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2015年12月26日土曜日

佐田岬と

佐多岬があることを知りました。
愛媛の例の細長い半島、鹿児島の右側(東)の先端の岬。
地名としては愛媛の細長いのが有名ですね、地理のテストにでるのもこっちだったでしょう。
なんといっても同じ関サバ・アジが別名で格安で食べられるんですからね。
暮れに入って挨拶回りも昨日で終了、あさつて床屋さんであとは仕事のみ。
そうそう畑の物置においてある刈り取った大豆の引き上げがありました。


景気の悪い年でした。
消費税引き上げののちのわずかな消費ダウンの後徐々に対前年比がプラスに移行、といっていたのはたぶん"操作"だつたように思われます。今朝の新聞で9、10がマイナスですって。
つまりそもそもプラスになんかなっていないのにつじつまを合わせるためにここでマイナスにしたんではないのでしょうか。
その間に都合のいいように政府は決めごとをする。
極端な偏りの景気アップで被害を被るのはだれでしょうか。


いまだに手が荒れない。
いつもなら11月はじめにはあかぎれになります。
ほんとにあたたかいんですね。
ここ数日はお昼前には窓を開けて運転していました。
温暖化の進行の先にはいったい何が待っているんでしょうか。

2015年12月23日水曜日

毎年やっている

クリスマス会に今年もおよばれしました。
近所のひとたちや小学校の先生たちも来ていました。
細野春臣や松本隆史とグループを組んでいたこともあるフォーク歌手の牧師夫妻の運営している教会ですが、私が10歳以下の時に出来たことを考えるともう3代目くらいの先生になるのでしょうか。
例年と違いミューズのホールではなく、絵画展などをやるスペースを借り食事付きでのコンサートでした。
とてもあたたかくて癒やされた感じです。
「気にかけてくれるひとが居るとがんばれる」という会の初めの頃のあいさつのパッセージがこころの片隅に残り会の終わりまで点滅していたような気がします。
子供たちの小スキット(演劇)や赤鼻のトナカイさんについての牧師の話がとてもよく、またルカ伝第二章からの引用が「ことばの重さ、経験と共に深まるその言葉使用者の想いの深化」というものをひしひしと感じさせてくれました。
政治家たちの使うことばにはその「軽薄さ」ばかり感じますが、言葉がひとを動かし・救うちからをもっていることを教わりました。
会の終わりの恒例「きよしこの夜」を唄っているときに聖歌隊の中にいた中年女性が泣いていたのに気がつきましたが、牧師がこの一年さまざまな出来事を参加者に思い起こさせる言葉を発したのとあわせて思い起こすことがあったのでしょう。
また言葉の絶対的な、つまり誰からみてもの評価とはちょいと違う大切な事実もあるなと感じました。
誰から発せられたかということです。
きらいなひとの発するAという言葉、大切な友達の発するAという言葉。
同じAなのに・・・。

自分は宗教人ではないけれども、宗教性は持っていると感じてますがそれでいいのかなと思いました。
こんな自分を毎年お呼びしてくれる牧師夫妻に感謝です。

帰ると、やや疲れてしまい小雨も降っていたので夕方スターウォーズをみながら寝てしまいました。
そういえばダースベイダーの息子Lukeは、"ルカ"ですね。
そのことを意識してルカ伝を引っ張ってきたのかしらね。

2015年12月22日火曜日

本日をもって

99.9パーセント刈り取り終了しました。
残りは何も実が入ってないので放棄します。
帰宅後脱穀。
晴れて乾燥しているとぱりぱりいう音が心地よいです。

おとといはお江戸日本橋亭で田辺鶴瑛・銀治親子の講談の会へ友人らと押し寄せました。お母さんは言うまでもなくですが、二枚目に昇進した銀治ちゃんは上手になりました。話もすべて自身で組み立てなければならないので、作家とも言えるでしょう

これに先立つこと軽く一杯と言うことでCOREDOとかいうビルで食事しました。与野のぼたもちの1/4くらいの大きさのぼたもちが280円でした。何これ!  どのお店も賑やかです。地産地消などということばは、生活クラブのみ一所懸命に推進しているキャッチフレーズですが、ローカルの行政や大型店は"おかざり"程度の地元コーナーセッティングで実質はなんの効果も上げてないのが実態です。
景気は非常に悪い・・・都心や横浜をちょいとはずれると・・・。
夕方テレビで"地産都消"ということばを言ってました、これが実態かな。
これに乗れないものはおしまいとなるのでしょう。

2015年12月17日木曜日

今頃

枝豆。
種まきが早すぎたナカセンナリともち大豆。
霜でことごとく葉っぱはかれているのですが、また゜まだ成長しようとしていたさやが青いままで成長ストップ。なん株かありました。
成長ストップから間もなければ枝豆として未熟とはいえ食べられると思うのですが・・・。
・・・。
途中で、お風呂・・・居眠りしてしまいました。
お風呂から出てくると・・・。
ややしなびた感じの枝豆が出来ていました。
ナカセンナリ、やはり現行のものではなく開発当初からの"世代数"が少ない保存タネをもとにしているので、すばらしくおいしかったです。
しなびた感じが貧相ではありますが、改良品種の名品たる気品は依然として持ち合わせています。ギンレイの枝豆のようでもありました。
ナカセンナリは長い間開発当初の性質を保持し続けてはいましたがここ十数年は高タンパクの性質を帯び、ぴしっと凝固しすぎてしまう性質の変質を顕著に現してきています。
遺伝子の世代数重ねての性質の"ブレ"が明白になりすぎたものです。
それにしても12/20にもなろうとしているこの時期に枝豆というのも粋を通り越して悪趣味とでもいったほうがいいでしょうかね。
ツルぼけ、という農業用語の失敗実例というかひょうたんからこまのもうけものなんでしょうか。
とにかく、うまかったです。

ことしは暖かくいまだにおおきな手荒れは起きていません。
あたたかいんですね。
夕方きょうのナカセンナリを脱穀。0.3反で5キロ以上あるので、タネとしては十分とれました。そんなに小粒でもありませんでした。ラッキーです。

2015年12月6日日曜日

きょうもいろいろな

ことを考えながら歩きました。
おととい2万歩、きのう1.2万歩、きょう2.2万歩。
今まで歩んできた道、出会った人たち、出来事。
61歳。
いいことほとんど無し。
でもあとで振り返るとおもしろいことばかりですね。
かならずといっていいほど、どこかから助っ人が現れる。
・・・・あああ、あと何年あるのかしらね。
継続されるに値するものをつくること。
理解者はほとんどいないけどゼロではない。
この知的財産こそ"相続"に値する物ですね、相続税ゼロ。
最低限自分を理解してくれるひとには尽くさなければなりません。

柳瀬川回廊、志木市役所前、秋が瀬橋、西浦和と2.2万歩でした。
あしたは整体で浦和。
4日続きで歩きは無理かな。
あさっては検査。
いつものパターンだよ。
終わったら農作業。
去年は11/30で終了した刈り取りも恥ずかしながら少し残っているのです。

2015年12月4日金曜日

日野正平の

自転車の旅は霧島市(昔の国分市)の木原小学校という創立134年の小・中学校を訪れていました・・・といっても校門だけですが、集まってきた子供とのやりとりや視聴者つまりこの小学校の卒業生からの手紙がとてもよくてうれしかったです。
52歳の女性視聴者からの手紙は達筆とまではいかないまでもきちんとていねいに書かれ、言葉も選ばれ、ドラマチックな内容があるわけでもないのにとても共感してしまい涙目になってしまいました。
子供たちの顔は・・・と、くると山の中の・・・という付帯事項を考えると「素朴・純粋・きれい」といった形容詞をつけるのが常套修飾語となるものですがこの子たちはまったく都会の子と同じ顔でした、・・・「がっかりした?」、いいえ発言やにぎわいがやっぱり素直さを感じました。
ふるさとをしっかりと刻み込んでいるようです。
創立134年といったら明治の学制が布かれて最初期の学校で、どのまちにもある筆頭の学校になるわけですが最近はそれだけ古くても廃校になってしまうものもたくさんあるようです。
「学校とはなんなんだろう?」と考えさせてくれた日野正平でした。
単なる建物? 入れ替わり立ち替わり人間が入れ替わり・・教員も生徒も、時代時代に上からの"方針"に振り回されあるいは"うまく乗っかって"、あるいは堅い枠組み内で最大限の"善意"を発揮して子供たちと歩み続けた先生たち・・・、学校というのはそれぞれの卒業生にとって大きな支えになっていることでしょうね、あるいは屈折していてただの「否定さるべき」ものととらえているひともたくさんいるでしょうがこれは裏を返すと教育への想い・要求が別次元で多々あるということでしょう。
学校は"中立"です。
ぼくは父の姉がひどい教員だったために「職業に貴賎あり、もっともいやしいのが教員である」とずーっと思っていましたが、その間違いをこの番組はそっとさとしてくれたように思います。
もちろんひどい教員はいつの時代にもいることでしょう。
知識の切り売り屋じゅない、・・・こんなことはみんなわかっているんですけどね。
ばかな父兄がいるから教員もばかにならざるをえない、ではなくてもっと堂々としていて欲しいです。ばかな父兄は言葉ではどうにも説得できる相手ではないので、そういう方の居場所がない社会になるように"一般"がもっとおりこうさんになり、教養を積むしかないということです。


しまいに、この番組に教員がひとりも出てきませんでした。
台本もなかつたと思います。
良かったです。
いい先生が増えて欲しいです。
我が師の恩、深い言葉です。


久しぶりに2万歩/3時間歩きました、急ぎ足です・・・最後のほうはよれよれかな?

2015年12月2日水曜日

脱穀時の汚粒は

雨が降った後の大豆ボディの乾き不十分からくるものばかりでなく、枯れきっていない・"青々しすぎ"の茎に起因するものがほとんどで、泥汚れというのはコンバイン・オペレーターの技術不足です。自分の場合はほぼ前者です。
雨が降らない日がきょうで5日めにしてストップということで、茎が青々としている秩父在来種の白光の残りをおおむね脱穀してしまいました。
ただやみくもにやるのではなく、大豆をたたきつけて脱粒させる回転ドラムにからみ付く青々の茎をこまめに除いてやりました・・・これが結構大変で時間もかかりますが天日干しを考えるとだいぶ手間取ります、そもそもさやの中のお豆さんはもう出きあがってしまっています。
豆ができあがっているのにボディは全く乾いていないという原因がどこにあるのかわかりませんが、品種・育て方・育った場所の日当たり具合・・・といったいろんな要素があるのでしょうけれどもね。
もひとつ気がついたことがあります。
それは、さやが開かない限り切り倒された株ですらさやの中のお豆さんは雨・露でも"ふやけない"ということの原因がどこにあるかということです。
枝豆の、ピークをやや過ぎた物は青い外皮の内側にプラスチックみたいな不透明・半透明のからにみなさん気がつきやや不快な感じをもたれたことを思い出されることかと思いますが、この殻が水を通さないのだと思います。
豆自体は根っこから吸い上げた水分を介して栄養を蓄積していくわけですが、豆自体は"へそ=芽、目"によってさやにくっついています。当然豆は呼吸もしているわけでさやの中は湿気があり、さらに割立てのさやの中の豆は少しべたつくのがわかります。さやの中の湿気もさやの外・外界に行ったり来たりをしているのが推察できます。
これってゴアテックスじゃないの?
ゴアテックス発明以前に自然界にゴアテックスがあったように思われます。
ゴアテックスを発明したデュポン社はだいぶもうかっていると思いますが、自然界の中にはとてつもない仕掛けに恵まれた物があるようです。

2015年11月28日土曜日

ゆずもぎ

というとゆずの実を手で"もぎ取る"というようなことを連想しがちですが、よほど熟して"落ちかかっている"ものはそういうことが当てはまるとはいうものの、まだしっかりと枝にくっついているものはもぐと付け根周辺の皮まで少し破けてしまいます。
そこで生け花などに使うちいさな剪定ばさみを使うのですが、ご存じのようにゆずのとげは半端な物ではなく最低限鉄工場で使うような厚手の皮軍手が必携となります。
釘袋と並んで打田さんの発明かどうかわかりませんが、登山で使う藪漕ぎ用皮軍手より分厚い物です、1000円以上したような気がしますが我が家にはもちろんひとつ置いてあります。
これをしていてもガードされるのは手と手首、腕の一部といった感じで"ゆずの収穫"は大変な作業になります。
ニュースで京都の水尾のゆず取りをやっていましたが同じ革軍手をしていてほほえんでしまいました。フランス人でつるつるはげ(自分もそうですが)のパティシエが脚立にのってゆず取りをしていましたが、枝の中に腕をつっこんでさぞいたかっただろうと察します。
当然顔や眼には厳重な保護・注意が要求されます。
というわけで今年も少しずつもぎながら革をすり、冷凍にして来夏のゆず豆腐の手番を待っています。もちろん"旬"の出番も、今現在あるわけです。
ゆず自体を夏に収穫するわけではないので、季節を壊している"象徴"ともいえるいちごとは"格"が違うと思います。
ところで、皮をすったゆずの中身はどうするのということですがただ捨てているのが我が家でした。パートの田近さんがいたころはポン酢を作るというのであげていたのですが・・・。
今年はポン酢を作ってみようかなと・・・、調べてみますね。

あさって雨なのであした相当がんばらないといけませんね。

2015年11月24日火曜日

久しぶりに

「過労感」感じる午後の農作業でした。
これにて自園の"四反畑"一枚が刈り取り完了となりました。
"即脱"ではなく刈り取り・持ち帰り・天日干しということなのでやっかいなのです。
こうしてキーボードを打っていても睡魔が・・・。
きょうはよく眠れるかな。
ここ何日か眠れない日が続いたので・・・・。
それにしても刈り取り作業中に一品種の場所に株の様子、さやの色が顕著に違う物が混じっていると・・・しかも全体に少しずつ散らばっていたりすると「変異かな?」と喜んでしまう物です。
異品種の掛け合わせの知識・技術のなかったころは、こうして"変異"を増やしてその特性の善し悪しを見極め増やし・後代へ伝達していったものです。
これを思うと自分のやっていることはずいぶんとクラシックなことだなと悲観するやらあるいは正反対にこころ踊らせていたりするのです。

いまになって「農学部を出ていれば・・・」なんて考えがふと脳裏をよぎることがあるのですが、農学部を出ていたら逆に"農"はやっていなかったろうなと思います。
東大農学部を出て"農"をやっているひとなんて自分の関係者ではひとりもいませんね。
50前後からのスタートを卑屈に考えたくなる時もあるのですが、マイナス思考はやめてとにかくいまを楽しんでいればいいかなと思います。
それで突然死んだらそれはそれでいいのじゃないの・・・。

