
向こうのジャンクフードなどが出てきて気になる、もちろんマクドナルドやケンタッキーなどではない。
コロンボのように一杯ひっかけてそのまま車ですぐ帰宅ということはないようだ。
助手席も含め一般道でシートベルトをしている、日本ではまだ義務化をしていなかったころだろう。
テロップで背景音楽の曲名を出したりするが間違っていることもあるのが気になるというか愛嬌だ。
台風がまたやってくる。
日本縦断。
紀伊半島、福島もコースの中。
今年はこの国は呪われた一年なのか?
紀伊半島の被災地の斜面崩壊の原因が植林の"杉"にあるのか、あるいはそもそもその場所の岩盤から上の土砂部分の自然的な弱さからきているものなのか専門家の説明がないとなんとも言えないが、森林放置・崩壊で荒れた山々は日本中いたるところにある。
人災だとしたら地震に寄らないとしてもこれから先気候変動による大雨などで今回の紀伊半島のようなことは連鎖的に起こるはずだ。
市場原理だけで森林を考えてきたツケが回ってきているのだと思う。
山は木の切り出しという"生産活動"だけの観点から価値があるわけではなく森が存在しているだけで平地の繁栄を支えてくれているのである。
都市へ集中した富はそういったところのために還元してあげなければならないと思う。
森ばかりでなく過疎の地方に対しても都市は恩がある。
人材を供給し国土を守ってくれている。
大都市こそ旧約聖書のなんとかという都市そのものだ。
大澤さんのラジオで山田耕筰の作品をやっていた。
ゲストの解説者が選んだ歌手がひどいのばかりだった。
日本のソプラノ界草分けの・・さんといわれても歌詞の判別しにくいビブラートだらけの歌い方にはうんざりした。こういったひとはオペラやヨーロッパのリートをやっていればよい。
日本語の名曲はやはり童謡歌手とかダークダックスとか・・・合唱団とか川口京子さんのうたしかない。音楽そのものはヨーロッパの旋法なので大きな声でベルカント商法を非難するのはどしろうとのヤジにしか過ぎないのかもしれないが・・・。
もとアイドル歌手が歌った童謡にとてもいいものがある。
ことばは生きていて変化していくものではあるけれど"古典の事実"はきちんとつないでいかなければならない。
霧雨の中、お客様との約束なので枝豆もぎをする。
カメムシ御三家たっぷりいる。
ヨトウムシ葉もせまい範囲の豆もぎながらひと株数枚発見。
インスペクター・モースを久しぶりに見る。
BBCで2,30年前にやった一話平均100分の事件モノ、一話完結。
クラシックという名に属する赤いジャガーがかっこいい。
ジャガーって日本では2000万くらいからの車なのでそんなには見かけないが、モースのはまったく見たことがない。
車に興味のない私にもその美しさは感じられる。
警察電話付き。
カセットオーディオ付き。
背景にクラシックの宗教曲が流れてきていい感じである。
ロンドンのスラングは聞き取れないが字幕でおおざっぱに、というところだがラテン語の引用が出てきたりで難儀する。
ただすべて殺人事件なので美しいOxfordの景色や家並みを眺めながら音無しでも楽しめるのでは・・・。
向こうのジャンクフードなどが出てきて気になる、もちろんマクドナルドやケンタッキーなどではない。
コロンボのように一杯ひっかけてそのまま車ですぐ帰宅ということはないようだ。
助手席も含め一般道でシートベルトをしている、日本ではまだ義務化をしていなかったころだろう。
テロップで背景音楽の曲名を出したりするが間違っていることもあるのが気になるというか愛嬌だ。
台風がまたやってくる。
日本縦断。
紀伊半島、福島もコースの中。
今年はこの国は呪われた一年なのか?
紀伊半島の被災地の斜面崩壊の原因が植林の"杉"にあるのか、あるいはそもそもその場所の岩盤から上の土砂部分の自然的な弱さからきているものなのか専門家の説明がないとなんとも言えないが、森林放置・崩壊で荒れた山々は日本中いたるところにある。
人災だとしたら地震に寄らないとしてもこれから先気候変動による大雨などで今回の紀伊半島のようなことは連鎖的に起こるはずだ。
市場原理だけで森林を考えてきたツケが回ってきているのだと思う。
山は木の切り出しという"生産活動"だけの観点から価値があるわけではなく森が存在しているだけで平地の繁栄を支えてくれているのである。
都市へ集中した富はそういったところのために還元してあげなければならないと思う。
森ばかりでなく過疎の地方に対しても都市は恩がある。
人材を供給し国土を守ってくれている。
大都市こそ旧約聖書のなんとかという都市そのものだ。
大澤さんのラジオで山田耕筰の作品をやっていた。
ゲストの解説者が選んだ歌手がひどいのばかりだった。
日本のソプラノ界草分けの・・さんといわれても歌詞の判別しにくいビブラートだらけの歌い方にはうんざりした。こういったひとはオペラやヨーロッパのリートをやっていればよい。
日本語の名曲はやはり童謡歌手とかダークダックスとか・・・合唱団とか川口京子さんのうたしかない。音楽そのものはヨーロッパの旋法なので大きな声でベルカント商法を非難するのはどしろうとのヤジにしか過ぎないのかもしれないが・・・。
もとアイドル歌手が歌った童謡にとてもいいものがある。
ことばは生きていて変化していくものではあるけれど"古典の事実"はきちんとつないでいかなければならない。
2011年9月19日月曜日
今週は平日が3日しかないのね。
給料日も週末とのかねあいで22日だろう。
きょうはパソコンに風がふいてこない、蒸し暑い。
畑は休んでごろごろとしていると4時頃から風そのものが冷たくなってきた。
窓ょしめる。
飯島直子が日本酒を飲んでいる姿がきれいだった。
日本酒の似合う女性・・・かっこいいなあ、自分のまわりにいるいる。
自分は焼酎と沖縄の古酒とビールしか飲まなくなってしまった。
疲労しているようだ。
きょうはここまでにしよう。
まだ9時だけど寝ます。
ちなみにきのうから今朝にかけては夢を5,6個みたような気がする。
内容はなにも覚えていない。
熱帯夜だったせいだろう。
きょうはパソコンに風がふいてこない、蒸し暑い。
畑は休んでごろごろとしていると4時頃から風そのものが冷たくなってきた。
窓ょしめる。
飯島直子が日本酒を飲んでいる姿がきれいだった。
日本酒の似合う女性・・・かっこいいなあ、自分のまわりにいるいる。
自分は焼酎と沖縄の古酒とビールしか飲まなくなってしまった。
疲労しているようだ。
きょうはここまでにしよう。
まだ9時だけど寝ます。
ちなみにきのうから今朝にかけては夢を5,6個みたような気がする。
内容はなにも覚えていない。
熱帯夜だったせいだろう。
2011年9月18日日曜日
いい天気できれいな秋の雲が。
日陰は涼しく湿気のない"いい天気"。
ただ気温はそうとうありそう。
都心で33度ということはこのへんはやっぱり34,5度にいくのだろう。
大豆のは蒔いた順に花が咲き実が付き、できあがるというものではなく"品種差"によって育成・収穫が決まる。
一番最初に蒔いたものはなさけないくらいにさやはちいさい。
さやなみの枝豆。
ゆでているときからアセチルピロリン臭が部屋中に。
きのうと同じく"早め"の状態。
虫入りが多い。
味はきのうのほうがいい、つまりこちらは豆あじがやや貧困な感じなのだが本来は豆腐を考えればわかるようにもっと味は豊かである。
ぱんぱんに近いほうがうまいのかもしれない。
見回り3反。
ヨトウムシ葉一枚もみつからず(みつけられず)。
大きくなった株たちのてっぺんの葉っぱが一部落ちている。
少し下の方にも光りを取り込もうとしているのかな。
柿の木のあるひとにはわかると思うが一本の木に何百も花が咲き結実したとしてもそれがすべて最後まであるわけてはなく自分自身で間引き作業をしているようだ。
大豆でも同じようなことが起こる。
発芽してから成長点がリードしてきたボディ形成はあるところでストップ。
栄養をさやの中の身にいくようにする。
さやはさやで全部ぷっくらとなっていくわけではなく黄色くなったりあるいは緑のまんまぺったんこのまんま落ちてしまうものがある。
同一の土なら品種によってかなり差が出る。その土地の土質・気候・生息害虫・育成法に対する相性からくるものだろう。
少し畝間が見えたりしてすっきりしてきた。
ただし横倒れのひどいところは話が別だが。
小粒の・・・がぱんぱんで葉っぱ総体がやや黄色っぽくなってきた。
9月末には枯れるかなと期待しているのだが。
おとなりの大粒もややぱんぱんに近くなってきた。
きょうは少し強い風が吹いていて気持ちよい。
車の陰で腰掛けてぼーっとしていていい気分。
これは最適の読書環境である。
畑に本を持って行くのもいいことだ。
お昼のさやなみに続いて2種類枝豆を取る。
きょうはもう9月18日。
自分にとって一年の変わり目をもっとも感じるのがこの時期のキンモクセイの香りである。
キンモクセイの香りがすると「またひとつ年をとったな」と感じるのである。
町中を走っていてどこからもにおってくるものだが、通常は9/15くらいにそうなっていたのがここ5年くらいはほとんどお彼岸過ぎ、去年は10月に入ってからであった。
夏の高温とその長期化が原因だろう。
ことしもまだまったくその気配はない。
夕飯でさっきの枝豆。
小粒はすごく甘いのと豆あじが豊かであることがわかる。
虫入りも少なく多収だろう、ただし選別は大変である。
豆腐にするのはもったいなく納豆だろう。
もひとつはさっぱ系で豆あじは弱いかな。
この時期でないと食べた充実感は得られないかもしれない。
宇宙ステーションから古川宇宙飛行士がカメラを操作したオーロラの生中継映像を映していた。
カメラ自体はすごいのだろうがデータ転送の能力の限界だろう、映像そのものはデジタルカメラ最初期程度の画像であった。
ただ古川さんと同じ時間・視線を共有できた喜びは多くのひとが感じたことだろう。
増税増税と言っているときに行政側のその対価としてたくさんの"カット"が要求されるわけだが、こういった純粋な世界のひとたちには経済的ストレスが相当たまっているのではないかと思う。
"役にたたない(としか理解されない)"学問は即座に"カット"の対象となってしまう。
目先の"役に立つ"というものほど未来の役に立たないモノはない。
古川さんがんばってね。
お昼にもテレビをみていたのだがブラジルのアマゾンの南に位置する広大な"ゼナード"という荒れていると言われている広大な草原。
角さんの時にアメリカの大豆輸出禁止(embargo)をを受け手この地の巨大開発援助を我が国が始めたわけだが、実はアマゾン同様おおきな環境破壊の罪をおかしている。
その影響はアマゾンの森林伐採と比べていかほどのものかはわからないが、日本の農業技術者が「なんにも育てられないところ」に「育ててみせる」という好奇心と・・・なんだろう、好奇心だけかな、この地には人が住んでないんだから・・・国策の「行け行けどんどん」の号令で広大な大豆畑を出現せしめたわけだが、巨大な動く灌漑マシーンなどをみていると「のうぎょうするに値しない、すべきでないところ」に強引に人間の力を見せつけようとしているおごりばかりが感じられた。
このような例は他にもたくさんあるだろう。
人間の愚行で疲弊したところを人間の力で・・・・、というのはわかる。
そもそも農業できないところや森林であるべきところを農地にという行いは千年万年後にどういう影響をもたらすのだろうか。もっとも人類がそんなに持つとも思えないが。
ある国の福祉はその下位にある弱い国々の犠牲の上になりたつ、というのは人類の宿命だろう。
下位国が豊かになればさらにその下にしわ寄せが行く。
企業の海外移転というのもこのことである。
中国のコストにはやがて耐えられなくなる。
そのときはそのときで、なるようになればいいよ、ということか。
ただ気温はそうとうありそう。
都心で33度ということはこのへんはやっぱり34,5度にいくのだろう。
大豆のは蒔いた順に花が咲き実が付き、できあがるというものではなく"品種差"によって育成・収穫が決まる。
一番最初に蒔いたものはなさけないくらいにさやはちいさい。
さやなみの枝豆。
ゆでているときからアセチルピロリン臭が部屋中に。
きのうと同じく"早め"の状態。
虫入りが多い。
味はきのうのほうがいい、つまりこちらは豆あじがやや貧困な感じなのだが本来は豆腐を考えればわかるようにもっと味は豊かである。
ぱんぱんに近いほうがうまいのかもしれない。
見回り3反。
ヨトウムシ葉一枚もみつからず(みつけられず)。
大きくなった株たちのてっぺんの葉っぱが一部落ちている。
少し下の方にも光りを取り込もうとしているのかな。
柿の木のあるひとにはわかると思うが一本の木に何百も花が咲き結実したとしてもそれがすべて最後まであるわけてはなく自分自身で間引き作業をしているようだ。
大豆でも同じようなことが起こる。
発芽してから成長点がリードしてきたボディ形成はあるところでストップ。
栄養をさやの中の身にいくようにする。
さやはさやで全部ぷっくらとなっていくわけではなく黄色くなったりあるいは緑のまんまぺったんこのまんま落ちてしまうものがある。
同一の土なら品種によってかなり差が出る。その土地の土質・気候・生息害虫・育成法に対する相性からくるものだろう。
少し畝間が見えたりしてすっきりしてきた。
ただし横倒れのひどいところは話が別だが。
小粒の・・・がぱんぱんで葉っぱ総体がやや黄色っぽくなってきた。
9月末には枯れるかなと期待しているのだが。
おとなりの大粒もややぱんぱんに近くなってきた。
きょうは少し強い風が吹いていて気持ちよい。
車の陰で腰掛けてぼーっとしていていい気分。
これは最適の読書環境である。
畑に本を持って行くのもいいことだ。
お昼のさやなみに続いて2種類枝豆を取る。
きょうはもう9月18日。
自分にとって一年の変わり目をもっとも感じるのがこの時期のキンモクセイの香りである。
キンモクセイの香りがすると「またひとつ年をとったな」と感じるのである。
町中を走っていてどこからもにおってくるものだが、通常は9/15くらいにそうなっていたのがここ5年くらいはほとんどお彼岸過ぎ、去年は10月に入ってからであった。
夏の高温とその長期化が原因だろう。
ことしもまだまったくその気配はない。
夕飯でさっきの枝豆。
小粒はすごく甘いのと豆あじが豊かであることがわかる。
虫入りも少なく多収だろう、ただし選別は大変である。
豆腐にするのはもったいなく納豆だろう。
もひとつはさっぱ系で豆あじは弱いかな。
この時期でないと食べた充実感は得られないかもしれない。
宇宙ステーションから古川宇宙飛行士がカメラを操作したオーロラの生中継映像を映していた。
カメラ自体はすごいのだろうがデータ転送の能力の限界だろう、映像そのものはデジタルカメラ最初期程度の画像であった。
ただ古川さんと同じ時間・視線を共有できた喜びは多くのひとが感じたことだろう。
増税増税と言っているときに行政側のその対価としてたくさんの"カット"が要求されるわけだが、こういった純粋な世界のひとたちには経済的ストレスが相当たまっているのではないかと思う。
"役にたたない(としか理解されない)"学問は即座に"カット"の対象となってしまう。
目先の"役に立つ"というものほど未来の役に立たないモノはない。
古川さんがんばってね。
お昼にもテレビをみていたのだがブラジルのアマゾンの南に位置する広大な"ゼナード"という荒れていると言われている広大な草原。
角さんの時にアメリカの大豆輸出禁止(embargo)をを受け手この地の巨大開発援助を我が国が始めたわけだが、実はアマゾン同様おおきな環境破壊の罪をおかしている。
その影響はアマゾンの森林伐採と比べていかほどのものかはわからないが、日本の農業技術者が「なんにも育てられないところ」に「育ててみせる」という好奇心と・・・なんだろう、好奇心だけかな、この地には人が住んでないんだから・・・国策の「行け行けどんどん」の号令で広大な大豆畑を出現せしめたわけだが、巨大な動く灌漑マシーンなどをみていると「のうぎょうするに値しない、すべきでないところ」に強引に人間の力を見せつけようとしているおごりばかりが感じられた。
このような例は他にもたくさんあるだろう。
人間の愚行で疲弊したところを人間の力で・・・・、というのはわかる。
そもそも農業できないところや森林であるべきところを農地にという行いは千年万年後にどういう影響をもたらすのだろうか。もっとも人類がそんなに持つとも思えないが。
ある国の福祉はその下位にある弱い国々の犠牲の上になりたつ、というのは人類の宿命だろう。
下位国が豊かになればさらにその下にしわ寄せが行く。
企業の海外移転というのもこのことである。
中国のコストにはやがて耐えられなくなる。
そのときはそのときで、なるようになればいいよ、ということか。
2011年9月17日土曜日
初えだ豆、大野在来。
中国地方の在来種。
ことし6年目だろうか。
いつも少しずつしかまかないが今年は5畝(0.5反=165坪)蒔いたので豆腐が作れる量だ。
比較的虫食いにも強くたくさんとれる。
できあがりまで7-8割といったできの枝豆をもぐ。
うまかった。
アセチルピロリン臭なし。
適度に甘い。青味も良好。
カメムシによる吸水被害のがややあるが虫入りはごくわずかであった。
まだ"若い"からかな。
やはりやや未熟ぐらすいがいい。
ただしやや行き過ぎがいいというものもある・・・丹波の黒豆等ほくほくとした栗みたいな枝豆。
大野在来は普通のタイプだがいい枝豆だ。
ぱんぱんに張ったらどうなるだろうか。
来週の新そばの会に枝豆持って行けるかな?
虫入りなのでごく身内用ということで。
ヨトウムシ幼虫葉2枚つみとる。
火あぶりとする。
耕耘機オイル交換、真っ黒であった。
プラグはシーズンが終わるごとに交換かな。
福岡の和田さんとこの畑はどうなってるのかな。
こないだの台風が心配だ。
夕方歯医者さんの知り合いがお店に来て、四六時中かけずり回っている東大出の共通の友達を引き合いに出して、「なにもしていない時間が大切」ということを話した。
そうなんだよな。
読まない、聞かない、みない、考えない・・・・そして考える。
あとからあとからなにかにをおいかけ追いかけられていると結局何も得られないのかな、と。
自分には畑の時間があるけど、たまには"無音"で作業したほうがいいのだろう
野の風と野においと・・・そのまんまどっぷり浸かっているのがいいのかもしれない。
ことし6年目だろうか。
いつも少しずつしかまかないが今年は5畝(0.5反=165坪)蒔いたので豆腐が作れる量だ。
比較的虫食いにも強くたくさんとれる。
できあがりまで7-8割といったできの枝豆をもぐ。
うまかった。
アセチルピロリン臭なし。
適度に甘い。青味も良好。
カメムシによる吸水被害のがややあるが虫入りはごくわずかであった。
まだ"若い"からかな。
やはりやや未熟ぐらすいがいい。
ただしやや行き過ぎがいいというものもある・・・丹波の黒豆等ほくほくとした栗みたいな枝豆。
大野在来は普通のタイプだがいい枝豆だ。
ぱんぱんに張ったらどうなるだろうか。
来週の新そばの会に枝豆持って行けるかな?
