zawaカレーバーガーが優勝しました。
うちの油揚げにカレー味のうどんを入れチーズとレタスというB級そのものの姿ではあるけれどやはりカレーが好きな日本人なのでうけたのかなーと推察している。
次は県大会となるが今回の一回こっきりの在来種は福島応援ということも兼ねていたが、次は借金なししか使えないだろう。
富岡の借地2.5反のウチ2反が本日刈り取り終了。
暗くなってからやっている脱穀もへとへとに疲れている身にはちと無理のようで本日はお休み。
ところで今朝方病院に検査にいったのだがピロリ菌は無くなっていた。
血液検査のほうは中性脂肪のみ上限150のところが174担っていた。
体重は70.5キロで増えてはいないものの前後の"調製"をいいことに天ぷら、フライ、唐揚げを結構食べてしまっていたのがたたったのだと思う。
バランスが悪かったのかな。
30分でいいから大股に歩いてくださいと先生にいわれる。
コーヒーの電動ミルを友人からわけてもらいコーヒーが趣味みたいになってきた。
60年近く生きてきて何回かコーヒーにこだわってみたいと思ったりもしてはみたものの結局たいした境地に達することもなく、ただ"多様性"としてとらえていた味の違いも真剣に"好き嫌い"の分別ができるほどのところにくまでは達していなかった。
思えば豆腐でも妙に知ったかぶりをしてあの品種この品種と能書きはいうのだがなにひとつ買って行くではなくこちらの口と耳を疲れさせるだけの中年入り口のおねえさんがいるのだが、今までのコーヒーに対する自分もそんなものだったのかなと思う。
しかし今は違う。
自分にとってのいいと悪いを主張できるようになった。
多様性の概念も従来とは違ってきた。
いろんな味を愛でるこころの余裕はいままでと違った意味で芽生えている。
豆を挽くことからのスタートだが結構こういう手間暇の儀式は重要であると思う。
朝は飲まない。
お昼に2杯。
夜2,3杯。
楽しみが増えたわい。
ページビューの合計
2013年11月19日火曜日
2013年11月10日日曜日
刈り取りが忙しくて
まいったまいった。
もちろん完全に枯れた状態のものではない。
12/25をリミットに考えるととにかく急がないと、というところだ。
きょうは午後"完全に"雨、という天気予報だったが途中晴れ間が出たりで拍子抜けした。
ただ夕方は風が吹き寒かった。
実は雨だとの予報から、きょうの午後は浦和のコーヒー屋さんへ行こうかなと思っていたのだが予報がくるい急遽刈り取りに変更。うれしいのか残念なのか。
ソニーのカセットデッキ最終機のKA7ESとA&D(アカイと三菱ダイアトーンの合併)のZ9000が直ってきた。後者はドルビーに対抗した負け組ノイズ低減システムdbx搭載機なのだがこれで録音したものがたくさんあってうれしい限りだ。製造してから15-18年程度たっているがベルト交換と諸調製でこんなにもいい音が、というくらいりっぱによみがえってしまった。この先この程度のメインテナンスと消耗品のコンデンサー交換でどのくらい使えるものかわからないが、ソニーはヘッドの摩耗ほとんどなし、アカイはGXヘッドといって非常に堅い堅固なものでまだまだ使えそうである。
こういった修理をしているひとたちはたぶん西暦2000年直前まで現場でテープレコーダーをいじっていたひとたちだろう。感謝の限りである。
思えば1970年代から2000年直前まで録音が趣味のひとつだっ自分としてみれば、録音する事自体に夢中になって聞き返すという余裕がなかった。
還暦を間近にしてそのことが可能となった。
新しいものはなにもいらない。
だれにも理解されないだろうが自分にとってはこれらは寶だ。
ところでコーヒーだが浦和の常磐小学校の裏にあるカフェマイスターさんのおかげでコーヒーにはうまいものとまずいものがあることにこの年になって目覚めてしまった。
つまり今までは味の多様性としてしかとらえていなかった"味の違い"を、うまいとまずいに分類することができるようになった。
もちろんカフェマイスターさんのうんちくを受け売りして気取っている、というのではなく自分の"わがまま"である好き・きらいを持ち込んでの"判断の基準"をもつことができたということだが。
Nさんに教えていただいたこの隠れ家みたいなコーヒー屋さんも宝物のひとつだ。
もちろん完全に枯れた状態のものではない。
12/25をリミットに考えるととにかく急がないと、というところだ。
きょうは午後"完全に"雨、という天気予報だったが途中晴れ間が出たりで拍子抜けした。
ただ夕方は風が吹き寒かった。
実は雨だとの予報から、きょうの午後は浦和のコーヒー屋さんへ行こうかなと思っていたのだが予報がくるい急遽刈り取りに変更。うれしいのか残念なのか。
ソニーのカセットデッキ最終機のKA7ESとA&D(アカイと三菱ダイアトーンの合併)のZ9000が直ってきた。後者はドルビーに対抗した負け組ノイズ低減システムdbx搭載機なのだがこれで録音したものがたくさんあってうれしい限りだ。製造してから15-18年程度たっているがベルト交換と諸調製でこんなにもいい音が、というくらいりっぱによみがえってしまった。この先この程度のメインテナンスと消耗品のコンデンサー交換でどのくらい使えるものかわからないが、ソニーはヘッドの摩耗ほとんどなし、アカイはGXヘッドといって非常に堅い堅固なものでまだまだ使えそうである。
こういった修理をしているひとたちはたぶん西暦2000年直前まで現場でテープレコーダーをいじっていたひとたちだろう。感謝の限りである。
思えば1970年代から2000年直前まで録音が趣味のひとつだっ自分としてみれば、録音する事自体に夢中になって聞き返すという余裕がなかった。
還暦を間近にしてそのことが可能となった。
新しいものはなにもいらない。
だれにも理解されないだろうが自分にとってはこれらは寶だ。
ところでコーヒーだが浦和の常磐小学校の裏にあるカフェマイスターさんのおかげでコーヒーにはうまいものとまずいものがあることにこの年になって目覚めてしまった。
つまり今までは味の多様性としてしかとらえていなかった"味の違い"を、うまいとまずいに分類することができるようになった。
もちろんカフェマイスターさんのうんちくを受け売りして気取っている、というのではなく自分の"わがまま"である好き・きらいを持ち込んでの"判断の基準"をもつことができたということだが。
Nさんに教えていただいたこの隠れ家みたいなコーヒー屋さんも宝物のひとつだ。
2013年10月14日月曜日
宗像市の道の駅、
練馬区の巨大鮮魚店(といっても100坪)、どちらも活況をていしていてこのデフレのなかで・・・・とうらやましい限りであった。
スーパーに打ち勝つヒントがこういうところにあるのだろう。
枝豆はゆであがりが一番うまい・・・と思っていたらおおまちがい。
ゆであがりがいしたことないとおもっていた品種が一日たって食べてみるとこれがうまい。
"あたたかさ"にだまされてはいけないのだろう。
これは豆腐にもいえる。
できたてのあたたかい豆腐になんかたいした感動も感じなかったものが冷え切ってから常温にいたったものが「こんなにおいしかったとは」と思うのはめずらしいことではない。もちろんできたてほやほやでうまさこの上なしというものももちろんあるにはある。
あしたは雨とか言うので干し場の大豆に雨がかからないように塩梅する。
物置でカセット少々と、英詩の本、高二の時の英語の読本(三省堂)、イギリスのエンカウンターという雑誌のある号を掘り出してくる。
カセットの中にドルビーCのかかった松井クラシックの合宿(山中湖か河口湖?)の民宿でやったピアノとベースのデュオのとてもいい録音・演奏のテープがあった。今ではりっぱなお宝だ。ベースはその後所沢のミューズでのG先生の講演のあとにも演奏してくれた山田(山本?)パンダさんであったはずだ。民宿の食堂だったと思うが、やや残響が長すぎるとはいうものの、上手な録音であった。誰が録ったんだったっけ。
カセットにはまりそうの気配だな。
シャイーのデビュー当時の録音も楽しみだ、確か自分とほとんど同い年だと思うんだけれど。
マタチッチもある。
・・・・・。
スーパーに打ち勝つヒントがこういうところにあるのだろう。
枝豆はゆであがりが一番うまい・・・と思っていたらおおまちがい。
ゆであがりがいしたことないとおもっていた品種が一日たって食べてみるとこれがうまい。
"あたたかさ"にだまされてはいけないのだろう。
これは豆腐にもいえる。
できたてのあたたかい豆腐になんかたいした感動も感じなかったものが冷え切ってから常温にいたったものが「こんなにおいしかったとは」と思うのはめずらしいことではない。もちろんできたてほやほやでうまさこの上なしというものももちろんあるにはある。
あしたは雨とか言うので干し場の大豆に雨がかからないように塩梅する。
物置でカセット少々と、英詩の本、高二の時の英語の読本(三省堂)、イギリスのエンカウンターという雑誌のある号を掘り出してくる。
カセットの中にドルビーCのかかった松井クラシックの合宿(山中湖か河口湖?)の民宿でやったピアノとベースのデュオのとてもいい録音・演奏のテープがあった。今ではりっぱなお宝だ。ベースはその後所沢のミューズでのG先生の講演のあとにも演奏してくれた山田(山本?)パンダさんであったはずだ。民宿の食堂だったと思うが、やや残響が長すぎるとはいうものの、上手な録音であった。誰が録ったんだったっけ。
カセットにはまりそうの気配だな。
シャイーのデビュー当時の録音も楽しみだ、確か自分とほとんど同い年だと思うんだけれど。
マタチッチもある。
・・・・・。
2013年10月13日日曜日
ほかの酒同様
なかなか市場に出回ることはない、という代物の紹興酒昨夜いただく。
どこでも飲んだことの無い"ひきしまった"味で、通常ものとは別枠の分類に入る飲み物かなと感じた。たぶん誰が飲んでも"うまい"と感じるだろうと想像する。
というわけで今朝は少し酔いが残っていた。
ダイエット中なので気をつけなければいけないんだけれど。
火野正平がサイクリング途上アスファルトに出てきたアオダイショウの子供を手づかみでつかんでわきの田んぼににがしてやっていた。
こちとらはは虫類がにがてでこういう場面をみると恥ずかしくなってしまう。
日野さんてやさしいひとだね。
畑に出ると何品種かはきのうの30度越えで一部はぜているものがあった。
地面にはタネがころがってはいないのでハトが食べてしまったのだろう。
一枚の畑の品種がだいぶぱんぱんになっていたので、"選んで"刈り取る。
きょうは10月13日。あと50日程度の日数で片付けなければならない、・・・・・。
どこでも飲んだことの無い"ひきしまった"味で、通常ものとは別枠の分類に入る飲み物かなと感じた。たぶん誰が飲んでも"うまい"と感じるだろうと想像する。
というわけで今朝は少し酔いが残っていた。
ダイエット中なので気をつけなければいけないんだけれど。
火野正平がサイクリング途上アスファルトに出てきたアオダイショウの子供を手づかみでつかんでわきの田んぼににがしてやっていた。
こちとらはは虫類がにがてでこういう場面をみると恥ずかしくなってしまう。
日野さんてやさしいひとだね。
畑に出ると何品種かはきのうの30度越えで一部はぜているものがあった。
地面にはタネがころがってはいないのでハトが食べてしまったのだろう。
一枚の畑の品種がだいぶぱんぱんになっていたので、"選んで"刈り取る。
きょうは10月13日。あと50日程度の日数で片付けなければならない、・・・・・。
2013年10月10日木曜日
枝豆最盛期。
取りすぎないように・・・。
昔の"最盛期"。
カセットデッキを使い始める。
ドアに一部不具合があり取り外して使う。
ベルトゴム等は交換済み。
ダイナミックレンジは情けないほどに狭いのが耳の悪い自分にもよくわかる。
でも・・・でもなのだ。
うちの録音はほとんどライヴ音源なので"売っている"ものではないので、貴重である。
一生かかっても聞けるかどうかわからないけれど楽しみは一杯だ。
それにしても磁気テープ後の記録技術の進歩はすさまじいものがあり、それとともに買い換えた機械の再生も並大抵のものではなくいい加減のところで我が輩はあきらめたわけである。
カセットテープ、2トラ38、ビデオテープ利用のデジタルプロセッサー、DAT、MD、・・・CD・・、さまざまなカード・・・・これではついていけない、というところだがパソコン取り込みタイプが行き着いたところだろうか。
乏しいカセットの情報量だが"聞く姿勢"はこっちのほうが上、になれるようだ。
楽しい、のだ。
一番古い録音でも・・・40年近く前になるだろうか・・・まずいい音している。
ドロップアウト、転写といった磁気録音特有の欠点はあるのだが全く気にならない。
老後の楽しみをひとつ発見。
また、機械の直し屋さんも自分と同じ程度の年齢のひともだいぶいるようで、しかもネットで検索できるので当分は使えそうだ。
それにしてもわずかな部品交換とアジマス調製などの微調整でこんなにすばらしい音が再現できるとは・・・とつくずく我が国の過ぎ去りし時代の技術レベルにはおどろかされるばかりである。
あっという間に使い捨てを繰り返してきた罪深い文明というものには幻滅するばかりだが、ちゃあんと直してくれるひとがいたのです。
昔の"最盛期"。
カセットデッキを使い始める。
ドアに一部不具合があり取り外して使う。
ベルトゴム等は交換済み。
ダイナミックレンジは情けないほどに狭いのが耳の悪い自分にもよくわかる。
でも・・・でもなのだ。
うちの録音はほとんどライヴ音源なので"売っている"ものではないので、貴重である。
一生かかっても聞けるかどうかわからないけれど楽しみは一杯だ。
それにしても磁気テープ後の記録技術の進歩はすさまじいものがあり、それとともに買い換えた機械の再生も並大抵のものではなくいい加減のところで我が輩はあきらめたわけである。
カセットテープ、2トラ38、ビデオテープ利用のデジタルプロセッサー、DAT、MD、・・・CD・・、さまざまなカード・・・・これではついていけない、というところだがパソコン取り込みタイプが行き着いたところだろうか。
乏しいカセットの情報量だが"聞く姿勢"はこっちのほうが上、になれるようだ。
楽しい、のだ。
一番古い録音でも・・・40年近く前になるだろうか・・・まずいい音している。
ドロップアウト、転写といった磁気録音特有の欠点はあるのだが全く気にならない。
老後の楽しみをひとつ発見。
また、機械の直し屋さんも自分と同じ程度の年齢のひともだいぶいるようで、しかもネットで検索できるので当分は使えそうだ。
それにしてもわずかな部品交換とアジマス調製などの微調整でこんなにすばらしい音が再現できるとは・・・とつくずく我が国の過ぎ去りし時代の技術レベルにはおどろかされるばかりである。