2015年11月21日土曜日

おとといだったろうか

白鳳の「猫だまし」に苦言を呈していた北の湖親方が亡くなった。
突然・・・のようだけれども、がんー多臓器不全、という死因からすれば末期の末期を使命感・責任感から休むことせず九州場所に臨んでいたのでしょう。
北の湖、輪島、千代の富士・・・強かったですねえ。
ほぼ同年代の元横綱、それもほんもののお相撲さんが亡くなったことに大きなさびしさを覚えます。
多臓器不全、・・・この言葉にも聞いていられない苦しさを感じます。
現実にこれを見て、看取った経験のあるものには耐えられない響きの言葉です。
・・・・・・・。
北の湖、安らかに眠ってくださいね。



2015年11月20日金曜日

もーれつに

忙しくてブログ更新もままなりません・・・というより時間ああるのでしょうが気力がなくなってしまうのでしょうか。
残すところ3反つまり全部の1/5くらいでしょうか。
これがなかなか片付かない。
無降雨の時間が3日程度しか続かない。
手で刈って乾すしかない。

最初期に蒔いた畑の3/5が早く蒔きすぎによる「ほきる=呆きる、つるぼけ」状態でいまだに若葉の色の葉っぱの部分があります。
そして10月になっても花が咲いていたわけですがさすがいまではいちおうぺったんこ枝豆になっています。
気温あがらず、日没早しで日に日に受け取るエネルギーも減る一方とくればもうさやもふくらみきれず霜が降りる頃には生育終了となり「枯れる」方向に向かうことになります。
こんなふうにことしは(も)さまざまな現象に遭遇でき勉強の成果は大きかったと思います。
「家の歩みの力となりて」転じて「国のあゆみの力となりて」になるんですけれどもね。
だれもばかにして相手にはしてくれません。
まあ、自分の興味にひかれるままにやっていけばいいものと感じます。
こころざしは個人的、家的な枠のなかに収まる程度でいいでしょう。

縁側には来年のタネ増産のための今年収穫「選別済み」タネがいまのところ30種くらいはあるでしょうか。
かわいいなあ。
もっと枝豆で食えばよかったなあ。

2015年11月15日日曜日

きのうは永福町の

大圓寺の向かいにあるSonoriumというちいさなしかししっかりとしたホールで打田瑠美さんのコンサートに行ってきました。
30年前からの伴侶であるドボルザーク「ジプシーの歌」やファリャの「七つのスペイン民謡」を衰えることのない美声で聞かせていただきうれしくなりました。辻啓一さんの歌曲もそもそもがとぎすまされた言葉と音の組み合わせになるものでどきどきしてしまいました、ピアノ・パートがすばらしく気合いたっぷりの寺内義明さんの演奏に脱帽です。
ファリャの七つのスペイン民謡はいつもはピアノだけあるいはギターだけの伴奏だったような気がするのですが、ヴァイオリンを入れてのトリオ演奏が新鮮で目が覚めました。
ちょこちょこっとヴァイオリンが入ったむこの日のコンサート、とてもアクセントが利いていてきりっとしていました。
おもしろかったです。
宇津木さんという女性の演奏者ですが所沢在住ということでした。
ソフトボールの宇津木さんはたしか川越だつたと思いますが、高校の同級生にも宇津木君というのがいました。
ヴァイオリンの独奏もしくはこういったメリハリのきいた組み合わせにはあまり縁がなくさわやかなコンサートとなりました。
ここのところベートーベンの弦楽四重奏全曲を数ヶ月間、そればっかし聞いていますが、きのうのメリハリはどきどきしたものです。
逆にベートーベンの窮極が弦楽四重奏にあることもうなづけるようになってきました。


さてさて、畑は大変です。
畑で即脱穀のためには雨の降らない状態が一週間は続かないといけません。
ここのところのお天気はいかがなものでしょうか。
3、4日ごとに雨。
たまったものではありません。
しかし待ってもいられません。
刈り取って屋根の下で乾しとくしかありません。
でもこれがほんとは一番いい方法なのです、ただしべらぼうに干し場が必要になります。
乾いた物をちょくちょく電気の脱穀機で脱穀していくしかありません。
それ山積みしたものはほぼ毎日、蒸れてかびないように動かしてやらないといけません。
面倒この上ないのです。


BS-NHK3の『フォイルの事件簿Foyle's War』がおもしろくて楽しんでいます。
モース警部にはかなわないですが戦時の犯罪という特殊状況の刑事物で異色です。

2015年11月10日火曜日

土・日と畑ができず

体は休まっているものと思っていましたが月曜日の朝は起き上がりがやや苦痛でした。
ひと月前に起き上がれなかったときよりはましでしたがとてもいたかったです。
休んだとはいっても畑に出ないと言うだけのことであって、家で電気動力の脱穀機で脱穀していました。その疲れでしょうか。
月曜夜、整体。
背骨の下から3,4番目。
肩のあたりの背骨の右側。
どちらも右寄りに筋肉が固くなっているとのことで、先生にはよく揉んでいただきました。
・・・きょうは調子いいです。
自分でなにがしか調製できるといいのですがね。

きょうは時間をみて、脱穀の後選別もやりました。
極早生で混入のまず考えられない極小品種にたくさん変異種と思われるものがみつかりうれしかったです。
厳密を期すために来年はきょうきちんと分けたものから変異が発生するか否かを確認したら国に報告しようかと思います。
自分のやっているのは江戸時代の本草学の特定狭小分野研究にすぎませんが楽しさこの上ありません。組み替えなど人間がしなくても雲の上の方がちょっくらいじってくれてるようです。
変異とは決して"突然"のことではなく、ある少ない確率のもとに確実に起こる遺伝子伝達の"規則的"エラーのことです。
変異が起きるたんびに違ったものができるわけではなく、ちゃんと同じものが出てくるのです。
一種から2種程度発生するのは普通のことです。
芽の色の違い。
きょうなどは極小からサトウイラズみたいな大粒/青黒芽などが出てきていてうれしくなりました。
来年も楽しみです。

2015年11月7日土曜日

自分は子供の頃から

走るのが苦手で、短距離・長距離ともに恐怖の"体育"でした。
クラブ活動ののっけにはどんなクラブでもグラウンド何周なんてのから始まるわけでしたが、そんなものすら大儀でした。

そもそも"運動エリート"といわれる生徒とはまず「足が速い→野球部」というのが45年前の社会通念であったように思えます。
足ののろいのはだいたいバレーボールとかテニスとかバスケとか・・・球技・・・自分のように。
サッカーなんてものはまだ無いもしくは始まったばかり。陸上部なんてのは無く、だいたい各部のエリート・・・ほとんどは野球部のエリートが突然戦隊編成されて連合運動会へ、といった感じで選ばれていました。
高校ともなるとそうでもないですが。

てなわけで時々マラソン、しかも高校の2年か3年の時にやった東松山当たりから川越まで川の土手を走るという恒例行事を、時々夢に見るのです。学校出てからずーっとです。トラウマの裏返しでしょうか、いつも上位入賞するのです。
これ、なんなんでしょうね。
駆け足というと小学校では6人編成くらいでいつも下から2番というのが定位置。
中学校以上では、そもそも"走る"競技には出られないというのが運動会でした。
わが運動会はいつも砲丸投げでした。・・・あとパン食い競争だけかな。

来週はさいたま市で大きなマラソン大会。
東京マラソンにも匹敵するのでしょうか。
トレーニングして「おまえも出てみたら・・・」と母の天の声。
母は頭も良く、棒高跳びの選手で、絵も上手な活発な女性でした。妹も足は速い。
とろいのはだれに似たのでしょうかね。
友人がさいたま市のマラソンに出るということです。
がんばってね、現場応援にはいけないですけど遠くから応援しますね。

2015年11月6日金曜日

あしたからややお天気が

あやしくなりそうです。
ぽかぽかの陽気で半袖にて夕方まで通しで、脱穀しました。
うーむ、まだまだたくさん残ってる。
刈り払い機、キャタピラー付き脱穀機という方法だと3時間程度の農作業で80-90キロ程度の脱穀が限度のようです。
用事は多いしまいりましたね。
一度降られると降った後降らない日が3日程度は続いてくれないと脱穀機にはかけられません、汚粒となります。
いいタイミング、それ行け・・・でいっぺんにやってしまうコンバインが一番いいんですけれどもね。

未成年の郵便局員が、マイナンバー通知の書留を留守だった家庭に再度やってくるのが面倒になり自分ではんこを押して現物はおいてきてしまった、というニュースがありました。
書留は重要郵便物に対して使われる方法ですが、いくたんびに留守だとこういう気持ちになってしまうものと思われます。
宅配の時間指定も同じで時間指定してあるのにいつも留守、という家があるようでこういった留守宅への配達物についてのサービスを考え直すべきだと思います。
配達員は郵便局の場合残業代がつかないそうです。宅配の場合は走って仕事しているのをよくみかけます。夜9時でも配達している。
明らかに配達員に対して過酷な労働を強い、ストレスを増強していると考えられます。
こんなサービスを「売り」にしてしまった"競争"そのものがおかしいと思います。
留守2回続いたらあとは取りにこさせればよい。
エコはこういうところでも意識すべきだと思います。
時間に追われた配達は危険でもありますよね。

2015年11月4日水曜日

ちょいと忙しすぎて

ブログも滞りがちです。
きょうキャタピラー付き脱穀機をいとこの所に運んでもらいました。
あしたで晴れが3日目なのでどうかなー、まだはやいかな。


きのうは恒例の入間基地航空ショーで、畑の刈り取りをしながらブルーインパルスの曲芸を楽しめました。特にハートを矢が射貫いたり、星形模様を描いたりと楽しい演技でした。
けさあるところに配達していて駐車場から北東へ向かって煙りをはきながら低空飛行をしている飛行機が見られましたが「まさか墜落?」と思っていたところそばにいたひとが、きのうの色煙の残りをはき出しながら仙台へ向かっているんだよ、と教えてくれました。
東北の部隊が出張して演技していたということです。


ごごお店にたっているとまたまたなつかしかったり、知らないんだけれどもうれしいお客様が何人かいらっしゃいました。
PTAをやっていたときの副会長だったOさんはスマートになりチャーミングになりました。話も・・・・やっぱしこういうしゃべりのできる女性がいいなあ、・・・これは差別ではないよ。
もひとりは父のころからのお客様のようで、物腰低くあたたかくうれしくなってしまいました。家業の継続に対するプレゼントみたいでした。
とはいいながら景気は相変わらずどうしようもないようです。
建設業がいいようですが。
杭の一本や二本くらい・・・・・・・、ですか。

2015年10月29日木曜日

天気予報ほどには

ピーカンになれなかった一日でしょうか。
午前中はぱらぱらと降ってきたりもしました。
夜中に降っていたようですが、きのう午後いろんなもの・・・外で乾していた・・・を脱穀してしまい正解だったようです。

アサヒ建材ばかりでなく土建業界全体が手抜き工事で揺れ動いているようです。
土建屋とは契約があってないようなものだとはおおむね予想がついていて、ほんとうにいくらかかるの?というのが全く見当のつかない世界のようです。いくらでも手抜きができる。

食べ物とか自動車、家電製品といったものは不具合があったり異様に早く壊れればすぐクレームがつく。
大きな地震でも来ない限り手抜きはばれない建築物というものはあの手この手でどうにでももうけられてしまうのでしょうか。
こういった企業がつぶれるということは絶対になく、商店街のお店でちょっとした不祥事でも起こればすぐ倒産・路頭に迷うということを考えれば「社会的影響力、多人数への影響」ということばは"大きな会社・組織にとっての"水戸黄門の印籠みたく効力の大きなまさかのときのなんとかさん、のようです。

おおきな組織に入ること、これしか時代を生き抜くすべはないのでしょうかね。
猫もしゃくしも大きな組織へ志向・・・99パーセントは落ちこぼれる。
文化とは多様性そのものといいながら世の中は大きなものにまかれて安心、という方向へ方向へ・・・。安心・安定志向。
多様性とはすなわち少数の集まりのはず。
"グローバリズム"・"都会へ都会へ""大きなものに抱かれて安心"なんていなかものの思考に反省がせまられるのはいつのことになるのでしょうかね。

ごごお店。
帰りに畑へ、刈り取り・・・一時間しかできませんでした。でもやらないよりはまし。

2015年10月22日木曜日

刈り取り仕事の

せいでしょうか、腰がやや痛くなってきました。
来週は整体なので背骨・背中について先生にいろいろと言われそうです。

ここのところ"タグ"について少し勉強しましたが、インターネットの画面を成立させる裏のしかけ・規則は大変なものなんですね。
その成り立ち、についてなんにも知らないで画面に自分の書いたものが普通の紙に文字を書くように映し出されるのをなんの感慨もなく見てきた自分がバカに見えました。
最初の"法律"を作ったのはどういう方なのでしょうかね。
ビル・ゲイツたちなんですか。

こうしてブログの投稿画面にただ文字を打ち込んでいる自分はなんなのよと考えてしまいました。
裏のしくみをしらないで、当たり前ととらえていることが現実社会にはあまりにも多すぎますね。
知らなくても生きてはいけるのですが・・・。

2015年10月21日水曜日

今日は

たっぷりと時間があったので刈り取りに励みました。
準メインの品種です。
まもなくあらゆるものが"できあがり"の様相を呈して来ますので、やや早めのものを刈り取り家の干し場で乾燥させます。ほおっておくと蒸れてかびてしまいますので毎日ひっくり返してやらなければなりません。

枝豆も適期のものは数少なくなりややさびしくなりました。また来年まで待たねばなりません。しかしこの"刹那"がいいのでしょうね。さまざまな品種を蒔いてあるおかげで9月の20日頃からなのでひと月プラスαということでしょうか。
このように大豆本来の枝豆はビールのもっとも飲まれる時期とは少しずれています。
でも8月に枝豆を食べよう、という考え自体が大豆本来の生育からしたら間違っていることなのです。
8月の枝豆・・・超早生(わせ)大豆。本来こんなに早いものはそうはなかったはずです。
長く畑にのっかっているほうがほんとは旨いのです。
作物はおおむね早生はおいしくないものです。

2015年10月16日金曜日

数日前には

今日も入れてずーっと晴れか曇りのマークが出ていたと思いますが、朝から雨となってしまいました。あしたも雨でしょうか。

きのうまでにおおかたの極早生・極小品種は脱穀が完了してしまいました。
特にやや量の多いものはすくに終わってしまいます。
ガソリン・エンジン駆動の脱穀機は家庭用電源モーター駆動で3時間もかかるものも30分くらいで終わってしまうでしょうかね。ただしロスが少し出てしまいますがね・・・。