虫入りなのでごく身内用ということで。
ヨトウムシ幼虫葉2枚つみとる。
火あぶりとする。
耕耘機オイル交換、真っ黒であった。
プラグはシーズンが終わるごとに交換かな。
福岡の和田さんとこの畑はどうなってるのかな。
こないだの台風が心配だ。
夕方歯医者さんの知り合いがお店に来て、四六時中かけずり回っている東大出の共通の友達を引き合いに出して、「なにもしていない時間が大切」ということを話した。
そうなんだよな。
読まない、聞かない、みない、考えない・・・・そして考える。
あとからあとからなにかにをおいかけ追いかけられていると結局何も得られないのかな、と。
自分には畑の時間があるけど、たまには"無音"で作業したほうがいいのだろう
野の風と野においと・・・そのまんまどっぷり浸かっているのがいいのかもしれない。
2011年9月16日金曜日
朝、暗雲立ちこめ
やったー、きょうはすずしくなるぞと思いきやすぐにまたもとに戻ってしまった。
きのうは相当暑かったようだが畑にいてそんな感じはしなかったんだけど。
パソコンの前は相変わらずいい風が入ってくる、自分の部屋ではなくお勝手と母屋との間の"広場"である。
パソコンの脇にはちいさい書棚もある。
家族には結構目障りかもしれないがこういうところにないと、眠くなってしまうのである。
部屋には超小型ノートパソコン、CD/DVDは外付けである。
見回り、2反。
じーっと見つめながら畝間を歩く。
4枚くらい収集。
時期のせいだろうかまだそんなにヨトウムシは発生していない。
ホソヘリカメムシが多い。
普通の亀の子型のもいくらかはいる。
ごく早生の一品種がぱんぱんになりかけている。
そのとなりの中生(なかて)は枝豆食べ頃に近づいている。
風がやや強く心地よい畑であった。
お店が終わると緊急短時間飲み会。
帰るころ雨が結構ふっていてびしょ濡れになる。
きょうはもう寝よう。
やや蒸すが涼しそうだ。
きのうは相当暑かったようだが畑にいてそんな感じはしなかったんだけど。
パソコンの前は相変わらずいい風が入ってくる、自分の部屋ではなくお勝手と母屋との間の"広場"である。
パソコンの脇にはちいさい書棚もある。
家族には結構目障りかもしれないがこういうところにないと、眠くなってしまうのである。
部屋には超小型ノートパソコン、CD/DVDは外付けである。
見回り、2反。
じーっと見つめながら畝間を歩く。
4枚くらい収集。
時期のせいだろうかまだそんなにヨトウムシは発生していない。
ホソヘリカメムシが多い。
普通の亀の子型のもいくらかはいる。
ごく早生の一品種がぱんぱんになりかけている。
そのとなりの中生(なかて)は枝豆食べ頃に近づいている。
風がやや強く心地よい畑であった。
お店が終わると緊急短時間飲み会。
帰るころ雨が結構ふっていてびしょ濡れになる。
きょうはもう寝よう。
やや蒸すが涼しそうだ。
2011年9月15日木曜日
パソコンにはすずしい風が。
日陰はすずしい。
結局今年はクーラーを使わなかったわけだが少し動かしてやらないと壊れてしまうかな。
お店も明るくなった。
節電は終わったようだが基本となる生活態度には「節電の思想」が必要だと思う。
ひとの集まる店舗などはそこそこの明るさ・楽しさを感じさせないと社会は暗くなる。
状況が落ち着いてきたように見えると(錯覚すると)、やっぱり原発は必要だ、空洞化になってもいいのか、・・・とあれやこれやまたもとに戻る発言が勢力を増している。
フランスのなんとかという知識人が原発のススメを読売で説いていたが説得力はない、気にすることなく日本人がきちんと未来を見据えてどうしたらいいのかを考えていかなければならない。
「まず事故なんか起きない、事故が起きるまでの間に失われる"工業的進化・利得"と引き替えに100パーセント安全なエネルギー政策には転換できない・・・」という主張にきちんと反論できる見解を示さなければならない。
そして何よりも原発事故はその国だけの局部的問題ではないということである。大気や海を介して地球をくるくる回って汚している、これもglobaliseだ。
国の将来像や"国のあり方の思想"をきちんと議論・合意を得ていなければならない。
国力とはなんなのかという議論も大切なことである。
グローバル化によって"先進国"といわれる国は様々な似たような経済的・社会的障害物を抱え込むようになってきている。
なるようにしかならないのか、知恵が効くのか?
所沢のこの秋の選挙は混乱の極みの様相を呈している。
はっきり言って選挙どころではない放射能の問題でお茶屋さんがたいへんなことになっている。
1検体1.6キロ提出、100グラム3000円のお茶なんていくらでもある。検査費用が一万円台。
損害賠償請求がきちんと通るかどうかもわからない。
・・・。
お茶だけではすまなくなるだろう。
うちの大豆も廃棄かもしれない。
本業ではないので"いいスポーツをした"と考えればいいことだけど。
所沢がそうなら関東平野全部ダメということだろう。
作物以上に3.11以来我々は肺にたくさんの空気を取りこんで来たわけで体内にどれくらいたまつているのかの報道はなにもない。
自分のようにもう還暦近い人間はもう十分生かしてもらったという気持ちがあるが小さい子たちや若いひとたちはまだまだこれからだ。
国策ってなんなんだろう。
国の決めることにはぴりぴりとしていなければならない。
「選んだら、あとは任せきる」といった漢の武帝の発言は組織運営上は在る程度の鉄則性があるが、政治にはまったくこれが通用しない。
裏切られればいつも聞かれるのは「選んだのが悪い」になってしまう、つまりだまされたのが悪いと言うことだ。
総倒れ畑の草むしり。
そしてそろそろ出てきた与党虫いや野党虫でもない、夜盗虫(ヨトウムシ)の「はやけたて」葉っぱのつみとりである。
つまりちいさい蛾の幼虫だが葉っぱをメッシュにしてしまうやつである。
遠くから見てメッシュになってしまったものは"遅すぎ"なのだがそれでも幼虫が残っていることが多いのでつみ取る。本命は完全葉なのだがやや黒ずんでいる、生まれたての幼虫がびっしり200-300位はいるだろうか。
だいたい一反で2-5枚くらいだろうか。宝探しみたいで結構楽しい。もちろん「でかいの」引っこ抜きをしながらのことだが。
集めた幼虫付き葉っぱは火あぶりとなる。
この作業が10月初・中旬くらいまで続くだろうか。
10月に入ると枝豆も楽しめる。
10日くらいになると早生の刈り取りも始まる。
今までとは別の意味で忙しくなる。
農繁期の中の比較的気楽でいられるのが今の時期かもしれない。
県の農業関係に放射能のことを質問する。
理論的には・・・、という答えが返ってくるのかと思ったら収穫を経てからの検査しかないとのこと。
前例がないし原発学者も研究してないんだろう。
今回のデータが世界レベルで貴重なデータになっていくのだろう。
実験のできない世界だからね。
それにしては犠牲が大きすぎた。
お茶の高い数字が何から来ているものなのかわからないが、空から振りまかれて付着したものなのか土から吸い上げたものなのか断定できないとのこと。ただし米等からは今のところ出ていないとのこと。
細かに追跡していくとのことなのでそれに従うしかない。
それにしてもお茶屋さんはかわいそのうだ。
県の職員はかけずり回っている毎日よう。
空から眺めた・・・、の番組で京浜急行。
特に京急の古い車両を塗り替えて香川の琴電(琴平電鉄、こんぴらさまのこと)に輸送する場面がおもしろかったし琴平電鉄という名前がなつかしかった。20才のころかな、乗ったことがある。サイクリングの途中だったが。
新幹線のトレーラー輸送というのは時々テレビで目にするが、きょうのはおもしろかった。
琴平神社の奥のインからの(だったと思うが)讃岐平野の眺めは圧巻であった、そんなに標高の高いところではないはずだが。
Nさんのブログで思ったが、一番二番の問題。
空洞化とは要するに「圧倒的な一番」でないから価格競争に流されてしまうのではないかなと考えてしまう。だから日本を出る。
きのうの新聞に寄れば中国も労働組合の義務化から日本企業にはいずらくなりつつあるとのこと。
さまよえる日本の中小企業。だれが作っても同じモノに日本人が取り組む意味はないということか。
この国の工業はどうなっていくんだろう。
圧倒的な一番、心地よい言葉だけど・・・。
結局今年はクーラーを使わなかったわけだが少し動かしてやらないと壊れてしまうかな。
お店も明るくなった。
節電は終わったようだが基本となる生活態度には「節電の思想」が必要だと思う。
ひとの集まる店舗などはそこそこの明るさ・楽しさを感じさせないと社会は暗くなる。
状況が落ち着いてきたように見えると(錯覚すると)、やっぱり原発は必要だ、空洞化になってもいいのか、・・・とあれやこれやまたもとに戻る発言が勢力を増している。
フランスのなんとかという知識人が原発のススメを読売で説いていたが説得力はない、気にすることなく日本人がきちんと未来を見据えてどうしたらいいのかを考えていかなければならない。
「まず事故なんか起きない、事故が起きるまでの間に失われる"工業的進化・利得"と引き替えに100パーセント安全なエネルギー政策には転換できない・・・」という主張にきちんと反論できる見解を示さなければならない。
そして何よりも原発事故はその国だけの局部的問題ではないということである。大気や海を介して地球をくるくる回って汚している、これもglobaliseだ。
国の将来像や"国のあり方の思想"をきちんと議論・合意を得ていなければならない。
国力とはなんなのかという議論も大切なことである。
グローバル化によって"先進国"といわれる国は様々な似たような経済的・社会的障害物を抱え込むようになってきている。
なるようにしかならないのか、知恵が効くのか?
所沢のこの秋の選挙は混乱の極みの様相を呈している。
はっきり言って選挙どころではない放射能の問題でお茶屋さんがたいへんなことになっている。
1検体1.6キロ提出、100グラム3000円のお茶なんていくらでもある。検査費用が一万円台。
損害賠償請求がきちんと通るかどうかもわからない。
・・・。
お茶だけではすまなくなるだろう。
うちの大豆も廃棄かもしれない。
本業ではないので"いいスポーツをした"と考えればいいことだけど。
所沢がそうなら関東平野全部ダメということだろう。
作物以上に3.11以来我々は肺にたくさんの空気を取りこんで来たわけで体内にどれくらいたまつているのかの報道はなにもない。
自分のようにもう還暦近い人間はもう十分生かしてもらったという気持ちがあるが小さい子たちや若いひとたちはまだまだこれからだ。
国策ってなんなんだろう。
国の決めることにはぴりぴりとしていなければならない。
「選んだら、あとは任せきる」といった漢の武帝の発言は組織運営上は在る程度の鉄則性があるが、政治にはまったくこれが通用しない。
裏切られればいつも聞かれるのは「選んだのが悪い」になってしまう、つまりだまされたのが悪いと言うことだ。
総倒れ畑の草むしり。
そしてそろそろ出てきた与党虫いや野党虫でもない、夜盗虫(ヨトウムシ)の「はやけたて」葉っぱのつみとりである。
つまりちいさい蛾の幼虫だが葉っぱをメッシュにしてしまうやつである。
遠くから見てメッシュになってしまったものは"遅すぎ"なのだがそれでも幼虫が残っていることが多いのでつみ取る。本命は完全葉なのだがやや黒ずんでいる、生まれたての幼虫がびっしり200-300位はいるだろうか。
だいたい一反で2-5枚くらいだろうか。宝探しみたいで結構楽しい。もちろん「でかいの」引っこ抜きをしながらのことだが。
集めた幼虫付き葉っぱは火あぶりとなる。
この作業が10月初・中旬くらいまで続くだろうか。
10月に入ると枝豆も楽しめる。
10日くらいになると早生の刈り取りも始まる。
今までとは別の意味で忙しくなる。
農繁期の中の比較的気楽でいられるのが今の時期かもしれない。
県の農業関係に放射能のことを質問する。
理論的には・・・、という答えが返ってくるのかと思ったら収穫を経てからの検査しかないとのこと。
前例がないし原発学者も研究してないんだろう。
今回のデータが世界レベルで貴重なデータになっていくのだろう。
実験のできない世界だからね。
それにしては犠牲が大きすぎた。
お茶の高い数字が何から来ているものなのかわからないが、空から振りまかれて付着したものなのか土から吸い上げたものなのか断定できないとのこと。ただし米等からは今のところ出ていないとのこと。
細かに追跡していくとのことなのでそれに従うしかない。
それにしてもお茶屋さんはかわいそのうだ。
県の職員はかけずり回っている毎日よう。
空から眺めた・・・、の番組で京浜急行。
特に京急の古い車両を塗り替えて香川の琴電(琴平電鉄、こんぴらさまのこと)に輸送する場面がおもしろかったし琴平電鉄という名前がなつかしかった。20才のころかな、乗ったことがある。サイクリングの途中だったが。
新幹線のトレーラー輸送というのは時々テレビで目にするが、きょうのはおもしろかった。
琴平神社の奥のインからの(だったと思うが)讃岐平野の眺めは圧巻であった、そんなに標高の高いところではないはずだが。
Nさんのブログで思ったが、一番二番の問題。
空洞化とは要するに「圧倒的な一番」でないから価格競争に流されてしまうのではないかなと考えてしまう。だから日本を出る。
きのうの新聞に寄れば中国も労働組合の義務化から日本企業にはいずらくなりつつあるとのこと。
さまよえる日本の中小企業。だれが作っても同じモノに日本人が取り組む意味はないということか。
この国の工業はどうなっていくんだろう。
圧倒的な一番、心地よい言葉だけど・・・。
2011年9月14日水曜日
きょうはものすごく暑い。
35度くらいあるのではないだろうか。
薬屋さんの前を通ると「計測器あります」。
放射能のことか?
原発利用の場合の発電コストについて見直し云々というのをテレビでやっていて、地震前にはこんなに安くと言っていたものが倍以上になっているのが今の試算だと言っている。
テレビも新聞も議員も学者も我々もだれも見破ったモノはいなかった。
いやいやごく少数ながら見破ったものはいたのかもしれないが発言しないか、発言してもみんなに声が届かなかった。
むつかしい理路整然とした説明をされると"論理的だ"ということになってしまうのだが、論理をこしらえるに当たって当事者の"都合"がからんでくるもので、ひとの説明なんて・・・ということになってしまう。
見破る見破らないといっても専門的過ぎる話にはなかなかついていけるものではない。
落とし穴はどこにでもあるようだ。
だまされるほうがバカだ、と言われてしまえばそれまでだけど。
台風の前に精密草むしりをした家の裏の畑。
ほとんど倒伏したもよう。
でかいのもぽつりぽつり。
メヒシバの穂も目立つ、すなわち倒伏して日当たりが良くなり、倒れるのを防ごうと残しておいたメヒシバが大豆の株によりかかりながら一斉に大きくなってしまったのだろう。
畝と畝の間の通路が倒れた株でびっしり。
へたに入れない。
こりゃ草むしりに難儀するわ。
仕事の帰り、まん丸の月が。
自分の視力では満月は3日間続く。
ここち良い風も吹く。
畑の大豆の葉っぱの下には蚊がびっしりだが家のまわりにはほとんどいないような気がする。
蚊取り線香はやってない。
かゆくない・・・ただしあせもはかゆい。
ベランダでぼーっと月を眺める。
一瞬吠えてみたくなったが・・・。
薬屋さんの前を通ると「計測器あります」。
放射能のことか?
原発利用の場合の発電コストについて見直し云々というのをテレビでやっていて、地震前にはこんなに安くと言っていたものが倍以上になっているのが今の試算だと言っている。
テレビも新聞も議員も学者も我々もだれも見破ったモノはいなかった。
いやいやごく少数ながら見破ったものはいたのかもしれないが発言しないか、発言してもみんなに声が届かなかった。
むつかしい理路整然とした説明をされると"論理的だ"ということになってしまうのだが、論理をこしらえるに当たって当事者の"都合"がからんでくるもので、ひとの説明なんて・・・ということになってしまう。
見破る見破らないといっても専門的過ぎる話にはなかなかついていけるものではない。
落とし穴はどこにでもあるようだ。
だまされるほうがバカだ、と言われてしまえばそれまでだけど。
台風の前に精密草むしりをした家の裏の畑。
ほとんど倒伏したもよう。
でかいのもぽつりぽつり。
メヒシバの穂も目立つ、すなわち倒伏して日当たりが良くなり、倒れるのを防ごうと残しておいたメヒシバが大豆の株によりかかりながら一斉に大きくなってしまったのだろう。
畝と畝の間の通路が倒れた株でびっしり。
へたに入れない。
こりゃ草むしりに難儀するわ。
仕事の帰り、まん丸の月が。
自分の視力では満月は3日間続く。
ここち良い風も吹く。
畑の大豆の葉っぱの下には蚊がびっしりだが家のまわりにはほとんどいないような気がする。
蚊取り線香はやってない。
かゆくない・・・ただしあせもはかゆい。
ベランダでぼーっと月を眺める。
一瞬吠えてみたくなったが・・・。
2011年9月13日火曜日
お月見ブログ
を書いたあと、またベランダに行って横になっていると12時頃まで寝てしまった。
そのせいか風邪をひいてしまい左耳がいつものごとく聞こえが悪い。
鼻水も出る。
月の引力を浴びて今朝の自分はすこし変な感じであった。
こころが関わり合う相手が映像であるか、活字であるか、現物であるかによってこんなにも意識の活性化に差があるものかと感じられたお月見だった。
月と自分との間には空気しかない、空気の向こうは真空だ。
月と同じ空間の中にいる感じはきのうみたいにするしかない。
ずっと昔、奥多摩のある藪尾根をかきわけて縦走路にたどりつきそのまま水平路をたどり山小屋についたのが夜9時頃だったろうか、一月ごろの山行を思い出したがあのときも満月だったような気がする。薄雪の山の中の歩行は神秘的な感じで"お化けとか妖怪"とかの出番とは縁のない、こわいというよりは寒さの中にいながらふわふわしたものを感じた。
ひとの死とかいうものをまだそんなに見ていない年代でもあったので、この年齢だったらまた別の意味で人生などを重ね合わせてしまっているかもしれないが、あのときの感覚がなにかきのうのベランダにいたときのわずかなパーセントをしめていたかもしれない。
画像は目の前を通り過ぎがちである、もちろん見方でそうでなくもできるがほとんどの場合"思考"しない。
活字は頭の中で思考(理解・解釈・想像)をよびおこす。
現物対峙は・・・・。受け止め方次第かな。知性(感性まで含めて)が活性化していれば、豊穣の時間が過ごせる。力あれば、言葉にし絵にし音楽にし・・・ということだ。
知性を活性化するには・・・・日々考える習慣を持つことだな、これが大江さんのいう人生のハビットか?