あっという間に使い捨てを繰り返してきた罪深い文明というものには幻滅するばかりだが、ちゃあんと直してくれるひとがいたのです。
2013年10月4日金曜日
あちこちの
枝豆がちょうどいい具合だ。
何品かは非常に美味である。
特にさらさら土で去年あまりおいしくないと感じたものも粘土質でやった今年はかなりいけるものとなっている。
あしたは打田さんのコンサートで楽しみである。
思えば2年前も同じく彼女のコンサートで、父が危篤状態の中よく"うた"を聞いていられたものだとあきれたほどだ。
音楽や絵の力というものを考える、・・・が考えなくても自動的にそういう状態にセットされてしまうようだ。
川越の美術館でやった(面識のない)脇田和先生の展覧会で赤い鳥の絵の前で涙がやまなかったのもこういうことか。ただし今観ても同じになるかどうかは簡単に推察がつく。
いろんなもの・コトの組み合わせでおこるこういうこころ・感覚の問題はかけがえのない人生の一大事件なのだろう。
半袖では寒い陽気となってしまった。
きのうはキンモクセイ開花。
ミョウガもたくさん芽を出していて食べ頃だ。
何品かは非常に美味である。
特にさらさら土で去年あまりおいしくないと感じたものも粘土質でやった今年はかなりいけるものとなっている。
あしたは打田さんのコンサートで楽しみである。
思えば2年前も同じく彼女のコンサートで、父が危篤状態の中よく"うた"を聞いていられたものだとあきれたほどだ。
音楽や絵の力というものを考える、・・・が考えなくても自動的にそういう状態にセットされてしまうようだ。
川越の美術館でやった(面識のない)脇田和先生の展覧会で赤い鳥の絵の前で涙がやまなかったのもこういうことか。ただし今観ても同じになるかどうかは簡単に推察がつく。
いろんなもの・コトの組み合わせでおこるこういうこころ・感覚の問題はかけがえのない人生の一大事件なのだろう。
半袖では寒い陽気となってしまった。
きのうはキンモクセイ開花。
ミョウガもたくさん芽を出していて食べ頃だ。
2013年10月1日火曜日
台風が
3つににりそうだ。
ひとつは関東をかすめもうひとつは九州直撃のようだ。
ことしは数が少ないとはいえこの間の一発でここ10年ではもっとも被害が大きかった。
成長のある時期のものに多かったので"勉強"にはなっている。つまりそこそこ大きくなってしまったものは(なりすぎたものも含め)倒れただけで"回転"したり折れたりということはなかった。
きょうも青刈りをしたかったのだがひと畝やったところで本降りになってしまった。
横山さんとこの大豆の枝豆もぎイベントのお知らせがクラブ生協よりあったが彼のところも相当倒伏しているのではないのかなと心配。汚粒はむつかしい問題だ。
ここのところサトウイラズをつぶし続けているが、もめんとうふを頼まれる。
うまい豆はすべてきぬとうふにしかしないのでもめんにするのも楽しみである。凝固まで原理は同じなのだけど・・・、それと手間がやや余計になるけれどそして圧縮率も考えると値段は高くしてしかるべきなのだが自分とこは"高いきぬとうふ"ということが大事なメッセージでもあるのでもめんがきぬよりも高くなってはいけないという信念がある。
実際作り手の真骨頂はきぬとうふに表れるのでこれでいいとは思うのだがお客様の理解は得にくいだろう。それでも自分は今までのやり方を押し通す。
英文科の人間ならば『高慢と偏見』(あるいは自尊心と偏見、プライドと偏見・・・)という小説はよく知られているもので映画にもオリヴィエを始めとして3種類がDVDになっていてこないだNHKでやった最新の映画のものを観た。
ストーリーも"殺人"等が出てくるわけでもなく貴族に取り入ろうとするプチ貴族のお嬢さんたちの単なる恋愛遊戯なのだが、細かいところで気取りや純情、怜悧といったものが活き活きと描かれていて衣装等も含めおもしろかった。
大地主ではないけど書棚にはりっぱな書籍が100冊程度は、娘たちにはピアノの前進の楽器をならわせたり、社交界に参加させたり・・・。基本的にはこういうものは今も変わってないわけで、人間てなにひとつ""relationships"の面では変わっていないのだなと思った。
日本では人生相談というコーナーは英語圏ではlife>relationshipsと降りていくとそこにたどり着けるのだが、目の色・髪の色はちがってもひとびとのこころに懸案しているなやみごとは似たようなものだなと思う。
源氏物語・・・。今は疲れる。
『高慢と偏見』に関してはBBCのテレビ版5枚組が一番評価が高いようだ。
これも半沢直樹の対極にあるような世界だがなかなかうけるのではないかなと思う。
ひとつは関東をかすめもうひとつは九州直撃のようだ。
ことしは数が少ないとはいえこの間の一発でここ10年ではもっとも被害が大きかった。
成長のある時期のものに多かったので"勉強"にはなっている。つまりそこそこ大きくなってしまったものは(なりすぎたものも含め)倒れただけで"回転"したり折れたりということはなかった。
きょうも青刈りをしたかったのだがひと畝やったところで本降りになってしまった。
横山さんとこの大豆の枝豆もぎイベントのお知らせがクラブ生協よりあったが彼のところも相当倒伏しているのではないのかなと心配。汚粒はむつかしい問題だ。
ここのところサトウイラズをつぶし続けているが、もめんとうふを頼まれる。
うまい豆はすべてきぬとうふにしかしないのでもめんにするのも楽しみである。凝固まで原理は同じなのだけど・・・、それと手間がやや余計になるけれどそして圧縮率も考えると値段は高くしてしかるべきなのだが自分とこは"高いきぬとうふ"ということが大事なメッセージでもあるのでもめんがきぬよりも高くなってはいけないという信念がある。
実際作り手の真骨頂はきぬとうふに表れるのでこれでいいとは思うのだがお客様の理解は得にくいだろう。それでも自分は今までのやり方を押し通す。
英文科の人間ならば『高慢と偏見』(あるいは自尊心と偏見、プライドと偏見・・・)という小説はよく知られているもので映画にもオリヴィエを始めとして3種類がDVDになっていてこないだNHKでやった最新の映画のものを観た。
ストーリーも"殺人"等が出てくるわけでもなく貴族に取り入ろうとするプチ貴族のお嬢さんたちの単なる恋愛遊戯なのだが、細かいところで気取りや純情、怜悧といったものが活き活きと描かれていて衣装等も含めおもしろかった。
大地主ではないけど書棚にはりっぱな書籍が100冊程度は、娘たちにはピアノの前進の楽器をならわせたり、社交界に参加させたり・・・。基本的にはこういうものは今も変わってないわけで、人間てなにひとつ""relationships"の面では変わっていないのだなと思った。
日本では人生相談というコーナーは英語圏ではlife>relationshipsと降りていくとそこにたどり着けるのだが、目の色・髪の色はちがってもひとびとのこころに懸案しているなやみごとは似たようなものだなと思う。
源氏物語・・・。今は疲れる。
『高慢と偏見』に関してはBBCのテレビ版5枚組が一番評価が高いようだ。
これも半沢直樹の対極にあるような世界だがなかなかうけるのではないかなと思う。
2013年9月30日月曜日
ある統計調査が
来ていたので記入。
鉛筆書きで丸を塗りつぶすという昔懐かしい試験のやり方だ。
例によって間違えると・・・・消しゴム。
鉛筆を使うことはあっても修正はしたことがなく単に線を引いて書き直しというボールペン流の直し方しか知らないため、消しゴムは家の中にない・・・・家内がもっていた。
でも鉛筆の書き心地っていいもんだね。
青刈り始める。
ぱんぱんに入っていれば乾燥に気をつけさえすればタネになる。
つぶはややちいさい。
味もやや落ちるのだろうか。
でもこうしないとクリスマスまでに刈り取り終了にならない。
鉛筆書きで丸を塗りつぶすという昔懐かしい試験のやり方だ。
例によって間違えると・・・・消しゴム。
鉛筆を使うことはあっても修正はしたことがなく単に線を引いて書き直しというボールペン流の直し方しか知らないため、消しゴムは家の中にない・・・・家内がもっていた。
でも鉛筆の書き心地っていいもんだね。
青刈り始める。
ぱんぱんに入っていれば乾燥に気をつけさえすればタネになる。
つぶはややちいさい。
味もやや落ちるのだろうか。
でもこうしないとクリスマスまでに刈り取り終了にならない。
2013年9月29日日曜日
3ヶ月
断っていた日本酒をガラスのぐい飲み一杯飲んでしまった。
そこから様々な良きイメージがわき出す時間を持てたのだが、なるほどこういうことかと感心してしまう。
そういえばここのところものの味に対して繊細になってきているような気がする。
食べるものを選んでいる、という傾向はさほどないがとにかく総量をへらしている。
そうすると必然と味の素のような調味料等も減ってくる。
現代人の味覚をスポイルしているさまざまなものが取り除かれることで幾分か正しい法へ軌道修正しているのかな?
脱線というのは線路にものがおいてあったりカープで所定のスピードを守らなかったりといったときにおこる、ごく稀な事故かと今まで思っていた。
ところが北海道の事故から、線路の幅はだんだんずれるものだということを知る。
赤字体質にそもそもの原因があると思うのだがここまで指揮する人が、そしてそれを縛る役所の怠慢が重なってウミが出たのだろう。万年赤字となればさまざまな"くるい、ゆがみが"整備や組織"に発生するくらいの想像力は人の上に立つものならわきまえているはずだ。
北海道の鉄道はそもそもがむつかしい問題だと思う。
枝豆がそろそろの時期になってきた。
全品種がおおむね来週と来来週になるかな。
そこから様々な良きイメージがわき出す時間を持てたのだが、なるほどこういうことかと感心してしまう。
そういえばここのところものの味に対して繊細になってきているような気がする。
食べるものを選んでいる、という傾向はさほどないがとにかく総量をへらしている。
そうすると必然と味の素のような調味料等も減ってくる。
現代人の味覚をスポイルしているさまざまなものが取り除かれることで幾分か正しい法へ軌道修正しているのかな?
脱線というのは線路にものがおいてあったりカープで所定のスピードを守らなかったりといったときにおこる、ごく稀な事故かと今まで思っていた。
ところが北海道の事故から、線路の幅はだんだんずれるものだということを知る。
赤字体質にそもそもの原因があると思うのだがここまで指揮する人が、そしてそれを縛る役所の怠慢が重なってウミが出たのだろう。万年赤字となればさまざまな"くるい、ゆがみが"整備や組織"に発生するくらいの想像力は人の上に立つものならわきまえているはずだ。
北海道の鉄道はそもそもがむつかしい問題だと思う。
枝豆がそろそろの時期になってきた。
全品種がおおむね来週と来来週になるかな。
2013年9月26日木曜日
和歌山県田辺市が
舞台だという『幸福のスイッチ』という栄映画をBSで観る。あの熊楠が生活していた田辺市、和歌山県に一度も足を踏み入れたことのない自分にはとてもわくわくものの作品であった。
風景・町並みの映像は写真がいいとはいえなかったが、内容が"家族"しかも自営業ということで、居眠りも出ず最後までみてしまった。おとといだったか甥っ子の嫁さんに半沢直樹の最終回を観てねといわれ、ちゃんと録画してしっかりみていたのがたいした印象もなく時間が過ぎみたあともなんの熟成もないままでいたところをこの『幸福のスイッチ』だ。
まったくふつーにアップダウンの展開であったが細部がおもしろくほのぼのとしてきて、見終わってからの熟成がここちよい。
おとうさん役が沢田研二だった。
熊楠が生活していたとおい昔に思いを馳せ、行ってみたいな自転車で・・・と火野さんを画面にはめ込んで要らぬ空想もしてみたり。
風景・町並みの映像は写真がいいとはいえなかったが、内容が"家族"しかも自営業ということで、居眠りも出ず最後までみてしまった。おとといだったか甥っ子の嫁さんに半沢直樹の最終回を観てねといわれ、ちゃんと録画してしっかりみていたのがたいした印象もなく時間が過ぎみたあともなんの熟成もないままでいたところをこの『幸福のスイッチ』だ。
まったくふつーにアップダウンの展開であったが細部がおもしろくほのぼのとしてきて、見終わってからの熟成がここちよい。
おとうさん役が沢田研二だった。
熊楠が生活していたとおい昔に思いを馳せ、行ってみたいな自転車で・・・と火野さんを画面にはめ込んで要らぬ空想もしてみたり。
2013年9月20日金曜日
1960年代に
造られた中国の蒸気機関車をテレビでやっていてすっかりのめり込んでしまった。
前輪の4つの車輪を鉄の横棒で連動させて動かしていたが部品やら動いている様子が緻密かつ男らしくてすがすがしかった。
昔、家族で東武動物公園に電車で行ったとき最寄りの駅から動物園まで歩いたのだけれど、途中にSLをおいてあるちいさな公園があり子供が見たいとのこともありしっかりと覗いたものだ。
そのとき手持ちのオリンパスペンFでブレーキだかアクセルのハンドルを撮ったのだがその写真が岩波の分厚い中辞典に挟まっていてうれしいおもいをしたのを思い出す。
リニアのニュースがここのところひっきりなしだが、その対極にある"いかにも機械的・マニュアル的な"蒸気機関車をみていていい気分になってしまった自分は単なる回顧趣味、アナクロニズムなのだろうか。
お彼岸初日できょうは畑はやめる。
お盆や正月に畑に行こうとすると怒った母をまた思い出してしまった。
友人が遠くより来てくれて話のはずみで登山靴を引っ張り出してみる。
こんなに重かったっけとおどろく。
柔らかくする油と防水のキーウィを塗れば使えるかな?
なにせ40歳で越後三山縦走できっぱりお山からは遠ざかってしまった。
ダイエットをしている身からすると山歩きはこの上ない運動になると思うのだが。
前輪の4つの車輪を鉄の横棒で連動させて動かしていたが部品やら動いている様子が緻密かつ男らしくてすがすがしかった。
昔、家族で東武動物公園に電車で行ったとき最寄りの駅から動物園まで歩いたのだけれど、途中にSLをおいてあるちいさな公園があり子供が見たいとのこともありしっかりと覗いたものだ。
そのとき手持ちのオリンパスペンFでブレーキだかアクセルのハンドルを撮ったのだがその写真が岩波の分厚い中辞典に挟まっていてうれしいおもいをしたのを思い出す。
リニアのニュースがここのところひっきりなしだが、その対極にある"いかにも機械的・マニュアル的な"蒸気機関車をみていていい気分になってしまった自分は単なる回顧趣味、アナクロニズムなのだろうか。
お彼岸初日できょうは畑はやめる。
お盆や正月に畑に行こうとすると怒った母をまた思い出してしまった。
友人が遠くより来てくれて話のはずみで登山靴を引っ張り出してみる。
こんなに重かったっけとおどろく。
柔らかくする油と防水のキーウィを塗れば使えるかな?