刈り取りは例年のごとく枝豆状態完了後の葉っぱが黄色・落葉してしまったものあるいはさや自体が黒までいかなくても黄色化してきたものは時間が許す限り刈ってしまっています、植木屋さんの剪定ばさみ使用です・・・これが切れ心地が良く快適な気分となれます。
いいはさみ、・・・いいですね。
乾燥はやっかいごとで毎日動かし、蒸れ・かびないようにしてやります。
まもなくすべての畑がいっせいに黄色化しさらに落葉、さやはカラカラ音の状態に、さらにはじけてロスが出始めます。
毎年"頭に来る"場面があるわけですが、人手不足じゃしかたがないですね。

No Great Mischiefを原文で読んでいますが畑が忙しいのと体の疲れで1/5くらいのところまで進んでは中断、の繰り返しが3,4回あったでしょうか。
本を読む力が弱ってきてるのでしょうか。
今年読んだ本はまだ7冊くらいでしょうか。
原文で読んだのはまだ2冊で、マクラウドのこの本が3冊目になれるかどうかは疑問ですかね。
辞書はコンピューター用語などの載っていない古いものを使っていますが三省堂のVest Pocketというコンサイス・シリーズよりさらに薄くてちいさい"名著"ですが総革装の昭和46年発行の辞書も表紙のエッジの革ははがれ表紙と本体は分離、といった哀れな状態になっていますがおそらく自分にとっては終生の伴侶となることでしょう。
棺に入れて・・・、いやいやこれは遺品にしてもらいましょうね。

2015年10月12日月曜日

きょうは整体の日。

夜なので、しかも祭日なので、車はやめて電車で行きました。
それに先立つこと畑で枝豆をいろいろともいで浦和の友人におみやげとしました。
あれもこれも適期で目移りしてしまいましたがうまそうなのを選んでみました。

きょうの施術は背骨の上の方・・・かたのすぐ下あたりが固くなっていたようで押されるといたかったです。
頸椎の周辺までもみほぐしてもらい気持ちのいい状態で帰宅となりました。

連休最終日というのは普通あまり売り上げがのびないものですが、きょうはどこもよく売れたようです、やれやれ。

2015年10月11日日曜日

日野正平が

きょうは岡山県・津山市を走っていました。
津山という名前は行ったこともないくせに妙になつかしい響きをもっています。
それは43年前に受験で泊まった相部屋で話が合ってさんざんおしゃべりしたひと2人が津山高校の出身だからです。
ほんとにそのときだけの縁でしたが記憶にしっかりと刻まれている2人です。
山川の教科書をひっしに眺めていたのを記憶しています。
津山というのは埼玉でいうと川越みたいなイメージをいだいていましたが、観光ずれしてない昔のまんまの街道すじの家並みを走っている日野正平の姿ががとてもよかったです。
広島県には何度も行ってはいるものの岡山県には岡山駅で一度降りたというだけの経験しかありません。
そういえば大昔『しゃーけー大ちゃん』というテレビ番組を楽しく見ていたことを思い出しました。
そやけー、じゃけん、じゃきにー・・・とかいった言葉と親戚なのでしょうか。
中国地方の内陸部は自転車で走ってみたい思いでいっぱいです。
ひとつだけ岡山県とつながっているのがありました。
岡山の赤大豆、もち大豆・・・岡山農業試験場由来、大野在来・・・ジーンバンク(広島だったかな?)たちです。
所沢でもよく育っています。

午後雨が止んだとはいうものの、地面は濡れているので畑は無理と言うことで、少量品種でおおむね乾いているものを脱穀しました。
さらにおけにだいぶ前から逆さまにつっこんでおいたごまを整理しました。
おけの底にはごまがたまってはいるのですが、たったこれしかとれないのといった感じです。
メッシュを使ってゴミ掃除するのですが最終的にはやはりごまだけ、ということは無理で葉っぱのこなごなになったごみがメインでその他のちいさいものも混じっています。
これ、どうやってとるんでしょうね。
息を強く吹きかけるとごまも容器からとびだします。
水をくぐらせる云々を聴いたことがあるのですが、すぐにふやけて発芽態勢に入ってしまうのではないのかしら、・・・・・大豆は水分禁物です。
ごまを売る、なんてレベルはとても想像もできない世界です。
みなさんどうやっているんでしょうね。
自家用ならば葉っぱのこなごな、は食べてしまえばいいのですが泥とか細かい砂となるとやっかいです。そもそもおけにつっこむ段階できれいにしておくことが肝要なのかしらね。





2015年10月7日水曜日

ノーベル賞大量生産国に・・・。

朝からなんとなくうきうきとしていて
落ち着きません。
自分に関係ないとはいえ、母校の五年下の卒業生がノーベル賞の受賞に決まりました。
しかも小柴さんの系列・・・ということは大好きな湯川秀樹の孫孫弟子くらいでしょうか、基礎科学の理論物理学での受賞ということになおさら感銘を受けました。
学問もカネがかかることはたしか、しかも成功の可能性がきわめて低くてもやってみなければわからない、仮にわかったとしてもすぐにカネになるわけでもない。
学問もカネまみれの現況。
商売になる学問ばかりおおはやりでキャッシュもフローする。
そういうカネとは無縁の、純粋な興味・好奇心の学徒が存在できえたこの日本国という国に少なからず安堵しました。
しかも都内の進学校ー東大、というカネ食い学徒からは遠く離れた田舎ののんびり校から出たことがとてもうれしかったです。
少なくとも高校卒までは"進学"の合否ばかりにすべてを集中せざるをえないこの国の青春ということを考えると、文部省が教育システムをどんなにいじってみたところでほんとにすぐれた人材とはそんなものから超越したレールの上を歩き・走っているような気がします。
教育システムで利得を得るものも損をするものもそもそもが"悪い意味での単なるバカ"なのかもしれませんね。
結局自分で自分を教育する、学び続けられる、すぐれた師匠とのわずかな接点を大切にする・・・大切なことはこういったことにつきるのかもしれません。
宝は先人の残した書物、自分が体験した経験と認識し得た経験則、対象に対する謙虚さ・好奇心・簡単にあきらめない気持ち・・・。

国が考えるシステムなどはおおむね嘘だと思った方がいい。

昨今のこうした学業の成果を出しているのは戦後の旧制高校以後のひとたちの業績ですが
あの受験地獄といわれた60、70年代の悪環境のなかにあってもこうしてすくすくと育った逸材が世界中で活躍し評価されていることには敬意を表しなければならないでしょう。
東大生ひとり卒業するまでにいったいいくらの税金が使われるのかわかりませんが、もっと補助金配布の基準を厳しくすべきだと思います。
そして成果がすぐにあがってカネに直結するような分野にばかり大量の税金を使うことの是非を考え直すべきだと思います。
ただの遊びだとさげすまされやすい基礎学問をもっと大切にはぐくんでいくべきだと思います。
税金の無駄遣いが多すぎるのです。

2015年10月3日土曜日

午後お店に出ていると

昔イベント等でいろいろ共同作業をしていたガールスカウトのOGが91歳のお母さんをつれて買い物にきました。
やや腰が曲がってはいるもののしっかりとしたお話もするし、眼はくりくりと娘同様かわいさこの上ありませんでした。
こういった親孝行はもう私にはできません。
ぼんくらはぼんくららしく家を守っていくしかないのですが、なるようにしかならないという逃げ口上で自分をごまかすしかないようです。

きのうの品種の混入を横になりながら考えたのですが、極早生というものはほかの品種にぬきんでて葉っぱが黄色くなり落葉しできあがって刈り取りとなるわけですから、そのシーズン最初の収穫となります。
この時点で混入はありえないということになります。
脱穀機のすみにわずか残っていたものがまじっていても常温状態保存でまず翌々年に発芽することはまずありません。
この品種は7,8年継続播種の品種ですが蒔いたものは選別機導入以前の手選別によるものなのでいっそう種の継続の正当性は保証されているものと考えます。
つまり変異と考えていいとおもうのですが・・・。
とにもかくにもいちおう純タネコーナーにてきちんと蒔いてみるつもりです。

自園の一枚を見回ってきましたが珍品たちはおおむね枝豆適ですが、まだ若干ぺったんこのものもありました。
巨大粒の出る品種はまだまだです。
なんと家の裏ではまったくだめ、いとこのところでも去年虫食い多しだった柏崎市在来のサカナ豆が虫食い少なく枝豆8分適といった感じです、すこしもいできました。
これはうまい豆で枝豆はだだちゃ豆の香りを少し弱めにしなおかつあまーいほんわかな香りとなっていて上品な香り・味となっています。ちょうど根曲がり竹のたけのこを皮付きで焼いたときのいい香りのイメージです。
サカナとは"肴"のことだそうです。

2015年10月2日金曜日

4車線反対側の極小を

刈り取りました。
やはりやや遅すぎでだいぶこぼれてしまった株もありました。
本来は白い花であるにもかかわらず、蒔いたものを実際観察していると紫花もありました。
刈り取る段階でさやがこげ茶とうすい茶色の2種あることに気づきました。
いちぶきちんと区別して来年厳密に区分けして栽培してみようと思います。
さらにこのタネの範囲内にはもう一種、まだ青々しているやや大振りでさやもおおきめなものが散見されました。
刈って乾してタネをとろうと思います。
結局この品種の範囲内には3種類の株があることになりますが、ジーンバンクより配布後初年度にこういうことがおきたかどうかは気をつけて観察していませんでした。
来年は3種類全部厳密栽培して、白い花のなかに紫花等や中・大粒が発生するかいなか、あるいは紫花や中・大粒から自分と異なったものが発生するかいなかきちんと観察しようと思います。
場合によっては単なる混入となりますが、同じ極小同士の白花・紫花同時発生なのでたぶんこの2つは変異関係かと考えられます。
思えば小川町の青山在来は、タネはほぼ同じ風体なのに株の花が白花と紫花があります。そしてこのどちらで豆腐を作っても同じような味になります。
青山在来自体がそもそもこうした2色の株を発生させるものなのか、あるいはそもそも紫一色だったところに、青皮中黄色のひんしゅということで行田在来や小糸在来を外から導入してごちゃごちゃにしてしまったのか、けっきょくその辺のところの真偽はわからないまんまうやむや状態で"先祖伝来"ということにしてしまうのでしょうかね。

2015年10月1日木曜日

ことしの金木犀はたしか15日

くらいに咲き始めたと記憶していますが、これは長いスパンでみると平年並みで、昨今はどんどん後ろのほうへずれていきおととしはたしか10月に入ってからのような気がします。
我が畑のことだけなのかどうか確認してないのでよそのことはまだわかりませんが、ことしの大豆は2週間程度進行がはやいようです。
もうひとつの極小を刈り取りにでかけようとすると霧雨、さらに小雨・・・中止。
しかたなく屋敷裏のひいらぎ生け垣に隣の家の家庭菜園からはってきたやっかいな"やぶ枯らし"を取り除く。
成長しきったこいつはやっかいなしろもので、とげがズボンや長袖にささってまいってしまいます。特に下はオーバーズボンをはいているのにもかかわらず、その下のズボン本体にまでほそーいとげがすり抜けてささっている始末。
この蔓草は根っこの上を切っただけではだめで引っこ抜いてからしてしまうしかありません。
切っただけでは越年して来年も蔓がでてきてしまいます。
ちいさい木では、種類によってはほんとに枯れてしまいます。

夕方少し読書。
やはりふだんからしてないと長続きしませんね。
これも良き習慣のひとつにしなければなりません、お散歩と同じです。
さてさて今日はこれから大荒れになるとのことなので、先日刈り取ってきてパレットの上で乾燥している極小大豆に雨がかからないようにブルーシートをかぶせておきました、上は線路ですが横から吹き付ける雨ではたまったものではありません。

2015年9月30日水曜日

きのうは健康診断。

尿酸値が少し下がり中性脂肪等要注意項目の数字は枠におさまりました。
常にこの状態にたもつのが大事なことなのですが良くなったり悪くなったりの自分のだらしなさにあきれます。

弦楽四重奏に代表される「弦楽だけのアンサンブル」にはやや抵抗があり入門期は別として、この年齢になるまでそんなに聴いてこなかったのがここに来てベートーベンの全集を何回転も聴いています。
ゲヴァントハウスのカルテットで聴いていますが値段が安かったと言うだけのことです。
そのメンバー中にSusukeという名前が出てきているのであの有名なヴァイオリニストのズスケかなと首をひねりましたが顔写真が新しさを感じさせる写真であるにもかかわらず"若人"の顔をしていたので、子供か親戚かなと思いました。
関係ないのかしらね。
"いわゆる"ズスケはズスケ・カルテットやソロ、ぴあの・トリオの名演を出しているので世間周知の名ヴァイオリニストですが、その事実とは関係なくこの廉価版の東ドイツの名門オケ/ゲヴァントハウスの名手たちによってくまれたカルテットはいい演奏をしています。
なぜ自分が弦楽だけの合奏がどうにもこうにもなじめなかったのかをここ何日か考えてみたのですが、"音"の等質性にどうやら軍配があがりそうな気配がします。
世の中のひとはどう感じているのでしょうか。
ベートーベンの弦楽四重奏は特にその内省的な想いを感じさせる弦のひびきに、深さだとか哲学的だとか"人生"だとかを重ね合わせて考えるようし向けられた音楽評論にしばられてきたような感じがするのですが、弦だけの響きの渋さは自然とそういう方向にひとの思索を追い込むように自分にも感じられます。
現にピアノ一台入っただけで雰囲気はがらりと変わります。
オケはさらに。
なんなんでしょうかね。
めりはり、アクセント、"意識の目覚めさせ"、眠たくなりかけを"はっと"させる・・・。

弦楽四重奏、特にベートーベンのものはおとなの音楽ということで昔から"気取り屋"さんはたくさんいました。
いまこうして"老いて"しまった自分が突然かの曲立ちを欲しているのはどういったことなのでしょうか。
別に哲学ではありません。
単なる好奇心でもないでしょう。
なんなんでしょうか。

このことを考えるとバルトークに顕著である現代の弦楽四重奏はベートーベンとはだいぶちがっているように思われます。
等質性を保持しながらも弦じゃないものを取り込んだりの作為がたくさんありますが、それらははじめはおもしろいのですがすぐあきてしまいます。次回は10年くらいたってから聴きたいなんて思ってしまいます。

