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2015年10月29日木曜日

天気予報ほどには

ピーカンになれなかった一日でしょうか。
午前中はぱらぱらと降ってきたりもしました。
夜中に降っていたようですが、きのう午後いろんなもの・・・外で乾していた・・・を脱穀してしまい正解だったようです。

アサヒ建材ばかりでなく土建業界全体が手抜き工事で揺れ動いているようです。
土建屋とは契約があってないようなものだとはおおむね予想がついていて、ほんとうにいくらかかるの?というのが全く見当のつかない世界のようです。いくらでも手抜きができる。

食べ物とか自動車、家電製品といったものは不具合があったり異様に早く壊れればすぐクレームがつく。
大きな地震でも来ない限り手抜きはばれない建築物というものはあの手この手でどうにでももうけられてしまうのでしょうか。
こういった企業がつぶれるということは絶対になく、商店街のお店でちょっとした不祥事でも起こればすぐ倒産・路頭に迷うということを考えれば「社会的影響力、多人数への影響」ということばは"大きな会社・組織にとっての"水戸黄門の印籠みたく効力の大きなまさかのときのなんとかさん、のようです。

おおきな組織に入ること、これしか時代を生き抜くすべはないのでしょうかね。
猫もしゃくしも大きな組織へ志向・・・99パーセントは落ちこぼれる。
文化とは多様性そのものといいながら世の中は大きなものにまかれて安心、という方向へ方向へ・・・。安心・安定志向。
多様性とはすなわち少数の集まりのはず。
"グローバリズム"・"都会へ都会へ""大きなものに抱かれて安心"なんていなかものの思考に反省がせまられるのはいつのことになるのでしょうかね。

ごごお店。
帰りに畑へ、刈り取り・・・一時間しかできませんでした。でもやらないよりはまし。

2015年10月22日木曜日

刈り取り仕事の

せいでしょうか、腰がやや痛くなってきました。
来週は整体なので背骨・背中について先生にいろいろと言われそうです。

ここのところ"タグ"について少し勉強しましたが、インターネットの画面を成立させる裏のしかけ・規則は大変なものなんですね。
その成り立ち、についてなんにも知らないで画面に自分の書いたものが普通の紙に文字を書くように映し出されるのをなんの感慨もなく見てきた自分がバカに見えました。
最初の"法律"を作ったのはどういう方なのでしょうかね。
ビル・ゲイツたちなんですか。

こうしてブログの投稿画面にただ文字を打ち込んでいる自分はなんなのよと考えてしまいました。
裏のしくみをしらないで、当たり前ととらえていることが現実社会にはあまりにも多すぎますね。
知らなくても生きてはいけるのですが・・・。

2015年10月21日水曜日

今日は

たっぷりと時間があったので刈り取りに励みました。
準メインの品種です。
まもなくあらゆるものが"できあがり"の様相を呈して来ますので、やや早めのものを刈り取り家の干し場で乾燥させます。ほおっておくと蒸れてかびてしまいますので毎日ひっくり返してやらなければなりません。

枝豆も適期のものは数少なくなりややさびしくなりました。また来年まで待たねばなりません。しかしこの"刹那"がいいのでしょうね。さまざまな品種を蒔いてあるおかげで9月の20日頃からなのでひと月プラスαということでしょうか。
このように大豆本来の枝豆はビールのもっとも飲まれる時期とは少しずれています。
でも8月に枝豆を食べよう、という考え自体が大豆本来の生育からしたら間違っていることなのです。
8月の枝豆・・・超早生(わせ)大豆。本来こんなに早いものはそうはなかったはずです。
長く畑にのっかっているほうがほんとは旨いのです。
作物はおおむね早生はおいしくないものです。

2015年10月16日金曜日

数日前には

今日も入れてずーっと晴れか曇りのマークが出ていたと思いますが、朝から雨となってしまいました。あしたも雨でしょうか。

きのうまでにおおかたの極早生・極小品種は脱穀が完了してしまいました。
特にやや量の多いものはすくに終わってしまいます。
ガソリン・エンジン駆動の脱穀機は家庭用電源モーター駆動で3時間もかかるものも30分くらいで終わってしまうでしょうかね。ただしロスが少し出てしまいますがね・・・。