なにせ40歳で越後三山縦走できっぱりお山からは遠ざかってしまった。
ダイエットをしている身からすると山歩きはこの上ない運動になると思うのだが。
2013年9月17日火曜日
台風の
ダメージは・・・・・、いやはや結構あったといわざるをえない。
たぶん"たくさんたおれているだろう"ぐらいに思って偵察に出たのだが事態はそんな軽いものではなかった。
借りたいとこのところはボディがややでかく成りすぎたせいかお互いを風から守ったというところがあり、確かに倒れているのは多いのだが、"折れて"いるものは少ない(もっとも葉っぱの虫食いが一部ひどいところがある、ヨトウムシやコガネムシと思われる)。
自分のところはといえばちいさいものもおおきいものも根元が"ぽきんと折れたり、ぐるぐる回転してねじれてしまったり"というひどいものが多い。すでに葉っぱがしなびているものもある。このようになった年は過去10年で今年だけといえるだろう。
たぶん"たくさんたおれているだろう"ぐらいに思って偵察に出たのだが事態はそんな軽いものではなかった。
借りたいとこのところはボディがややでかく成りすぎたせいかお互いを風から守ったというところがあり、確かに倒れているのは多いのだが、"折れて"いるものは少ない(もっとも葉っぱの虫食いが一部ひどいところがある、ヨトウムシやコガネムシと思われる)。
自分のところはといえばちいさいものもおおきいものも根元が"ぽきんと折れたり、ぐるぐる回転してねじれてしまったり"というひどいものが多い。すでに葉っぱがしなびているものもある。このようになった年は過去10年で今年だけといえるだろう。
2013年9月16日月曜日
くぬぎや
みす゛なら林の脇の道を走ると台風の風で落ちた小枝がびっしりと埋まっているのに何かなつかしいものを感じた。
昔は電線もよく切れたものだ。
ブログにひと月半ぶりで戻ってみたがまあなんと忙しい7,8月であったろうか。
懸案事項のメタボ対策が入ったためにやたらと食べ物に気を遣うむことになるが、目の前に"食物"が現れるとやたらと"何キロカロリー?"という数字ばかり浮かぶ。
500キロカロリー減量法という、基礎代謝に等しい食事一回の摂取カロリーを"おおざっぱに"守り、一日のトータルは1500までと厳しく守れば確実にやせられる自分の体質であることがわかった。
しかしこの基準は結構きつい、でもヘルスメーターの目盛りが下がっていくのは楽しい。
初期のころ"いらつく空腹"というのをいつも感じていたが、時間がたつとなれてしまうのだろうか、まあこんなものかということになる。
77キロから今71キロになった。
3週間目から10日間ほど停滞期・足踏み期となり72キロが続いたが3,4日前からまた減りだした。ただ減りすぎがやや怖くもあるので500キロカロリーの基準はいくらかゆるめてある。
ところで裸になると、・・・へこんだとはいえ、おなかはやはりぶよぶよ脂身気味であることに変わりはない。
総コレステロール、悪玉コレステロール、中性脂肪はすべて"枠"の真ん中へんに鎮座ましましている。
尿酸値は4.5だが薬を使っているのであと2ヶ月ほど検査をする予定。
目標に向かって努力をすることは何であっても心地よいものだ・・・ただし少しは成果があがるという前提がなければだめだが。
腸の調子もたくさん食べていたころよりも微量しか食べていない今のほうが遙かに調子いい。
食い過ぎだったんだね。
ビールは一日1.5リットルから350㏄へ。
豆乳は1~1.2リットルから250㏄へ。
ごはんは五穀米、玄米中心で一食こども茶碗一杯。
上半身は畑で結構使っている。
歩く、ということがやはり大幅に不足しているようだ。
山に行っていたころは日曜日に西武線の芦ヶ久保から武川岳経由で名郷までひたすら急ぎ足をというのをトレーニングコースにしていたのだがまたやってみたいな。
昔は電線もよく切れたものだ。
ブログにひと月半ぶりで戻ってみたがまあなんと忙しい7,8月であったろうか。
懸案事項のメタボ対策が入ったためにやたらと食べ物に気を遣うむことになるが、目の前に"食物"が現れるとやたらと"何キロカロリー?"という数字ばかり浮かぶ。
500キロカロリー減量法という、基礎代謝に等しい食事一回の摂取カロリーを"おおざっぱに"守り、一日のトータルは1500までと厳しく守れば確実にやせられる自分の体質であることがわかった。
しかしこの基準は結構きつい、でもヘルスメーターの目盛りが下がっていくのは楽しい。
初期のころ"いらつく空腹"というのをいつも感じていたが、時間がたつとなれてしまうのだろうか、まあこんなものかということになる。
77キロから今71キロになった。
3週間目から10日間ほど停滞期・足踏み期となり72キロが続いたが3,4日前からまた減りだした。ただ減りすぎがやや怖くもあるので500キロカロリーの基準はいくらかゆるめてある。
ところで裸になると、・・・へこんだとはいえ、おなかはやはりぶよぶよ脂身気味であることに変わりはない。
総コレステロール、悪玉コレステロール、中性脂肪はすべて"枠"の真ん中へんに鎮座ましましている。
尿酸値は4.5だが薬を使っているのであと2ヶ月ほど検査をする予定。
目標に向かって努力をすることは何であっても心地よいものだ・・・ただし少しは成果があがるという前提がなければだめだが。
腸の調子もたくさん食べていたころよりも微量しか食べていない今のほうが遙かに調子いい。
食い過ぎだったんだね。
ビールは一日1.5リットルから350㏄へ。
豆乳は1~1.2リットルから250㏄へ。
ごはんは五穀米、玄米中心で一食こども茶碗一杯。
上半身は畑で結構使っている。
歩く、ということがやはり大幅に不足しているようだ。
山に行っていたころは日曜日に西武線の芦ヶ久保から武川岳経由で名郷までひたすら急ぎ足をというのをトレーニングコースにしていたのだがまたやってみたいな。
2013年7月1日月曜日
夕飯食べながら電話しようかなー
と考えていると相手から電話がかかつてきた。
こういうのはありがたいことだ。
神様に感謝。
いとこのところ、きのうと今日で一反かな。
りせん在来を蒔く。
富士山の山開きは毎年7月1日、つまりきょうはさぞにぎやかだったことだろう。
年間30万人くらい登るそうだ。
入山料というものを取るそうだがひとり千円ということなので人数にかけ算すると・・・3億かしら。
打田さんのハイグレード・ハイキング本の新刊『藪岩魂』をよんでいるとこういった「ひとがいっぱい集まるところ」というのは嫌忌せざるを得なくなってしまうのだが「ひとがせっせと・・・しようとしているのを見ると、同じことをしないでいるのが不安になる」というのはどうしても人間様の"さが"とでもいうのだろうか、世間は洋の東西を問わずそういったひと・もので充ち満ちている。
そうならないようにひとが右いきゃひだりへいくしかない。
こういうのはありがたいことだ。
神様に感謝。
いとこのところ、きのうと今日で一反かな。
りせん在来を蒔く。
富士山の山開きは毎年7月1日、つまりきょうはさぞにぎやかだったことだろう。
年間30万人くらい登るそうだ。
入山料というものを取るそうだがひとり千円ということなので人数にかけ算すると・・・3億かしら。
打田さんのハイグレード・ハイキング本の新刊『藪岩魂』をよんでいるとこういった「ひとがいっぱい集まるところ」というのは嫌忌せざるを得なくなってしまうのだが「ひとがせっせと・・・しようとしているのを見ると、同じことをしないでいるのが不安になる」というのはどうしても人間様の"さが"とでもいうのだろうか、世間は洋の東西を問わずそういったひと・もので充ち満ちている。
そうならないようにひとが右いきゃひだりへいくしかない。
2013年6月27日木曜日
はじめての
人間ドック。
単発では何回かやっていた胃カメラはさすがに多くのひとにとって大きな壁のようでこんなにつらい思いをするのは自分だけではないようで、かえってほっとした。
きょうの胃カメラは麻酔はやはり吐き気で閉口したが、カメラそのものは楽であった。
前回の"鼻から・・・"より楽だったような気がする。
帰ってから4時間種まきをしてしまった・・・ほんとは"安静に"というところなのだろうが。
YouTube
夜小林旭の「さらばシベリア鉄道」をYouTubeで数回聞いてから右のクリック欄に出ている大瀧詠一とか井上陽水とかなつかしのメロディで楽しんでいると、これまた小林旭の「北帰行」にたどりついたのだが、この曲のクリック欄に「旅順高等学校の愛唱歌、寮歌・・・」というのがあったので見てみるとまさにこの曲の出自が琵琶湖就航の歌みたいに旧制高校の愛唱歌であったことが確認された。どっちも大好きで歌詞も数十年前に覚えたまま今も覚えている。
小林旭が歌っているのが一番いいなと思う、シベリア鉄道もしかり。
単発では何回かやっていた胃カメラはさすがに多くのひとにとって大きな壁のようでこんなにつらい思いをするのは自分だけではないようで、かえってほっとした。
きょうの胃カメラは麻酔はやはり吐き気で閉口したが、カメラそのものは楽であった。
前回の"鼻から・・・"より楽だったような気がする。
帰ってから4時間種まきをしてしまった・・・ほんとは"安静に"というところなのだろうが。
YouTube
夜小林旭の「さらばシベリア鉄道」をYouTubeで数回聞いてから右のクリック欄に出ている大瀧詠一とか井上陽水とかなつかしのメロディで楽しんでいると、これまた小林旭の「北帰行」にたどりついたのだが、この曲のクリック欄に「旅順高等学校の愛唱歌、寮歌・・・」というのがあったので見てみるとまさにこの曲の出自が琵琶湖就航の歌みたいに旧制高校の愛唱歌であったことが確認された。どっちも大好きで歌詞も数十年前に覚えたまま今も覚えている。
小林旭が歌っているのが一番いいなと思う、シベリア鉄道もしかり。
2013年6月19日水曜日
4日前に蒔いたタネが
発芽。
寒冷紗で覆う。
鬼裸、三河島、お月見在来を蒔きこれも寒冷紗でカバー。
メルケルの右手に得意げな阿部さん、左手にぶすっとプーチン。
何を思っているのだろう。
KT88が4本のこのパワーアンプ。
こちとらのお耳の性能はだいぶ劣化しているのだが"彼女"がい声で歌ってくれる。
視覚的にも真空管はおおきな意味を持っている。
なすのカレーがうまかった。
去年栽培していたなすのタネがこぼれて発芽しているがしばらく発育を観察してみよう。
寒冷紗で覆う。
鬼裸、三河島、お月見在来を蒔きこれも寒冷紗でカバー。
メルケルの右手に得意げな阿部さん、左手にぶすっとプーチン。
何を思っているのだろう。
KT88が4本のこのパワーアンプ。
こちとらのお耳の性能はだいぶ劣化しているのだが"彼女"がい声で歌ってくれる。
視覚的にも真空管はおおきな意味を持っている。
なすのカレーがうまかった。
去年栽培していたなすのタネがこぼれて発芽しているがしばらく発育を観察してみよう。
2013年6月16日日曜日
通常
この時期に種まきすることは、この辺では"無謀"ということになる。
しかし手蒔きの場合、"時間"が足りない。
ということで毎年6月の真ん中から7月いっぱいが種まきとなる。
ある意味で最初の一週間は"捨てる"という覚悟なのだが、極早生なら大丈夫だろうという感じなのだがいつもうまくいったためしがない。
でもとにかく、もち大豆、石垣島の・・・・名前忘れた、白花最埼一号、きんべーを蒔く。
これらはすべて摘芯をほとほこす予定。数日して発芽しかけになったらネットをかぶせる予定。
母が使っていた寒冷紗が2本出てきた。
短い畝にはこれを使おうと思う。
長い畝はさんさんネットの予定。
夜、久しぶりにCDを聞く。ヘッドフォンなのでむさ苦しい。・・・がさらにむさくるしさを重ねることになるが今"居住"しているところにささやかながら真空管のフルセットを設営してしまった。
電気は食うが、我が家はクーラーを使わないのでこのくらいの贅沢はいいだろう。
ついでにレコードプレーヤーもといきたいところだがベルトがのびちゃっているだろうね。
コロンボのというかピーター・フォークの晩年の作品をみたがずいぶんふけたなーと感じた。
プロットは相変わらずアメリカ的で安っぽいのだが、きょう気がついたことは、犯人のこころの屈折はいちいち説明しなくても想像してくださいな、というセンスがアメリカ・エンターテインメントの"当たり前"なのかなとも考えてみて。
しかし手蒔きの場合、"時間"が足りない。
ということで毎年6月の真ん中から7月いっぱいが種まきとなる。
ある意味で最初の一週間は"捨てる"という覚悟なのだが、極早生なら大丈夫だろうという感じなのだがいつもうまくいったためしがない。
でもとにかく、もち大豆、石垣島の・・・・名前忘れた、白花最埼一号、きんべーを蒔く。
これらはすべて摘芯をほとほこす予定。数日して発芽しかけになったらネットをかぶせる予定。
母が使っていた寒冷紗が2本出てきた。
短い畝にはこれを使おうと思う。
長い畝はさんさんネットの予定。
夜、久しぶりにCDを聞く。ヘッドフォンなのでむさ苦しい。・・・がさらにむさくるしさを重ねることになるが今"居住"しているところにささやかながら真空管のフルセットを設営してしまった。
電気は食うが、我が家はクーラーを使わないのでこのくらいの贅沢はいいだろう。
ついでにレコードプレーヤーもといきたいところだがベルトがのびちゃっているだろうね。
コロンボのというかピーター・フォークの晩年の作品をみたがずいぶんふけたなーと感じた。
プロットは相変わらずアメリカ的で安っぽいのだが、きょう気がついたことは、犯人のこころの屈折はいちいち説明しなくても想像してくださいな、というセンスがアメリカ・エンターテインメントの"当たり前"なのかなとも考えてみて。
2013年6月13日木曜日
朝から丸一日
細かい雨が降り続いた。よくぬれる雨。
世田谷の商店街が4000万かけたさざえさんの銅像に固定資産税が・・・。
川の護岸ですら、行政がやってくれないので、個人が自腹で何千万もかけてやっても、固定資産税がかかるのと同じ理屈なのだろう。"安全"を求めてやっていることもただの"金儲け"と見られる。
固定資産税は地方税。
市や県(都)に入る。
世田谷の場合シャッター商店の増大で苦しんでいる商店街のひとたちがなけなしのカネを出し合いながら建てたものだと思うがその途中経過等は行政がおおざっぱか細密にかはわからないけれども幾分かはかかわっていたはず・知っていたはずで、こういうことになることはわかっていたはずである。
こうならないために"作り方"をアドバイスできたはずである。