ハイドンだとオーソドックスそのもの。
やはりベートーベンのすごさにはおどろかされます。
モーツァルトが神の申し子という評価をされるのにはやや頷けないところがあるのですが、ベートーベンは後にも先にもあらわれずしかもあとのにも先のにもちらちらと顔を覗かせています。
世界にはさまざまな音楽がありますが、1000年経っても音文化の金字塔は"洋楽"にかわりはないと思います。
その洋楽のセンターにベートーベンがいます。
グレゴリアン・チャント、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ショパン、ブルックナー、マーラー、ストラビンスキー、バルトーク・・・ではない。
ベートーベンのなかにすべて含まれている。

あしたはもうひとつの極少品種刈り取りと生きましょうかね。
極大、大粒はありふれているものの、極小は納豆屋さんがちまなこになってさがしているもので価格もきわめて高く、品種名はあかせませんが虫に弱いものが多く今回の2品種はひょっとしたらお宝かもしれません。
いずれは納豆も作りたいのですが自分の代にそれが可能かどうかは疑問とするところです。
片方は枝豆もうまかったです。

2015年9月26日土曜日

きょうはこれから

お店なのでほとんどなにもできません。
畑は極早生のものを3日前に刈り取ったまんま。
きのうの雨でだいぶ落ちてしまったかもしれません。
おもしろいことにこの極早生のとなりはナカセンナリで、これは中生(なかて、と読みます)、ボディは呆きてやや"つる化"しかけていますが、少ない数の花をいまごろになってだらだらとあとからあとから咲かせています。
早く蒔き過ぎもあるのですがどちらかというと栄養過多のほうがおおきな原因といえましょう。

お彼岸の時にいとこのところを眺めてみるとあっという間に"枝豆適"になっていました。
あさって健康診断なのでそれが過ぎるまで食べることはできませんが、なんとも今年は速いピッチできあがっていくようです。
9月の雨でどんどんふくれていくのでしょうね。
歌の文句とは反対に9月のあたたかい雨でしっかりといのちの歩みをすすめているのでしょう。

2015年9月21日月曜日

30-40年ブリだろうか、

五家宝を食べました。
コーヒーにはややかわいそうかなという感じで、これはお茶。
なつかしいというか、記憶にまったく残っていない味でした。
おいしかったです。
そこいらで買えてしまう時代になってしまったんですね。

3時まで彼岸来客のため、畑中止。
3時半よりMBT。
柳瀬川回廊、英インター(柳瀬川と川越街道の交点)、野火止交差点、平林寺野火止用水遊歩道、物納農地(つまり"国有地")だらけの裏街道、志木街道、自宅と21400歩。使ったお金160円/500㏄のお茶のみ。
きょうは午前一時に目覚めたまんま寝ていないのでやや疲れたようです。
あしたは親戚廻りか畑かどっちにしようか迷っています。

川の土手を歩いていて、夏草のしげりがよすぎて歩きづらかったです。
つまりきれいに踏み倒された草の上ならいいのですが、踏みつけられた雑草たちは麦同様すぐに立ち上がり元気に育ってしまうのです。
踏み跡はとてせまくBMTのぷにゅぷにゅした幅広の靴ではちょいと困難を感じました。
この靴はコンクリやアスファルト上の歩行を想定して作られたものと推定しました。

2015年9月20日日曜日

敬老の日と

お彼岸がくっついて訳のわからぬ連休です。
迷惑している労働者もたくさんいます。

きょうもお店で疲れましたが、帰りはMBT。
きのうよりもひとつ外側を回り込んでコースをつくりました。
農産物直売所で買ったふじみの市のラスクがおいしかったです、五家宝も買いました。
4車線道路に入りわが大豆畑を見たら、黄色い葉が落ちさやが焦げ茶になっている部分がありました。あしたは刈り取りになるでしょう。
家に着くと15000歩ぴったし、19時になっていました。
やや筋肉痛であるのを感じます。
寝るときにつりそうな気配がします。

距離が伸びるにつれて歩き方を意識しなくなるのでかなりひどい歩き方になっているのかと心配です。時々思い出しては土踏まずに着地の衝撃がくるようにと注意しています。

2015年9月19日土曜日

集中的な

草むしりをするところは無くなり、あとはときどき見回りして大きい草(あかざとかめひしば・おひしば、イネ科のおおきなもの等)を引っこ抜く程度、そしてヨトウムシの幼虫のはやけたての葉っぱ(遠くから見てもくろずんていてすぐわかる)を除去といったこと等をするわけですが、今までと比べたらだいぶ体は楽です。
ただしもう10日もしたら早生の刈り取りが始まるでしょうからうきうきともしてはいられないのですが。
きょうは午後お店。
帰りは所沢駅、航空公園、虚空記念館、登記所、ヤオコー北原、秩父学園、オートバックスというコースで自宅まで歩きました。
5/17に28000歩をやって以来の久しぶりでちょいと疲れました。
12200歩でした。
柳瀬川沿いを滝の城まで歩いて戻ってくるのと同じで数字はたいしたことはないのですが久々なのでつかれました。
MBTで初めてたくさんあるいたということになるのでしょうか。
見てくれる人もいないし、この程度では靴のすり減り方も出ないので歩き方が正しいのか悪いのか判定できません。
ひとついえる、いやいや2ついえることはふくらはぎのつっぱりが普通の運動靴のときみたいに顕著でないということです。つまり普通の靴だとふくらはぎがあたたまるまで異様につっぱって痛い感じがするのですがこのMBTだと無いということです。
もひとつは足の指が疲れるというか心地よい痛みを生じると言うことです。
整体の先生が足の指をもんでくれるととても心地よいのを感じますが、いまこうしてキーボードを打っているときそれと同じものを足の指に感じます。

きのうモンサントのビデオをyoutubeで見ましたがNHKがよくこんなもの取材したなと思いました。
モンサントについてはさまざまなひとが書かれているのでいまさら自分がいうことはないのですが、あえていうならかの社のポリシーのいやしさです。
遺伝子組み換えは医学の分野との絡みもあるのでいちがいに完全否定できる"論破力"を自分には持ち合わせはないのですが、自分なりに感じたことといえばかの社のこころざしのつまりアメリカ国のいやしさです。
つまり遺伝子組み換えで虫に強い、暑い・寒いに強い、日照不足に強い・・・といった研究をするのならまだえらいと思うのですが、自社のラウンドアップという除草剤に強い品種の開発という利益全部自社取り込みという姿が見苦しいのです。
自社のタネを買って蒔いてもらい、自社の除草剤を存分に使ってもらい、すくすくと成長させたくさん収穫(殺虫剤については聞いてませんが・・・)してもらう。
タネも買ってもらい、しかもf1で自家採取だめ、除草剤もたっぷりつかってもらい大もうけ、売り先はアメリカ以外の(アメリカから見た"劣等国・劣等人種たち")くにぐにのお客様に存分に食べてもらう。こういった食料もジャンクフードと彼らは考えています。

こいったのをのさばらせているのはおろかな各国政府と安物あさりの消費者です。
貧しきがゆえにそうせざるをえないというのが多くの後追い国たちですが、そんなもの買わなくてもいいものを少し買えばいいというライフ・スタイルなんか簡単にできるであろう日本国の消費者でも「食い物に高いカネを出すのはバカ」という考えが未だに大手を振っている状態ではアメリカのいいなりになるのはいたしかたのないことでしょう。
振り返れば大豆は戦後即関税のかからない商品となったわけですが、そんな中でも各地の農業試験場の研究員・民間の研究者が収集し生体保存してくれたことに非常に感謝しなければなりません。

モンサントは日本国内に実験農場をもっていると聞いていますが、こんなものを許してしまった代議士たちのおろかさをわたしたちはきちんと後世に伝えていかなければなりません。
法律で拒否できないんなら政治力で・・・・ということが国益にかかわることですらできないんですね。

2015年9月16日水曜日

晴れの続かない

お天気ですね。
涼しくて体を動かすにはかっこうの条件なはずですが、なまけぐせが出てきてしまいす。
発芽不良で草ぼうぼうの一枚をかきまぜ、はじに植えてあるごまを刈り取り、雑草を刈り払いました・・・草むしりではなく"草刈り"です。
蚊がひどく閉口しました。

さてテレビのニュースでモンブランの映像が出ました。
あのこんもりと氷のかぶさった頂上付近の氷が溶けてしまい、なんとモンブランは鋭鋒だということがわかりました。
そしてある氷河では氷河の内部が伏流の作用でしょうか、水がたまってしまいいつこれがバースとして土石流を起こしはしまいかと水を抜いたりの努力を下流の部落のひとたちが苦労している映像をみせてくれました。
東北の地震の後あんなに「節電、節電」といっていたものがいつのまにやらそんなものどこへやら。
あっちで快適なんだから、こちらも快適に・・・とみーんなもとの生活にもどってしまつています。
ecoなんて空念仏をとなえていても我が家の暮らしは文明の謳歌、というのが平均的な文明国の生活でしょう。
なるようにしかならないのが人間の歩み、というものでしょうかね。

ことしも不作でしょう。
売り上げは伸びないのに税率アップ、材料アップ。
かせげかせげ、と煽っている国はどういう感覚なのかしりませんが強制力に裏打ちされた税収が原資のお仕事は気楽な稼業というもんです。

2015年9月14日月曜日

一級河川の

管理者は・・・と考えると川越土木、というように県のようにも考えられますが氾濫したときの被害の原因・影響の広域性を考えるとどうみても国交省の管理かなとも考えられます。
テレビで頻繁に鬼怒川が決壊して避難指示を出さなかった責任を現場市長に押しつけていますが、上空からみた堤防の幅・厚みを考えると誰の目にも「決壊はまずあり得ない」と思ってしまうと考えてしまいます。
しかも頻繁に決壊が起きていた時代と違い、強固にしてからまったく決壊したことがないということになれば今回のような未・非対応というのは起こるべくして起こったのかなと考えてしますます。
決壊しない堤防は絶対無い、・・・これが真理なのでしょう。

このことから考えると国交省はほんとに無責任な役所なのかなと思います。
国の命令、各市町村の判断と瞬時の行動に出ないとどうしようもなくなってしまうということです。
今回もこの市長がいけにえになるだけ、のような気がしますが国交省大臣や総理はもっと緊張して欲しいです。マスコミもおもしろがってこの市長をつるしあげているだけのようです。

2015年9月13日日曜日

2時から6時まで、

映画の題名みたいですが、全部の畑を見回りました。
これに先立つこと朝8時に横山君とこの「里のほほえみ」品種の見学・栽培意見をしてきました。

いとこのところの珍品コーナーは枝豆適期のものが7品種程度あり食欲優先で5品種もいできました。
すほとんど中~大粒です。
その中で特筆すべきものが2つありました。
ひとつは埼玉県の極小で期待していませんでしたが、見事にそれが裏切られました。
"深い味"ということでは劣性に置かれますが、なんとも上品な甘みをもっているのです。
枝豆時期は豆の粒はかわいた大豆よりは当然のことながらおおきいので不満な点はありません。
毎年蒔いていながらいつもばかにしていたのと、比較的虫に弱いと言うことになっていたので枝豆にはしていませんでした。
うまかったです。

もうひとつは埼玉県ではありませんがみそ煮豆という豆です。
ゆでたては実にまずい。なんの味もしない。
しかしやや冷え出す頃から豊かな豆あじを感じさせてくれます。
甘みはたいしたことはないので、豆腐にしたときどうなるかむつかしいところですが、かわいた大豆の味もこの枝豆の味から推定される味であるならば高いレベルの職人の腕をもってすれば見事な豆腐となるに違いありません。
へたにつくれば陳腐きわまりない豆腐となるでしょう。
ちょうど京都のSや秩父のにせ白光のようになるものと思われます。

一枚の畑はまだ花期のものがあり背丈もややちいさいので雑草対策としてさくってきました。

2015年9月11日金曜日

大雨による

被災者・被災地のことを考えると大豆のことなんかを記述していくのがやや苦痛になるのですが・・・。
自園の見回りと草むしり。
長い雨で頭でっかちの大豆の株たちは倒伏したり折れたりといたいたしい様を見せていました。
強風と言われるほどのものは無かったと思いますが、意外と"折れて"しまっているものがたくさんありました。
折れ曲がっても"つながっていれば"ちいさいとはいえ収穫までにいたることもあり得るのですが、まずそんなには期待できません。
しかしまあ倒れたモノも収穫はしっかりとあるのでそこそことれるような気もします。
栃木や茨城の水に浸かってしまった畑や水田はもうだめかなと推定されますが、こちとらのこんな程度の被害を記述するのが恥ずかしくも申し訳なくも思われます。
多くは花期を過ぎてむぺったんことはいえさやがついているわけですが、枝豆までにはまだ2,3週間はかかるでしょうか。
いままで涼しかったせいかたいした気温でもないのにすぐにギブアップとなりました。
夕方の仕事もあるので気合いは入っていません。
蚊がものすごく、ネット付きの防止を忘れてしまっていたのも原因で早々と退散しました。

ところで毎日通る4車線脇の極小品種は葉っぱのいろが早くも黄色くなり始めました。
9月末には刈り取りとなることを願っています、2品種あります。

2015年9月7日月曜日

また台風が2つ

そろってやってくるようです。
秋雨前線は毎日のように居座ってじめじめのすずしい天気。
極端な夏ですね。
残暑は無いといったほうがいいでしょう、もう9月7日。
畑で草むしりをやると大豆と草がしめっていて下半身びしょぬれでどろだらけ。
専用の外洗濯機が欲しいです。
今でも二槽式のがホームセンターにはかの国製・かの国販売会社のものとして売っているそうです。

福岡の和田さんと先日電話しましたが福岡では大豆は今年もだめなようです。
いままでの台風の進路を見てみると中国・四国はひどいめにあっていると予想されます。
自分が仕事に就いてから3年連続不作というのは記憶にないのですが・・・。
来年もたぶん高騰するものと思われます。

こんな中で消費税10パーセントが確実と浮き足立っているのが国や代議士のかたたちかと思いますが、マイナンバー・カードで豆腐一丁買ったの買わないのまでカードで管理しようとしているようです。こんな買い物は口実で、すべての国民の財布を管理しようとしているのでしょうかね。
税理士・会計士・商業高校はまずもういらなくなってしまうのでしょうか。
申告の必要が無くなる。
カネの動きが現金・現金相当物品手渡し以外はすべて国のスーパーコンピューターが管理してしまう。
申告抜きで税金の納付書が送られてくることになるでしょうね。
税理士・会計士はまだ経営指導という仕事が残るので無くなることはないと思いますけど。