日曜日に畑を手伝ってくれた人形町の田中さんから人形焼きと甘酒がとどく。
催事やそこいらに常時売っている人形焼きしかしらなかったので「どうせ」と思いながら口に入れたとたんびっくりであった。
こんなにうまいものかという一言だけ。
すぐ家内に食べさせると「うん」。
薄皮に上品な甘みのこしあん。
やはり「本家」と言われるものは必ずあるはずだと信じていてよかった。
"工業製品"が出回って商品の名を傷つけているのである。
遠くても買いに行くよ。
銀治ちゃゅんの講談の帰りに寄ってみよう。
りっぱなお使いモノにできる。
うれしい贈り物であった、ありがとうございます。
農水省の「離農奨励金」。
なんだいこりゃ、と思いつつも私有財産という足かせがある以上こういう手しかないのか。
腐った政治・・・というより腐った現実か?
こういうことを予測してなのかどうかわからないが農業(農協)名士と言われる近在のXは何も耕作しないのに農地を集めてきた。
何も蒔かない、緑肥でお飾りの栽培はときどきする。
四六時中畑をかき混ぜては草が生えないようにしている。
今回の国の施策でひともうけできるだろう。
東京周辺農業は腐っている。
もちろんまじめな何代も続いた野菜農家、新規参入の有機農家もたくさんいる。
すべてが悪いわけではない。
こういう状況に追い込んだ国策にすべての責がある。
でも・・でも・・・わずかな隙間にがんばれた可能性もあったはずである。
離農奨励で目指すものは"大規模"である。
しかし、ほんとにいいものを作っているのはそんなに大規模のひとたちではない。
もっとも大豆のように大規模でも無農薬可能なものは他にもあるが。
野菜はいいものを作ろうとしたら大規模は不適切である。
それだけ手がかかる。
家族総出でいいものを作っている。
大規模ばかりを促進して参入してくるものはすぐ見当がつく・・・・農業を犠牲にしてのし上がってきた企業たちである。
いつも国策に、つまり工業政策に、振り回されてきた農業の転機がまたやってきそうである。
もちろん"悪い"という意味の転機だ。
そして守護者であるべき多くの消費者が安いモノばかり追いかけている。
どこまで螺旋降下していくのだろうか、この国の農業は。
そのせいか風邪をひいてしまい左耳がいつものごとく聞こえが悪い。
鼻水も出る。
月の引力を浴びて今朝の自分はすこし変な感じであった。
こころが関わり合う相手が映像であるか、活字であるか、現物であるかによってこんなにも意識の活性化に差があるものかと感じられたお月見だった。
月と自分との間には空気しかない、空気の向こうは真空だ。
月と同じ空間の中にいる感じはきのうみたいにするしかない。
ずっと昔、奥多摩のある藪尾根をかきわけて縦走路にたどりつきそのまま水平路をたどり山小屋についたのが夜9時頃だったろうか、一月ごろの山行を思い出したがあのときも満月だったような気がする。薄雪の山の中の歩行は神秘的な感じで"お化けとか妖怪"とかの出番とは縁のない、こわいというよりは寒さの中にいながらふわふわしたものを感じた。
ひとの死とかいうものをまだそんなに見ていない年代でもあったので、この年齢だったらまた別の意味で人生などを重ね合わせてしまっているかもしれないが、あのときの感覚がなにかきのうのベランダにいたときのわずかなパーセントをしめていたかもしれない。
画像は目の前を通り過ぎがちである、もちろん見方でそうでなくもできるがほとんどの場合"思考"しない。
活字は頭の中で思考(理解・解釈・想像)をよびおこす。
現物対峙は・・・・。受け止め方次第かな。知性(感性まで含めて)が活性化していれば、豊穣の時間が過ごせる。力あれば、言葉にし絵にし音楽にし・・・ということだ。
知性を活性化するには・・・・日々考える習慣を持つことだな、これが大江さんのいう人生のハビットか?
日曜日に畑を手伝ってくれた人形町の田中さんから人形焼きと甘酒がとどく。
催事やそこいらに常時売っている人形焼きしかしらなかったので「どうせ」と思いながら口に入れたとたんびっくりであった。
こんなにうまいものかという一言だけ。
すぐ家内に食べさせると「うん」。
薄皮に上品な甘みのこしあん。
やはり「本家」と言われるものは必ずあるはずだと信じていてよかった。
"工業製品"が出回って商品の名を傷つけているのである。
遠くても買いに行くよ。
銀治ちゃゅんの講談の帰りに寄ってみよう。
りっぱなお使いモノにできる。
うれしい贈り物であった、ありがとうございます。
農水省の「離農奨励金」。
なんだいこりゃ、と思いつつも私有財産という足かせがある以上こういう手しかないのか。
腐った政治・・・というより腐った現実か?
こういうことを予測してなのかどうかわからないが農業(農協)名士と言われる近在のXは何も耕作しないのに農地を集めてきた。
何も蒔かない、緑肥でお飾りの栽培はときどきする。
四六時中畑をかき混ぜては草が生えないようにしている。
今回の国の施策でひともうけできるだろう。
東京周辺農業は腐っている。
もちろんまじめな何代も続いた野菜農家、新規参入の有機農家もたくさんいる。
すべてが悪いわけではない。
こういう状況に追い込んだ国策にすべての責がある。
でも・・でも・・・わずかな隙間にがんばれた可能性もあったはずである。
離農奨励で目指すものは"大規模"である。
しかし、ほんとにいいものを作っているのはそんなに大規模のひとたちではない。
もっとも大豆のように大規模でも無農薬可能なものは他にもあるが。
野菜はいいものを作ろうとしたら大規模は不適切である。
それだけ手がかかる。
家族総出でいいものを作っている。
大規模ばかりを促進して参入してくるものはすぐ見当がつく・・・・農業を犠牲にしてのし上がってきた企業たちである。
いつも国策に、つまり工業政策に、振り回されてきた農業の転機がまたやってきそうである。
もちろん"悪い"という意味の転機だ。
そして守護者であるべき多くの消費者が安いモノばかり追いかけている。
どこまで螺旋降下していくのだろうか、この国の農業は。
2011年9月12日月曜日
日陰は涼しい
のであの35度のいきおいはもうないようだ。
きのうは草むしりの手伝いが来てくれて助かった。
書き忘れていたが夕方東の黒雲を背景にきれいな虹が出ていた。
連チャンのあとなのできょうは畑は休む。
ごろごろしていた。
ただごろごろでほなにもしない、5時まで。
たまにはこういうのもいいなあ。
きょうが満月なんだね。
ベランダに出てぼーっと月を眺めていると泣けてくる。
高いところ、しかもひかっているものはなにか「とおーくに行ってしまったひと」をこころによびおこすものらしい。
風もあり心地よい。
見上げてごらん・・・の歌にはちいさな星しか合わないが、月は・・・。
他愛もない空想も含め月が呼び起こしてくれる空想力の働きもまだまだ息があるらしい。
たのしい「ぼーっ」とした時間であった。
すすきとだんごがあればよかったな。
きのうは草むしりの手伝いが来てくれて助かった。
書き忘れていたが夕方東の黒雲を背景にきれいな虹が出ていた。
連チャンのあとなのできょうは畑は休む。
ごろごろしていた。
ただごろごろでほなにもしない、5時まで。
たまにはこういうのもいいなあ。
きょうが満月なんだね。
ベランダに出てぼーっと月を眺めていると泣けてくる。
高いところ、しかもひかっているものはなにか「とおーくに行ってしまったひと」をこころによびおこすものらしい。
風もあり心地よい。
見上げてごらん・・・の歌にはちいさな星しか合わないが、月は・・・。
他愛もない空想も含め月が呼び起こしてくれる空想力の働きもまだまだ息があるらしい。
たのしい「ぼーっ」とした時間であった。
すすきとだんごがあればよかったな。
2011年9月11日日曜日
助っ人2名
により草むしり続行。
まだまだ9月一杯はむしったと思ったらちょいと前にやったところの大豆の葉っぱに覆われていないところは草が伸びてきてしまう。
追いかけっこだろう。
埼玉屋さんとお弟子さんのおかげではかどった。
連チャンになるが夜は一杯と相成る。
疲れているはずだが口はかってに動いていくようだ。
帰るとき見上げた月がまんまるだ(に近か)った。
お月見もいいなあ。
無風で蒸し暑かったけど。
まだまだ9月一杯はむしったと思ったらちょいと前にやったところの大豆の葉っぱに覆われていないところは草が伸びてきてしまう。
追いかけっこだろう。
埼玉屋さんとお弟子さんのおかげではかどった。
連チャンになるが夜は一杯と相成る。
疲れているはずだが口はかってに動いていくようだ。
帰るとき見上げた月がまんまるだ(に近か)った。
お月見もいいなあ。
無風で蒸し暑かったけど。
2011年9月10日土曜日
久しぶりに暑い。
熱帯夜だったようで、夢をみた。
なにも覚えていない。
ラジオで10年後の日本の予測。
自分に置き換えてこの商売の予測・この町のありようの変化などを
夢見るのも楽しいことかもしれない・・・苦痛かな?
もうすぐ満月。
月を愛でながらの酒飲み会なんてできないかな。
きょういい酔い加減で帰還。
お陰様、だ。助けられて生きているんだな。
なにも覚えていない。
ラジオで10年後の日本の予測。
自分に置き換えてこの商売の予測・この町のありようの変化などを
夢見るのも楽しいことかもしれない・・・苦痛かな?
もうすぐ満月。
月を愛でながらの酒飲み会なんてできないかな。
きょういい酔い加減で帰還。
お陰様、だ。助けられて生きているんだな。
2011年9月9日金曜日
草の根本をしっかりにぎって
引っこ抜いたとたん、いててて。
切ったかなー?なんでもない。根本があったところを見ると、蜂の巣。
蜂の巣をにぎってしまったらしい。
ハチにさされるなんてほんとに久しぶり。
お風呂の床にいたアシナガバチをふんづけてちくりなんてのもあったかな。
家に帰ってムヒ虫さされ。1時間でなんともなくなってしまった。
お茶の木にくっついていたものが下に落ちたか、お茶の木の剪定の時にちいさくできていた巣ごと落ちてその後大きくなっていったのか。
長径10センチくらいだろうか。
殺虫剤で・・・と思ったが攻撃しなければ何もしない相手。スズメバチとは違って危険性もちいさい。
ということでその場所にポールをたてて注意!ということにした。
草むしり。
雑草ってすごいな。
どうしてこう後から後から出てくるんだろう。
しかしさすが"葉に覆い尽くされた日陰"の威力はすごい。
何も生えていないところに比べれば雲泥の差だ。
メヒシバのひょろひょろとしたボディは大豆の株によりかかるようにしてひょろひょろと伸びていく。
一種の共生だな。
大豆はメヒシバの根によって倒伏しずらくなる、つまり支えられている。
農業は自然のしくみそのものではないがぎりぎりのところでうまく利用して成果をこそ泥することなのかな、言葉は悪いけど。
薬を使うのは"ある論理"ではあるが、自然界の論理からは逸脱した強引な人間業だろう。
そんなに欲張らないこそ泥稼業。自然の"なるようにしかならない"ぎりぎり農業でいいと思う。
そして農業者をもっと増やすことだ。
大規模生産である必要はない。
食べる側・買う側がもっとこの国の食料について考えることだ。
切ったかなー?なんでもない。根本があったところを見ると、蜂の巣。
蜂の巣をにぎってしまったらしい。
ハチにさされるなんてほんとに久しぶり。
お風呂の床にいたアシナガバチをふんづけてちくりなんてのもあったかな。
家に帰ってムヒ虫さされ。1時間でなんともなくなってしまった。
お茶の木にくっついていたものが下に落ちたか、お茶の木の剪定の時にちいさくできていた巣ごと落ちてその後大きくなっていったのか。
長径10センチくらいだろうか。
殺虫剤で・・・と思ったが攻撃しなければ何もしない相手。スズメバチとは違って危険性もちいさい。
ということでその場所にポールをたてて注意!ということにした。
草むしり。
雑草ってすごいな。
どうしてこう後から後から出てくるんだろう。
しかしさすが"葉に覆い尽くされた日陰"の威力はすごい。
何も生えていないところに比べれば雲泥の差だ。
メヒシバのひょろひょろとしたボディは大豆の株によりかかるようにしてひょろひょろと伸びていく。
一種の共生だな。
大豆はメヒシバの根によって倒伏しずらくなる、つまり支えられている。
農業は自然のしくみそのものではないがぎりぎりのところでうまく利用して成果をこそ泥することなのかな、言葉は悪いけど。
薬を使うのは"ある論理"ではあるが、自然界の論理からは逸脱した強引な人間業だろう。
そんなに欲張らないこそ泥稼業。自然の"なるようにしかならない"ぎりぎり農業でいいと思う。
そして農業者をもっと増やすことだ。
大規模生産である必要はない。
食べる側・買う側がもっとこの国の食料について考えることだ。
2011年9月8日木曜日
こんな夏があっていいのか
というほど心地よい陽気の一日だった。
畑も去年より20日速いペースで片付いておりやや時間をもてあまし気味である。
思い切ってきょうは畑は休み。
知り合いのうどん屋さんへ行って食事とおしゃべり。
変えるとGladstoneについて調べ、続いてイギリスの子供番組Roman Mysteriesを見る。Beardも制作に関わっているはずだが。
ローマのベスビオ火山噴火のころからスタートしている。
つまりポンペイの災害がはじめのほうにおいてある。
ひとさらい、奴隷問題が今見ているあたりだがおもしろくできあがっている。
こういった夢のような世界で遊び物思へる幸せに感謝する。
お店へでるとおしゃべり健ちゃんは中高年への励ましと諦観ののすすめと相成る。
人生のゴールデン・エイジは60からだ。
60までは準備の期間。
ゆっくりと走りつつけよう。
"歩き続けよう"ではない。
ディズレーリとグラッドストーンはたぐいまれなな逸材で、国に勢いのある時はこういうひとが現れるものだな・・・というより時代がそういうひとを育てるのかなとも思うのだが、その"精神の体力"にはおどろくばかりである。
議会人になってから80いくつで死ぬまで"きこり"というか木の切りたおしが趣味だったというグラッドストーンなどは、生涯に読んだ本が2-3万冊という恐るべきもの。
この町の何代か前の市長が挨拶のとき必ずと言っていいほど「市長職はコンビニエンス・・・」とくりかえしていたのを思い出すが一国の首相はそんなものではないだろう。しかも世界に覇を唱えているときである。スーパーマンである。
ディズレーリはもの書きだ、しかも改宗しているとはいえユダヤ人の家庭生まれと言うことで議会内でもanti-semitismつまりユダヤ人排斥主義のいじめを受けている。屈折に屈折を重ねた人生は魅力たっぷりだ。
この2人が共存した50年間は英国の黄金時代。
マイナス面も含め生み出したプラスもけたはずれだ。
返す返すも読書は考えるヒントを与えてくれるばかりでなく考えるパートナーであることを改めて痛感する。
ソクラテスや司馬遷が2000年も前に言っていたことはそのまま今も真実である。
よく生きる、ことだ。
だらだらと長生きすることにはなんの価値もない。
畑も去年より20日速いペースで片付いておりやや時間をもてあまし気味である。
思い切ってきょうは畑は休み。
知り合いのうどん屋さんへ行って食事とおしゃべり。
変えるとGladstoneについて調べ、続いてイギリスの子供番組Roman Mysteriesを見る。Beardも制作に関わっているはずだが。
ローマのベスビオ火山噴火のころからスタートしている。
つまりポンペイの災害がはじめのほうにおいてある。
ひとさらい、奴隷問題が今見ているあたりだがおもしろくできあがっている。
こういった夢のような世界で遊び物思へる幸せに感謝する。
お店へでるとおしゃべり健ちゃんは中高年への励ましと諦観ののすすめと相成る。
人生のゴールデン・エイジは60からだ。
60までは準備の期間。
ゆっくりと走りつつけよう。
"歩き続けよう"ではない。
ディズレーリとグラッドストーンはたぐいまれなな逸材で、国に勢いのある時はこういうひとが現れるものだな・・・というより時代がそういうひとを育てるのかなとも思うのだが、その"精神の体力"にはおどろくばかりである。
議会人になってから80いくつで死ぬまで"きこり"というか木の切りたおしが趣味だったというグラッドストーンなどは、生涯に読んだ本が2-3万冊という恐るべきもの。
この町の何代か前の市長が挨拶のとき必ずと言っていいほど「市長職はコンビニエンス・・・」とくりかえしていたのを思い出すが一国の首相はそんなものではないだろう。しかも世界に覇を唱えているときである。スーパーマンである。
ディズレーリはもの書きだ、しかも改宗しているとはいえユダヤ人の家庭生まれと言うことで議会内でもanti-semitismつまりユダヤ人排斥主義のいじめを受けている。屈折に屈折を重ねた人生は魅力たっぷりだ。
この2人が共存した50年間は英国の黄金時代。
マイナス面も含め生み出したプラスもけたはずれだ。
返す返すも読書は考えるヒントを与えてくれるばかりでなく考えるパートナーであることを改めて痛感する。
ソクラテスや司馬遷が2000年も前に言っていたことはそのまま今も真実である。
よく生きる、ことだ。
だらだらと長生きすることにはなんの価値もない。
2011年9月7日水曜日
良く眠れる。
おかげで夢がみられない。
楽しみなんだけどな。
きのうだったかなお昼に福岡県久留米地方の「善太郎大根」というのをやっていた。
地域の宝物食材で給食を、という番組だが栄養士の先生が張り切っていた。
なんでもかんでも甘く甘くという風潮をこしらえてしまった・・・というよりも「ひっかかったほうも」悪い。そんななかで、昔ながらの・・・、ということだろう。
辛い大根のようだ。
畑体験をちょいとやらせて子供と一緒に家庭科室へということで、なんと"焼いて"つまりステーキにしたのをメインディッシュにしていた。
大根を焼いて、という食べ方はしたこともないがおもしろそうだ。
需要に応えてなのか押し売りなのかわからないが改良品種というものの多くは国民の味覚を狂わせているような気がする。
生きるか餓死かというときにおめでたいこといってんじゃないの、というのが仕切ってるひとたちの号令だろう。
煽る道具がマスコミ・マスメディアである。
マスコミ・マスメディアの使命っていったいなんだろう。
おおざっぱ草むしり。
なんか充実感がない。
去年より20日早く精密くさむしりが終わってしまった。
一部摘芯をする。
成長点からつまみとることで栄養がさやに行ったり花のの数を多くしたりという技術であるが、少量の超大粒などには意味があるかもしれないがふつうのものにはやってるヒマがない。
時間がかかりすぎる。
何品種か試してあるのだが結果はどう出るだろうか?