無知な一般市民には"無知が鞭に"なってしまったことに自らの無知責任を負わせるのは当たり前、といわれてしまえばそれまでだが4000万円もの事業で関係商工会議所、その中には必ず入っているはずの税理士等観て見ぬふりしていたのは許されることではない。
税務のある程度わかったひとたちの無作為には怒りを感じる。
原発に関わった知識人たちと同じ事がここでもいえる。
一般人には見落としがち・理解不能の特殊"知識"に権威を感じているあんぽんたんエリートという人たちの罪は重い。
雨が止んだら即、極早生から種まきしようと思う。
ウルトラ・さんさんネット210センチx100メートルを2本買う。36000円。
単一品種の畑では畑の長辺方向に畝を作ろうと思う。時間の節約効果がおおきいと思う。
早生のものとひょろひょろとのびやすい鍋島は摘芯の実験をするつもりである。
世田谷の商店街が4000万かけたさざえさんの銅像に固定資産税が・・・。
川の護岸ですら、行政がやってくれないので、個人が自腹で何千万もかけてやっても、固定資産税がかかるのと同じ理屈なのだろう。"安全"を求めてやっていることもただの"金儲け"と見られる。
固定資産税は地方税。
市や県(都)に入る。
世田谷の場合シャッター商店の増大で苦しんでいる商店街のひとたちがなけなしのカネを出し合いながら建てたものだと思うがその途中経過等は行政がおおざっぱか細密にかはわからないけれども幾分かはかかわっていたはず・知っていたはずで、こういうことになることはわかっていたはずである。
こうならないために"作り方"をアドバイスできたはずである。
無知な一般市民には"無知が鞭に"なってしまったことに自らの無知責任を負わせるのは当たり前、といわれてしまえばそれまでだが4000万円もの事業で関係商工会議所、その中には必ず入っているはずの税理士等観て見ぬふりしていたのは許されることではない。
税務のある程度わかったひとたちの無作為には怒りを感じる。
原発に関わった知識人たちと同じ事がここでもいえる。
一般人には見落としがち・理解不能の特殊"知識"に権威を感じているあんぽんたんエリートという人たちの罪は重い。
雨が止んだら即、極早生から種まきしようと思う。
ウルトラ・さんさんネット210センチx100メートルを2本買う。36000円。
単一品種の畑では畑の長辺方向に畝を作ろうと思う。時間の節約効果がおおきいと思う。
早生のものとひょろひょろとのびやすい鍋島は摘芯の実験をするつもりである。
2013年6月4日火曜日
麦秋という言葉は
今刈り取りを前に黄金色に光っている麦畑の風景をさす言葉だが、大豆と麦を交互に植えて一年を回転させると連作障害を起こさない"ことになっている"。
ただし6月中に麦刈り取り、7月に大豆播種。11月第一週辺までには大豆刈り取り終了麦播種ということになるように
とてもせわしなく休むヒマもない。
自分としてはこの体系を組み立てていきたいのだがやはり、収穫の機械と収穫したモノの売り先の問題が生じるので簡単に決められる問題ではない。
ただし6月中に麦刈り取り、7月に大豆播種。11月第一週辺までには大豆刈り取り終了麦播種ということになるように
とてもせわしなく休むヒマもない。
自分としてはこの体系を組み立てていきたいのだがやはり、収穫の機械と収穫したモノの売り先の問題が生じるので簡単に決められる問題ではない。
2013年6月3日月曜日
ついにというかなんというか
パソコンでNHK-FMが聞けることを発見する。ラジコとかいう民放のものは知っていたが・・・。
http://www3.nhk.or.jp/netradio/ を開いてFMをクリック。ルツェルン音楽祭をやっていた。まだアバドも現役のようだ。
自分にとっての"音楽界"は1990年代で終わっていて半年くらい前にRyoko Tajika Dore からシルヴィア・シャシュの名前を聞いたときは懐かしく思ったものだが今NHK FM をパソコンで聞いていてあのときの感動・・・つまり初めてラジカセでFM東海やNHK FMのクラシックアワーを聞いたときの感動を思い出す。
いい音になれてしまっているのであのときの再現とまではいかないが・・・うれしかった。
さて・・・録音はどうやるのかな。
たしかパソコンの中には録音機能がついているはずだが。
http://www3.nhk.or.jp/netradio/ を開いてFMをクリック。ルツェルン音楽祭をやっていた。まだアバドも現役のようだ。
自分にとっての"音楽界"は1990年代で終わっていて半年くらい前にRyoko Tajika Dore からシルヴィア・シャシュの名前を聞いたときは懐かしく思ったものだが今NHK FM をパソコンで聞いていてあのときの感動・・・つまり初めてラジカセでFM東海やNHK FMのクラシックアワーを聞いたときの感動を思い出す。
いい音になれてしまっているのであのときの再現とまではいかないが・・・うれしかった。
さて・・・録音はどうやるのかな。
たしかパソコンの中には録音機能がついているはずだが。
2013年6月2日日曜日
知らない間に
ユスラウメが落ち始めている。
いっきにほおばって今年の既成事実とする、食ったことにする。
今年の鳩ぽっぽ対策を考える、熟慮する。
トンネルを作る白のメッシュ布は通常"虫除け"の工夫なのだが、トンネルにしないで真っ平らにかぶせて鳩対策になるかどうか実験的にやってみよう。
母が残した寒冷紗ネットがいくらか巻いたまま残っているのでそれを切り取って蒔いた順にかぶせていこうと思う。
中古のコンウェイ・スチュアートの60年前の万年筆が届く。
ebay uk で落としたモノだが大理石模様の柄で陳腐かもしれないが意外とちいさく使いやすいのにびっくりする。チャーチルが使っていた黒いのが有名だが廉価版のこちらも結構おしゃれだと思う。落としたらすぐ割れるだろうね。
武澤さんの新刊を読み直している。
5日前は60才の親戚の、ひと月前は58才の親戚・同級生の、3ヶ月前は53才の友達の葬式ということでここのところストレスがたまって寝られたり寝られなかったりでしょうがない。
今ぽっくりいったらどうしよう、というはたからみたら笑われてしまうような心配で胃が痛くなる。
やりたいことが・・・夢のような・・・いっぱいで落ち着かない。
きょうの収穫・・・・ユスラウメの甘さかな。
いっきにほおばって今年の既成事実とする、食ったことにする。
今年の鳩ぽっぽ対策を考える、熟慮する。
トンネルを作る白のメッシュ布は通常"虫除け"の工夫なのだが、トンネルにしないで真っ平らにかぶせて鳩対策になるかどうか実験的にやってみよう。
母が残した寒冷紗ネットがいくらか巻いたまま残っているのでそれを切り取って蒔いた順にかぶせていこうと思う。
中古のコンウェイ・スチュアートの60年前の万年筆が届く。
ebay uk で落としたモノだが大理石模様の柄で陳腐かもしれないが意外とちいさく使いやすいのにびっくりする。チャーチルが使っていた黒いのが有名だが廉価版のこちらも結構おしゃれだと思う。落としたらすぐ割れるだろうね。
武澤さんの新刊を読み直している。
5日前は60才の親戚の、ひと月前は58才の親戚・同級生の、3ヶ月前は53才の友達の葬式ということでここのところストレスがたまって寝られたり寝られなかったりでしょうがない。
今ぽっくりいったらどうしよう、というはたからみたら笑われてしまうような心配で胃が痛くなる。
やりたいことが・・・夢のような・・・いっぱいで落ち着かない。
きょうの収穫・・・・ユスラウメの甘さかな。
2013年5月27日月曜日
常日頃
専業農家の載っている大きなトラクターに、クーラーやカーステレオが付いているのをみてばかにしていた自分だが、きのうガラス張りのやや大型のトラクターでいとこの畑をうなっていて「こりゃクーラー梨では無理」と納得。ガラスで密閉だから当たり前・・・・というか最初にクーラーありきでガラス張りにしたのかなと思う。・・・何時間も乗りっぱなしだとこういうものも必要なのかなと思う。
ことしは2.5反プラスとなるので合計9反強となる。
タネのまき直しの問題をどうするか・・・。
ことしは2.5反プラスとなるので合計9反強となる。
タネのまき直しの問題をどうするか・・・。
2013年5月21日火曜日
三社祭の記事を
BBCで読むと御神輿はportable shrines と訳されている。
portableがどの程度の携帯性を意味しているのかそのニュアンスについては実感がない。日本語の"携帯"よりは重いのかな?
重量鉄骨の工事中建物を見学。
壁は力学的には支えとしては何の意味もないのかなと思った、つまりとってつけた"仕切板"という感じだった。ただし鉄骨は頑丈そうでよくしなる"骨"といったところ。分厚い壁たちは旭化成のヘーベルというテレビでおなじみの素材だ・・・ARCだったかALCとかいうのだったろう。
あとひと月もすると種まき開始となって忙しくなる。
かといって今がひまというわけでもなく用事がやたらと多い。
しかも夜が寝られたり寝られなかったり・・・・不眠とまでいかないのが幸いなのだがね。
portableがどの程度の携帯性を意味しているのかそのニュアンスについては実感がない。日本語の"携帯"よりは重いのかな?
重量鉄骨の工事中建物を見学。
壁は力学的には支えとしては何の意味もないのかなと思った、つまりとってつけた"仕切板"という感じだった。ただし鉄骨は頑丈そうでよくしなる"骨"といったところ。分厚い壁たちは旭化成のヘーベルというテレビでおなじみの素材だ・・・ARCだったかALCとかいうのだったろう。
あとひと月もすると種まき開始となって忙しくなる。
かといって今がひまというわけでもなく用事がやたらと多い。
しかも夜が寝られたり寝られなかったり・・・・不眠とまでいかないのが幸いなのだがね。
2013年5月16日木曜日
カメラがなくて
残念だったが、橋を渡っているとき川の浅瀬で飼い犬を泳がせ自分はのんびりと石に腰掛けての散歩途上と思われるおじさんの風景がとてもよかった。
犬かき、ということばを思い出す。
ゆすらうめが色づき始める。
Tさんからいただいたこの木もだいぶ大きくなり今ではその子供も実をつけ始めている。
とても甘い。
犬かき、ということばを思い出す。
ゆすらうめが色づき始める。
Tさんからいただいたこの木もだいぶ大きくなり今ではその子供も実をつけ始めている。
とても甘い。
2013年5月15日水曜日
きのうと
比べるとさほど暑くはないでしょうとの予報だったが、昨日並みに暑く感じるのは自分だけだろうか。暑い暑い。
人間ドック半日(朝から夕方まで)コースと脳MRI、大腸カメラを予約する。半日プラス半日の2日間の検査となる。ひと月ちょい待ちとなる。
これによって生命保険を大幅整理か維持かの判断をする。
それにしてもここのところ疲れやすくなった。
紫外線の心配から外では長袖。ハンドルを握っているときは手の甲にはタオルをかぶせている。
夏は大変だ。
新唐人電視台というのを知ったがとてもおもしろい。
YouTubeもネットサーフィンするととてもおもしろくて時間が過ぎるのも忘れてしまう。
人生とは判断の連続だが、情報の海・スクラップの前にたって数え切れないほどの選択判断をせまられている現代社会というものも生きづらい社会なのかなと思う。
どっぷり浸かって受けて立つか、逃避してしまうか?
別の意味の脳ドックが必要かもしれない。
人間ドック半日(朝から夕方まで)コースと脳MRI、大腸カメラを予約する。半日プラス半日の2日間の検査となる。ひと月ちょい待ちとなる。
これによって生命保険を大幅整理か維持かの判断をする。
それにしてもここのところ疲れやすくなった。
紫外線の心配から外では長袖。ハンドルを握っているときは手の甲にはタオルをかぶせている。
夏は大変だ。
新唐人電視台というのを知ったがとてもおもしろい。
YouTubeもネットサーフィンするととてもおもしろくて時間が過ぎるのも忘れてしまう。
人生とは判断の連続だが、情報の海・スクラップの前にたって数え切れないほどの選択判断をせまられている現代社会というものも生きづらい社会なのかなと思う。
どっぷり浸かって受けて立つか、逃避してしまうか?
別の意味の脳ドックが必要かもしれない。
2013年5月12日日曜日
千の風になって
って墓地否定の軽薄なスノッブリーかと一部解釈していたが、きょう三富の平地林の中でやったコンサートで歌われたこの曲に、ことばのちから・旋律のちからというものを強く感じた。・・・というよりことばと旋律だけでは感じ取れないものをこの"林"が感じ取らせてくれた。
うつむいて地面に生えている草たち(雑な草とはいいたくない・・・野草、畑に生える雑草はほぼ無い)が緩い風にゆれている風景にになにかこみ上げてくるものを感じたのは私だけではないと思う。
近親者や友人を失ったひとたち、ペットとお別れしたひとたち・・・・・それぞれに"気配"を感じ取れたにに違いない。
コンサートホールではこういうものはまずない。うたの前にやった前衛と称する旋律とか調正のないアンサンブルの音の群れも環境とセットで自然に入ってくる。
最高のビールのつまみだ。
うつむいて地面に生えている草たち(雑な草とはいいたくない・・・野草、畑に生える雑草はほぼ無い)が緩い風にゆれている風景にになにかこみ上げてくるものを感じたのは私だけではないと思う。
近親者や友人を失ったひとたち、ペットとお別れしたひとたち・・・・・それぞれに"気配"を感じ取れたにに違いない。
コンサートホールではこういうものはまずない。うたの前にやった前衛と称する旋律とか調正のないアンサンブルの音の群れも環境とセットで自然に入ってくる。
最高のビールのつまみだ。
2013年5月8日水曜日
2日連続
眠れない、参った参った。
『のぼうの城』のフィナーレで野村萬斎演じる殿様の向こう遠くに両神山のぎざぎさがはっきりと確認されうれしかった。
行田かどうかはわからないのだが埼玉県で撮影したことは確かだろう。
見え方がこちらから見たときと同じかたちなので行田から見たかたちもほとんど似たような形なのかな?
借金無しがここのところいい感じである、やはりうまい豆である。
行田の試験場での出会いをなつかしむ。
なんやかや行田とは"縁"があるのかなと思った。
忍城の殿様同様借金無しその他の品種を守り通した渡邊耕造所長先生の思いはつなげていかなければならない。
『のぼうの城』のフィナーレで野村萬斎演じる殿様の向こう遠くに両神山のぎざぎさがはっきりと確認されうれしかった。
行田かどうかはわからないのだが埼玉県で撮影したことは確かだろう。
見え方がこちらから見たときと同じかたちなので行田から見たかたちもほとんど似たような形なのかな?