中東の争いは難民という形で爆発していることが毎日のように報道されています。
これでもうけている武器商人はにんまり。
人間はしまつにおえないくせ者です。
世界の人口は今どのくらいでしょうか。
人類の歴史とは芥川龍之介の蜘蛛の糸をよじのぼるもの、それを追いかけていこうとするものの姿みたく感じます。
いずれはぷつんと糸は切られすべてが終わりということになるしかないのでしょうかね。
先行する者のエゴ、後を追う者のわがまま、両者をとりもとうとする偽善者。
結局みんな終わっちゃうのかい。

それでもただひたすら大豆と豆腐を作っている自分はいったいなんなんでしょうかね。

ただたくさん売るだけ、というルーティーン製造業化している昔からの伝統産業。
陳腐化の極みともいえる目先だけの"売り"能書きの価格競争。
ただじーっと我慢してなるようになるのを待つしかないようです。
次の世代は大変ですね。
戦争と"次の破綻"との間にはさまった私たち戦後世代がいちばんいい時代だったと言われるのでしょう、皮肉を込めて。

2015年9月3日木曜日

昼過ぎ好機で

4車線両サイド草むしりとさくり。
今期一番最初に蒔いたここの片側のほんとに最初の品種はたくさん身をつけていて虫がいもさほどは心配ないようです。
6月15日くらいでしょうか。
極早生の極小でいい感じでなっています。
さつそく枝豆にともぎました。
8/28にもいだ道路の反対側の埼玉産在来種の極小より成り方がいい感じです。

それにしてもこの品種をはんぶん蒔いてあと普通のやや早生の中粒種をいくつか蒔いたりですがボディはいかにも健康そのものの育ち方で大きくなっているのにもかかわらず身は10個程度とか花がほとんど咲いていないといった感じなのには驚きです。このことに関する限りやはりこのほ場は栄養過多と思われます。・・・
それにもかかわらず極小のこのKはよくなっているので来年は全面これにしようと思います。
これに対して反対側は様子がまつたく違い、別の極小はなりがいいのはもちろんですが中生(なかて、と読みます)のものもよく花が咲いています。
いとこによると先のほうは畑にただ土をむもっただけ、後のほうは土をもったあと天地返しをしてあるとのことでした。

4車線をあとにして自園の3反の糸はずしと草むしり。
雨がぽつ゜つとしてきたので5時半で終了。

夕刊をみるとあのデザイナーのさらなる別件がのっていました。
そういうことのようです。

まあいずれにしてオリンピック自体が金満祭りになってしまっていてもうみたいとも思わなくなっていますけどね。

2015年9月2日水曜日

太陽を

みたのは何日ぶりでしょうかね。
それも朝からころころと変わるお天気の終点がお昼頃にやってきてからの光さんさんということです。
青ヶ島の山田さんが恒例の挨拶回り。
食事をしながら青ヶ島の四方山話は楽しかったです。
3時より6時まで久しぶりに暑い中での草むしり。
ここちいい汗を流せました。
仕事中エンデのモモの映画の音声だけ聞いていました。
なぜかというと映画の中で使われているひとつの旋律がきのうからしきりに耳に響いていたからです。
奇しくもオリンピックのエンブレムの盗作騒ぎ。
結局は撤回、しきり直し。
でも待てよ・・・・過去になにがしか関心をいだいたもの・研究したりしたものつて無意識にでてきちゃったりということが誰にもあると思うんですけれどもね。
でもこのデザイナーの仕事は今回だけでなく他の所でもいろいろと「そっくり」問題を起こしているようで「やはり、撤回すべき」というのが正しい判断でしょう。
工業デザイン、グラフィックアート、ポップアートなるものが芸術の範疇に入るのかどうか疑問に思いますが、「売れる、受ける」だけを念頭にしたものつくりに長く続き時代を超えた魅力を感じないのはいたしかたのないことなのかもしれません。
絵の歴史をみてもどちらかというと宮廷付属とかパトロンおかかえというのが主流であった時代が長く「あえて苦しい生活を選べ」というのも酷なのでしょうか。
でも、・・・なんですけどね。
見る側の責務・・・もっと真剣にものをみること、これしかないですね。
高倉 健がまさか田中一村にあっていたというのにはびっくりしました。
しかもいい話をしていた。

モモの中の旋律を聴いていてどこかで聞いたことがあるような気がするのですが思い出せません。
歌謡曲で4小節ぐらいの旋律がにているというので騒ぎがおきたことが昔あったような気がしますが、旋律こそ無意識にあたかも自分の創作であるかのように楽譜に書いてしまうことがあるのはいたしかたのないことのような気がします。
旋律がすべてという考え自体が未熟です。
全体として"新しければ"いいと思うのですが。
旋律は飽きるものです。
大切なのはそれをどうやつて変形・組み直してゆくか、ですがまあこれはあとからあとからその時代のクリエーターたちが楽しんでやっていくことと思われます。
無尽蔵の中身であるようで実はぐるぐると堂々めぐりをしているのが旋律オンリーの世界でしょうか。

2015年8月31日月曜日

悪(?)天候

のため畑はずーっとストップになっています。
にもかかわらず足が痙(けいれんの痙ですか?)ります。
熱中症でもないのにとどうして・・・と考えてみると、ああそうか涼しくなって水を飲まなくなったからかな?と推論しています。
飲みたくなくても飲まなければならないみたいですね。
尿酸値降下のためばかりではないようです。
それだけ"老化"というのは血流をどろどろにさせてしまうみたいで、きちんと対処していかなければならないのでしょうね。
土曜日は涼しい中のバーベキューでしたが話がはずみみなさん熱くなっていたようです。
それにしても"火"のもつ明るさとあたたかさにはなぜかほっとさせられるものがありますね。
人間はたき火が好きなのでしょう。

2015年8月22日土曜日

気をつけて

いるせいか腰が痛い場面は少なくなりました。
おとといは一日中足がつりそうになりましたがそのつどつらない位置を塩梅して足をなんとか動くようにしていました。
たぶん熱中症ではなく筋肉痛からの影響かなと思います・・・整体ではなく、草むしりの。

きょうは午後お店で4時半6時45分まで草刈り。
刈り払い機で畑への軽トラ進入路や畑全体の周辺域の草を刈り払い機でカット。安全ゴーグルは通気の穴がいくつも空いているにもかかわらず汗で水びだしになりました。こんなの初めてです。汗だくというより水びだしなのです。
それほど蒸していたのです。
梅雨時みたいな湿気続きでまいりましたね。
いろんな品種が花をつけるようになりました。

2015年8月19日水曜日

きのう夜

浦和の整体院に行ってきました。
一時間を超えるみつちり施術でいい気持ちになり眠くなってしまうほどでした。
たしかに、「いたい」場面が多いのですがカイロプラクティックほどではなく涙を流すほどの痛さはないのですが充実感というか疲労感というかとにかく「やったね」という感じで終了です。
あんなにいたかったのにまた「やつてもらいたい」というのが今朝の正直な感想です。
今朝は心地よい倦怠感つまり筋肉疲労を感じました。
足首や足の各指の付け根まで筋肉疲労しています。
ながーいお散歩をしたときみたいです。
とにかく先週の日曜日のように朝起きられないだとか「いたい!」のあと腰から上がふにゃふにゃとなってしまうようなことは今のところ起きていません。
腰のわずかな回転にともなう痛みもほとんど起きなくなりました。
そもそも腰痛は程度の進行が浅い段階では「いいとき」と「悪いとき」が分かれていて四六時中混在ということはそもそも無いのですが、この状態が整体の結果であるとすればたいしたものだと思います。

午後4車線片側の補填草むしり、そしてもう片方の5畝を草むしりしました。
となりのおじさんに小玉スイカを2ついただきました。
私が借りているいとこの今は亡きお父さんの同級生だということです。
80過ぎてますが夫婦ふたりで農作業していました。

草むしり中ハリー・ポッターの作者J.K.ローリングのハーバードでの卒業式講演を聴いていました。シンデレラみたいなサクセスストーリーの作者なのできらう向きもあるかと思いますが、話はハーバードのようなおよそ失敗とは縁のないようなひとたちに向かって「失敗」の大切さを語っているユーモアたっぷりのいい演説だったと思います。場所が場所だけに古典の重みにもちょこっとふれていました。野外での講演です。

はりきりすぎたせいか家に帰ってくるとくたくたです。
おしりがいたいです。
夜中につるかな?熱中症ではなく筋肉疲労で。

2015年8月17日月曜日

雨で涼しく

午後はのんびりできました。
youtubeをぐるぐると見物していましたが、ずいぶんとおもしろいものであふれかえっていました。
昔英語を勉強するとき、生の声というものに接することがとても困難でずいぶんとお金を使わないと生英語に接触できませんでした。
60-90分テープで2500円くらい、映画の記録媒体などまだ無しで3本立てで・・・円の映画館、BCLといって短波受信機でBBC WORLD SERVICEを聞いたり、テレビの音声2カ国語ももう少し先、・・・もっとも豊かで安値だったのがNHKの語学講座だったでしょうかね。

それにしてもこうも良きにつけ悪しきにつけ情報にあふれかえっている世界の中にいると基本がある程度しつかりしたひとたちにとっても「目移りのむ誘惑」に勝てなくなってしまうこわさを感じてしまいます。
結局なにひとつ取り込み・ものにできず宙ぶらりん情報の寄せ集め人間になつてしまうのかなという危険を感じます。
こういう環境のなかで自分を作っていく作業は、たぶん昔のように自分で自分を教育・磨いていくというのはかなりむつかしいのかなと思います。
それこそ、優秀な導き手・指導者が必要なのかなと感じます。


2015年8月16日日曜日

きょうもお盆休み

しようかと思いましたが、若干暑さもレベルダウンしたようで2時より6時までひたすらくさむしり。
ちいさい箱に腰掛けながらすべりひゆをひたすらひっこ抜きました。
この草は9月になると葉っぱが落ちやがてボディも溶けてしまうのでそんなに気になる草でのもないですが、さくりのタイミングを誤ると一面菜の花ならぬすべりひゆの海になつてしまいます。ちいさければいいのですがとてもおおきくなってしまうと作物の成長(特に花の時期と重なるので)の阻害要因となります。当然花の数が少なければ実の数も少なくなります。の
がんばりすぎてやや腰がいたいですが明日の朝が心配です。
仕事中まったくのどの乾きを感じませんでした。車まで水や0S-1を飲みに行くのもめんどくさい・・・・これがいけないとは頭ではわかつているのですが。
飲みたくないのに時々水と0S-1時々摂取しました。
我が家は送り"は毎年夜8時半ころで提灯・導き線香・なすの乗り物をもった家族とすれちがうことはあまりありません、だいぶおそいのでしょうか。いつも夕飯をそなえているのも珍しいのでしょうか・・・畑から帰るときたくさんの"送り"の家族とすれ違いますからね。


2015年8月14日金曜日

夕方のテレビ

ニュースだと浦和区でどしゃぶりの映像をみせてくれました。
我が家では10分ほどぱらぱらで終わり。
ちっともすずしくなつてくれません。
蒸しますね。

きのう・きょう・明日とお盆で豆腐屋はやれども畑は一切休み。
働き者の母が健在の時お盆や元旦に畑をやつていてよくおこられました。
親戚周りをすると"お盆棚"を組んでいる家はウチの男系の初代の本家だけでした。
今はどこのうちも仏壇が立派で"盆棚"を組まずとも、仏壇の前に簡単に竹をたてたりあるいは何もしないでというのが普通になってしまいました。
我が家のは昔見たく木製の組み立てタイプではなく鉄骨の組み立て式で、最近は組むのが大変で組んだまま来年まで出番を待ってもらうようにしてあります。
怠慢ですいません、ご先祖様。
かざりの仕方等は父が晩年に私の息子に仕込んであって毎年13日にはよくやってくれます。

ひとつ気になっているのは「茅を取ってきて青縄をなうこと」を祖父から教わっていた自分がそれを忘れてしまったことです。
いつも盆近くなるとちがやもしくはなった縄をもってきてくれたKさんがおととし亡くなってしまったことが残念でなりません。彼はまたよく焼き団子も自作してくれてうれしかった思い出がたくさんです。
あしたは残り4軒親戚周りで終了。
お盆は2日しかないのがつらいです。

けんかをしていた沖縄のKさんから電話がお昼にありました。
用件は無しでしたが・・・まあ、よかったです。
ごきげんよう、だけでしたけれどもね。
「花子とアン」みたいですね。

2015年8月12日水曜日

日曜日の朝

目が覚めて起き上がろうとすると腰(背骨?)がいたくて起き上がれませんでした。
這って寝床からでようとしましたが痛くて痛くてそれもかなわず。
しかたなく、まず状態を起こす"痛くない"位置をさぐりながら腰から上だけ起き上がり、さらに患部の痛みが走らない体のひねり具合をさぐりながらなんとか立ち上がりました。
そのあとはおそるおそるの歩行と、母が健在の時に設置しておいた家の中の手すりにつかまりながらトイレにいったり2階にいったりと苦労しました。
時間がたつとそれなりに仕事はこなせましたが、前屈みをしようとすると激痛が走りふにゃふにゃとなることが多かったので注意することにしました。
そのまま仕事は終わり、さすが畑は休み浦和の友人がやってきてこのことを打ち明けるや浦和の整体師さんのところに即かけつけることになりました。
背骨のゆがみ、積年の偏り使用・疲労による骨の"疲れ、いたみ"をよく説明していただきました。

月曜・火曜と軽く畑、しかもしゃがむ体勢に気をつけ、時間も意識し、"骨"に気をくばりながら農作業しました。
朝起きるときはやはり、痛みがありますがそおっと体勢をさぐりながら立ち上がっているためなんとか起き上がれるようになりました。あきらかに日曜日よりは楽になっています。
それと治療いや施術のときにならった自分でできる治療・ゆがみ修復体操も月曜日には覚えていて起きるときにやつていたのですが、火曜日になるとよくわからなくなってしまったので来週行ったときにしっかりと記憶しなければなりません。
いずれにしても起きて仕事をしているときは、いつもより緊張しているとはいえ、なんとか用が足りています。
とにかく急に向きを変えたりといのにはとても気をつけるようになりました。
暑いけど、あしたから何日か畑はやれないのできょうはこれから草むしりに行こうと思います。
腰痛の直接の原因が草むしりにあつたので、気をつけてやるようにします。

