ページビューの合計

2013年2月25日月曜日

鶴瓶の家族に乾杯

という番組を和田さんから連絡をうけてわくわくしながら見始めた。
福岡県の宗像市。
この番組の存在そのものはしっていたがみたのは初めて。
良かった。
全校生徒が20人もいないであろう中学校(小・中同じ建物のようだが)の生徒が唯一のバレー部で一所懸命に練習し県大会3位に。
子供たちの顔がいきいきとしていて、やや太っちょはいたが、なにか我々の頃のこどもの顔をしていた、しかもみんな筋肉質。
先生は音楽の担任らしいがいい導きての顔をしている。
こういう学校の姿もあるんだな。
生徒ひとりひとりが"役割"を認識しているような気がする。
所沢の学校などはうちのころ小学校はいいとして中学はマンモス校で、運動部などはよほど敏捷なこでないかぎり入ることも・入ってもレギュラーになることもできない状態だった。
選手になれなくてもそこにいたというだけで・・・・などという、有名校かぶれの父兄もいるがそれは違うと思う。
"役割"を感じるということはひとが生きていく上での基本的な重要事項なのだ。
カネがない、実務的に無理なのだなどと弁解している教師の師弟は私立の有名校にいったりしている。公立の教員なんてこの程度なのだと思う。このひとたちは自分の職業上の使命・"役割"というものを感じることも築き上げようと云うこともなしに定年を迎えてしまうのだろうか・・・いやいや定年前の早期退職か。
もひとつ、漁師の夫婦が「子供があとをつぐから」ということで自分で釣って自分で加工して・・・ちょうど農業の六次産業化に相当するようなことばをはいていて頭が下がった。
継続という重みがこころを締めている。
定年になったらのんびりと責任のかからない気楽な・・・、ではない。
武澤先生ばりの「六十が仕事の新規スタート」を再確認する。
和田さんもそうだな。
がんばろうね。

0 件のコメント:

コメントを投稿