借金無しがここのところいい感じである、やはりうまい豆である。
行田の試験場での出会いをなつかしむ。
なんやかや行田とは"縁"があるのかなと思った。
忍城の殿様同様借金無しその他の品種を守り通した渡邊耕造所長先生の思いはつなげていかなければならない。
2013年5月3日金曜日
ロッキー ファイナル
に出ているスタローンはいくつぐらいなのだろう・・・50越しているのかな。
おおきなパンチは出せなくても、おおきなパンチに耐えて闘い続けることが大切だ、とみんなに元気を与えてくれる言葉がありがたい。
畑の周辺部の草むしり。
一部に去年2キロほど離れたところにあった野生種のタネをまいたのだがなんと、もう発芽していた。
発見した段階で農水省ジーンバンクに登録すればよかったのだがそおっとしておいてやろうとした気遣いが翌年の"造成"で台無しになってしまった。引っ越した形の"自生地"というのもおかしな話なのでこれは自分のお宝にしておこうと思う。
埼玉大学の荒川寄りにあるグラウンドの向かいにある水資源・・・機構の近所にあったものと近似しているのだが同じかどうかは遺伝子解析しかない。
似てなければ"大発見!"で喜ぶかあるいはひょっとしたら偽物・・・?で疑心暗鬼になっていたかもしれず、逆にそっくりであったがために"落胆"ということも、信憑性からいったらかえって本物だろうとひとまず安心の境地とえるかもしれない。
隣の畑はビニールで覆って枝豆のもよう。こっちを意識して大豆を蒔いたのかどうかしれないが・・・。
種まきはまだまだ先だ。
Nさんのブログがおもしろつづきだが、キンドルつまり電子書籍についての見解で「先細りだろう」というのが頷ける。
日本の新本のダウンロードは高すぎる。
データにこそ価値があるというけれどやはり紙の本にはモノとしての深くておおきな意味がある。
"便宜・便利"という観点からすると確かに取り柄の多い電子本も辞書を例に取ると、極端な例で恐縮だが、家や図書室にいるのであればモノとしての本のほうがはるかに便利で検索も速い・・・手でめくったほうがはるかに速い。それに"近所にある"似たような単語が目に入ってきてもうけものの時が多い。
文法書のように"羅列"するタイプの知識本も電子本はまったくダメ。
キンドルの画面は小さすぎる。
本屋さんの立ち読みや女性のショッピング同様、"近所のもうけもの、ついでモノ"の価値のおおいさこそ人生を豊かにするものだ。
ただし路上で検索・・・という状態が多い仕事・生活のひとにはキンドルは便利だろう。
また古典の多くがタダまたは激安なので古典を持って「書を捨てないでまちに出よう」タイプには便利この上ない。
鉛筆で線が引けないというのも大きなデメリットかな。
おおきなパンチは出せなくても、おおきなパンチに耐えて闘い続けることが大切だ、とみんなに元気を与えてくれる言葉がありがたい。
畑の周辺部の草むしり。
一部に去年2キロほど離れたところにあった野生種のタネをまいたのだがなんと、もう発芽していた。
発見した段階で農水省ジーンバンクに登録すればよかったのだがそおっとしておいてやろうとした気遣いが翌年の"造成"で台無しになってしまった。引っ越した形の"自生地"というのもおかしな話なのでこれは自分のお宝にしておこうと思う。
埼玉大学の荒川寄りにあるグラウンドの向かいにある水資源・・・機構の近所にあったものと近似しているのだが同じかどうかは遺伝子解析しかない。
似てなければ"大発見!"で喜ぶかあるいはひょっとしたら偽物・・・?で疑心暗鬼になっていたかもしれず、逆にそっくりであったがために"落胆"ということも、信憑性からいったらかえって本物だろうとひとまず安心の境地とえるかもしれない。
隣の畑はビニールで覆って枝豆のもよう。こっちを意識して大豆を蒔いたのかどうかしれないが・・・。
種まきはまだまだ先だ。
Nさんのブログがおもしろつづきだが、キンドルつまり電子書籍についての見解で「先細りだろう」というのが頷ける。
日本の新本のダウンロードは高すぎる。
データにこそ価値があるというけれどやはり紙の本にはモノとしての深くておおきな意味がある。
"便宜・便利"という観点からすると確かに取り柄の多い電子本も辞書を例に取ると、極端な例で恐縮だが、家や図書室にいるのであればモノとしての本のほうがはるかに便利で検索も速い・・・手でめくったほうがはるかに速い。それに"近所にある"似たような単語が目に入ってきてもうけものの時が多い。
文法書のように"羅列"するタイプの知識本も電子本はまったくダメ。
キンドルの画面は小さすぎる。
本屋さんの立ち読みや女性のショッピング同様、"近所のもうけもの、ついでモノ"の価値のおおいさこそ人生を豊かにするものだ。
ただし路上で検索・・・という状態が多い仕事・生活のひとにはキンドルは便利だろう。
また古典の多くがタダまたは激安なので古典を持って「書を捨てないでまちに出よう」タイプには便利この上ない。
鉛筆で線が引けないというのも大きなデメリットかな。
2013年4月23日火曜日
2013年4月20日土曜日
夕飯時
テレビでチョコレート菓子選手権というのをみていて何が選ばれていくかとみていると基本にあるのが「さくさく感」のまわりにチョコレートということで自分と家内とでその源泉を想像してみたら、「フルタのライスチョコ」ではないかと思った。
昔、学校のそばにあった駄菓子屋つまり文房具屋さんに売っていた定番商品だったように思う。
フルタという会社が今もがんばっているのかどうかわからないが、この後に続く大手上場メーカーが作った商品はおおむねこれのぱくりなのかなと思った。
こういうのに著作権というのはないんだろうね。
同じ番組で「まあるいものに何かをコーティング、まぶしていく」機械・道具というのが球体の中でころころさせながら・・・という映像が出ていたが、これも要するに"金平糖"をつくるときのあの球体機械と同じなのだなとわかる。
これも方法を盗まれたままで本家本元はどうなってるのという感じだった。
進化とは剽窃・ぱくりの連続・積み重ねなのだなと思った。
アインシュタインもピカソもその前の偉大な"発見者"あっての栄光なのだなということを忘れてはならない。
ニュートンは500年にひとりのアインシュタインは100年にひとりの天才というあるひとの評価もむべなるかな・・・、ピカソの前にはセザンヌが、なんでもかんでもなんであんなにピカソはお高いの?・・・、
存命中の栄華などとはこういうものだろう。
昔、学校のそばにあった駄菓子屋つまり文房具屋さんに売っていた定番商品だったように思う。
フルタという会社が今もがんばっているのかどうかわからないが、この後に続く大手上場メーカーが作った商品はおおむねこれのぱくりなのかなと思った。
こういうのに著作権というのはないんだろうね。
同じ番組で「まあるいものに何かをコーティング、まぶしていく」機械・道具というのが球体の中でころころさせながら・・・という映像が出ていたが、これも要するに"金平糖"をつくるときのあの球体機械と同じなのだなとわかる。
これも方法を盗まれたままで本家本元はどうなってるのという感じだった。
進化とは剽窃・ぱくりの連続・積み重ねなのだなと思った。
アインシュタインもピカソもその前の偉大な"発見者"あっての栄光なのだなということを忘れてはならない。
ニュートンは500年にひとりのアインシュタインは100年にひとりの天才というあるひとの評価もむべなるかな・・・、ピカソの前にはセザンヌが、なんでもかんでもなんであんなにピカソはお高いの?・・・、
存命中の栄華などとはこういうものだろう。
2013年4月17日水曜日
牡丹は木で
芍薬は草か。
深紅、黄色、白の牡丹が満開、強風で持たないかな。
切って仏壇にそなえる。
すべて母が植えたものだ。
芍薬はちいさいつぼみを抱いて待機。
どっちが好きかというのがよく議論になるが自分はどっちかな。
東村山の国宝建築をバックに牡丹園の撮影に昔良く行ったものだ。
無消泡剤をうたい文句に喧伝商売している会社の木綿豆腐を食べたが、こういうものを商品として出してしまう良心のなさに怒る。
自分からみたらこれは廃棄レベルの豆腐だ。
ざらざらこちこち豆味無し。
深紅、黄色、白の牡丹が満開、強風で持たないかな。
切って仏壇にそなえる。
すべて母が植えたものだ。
芍薬はちいさいつぼみを抱いて待機。
どっちが好きかというのがよく議論になるが自分はどっちかな。
東村山の国宝建築をバックに牡丹園の撮影に昔良く行ったものだ。
無消泡剤をうたい文句に喧伝商売している会社の木綿豆腐を食べたが、こういうものを商品として出してしまう良心のなさに怒る。
自分からみたらこれは廃棄レベルの豆腐だ。
ざらざらこちこち豆味無し。
2013年4月15日月曜日
岩合さんの世界ネコ歩きで
なんと雄の三毛猫登場。カプリ島にて。
遺伝学的にあり得ないことだと習っていたけど・・・。
三國連太郎、コリン・デイビス逝く。どちらも大好きだった。
アマゾンで虫眼鏡を注文する。
石坂浩二のははずきルーペは頭がくらくらするとかで止めた。
遺伝学的にあり得ないことだと習っていたけど・・・。
三國連太郎、コリン・デイビス逝く。どちらも大好きだった。
アマゾンで虫眼鏡を注文する。
石坂浩二のははずきルーペは頭がくらくらするとかで止めた。
2013年4月14日日曜日
吉川市の中川沿い
にある福寿家さんで会食する。そばには麹家(こうじや)さんという料亭もあり、この町はこの2名店をもってその"市質"をよそものの私たちに知らしめているようである。
こういうものを育てられる地域に頭が下がる、と同時に我が町に落胆する。
夕方宗像大社の番組。「神社百景」という番組で久々にさわやかなテレビ番組に出会えた。宗像大社というのは本殿の神社と大島にある・・・こないだ鶴瓶が訪問してバレー部を紹介した中学校のある島・・・中津宮、大島の沖合50キロの沖の島にある沖津宮、以上の3つがワンセットで全国にある宗像神社(このへんには無いようだけど・・・)や厳島神社の本家本元というところだそうだ。
沖の島は宝の山というか大陸との間にあってさまざまな奉納物が発見されている。一年に一日のみ入島が許される原生林におおわれた我が国の宝物といえよう、事実この島自体が天然記念物でお宝たちは総体で国宝に指定されている。
私たち日本人の神社への思いを、"高度"と自称している宗教者からなされている様々な批判を聞くたびに首をかしげてしまうのだが、そのたんびに宗教とはなんぞやと考えてはみるのだがいつも曖昧にしたままこの年になってしまった。だらしないままなのだが・・・。
だが、一神教のひとたちの宗教名目の闘いを考えてみるととんちんかんなことで充ち満ちているのが人類の歴史のようだ。
筋を通す、論理的、首尾一貫・・・、言葉で食う商売でなくて良かったよ。
こういうものを育てられる地域に頭が下がる、と同時に我が町に落胆する。
夕方宗像大社の番組。「神社百景」という番組で久々にさわやかなテレビ番組に出会えた。宗像大社というのは本殿の神社と大島にある・・・こないだ鶴瓶が訪問してバレー部を紹介した中学校のある島・・・中津宮、大島の沖合50キロの沖の島にある沖津宮、以上の3つがワンセットで全国にある宗像神社(このへんには無いようだけど・・・)や厳島神社の本家本元というところだそうだ。
沖の島は宝の山というか大陸との間にあってさまざまな奉納物が発見されている。一年に一日のみ入島が許される原生林におおわれた我が国の宝物といえよう、事実この島自体が天然記念物でお宝たちは総体で国宝に指定されている。
私たち日本人の神社への思いを、"高度"と自称している宗教者からなされている様々な批判を聞くたびに首をかしげてしまうのだが、そのたんびに宗教とはなんぞやと考えてはみるのだがいつも曖昧にしたままこの年になってしまった。だらしないままなのだが・・・。
だが、一神教のひとたちの宗教名目の闘いを考えてみるととんちんかんなことで充ち満ちているのが人類の歴史のようだ。
筋を通す、論理的、首尾一貫・・・、言葉で食う商売でなくて良かったよ。
2013年4月7日日曜日
予想されていた
昨夜からのオーバーナイトの暴風雨はたいしたこともなく通り過ぎたようだ。
風が強いとはいうものの南からのようでここちよい風であった。
のんびりとぼーっとしていた一日であった。
火野正平のサイクリングの番組が好きで自分も還暦迎えていっちょう・・・、と思ったりもするのだが。
きょうは開聞岳からスタートの旅で、40年前の自分を思い出す。
頭の中にできあがっていた指宿、知覧、開聞岳、長崎鼻、池田湖、坊津・・・といった地名の配置がいかに間違っているかを確認できた。
・・・と来るとまた"地図読み"の楽しみに誘惑される。
帝国書院の地図帳を注文しようかな。
空想旅行がこれまた楽しいのです。
今キーボードの脇には三省堂の小英和という総革装の小型薄型辞書がある。
未だに現役だがさすがにコンピューター用語などなんにも出ていない。
昭和46年(自分17歳)初版第1刷でその3刷(自分18、19歳、)が目の前のものなのだが表紙と内部がはがれてしまってはいるもののいまだに良きパートナーとなっている。
自分にとっての"一生もの"のひとつ・・・というより"筆頭"であるのかもしれない。
これからのパートナーのひとつ、安い補聴器がないかなーと検索中。
風が強いとはいうものの南からのようでここちよい風であった。
のんびりとぼーっとしていた一日であった。
火野正平のサイクリングの番組が好きで自分も還暦迎えていっちょう・・・、と思ったりもするのだが。
きょうは開聞岳からスタートの旅で、40年前の自分を思い出す。
頭の中にできあがっていた指宿、知覧、開聞岳、長崎鼻、池田湖、坊津・・・といった地名の配置がいかに間違っているかを確認できた。
・・・と来るとまた"地図読み"の楽しみに誘惑される。
帝国書院の地図帳を注文しようかな。
空想旅行がこれまた楽しいのです。
今キーボードの脇には三省堂の小英和という総革装の小型薄型辞書がある。
未だに現役だがさすがにコンピューター用語などなんにも出ていない。
昭和46年(自分17歳)初版第1刷でその3刷(自分18、19歳、)が目の前のものなのだが表紙と内部がはがれてしまってはいるもののいまだに良きパートナーとなっている。
自分にとっての"一生もの"のひとつ・・・というより"筆頭"であるのかもしれない。
これからのパートナーのひとつ、安い補聴器がないかなーと検索中。
2013年4月4日木曜日
桜も終わり
いよいよ春本番。
甲子園は浦和学院優勝。
45年前の大宮工業で母の妹の"義理の甥っ子"の宮岡選手がホームランを打った試合を思い出したが、あのころの公立校の優勝とはうって変わって一学年に百人もいるような野球部を持つスポーツエリート高の優勝にはたいした感慨もいだけない。
さいたま市はにぎやかなことだろう。
畑の境界のお茶を枝だ刈り。隣のMさん分も刈っといてやる。
画家の"世渡り"ということで短文を読む。
セザンヌはやはりすごい人だなと思った。
それにあわせて京都の哲学の道の西田幾多郎の碑にある「人は人、吾はわれ・・・」を思い出し残された(残っていれば、の話だが)自分の時間を考える。
こういう"偉人"と比べるのもお笑いになっちゃうのかなとも思えるのだが。
2013年3月28日木曜日
2013年3月22日金曜日
きのうの
ことになるが久々に畑を"うなる(かきまぜる)"。
ぽかぽかとしていて気持ちよい作業となる。
去年の8月からお休みしていたトラクターも1月に念のため起動テストしていたのだが3月も20日も過ぎて・・・と心配だったが、初動がやや危うかったが一回でエンジンはかかった。
ただうしろの回転(かきまぜ)部分がかたんかたんといった異音が作動中にするのでひっかかりでもあるのかな。