2015年8月8日土曜日

きのう

草むしりでがんばりすぎたせいか、けさ豆スリ機に8升のの漬け大豆を投入使用としたときに腰が瞬間いたく即ふにゃふにゃとなってしまい正常な直立姿勢を維持できなくなりましたる
ヘルニアの直前なのかしらね。
きょうは一日腰を意識・いたわりながらの動きになりました。
午後はお店、立っているだけですが不調は起こりませんでした。
なつかしい人ともお会いできラッキーでした。
家に帰ると、自園のさくりに出かけました。
きょうの農作業はこれだけです。
時々「腰がもしや・・・」という予感のする微痛は幾度となくありましたが7時10分までがんばりました。
気温は耐えられるレベルのものです。
それにしても雨がまったくふりません。
8月1日から5日までに蒔いたものが発芽しません。
作戦失敗だったかなと思います。
7/20位までには9割程度は終えておかないな、と痛感しています。
蒔いてから3、4日後には発芽の常識の通用しない高温気象が「ノーマル」の状態になつてしまったようです。
それとやはり耐高温、耐害虫がきわめて重要なポイントになってくる農業時代になったのだなと思います。
どんどん栄養を与えて「甘い・柔らかい・・・」の味のコントロールもいずれ反省させられる時期が来るに違いありません。
「うまい」をもっと深く考えてもいいと思います。
ただし「うまい」を出すためにどういう方法論をとるかについて真剣に考えなければならないと思います。
子供の教育と同様、ただいたずらに"栄養"を与えることが"作物"の"正常ないのちの営み"につながるのか否かも真剣に考えなければならないと思います。
富栄養・過保護が何をもたらすものか、私たちはもうすでに多くのことをまなんでいるはずです。
「うまい」には哲学が内在しなければならない評価の一形態だと思います。

あーあ、腰がいたい。

2015年8月7日金曜日

きょうも暑くて・・・

ときて言うことはみんな同じようなことになってしまいますが、ここ3日で感じたことはそれ以前より3時以降が楽になったということです。
湿度が減り風があることで夕方がとても楽になったような気がします。
気のせいかしらね。

いとこのところの草むしりをしている時にきのうMDに録音しておいた高倉 健の「ぼくの名前は高倉健です・・・」で始まる、自身の文章を朗読している本人の声の録音を聞いていて「ありがたい、とはこういうことか」とうれしくなってしまいました。
修飾語をあれやこれやと工夫したり、ひとからよく思われようとかの作為の感じられない思ったことをそのまま文章にしたようなことばの宝船でした。
とても"深く"いきたひとだと思います。
「ちやほやされて」みんなだめになっていくのが世の常ですが、マイペースの謙虚なひとだなと思いました。
母の亡くなった瞬間、仕事であえなくてあとで遺骨と対面したときに「ぼりぼりと遺骨をかじって食べてしまった」ところでは涙してしまいました。
大切なひとを失ったと気の思い・・・。
ことばは頭の中であれやこれやとこねくり回したからと行っていいものになるわけではないなと思いました。
ちょうど円谷選手の遺書と同じようなちからを感じました。

61歳の誕生日にいただいた最高のプレゼントはなんと高倉 健さんからでした。
同じ名前だもんね。

2015年8月5日水曜日

数字の上では

きょうは最高気温でしょうか。
ぶんぶく茶釜の狸さんも39.8度にはびつくりしたことでしょうね。
その割には1時半に自園のさくりを始めたときにも、あついとはいいながらさっぱりとした感じがありました。風がけっこう強かったです。
3時までさくり、そのあといとこのところの草むしり。
さくりはやめて一部にはびこっている穂のついた雑草密集域を集中的にきれいにしました。
草むしりは腰がいたくなりますね。
6時半までやって自園にもどり最後の5列の種まき。
みぞを切りその中に水を入れの作業です。
時間が逆行しますが、1時半に家を出るときホースをこの畑まで引いておき、1時間ごとにホースの出口の位置を動かすようにと指示を息子に出しておきました。
7月末に蒔いたものは発芽せずです。
たぶんこのまま放置しておいても、天気予報に拠るならば10日杉まで発芽活動はおこらないはずですひ。
しかしこんな程度の水まきで大丈夫かしらね。
おとといの「うなって即播種」は大丈夫だと思うんですけれどもね。

とにかく本日で播種完了・・・いやいや強制終了、午後8時になつていました。
とにかくすべての地べたに蒔くことは蒔きました。

結局この12年間いつも苦労してきたことの克服には、「種まき機のアタッチメントをつけたトラクター」を買うしかないようです。
時間の短縮、早期大量播種でハト害軽減、余裕の時間で研究項目に専念・・・ということが達成できるものと思われます。
ちょつとカネがないですね。

文京区大塚のカフェ・フーの FUU BLENDを熱いまま飲みながらのブログ更新でした。

2015年8月3日月曜日

熱いコーヒーを

飲みながらブログ更新。
きのうきょうと草むしり専従みたいな感じです。
いとこのところに4日ぶりに行ったら株は2倍くらいの背丈になつていました。
さくつたばかりなのにもう新しい草が出ています。
手作業で草むしり。
播種はきのうは断念。
きょうは3箇所の移動で農作業。
最後は家の裏の一枚でごま・ささげを蒔いた残り15列。
トラクターでうなって即播種です。
こんだけ乾燥した状態の中でも、夕方うなって即蒔けば土はしめった状態なので"たぶん"すぐに発芽すると期待しています。
一方、七月の終わり頃にみぞを深く切ってなるべく湿り気のある状態で播種したものたちはいまだ発芽していません。
このあと日照りがどれだけ続くか心配です。
きょうは8時まで、トラクターのライトを使ってがなばりました。
がんばったんです。

土井義晴が自分の料理番組で肉じゃがをやっていました。
蒸しゆでといって、彼のお父さんが海軍でやっていた方法を説明していたのですが、船の上では"水"はとっても貴重なもので節約の筆頭にあげられるものだということでした。

できあがつたものの盛りつけで"緑"がとつても映えていて食欲のそそられる絵となっていました。
彼のお父さんはどんな感じの料理番組をやっていたか忘れていましたが、義晴さんのこの日にやった「なすの油味噌」もあわせてですが、詩人・絵描きさんを感じてしまいました。
芸術家などと自分のことを呼称してふんぞり返っている、単品ものつくりがたくさんいますが、この番組は「たかが食い物」の世界の人間にも励みを与えてくれているようです。
猪熊さんが思い出されました。

少し過労状態に感じられますが土井義晴さんの番組に元気づけられています。
あしたは夜お店があるので昼過ぎ草むしりに専念かな。
といってもあと蒔けるのは3畝くらいです。
5日くらいまではまだ補填ができるかもしれません。
糸張り、糸張り移動はまだまだたくさんありますよ。

2015年8月1日土曜日

納涼ビアガーデン終了、

ただいま帰ってまいりました。
さしたる風も吹かなかったですがおいしいビールが飲めました、ただし立食はきつかったです。

家の裏メインの正方形播種終了。
はんぱ地2枚のウチ片方を7割方播種終了。
もうすぐ終わり・・・であると同時に草むしり・草刈り・さくり・糸張り解除がはじまり忙しいことに代変わりはありませんが、"締め切り"ということに幾分しばられなくなりましたので、気は楽です。
ただし雑草はいくらでもあとからあとから生えてくるので安穏としてはいられません。
やや気が楽になるのはお彼岸すぎたころからでしょうか。
もう寝ます。

2015年7月31日金曜日

けじめの7月31日、

家の裏メインの正方形一反は無理でした。0.8反くらいやったでしょうか。ギブアップの時点でもうまっくらでした。
7時20分くらいになっていたでしょう。
きょうは午前に耕耘機のクラッチ・ワイヤーを交換修理してくれてあったのでさくろうかなとも思いましたがやはり「蒔く・防鳥」は待ったなしの問題なので発芽寸前の品種の糸張りをやったあと家の裏正方形を播種しました。
粘土質は品種選定ががシビアでもっとも最強なのがサトウイラズか小糸(行田)在来なのですが、横山君とこでサトウイラズを蒔いている都合上、枝豆用を少し蒔いて数年前に何年か連続播種してOKだった京都の黒目・中粒大の在来種を蒔きました。
ただし一点問題があって、褐色斑が多かったということです。
品種そのものの問題なのか、畑のウィルスの問題なのか、気候(湿気が多かった等の)の問題なのか判然とはしませんが、褐色斑を厳密に排除した選別になるタネを使いました。
この手の選別はとても手間がかかり、大豆を指でつまんで一面をみただけではだめで"ぐるり"とボディ全体をチェックしなければなりませんでした。

さてさて結局8月に持ち越し分、あと0.3反くらいでしょうかね。
あしたは午後お店、夜はお店全体の納涼ビアガーデン、ということで畑は無理かな?

きょうの作業はずーっと太田裕美をMDで聞いていました。
歌手としてはやはり"アイドル"なので、へたではありますが"声質"が自分の求めるものなのです。
好みとはこんな面もあるのです、許してね。
あと歌が旋律・歌詞ともにアイドル歌手としては別格に高質にできあがっているのです。

そんなこといいながらこれからキャスリーン・フェリアー&ブルーノ・ワルター/大地の歌を聞こうとしているんですが、音源がどこだかわからなくなってしまいました。

2015年7月30日木曜日

暑くてさすがに

コーヒーもあまり飲まなくなったようです。
忙しいのも一因なんですけど。
いつもだと朝出かける前に淹れて車の中で、というのが「ほっとする」儀式なんですけどね。
きょうはキーボード打ってる食後の今が初めて。
ちなみにアイスコーヒーは一切飲みたくなくなっているのが今現在のコーヒーにかかわる境地といえます。
こういう言い方はおそ松くんの「いやみさん」みたいになりますかね。

還暦になって初めて自動二輪に方向指示器がついていることがわかりました、きょうです。
朝の4車線は二輪が右へ左へとひょいひょい進路変更したり車線分離帯のセンターラインの上をすいすいと抜けていくやからで危なくてしょうがないのですが、きょう自分のうしろから脇をとおりひょいひょいといろんな車を右へ左へと追い越してあっという間にずうっと前に行ってしまいました。
その二輪が方向指示器をいちいち出していました。
いままで方向指示器を使っているバイクをみたことがないのです。
というよりバイクには方向指示器がついていないというの゛常識で、周辺の車は自転車同様バイクには要注意せよというのが教習所の教えだったかなぐらいに思っていました。
話は違う二輪になりますが、競技場で競輪選手の使うブレーキ・ギアのない自転車をピストといいますが、それを路上で使って2回つかまり嘘八百のコメントをつけて「2回講習」の罰を科せられたということです。
ずいぶんと軽い罪の償いですが執行猶予のない懲役刑や強制ボランティア(強制とボランティアは矛盾する概念ですが)に処してもいいと思います。めちゃくちゃです。
マナーがめちゃくちゃはなにも二輪のことだけではなく自動車も自家用飛行機・船舶もといったところでしょうか。

家から離れた自園の種まき終了。
糸張りはまだまだ続きます。
日を追うごとに鳩害はひどくなりますがきょうなどは透明のテグスのところにも入っていました。
上空から鳩は水糸の"黄色"を認識できるものと考えます。
色の種類はともかく、「色がある」という異物認識ができれば糸と糸の間に着陸できるのでしょうね。
きょうなどは75センチ(2尺5寸)の間しかもテグスをクロスさせてある幅の広いところに着地して・・・といった感じです。
とにかくやられる前に早く光合成を初めて"苦く"なってもらうのを願うばかりです。
もうこれ以上2度蒔きはできません。

家のまわりの2枚をうなりました。
雨の直後は畑をうなるなどとんでもないことですが、きょうのにわか雨は30分くらいで終わってしまい土の表面が軽くしめったという程度でした。
ちょっと掘るとかんかん照りの時の"土漠"状態です。
でもさらにちょいと掘ると湿り気が現れます。
炎天状態がつづいたとはいっても2週間も3週間も続いたわけではないのでちょいと溝を切るとしめっているわけです。
切った溝がすぐにかわかないように播種はせいぜい5時以降となっているわけです。
暑い時間帯は播種しません。
でもこれもよくよく考えてみると、掘った瞬間しめっていれば少しかわいた溝の上にタネを置きその上に乾いた土(もちろん砂状)をのせたとしても、毛細管現象によって置いたタネの下・廻りは水分が下から来ているはずだと思うのですが。

いずれにしても今年はやや"遅れ"のようです。

2015年7月29日水曜日

鳩ぽっぽ害

についてよくよく考えてみると、対処法としてはーいっきょに播種、しかもシーズンのはじめに」ということになるようです。
つまり自分の場合も種まき初期には糸張りだとか、さんさんネットかぶせとかいった工夫をすることなく鳩がいきなりやってくることはほとんどないということです。
蒔き初めから少し時間をおいてから"新芽"の初物に気づくのでしょうね。

"いっきょに"というのは手蒔きでは絶対無理で、トラクターのうしろに"シーダー(種まき機)"をくっつけて一挙にタネをまくことしか鳩対策はないものと推定されます。
あと圃場を適度に離す、周辺の"大豆等"播種環境をよく考慮することです。

いずれにしてもいま自分がやっていることは若干徒労のようにもみえます。
たた゜「ジムにただでいってる」とでも思えばいいことですが、きのうの健康診断をみてもわかるように「炎天下で大汗かいてかすかな体力消耗をやっている」のは運動にはならないようです。
どちらかというと拷問でしょう。

今13時30分、きょうはどこまでできるやら。
他人のカネをかき集めてその安直な使い方を考えている連中のことを思えば、すべて自腹でやっているこちとらのほうが胸をはって「天下国家のため」を標榜できると思うんですがね。
もちろん天下国家などと思い上がったことは考えず無心に好きなことをやっていればいいだけのことですが。
これで生涯現役のまま継続できればと思っています。
それにしても尿酸値を下げるのは大変なことです。

2時より畑。
鳩害による補填蒔きに時間がかかりました。京都の在来種すべて補填しました、30畝くらいでしょうか。糸張りは途中までのため子供にやってもらおうかと考えています。
そのあと10列程度珍品播種。
3列くらい残して強制終了しました。
OS-1をこまめに飲んでいたので労働終了後の疲労感があまりありませんでした。
ただ"暑かったなあ、でもきのうよりはましだった"といった感じの一日でした。
暗くなり係の頃クラブ生協のKさんが通りがかりに声をかけてくださりはげみになりました。
大豆一粒運動のもめんとうふがおいしいとのことで、そのひとことだけでこちらは生き甲斐を感じるものです。これだけでいいんですね。
最低賃金がまた上がったと言うことで下請けや消費末端業界の経営者は頭をかかえていることでしょう。農家もそうでしょう。
総理が営業マンをやったり、日銀がトリックをつかったりと恩恵受容者の限定された経済政策が経済的強さの実態を表しているとは思いませんが、近い将来に発生するであろう世界的経済の混乱・破綻にそなえてわれわれ小市民・平民はいかに塩梅していったらいいのでしょうね。


