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2011年9月6日火曜日

台風はもうひとつあったのね。

知らなかった。
本州東に台風が、北上、北海道は雨。
このへんもお天気はさえない。
道路境の草むしりと誘導路はたの草むしり。
おしりがいたい、つまり背骨からきているいたみだと思うのだが・・・いつものやつだ。
「ソニー・クラーク・トリオ」というアルバム名のブルーノートの名盤を聴く。
草むしりにはあわなかった、というかきょうの体調にあわなかったのかもしれない。
ソニーの携帯CDプレーヤーでちょいと前のタイプだが音がいい。パナソニックのも使っているが比較にならない。ただ耐久性はいまいちなのかな、とりあえず読み取りエラーは出ていない。
古い機械はボディの素材自体がプラスチックではないのでモノとしての存在感もある。
高い機械がいい音楽体験をもたらしてくれるとは限らない。
受ける側の体調や気分のほうが大切である。
だから車のAMラジオから流れてくる童謡に涙してしまうことがあるのである。
CDウォークマン、MD、カセットウォークマン・・・・自分の宝だ。


お通夜からかえってくると町内会のことなので亡くなったひとのこと、どこのうちの娘があそこの嫁になり、・・・のうちのじいさんはやくざもので浅草では名の知れた・・・・、とかいったことを父が教えてくれる。村のことはこういうときでないと聞けないがこれも必要なことだろう。
おもしろいけどかったるいな。
"家"の興隆と没落。
どこへ行っても同じコトが起きている。
ただ、"切れないで"続いているということがいかに貴いことかと感じる。
もっとも消滅したとしてもそれはそれでいいのかな、そういうものか?
古い集落だが金田一耕助みたいなどす黒い因縁まみれの世界は聞いたこともないが・・・。
どの家も大して差のない貧しい天領のなかの部落だったということで、悪の権化みたいなお大尽の存在し得ない集落だったのだろう。

伸介の代わりの司会者は・・・たしか以前にも伸介が問題を起こしたときにピンチヒッターだったと思うが・・・上品な、飽きさせない司会者だと思う。アクはないが、いい感じだと思うが。
社長のお宝シリーズがおもしろかった。
いわゆる成金のひともいればうだつのあがらない老舗のぼんぼん(自分みたい?)だったりだが、それぞれの苦労を明るく笑い飛ばしているところに"気品"を感じた。
じぶんの周りにもこういうのがたくさんいるが気品を感じる成金はそうはいない。
"洗練"のふりをした単なる気取り屋さんにすぎないものばかりだ。
成金でもぼんくらでも落ちこぼれでもいい。
"精神の武士は食わねど・・・"をもつことだ。
かくして人生にもっとも大切なものはなにかと聞かれれば"気品"ということになる。
気品とは教養である。
教養とは(自分より劣っていようが勝っていようが)他人への思いやり、ひとのこころを想像する力である。ただし他人のそれをそのまま受け入れる必要はない。
自分はやはり自分を主張する。
自分を主張するときの"ひっかかり"が他人への思いやりだろうか。
これがやさしさだ。

政治とはむつかしいものである。
民主制とはやっかいなものである。
政治はぼんくらなひとには無理である。
ぼんくらなひとのこころはわからなければならないが。
選挙とは候補者を試験するのではなく我々選挙民を試験しているものである。
選択肢が存在しない場合は・・・・選挙管理委員の名士さん、どうしたらいいの。

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