去年最後のオーバーホールということで50万かかってしまったがあと何年かかるのだろうか。
農協の知り合いに中古が出たらおしえてね、と頼んでおく。
ぽかぽかとしていて気持ちよい作業となる。
去年の8月からお休みしていたトラクターも1月に念のため起動テストしていたのだが3月も20日も過ぎて・・・と心配だったが、初動がやや危うかったが一回でエンジンはかかった。
ただうしろの回転(かきまぜ)部分がかたんかたんといった異音が作動中にするのでひっかかりでもあるのかな。
去年最後のオーバーホールということで50万かかってしまったがあと何年かかるのだろうか。
農協の知り合いに中古が出たらおしえてね、と頼んでおく。
2013年3月20日水曜日
やることが
なくなるとほんとになにもやらなくなってしまうのか。
脱穀するものはもうなく選別があとちょいと残してある。
こういう時って時間を大切にしない。
こまったものだ。
まあ祭日だし、いいか。墓参りも終了。
stay-at-home mother に補助金を出さないというイギリスの記事があった。
19日10時PM GMTの記事にコメントが1060もきている。
ハイフンでやたらとつないで名詞や形容詞・副詞を作ったりというのは日本でいえば・・・的、・・・マチック、・・・とか単文を形容詞にしたテレビドラマの題名みたいなものか。
いちおうコンサイス14版には出ている。"出不精の"ということなのだろうが日本では専業主婦のことだろう。
共働き、働く女性には税金を使って子育て支援するけど"専業"のかたにはご遠慮願いますというキャメロンの考えらしい。日本でもこれをやったらすごいだろうね。
40年前に買ったモンブランのマイスターシュテッケという極太の万年筆の吸水部分を水できれいにして新しいインクを入れてやった。
記事にアンダーラインを引いていただけだが気持ち良かった。
デジタル画面はこれができないのでやはりものを読むのは自分にとっては紙のほうに軍配があがる。・・・線をひかないと本が読めないのだ。
人間ドックをなんとかやりたいのだがどうも、診断がこわいのかもしれない。
一度もやったことがない。
日光過敏症をみてもわかるように、男の更年期に入っているのは確かだろう。
脱穀するものはもうなく選別があとちょいと残してある。
こういう時って時間を大切にしない。
こまったものだ。
まあ祭日だし、いいか。墓参りも終了。
stay-at-home mother に補助金を出さないというイギリスの記事があった。
19日10時PM GMTの記事にコメントが1060もきている。
ハイフンでやたらとつないで名詞や形容詞・副詞を作ったりというのは日本でいえば・・・的、・・・マチック、・・・とか単文を形容詞にしたテレビドラマの題名みたいなものか。
いちおうコンサイス14版には出ている。"出不精の"ということなのだろうが日本では専業主婦のことだろう。
共働き、働く女性には税金を使って子育て支援するけど"専業"のかたにはご遠慮願いますというキャメロンの考えらしい。日本でもこれをやったらすごいだろうね。
40年前に買ったモンブランのマイスターシュテッケという極太の万年筆の吸水部分を水できれいにして新しいインクを入れてやった。
記事にアンダーラインを引いていただけだが気持ち良かった。
デジタル画面はこれができないのでやはりものを読むのは自分にとっては紙のほうに軍配があがる。・・・線をひかないと本が読めないのだ。
人間ドックをなんとかやりたいのだがどうも、診断がこわいのかもしれない。
一度もやったことがない。
日光過敏症をみてもわかるように、男の更年期に入っているのは確かだろう。
2013年3月19日火曜日
明け方から
暑かった。
朝から半袖。
仕事がしやすい時期となる・・・と同時に日光過敏症か。
案の定車を運転していると日差しを腕の皮膚が強く感じているのがわかる。
神経質になっているわけでもないので実際自分の肌は弱いのかもしれない。
これからしばらく薄い長袖にお世話になるのかな。
朝から半袖。
仕事がしやすい時期となる・・・と同時に日光過敏症か。
案の定車を運転していると日差しを腕の皮膚が強く感じているのがわかる。
神経質になっているわけでもないので実際自分の肌は弱いのかもしれない。
これからしばらく薄い長袖にお世話になるのかな。
2013年3月10日日曜日
200メートル先の
安松神社がほこりの中、まったく見えない。ここまでひどい武蔵野の"ほこりだらけ"はきわめて珍しい。ふつうは三富のほこりが飛んできて目がいたいいとかほこり臭いとか・・・だがきようのはひどい。雨戸も閉める。
たぶん西武線に乗って練馬あたりからこちらを眺めれば真っ茶色に見えることだろう。
大宮・浦和あたりは水田が多く粘土質なので農閑期であってもこういうことは起きないのかな。
2013年3月9日土曜日
未脱穀の
白光を脱穀。
結構暑かったが風邪気味のためこたえた。
最近本を読まなくなって怠惰な自分を恥じ入るばかりだがそれでもホームズの"冒険"とモームのサミングアップは折に触れとばし読みしている。モームのこの本は内容ばかりでなく文章も心地よくうれしくなってしまう。彼の"気どり屋さん揶揄"はこちとらの憂さ晴らしもしてくれる。
大豆の検定は結構きびしいものでどちらかというと外観重視のようだ。
煮豆屋さんや納豆屋さんには都合がいいのかなと思う。
粒ぞろい、汁汚れなし、紫・褐斑、等が中心となる。わずかな虫食いや割れはあまり気にしないようだ。それにしても地域によってかなり検定基準にむらがあるのもたしかなようだ。
結構暑かったが風邪気味のためこたえた。
最近本を読まなくなって怠惰な自分を恥じ入るばかりだがそれでもホームズの"冒険"とモームのサミングアップは折に触れとばし読みしている。モームのこの本は内容ばかりでなく文章も心地よくうれしくなってしまう。彼の"気どり屋さん揶揄"はこちとらの憂さ晴らしもしてくれる。
大豆の検定は結構きびしいものでどちらかというと外観重視のようだ。
煮豆屋さんや納豆屋さんには都合がいいのかなと思う。
粒ぞろい、汁汚れなし、紫・褐斑、等が中心となる。わずかな虫食いや割れはあまり気にしないようだ。それにしても地域によってかなり検定基準にむらがあるのもたしかなようだ。
2013年2月25日月曜日
鶴瓶の家族に乾杯
という番組を和田さんから連絡をうけてわくわくしながら見始めた。
福岡県の宗像市。
この番組の存在そのものはしっていたがみたのは初めて。
良かった。
全校生徒が20人もいないであろう中学校(小・中同じ建物のようだが)の生徒が唯一のバレー部で一所懸命に練習し県大会3位に。
子供たちの顔がいきいきとしていて、やや太っちょはいたが、なにか我々の頃のこどもの顔をしていた、しかもみんな筋肉質。
先生は音楽の担任らしいがいい導きての顔をしている。
こういう学校の姿もあるんだな。
生徒ひとりひとりが"役割"を認識しているような気がする。
所沢の学校などはうちのころ小学校はいいとして中学はマンモス校で、運動部などはよほど敏捷なこでないかぎり入ることも・入ってもレギュラーになることもできない状態だった。
選手になれなくてもそこにいたというだけで・・・・などという、有名校かぶれの父兄もいるがそれは違うと思う。
"役割"を感じるということはひとが生きていく上での基本的な重要事項なのだ。
カネがない、実務的に無理なのだなどと弁解している教師の師弟は私立の有名校にいったりしている。公立の教員なんてこの程度なのだと思う。このひとたちは自分の職業上の使命・"役割"というものを感じることも築き上げようと云うこともなしに定年を迎えてしまうのだろうか・・・いやいや定年前の早期退職か。
もひとつ、漁師の夫婦が「子供があとをつぐから」ということで自分で釣って自分で加工して・・・ちょうど農業の六次産業化に相当するようなことばをはいていて頭が下がった。
継続という重みがこころを締めている。
定年になったらのんびりと責任のかからない気楽な・・・、ではない。
武澤先生ばりの「六十が仕事の新規スタート」を再確認する。
和田さんもそうだな。
がんばろうね。
福岡県の宗像市。
この番組の存在そのものはしっていたがみたのは初めて。
良かった。
全校生徒が20人もいないであろう中学校(小・中同じ建物のようだが)の生徒が唯一のバレー部で一所懸命に練習し県大会3位に。
子供たちの顔がいきいきとしていて、やや太っちょはいたが、なにか我々の頃のこどもの顔をしていた、しかもみんな筋肉質。
先生は音楽の担任らしいがいい導きての顔をしている。
こういう学校の姿もあるんだな。
生徒ひとりひとりが"役割"を認識しているような気がする。
所沢の学校などはうちのころ小学校はいいとして中学はマンモス校で、運動部などはよほど敏捷なこでないかぎり入ることも・入ってもレギュラーになることもできない状態だった。
選手になれなくてもそこにいたというだけで・・・・などという、有名校かぶれの父兄もいるがそれは違うと思う。
"役割"を感じるということはひとが生きていく上での基本的な重要事項なのだ。
カネがない、実務的に無理なのだなどと弁解している教師の師弟は私立の有名校にいったりしている。公立の教員なんてこの程度なのだと思う。このひとたちは自分の職業上の使命・"役割"というものを感じることも築き上げようと云うこともなしに定年を迎えてしまうのだろうか・・・いやいや定年前の早期退職か。
もひとつ、漁師の夫婦が「子供があとをつぐから」ということで自分で釣って自分で加工して・・・ちょうど農業の六次産業化に相当するようなことばをはいていて頭が下がった。
継続という重みがこころを締めている。
定年になったらのんびりと責任のかからない気楽な・・・、ではない。
武澤先生ばりの「六十が仕事の新規スタート」を再確認する。
和田さんもそうだな。
がんばろうね。
2013年2月24日日曜日
けさ
作った新豆の豆腐が非常にうまかったので今でもいい気分である。
より甘さが強いとかいった些末なことではなく味と香りのふぁーとした広がりの豊かさがこの上ない。いかにも春だなというイチゴにつきる。しかもこれが感じられるのはほんのわずかな期間のことである。
大豆の乾し場がだいぶからになってきたが、ふと考えたことは整理してがらくたを片付ければいまの3~5倍程度は乾せるものと思う。手際よく刈ればまだまだ拡げられる。
いよいよTPP交渉の本番になるが日本農業はどうなるのだろうか。
特定の団体、企業と確たる結びつきを築き上げてきた農家・農業法人はとりあえずびくともしないだろう。農協や市場に出すだけの"営業をしない"農業は壊滅的な打撃を受けるだろう、しかもこういう農業が大半をしめている。
高品質・高額なものの輸出というがこんなものの量はたかがしれている、しかも一過性だ。
農業国と価格競争・・これも大規模化などとはいってもゴジラとアントニオ猪木の闘いみたようなもので問題外。
観念論かもしれないが買う側・食べる側がもっと利口になるしかない。食料にカネを払って買っているのは"食料"だけではないということだ。
より甘さが強いとかいった些末なことではなく味と香りのふぁーとした広がりの豊かさがこの上ない。いかにも春だなというイチゴにつきる。しかもこれが感じられるのはほんのわずかな期間のことである。
大豆の乾し場がだいぶからになってきたが、ふと考えたことは整理してがらくたを片付ければいまの3~5倍程度は乾せるものと思う。手際よく刈ればまだまだ拡げられる。
いよいよTPP交渉の本番になるが日本農業はどうなるのだろうか。
特定の団体、企業と確たる結びつきを築き上げてきた農家・農業法人はとりあえずびくともしないだろう。農協や市場に出すだけの"営業をしない"農業は壊滅的な打撃を受けるだろう、しかもこういう農業が大半をしめている。
高品質・高額なものの輸出というがこんなものの量はたかがしれている、しかも一過性だ。
農業国と価格競争・・これも大規模化などとはいってもゴジラとアントニオ猪木の闘いみたようなもので問題外。
観念論かもしれないが買う側・食べる側がもっと利口になるしかない。食料にカネを払って買っているのは"食料"だけではないということだ。
2013年2月21日木曜日
あぶらが
高い。
円高の時はちっともやすくならなかったのが円安になったとたんどんどん高くなっていく。
まちのスタンドはことごとく廃業に追い込まれているのに元売り直営のセルフ店は大繁盛。
元売りでつぶれる者などまったくない構造のようだ。
昼過ぎNHK名古屋が制作していた中学生日記をやっていた。
いじめ問題だったてがもう30年も前のものだが内容はまったく古びていない。
おとなたちの行動をみてまねして"いじめ"をするわけではない。
本能として我々がもっているものなのであろう。
弱い者をいじめたりひとより抜きんでたものを引きずり落とそうとする・・・本能。
子供のうちはいちおう「わるいこと」としての取り扱い。
おとなになればなすがまま、それがこの世の真実。
世間体とか長いものにはまかれろ式の生き方はこういうものへの対処法なのだろう。
みんなとおんなじ、・・・・・。
商売でいえば「売れたもの」が真実で正義ということになる、ははは。
啓発セミナーは今でもはやっているのだろうか。
ひとを動かすことば、ということがまことしやかにいわれるが自分の道をかすませてしまうのも「ひとのことば」である。
軽薄さを見抜くちから。
祖父が「ひとをみたらどろぼうと思え」と常々いっていたのはそれだけことばにだまされ・裏切られつづけたはての警句なのであろう。
円高の時はちっともやすくならなかったのが円安になったとたんどんどん高くなっていく。
まちのスタンドはことごとく廃業に追い込まれているのに元売り直営のセルフ店は大繁盛。
元売りでつぶれる者などまったくない構造のようだ。
昼過ぎNHK名古屋が制作していた中学生日記をやっていた。
いじめ問題だったてがもう30年も前のものだが内容はまったく古びていない。
おとなたちの行動をみてまねして"いじめ"をするわけではない。
本能として我々がもっているものなのであろう。
弱い者をいじめたりひとより抜きんでたものを引きずり落とそうとする・・・本能。
子供のうちはいちおう「わるいこと」としての取り扱い。
おとなになればなすがまま、それがこの世の真実。
世間体とか長いものにはまかれろ式の生き方はこういうものへの対処法なのだろう。
みんなとおんなじ、・・・・・。
商売でいえば「売れたもの」が真実で正義ということになる、ははは。
啓発セミナーは今でもはやっているのだろうか。
ひとを動かすことば、ということがまことしやかにいわれるが自分の道をかすませてしまうのも「ひとのことば」である。
軽薄さを見抜くちから。
祖父が「ひとをみたらどろぼうと思え」と常々いっていたのはそれだけことばにだまされ・裏切られつづけたはての警句なのであろう。
2013年2月20日水曜日
ここ一週間
忙しくてまいった。
出かけることと大豆の選別・袋詰めに明け暮れる。
大豆は45袋ぐらい。
1.3トンくらいになるだろうか。
腰がいたい。
ヤフオクで60キロ秤を購入、1900円だが送料等で4000円強で確かにやすいのではあるがメーカーも検定の「検」の字もない。ものを乗せるたんびに微妙にずれている、・・・中国製か?日本人は価格云々を考慮に入れてもこういうものは作ってこなかった。こういうものを売ることも恥じていたはずだが・・・。
まあ、安物買いの銭失いか。
出かけることと大豆の選別・袋詰めに明け暮れる。
大豆は45袋ぐらい。
1.3トンくらいになるだろうか。
腰がいたい。
ヤフオクで60キロ秤を購入、1900円だが送料等で4000円強で確かにやすいのではあるがメーカーも検定の「検」の字もない。ものを乗せるたんびに微妙にずれている、・・・中国製か?日本人は価格云々を考慮に入れてもこういうものは作ってこなかった。こういうものを売ることも恥じていたはずだが・・・。