2015年7月28日火曜日

お昼に病院。

尿酸値はやはり下がらないようです。
体重が減ると確実に下がるんですがね。
炎天下で農作業していてもたしかに新陳代謝はよくなるのでしょうが尿酸値、中性脂肪は減らないようです。やはりなんといっても早歩きしかないのでしょうか。
こころの病で不眠になると一気にやせてしまうんですけれどもね。

2時より4時半まで糸張り。
この後お店。
きょうはそうとう疲れがたまっていて終わりの時間ばかり気になっていました。

島根・鳥取と徳島・高知が合区ですか。
県知事も減らし、もっといえば県も合県にすればいいのにね。合憲ですか。
単純に一票の重さ云々を法律で平等に確定するのと、localをそれに会わせて重みをつけるのは「ちょいと待ってくれよ」といいたいです。
より大勢のなかの共通項が"正義・公正"であることをそのまま認めてしまおうなどと考えることには無理があります。
やはり2つの憲法の起源・法律の制定からして漱石のいうように「外からの・・・」であるため、"理想"なるものが自分で考え出したものでない仕入れ商品であることがまざまざです。

青ヶ島や沖縄の離島、対馬、隠岐の島・・・にいるひとたちは国土を守ってくれているひとたちです、住んでいると言うだけで。
島根・鳥取、徳島・高知から東京や大阪にでてきたひとが"適切に"ふるさとを考えた票を投じるかははなはだ疑問です。
どうなっていくんでしょうかね。
公平な選挙制度なんてたぶん世界中にないのではないかと思います。
試行錯誤で調整していくしかない。
その"調整"も時代時代で判断の基準が揺れ動いてしまうのでしょうね。
こういったさわぎのなかでいい意味でも悪い意味でもそわそわしているのは"職業としての政治家"たちで、そのひとたちの頭には天下国家のことよりも自分の地位保全のことしかないのでしょうね。

我々一般平民はもっと天下国家のことを真剣に考えなくてはいけません。
外交という世間体の前に、自分たちがどうありたいのかということをきちんと自分の頭で考えなくてはいけないと思います。

2015年7月27日月曜日

やっぱし暑さの

せいでしょうか、大豆の劣化が原因だと思いますが豆腐は2,3月と比べると味は落ちてきているように思います。
毎日の連続の中なのではっきりとしたことはいいにくいのですが「豆腐を一番食べたい"夏"」はそんなにおいしくないのです。
さすればこそ作り手の問題になります。
それがなんなのかは作っている当事者にしか通じない内容の説明になるわけですが、一般のお客様がここまで理解できているかは疑問であると同時に"理解する必要"があるのかどうかは疑問です・・・しかし、理解できると言うことは人生の喜びでもあり、「人生で得した」ひとつのことがらになると思います。
食すだけのひと、つまり消費者といわれる方はこういったさまざまな消費財について作る人たちの"ことば"を得られるか否かが、人生の充実感のおおいさを左右します・・・おおげさかしら?

きょうはきのうの疲労が残っており2時より4車線脇のひとつへさくりに出かけました。
すべりひゆが繁茂してしまいました。
手でおおきいのを取りながらさくりましたが、2列で耕耘機のクラッチのワイヤーが切れるか外れるかしてしまいました。
中止。
せっかくだからというので手で草むしりして大きいのを取りました。
自園に帰り糸張り。
ここ2週間に起きたことですが"安松"では水糸の効果はほとどないことがわかりました。
平気のへいさで糸を張った畑の中で新芽をつついています。
去年のように20-30羽いっぺんにやってくることはないようですが、被害はかなりなものです。
補填蒔きもしながらの糸張り・種まきとなりますがもう時間もそうはないので種まきに専念しなければなりません。
きょうは釣り糸のかなり細いものを飼ってきて一部それをはりめぐらしました。
空中からは水糸の黄色が判別できるようで、カラスたちは平気で糸と糸の間に着地します。
うねとうねの間にももう一本、あるいはななめに糸を張ったりもしました。
カラスたちはやはり"学習"しているようです。
そして仲間とも通信できているように思われます。
いたずらに来るのは1-4羽程度ですが、いたずら・泥棒のこつを経験から知的財産としておつむのなかに蓄えているようです。
透明の釣り糸にひっかかって「懲りて」くれればいいのですけれどもね。
きょうはOS-1を最初に飲んだりしながらの作業であったため、頭が熱い・吐き気等はありませんでした。
疲れは同じかしらね。
あと作業中異様に汗臭いのに気づきました。
自分で自分がくさかったのです。
これもOS-1のせいでしょうか。

7時15分まで種まき15列、この3反の畑も残すところ10畝くらいとなりました。
機械屋さんがあさってかしあさってとなるようなのでやや予定変更となります。

枕元にOS-1をひとつ置きました。

2015年7月26日日曜日

よく働いた一日でした。

おとといが睡眠3時間だったせいか、きのうからきょうにかけてはよく眠れました。
やや早く起きたのでNo Great Mischiefを横になって読んでいました。
日本の英語教育を受けたものにはいい文章とはいえないかもしれません。
まだ最初のほうなので結論めいたことはいえませんがわかりやすいです。

日曜日は豆腐屋仕事の量を減らしているのでじっくりと取り組むことができます。
ブレンドでつくったきぬとうふがいい感じで、文字通り何も漬けなくていい感じの味・食感でした。
ブレンドも果てのみえないほどの可能性を秘めている領域ですが、「なにとなにを混ぜると・・・になる」だろうという予測がおもしろく、期待通りにならなくても知的副産物はたくさん得られるものです。

12時より自園の糸張り。
1時よりいとこのところのさくり。これは暑かった。4時におばさんがお茶にしてくれてだいぶ助けられました。実は耕耘機を押しながら足が軽くつってしまったのです。さらに"吐き気"もしてました。
水はその辞典で3リットルも飲んでいたのに。
お茶の後1時間ほどさらにさくりました。
すずしくなりかけていたので快調です。
5時15分自園への移動時間中にふたたび吐き気。
きょうはやめようかなとも思いましたが、自園へ着いたときに子供がやってくれていた糸張りをみて「休んではいられない」ともうひとがんばり。軽い吐き気が続く中7じ20分のうすくらがりのなかの種まきできょうの農作業を終了しました。
家に帰っても吐き気と微熱と困ったことになっていましたが、パートさんが買ってくれていた薬局に売っている「OS-1」という経口補水液なるものを若干飲んでみました。
おふろ、ごはん、BLOGという時間経過のなかで体調がよくなっているのに気づきました。
体内で何が起こったのでしょうかね。
薬局で少しまとめ買いしようかと思います。

2015年7月24日金曜日

やはり一年で

一番忙しいのは7月のようです。
生理的にも一番忙しいのでしょう。
きのうは夕方仕事があるというので12時半から4時半まで種まきしました。
おとといほどのかんかん照りでもなくらくちんと感じて仕事していたのですが夜の仕事に就くと軽く吐き気がしました。
水をさほど飲みたいと感じなかったのでのまなかっただけのことなのですが。
経験的に、熱中症が起こるのは(自分の場合)水が飲みたくて飲みたくてという場面があまりやってこず快調に仕事が続けられ「得したな、がんばったな」という空虚な充実感を得られたときに起こるようです。
飲みたいと感じなくてもこまめに飲むことが必要なようです。
きょうは午後お店で、4時15分よりの農作業で自園の片方の種まきが補填蒔きも含めて完了しました。
おどろくことに糸を張った圃場を鳩が2羽新芽を探して歩いていました。
糸を揺らしたりして追い払ったりしましたが今後どういうことになるのでしょうか。
いずれにしても今のところは効果ありといえます。
生えてないところはほとんどが発芽不良のものです。

あと2反くらいでしょうか。
1反片付けたら、最後は家の廻りの1反強となります。
タイムリミットあと一週間、おまけで8月最初の一週間を用意しています。
8月のはタネ分だけとれればいいという勘定です。

ところできょうお店にたっていてうなぎ屋さんをながめていましたが客の切れ目というものはないものの例年のプラカード部隊出動の行列はまったくありませんでした。
4時の交代後の閉店時までも行列はできなかったということです。
うなぎの価格はこの程度は無視してもいいと考えると、総理はこういうことを真剣にとらえなければならないと思います。

2015年7月21日火曜日

きのうきょうと

わめきたくなるような暑さでしたが水分補給と休憩でなんとかもっています。
もっともきのうは法事のため夕方に種まきを12列ほど。
きょうは仕事が早く終わったとはいえ、異様な暑さに身の危険を感じてしまい2時までごろごろとしていました。
動かなくなってしまつた耕耘機も昨日動くようになり、出陣体制は整っていて軽トラの上に鎮座ましましていたわけですが、「でかけよう」という決心がなかなかつきませんでした。
2時に家を出、2時半よりいとこのところの"さくり"にとりかかりました。
猛暑の中、20-30分ごとに柊の垣根の日陰で休憩。
こういう休息場所はお宝です。
ここちよい風も通っていくやや高台の休息楽園です。
全部で20列もさくったでしょうか。
のどがかわいてまず欲したのは水よりもトマトでした。
あたたかくてもこれはこれは美味なる食べ物です。
自分の過去衰弱したときにいつも体が欲していたのはトマトでした。
水分と軽い酸っぱさ。
いつもこれが救ってくれます。
5時に切り上げ5時半より自園の種まき。
一部頼んでおいたところの"糸張り"を子供がやってくれていました。
5時半より10列種まき。

きょうはちょいと疲れましたが充実感はありました。

夕飯時パンの日本・欧米のちがいをやっていました。
私はパンは"お菓子"ととらえているので、基本的には規則的な食事には食しませんが日本のパンには砂糖を添加しているということを初めてしりました。
使っている小麦粉の自然の甘みだとばかり思っていましたが・・・。
日本のパンが柔らか・・・バゲットですらそうだということはわかっていますが、それがそもそも日本オリジナルの味覚の好みの上に成り立ち・進化してきた果ての姿だと言うことを知りました。
欧米は肉食から来る"かみ切る"文化、日本は草食から来る"すりつぶす"文化・・・その結果がパンの堅いやわらかいに出ている、ということを理解しました。
とにかく日本のパンは他国からみると"異様な"パンであるということでした。食物としてたしかにおいしいということはいえるけれども毎日は食べたくないとのことでした。
パンとは逆のことがお米などでこれからたくさん出てくることでしょうね。 

2015年7月19日日曜日

暑くて気が滅入ってしまい

しばしごろりと昼寝してしまいました。
あしたは法事でどうしようもないのでと午前中は勢いがあつたのですが・・・。
いとこのところをさくろうと耕耘機を荷台に乗せて馳せ参じるも、なんとエンジンがかかりませんでした。
ちいさい草がそろそろ出始めという様子でしたががつかり。
急遽自園にもどり種まきにもどりました。
途中子供の糸張りの手伝いもあり助かりました。
残すところ4反弱。
あと10日で片付くでしょうか。

暑くなると本格的なヘッドフォンはむさくるしくて敬遠しがちなのですが、日々ウォークマンのちいさいヘッドフォンばかりだったのを久しぶりに大きいので聞いたらやはり音の良さに感動してしまいました。
しかもSTAXのSR-3XMarkⅡという40年も前の製品で振動板もそうとう劣化しているはずなのですが、いい音なのです。
石川ひとみの『みんなの一期一会』、太田裕美あれこれ、大瀧詠一あれやこれや・・・、そしてサバリッシュ/アム・コンのベートーベンとブラームスの交響曲全集と気ままに聞いていますが、このスタックスのイヤー・スピーカーはいい音を提供してくれるのです。

畑の疲れもありきょうはこのあとよく眠れるのかな。
あしたは法事。
ちょっと息切れかなー、といったところです。

2015年7月18日土曜日

ジーンバンク由来でないN在来を友人二人と

自分で蒔いたところ、友人A発芽ゼロ、友人B発芽率4割、山下発芽率1割という結果になりました。
3年前に横山農園でとれたものを(たぶん)早い段階で5℃保存に持ち込んだと思われるのですがなんでこんなことに・・・・と問屋さんのHさんと検討した結果、しまってあった袋に問題があるのではないかという結論になりました。
ふつうは紙袋。ビニールでもふクレックスという極薄でかぎ裂きに弱い袋をゆるく口をしばつて、という感じで保存するのですがかぎ裂きのないようにと肉屋さん用の分厚いビニール袋に入れてしっかりと口をしばっておきました・・・2年間。
窒息?
事実これを冷蔵庫から常温に出しておいたらビニールの中で結露、汗をかいていました。
いずれにしてもわずかに発芽したものからタネをとり来年は大事にしようと思います。
枝豆はとてもおいしい品種の青豆です。

きょうは仕事を早く終え、11時半から12時40分までこれから蒔くところをうなりました。
1時から4時までお店。
4時半より種まき。
私がいない間むすこに糸張りを頼んでおきました。
若干の鳩害はあるようですが、効果はあるようです。

7時半までがんばろうと思いましたが6時15分でギブアップ。
疲れ切ってしまっていました

半袖背で作業できる小雨で快適な労働環境でしたが疲労の積み重ねでしょうか、ちょっと"まいりました"です。

作業中息抜きに聞いていたアイルランドの詩人Seamus Heaneyのルポルタージュがおもしろかったです。出身地の子供たちの誇りをいきいきとルポしていて心地よかったです。
彼にはBeowulfの現代語訳もあり本人自身の朗読によるCDもあり、去年はこれを聞いて種まきしていました。奇遇というか埼玉屋さんたちと飲んだとき、"豆腐学"の"権威"たちに送るなんとかという称号を持っていた若い女の子がアイルランドに留学していたとか言っていたので、ヒーニーのことを切り出したら話が通じたのを思い出します。

明るいうちに帰宅。
アマゾンから古本2冊届いていました、
マクラウドの『冬の犬』、『灰色の輝ける贈り物』です。
『彼方なる歌に耳を澄ませよ』がまだまだ終わりそうにもないのにね。
Youtubeでマクラウドのお話も聞けるようで、彼はもう亡くなっているようでした。そして基本的には大学人だったようで仕事の合間に文筆・・・という人生だったのでしょうか。
ひとつのことに絞り込む云々の人生・・・というよりすべてが一体の寡作物書きだったといえるのでしょうか。
いろんな遊びをしているようでそれらがばらばらではなくひとつのものに集約していく、あるいは"ひとつの考え"がいろいろなかたちとなって形成されてゆく。
こういうほんものになりたいんですけれどね、まだまだです。