刈り取りは例年のごとく枝豆状態完了後の葉っぱが黄色・落葉してしまったものあるいはさや自体が黒までいかなくても黄色化してきたものは時間が許す限り刈ってしまっています、植木屋さんの剪定ばさみ使用です・・・これが切れ心地が良く快適な気分となれます。
いいはさみ、・・・いいですね。
乾燥はやっかいごとで毎日動かし、蒸れ・かびないようにしてやります。
まもなくすべての畑がいっせいに黄色化しさらに落葉、さやはカラカラ音の状態に、さらにはじけてロスが出始めます。
毎年"頭に来る"場面があるわけですが、人手不足じゃしかたがないですね。

No Great Mischiefを原文で読んでいますが畑が忙しいのと体の疲れで1/5くらいのところまで進んでは中断、の繰り返しが3,4回あったでしょうか。
本を読む力が弱ってきてるのでしょうか。
今年読んだ本はまだ7冊くらいでしょうか。
原文で読んだのはまだ2冊で、マクラウドのこの本が3冊目になれるかどうかは疑問ですかね。
辞書はコンピューター用語などの載っていない古いものを使っていますが三省堂のVest Pocketというコンサイス・シリーズよりさらに薄くてちいさい"名著"ですが総革装の昭和46年発行の辞書も表紙のエッジの革ははがれ表紙と本体は分離、といった哀れな状態になっていますがおそらく自分にとっては終生の伴侶となることでしょう。
棺に入れて・・・、いやいやこれは遺品にしてもらいましょうね。

2015年10月12日月曜日

きょうは整体の日。

夜なので、しかも祭日なので、車はやめて電車で行きました。
それに先立つこと畑で枝豆をいろいろともいで浦和の友人におみやげとしました。
あれもこれも適期で目移りしてしまいましたがうまそうなのを選んでみました。

きょうの施術は背骨の上の方・・・かたのすぐ下あたりが固くなっていたようで押されるといたかったです。
頸椎の周辺までもみほぐしてもらい気持ちのいい状態で帰宅となりました。

連休最終日というのは普通あまり売り上げがのびないものですが、きょうはどこもよく売れたようです、やれやれ。

2015年10月11日日曜日

日野正平が

きょうは岡山県・津山市を走っていました。
津山という名前は行ったこともないくせに妙になつかしい響きをもっています。
それは43年前に受験で泊まった相部屋で話が合ってさんざんおしゃべりしたひと2人が津山高校の出身だからです。
ほんとにそのときだけの縁でしたが記憶にしっかりと刻まれている2人です。
山川の教科書をひっしに眺めていたのを記憶しています。
津山というのは埼玉でいうと川越みたいなイメージをいだいていましたが、観光ずれしてない昔のまんまの街道すじの家並みを走っている日野正平の姿ががとてもよかったです。
広島県には何度も行ってはいるものの岡山県には岡山駅で一度降りたというだけの経験しかありません。
そういえば大昔『しゃーけー大ちゃん』というテレビ番組を楽しく見ていたことを思い出しました。
そやけー、じゃけん、じゃきにー・・・とかいった言葉と親戚なのでしょうか。
中国地方の内陸部は自転車で走ってみたい思いでいっぱいです。
ひとつだけ岡山県とつながっているのがありました。
岡山の赤大豆、もち大豆・・・岡山農業試験場由来、大野在来・・・ジーンバンク(広島だったかな?)たちです。
所沢でもよく育っています。