まあ、安物買いの銭失いか。
2013年2月6日水曜日
雪予報はスカだったようだ。
こういう寒くて静かな日は家でのんびりというのがいいのだが、税理士さんや友達のうどん屋さんへ。車庫入れでバック中、後ろの上部の障害物に気がつかず少しへこましてしまった。
リチャード3世の遺骨らしきものが見つかって英国では話題になっているようだが、シェイクスピアのリチャード3世は殺しに続く殺しばかりの劇で一度読んでうんざりしてしまったがまたみてみたい。ビアードもブログで取り上げている。
うちへ来る保険屋さんの息子さんが茗荷谷でコーヒー店を営んでおり、手選別・少量入荷・低温コンテナ輸入・ディーとりっひ社の焙煎来・産地農園指定と高みににあるコーヒー店を営んでいる。浦和のNさんに教わったカフェマイスターや南千住のバッハコーヒー同様いつか訪ねてみなくては。
業界こそ違え世間の金儲けの倫理基準などというものなど「なんなの」という具合に何かに夢中になっていられる若さが美しい。
若さとは"年齢"とは完全イコールではない。
リチャード3世の遺骨らしきものが見つかって英国では話題になっているようだが、シェイクスピアのリチャード3世は殺しに続く殺しばかりの劇で一度読んでうんざりしてしまったがまたみてみたい。ビアードもブログで取り上げている。
うちへ来る保険屋さんの息子さんが茗荷谷でコーヒー店を営んでおり、手選別・少量入荷・低温コンテナ輸入・ディーとりっひ社の焙煎来・産地農園指定と高みににあるコーヒー店を営んでいる。浦和のNさんに教わったカフェマイスターや南千住のバッハコーヒー同様いつか訪ねてみなくては。
業界こそ違え世間の金儲けの倫理基準などというものなど「なんなの」という具合に何かに夢中になっていられる若さが美しい。
若さとは"年齢"とは完全イコールではない。
2013年2月4日月曜日
楽しいことがあると
ついパソコンはお留守になってしまう。
大豆の選別がかっぱえびせん状態。
じゃかすか持ち込んでもらえるとうれしいのだが・・・。
横山・さとういらずは2日ほどで終了。
きょうはこまかいものを。
脱穀をしながら選別もというところだがいかんせん選別機が早すぎる。
NHKの日本百名山「八甲田山」特に毛無岱のこうようを中心にガイドしていた。
浜部信彦さんという地元のガイドさんの導き・説明がここちよく、ひとつのことをずーっと追い求めてきた人のこころのおおらかさがにじみ出ていた30分であった。
及川さんを思い出して知らぬ間に涙ぐんでしまった。
いつものことながらさだまさしのテーマがここちよく映像をささえてくれている。
人類の生み出した最高位の旋律がベートーベンの悲愴の第二楽章だというのはMのこともあり私のわがまま意見かもしれないが、さだまさしのこのテーマ音楽はその子分格において起きたい。
大豆の選別がかっぱえびせん状態。
じゃかすか持ち込んでもらえるとうれしいのだが・・・。
横山・さとういらずは2日ほどで終了。
きょうはこまかいものを。
脱穀をしながら選別もというところだがいかんせん選別機が早すぎる。
NHKの日本百名山「八甲田山」特に毛無岱のこうようを中心にガイドしていた。
浜部信彦さんという地元のガイドさんの導き・説明がここちよく、ひとつのことをずーっと追い求めてきた人のこころのおおらかさがにじみ出ていた30分であった。
及川さんを思い出して知らぬ間に涙ぐんでしまった。
いつものことながらさだまさしのテーマがここちよく映像をささえてくれている。
人類の生み出した最高位の旋律がベートーベンの悲愴の第二楽章だというのはMのこともあり私のわがまま意見かもしれないが、さだまさしのこのテーマ音楽はその子分格において起きたい。
2013年1月30日水曜日
京縫い
という刺繍をテレビで紹介していた。
知り合いの猪上さんがこちらで刺繍をやっているが大変な作業だなー。
しかもとんでもない教養の深さが仕事に反映される営為であることを考えると、エコノミーとかリーズナブルとかいう金勘定の風潮がこういったものを排除し、ものを大切にしない"豊かな社会"の実態つくりあげているのかとがっかりする。
知り合いの猪上さんがこちらで刺繍をやっているが大変な作業だなー。
しかもとんでもない教養の深さが仕事に反映される営為であることを考えると、エコノミーとかリーズナブルとかいう金勘定の風潮がこういったものを排除し、ものを大切にしない"豊かな社会"の実態つくりあげているのかとがっかりする。
2013年1月27日日曜日
宮崎県青島の
青島神社の宮司さんのことを「森人 もりじん」という番組でやっていた。
ついこないだ火野正平のサイクリング番組でやつたばかりで"なつかしく"みていたのだが周囲1kmほどのこの島はびろう樹の原生林でその中に神社があるというわけだ。
この宮司さんは通いで"本土"から通っているのかと思ったらなんと家族で神社の境内に住んでいるとのことだ。それも代々とのことで、島守りというか森守りを指名と感じ継続することの重みを教わった。
実は自分は35年ほど前にサイクリングで青島に行っているのでほんとに懐かしかった。
びろう樹の中のお宮はなんとなく記憶の隅に残ってはいるのだがテレビの映像とは違ってもっとちいさなものだったような気がするのだが・・・。
いやいやながらも義務感にさいなまれて"継続"の担い手を選んでしまい、若き日には自由を謳歌してサラリーマンをやっているひとたちがうらやましかつたが、今はこの選択で良かったのかなと思っている。
そして還暦間近といいながら夢も持っている。
ついこないだ火野正平のサイクリング番組でやつたばかりで"なつかしく"みていたのだが周囲1kmほどのこの島はびろう樹の原生林でその中に神社があるというわけだ。
この宮司さんは通いで"本土"から通っているのかと思ったらなんと家族で神社の境内に住んでいるとのことだ。それも代々とのことで、島守りというか森守りを指名と感じ継続することの重みを教わった。
実は自分は35年ほど前にサイクリングで青島に行っているのでほんとに懐かしかった。
びろう樹の中のお宮はなんとなく記憶の隅に残ってはいるのだがテレビの映像とは違ってもっとちいさなものだったような気がするのだが・・・。
いやいやながらも義務感にさいなまれて"継続"の担い手を選んでしまい、若き日には自由を謳歌してサラリーマンをやっているひとたちがうらやましかつたが、今はこの選択で良かったのかなと思っている。
そして還暦間近といいながら夢も持っている。
2013年1月23日水曜日
個人情報が
大きなカネになる時代となり企業・団体・役所等の中に職業上知りうる情報を売って大金をかせいでいる職員のニュースをやっていたが、カネの前には平素口にしているきれいごともどこへとやらになってしまうのだろう。
何でこんなDMがとかしつこい営業電話、訪問販売(とくに電話関係)が頻繁なのは自分だけではないのだろうがどうにかならないのかね。
友人からさきほどいただいたりんごのケーキでコーヒーを飲んでいる。コーヒーがいまいちであるがそこらのチェーンなのでしかたがないのだが、甘党の(辛党でもあるのだが)自分には幸せこの上ないひとときである、そんななかでキーボードをたたいている・・・ひらがな変換。
何でこんなDMがとかしつこい営業電話、訪問販売(とくに電話関係)が頻繁なのは自分だけではないのだろうがどうにかならないのかね。
友人からさきほどいただいたりんごのケーキでコーヒーを飲んでいる。コーヒーがいまいちであるがそこらのチェーンなのでしかたがないのだが、甘党の(辛党でもあるのだが)自分には幸せこの上ないひとときである、そんななかでキーボードをたたいている・・・ひらがな変換。
2013年1月21日月曜日
2013年1月19日土曜日
本来なら
ぽかぽかの1~2時台なのだろうが山に雪がのっかっているせいか風がつめたい。
入曽の穂に行くと奥武蔵・奥多摩の好展望が得られる。
運転しながらきょろきょろするのは危ないのだが・・・。
長沢背稜によく通ったのでその辺をながめているといろんなことを思い出す。
一杯水避難小屋を建設中の頃入間から通っていたというおじさんのことが意識の上によく上がるのだがまだ元気かなー。
六次産業とか農商工連携などという"甘い、ここちよい"言葉にはだまされてはいけないのだが、少なくともこの所沢で自分の思いにいまはやりの"サステイナビリティ sustainability"を持たせるのは無理なような気がする。
次の代のことまで考えるとやはり県からおくられてくる"六次産業とか農商工連携"のパンフレットは気になるんだよな。
ヒントや接点は与えてくれそうな気がするんだが。
友人から個展の案内が届いたがその中にはさんであった手紙に「・・・新作もなく今まで描きためてきたきたもの・・・、今ホスピスにいてお会いできませんが・・・」。
ちょうどTさんが転移の可能性を告げたばかりだったのでショックであった。
自分よりちょいと下だけど・・・。
・・・・・。
入曽の穂に行くと奥武蔵・奥多摩の好展望が得られる。
運転しながらきょろきょろするのは危ないのだが・・・。
長沢背稜によく通ったのでその辺をながめているといろんなことを思い出す。
一杯水避難小屋を建設中の頃入間から通っていたというおじさんのことが意識の上によく上がるのだがまだ元気かなー。
六次産業とか農商工連携などという"甘い、ここちよい"言葉にはだまされてはいけないのだが、少なくともこの所沢で自分の思いにいまはやりの"サステイナビリティ sustainability"を持たせるのは無理なような気がする。
次の代のことまで考えるとやはり県からおくられてくる"六次産業とか農商工連携"のパンフレットは気になるんだよな。
ヒントや接点は与えてくれそうな気がするんだが。
友人から個展の案内が届いたがその中にはさんであった手紙に「・・・新作もなく今まで描きためてきたきたもの・・・、今ホスピスにいてお会いできませんが・・・」。
ちょうどTさんが転移の可能性を告げたばかりだったのでショックであった。
自分よりちょいと下だけど・・・。
・・・・・。
2013年1月14日月曜日
ノーベル文学賞の
裏話がけさの朝刊に載っていたが、要するに辺境の東洋が西洋に根回し・・・、ということが要旨だったのだろうか。谷崎や西脇淳三郎ももう一歩だったとか。
つまりこの国に近しい西洋学者・・・サイデンステッカーやキーンさん等の存在、つまり欧文の翻訳が出ているか否かが重要なポイントだとか。
まあ、この程度は想像に難くないのだがこのことが行き着くところまでゆくと、著者自身が欧文への翻訳しやすさを前提とした文体並びに概念等の多用といった、"商売繁盛"文を書くということになる。
世渡りの上手な物書きならば、どうしたらごほうびに預かるかということはすぐに気づくことだろう、そしていろいろと画策。
大江さんの文体は"翻訳調"というより"欧文容易変換調"というのが正しいのかもしれない。
欧米に取り入ろうとしていたのかなと思う。
内容の面で"日本オリジナル"が"普遍"の領域で欧米に太刀打ち・・・なんてものではない。
村上春樹は・・・読まない、読みたくもないのでわからない。
きのうからきょうにかけては安物コーヒーの飲み方が悪かったせいか一睡もできなかった。
夜中にBSをかけるとバイエルン放送響をヤンソンスが振っているベートーベンの第五をやっていた。
細かいディテールはよく聞こえないので輪郭線しかわからないのだが、ややテンポ速めで緊張のみなぎったかっちりとした演奏ではあったが、好きにはなれなかった。
邪道なのかどうかわからないがもう少し遅めに、少し揺らしてもらったほうが好みなのだが・・・いたしかたない。こういうのが主流・正当というのかな。まだ小沢のほうがいいかもしれない、小沢はきらいだけれど。
左右対称/シンメトリーの弦楽器配置だったが左ヴィオラつまり第一ヴィオラの最前列がややぽちゃの日本人(たぶん・・、中国や韓国の顔ではない)美女であった。・・・その斜めうしろのヴィオラ弾きは向こうの女性だったが楽団中もっとも美しくてカメラよカメラ、あっちへ向けてそっちじゃないよ・・・とばかり注文つけていた、程度の低い自分に・・・。
バイエルンRSOの(バイオリンではないとしても)ヴィオラの主席が日本人か?とうれしくもあった。
今井信子さんを筆頭としてヴィオラの日本勢はすごいなーと思う。ベルリンフィルの主席もたしか日本女性だと思ったが。
きょうは「昼からひょっとしたら雪ですよ」という天気予報ははずれ、9時頃から一時間もするとあれよあれよという間に路面はつるつる。
すぐに家に帰りスタッドレスの車に乗り換える。
あしたの朝が心配だ。
つまりこの国に近しい西洋学者・・・サイデンステッカーやキーンさん等の存在、つまり欧文の翻訳が出ているか否かが重要なポイントだとか。
まあ、この程度は想像に難くないのだがこのことが行き着くところまでゆくと、著者自身が欧文への翻訳しやすさを前提とした文体並びに概念等の多用といった、"商売繁盛"文を書くということになる。
世渡りの上手な物書きならば、どうしたらごほうびに預かるかということはすぐに気づくことだろう、そしていろいろと画策。
大江さんの文体は"翻訳調"というより"欧文容易変換調"というのが正しいのかもしれない。
欧米に取り入ろうとしていたのかなと思う。
内容の面で"日本オリジナル"が"普遍"の領域で欧米に太刀打ち・・・なんてものではない。
村上春樹は・・・読まない、読みたくもないのでわからない。
きのうからきょうにかけては安物コーヒーの飲み方が悪かったせいか一睡もできなかった。
夜中にBSをかけるとバイエルン放送響をヤンソンスが振っているベートーベンの第五をやっていた。
細かいディテールはよく聞こえないので輪郭線しかわからないのだが、ややテンポ速めで緊張のみなぎったかっちりとした演奏ではあったが、好きにはなれなかった。
邪道なのかどうかわからないがもう少し遅めに、少し揺らしてもらったほうが好みなのだが・・・いたしかたない。こういうのが主流・正当というのかな。まだ小沢のほうがいいかもしれない、小沢はきらいだけれど。
左右対称/シンメトリーの弦楽器配置だったが左ヴィオラつまり第一ヴィオラの最前列がややぽちゃの日本人(たぶん・・、中国や韓国の顔ではない)美女であった。・・・その斜めうしろのヴィオラ弾きは向こうの女性だったが楽団中もっとも美しくてカメラよカメラ、あっちへ向けてそっちじゃないよ・・・とばかり注文つけていた、程度の低い自分に・・・。
バイエルンRSOの(バイオリンではないとしても)ヴィオラの主席が日本人か?とうれしくもあった。
今井信子さんを筆頭としてヴィオラの日本勢はすごいなーと思う。ベルリンフィルの主席もたしか日本女性だと思ったが。
きょうは「昼からひょっとしたら雪ですよ」という天気予報ははずれ、9時頃から一時間もするとあれよあれよという間に路面はつるつる。
すぐに家に帰りスタッドレスの車に乗り換える。
あしたの朝が心配だ。
2013年1月13日日曜日
サーバーが
新しくなったらジャンクメールがほとんどというかまったく無くなった。
まじめなメール、メーリングリストでもジャンクとして選別される者は未だにあるがいかがわしいもの・ウィルスもの等は全く来なくなった。使ってるうちにまた増えていくのだろうか。
だっこく4時間。
株は完全に乾いているのでぱちぱちいう音がここちよい。
全農作業でこの時期の脱穀がいちばん楽しいかもしれない。
あさお試し購読で届いていた朝日の書評をみるとLeo Damroschのトクヴィル論の翻訳が出ていた。今人気の学者だが買ってみるかどうか躊躇する。やはりアメリカ人のアメリカ論か?と疑ってかかるのだがこちとらも不勉強で日本人としてきちんとたたけるわけではない。