楽しみなんだけどな。
きのうだったかなお昼に福岡県久留米地方の「善太郎大根」というのをやっていた。
地域の宝物食材で給食を、という番組だが栄養士の先生が張り切っていた。
なんでもかんでも甘く甘くという風潮をこしらえてしまった・・・というよりも「ひっかかったほうも」悪い。そんななかで、昔ながらの・・・、ということだろう。
辛い大根のようだ。
畑体験をちょいとやらせて子供と一緒に家庭科室へということで、なんと"焼いて"つまりステーキにしたのをメインディッシュにしていた。
大根を焼いて、という食べ方はしたこともないがおもしろそうだ。
需要に応えてなのか押し売りなのかわからないが改良品種というものの多くは国民の味覚を狂わせているような気がする。
生きるか餓死かというときにおめでたいこといってんじゃないの、というのが仕切ってるひとたちの号令だろう。
煽る道具がマスコミ・マスメディアである。
マスコミ・マスメディアの使命っていったいなんだろう。
おおざっぱ草むしり。
なんか充実感がない。
去年より20日早く精密くさむしりが終わってしまった。
一部摘芯をする。
成長点からつまみとることで栄養がさやに行ったり花のの数を多くしたりという技術であるが、少量の超大粒などには意味があるかもしれないがふつうのものにはやってるヒマがない。
時間がかかりすぎる。
何品種か試してあるのだが結果はどう出るだろうか?
2011年9月6日火曜日
台風はもうひとつあったのね。
知らなかった。
本州東に台風が、北上、北海道は雨。
このへんもお天気はさえない。
道路境の草むしりと誘導路はたの草むしり。
おしりがいたい、つまり背骨からきているいたみだと思うのだが・・・いつものやつだ。
「ソニー・クラーク・トリオ」というアルバム名のブルーノートの名盤を聴く。
草むしりにはあわなかった、というかきょうの体調にあわなかったのかもしれない。
ソニーの携帯CDプレーヤーでちょいと前のタイプだが音がいい。パナソニックのも使っているが比較にならない。ただ耐久性はいまいちなのかな、とりあえず読み取りエラーは出ていない。
古い機械はボディの素材自体がプラスチックではないのでモノとしての存在感もある。
高い機械がいい音楽体験をもたらしてくれるとは限らない。
受ける側の体調や気分のほうが大切である。
だから車のAMラジオから流れてくる童謡に涙してしまうことがあるのである。
CDウォークマン、MD、カセットウォークマン・・・・自分の宝だ。
お通夜からかえってくると町内会のことなので亡くなったひとのこと、どこのうちの娘があそこの嫁になり、・・・のうちのじいさんはやくざもので浅草では名の知れた・・・・、とかいったことを父が教えてくれる。村のことはこういうときでないと聞けないがこれも必要なことだろう。
おもしろいけどかったるいな。
"家"の興隆と没落。
どこへ行っても同じコトが起きている。
ただ、"切れないで"続いているということがいかに貴いことかと感じる。
もっとも消滅したとしてもそれはそれでいいのかな、そういうものか?
古い集落だが金田一耕助みたいなどす黒い因縁まみれの世界は聞いたこともないが・・・。
どの家も大して差のない貧しい天領のなかの部落だったということで、悪の権化みたいなお大尽の存在し得ない集落だったのだろう。
伸介の代わりの司会者は・・・たしか以前にも伸介が問題を起こしたときにピンチヒッターだったと思うが・・・上品な、飽きさせない司会者だと思う。アクはないが、いい感じだと思うが。
社長のお宝シリーズがおもしろかった。
いわゆる成金のひともいればうだつのあがらない老舗のぼんぼん(自分みたい?)だったりだが、それぞれの苦労を明るく笑い飛ばしているところに"気品"を感じた。
じぶんの周りにもこういうのがたくさんいるが気品を感じる成金はそうはいない。
"洗練"のふりをした単なる気取り屋さんにすぎないものばかりだ。
成金でもぼんくらでも落ちこぼれでもいい。
"精神の武士は食わねど・・・"をもつことだ。
かくして人生にもっとも大切なものはなにかと聞かれれば"気品"ということになる。
気品とは教養である。
教養とは(自分より劣っていようが勝っていようが)他人への思いやり、ひとのこころを想像する力である。ただし他人のそれをそのまま受け入れる必要はない。
自分はやはり自分を主張する。
自分を主張するときの"ひっかかり"が他人への思いやりだろうか。
これがやさしさだ。
政治とはむつかしいものである。
民主制とはやっかいなものである。
政治はぼんくらなひとには無理である。
ぼんくらなひとのこころはわからなければならないが。
選挙とは候補者を試験するのではなく我々選挙民を試験しているものである。
選択肢が存在しない場合は・・・・選挙管理委員の名士さん、どうしたらいいの。
本州東に台風が、北上、北海道は雨。
このへんもお天気はさえない。
道路境の草むしりと誘導路はたの草むしり。
おしりがいたい、つまり背骨からきているいたみだと思うのだが・・・いつものやつだ。
「ソニー・クラーク・トリオ」というアルバム名のブルーノートの名盤を聴く。
草むしりにはあわなかった、というかきょうの体調にあわなかったのかもしれない。
ソニーの携帯CDプレーヤーでちょいと前のタイプだが音がいい。パナソニックのも使っているが比較にならない。ただ耐久性はいまいちなのかな、とりあえず読み取りエラーは出ていない。
古い機械はボディの素材自体がプラスチックではないのでモノとしての存在感もある。
高い機械がいい音楽体験をもたらしてくれるとは限らない。
受ける側の体調や気分のほうが大切である。
だから車のAMラジオから流れてくる童謡に涙してしまうことがあるのである。
CDウォークマン、MD、カセットウォークマン・・・・自分の宝だ。
お通夜からかえってくると町内会のことなので亡くなったひとのこと、どこのうちの娘があそこの嫁になり、・・・のうちのじいさんはやくざもので浅草では名の知れた・・・・、とかいったことを父が教えてくれる。村のことはこういうときでないと聞けないがこれも必要なことだろう。
おもしろいけどかったるいな。
"家"の興隆と没落。
どこへ行っても同じコトが起きている。
ただ、"切れないで"続いているということがいかに貴いことかと感じる。
もっとも消滅したとしてもそれはそれでいいのかな、そういうものか?
古い集落だが金田一耕助みたいなどす黒い因縁まみれの世界は聞いたこともないが・・・。
どの家も大して差のない貧しい天領のなかの部落だったということで、悪の権化みたいなお大尽の存在し得ない集落だったのだろう。
伸介の代わりの司会者は・・・たしか以前にも伸介が問題を起こしたときにピンチヒッターだったと思うが・・・上品な、飽きさせない司会者だと思う。アクはないが、いい感じだと思うが。
社長のお宝シリーズがおもしろかった。
いわゆる成金のひともいればうだつのあがらない老舗のぼんぼん(自分みたい?)だったりだが、それぞれの苦労を明るく笑い飛ばしているところに"気品"を感じた。
じぶんの周りにもこういうのがたくさんいるが気品を感じる成金はそうはいない。
"洗練"のふりをした単なる気取り屋さんにすぎないものばかりだ。
成金でもぼんくらでも落ちこぼれでもいい。
"精神の武士は食わねど・・・"をもつことだ。
かくして人生にもっとも大切なものはなにかと聞かれれば"気品"ということになる。
気品とは教養である。
教養とは(自分より劣っていようが勝っていようが)他人への思いやり、ひとのこころを想像する力である。ただし他人のそれをそのまま受け入れる必要はない。
自分はやはり自分を主張する。
自分を主張するときの"ひっかかり"が他人への思いやりだろうか。
これがやさしさだ。
政治とはむつかしいものである。
民主制とはやっかいなものである。
政治はぼんくらなひとには無理である。
ぼんくらなひとのこころはわからなければならないが。
選挙とは候補者を試験するのではなく我々選挙民を試験しているものである。
選択肢が存在しない場合は・・・・選挙管理委員の名士さん、どうしたらいいの。
2011年9月5日月曜日
スイッチがあちこちおかしい。
エプソンのパソコンのメインスイッチ。
寺岡の業務用ラベルプリンター。
ヤナギやの絞り器のメインスイッチ。
・・・。
部品を海外から買っているんだろうね。
おっとっと、民生用の電気製品はそもそも海外で作っているのか。
スイッチひとつとってもよそのはこんなに質が落ちるの?
押して戻ってこない。
ただそれだけのことだがわずかな精度の差なのだろうか。
100円のものを50円にしたからといって利益の増加なんて・・・と考えたくなるが巨大企業はそういうものではないとでもいうのかい。
信用失墜をとってでもコスト・パーフォーマンスを撰ぶの?
今回の台風は甚大な被害を紀伊半島を中心にもたらしたようだ。
山の斜面がそっくりすべり落ちている映像もあった。
都市の繁栄ゆえに無視されている地方の地方に気をつかわなければならないなと思う。
原発の見返りなんかに頼らないやり方を考えよう。
都市への富の集中は自然現象ではあるけれど、人間の知恵で"操作"しよう。
それにしても関東も未だに不安定なお天気続きで弱ったものだ。
家の裏ではない2枚を草むしりと「でかいのひっこ抜き」。
湿気はあるのでびしょびしょだが体力は消耗しない。
もうだいぶおおきくなったさやもある。
若干ぷっくらしたものもあり、これは早生で9月終わりくらいから茶色くなる品種で小粒だ。小粒は早生が多い、そして選別が大変でいらいらする、選別機が欲しくなるところだ。
Nさんの畑の写真を見るとぶっとい根っこがでてきたりするけれど、開拓でもしているのだろうか?
家庭菜園ではないようた。
収穫もりっぱだな。
富良野のはずれの大雪(富良野岳、上・下ホロカメットク)よりのほうへ行くと耕作放棄地というより農業放棄地があり草地化を通り越してすすきや木が生えていたりするので、こういうところを開拓し直したらおもしろいとは思うんだけれど大変だろうな。石もごろごろしている。ヒグマも出る。へびもいる・・・。ただ同然で借りられるとは思うけどブルドーザーはじめさまざまな機械も必要だろう・・・・この辺も貸してくれるとは思うけど。
お店に出かける途中、杉並児童合唱団(声質から小学校の中学年程度かと思う)の「見上げてごらん」。
研ぎ澄まされすぎたウィーン少年合唱団なんかよりずーっとこっちのほうがよかった。
このあと声楽をやっているおばさんが童謡をやったがうんざりした。
日本語は日本語の歌唱法でなければだめだ。
雨降りおつきさんとかシャボン玉とんだとか月の砂漠とか、童謡にはさびしい・悲しい思いを表現したモノが多いが美しいモノが多い。
きちんとした日本語の発発声で子供たちに伝えて欲しい。
きびしいことを言えば旋律そのものが日本ではないんだから・・・・ということになってしまうが。
仕事から帰ってくるとばかなクイズ番組。
「首を長くする」の意味についてジャニーズの何某が「遠くを見る」と答えて×になる。
もちろん期待して楽しみに待っていることだが、そもそもの意味は首を長くして見通しよくし遠くを見ることだと思う。つまり×のようでいて×ではない。いきなり×ではなく語義の変容を説明すればよかったと思うのだがこの司会者たちや指揮しているプロデューサーはバカである。
ここに日本の受験教育の象徴がある。
国語の「傍線部分の"正しい"意味を選べよ」のたぐいである。
国語を教えている教員が何も疑問を感じず・・というより教師用あんちょこ以外に答えはないあるいは考えたこともないというような状況では、国宝「日本語」の行く末、ならびに「ものを考えるハビット」ということの衰退はいかんともしがたい進行中の現実なのかもしれない。
この番組で以前「ふるいにかける」という英語を選べよという問題で帰国子女が「スクリーニングScreening」と答えて×になったのを覚えている。電話して抗議しようと思ったがすぐにはつながらないだろうと捨て置く。
filterring、というよりもscreeningが一般的だと思うんだけど。
filterはふるいにかけるという作業を通して「しみ出る」とか「漏れる」という意味に使うと思ったけど・・・つまりフィルターリングというのはむしろ間違っているとさえ思うんだけどな。
番組を最後まで見ていたが"修正"のテロップはでなかった。
いつも同じ人間が出ているが高い税金をかけてそだてた東大や京大の卒業生が、タレントとしての人気維持のために"バカ"とわかっていながらこういうものに出続けていること自体あわれなことだと思う。
知識だけなんだよな。
寺岡の業務用ラベルプリンター。
ヤナギやの絞り器のメインスイッチ。
・・・。
部品を海外から買っているんだろうね。
おっとっと、民生用の電気製品はそもそも海外で作っているのか。
スイッチひとつとってもよそのはこんなに質が落ちるの?
押して戻ってこない。
ただそれだけのことだがわずかな精度の差なのだろうか。
100円のものを50円にしたからといって利益の増加なんて・・・と考えたくなるが巨大企業はそういうものではないとでもいうのかい。
信用失墜をとってでもコスト・パーフォーマンスを撰ぶの?
今回の台風は甚大な被害を紀伊半島を中心にもたらしたようだ。
山の斜面がそっくりすべり落ちている映像もあった。
都市の繁栄ゆえに無視されている地方の地方に気をつかわなければならないなと思う。
原発の見返りなんかに頼らないやり方を考えよう。
都市への富の集中は自然現象ではあるけれど、人間の知恵で"操作"しよう。
それにしても関東も未だに不安定なお天気続きで弱ったものだ。
家の裏ではない2枚を草むしりと「でかいのひっこ抜き」。
湿気はあるのでびしょびしょだが体力は消耗しない。
もうだいぶおおきくなったさやもある。
若干ぷっくらしたものもあり、これは早生で9月終わりくらいから茶色くなる品種で小粒だ。小粒は早生が多い、そして選別が大変でいらいらする、選別機が欲しくなるところだ。
Nさんの畑の写真を見るとぶっとい根っこがでてきたりするけれど、開拓でもしているのだろうか?
家庭菜園ではないようた。
収穫もりっぱだな。
富良野のはずれの大雪(富良野岳、上・下ホロカメットク)よりのほうへ行くと耕作放棄地というより農業放棄地があり草地化を通り越してすすきや木が生えていたりするので、こういうところを開拓し直したらおもしろいとは思うんだけれど大変だろうな。石もごろごろしている。ヒグマも出る。へびもいる・・・。ただ同然で借りられるとは思うけどブルドーザーはじめさまざまな機械も必要だろう・・・・この辺も貸してくれるとは思うけど。
お店に出かける途中、杉並児童合唱団(声質から小学校の中学年程度かと思う)の「見上げてごらん」。
研ぎ澄まされすぎたウィーン少年合唱団なんかよりずーっとこっちのほうがよかった。
このあと声楽をやっているおばさんが童謡をやったがうんざりした。
日本語は日本語の歌唱法でなければだめだ。
雨降りおつきさんとかシャボン玉とんだとか月の砂漠とか、童謡にはさびしい・悲しい思いを表現したモノが多いが美しいモノが多い。
きちんとした日本語の発発声で子供たちに伝えて欲しい。
きびしいことを言えば旋律そのものが日本ではないんだから・・・・ということになってしまうが。
仕事から帰ってくるとばかなクイズ番組。
「首を長くする」の意味についてジャニーズの何某が「遠くを見る」と答えて×になる。
もちろん期待して楽しみに待っていることだが、そもそもの意味は首を長くして見通しよくし遠くを見ることだと思う。つまり×のようでいて×ではない。いきなり×ではなく語義の変容を説明すればよかったと思うのだがこの司会者たちや指揮しているプロデューサーはバカである。
ここに日本の受験教育の象徴がある。
国語の「傍線部分の"正しい"意味を選べよ」のたぐいである。
国語を教えている教員が何も疑問を感じず・・というより教師用あんちょこ以外に答えはないあるいは考えたこともないというような状況では、国宝「日本語」の行く末、ならびに「ものを考えるハビット」ということの衰退はいかんともしがたい進行中の現実なのかもしれない。
この番組で以前「ふるいにかける」という英語を選べよという問題で帰国子女が「スクリーニングScreening」と答えて×になったのを覚えている。電話して抗議しようと思ったがすぐにはつながらないだろうと捨て置く。
filterring、というよりもscreeningが一般的だと思うんだけど。
filterはふるいにかけるという作業を通して「しみ出る」とか「漏れる」という意味に使うと思ったけど・・・つまりフィルターリングというのはむしろ間違っているとさえ思うんだけどな。
番組を最後まで見ていたが"修正"のテロップはでなかった。
いつも同じ人間が出ているが高い税金をかけてそだてた東大や京大の卒業生が、タレントとしての人気維持のために"バカ"とわかっていながらこういうものに出続けていること自体あわれなことだと思う。
知識だけなんだよな。
2011年9月4日日曜日
一日中風。
2回ほど軽いどしゃぶりがあっただろうか。
裏の畑、つまり最後に精密草むしりをしたところはきのう見に行った限りではことごとく倒れていて、きょうはこわくて行く気がしなかった。
風があるのできょうも「おおきいの引っこ抜き」すらやらなかった。
市役所の商工業アンケートが市長名で来ていたが農業委員会のいじめのことを書いておいた。
所沢はだめである。
将来的には所沢市以外の農村地域で・・・、という希望を書いておいた。
六次産業か。
仕事から帰ってくるとルドンであった、途中から見る。
20年くらい前になるだろうか、北浦和の県立美術館でルドンのデッサンが100近く展観できたときのことを思い出した。まだおそばやさんの「寶」はない
そのときも今もルドンは好きである。
色のついたルドンはほとんど見たことがなく、画集やカタログだけになってしまうのだがテレビのハイビジョン画像の「青い花瓶・・・」の映像は美しかった。
こないだの目に虫が入ったときの「沁みる」感じがした。
松坂慶子さんがルドンが大好きとのこと。
松坂さんも好きになる。
多くの俳優たちと違って「やせる努力」をあえてしないところがかえって好感がもてた、と同時に精神の高みを感じた。
自然体のまんまなのかな、なるようになる、逆らわない・・・。
デッサンでは無理な「染みいるいろ」というものを感じた幸福の時を得ることができた。
ルドンのファンは、ルオーとかムンク同様、この国にはたくさんいるようだが何が引きつけるのかな?