午後雨が止んだとはいうものの、地面は濡れているので畑は無理と言うことで、少量品種でおおむね乾いているものを脱穀しました。
さらにおけにだいぶ前から逆さまにつっこんでおいたごまを整理しました。
おけの底にはごまがたまってはいるのですが、たったこれしかとれないのといった感じです。
メッシュを使ってゴミ掃除するのですが最終的にはやはりごまだけ、ということは無理で葉っぱのこなごなになったごみがメインでその他のちいさいものも混じっています。
これ、どうやってとるんでしょうね。
息を強く吹きかけるとごまも容器からとびだします。
水をくぐらせる云々を聴いたことがあるのですが、すぐにふやけて発芽態勢に入ってしまうのではないのかしら、・・・・・大豆は水分禁物です。
ごまを売る、なんてレベルはとても想像もできない世界です。
みなさんどうやっているんでしょうね。
自家用ならば葉っぱのこなごな、は食べてしまえばいいのですが泥とか細かい砂となるとやっかいです。そもそもおけにつっこむ段階できれいにしておくことが肝要なのかしらね。





2015年10月7日水曜日

ノーベル賞大量生産国に・・・。

朝からなんとなくうきうきとしていて
落ち着きません。
自分に関係ないとはいえ、母校の五年下の卒業生がノーベル賞の受賞に決まりました。
しかも小柴さんの系列・・・ということは大好きな湯川秀樹の孫孫弟子くらいでしょうか、基礎科学の理論物理学での受賞ということになおさら感銘を受けました。
学問もカネがかかることはたしか、しかも成功の可能性がきわめて低くてもやってみなければわからない、仮にわかったとしてもすぐにカネになるわけでもない。
学問もカネまみれの現況。
商売になる学問ばかりおおはやりでキャッシュもフローする。
そういうカネとは無縁の、純粋な興味・好奇心の学徒が存在できえたこの日本国という国に少なからず安堵しました。
しかも都内の進学校ー東大、というカネ食い学徒からは遠く離れた田舎ののんびり校から出たことがとてもうれしかったです。
少なくとも高校卒までは"進学"の合否ばかりにすべてを集中せざるをえないこの国の青春ということを考えると、文部省が教育システムをどんなにいじってみたところでほんとにすぐれた人材とはそんなものから超越したレールの上を歩き・走っているような気がします。
教育システムで利得を得るものも損をするものもそもそもが"悪い意味での単なるバカ"なのかもしれませんね。
結局自分で自分を教育する、学び続けられる、すぐれた師匠とのわずかな接点を大切にする・・・大切なことはこういったことにつきるのかもしれません。
宝は先人の残した書物、自分が体験した経験と認識し得た経験則、対象に対する謙虚さ・好奇心・簡単にあきらめない気持ち・・・。

国が考えるシステムなどはおおむね嘘だと思った方がいい。

昨今のこうした学業の成果を出しているのは戦後の旧制高校以後のひとたちの業績ですが
あの受験地獄といわれた60、70年代の悪環境のなかにあってもこうしてすくすくと育った逸材が世界中で活躍し評価されていることには敬意を表しなければならないでしょう。
東大生ひとり卒業するまでにいったいいくらの税金が使われるのかわかりませんが、もっと補助金配布の基準を厳しくすべきだと思います。
そして成果がすぐにあがってカネに直結するような分野にばかり大量の税金を使うことの是非を考え直すべきだと思います。
ただの遊びだとさげすまされやすい基礎学問をもっと大切にはぐくんでいくべきだと思います。
税金の無駄遣いが多すぎるのです。

2015年10月3日土曜日

午後お店に出ていると

昔イベント等でいろいろ共同作業をしていたガールスカウトのOGが91歳のお母さんをつれて買い物にきました。
やや腰が曲がってはいるもののしっかりとしたお話もするし、眼はくりくりと娘同様かわいさこの上ありませんでした。
こういった親孝行はもう私にはできません。
ぼんくらはぼんくららしく家を守っていくしかないのですが、なるようにしかならないという逃げ口上で自分をごまかすしかないようです。

きのうの品種の混入を横になりながら考えたのですが、極早生というものはほかの品種にぬきんでて葉っぱが黄色くなり落葉しできあがって刈り取りとなるわけですから、そのシーズン最初の収穫となります。
この時点で混入はありえないということになります。
脱穀機のすみにわずか残っていたものがまじっていても常温状態保存でまず翌々年に発芽することはまずありません。
この品種は7,8年継続播種の品種ですが蒔いたものは選別機導入以前の手選別によるものなのでいっそう種の継続の正当性は保証されているものと考えます。
つまり変異と考えていいとおもうのですが・・・。
とにもかくにもいちおう純タネコーナーにてきちんと蒔いてみるつもりです。