とりあえずネットで彼のことをいろいろと調べる。
たたき台としてのトクヴィルはやはり歴史的名著でよく読まなければならない。
きょうは勇気を出してやけどをした左足はビニール袋で包まずに包帯をまいたまま湯船に浸けないで・ぬれないようにと入浴する。
先生ももうおふろに入っていいですよとのことだったがやはり気にかかる。
脱穀でここちよい疲れが有りお風呂で寝てしまうかと入る前は心配だったが、やはりさっぱりとして気持ちよかった。
ビニール袋でカバーなどしなくても意外と濡れないということがわかる。
かえってビニール袋のほうが蒸れてびっしょりとなる。
まじめなメール、メーリングリストでもジャンクとして選別される者は未だにあるがいかがわしいもの・ウィルスもの等は全く来なくなった。使ってるうちにまた増えていくのだろうか。
だっこく4時間。
株は完全に乾いているのでぱちぱちいう音がここちよい。
全農作業でこの時期の脱穀がいちばん楽しいかもしれない。
あさお試し購読で届いていた朝日の書評をみるとLeo Damroschのトクヴィル論の翻訳が出ていた。今人気の学者だが買ってみるかどうか躊躇する。やはりアメリカ人のアメリカ論か?と疑ってかかるのだがこちとらも不勉強で日本人としてきちんとたたけるわけではない。
とりあえずネットで彼のことをいろいろと調べる。
たたき台としてのトクヴィルはやはり歴史的名著でよく読まなければならない。
きょうは勇気を出してやけどをした左足はビニール袋で包まずに包帯をまいたまま湯船に浸けないで・ぬれないようにと入浴する。
先生ももうおふろに入っていいですよとのことだったがやはり気にかかる。
脱穀でここちよい疲れが有りお風呂で寝てしまうかと入る前は心配だったが、やはりさっぱりとして気持ちよかった。
ビニール袋でカバーなどしなくても意外と濡れないということがわかる。
かえってビニール袋のほうが蒸れてびっしょりとなる。
2013年1月12日土曜日
待つこと2時間半、
久々に病院で"待った"。
大学病院並みだ。
職員にどなってやりたくもあったが患者の皆様みんな行儀がいい。
・・・・・。
先生は急患の時にみてくれた先生でいい先生だった。
三井記念病院の奥野先生みたく「長いことお待たせしてしまい申し訳ございません・・・」と切り出してきたあの茶人ぶりには及ばないかもしれないがえばるでもなく卑屈でもなく的確に状況説明してくれる姿勢には頭が下がった。
ばかな47歳顧問、錯覚していることに気づいていないおまわりさん、頼み事をするときに見返りを求める議員たち・・・、こんなやつらと比べるとまだまだ立派な"高位"のひとたちはいるのだなと思った。
大学病院並みだ。
職員にどなってやりたくもあったが患者の皆様みんな行儀がいい。
・・・・・。
先生は急患の時にみてくれた先生でいい先生だった。
三井記念病院の奥野先生みたく「長いことお待たせしてしまい申し訳ございません・・・」と切り出してきたあの茶人ぶりには及ばないかもしれないがえばるでもなく卑屈でもなく的確に状況説明してくれる姿勢には頭が下がった。
ばかな47歳顧問、錯覚していることに気づいていないおまわりさん、頼み事をするときに見返りを求める議員たち・・・、こんなやつらと比べるとまだまだ立派な"高位"のひとたちはいるのだなと思った。
2013年1月11日金曜日
子供を
なぐったことは明らかにない。
びんたもたぶんない。
こつんとやったことはたくさんある。
殴ったことで悩む、というのがおおかたの父親が子供に対する感情だと思う。
体育界系はこういうことに美意識を感じたりするのかどうかわからないが、すくなくとも自分の経験からいうとなぐられたことは一度もない・・・チームが弱かったせいもあるだろう。
ただし雨の日の"柔軟体操"と称するいじめもどきの下級生いじめには閉口した。
うさぎとび、電気いす、指立て伏せ・・・回、・・・、。指揮しているのはレギュラーになれない一年上の"たー坊"だったが、今考えればいちばん傷ついていたのはたー坊自信だったのだと思う。自分たちの代に雨の日の柔軟体操を廃止したのは今思えばりっぱなことだったと思う。
日常的に・・・、というからには上で述べた我が子に手をあげた親の気持ちからはずーっと遠いところの感覚しか持ち合わせていない47歳なのだろう。
あわれな人生としかいいようがないが、残された人生できちんとつぐないをしてほしい。
教員は当然やめるべきである。
路頭に迷うがいい。
力をもった上位にあるものが下位の者に対してえばることを快楽と感じるのは、程度の低いおまわりさんや駐車違反(というより緊急避難停車)に対して容赦ない態度をとるロボット係員をみればすぐわかることだ。
権力などを感じてしまった人間のあわれさを笑い飛ばしてみんなに元気を与えていた談志や小沢昭一さんたちはすてきだったな。
ブルターニュでは現地産のそば粉を使ってクレープを作るのだという、ガレットとか云っていたがおいしそうだった。お菓子やおやつというよりもご飯といった感じの"食事"だそうだ。
きょうのお風呂はやっかいだった。
こないだの足首のやけどがぐじぐじしているのでぬれないようにビニール袋を二重にして輪ゴムで止め、その足を天に向かって湯船から出していた。体操の選手みたくきつい格好だったが足がつったりはしなくて、まだまだけっこう柔らかいなと感心したりしている自分がおかしかった。
お湯にはぬれなくても20分もして出たときには足は汗でびっしょりで包帯もぬれていた。
びんたもたぶんない。
こつんとやったことはたくさんある。
殴ったことで悩む、というのがおおかたの父親が子供に対する感情だと思う。
体育界系はこういうことに美意識を感じたりするのかどうかわからないが、すくなくとも自分の経験からいうとなぐられたことは一度もない・・・チームが弱かったせいもあるだろう。
ただし雨の日の"柔軟体操"と称するいじめもどきの下級生いじめには閉口した。
うさぎとび、電気いす、指立て伏せ・・・回、・・・、。指揮しているのはレギュラーになれない一年上の"たー坊"だったが、今考えればいちばん傷ついていたのはたー坊自信だったのだと思う。自分たちの代に雨の日の柔軟体操を廃止したのは今思えばりっぱなことだったと思う。
日常的に・・・、というからには上で述べた我が子に手をあげた親の気持ちからはずーっと遠いところの感覚しか持ち合わせていない47歳なのだろう。
あわれな人生としかいいようがないが、残された人生できちんとつぐないをしてほしい。
教員は当然やめるべきである。
路頭に迷うがいい。
力をもった上位にあるものが下位の者に対してえばることを快楽と感じるのは、程度の低いおまわりさんや駐車違反(というより緊急避難停車)に対して容赦ない態度をとるロボット係員をみればすぐわかることだ。
権力などを感じてしまった人間のあわれさを笑い飛ばしてみんなに元気を与えていた談志や小沢昭一さんたちはすてきだったな。
ブルターニュでは現地産のそば粉を使ってクレープを作るのだという、ガレットとか云っていたがおいしそうだった。お菓子やおやつというよりもご飯といった感じの"食事"だそうだ。
きょうのお風呂はやっかいだった。
こないだの足首のやけどがぐじぐじしているのでぬれないようにビニール袋を二重にして輪ゴムで止め、その足を天に向かって湯船から出していた。体操の選手みたくきつい格好だったが足がつったりはしなくて、まだまだけっこう柔らかいなと感心したりしている自分がおかしかった。
お湯にはぬれなくても20分もして出たときには足は汗でびっしょりで包帯もぬれていた。
2013年1月7日月曜日
世の中は
平常にもどりりつつあるようだが自分はいまいちエンジンがかからない・・・正月休みをしたわけでもないのに。
日野正平の自転車こころたびもまた再開のようで楽しみだ。
1977年つまり23歳の時の"音楽ノート"を見ているとなんだか恥ずかしくて見ていられなくなりそうなのだが次から次へとページをめくっている。
ベーム健在、チェり来日の展覧会の絵・・・まあなんと贅沢な時間を過ごしていたんだろうなと思う。
日野正平の自転車こころたびもまた再開のようで楽しみだ。
1977年つまり23歳の時の"音楽ノート"を見ているとなんだか恥ずかしくて見ていられなくなりそうなのだが次から次へとページをめくっている。
ベーム健在、チェり来日の展覧会の絵・・・まあなんと贅沢な時間を過ごしていたんだろうなと思う。
2013年1月5日土曜日
一月五日。
徐々に"通常"に。
日本歌手協会50周年コンサートという映像をぼーっと見ていると「もしも月給が上がったら(昭和10年)、「南国土佐をあとにして」など何曲かとてもこころにひびいた。
昭和10年というと満州国設立後満州への大移民がはじまった頃だろうか。
軍部がえばりだしたころだろう。
不況とインフレ、失業、農村大不況など経済的に苦しい状況の中で富国強兵との矛盾を必死にとりつくろおうと指導者たちがもがいた時代である。
先進国と称するものがみな似たようなことを考えていたのであろう。
こんな中で「月給が・・・」なんていわれても、サラリーマン自体がきわめて少数であった時代なので今の感覚とはかけはなれたところで作られた曲だとは思うが違和感はなくおもしろい歌詞であった。旋律もテンポも。
ペぎー葉山の「南国土佐をあとにして」はわたしたちの世代でもみんな知っている名曲だが、本来は満州にいた土佐出身の兵隊さんたちを癒した望郷のうただということを知ると聞いていて感慨もひとしおとなる。
シャボン玉飛んだもその背景が悲しいものであることは有名だが、ひとつひとつの曲の制作の"ものがたり"を聞くと聴き方もぐーんと深くなってきて・・・・それと聞く側の人生うん十年の蓄積も影響してあたまのなかの劇場では見事なにぎわいを呈している。
60年近くも生きてくるとやたらと涙もろくなるものだが(こういう"一般化"を強制するのはよくないな、あくまでも自分のことだよ)、こころのなかの蓄積はやはりおおきな"財産"だなと感じる。
幼少年期(ばかりとは必ずしもいえないが)の"原風景"というものを馬鹿にしたNはもう死んでしまったが、Nの弁はやはりばかであったと思う。
原風景プラスその後のさまざまな経験・体験の積み重ねの折々で発生したワインの"おり"みたいなものはなにものにも代え難いそのひと固有の宝物であると思う。それを外に向かってちびちびと放出していきつつもさらにワインの"おり"を重ねていけばいい。
ということを考えるとやはり少しは長生きしなければと思い一度もやったことのない人間ドックも今年はやってみようかなと思う、それも市民医療センターの無料レベルでなくちゃんと大金はたいてやってみようと思う。
きょうはお店の新年会。
日本歌手協会50周年コンサートという映像をぼーっと見ていると「もしも月給が上がったら(昭和10年)、「南国土佐をあとにして」など何曲かとてもこころにひびいた。
昭和10年というと満州国設立後満州への大移民がはじまった頃だろうか。
軍部がえばりだしたころだろう。
不況とインフレ、失業、農村大不況など経済的に苦しい状況の中で富国強兵との矛盾を必死にとりつくろおうと指導者たちがもがいた時代である。
先進国と称するものがみな似たようなことを考えていたのであろう。
こんな中で「月給が・・・」なんていわれても、サラリーマン自体がきわめて少数であった時代なので今の感覚とはかけはなれたところで作られた曲だとは思うが違和感はなくおもしろい歌詞であった。旋律もテンポも。
ペぎー葉山の「南国土佐をあとにして」はわたしたちの世代でもみんな知っている名曲だが、本来は満州にいた土佐出身の兵隊さんたちを癒した望郷のうただということを知ると聞いていて感慨もひとしおとなる。
シャボン玉飛んだもその背景が悲しいものであることは有名だが、ひとつひとつの曲の制作の"ものがたり"を聞くと聴き方もぐーんと深くなってきて・・・・それと聞く側の人生うん十年の蓄積も影響してあたまのなかの劇場では見事なにぎわいを呈している。
60年近くも生きてくるとやたらと涙もろくなるものだが(こういう"一般化"を強制するのはよくないな、あくまでも自分のことだよ)、こころのなかの蓄積はやはりおおきな"財産"だなと感じる。
幼少年期(ばかりとは必ずしもいえないが)の"原風景"というものを馬鹿にしたNはもう死んでしまったが、Nの弁はやはりばかであったと思う。
原風景プラスその後のさまざまな経験・体験の積み重ねの折々で発生したワインの"おり"みたいなものはなにものにも代え難いそのひと固有の宝物であると思う。それを外に向かってちびちびと放出していきつつもさらにワインの"おり"を重ねていけばいい。
ということを考えるとやはり少しは長生きしなければと思い一度もやったことのない人間ドックも今年はやってみようかなと思う、それも市民医療センターの無料レベルでなくちゃんと大金はたいてやってみようと思う。
きょうはお店の新年会。
2013年1月3日木曜日
なんかあっという間に
新年になっている。
元旦営業も当たり前になってしまったが、電車・病院・神社仏閣等に関わりのない仕事の正月廃止は愚かな行為だ。貧しさの象徴かもしれない。
キンドルは金ドルかどうか知らないが、実際使ってみて金ドルになるような予感もする。
読書の継続時間にこんなにもフォントが影響するとは・・・、とびっくりしている。
普通の大きめ活字の文庫本よりももうちょいとおおきな活字にして読んでいるとかくも心地よく活字を追い続けることができるものかとびっくりしている。
これはページ数がかせげる。
そしてレジ台でもトイレでも電車でも軽快に活字が追える。
無料や極安の本がたくさんあるのでじゃかすかダウンロードしているのだが使い勝手が慣れないのか実際不便なのかはいまの段階ではわからないが進化していけばそれは解消されていくのだろう。
ただし紙で読んでいるときに"線を引く"快感はブックマーク設定では得られない。
やはり紙には紙の得難い快楽があるようだ。
物質としての書籍もやはりなくなってはほしくないのだけれども製本やさんと運命共同体なのだろうか。
サーバーがお正月休みのようでホームページもメールのやりとりもダウン。
あしたから通常営業。
つかの間の"夢状態"もまもなく終了。
こんどは確定申告だ。
選別機ももうすぐやってくると思うのだが。
元旦営業も当たり前になってしまったが、電車・病院・神社仏閣等に関わりのない仕事の正月廃止は愚かな行為だ。貧しさの象徴かもしれない。
キンドルは金ドルかどうか知らないが、実際使ってみて金ドルになるような予感もする。
読書の継続時間にこんなにもフォントが影響するとは・・・、とびっくりしている。
普通の大きめ活字の文庫本よりももうちょいとおおきな活字にして読んでいるとかくも心地よく活字を追い続けることができるものかとびっくりしている。
これはページ数がかせげる。
そしてレジ台でもトイレでも電車でも軽快に活字が追える。
無料や極安の本がたくさんあるのでじゃかすかダウンロードしているのだが使い勝手が慣れないのか実際不便なのかはいまの段階ではわからないが進化していけばそれは解消されていくのだろう。
ただし紙で読んでいるときに"線を引く"快感はブックマーク設定では得られない。
やはり紙には紙の得難い快楽があるようだ。
物質としての書籍もやはりなくなってはほしくないのだけれども製本やさんと運命共同体なのだろうか。
サーバーがお正月休みのようでホームページもメールのやりとりもダウン。
あしたから通常営業。
つかの間の"夢状態"もまもなく終了。
こんどは確定申告だ。
選別機ももうすぐやってくると思うのだが。
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