異常ゆえの正常みたいなところがあって裏側からみた狂気=正気の世界なのだろうか。
時間が逆転するがきょうの午後は畑にはいかず部屋の掃除とDVDを見ていた。
部屋のテレビはアンテナにつながっていないのでテレビは見られない。
ディズレーリのBBC放映30年前のものをみていた。
こころの機微とかは気迫ではあったが人物のおもしろさは伝わった。
グラッドストーンとディズレーリといえば英国2大政党制のピークの人物だが当時と言えばプロシアのビスマルクもいたころで、時代がこういう傑出した人物を生み出したのかなとも思った。
問題も多いけどとにかく勢いのあった時代なのだろう。
英国首相初のそして最後(かどうかはこれからのこともあるが)ユダヤ人家庭に生まれた首相でもある、ただし彼自身は10代でキリスト教の洗礼を受けているが。
Oxbridgeでもなく事業に失敗して借金だらけで帰国し、作家として英国での目立つ世界へのデビューをはたし後に政治に・・・・ということになるのだが興味つきないバルザックの世界にいるような人物である。ちょうど三国志で徳のかたまりとしてあがめられつづけてきた劉備が実は"暗愚"で、ほんとにすごいのは曹操なんだよというような感じで、どちらかというとグラッドストーンに偏っていた評価を変更しなければならないような感じがした。
ちょいと調べてみようと思う。
学校ではこういうおもしろい話をしてくれないんだよな。
先のほうにテストがあるからかい?
裏の畑、つまり最後に精密草むしりをしたところはきのう見に行った限りではことごとく倒れていて、きょうはこわくて行く気がしなかった。
風があるのできょうも「おおきいの引っこ抜き」すらやらなかった。
市役所の商工業アンケートが市長名で来ていたが農業委員会のいじめのことを書いておいた。
所沢はだめである。
将来的には所沢市以外の農村地域で・・・、という希望を書いておいた。
六次産業か。
仕事から帰ってくるとルドンであった、途中から見る。
20年くらい前になるだろうか、北浦和の県立美術館でルドンのデッサンが100近く展観できたときのことを思い出した。まだおそばやさんの「寶」はない
そのときも今もルドンは好きである。
色のついたルドンはほとんど見たことがなく、画集やカタログだけになってしまうのだがテレビのハイビジョン画像の「青い花瓶・・・」の映像は美しかった。
こないだの目に虫が入ったときの「沁みる」感じがした。
松坂慶子さんがルドンが大好きとのこと。
松坂さんも好きになる。
多くの俳優たちと違って「やせる努力」をあえてしないところがかえって好感がもてた、と同時に精神の高みを感じた。
自然体のまんまなのかな、なるようになる、逆らわない・・・。
デッサンでは無理な「染みいるいろ」というものを感じた幸福の時を得ることができた。
ルドンのファンは、ルオーとかムンク同様、この国にはたくさんいるようだが何が引きつけるのかな?
異常ゆえの正常みたいなところがあって裏側からみた狂気=正気の世界なのだろうか。
時間が逆転するがきょうの午後は畑にはいかず部屋の掃除とDVDを見ていた。
部屋のテレビはアンテナにつながっていないのでテレビは見られない。
ディズレーリのBBC放映30年前のものをみていた。
こころの機微とかは気迫ではあったが人物のおもしろさは伝わった。
グラッドストーンとディズレーリといえば英国2大政党制のピークの人物だが当時と言えばプロシアのビスマルクもいたころで、時代がこういう傑出した人物を生み出したのかなとも思った。
問題も多いけどとにかく勢いのあった時代なのだろう。
英国首相初のそして最後(かどうかはこれからのこともあるが)ユダヤ人家庭に生まれた首相でもある、ただし彼自身は10代でキリスト教の洗礼を受けているが。
Oxbridgeでもなく事業に失敗して借金だらけで帰国し、作家として英国での目立つ世界へのデビューをはたし後に政治に・・・・ということになるのだが興味つきないバルザックの世界にいるような人物である。ちょうど三国志で徳のかたまりとしてあがめられつづけてきた劉備が実は"暗愚"で、ほんとにすごいのは曹操なんだよというような感じで、どちらかというとグラッドストーンに偏っていた評価を変更しなければならないような感じがした。
ちょいと調べてみようと思う。
学校ではこういうおもしろい話をしてくれないんだよな。
先のほうにテストがあるからかい?
2011年9月3日土曜日
きょうは午後ずーっとごろごろしていた。
「日本語文法の謎を解く」の核心部分なのかな、主語のいらない言語の日本人のものの見方と主語がなければならない西洋語の違いの原点、つまり自然やひとに対する意識の正反対なことについて触れている部分に達する。
語学をやってここまでの言語間に達せたと言うことに驚かざるをえない。
言語学が哲学のある重要な柱の解読につながっていることを感じる。
リチャード・ハリスがスッラを演じた「ジュリアス・シーザー」をみる、3時間。
おもしろかった。
ブラウン管の小さいテレビをDVDプレイヤーにつなげてあるがちょいと画面がちいさすぎるかな。
リージョン1だがこのプレイヤーは受け付ける。
パソコンのioDataの外付けでも変更回数が5回程度と限られているがやはりリージョン1も受け付ける。
アメリカからというか日本以外から買うCDやDVDは極端に安い。
ものによっては字幕すらないが字幕にとらわれると以外と置いて行かれてしまうのでなくてもいいと思う。
史記は拾い読みしているだけでいつ終わるともしれないが、今度は漢書を始めようかと思う。
ちくまの世界文学大系のなかで全文取り上げたときのシリーズで3巻に分けられたものがあるが中古でも最低18000円もする。
本の値段は気持ちの問題にすぎないのだが、とりあえず図書館に行ってみようか。
図書館に最後に行ったのは25年くらい前だろう。
本は、特別高いものや軽薄・流行のモノ以外は買うことが著者への礼儀と考えているので図書館にはほとんど用はない。
図書館問題でもっとも騒いでいるのは"流行"の著者たちなのではないだろうか
そもそもはやりモノはほかの分野同様意識的に無視しているので自分にはどうでもいいんだけれど。
2011年9月2日金曜日
台風は進路をやや西へずれ
たようだ。
突然ざーと降ったり日が出たり風がふいたりで忙しい天気。
外仕事は出来るようで出来ないようで。
それにしても蒸し暑い。
台風のコースを考えると四国・山陽・山陰が大豆の成育に影響ありそうだけど。
この時期だと腰ぐらいまで育ったモノが倒伏しやすい。葉っぱが茂り頭がぬれると重みでバランスをくずす。しかも根の張り方はぶなのようで一部深くまでは行ってるものの弱々しい張り方ですぐに倒れてしまう。コンバイン刈り取りは困難である。
倒伏しにくい品種も改良品種では工夫されてはいるが、地上より上のスタイルと育ちのスピードに重点があり、根の張り方までは改良できていないようだ・・・不可能なのかな。
イネも倒伏しやすい。
武蔵野線に乗ると、荒川近辺で水田が眺められるが大雨のあとでごっつそりと倒れているのをよく見かける。
お店から帰る頃には路面も乾いていたが風が強くなっていた。
帰ると世界陸上。
女子200メートル。
白人ひとり以外すべて黒人。
注目のアメリカのアリソンは目つきがすごい。
どこか遠くの(ぼーっと、ではなく)一点を凝視しているようであった。
客席に手を挙げるときはかわいい目になる。
目といえばジャマイカのスチュアートがとてもきれいな目をしていた。
結局勝負はもうひとりのジャマイカ選手キャンベル・ブラウンとなる、アリソンは3位。
おもしろいレースだった。
短距離は日本人には"とおい世界"だな。
Nさんもいつか言っていたが「具体的なことを抽象的に思考しまとめあげること」がひとが「よくいきる」ということの重要な部分である、と丸山眞男も同じようなことを言っていたと思う。
講義よりも座談の好きな丸山の目指していたものは語り合う者の「掛け合い、インター・プレイ」だったのだろう。ジャズやクラシックのちいさいアンサンブルもそうであろう。
一方通行の知識の切り売り教育から生まれるものはなんだろう。
教師に責任はないとはいうものの、高等学校までの教育にはこういったものはほぼないと言っていい。
わかっていても、いやいやわからないのだろうし考えすらしないのかもしれない、・・・正義感故のぎりぎりの逸脱をやってしまう教師もどこかしらにいなくはないと思うんだけれど。
公教育には望むべくもない。
絵は知識-抽象化のもっともわかりやすい例である。
猪熊源一郎は若いひとたちを育てるこころのおおいさを人一倍もっていた画家だが常に言っていたことは「具象だろうが形がなかろうが大切なのは抽象性だ」ということを言っていた。
うすべったいわけのわからぬ"めちゃくちゃ"ではない。
音楽はそもそもが抽象なのだが、もとになる楽譜が"知識、事実"だとしたら演奏は抽象化の営みである。単なる"再生"ではない。
商業主義が優先されてしまうとここのところは無視されてしまう。
クリエイティビティを育てる環境というのはいつの世も二極化になってしまうのだろうか。
つまり極貧のなかの格闘か、その正反対かである。
カネの心配のない世界はそれはそれでこころはゆがむ、自分との戦いだろう。
どちらにしても平穏な人生にはなりえないと思うが、超越して仙人になってしまったひとたちはいる。
媚びない、のひとことは大変な"道"を示唆している。
司馬遷、2000年も前のひとに涙している。
突然ざーと降ったり日が出たり風がふいたりで忙しい天気。
外仕事は出来るようで出来ないようで。
それにしても蒸し暑い。
台風のコースを考えると四国・山陽・山陰が大豆の成育に影響ありそうだけど。
この時期だと腰ぐらいまで育ったモノが倒伏しやすい。葉っぱが茂り頭がぬれると重みでバランスをくずす。しかも根の張り方はぶなのようで一部深くまでは行ってるものの弱々しい張り方ですぐに倒れてしまう。コンバイン刈り取りは困難である。
倒伏しにくい品種も改良品種では工夫されてはいるが、地上より上のスタイルと育ちのスピードに重点があり、根の張り方までは改良できていないようだ・・・不可能なのかな。
イネも倒伏しやすい。
武蔵野線に乗ると、荒川近辺で水田が眺められるが大雨のあとでごっつそりと倒れているのをよく見かける。
お店から帰る頃には路面も乾いていたが風が強くなっていた。
帰ると世界陸上。
女子200メートル。
白人ひとり以外すべて黒人。
注目のアメリカのアリソンは目つきがすごい。
どこか遠くの(ぼーっと、ではなく)一点を凝視しているようであった。
客席に手を挙げるときはかわいい目になる。
目といえばジャマイカのスチュアートがとてもきれいな目をしていた。
結局勝負はもうひとりのジャマイカ選手キャンベル・ブラウンとなる、アリソンは3位。
おもしろいレースだった。
短距離は日本人には"とおい世界"だな。
Nさんもいつか言っていたが「具体的なことを抽象的に思考しまとめあげること」がひとが「よくいきる」ということの重要な部分である、と丸山眞男も同じようなことを言っていたと思う。
講義よりも座談の好きな丸山の目指していたものは語り合う者の「掛け合い、インター・プレイ」だったのだろう。ジャズやクラシックのちいさいアンサンブルもそうであろう。
一方通行の知識の切り売り教育から生まれるものはなんだろう。
教師に責任はないとはいうものの、高等学校までの教育にはこういったものはほぼないと言っていい。
わかっていても、いやいやわからないのだろうし考えすらしないのかもしれない、・・・正義感故のぎりぎりの逸脱をやってしまう教師もどこかしらにいなくはないと思うんだけれど。
公教育には望むべくもない。
絵は知識-抽象化のもっともわかりやすい例である。
猪熊源一郎は若いひとたちを育てるこころのおおいさを人一倍もっていた画家だが常に言っていたことは「具象だろうが形がなかろうが大切なのは抽象性だ」ということを言っていた。
うすべったいわけのわからぬ"めちゃくちゃ"ではない。
音楽はそもそもが抽象なのだが、もとになる楽譜が"知識、事実"だとしたら演奏は抽象化の営みである。単なる"再生"ではない。
商業主義が優先されてしまうとここのところは無視されてしまう。
クリエイティビティを育てる環境というのはいつの世も二極化になってしまうのだろうか。
つまり極貧のなかの格闘か、その正反対かである。
カネの心配のない世界はそれはそれでこころはゆがむ、自分との戦いだろう。
どちらにしても平穏な人生にはなりえないと思うが、超越して仙人になってしまったひとたちはいる。
媚びない、のひとことは大変な"道"を示唆している。
司馬遷、2000年も前のひとに涙している。
2011年9月1日木曜日
本庄児玉から先は通行止め?速度制限?
お昼の天気予報では本庄近辺は大雨のもよう。
このへんは風も雨もなし、いたって静かである。
異様に蒸す。
が、気温は低いので冷蔵庫には入りたくない。
仲間由紀恵の出ている「イ・サン」というドラマの予告でペリーが出てくるのだが「
へえー」の事実であった。
ペリーは喜望峰・インド経由で沖縄方面から浦賀に来たようだ。
アメリカ東海岸発でパナマ運河もなかったし、蒸気と帆というハイ・ぶリッド仕様なので石炭補給の必要性もあり太平洋横断により一発でというわけにもいかなかったようだ。
ドラマを見ているわけでもないので「イ・サン」が何を意味するのかわからないが、韓国にイサン・ユンという大好きな作曲家がいるのでひとの名前かなと思うのだが琉球のドラマだしね。
仲間由紀恵さんはたしか沖縄の人だったと思うけど。
精密くさむしり終了のこともありすこしだらけてしまい昼から3時ごろまでごろごろとしていたがせなにか落ち着かず畑に行って「おおきいのひっこ抜き」をやる。
結構出ているので時間がつぶせる。
しかしきょうはこの辺にはまったく雨がふらないようだけれどすごご近所では大雨だったりで大変のようだ。
夕方になってもかなり蒸す。
葬式が多い。
きのうお通夜に行ったかと思ったらこんどは火曜日。
この時期は多い。
目のほうはだいぶ腫れも引いたのだがまだいくらか赤い。
そして下側がしみのようになってしまった、消えるんだろうな?
目は敏感なところである。
夕刊にコロッケの中耳炎の記事が載っていた。健康欄の連載記事なのできょうは導入部なのだが、なんか自分の生い立ち・・・耳に関して・・・と似ている。
耳・鼻の構造の未発達が基本的な原因、と三井記念病院の奥野先生に指摘されましたが似たようなところがコロッケにもあるのかな?
体を使わないで休息する、というのがなんか耐えられない苦痛のように感じるのだが四六時中規則正しく毎日からだとあたまとを適度に使っているのがいちばんいいのかな?
ということは息抜きなどというものが自分には・・・、と考えてしまう。
息抜きと称してぼーっとしていることが耐えられない時間の過ごし方に感じてしまうのである。
これは困ったことなのかな?
このへんは風も雨もなし、いたって静かである。
異様に蒸す。
が、気温は低いので冷蔵庫には入りたくない。
仲間由紀恵の出ている「イ・サン」というドラマの予告でペリーが出てくるのだが「
へえー」の事実であった。
ペリーは喜望峰・インド経由で沖縄方面から浦賀に来たようだ。
アメリカ東海岸発でパナマ運河もなかったし、蒸気と帆というハイ・ぶリッド仕様なので石炭補給の必要性もあり太平洋横断により一発でというわけにもいかなかったようだ。
ドラマを見ているわけでもないので「イ・サン」が何を意味するのかわからないが、韓国にイサン・ユンという大好きな作曲家がいるのでひとの名前かなと思うのだが琉球のドラマだしね。
仲間由紀恵さんはたしか沖縄の人だったと思うけど。
精密くさむしり終了のこともありすこしだらけてしまい昼から3時ごろまでごろごろとしていたがせなにか落ち着かず畑に行って「おおきいのひっこ抜き」をやる。
結構出ているので時間がつぶせる。
しかしきょうはこの辺にはまったく雨がふらないようだけれどすごご近所では大雨だったりで大変のようだ。
夕方になってもかなり蒸す。
葬式が多い。
きのうお通夜に行ったかと思ったらこんどは火曜日。
この時期は多い。
目のほうはだいぶ腫れも引いたのだがまだいくらか赤い。
そして下側がしみのようになってしまった、消えるんだろうな?
目は敏感なところである。
夕刊にコロッケの中耳炎の記事が載っていた。健康欄の連載記事なのできょうは導入部なのだが、なんか自分の生い立ち・・・耳に関して・・・と似ている。
耳・鼻の構造の未発達が基本的な原因、と三井記念病院の奥野先生に指摘されましたが似たようなところがコロッケにもあるのかな?
体を使わないで休息する、というのがなんか耐えられない苦痛のように感じるのだが四六時中規則正しく毎日からだとあたまとを適度に使っているのがいちばんいいのかな?
ということは息抜きなどというものが自分には・・・、と考えてしまう。
息抜きと称してぼーっとしていることが耐えられない時間の過ごし方に感じてしまうのである。
これは困ったことなのかな?