自園の一枚を見回ってきましたが珍品たちはおおむね枝豆適ですが、まだ若干ぺったんこのものもありました。
巨大粒の出る品種はまだまだです。
なんと家の裏ではまったくだめ、いとこのところでも去年虫食い多しだった柏崎市在来のサカナ豆が虫食い少なく枝豆8分適といった感じです、すこしもいできました。
これはうまい豆で枝豆はだだちゃ豆の香りを少し弱めにしなおかつあまーいほんわかな香りとなっていて上品な香り・味となっています。ちょうど根曲がり竹のたけのこを皮付きで焼いたときのいい香りのイメージです。
サカナとは"肴"のことだそうです。

2015年10月2日金曜日

4車線反対側の極小を

刈り取りました。
やはりやや遅すぎでだいぶこぼれてしまった株もありました。
本来は白い花であるにもかかわらず、蒔いたものを実際観察していると紫花もありました。
刈り取る段階でさやがこげ茶とうすい茶色の2種あることに気づきました。
いちぶきちんと区別して来年厳密に区分けして栽培してみようと思います。
さらにこのタネの範囲内にはもう一種、まだ青々しているやや大振りでさやもおおきめなものが散見されました。
刈って乾してタネをとろうと思います。
結局この品種の範囲内には3種類の株があることになりますが、ジーンバンクより配布後初年度にこういうことがおきたかどうかは気をつけて観察していませんでした。
来年は3種類全部厳密栽培して、白い花のなかに紫花等や中・大粒が発生するかいなか、あるいは紫花や中・大粒から自分と異なったものが発生するかいなかきちんと観察しようと思います。
場合によっては単なる混入となりますが、同じ極小同士の白花・紫花同時発生なのでたぶんこの2つは変異関係かと考えられます。
思えば小川町の青山在来は、タネはほぼ同じ風体なのに株の花が白花と紫花があります。そしてこのどちらで豆腐を作っても同じような味になります。
青山在来自体がそもそもこうした2色の株を発生させるものなのか、あるいはそもそも紫一色だったところに、青皮中黄色のひんしゅということで行田在来や小糸在来を外から導入してごちゃごちゃにしてしまったのか、けっきょくその辺のところの真偽はわからないまんまうやむや状態で"先祖伝来"ということにしてしまうのでしょうかね。

2015年10月1日木曜日

ことしの金木犀はたしか15日

くらいに咲き始めたと記憶していますが、これは長いスパンでみると平年並みで、昨今はどんどん後ろのほうへずれていきおととしはたしか10月に入ってからのような気がします。
我が畑のことだけなのかどうか確認してないのでよそのことはまだわかりませんが、ことしの大豆は2週間程度進行がはやいようです。
もうひとつの極小を刈り取りにでかけようとすると霧雨、さらに小雨・・・中止。
しかたなく屋敷裏のひいらぎ生け垣に隣の家の家庭菜園からはってきたやっかいな"やぶ枯らし"を取り除く。
成長しきったこいつはやっかいなしろもので、とげがズボンや長袖にささってまいってしまいます。特に下はオーバーズボンをはいているのにもかかわらず、その下のズボン本体にまでほそーいとげがすり抜けてささっている始末。
この蔓草は根っこの上を切っただけではだめで引っこ抜いてからしてしまうしかありません。
切っただけでは越年して来年も蔓がでてきてしまいます。
ちいさい木では、種類によってはほんとに枯れてしまいます。

夕方少し読書。
やはりふだんからしてないと長続きしませんね。
これも良き習慣のひとつにしなければなりません、お散歩と同じです。
さてさて今日はこれから大荒れになるとのことなので、先日刈り取ってきてパレットの上で乾燥している極小大豆に雨がかからないようにブルーシートをかぶせておきました、上は線路ですが横から吹き付ける雨ではたまったものではありません。