2011年8月31日水曜日
腫れが幾分ひいたようだ。
まぶたが重くは感じないがまだ赤い。
精密草むしり、本日をもって100パーセント完了。
あとはぐるぐるとまわって大きいのをひっこぬいていく。
去年より20日早く終わる。
ただし今日の所は台風のことも考えるとたおれるものがたくさん出るのではないかと心配だ。
きょうも疲れた。
精密草むしり、本日をもって100パーセント完了。
あとはぐるぐるとまわって大きいのをひっこぬいていく。
去年より20日早く終わる。
ただし今日の所は台風のことも考えるとたおれるものがたくさん出るのではないかと心配だ。
きょうも疲れた。
2011年8月30日火曜日
朝起きると
目の腫れがきのうよりひどいことに。
人前に出るのが・・・・・、と気になる。
製造中はまぶたがおもたくてまいった。
こういう日は休んでしまいたいな。
眼科へ行く。
虫(たぶん蛾かな、その鱗粉が目の中に?)が目の中に置いていったものへのアレルギーだろうとのこと。
発生した直後より時間がたってひどくなることも、とのこと。
薬をだしてもらい午後はごろごろしていた。
こんなに長い時間ごろごろしていたのは種まき始まって以来初めてだろう。
外は心地よい風のふくいい天気・・・、もったいないような。
武帝、司馬遷、ひとの道、媚びる・立ち回る・・・、と人生についてあれやこれやと考えを巡らす。
60才。・・・やはり、自分の道か?
20、30とあまりに周囲に気を取られ、世間ということの重圧に窒息しそうな日々に苦しめられてきたが今考えるとそれはあまりのきまじめさ/裏返せば単なるバカの生き具合だったのだろう。
今も"世間"は頭の隅にはあるのだが、昔と比べるとだいぶ楽になってきた。
そんな中で司馬遷の一生を思うと、自分ののらりくらりは不真面目そのものであったような気がする。
全く媚びない、立ち回らない司馬遷。
役人などはもっともあわない生涯だったのだろうが、生まれ・環境を考えるとそれしか選択の余地がなかったのだろう。
役人という業界の中で生の真実を追い求めそれゆえにねたまれおそれられた彼の一生は抵抗が大きければ大きいほどファイトがわき出てくるような"撰ばれた"ひとの人生だったのだろう。
追い求めつづけていたのは"道"だ。
導く者は・・・高いところに屈原がいた。
伸介が鑑定団に出ていなかった。
即退場か。
昔のある番組へのクレームからはじまった ごたごたのようだが、番組制作者・吉本興業の対応も非常に悪かったと思う。
テレビは不真面目だ。
司馬遷がテレビというシステムとその権力をみたらなんというだろう。
人前に出るのが・・・・・、と気になる。
製造中はまぶたがおもたくてまいった。
こういう日は休んでしまいたいな。
眼科へ行く。
虫(たぶん蛾かな、その鱗粉が目の中に?)が目の中に置いていったものへのアレルギーだろうとのこと。
発生した直後より時間がたってひどくなることも、とのこと。
薬をだしてもらい午後はごろごろしていた。
こんなに長い時間ごろごろしていたのは種まき始まって以来初めてだろう。
外は心地よい風のふくいい天気・・・、もったいないような。
武帝、司馬遷、ひとの道、媚びる・立ち回る・・・、と人生についてあれやこれやと考えを巡らす。
60才。・・・やはり、自分の道か?
20、30とあまりに周囲に気を取られ、世間ということの重圧に窒息しそうな日々に苦しめられてきたが今考えるとそれはあまりのきまじめさ/裏返せば単なるバカの生き具合だったのだろう。
今も"世間"は頭の隅にはあるのだが、昔と比べるとだいぶ楽になってきた。
そんな中で司馬遷の一生を思うと、自分ののらりくらりは不真面目そのものであったような気がする。
全く媚びない、立ち回らない司馬遷。
役人などはもっともあわない生涯だったのだろうが、生まれ・環境を考えるとそれしか選択の余地がなかったのだろう。
役人という業界の中で生の真実を追い求めそれゆえにねたまれおそれられた彼の一生は抵抗が大きければ大きいほどファイトがわき出てくるような"撰ばれた"ひとの人生だったのだろう。
追い求めつづけていたのは"道"だ。
導く者は・・・高いところに屈原がいた。
伸介が鑑定団に出ていなかった。
即退場か。
昔のある番組へのクレームからはじまった ごたごたのようだが、番組制作者・吉本興業の対応も非常に悪かったと思う。
テレビは不真面目だ。
司馬遷がテレビというシステムとその権力をみたらなんというだろう。
2011年8月29日月曜日
ちいさい虫が
草むしりしているときに左目に入ってしまう。
すぐペットボトルの水で流そうとしたのだが目はいたい、出て行かない。
家に帰って洗面器の水に顔をつけて目をぱちくりしたらごろごろ・ざらざら感はなくなったようだが目はいたい。
ものもらいと違って上も下も腫れてしまった。
売り場ではお客様にどうどうと顔を向けないようにして応対。早く家に帰りたかった。
いま九時半現在でも腫れている、夕方よりひどくなったかな。
早く寝よう。
室伏優勝、よかったね。
民主党も選挙だったのかな。
衆議院の大勝も三年前の八月三十一日だったろう。Kの葬式だったのでよく覚えている。
すぐペットボトルの水で流そうとしたのだが目はいたい、出て行かない。
家に帰って洗面器の水に顔をつけて目をぱちくりしたらごろごろ・ざらざら感はなくなったようだが目はいたい。
ものもらいと違って上も下も腫れてしまった。
売り場ではお客様にどうどうと顔を向けないようにして応対。早く家に帰りたかった。
いま九時半現在でも腫れている、夕方よりひどくなったかな。
早く寝よう。
室伏優勝、よかったね。
民主党も選挙だったのかな。
衆議院の大勝も三年前の八月三十一日だったろう。Kの葬式だったのでよく覚えている。
2011年8月28日日曜日
きのうは体調が悪かったせいか
今朝は頭がいたい、吐き気がする。
2日酔いのようだ。
ましてやきのうは特別な日付だ。
お昼ごろには回復。
かえるの鳴き声でクレーム出すひとがいるんですか?
京都の山際は蝉がにぎやかだったな。
引っ越せばいいと思うんだけど。
あるいは今はやりの30階程度のマンションの一番上の方にでも住めば静かでいいと思うんだけど。それに南北に窓が開けばクーラーなんかほとんどいらないよ。
次の代が住む確率がほとんどない新規の一戸建て住宅、やめたほうがいいと思うんだけど。
最後に種まきした家の裏一枚の草むしり。
ここも手強い。
粘土質の上にさらさら土をのせてもらったので8割方さらさらである。
中耕はしてあるので畝間は生えてない。
株と株の間にメヒシバが多い、おいし草もときおり。オヒシバはあまりない。
オヒシバはばっちり地面にはいつくばって大きくなり作物の成長を阻害するが、メヒシバ(もどき?)よほど"密"でない限りそして大豆の日陰になってしまってればそんなに完璧な草むしりはする必要がないと思う。それよりもこの草を取ることによって大豆の茎の根本がぐらぐらになっしまい倒れてしまうことのほうが困ったことだ。
そこで株の根本周辺は草は大きくないかぎり残しておいてやる。
あとで大きくなったら抜いてやればいい。
闇雲に引っこ抜いてきれいにすればいいというものではないようだ。
あとひとつなっているすいかが地面にじか付けなので網状コンテナで高さのひくいやつを置いてそこにスイカをのせてやる。
さわった限りではまだおいといてもいいように思うが。
ボルトが100メートル決勝でフライング、即失格。
こんなルールはおかしいなあ。
この韓国の世界陸上からのルールらしい。
まあ竹刀でなく真剣で勝負せよということなのだろうか、それとも効率・スピードアップということだろうか。
2日酔いのようだ。
ましてやきのうは特別な日付だ。
お昼ごろには回復。
かえるの鳴き声でクレーム出すひとがいるんですか?
京都の山際は蝉がにぎやかだったな。
引っ越せばいいと思うんだけど。
あるいは今はやりの30階程度のマンションの一番上の方にでも住めば静かでいいと思うんだけど。それに南北に窓が開けばクーラーなんかほとんどいらないよ。
次の代が住む確率がほとんどない新規の一戸建て住宅、やめたほうがいいと思うんだけど。
最後に種まきした家の裏一枚の草むしり。
ここも手強い。
粘土質の上にさらさら土をのせてもらったので8割方さらさらである。
中耕はしてあるので畝間は生えてない。
株と株の間にメヒシバが多い、おいし草もときおり。オヒシバはあまりない。
オヒシバはばっちり地面にはいつくばって大きくなり作物の成長を阻害するが、メヒシバ(もどき?)よほど"密"でない限りそして大豆の日陰になってしまってればそんなに完璧な草むしりはする必要がないと思う。それよりもこの草を取ることによって大豆の茎の根本がぐらぐらになっしまい倒れてしまうことのほうが困ったことだ。
そこで株の根本周辺は草は大きくないかぎり残しておいてやる。
あとで大きくなったら抜いてやればいい。
闇雲に引っこ抜いてきれいにすればいいというものではないようだ。
あとひとつなっているすいかが地面にじか付けなので網状コンテナで高さのひくいやつを置いてそこにスイカをのせてやる。
さわった限りではまだおいといてもいいように思うが。
ボルトが100メートル決勝でフライング、即失格。
こんなルールはおかしいなあ。
この韓国の世界陸上からのルールらしい。
まあ竹刀でなく真剣で勝負せよということなのだろうか、それとも効率・スピードアップということだろうか。
2011年8月27日土曜日
へんな天気だね。
きのうの天気予報では秋雨前線云々ということを言っていた。
まだ8月だよ。
きのうの続きの草むしり。
とうふくしたのが多い。
雨が降るとこういうことになりやすい。
在来種は蒔くタイミングがよかったとしても枝が横に広がりやすいものが多い。
コンバインでは刈り取り不可能である。
手狩りのいいとこで、そのまますっぽっておく。
倒れても株はまた上に向かって伸びていく。
リンゴがみんな落ちていた、2つセーフ。
なしもだいぶ落ちていた。
残りをみんなもぐ。
お盆過ぎたら全部もいでしまうぐらいでいいと思う。
長雨で落ちてしまうのだと思う。
さてさて・・・、4時30分。
まだ8月だよ。
きのうの続きの草むしり。
とうふくしたのが多い。
雨が降るとこういうことになりやすい。
在来種は蒔くタイミングがよかったとしても枝が横に広がりやすいものが多い。
コンバインでは刈り取り不可能である。
手狩りのいいとこで、そのまますっぽっておく。
倒れても株はまた上に向かって伸びていく。
リンゴがみんな落ちていた、2つセーフ。
なしもだいぶ落ちていた。
残りをみんなもぐ。
お盆過ぎたら全部もいでしまうぐらいでいいと思う。
長雨で落ちてしまうのだと思う。
さてさて・・・、4時30分。
2011年8月26日金曜日
白い色は恋人の色。
いい歌だ。
歌詞、旋律、声質・・・8月27日にぴったりの歌だ。
準密藪の一枚をていねいに草むしり。
半分で雨降り。30分ほどびしょびしょで作業。
オヒシバの大きくなったのが多い。
これは大敵である。
挙党一致、挙党態勢・・・どう違うの。
ベースは「処遇」。
こいつら日本のことなど考えてないよ。
しわくちゃのチャップリンのお嬢さん、イレーヌ・パパス、イングリッド・バーグマンそっくりの実の娘イザベラ・ロッセリーニといった具合に大女優たちの出ている『オデッセイ』をみる。
エンターテインメントだがおもしろかった。
というより、バーグマンのお嬢さんがきれいきれいでね。アテネ神の役です。
笑顔にころりといってしまう男性が多いかと思う。
続きをみながら寝よう。
歌詞、旋律、声質・・・8月27日にぴったりの歌だ。
準密藪の一枚をていねいに草むしり。
半分で雨降り。30分ほどびしょびしょで作業。
オヒシバの大きくなったのが多い。
これは大敵である。
挙党一致、挙党態勢・・・どう違うの。
ベースは「処遇」。
こいつら日本のことなど考えてないよ。
しわくちゃのチャップリンのお嬢さん、イレーヌ・パパス、イングリッド・バーグマンそっくりの実の娘イザベラ・ロッセリーニといった具合に大女優たちの出ている『オデッセイ』をみる。
エンターテインメントだがおもしろかった。
というより、バーグマンのお嬢さんがきれいきれいでね。アテネ神の役です。
笑顔にころりといってしまう男性が多いかと思う。
続きをみながら寝よう。
2011年8月25日木曜日
朝から雨
お昼過ぎまで降る。
きょうはだめかなと思いごろごろ。
二時頃屋根を見るとかわいている。
密藪草むしり完了。
となりの畑をチェック、結構草が多い。
4畦ほどやってあとはあしたから。
今月中に片付けよう。
自分が"イベント屋"をやっていたのは三十代。
四十頭はPTA。
イベントや"ボランティアもどき"はもういい。
本業と平行してべつごとに懸命にになれるのは四十ぐらいまで。
それ以後は本業と人生そのもののしめくくりと60以後の再スタートの準備と考えてきた。
人付き合いはほとんどないがこれでいいと自分で自分に言い聞かせている。
孤独でいい。
定年間近で学校ooo周年事業とか町内会とか業界の市・県・全国役員のポジションを必死にあさっているひとたちの姿を見ると自分とは異国のひとだなと感じてしまう。
審議会やいろんなパーティでかならず見かける町の名士といわれるひとたちが「旧町再興」などと声高にさけんでおきながら安売りスーパーで閉店セールに奔走している姿を見ると見苦しい限りである。
名士などと言われるひとたちの生態は想像通りのみにくい世界である。
もちろん"全部が全部"ではないけれど。
自分が世の中に・・・、なんてあまり考えたことはないけれど自分が今探っていることにはあきらかに次のひとたちへつなぎうる何かがあるものと確信している。
ボランティアというのは"志願兵"というのが古い意味でのっているが、自分の財産と命を自分と面識のないひとたちのために思いだけで捧げる覚悟の行為、というところに基準をおくと自分にはボランティアなど別世界の話である。
自分は今自分の特技に特化することで微量たりとも他人のためになれればなと思うだけだ。
先日の清元の梅助はまさにボランティアだったと思う。
かっこよかった。
きょうはだめかなと思いごろごろ。
二時頃屋根を見るとかわいている。
密藪草むしり完了。
となりの畑をチェック、結構草が多い。
4畦ほどやってあとはあしたから。
今月中に片付けよう。
自分が"イベント屋"をやっていたのは三十代。
四十頭はPTA。
イベントや"ボランティアもどき"はもういい。
本業と平行してべつごとに懸命にになれるのは四十ぐらいまで。
それ以後は本業と人生そのもののしめくくりと60以後の再スタートの準備と考えてきた。
人付き合いはほとんどないがこれでいいと自分で自分に言い聞かせている。
孤独でいい。
定年間近で学校ooo周年事業とか町内会とか業界の市・県・全国役員のポジションを必死にあさっているひとたちの姿を見ると自分とは異国のひとだなと感じてしまう。
審議会やいろんなパーティでかならず見かける町の名士といわれるひとたちが「旧町再興」などと声高にさけんでおきながら安売りスーパーで閉店セールに奔走している姿を見ると見苦しい限りである。
名士などと言われるひとたちの生態は想像通りのみにくい世界である。
もちろん"全部が全部"ではないけれど。
自分が世の中に・・・、なんてあまり考えたことはないけれど自分が今探っていることにはあきらかに次のひとたちへつなぎうる何かがあるものと確信している。
ボランティアというのは"志願兵"というのが古い意味でのっているが、自分の財産と命を自分と面識のないひとたちのために思いだけで捧げる覚悟の行為、というところに基準をおくと自分にはボランティアなど別世界の話である。
自分は今自分の特技に特化することで微量たりとも他人のためになれればなと思うだけだ。
先日の清元の梅助はまさにボランティアだったと思う。
かっこよかった。
2011年8月24日水曜日
レベルダウンして
もとの夏にもどったようである。
比較的強めの風がありここちよい。
密藪草むしり。
あとあしたかあさってで完了と思うのだが。
「読み方、見方、味わいかた・・・」なるハウツー本がはやるのは我々の受けた教育そのものの延長線上の"文化"なのだと思う。
本の読み方、絵の見方、音楽の聴き方、おいしいものの食べ方・見つけ方、・・・。
これらの窮極が「人生に成功する方法」とか「商売に成功する方法」とか「老後をどう生きたらいいか」・・・などのハウツー本だろう。
傍線部分はどういう意味ですか、作者は何を言おうとしているのですか?4つの中からひとつ撰びなさい、などという国語の謎解き訓練がすり込まれてしまっているのだろう。
「4つのうちでいちばんおいしいのはどれですか」という設問に対しては当然のことながら一番から順に序列は付くだろう。
しかしそれは「答え」ではない。
デモクラシーもそうである。
むしろ真実は少数の中にあることが多い。
食べ物は必ずしも政治とは同じではないけれども・・・。
比較的強めの風がありここちよい。
密藪草むしり。
あとあしたかあさってで完了と思うのだが。
「読み方、見方、味わいかた・・・」なるハウツー本がはやるのは我々の受けた教育そのものの延長線上の"文化"なのだと思う。
本の読み方、絵の見方、音楽の聴き方、おいしいものの食べ方・見つけ方、・・・。
これらの窮極が「人生に成功する方法」とか「商売に成功する方法」とか「老後をどう生きたらいいか」・・・などのハウツー本だろう。
傍線部分はどういう意味ですか、作者は何を言おうとしているのですか?4つの中からひとつ撰びなさい、などという国語の謎解き訓練がすり込まれてしまっているのだろう。
「4つのうちでいちばんおいしいのはどれですか」という設問に対しては当然のことながら一番から順に序列は付くだろう。
しかしそれは「答え」ではない。
デモクラシーもそうである。
むしろ真実は少数の中にあることが多い。
食べ物は必ずしも政治とは同じではないけれども・・・。
2011年8月23日火曜日
人間泣いてばかりもいられないが
笑ってばかりもいられないな(森重久弥からうつの竹脇無我へ)。
男の50代、ほとんどのひとがなにがしか鬱状態にある。
鬱にならないのがいいわけではない。
これを越えたところに、甘みだけでなく"青味・野の味"まで含めた人生の妙味を感じ取れ楽しめる境涯があるに違いない。
昼から時々日がさす。
やや蒸す。
一時半から3時間半。
そんなに暑くない畑であった。
時々日がさす。
野球帽の上に麦わら帽。
密藪の草むしりと中耕一部。
去年中耕一回草むしりなどほとんどしなかったここが今年は一番密藪である。
かき混ぜ/種まき、中耕・雨のタイミングがすべてである。
タイミングを待って種まき等しているわけではないのでどの畑が・・・ということは運でしかない。
去年の富岡の草むしり・草刈りと比べればはるかに効率はあがっているのでこれでよしとしなければならない。
「宝島」観おわる。おもしろかった。
りんごに赤みがついてきた。
なしはもうこれ以上おおきくならないのかもしれない、収穫しちゃおうか。
お店で福島の桃がたたき売りされていた。
大玉4つで498、超大玉2つで同額。
一方山梨は大玉2つで798、超大玉2つで1000円。
検査して売っているんだろうけど。
男の50代、ほとんどのひとがなにがしか鬱状態にある。
鬱にならないのがいいわけではない。
これを越えたところに、甘みだけでなく"青味・野の味"まで含めた人生の妙味を感じ取れ楽しめる境涯があるに違いない。
昼から時々日がさす。
やや蒸す。
一時半から3時間半。
そんなに暑くない畑であった。
時々日がさす。
野球帽の上に麦わら帽。
密藪の草むしりと中耕一部。
去年中耕一回草むしりなどほとんどしなかったここが今年は一番密藪である。
かき混ぜ/種まき、中耕・雨のタイミングがすべてである。
タイミングを待って種まき等しているわけではないのでどの畑が・・・ということは運でしかない。
去年の富岡の草むしり・草刈りと比べればはるかに効率はあがっているのでこれでよしとしなければならない。
「宝島」観おわる。おもしろかった。
りんごに赤みがついてきた。
なしはもうこれ以上おおきくならないのかもしれない、収穫しちゃおうか。
お店で福島の桃がたたき売りされていた。
大玉4つで498、超大玉2つで同額。
一方山梨は大玉2つで798、超大玉2つで1000円。
検査して売っているんだろうけど。
2011年8月22日月曜日
きょうも涼しく楽ちん。
金閣寺の金箔を現在価格で金額算定すると1億円程度とか。
そんなものか、とも思ったがよく考えたらぺらぺらの"箔"だもんね。
安いときはたしか1/4ぐらいの値段だったかな。
転がしてるだけで利益を得るというのはだれの発明かはしれないが罰当たりなシステムだと思う。
禁断の果実とは「転がし得」というシステムのことだったのだろう。
永遠に人類とともにサーバイバルの領域だろう。
涼しくてたぶん暑かったときの成果であろう量の2倍は草むしりできたと思う。
きょうの草むしりは今年の天王山。
おいし草のでかくなったやつ、オヒシバ・メヒシバの成長株のオンパレード。
大豆の株がめだたなくなってるところもあり緊急の草むしりが必要であった。
密藪状態のところをえらんでかきむしる。
こしはいたいが快調にこなす。
給水なし、休憩なし。
この箇所は全部やるのに一週間はかかるだろうとふんでいたがきょうのでだいぶ得したような気になる。
あしたからはまた30度のようだが、いままでよりは若干気温は低い模様。
去年はたしか猛烈なメヒシバ・オヒシバとの格闘がお彼岸直前までつづいた。
それを思えばことしはだいぶ内容もスピードもいい感じである。
去年は飲み会など考えられなかったがことしは飲み会優先でいけそうだ。
修行で畑をやっているわけではないので、楽しむ工夫をしないといけない。
60才とはそういう年齢だ・・・あと3年。
ただしきっちりとけじめをつける"特定年齢"と考えているわけではなく自然と自分のやりやすいように変えていけばいいのかなと思う。
人生の妙味はこれからだろう。
それなりの"かけ合いの相手"が必要となる。
いつ終わってもいいと言っておきながらこんなこと言ってるんだから、おいらもろくなもんじゃないね。
そんなものか、とも思ったがよく考えたらぺらぺらの"箔"だもんね。
安いときはたしか1/4ぐらいの値段だったかな。
転がしてるだけで利益を得るというのはだれの発明かはしれないが罰当たりなシステムだと思う。
禁断の果実とは「転がし得」というシステムのことだったのだろう。
永遠に人類とともにサーバイバルの領域だろう。
涼しくてたぶん暑かったときの成果であろう量の2倍は草むしりできたと思う。
きょうの草むしりは今年の天王山。
おいし草のでかくなったやつ、オヒシバ・メヒシバの成長株のオンパレード。
大豆の株がめだたなくなってるところもあり緊急の草むしりが必要であった。
密藪状態のところをえらんでかきむしる。
こしはいたいが快調にこなす。
給水なし、休憩なし。
この箇所は全部やるのに一週間はかかるだろうとふんでいたがきょうのでだいぶ得したような気になる。
あしたからはまた30度のようだが、いままでよりは若干気温は低い模様。
去年はたしか猛烈なメヒシバ・オヒシバとの格闘がお彼岸直前までつづいた。
それを思えばことしはだいぶ内容もスピードもいい感じである。
去年は飲み会など考えられなかったがことしは飲み会優先でいけそうだ。
修行で畑をやっているわけではないので、楽しむ工夫をしないといけない。
60才とはそういう年齢だ・・・あと3年。
ただしきっちりとけじめをつける"特定年齢"と考えているわけではなく自然と自分のやりやすいように変えていけばいいのかなと思う。
人生の妙味はこれからだろう。
それなりの"かけ合いの相手"が必要となる。
いつ終わってもいいと言っておきながらこんなこと言ってるんだから、おいらもろくなもんじゃないね。
2011年8月21日日曜日
いちじくが・・・・すごい。
これはうまい。
フランス人はいいなあ。
日大三校の吉永投手はウチのお客様のところではたらいていたKさんの孫。
出場だけですごいと思っていたがあれよあれよという間に頂点に立ってしまった。
これからが大変だと思う。
お昼から畑と思っていたが・・・雨がふったりやんだり。
霧雨よりは悪い状況なのでごろごろしている。
「宝島」2枚目全部みる。
屋根はかわいていたので3時から畑。
案の定いきなり小雨がふってきたりしてはいたが続行。
びしょびしょになりながらも炎天下一日分の草むしりかたづける。
得した感じ。
仕事から帰ってきて夕飯。
あたたかいコーヒー久しぶり。
六花亭の「神々の遊ぶ庭」がおいしい。
神居(かむい)のことかい。
黒岳から南へ南下したゆるゆかな稜線のことだったかな。
テレビにデストロイヤーが出ていた、まだ健在だったようだ。
終戦後日本の希望の星だった。
弱いアメリカの象徴。
いい演技なのか悪い演技なのか子供たちには知るよしもなかった。
40年以上前の話だ。
水戸黄門もそのくらいに始まったのかな。
テーマのイントロがボレロだとは夕方ラジオを聞いていて初めて気がついた。
ぼーっとして聞いていたんだね。
すずしくてきょうもよく眠れそう。
フランス人はいいなあ。
日大三校の吉永投手はウチのお客様のところではたらいていたKさんの孫。
出場だけですごいと思っていたがあれよあれよという間に頂点に立ってしまった。
これからが大変だと思う。
お昼から畑と思っていたが・・・雨がふったりやんだり。
霧雨よりは悪い状況なのでごろごろしている。
「宝島」2枚目全部みる。
屋根はかわいていたので3時から畑。
案の定いきなり小雨がふってきたりしてはいたが続行。
びしょびしょになりながらも炎天下一日分の草むしりかたづける。
得した感じ。
仕事から帰ってきて夕飯。
あたたかいコーヒー久しぶり。
六花亭の「神々の遊ぶ庭」がおいしい。
神居(かむい)のことかい。
黒岳から南へ南下したゆるゆかな稜線のことだったかな。
テレビにデストロイヤーが出ていた、まだ健在だったようだ。
終戦後日本の希望の星だった。
弱いアメリカの象徴。
いい演技なのか悪い演技なのか子供たちには知るよしもなかった。
40年以上前の話だ。
水戸黄門もそのくらいに始まったのかな。
テーマのイントロがボレロだとは夕方ラジオを聞いていて初めて気がついた。
ぼーっとして聞いていたんだね。
すずしくてきょうもよく眠れそう。
2011年8月20日土曜日
猛暑にもかかわらず
太ったようだ。
ベルトが・・・。
きょうは楽園の陽気で25度以前だろう。
暑さに耐えたごほうびかな、数日続く模様。台風のようではない。
涼しいからといってあれやこれやとできるわけでもなく、毎日の繰り返しとなる。
ただ"効率"はいいようだ。
4時間草むしり。
汗もさほど出ないし水もほとんど飲まない。
畑で履くのは初めてとなる地下足袋が2日目となる。
山の中で地下足袋というのはわらじと組んで沢登りのことなのでかっこいいのだが畑でははいたことがない。
こはぜが面倒だということだけなのだが、こういう"わずか"のことがけっこう障害となる。
はいてみると軽快で蒸れもないので農作業の道具としては合理的である。
ただ固いものにぶつけるのには注意。
はいている軍足くつしたもきれいで長靴よりはよごれないようである。布のフィルター効果は抜群である。
お店にたっていて結構眠たかった。
疲労と言うよりも極端な気温の変化で体調がくずれているのかもしれない。
楽園のようでいて・・・。
きょうも飲みに行こうかと思っていたがこの疲れかたを考えると出かけなくて正解だったのかなと思う。
豆の冷蔵庫にはジャンパーがつるしてあり本も何冊かたてかけてあるがさっきのぞいてみて笑ってしまった。
きのうはたっぷり寝られたがきょうはどうだろうか。
ベルトが・・・。
きょうは楽園の陽気で25度以前だろう。
暑さに耐えたごほうびかな、数日続く模様。台風のようではない。
涼しいからといってあれやこれやとできるわけでもなく、毎日の繰り返しとなる。
ただ"効率"はいいようだ。
4時間草むしり。
汗もさほど出ないし水もほとんど飲まない。
畑で履くのは初めてとなる地下足袋が2日目となる。
山の中で地下足袋というのはわらじと組んで沢登りのことなのでかっこいいのだが畑でははいたことがない。
こはぜが面倒だということだけなのだが、こういう"わずか"のことがけっこう障害となる。
はいてみると軽快で蒸れもないので農作業の道具としては合理的である。
ただ固いものにぶつけるのには注意。
はいている軍足くつしたもきれいで長靴よりはよごれないようである。布のフィルター効果は抜群である。
お店にたっていて結構眠たかった。
疲労と言うよりも極端な気温の変化で体調がくずれているのかもしれない。
楽園のようでいて・・・。
きょうも飲みに行こうかと思っていたがこの疲れかたを考えると出かけなくて正解だったのかなと思う。
豆の冷蔵庫にはジャンパーがつるしてあり本も何冊かたてかけてあるがさっきのぞいてみて笑ってしまった。
きのうはたっぷり寝られたがきょうはどうだろうか。
2011年8月19日金曜日
大雨。
9時ぐらいからだろうか強く降ったりやんだりの繰り返し。
2日間書き込みできなかったがグーグルのメインテナンスは時間がかかりすぎだ。
家賃も払ってるわけではないのでおおきな声では言えないが。
おとといからきのうの朝にかけての暑さは記録的だったのではないだろうか。
2時ぐらいまでは全く寝られずいらいらの極みにあり、わめきたくなってしまったほどである。
2時を過ぎるとかすかに気温が下がるのを感じ、細切れに30分くらいずつは寝ていたようである。
仕事の始まりは頭が重く馬力がなかなか出ない。
1-3時も尋常でない暑さを感じ来客もあることから畑は休み。
休んで正解だったかもしれない。
日陰で36度、軽トラックの屋根付き開放状態で38度。日向は40度くらいあったのかな。
静岡のN様にいただいたスウィーツがうまかった。
お庭になっていたフランス原産の皮ごといちじくもめずらしく、冷蔵庫にしまってある。あとでたべよう。
きょうは涼しいので不眠3日から解放されると思うのだが。
雨なので畑中止。
昼過ぎはぼーっとしていよう。
「宝島」のBBC版をみながらごろり2時間。
寒くて窓をしめた。
きのうと15度くらい違うのではないだろうか。
「日本語文法の謎を解く」がおもしろい。
世の中には一度有名になるとあることがらを「まったく同じ言葉でまったく同じ内容を」何回でも繰り返して講演したり出版したりする大物(・・・・マスコミ的な意味で)が多い。心理学者の・・などは大きな字の読みやすい文章でほとんど同じ内容のことを1500円くらいまでの値段で毎年数冊大手の出版社からだしていたりしたがあきれたものだった。
一冊一冊に真剣に・・と読む側からすると著者におおいに願うものだが、「売れるだろう」の単純再生産本が多すぎる。
金谷さんのは趣旨は単純だが、毎回前の本で「わかりにくかったであろう・・・、ことや抜けていたであろうこと、新しく気がついたこと」を付け加えながら一冊一冊が新しい"語り"になっている。単純なテーマをじわりじわりとふくらみをもたせた見識を備えていけるように導いてくれる。
そしてこの日本語文法の話は明治期の学校文法発生・発明以来根強い疑問を真摯な学者によっていだかれてきた領域で、その先駆者たちへの根源的な敬意の上に築かれて見解であることに彼の学者としての謙虚さ・誠実さを感じる。
しかも闘士である。
日本語の感覚、というものは生まれたときからの言語生活を含む「生活形態全般」からすり込まれたこころの姿勢から生まれてくるものだと思うが、幼児期からのバイリンガルや幼児期からの英語教育によってこの"日本語感覚"はゆがめられていくような気がする。
帰国子女からおおきな作家が出れば・・・、ということだがいかがなものだろうか。
エキゾティズムで最初のひとりは通用するだろうが。
美しい日本、とかなんとかいった総理大臣がいたが政治家にこんなこといわれてもという感じだな。
政治家としての美しい生き方、についてもっと深く考えてもらうことのほうが先だと思う。
選挙なんて選択肢がないんだもんね。
演説と違って文章はトリックが利かない。
文章は読み返しできる。
美しい文章・・・・美文ということではなくて、内容や質まで含めた読みやすく粋でまじめな文章のことである。
文はひとなり、とはよく言ったものだ。
2日間書き込みできなかったがグーグルのメインテナンスは時間がかかりすぎだ。
家賃も払ってるわけではないのでおおきな声では言えないが。
おとといからきのうの朝にかけての暑さは記録的だったのではないだろうか。
2時ぐらいまでは全く寝られずいらいらの極みにあり、わめきたくなってしまったほどである。
2時を過ぎるとかすかに気温が下がるのを感じ、細切れに30分くらいずつは寝ていたようである。
仕事の始まりは頭が重く馬力がなかなか出ない。
1-3時も尋常でない暑さを感じ来客もあることから畑は休み。
休んで正解だったかもしれない。
日陰で36度、軽トラックの屋根付き開放状態で38度。日向は40度くらいあったのかな。
静岡のN様にいただいたスウィーツがうまかった。
お庭になっていたフランス原産の皮ごといちじくもめずらしく、冷蔵庫にしまってある。あとでたべよう。
きょうは涼しいので不眠3日から解放されると思うのだが。
雨なので畑中止。
昼過ぎはぼーっとしていよう。
「宝島」のBBC版をみながらごろり2時間。
寒くて窓をしめた。
きのうと15度くらい違うのではないだろうか。
「日本語文法の謎を解く」がおもしろい。
世の中には一度有名になるとあることがらを「まったく同じ言葉でまったく同じ内容を」何回でも繰り返して講演したり出版したりする大物(・・・・マスコミ的な意味で)が多い。心理学者の・・などは大きな字の読みやすい文章でほとんど同じ内容のことを1500円くらいまでの値段で毎年数冊大手の出版社からだしていたりしたがあきれたものだった。
一冊一冊に真剣に・・と読む側からすると著者におおいに願うものだが、「売れるだろう」の単純再生産本が多すぎる。
金谷さんのは趣旨は単純だが、毎回前の本で「わかりにくかったであろう・・・、ことや抜けていたであろうこと、新しく気がついたこと」を付け加えながら一冊一冊が新しい"語り"になっている。単純なテーマをじわりじわりとふくらみをもたせた見識を備えていけるように導いてくれる。
そしてこの日本語文法の話は明治期の学校文法発生・発明以来根強い疑問を真摯な学者によっていだかれてきた領域で、その先駆者たちへの根源的な敬意の上に築かれて見解であることに彼の学者としての謙虚さ・誠実さを感じる。
しかも闘士である。
日本語の感覚、というものは生まれたときからの言語生活を含む「生活形態全般」からすり込まれたこころの姿勢から生まれてくるものだと思うが、幼児期からのバイリンガルや幼児期からの英語教育によってこの"日本語感覚"はゆがめられていくような気がする。
帰国子女からおおきな作家が出れば・・・、ということだがいかがなものだろうか。
エキゾティズムで最初のひとりは通用するだろうが。
美しい日本、とかなんとかいった総理大臣がいたが政治家にこんなこといわれてもという感じだな。
政治家としての美しい生き方、についてもっと深く考えてもらうことのほうが先だと思う。
選挙なんて選択肢がないんだもんね。
演説と違って文章はトリックが利かない。
文章は読み返しできる。
美しい文章・・・・美文ということではなくて、内容や質まで含めた読みやすく粋でまじめな文章のことである。
文はひとなり、とはよく言ったものだ。
2011年8月18日木曜日
2011年8月17日水曜日
2011年8月16日火曜日
ここのところ
サトウいらずをやっているがいい感じである。
甘いものは甘くなく、あまくないものはぎりぎりまで甘くというのが私の主張だが、雑味たっぷり甘みもゆたかでうまい豆腐になっている。
高タンパクなのでどろどろに成りやすいが寄せがそれだけおもしろくなる。
お昼に、分裂して88年の清元宗家(高輪派)と清元梅吉率いる・・・派の合同演奏会実現までのルポルタージュ番組。
これはよかった。
母方経由で現勘三郎のいとこである家元延寿太夫(謡い、54)と清元梅吉(三味線)78才との2人けいこから始まっての半年の物語。
延寿太夫の長男の足の付け根部分にできた悪性リンパ腫との伏線をからめながらの、「これからの清元を・・・」ということの大事に思いをいたらした延寿太夫側からの企画のようだったが、けんか別れした側のしかも78才という親子ほどの年上にある梅吉の姿が美しかった。
延寿太夫の20才の息子が入院している有明の癌研に向かって毎日手を合わせつづけていた姿や、練習での態度や4人の子供たちにあえて跡継ぎをさせなかった姿勢など深く考える巨人を感じた。
特に宗家側の人間国宝栄三との三味線の会わせ稽古では直前まで会わなかった(会わせ得なかった)のにもかかわらず「本番ではこのレベルでは何が起こるかわからない」つまり本番時での栄三を信じ切っていた梅吉のどうどうとした姿には恐れ入るばかりであった。
もちろん人間国宝の栄三も何十年もやったことのないワキ三味線に徹した姿にも敬意を表すばかりであった。
旅に出て帰ってこない息子の死を知り、その塚の前での親の心を描いた「隅田川」のクライマックスはこの手のものに興味のないひとにもぞくぞくとさせる力を感じさせるのではないかと思った。
マーラーの「亡き子をしのぶ歌」は交響曲はおおむねそれぞれ数百回は聞いているのにもかかわらず、一回しか聞いていないのと同様この隅田川もテーマが重く・きつくて聞いていられないものである。
延寿太夫の息子さんの入院・闘病。そして周囲のひとたちの現実のこころの苦悩かつ前進の思いがこのような困難な企画を最後までやり遂げさせたのかなと思った。
歌舞伎界をめざしていた延寿太夫が父親の早い死で家元を継がざるを得なくなった状況からの説明を考えると、苦労しかつきちんと責任をしょっていこうとしさらに分裂したものを・・・、と考える「清元全体」を守ろうとして必死に格闘しているすがたがりっぱであった。
この地区はきょうが送り日なのだが畑は・・・まあいいだろう。
案の定帰る5時までだれも畑には来ていない感じであった。
耕耘機使用せず。
すべて草むしり。
腰がいたくなるが、暑さはへいちゃらであった。
ほとんど休まないで3時間。
甘いものは甘くなく、あまくないものはぎりぎりまで甘くというのが私の主張だが、雑味たっぷり甘みもゆたかでうまい豆腐になっている。
高タンパクなのでどろどろに成りやすいが寄せがそれだけおもしろくなる。
お昼に、分裂して88年の清元宗家(高輪派)と清元梅吉率いる・・・派の合同演奏会実現までのルポルタージュ番組。
これはよかった。
母方経由で現勘三郎のいとこである家元延寿太夫(謡い、54)と清元梅吉(三味線)78才との2人けいこから始まっての半年の物語。
延寿太夫の長男の足の付け根部分にできた悪性リンパ腫との伏線をからめながらの、「これからの清元を・・・」ということの大事に思いをいたらした延寿太夫側からの企画のようだったが、けんか別れした側のしかも78才という親子ほどの年上にある梅吉の姿が美しかった。
延寿太夫の20才の息子が入院している有明の癌研に向かって毎日手を合わせつづけていた姿や、練習での態度や4人の子供たちにあえて跡継ぎをさせなかった姿勢など深く考える巨人を感じた。
特に宗家側の人間国宝栄三との三味線の会わせ稽古では直前まで会わなかった(会わせ得なかった)のにもかかわらず「本番ではこのレベルでは何が起こるかわからない」つまり本番時での栄三を信じ切っていた梅吉のどうどうとした姿には恐れ入るばかりであった。
もちろん人間国宝の栄三も何十年もやったことのないワキ三味線に徹した姿にも敬意を表すばかりであった。
旅に出て帰ってこない息子の死を知り、その塚の前での親の心を描いた「隅田川」のクライマックスはこの手のものに興味のないひとにもぞくぞくとさせる力を感じさせるのではないかと思った。
マーラーの「亡き子をしのぶ歌」は交響曲はおおむねそれぞれ数百回は聞いているのにもかかわらず、一回しか聞いていないのと同様この隅田川もテーマが重く・きつくて聞いていられないものである。
延寿太夫の息子さんの入院・闘病。そして周囲のひとたちの現実のこころの苦悩かつ前進の思いがこのような困難な企画を最後までやり遂げさせたのかなと思った。
歌舞伎界をめざしていた延寿太夫が父親の早い死で家元を継がざるを得なくなった状況からの説明を考えると、苦労しかつきちんと責任をしょっていこうとしさらに分裂したものを・・・、と考える「清元全体」を守ろうとして必死に格闘しているすがたがりっぱであった。
この地区はきょうが送り日なのだが畑は・・・まあいいだろう。
案の定帰る5時までだれも畑には来ていない感じであった。
耕耘機使用せず。
すべて草むしり。
腰がいたくなるが、暑さはへいちゃらであった。
ほとんど休まないで3時間。
2011年8月15日月曜日
川の中には
国際色豊かないろんな獰猛魚がいるんだね。
川遊びも気楽にできる時代ではないようだ。
売る人間に責任がある。
大きく成りすぎて、買うことに飽きて・できなくなって、・・・といろいろ理由はあるだろうが売る側にはそんなこと想定内だと思う。
買う・飼う側の幼児化と無責任体質が一番の問題だが海外の動植物を安易に持ち込み家庭に隔離して育成なんていずれはこわれてしまうマナーだ。
一般人のこういったものの売買自体禁止したほうがいい。
グローバル化の大きなマイナス点のひとつ。
こどもを川に入れられない状況がすぐやってくる。
在来種も駆逐される。
日本語のようになんでも飲み込んで同化・変容と言うことは生き物にはできない。
食うか食われるか。
農作業はお盆中は御法度。
ミューズへ上村さんの回顧展に。
婦人はやはり体躯はちいさく少し猫背という具合に年取ったと思ったがお顔はつやもよく目もいきいきとしていた。言葉にやや元気がなくなったかな。
反骨の画家で、できあがった"形式"の選択つまりできあがった権威にたよることを終生きらったひとで生き方を学ぶ。まったく世間に媚びない。
"形式"の問題は芸術家たちにはみなつきまとう問題だが、安易な生き方を望めばすでにできあがったところへ身を・・・、ということになるのだろうが芸術とはそもそも前の時代までになかったものを作りだし・掘り起こしていく仕事。
そもそもが真剣になればなるほど孤独な作業で、似たもの同士のわいわいがやがやの集団では得るモノはないのだろう。
かと思うとバッハのように与えられた枠の中を極限まで遊び尽くしそれでいて既成のの形式をおおいに意識させなおかつ意識させないという窮め尽くしをなしてしまうひともいた。
単純作業の毎日かもしれないが我々ものつくりのヒントがこういったひとたちのなかにはたくさんある。
いい絵、いい音楽・演奏、いい文章・・・もっともっと体験・体感しなければならない宝の山が身の回りにはたくさんある。
66回目の終戦記念日。
我が家には戦死者はいなかったが本家や母方本家等には当然おり、どこの家庭でもわれわれ以前の世代にはつらい記憶がたくさん残っていることだろう。
所沢には陸軍の飛行場があったためその周辺は大変な爆撃を受け、亡くなったひとも多い。
我が家の前にも一軒住宅があり直撃されひとりトイレに落ちた子だけ助かりあと全員死亡した。
我が家はそのとき南北方向の爆風で障子がすべて吹っ飛ぶ。
父の出征の時の写真を見た記憶がある。
我が子を戦地におくる親(特に母親)の気持ちはいかばかりの苦しみに・・・。
町内会のその世代の・・・もう90前後・・・ひとの中にはシベリア抑留者もいる。父のいとこもそのひとり。今も健在だが自分史を書いているとか。
思えば子供の頃祖父が軍隊で使っていた袋状の(背嚢?)物入れを良くみせてくれ、裁縫道具を出しては農作業着のほころびを直しているのを見学したものだ。祖父の床屋さんも良くやったっけ。祖母の農作業を手伝うために急さかをリヤカー押していったのを思い出した・・・・。なんかあとからあとから。
おまけにフランダースの犬のアニメのあの場面をやっている。
すぐ泣いてしまうな。
川遊びも気楽にできる時代ではないようだ。
売る人間に責任がある。
大きく成りすぎて、買うことに飽きて・できなくなって、・・・といろいろ理由はあるだろうが売る側にはそんなこと想定内だと思う。
買う・飼う側の幼児化と無責任体質が一番の問題だが海外の動植物を安易に持ち込み家庭に隔離して育成なんていずれはこわれてしまうマナーだ。
一般人のこういったものの売買自体禁止したほうがいい。
グローバル化の大きなマイナス点のひとつ。
こどもを川に入れられない状況がすぐやってくる。
在来種も駆逐される。
日本語のようになんでも飲み込んで同化・変容と言うことは生き物にはできない。
食うか食われるか。
農作業はお盆中は御法度。
ミューズへ上村さんの回顧展に。
婦人はやはり体躯はちいさく少し猫背という具合に年取ったと思ったがお顔はつやもよく目もいきいきとしていた。言葉にやや元気がなくなったかな。
反骨の画家で、できあがった"形式"の選択つまりできあがった権威にたよることを終生きらったひとで生き方を学ぶ。まったく世間に媚びない。
"形式"の問題は芸術家たちにはみなつきまとう問題だが、安易な生き方を望めばすでにできあがったところへ身を・・・、ということになるのだろうが芸術とはそもそも前の時代までになかったものを作りだし・掘り起こしていく仕事。
そもそもが真剣になればなるほど孤独な作業で、似たもの同士のわいわいがやがやの集団では得るモノはないのだろう。
かと思うとバッハのように与えられた枠の中を極限まで遊び尽くしそれでいて既成のの形式をおおいに意識させなおかつ意識させないという窮め尽くしをなしてしまうひともいた。
単純作業の毎日かもしれないが我々ものつくりのヒントがこういったひとたちのなかにはたくさんある。
いい絵、いい音楽・演奏、いい文章・・・もっともっと体験・体感しなければならない宝の山が身の回りにはたくさんある。
66回目の終戦記念日。
我が家には戦死者はいなかったが本家や母方本家等には当然おり、どこの家庭でもわれわれ以前の世代にはつらい記憶がたくさん残っていることだろう。
所沢には陸軍の飛行場があったためその周辺は大変な爆撃を受け、亡くなったひとも多い。
我が家の前にも一軒住宅があり直撃されひとりトイレに落ちた子だけ助かりあと全員死亡した。
我が家はそのとき南北方向の爆風で障子がすべて吹っ飛ぶ。
父の出征の時の写真を見た記憶がある。
我が子を戦地におくる親(特に母親)の気持ちはいかばかりの苦しみに・・・。
町内会のその世代の・・・もう90前後・・・ひとの中にはシベリア抑留者もいる。父のいとこもそのひとり。今も健在だが自分史を書いているとか。
思えば子供の頃祖父が軍隊で使っていた袋状の(背嚢?)物入れを良くみせてくれ、裁縫道具を出しては農作業着のほころびを直しているのを見学したものだ。祖父の床屋さんも良くやったっけ。祖母の農作業を手伝うために急さかをリヤカー押していったのを思い出した・・・・。なんかあとからあとから。
おまけにフランダースの犬のアニメのあの場面をやっている。
すぐ泣いてしまうな。
2011年8月14日日曜日
ショック刺激
を得ようとお昼から冷蔵庫に出たり入ったりを5回繰り返した。
きょうあしたは畑に行ってはいけない日なので兄弟たちが集まるまでの時間どうやって涼をとってすごしたらいいのかと考えてこういうことになる。
体を使わないで"涼"を感じようなどという行い自体がナンセンスだということをさとる。
5度の中で寒くなり出すと外に出る。すぐにもわもわとしてくる。15分もすると冷蔵庫に、そして横山/シェイクスピアを読みだす。10-15分で寒くなる・・・あとは繰り返し。
不健全な遊びであった。
兄弟たちがきて座敷にいると初めはあつくてひーひーしていてもやがてなんのことはなくなる。いつもと同じで、外よりは気温は低い。扇風機で湿気の不快感は取り払える。
野外で体を使うことのありがたさを感じる。
ただしこまかく休んで水を飲むことだ、1-3時に気をつけて。
親戚をまわってお店に。
お客様とのおしゃべりで、無農薬はおおむね"甘み"がダウンします。
その代わりなにかが強まります・・・とこちらからしかけると、
「山菜ののあじじゃないの?」と当てられてしまった。
幼稚園の栄養士さん。
無農薬とはいってもウチのは肥料と名の付く人間のてのかかった 添加物は畑に蒔いていないので大豆が作り上げる"味"には人間の作為は極力排除されている。
太陽と水とそこの土と空気と・・・といったもともとそこにある自然の条件がほとんどである。あとは枯れ葉と大豆の脱穀がらとおから少々。
作物の中でもとりわけ"野生"に近い大豆をできるだけ野生を遠ざけないようにしながら雑草排除と共生をとりまぜながら七転八倒の毎日を繰り返しているが日々歓喜とがっかりの繰り返しである。
・・・だからつづけられる。
終点はないだろう、自分の人生には終点がある。
それにしてもこの栄養士さんはするどいひとだ。
豊かな感性と想像力・・・・こどもたちは幸せだな。
家に帰ると岡本太郎。
色と形が"動き出したミロ"をイメージしたがにぎやかで元気な絵や彫刻だなと思った。
あしたまでやっているミューズ中ホールでやっている上村次敏さんの生命力の爆発といえる植物の絵の通奏低音(バッソオスティナート)と共通するものを感じる。
俗物と思われがちな岡本のテレビ多数出演にしても一般のひとが考えるようなパーフォーマンス・媚びるという姿勢とはかけ離れた哲学をもっての行動であったろうと思う。
桁外れにおもしろいひとだった。
アトリエの棚には書きかけのカンバスがたくさん並べてあった。
年をとるにつれて顔が若くなっていったひとだと思う。
でも静かな・・・しかしながらしっかりとしたいのちの鼓動を伝えているミロのほうが自分は好きだな。
きょうあしたは畑に行ってはいけない日なので兄弟たちが集まるまでの時間どうやって涼をとってすごしたらいいのかと考えてこういうことになる。
体を使わないで"涼"を感じようなどという行い自体がナンセンスだということをさとる。
5度の中で寒くなり出すと外に出る。すぐにもわもわとしてくる。15分もすると冷蔵庫に、そして横山/シェイクスピアを読みだす。10-15分で寒くなる・・・あとは繰り返し。
不健全な遊びであった。
兄弟たちがきて座敷にいると初めはあつくてひーひーしていてもやがてなんのことはなくなる。いつもと同じで、外よりは気温は低い。扇風機で湿気の不快感は取り払える。
野外で体を使うことのありがたさを感じる。
ただしこまかく休んで水を飲むことだ、1-3時に気をつけて。
親戚をまわってお店に。
お客様とのおしゃべりで、無農薬はおおむね"甘み"がダウンします。
その代わりなにかが強まります・・・とこちらからしかけると、
「山菜ののあじじゃないの?」と当てられてしまった。
幼稚園の栄養士さん。
無農薬とはいってもウチのは肥料と名の付く人間のてのかかった 添加物は畑に蒔いていないので大豆が作り上げる"味"には人間の作為は極力排除されている。
太陽と水とそこの土と空気と・・・といったもともとそこにある自然の条件がほとんどである。あとは枯れ葉と大豆の脱穀がらとおから少々。
作物の中でもとりわけ"野生"に近い大豆をできるだけ野生を遠ざけないようにしながら雑草排除と共生をとりまぜながら七転八倒の毎日を繰り返しているが日々歓喜とがっかりの繰り返しである。
・・・だからつづけられる。
終点はないだろう、自分の人生には終点がある。
それにしてもこの栄養士さんはするどいひとだ。
豊かな感性と想像力・・・・こどもたちは幸せだな。
家に帰ると岡本太郎。
色と形が"動き出したミロ"をイメージしたがにぎやかで元気な絵や彫刻だなと思った。
あしたまでやっているミューズ中ホールでやっている上村次敏さんの生命力の爆発といえる植物の絵の通奏低音(バッソオスティナート)と共通するものを感じる。
俗物と思われがちな岡本のテレビ多数出演にしても一般のひとが考えるようなパーフォーマンス・媚びるという姿勢とはかけ離れた哲学をもっての行動であったろうと思う。
桁外れにおもしろいひとだった。
アトリエの棚には書きかけのカンバスがたくさん並べてあった。
年をとるにつれて顔が若くなっていったひとだと思う。
でも静かな・・・しかしながらしっかりとしたいのちの鼓動を伝えているミロのほうが自分は好きだな。
2011年8月13日土曜日
お盆の入り。
お昼に新藤兼人監督のインタビュー。
音羽さんとのこと、お母様とのこと・・・涙ぐんでしまった。
深く生きた人のひとつひとつのことばはひとを動かすものだ。
急いでいるのできょうはここまでにしよう。
音羽さんとのこと、お母様とのこと・・・涙ぐんでしまった。
深く生きた人のひとつひとつのことばはひとを動かすものだ。
急いでいるのできょうはここまでにしよう。
2011年8月12日金曜日
そんなに眠らなかったはずだが
調子がいい。
軽快な感じがする。
別段うれしいことがあったというわけでもない。
お昼の山のシリーズ、遅れてみる。
エベレスト/チョモランマ。
南側からなのでエベレストになっていた。
ただし本放送ではなく、あしたの7時からの予告編というか裏話含みの番組となっていた。
ウチのTさんにそっくりな川越在住の田部井さん
植村直己が荷物運びとして採用された登山隊で最終的に植村とともに頂上アタック隊員となった松村さん。
8000メートル峰12/14登った・・・さん。
岩と氷と雪だけの世界なのできのうのニュージーランドと比べるとやや物足りないのだがなんといても8000メートル峰、普通では無い世界にわくわくとした。
三浦雄一郎と野口 健へのインタビューもよかった。
あしたが楽しみだ。
県のKさんから"摘芯のすすめ"の電話をうける。
すべての株にこれをやっている時間はないので実験的に効果ののほどを確かめることにする。
丹波の黒豆ではおなじみの作業。
きょうの畑は異常に調子よかった。
すずしいわけでもなかったが。
水は2リットル飲んではいるものの腰掛けての休憩なし。
株間の草むしりと中耕を交互にやる。
夕方の仕事は熱中症無し。
楽ちんであった。
軽快な感じがする。
別段うれしいことがあったというわけでもない。
お昼の山のシリーズ、遅れてみる。
エベレスト/チョモランマ。
南側からなのでエベレストになっていた。
ただし本放送ではなく、あしたの7時からの予告編というか裏話含みの番組となっていた。
ウチのTさんにそっくりな川越在住の田部井さん
植村直己が荷物運びとして採用された登山隊で最終的に植村とともに頂上アタック隊員となった松村さん。
8000メートル峰12/14登った・・・さん。
岩と氷と雪だけの世界なのできのうのニュージーランドと比べるとやや物足りないのだがなんといても8000メートル峰、普通では無い世界にわくわくとした。
三浦雄一郎と野口 健へのインタビューもよかった。
あしたが楽しみだ。
県のKさんから"摘芯のすすめ"の電話をうける。
すべての株にこれをやっている時間はないので実験的に効果ののほどを確かめることにする。
丹波の黒豆ではおなじみの作業。
きょうの畑は異常に調子よかった。
すずしいわけでもなかったが。
水は2リットル飲んではいるものの腰掛けての休憩なし。
株間の草むしりと中耕を交互にやる。
夕方の仕事は熱中症無し。
楽ちんであった。
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