2015年7月16日木曜日

実に

よく降りましたね。
しかし3時頃からは止んでしまいました。
ということでいざ畑へ、ですが畑のはじっこの車用誘導路に軽トラをバックで入れるのに失敗しタイヤが泥の中で空回り。
バックしたり前進したりを繰り返しているウチにどんどんみぞが深くなってしまいギブアップ。
子供を呼んで押してもらうがまったくだめ。
・・・・・。
なんだ、耕耘機を荷台からおろすときのアルミ板つまりブリッジがあるではありませんか。
みぞになった轍にブリッジを入れてそーっと前進。
脱出に成功しました。
こういうこともあるのでブリッジ、ショベル、麻袋は必携品だなと思いました。
脱出したとたん「きょうはもうやめようか」と考えましたが、結局「ええい、行っちまえ」ということになりました。
結局正解でした。
あした大雨が降るだろう、ということを前提に種まき溝をやや深く刻みました。
作業時に足がズボズボと沈みはしましたが、さほどの困難はありませんでした。
足跡部分は土が堅くなりますが成長には影響ないでしょう、どちらにしてもその部分はさくることになります。

さてここの3反、初めのころに蒔いた畝の上には水水糸が張ってあるのですがなんと一羽の鳩が双葉状態のものをつついているではありませんか。
糸を横に振ったりたてに降ったりして鳩を追い出しました。そのとき羽が糸に引っかかったりしましたが、そのことを鳩がどう考えているかです。
あした以降注意が必要です。

結局18列。
休まなくてよかったと思います。
床屋さんも雨の降っている1時台だったのでラッキーでした。
あしたのお天気はどういうことになるんでしょうかね。

2015年7月15日水曜日

4車線を

車のあとにぴったり付いて夢中でペダルをこいでいるばかものがいました。
4車線なので"堅い"ドライバーなら50キロ強くらいでしょうか。
ロードレーサーだとしろうとでも40-50キロは軽く出てしまいます。
転倒時を想定して競輪の選手と同等のヘルメット着用は常識だと思いますが、そもそも路上を自動車と競って走ること自体きわめて不謹慎なことだと思います。
自転車のスピード違反をきちんと基準作りしてほしいものです。
公道はサイクル・マニアの遊び場ではありません。
ロードレーサーにひとが乗っているという"かたまり"は幅員・高さ含めてバイクの1/2以下にしかなりません。しかもブレーキの能力は・・・・。
ぴたっとついた車が急ブレーキをくれたらどうなるのでしょう。
事実この自転車ははっきりと信号が赤に切り替わってから直進していきました。
急に止まれるわけないからですが、黄色に切り替わった段階でブレーキをくれるべきです。
事故が起きてもどうせ100パーセント自動車のせいにできると考えているのでしょうね。
昔西武園競輪の選手たちが路上でトレーニングしていましたがこんな全速を出して走っていた人はなかったでしょう。
自分のことしか考えないこういったプリいやプリプリ・アマチュア精神というものはどういうところから来ているのでしょうかね。

2時より4車線のところ片側をさくりました。
今年初めての"さくり"です。
ここは2度蒔きしたところですが、最初の不発芽とは違って2度目の"株のないところ"は鳩ぽっぽでした。きれいに食われています。まき直そうかとも考えましたが時間のことを考えてやめました。
さくったあと自分の畑にもどり播種続行。
18列、稀少品種専門に蒔きました>

7時15分終了。
きょうはスタート時は暑かったものの夕方に向けて楽になり楽しい農作業となりました。
なにか天気のよい夏山山行の夕方みたいな錯覚にとらわれました。
あしたあさってと台風のもたらす雨のようで、さっそく床屋さんを予約しておきました。

2015年7月14日火曜日

ブログの更新の

ピッチをみてわかるように、ただいまちょっと息切れ状態のようです。
きょうは3時から8時までびっしりのため逆転の発想とやらで、12時半から2時まで明日以降の種まき場所をうなりました。
炎天下でつらいというよりは結構居眠りが出てしまいます。
ここちよい陽気だけではないんですね、居眠りは。
友人にあげたいく品種かが発芽せず、という状況のようでしたが原因不明です。
年数が2,3年前でなおかつ5度C以下ということなので保存中の問題とは考えられません。
たぶん収穫後(つまり秋に)次の年の夏以降まで常温で放置していたりすると発芽しなくなる可能性大です、しかるにタネに虫がわいて蜘蛛の巣が発生した痕跡もないところをみるといったいなんなのかなと考えてしまいます。

種まき中止・さぼりが積み重なる度にあとの仕事が大変なこととなります。
わずかでも時間さえあればなにがしかはできる、・・・のですがね。

2015年7月12日日曜日

おとといの夜からきのうの3時頃まで

熱中症のようでした。
ずーっと吐き気がしていました。
きのうは夕方飯能の友人のところで飲み会というか秋のコンサートの練習を聞いてそのあと一杯、いやいやいっぱい=たくさん、の飲酒・おしゃべりとなりました。
たしかにたくさん飲んだかなとも思われるのですがよくおしゃべりし帰りはここちよく電車に揺られてという感じでした。
ピアノの寺内さんは去年の同じころの飲み会でゴットシャルクを所望したのを覚えてくださっていて一曲披露してくれました。へえーっ、こんな叙情的というか静かななかに作曲者の得意なラグ・タイムっぽいところが瞬間かいま見えたような曲でした。
来年は賑やかで軽快なものを仕込んでくるとのことでした。

きょうは一時から畑。
ついに自分ちの畑となりましたがまず畑外回りの草刈り(草むしりではありません)からやりました。
6反草刈り完了。
そのあと種まきです。
12列。
すべて糸を張りました。
いとこの所と違いこちらの鳩害はものすごいことになるのが毎年のことですが、水糸の効果や如何。

2015年7月10日金曜日

今日は暑くて

今現在"熱中症"と思われる症状があります。
おでこがあついまま。
軽く吐き気がする。
・・・。
きのうは休んでしまい夜は緊急飲み会にお呼ばれ。
70代3人の初対面のかたと隣り合わせでおもしろい時間が過ごせました。
みんな元気です。研究社と東京書籍のOBということで昔の英語や数学の教科書・参考書談義からはじまり、開高健や大江健三郎の話も出てきたりしてもりあがりました。
全く同じではないとはいえ同質の部分もありその共感をつないで、友人のお店に迷惑をかけないように話が進行できました。
ひとりは終戦時8才で、北朝鮮にいたこともあり婦女子がソ連兵に乱暴された話など涙ながらに語られました。
・・・
疲れも影響していていたのかもしれませんね、この熱中症は。

1時よりこれからの自分ちの畑蒔きのためにトラクターでうなりました。
すぐまけるようにと一部かき混ぜました。
適度に雑草も生えていて・・・でもこれらはメヒシバ・オヒシバのたぐいが多くて土の中に埋めてしまってもしっかりと生き返るやつです。
トラクターによる耕耘で自分ちの畑をかきまぜたあといとこの所の残り10列種まき。
きのうまで雨の中がんばったせいできょうは楽でした。
雨の日に蒔いた畝の最初のほうはすでに発芽しています。

それにしてもよく考えてみると今日は全く水というものを農作業中に飲んでいなかったことを今更ながら気がつきました。
熱中症も当たり前だったのでしょうか。

あしたは飯能へお呼ばれ。
今週は3回飲み会です。

2015年7月8日水曜日

ほとんど田植え

でもやってるような種まきでした。
田植えととはちょつと違って長靴のまわりにまとわりつくどろの重みが身に応えました。
それでも20列。
あしたは太ももと肩の筋肉痛確実でしょう。
あと10列くらいでいとこのところは完了です。
あしたも雨の中の作業となるでしょうか。
こういう日に畑をやるのは馬鹿しかいないとお茶をいれてくれたおばさんに笑われました。
希少種のところは水糸の効果故なのかどうかわかりませんが鳩がやってきた気配はありません。

それにしてもこんなに日照の少ない日が連続するのも珍しいのではないかと思います。
野菜によつては腐ってしまうのではないでしょうか。

2015年7月6日月曜日

朝から本降り、

3時ごろまで様子見しました。
小降りとまではいきませんがカッパ着てなんとかなるんじゃないのと4時に富岡へ。
50パーセント発芽率のTの補填蒔き。12列。
そのあと5時からいとこのところ10列。
そして稀少品種領域が鳩に若干やられているのを確認、水糸(測量士が使う黄色い糸、100メートル200円弱で釣り糸の1/3弱)を張りました。
とにかくこちらの畑は長靴がもぐることと重たい泥がくっついて足が重くなってしまうことで疲労この上なし。三浦雄一郎さんはもっと思い靴でトレーニングしているんでしょうね。
7時に終了。
へとへとになって帰ってきました。
キーボード打つのも一苦労でした。
お風呂に入ってお休み、です。
あしたは仕事で用事が多く畑は不可能です。
夜はお店の慰労飲み会。

2015年7月2日木曜日

きょうは朝から

熱があるわけでもないのにあたまがぎんぎん、食べた後は気持ち悪くとさえない一日でしたが午後畑に出て家に帰ってくるとやや調子がよくなったように感じます。
睡眠は2時に起きてそのあと不眠。
つかれがたまつてきたのでしょうか。
お天気は向こう何日もの間くもりと雨がはんぶんこずつの毎日のようで農作業には好都合のようです。休むわけにはいかない・・・、といきたいところですがやはり老化でしょうかね。
きょうはGB配布品種11種播種。

The Timesの書評で吉原真理さんが英文で出した本について論じられていて、漱石のこともからめながら主語の必要ない日本語、翻訳の困難さについて書かれていて「なんだこんなこととっくに金谷武洋さんが語っていることじゃないの」とあらためて日本語の欧米語に対する優とか劣の問題ではなく、個性・オリジナルティの問題なんだなと改めて強く確認しました。
日本語の学者のなかにあってもまだまだ少数であるこういった日本語の特徴に気づいた先駆者に感化されてなのか独自に気づいたのかわかりませんが、欧米語の生活の中にあってバイリンがーであった著者と同じ環境の日本人や諸外国日本語研究者のなかにもこの日本語の特徴をやっと「劣性、ではなくて"特徴"としてみとる」ようになった時代がやってきたのかなと感じました。

そうすると私たちがテストで試されていた日本語の文法能力とはいったいなんなんだつたんでしょうかね。

2015年7月1日水曜日

新幹線での犯人の老人も

こちらからは想像もつかない重荷に耐えかねてあのような行動に出たのだと思いますが、巻き込まれたひとは犯人とはなんの関係もないひとで、遺族はどこに怒りをぶつけていいのやら・・・。
時速200キロの密室内。窓は開かない。"燃えない"ということは不完全燃焼するということ。
たとえ地面の上であっても時速500キロの室内で同じ事が起こったら、と思うとさらにぞっとしてしまいます、リニアモーターカーなんて必要ないのでは?金丸御殿からいい眺めを遠望できるのでしょうか。

"豊かに"なったとはいってもそれはうわべ・一部のひと・ことがらであって、依然としていつの世にもこころ病み八方ふさがりになってしまうひとたちであふれかえっています。
学校内なら"いじめ"で対処する努力は発生するかもしれませんが、社会に出ると落ちたもの・蹴飛ばされたものはどんどん転落・追い詰められていってしまいます。
自助努力も放棄。
社会的動物としての正常思考が出来なくなる。
どうにもこうにもなすすべ見つからずなのでしょうか。

きのうまでで4反弱蒔き終わりました。
あと30日。
雨もあれば法事、病院、雑用たっぷり。
今年はどういうことになるのでしょうか。

朝から降っていた準本降り雨も2時頃には小止みもよう。たぶん畑はずぼずぼと沈むのではないかと懸念され、たまにはお休みしようかとの誘惑にかられましたが"時は金なり"ででかけてしまいました。
3時には雨終了。
このあと2時間半、23列。いとこのところは余すところ一反強となりました。
あしたの準備をして帰途に。途中一番最初にやったいとこの畑の極小種をみましたが一品種が
まばら発芽であるのを除きすべて完璧発芽でした。

きょうはそうとう疲れてしまいすぐにでも寝てしまいそうです。


2015年6月28日日曜日

きょうは梅雨明けを

錯覚させるさっぱりとしたいい天気です。
お客様の病院に配達に行くと、事務所の窓ガラスにせみの抜け殻がありました。
清潔にしているところなのでつねにお掃除しているはずなので去年の抜け殻とは思えませんね。
ついこないだ、ひょっとすると今朝成虫になったのかもしれませんね。
残念ながら病院の森は広すぎてせみの鳴き声は聞こえませんでした。
さてさてこの時期の蝉というと東北のぶな林を歩いていると聞こえてくる春ゼミを思い出します・・・ちょっと待てよ、もう7月か?上の方が残雪の頃なので5,6月と言ったところでしょうか。
それにしてもこの辺でこの時期に"蝉"というのはどちらかというと"異常"の部類に入るのかなと思います。
それにしても今朝はこの蝉くんたちが2枚の網戸に4匹、2匹と集中して抜け殻を置いていったことに対して感動しきりです。
お昼を食べてから裏の畑を草つぶしのためうなり、やや涼しくなったらいとこのところで種まきといたしましょう。
いま11時42分。
夕方も更新できるかな?

お昼を食べて家の裏をうなり、そのあといとこのところへ。
途中9年前の古タネの畑をチェック、ほとんど発芽せず・・・まき直し。
いとこのところでは3時頃から涼しくなり一気に6じ45分まで。25列。さすが疲れました。

やはり古いタネはきちんと発芽チェックのために10粒程度テストしてからが肝要のようです。
たとえ5度C保存でも"経年"という劣化要因があることを念頭におかなければならないようです。
もっとも10年経っても発芽するものは発芽するのですけれどもね。
きのうから今朝にかけてたぶん熱帯夜だったのかなと思いますがきょうはどういうことになるのでしょうか。
疲れすぎて爆睡、あるいは逆に寝られないと言うこともあり得ます。
まあ、なるようにしかならないですね。

2015年6月27日土曜日

きのうはずいぶんと

前から予定に入っていた食事会のおよばれのため畑はひとやすみということになっていましたが、運良く"本降り雨"だったためどのみち畑はできない日でした。
ラッキーでした。
楽しいお話とビール・餃子で生気をいくらか取り戻せたようです。
帰りはややあぶなかったのですが、電車の遅れで武蔵野線の最終マイナス1の電車に乗れました。

ところで行きのの電車の中で2Cellosというチェロのデュオ・グループの録音を聴いていましたが若さ・情熱がはちきれんばかりに極上の技術に支えられた演奏で眼が覚める思いで聞き入っていました。
ベルリン・フィルの12チェロのはっと言わせる登場はもう40年も前のことでしょうか。
このとき後にギター曲でおなじみのヴィラ・ロボスの名前をはじめて身近に感じたものですが、今回の2Cellosは今月の初めからアルバン・ベルク弦楽四重奏団のコンサート録音やスメタナかブダペスト・カルテットだったかと思いますがバルトークの弦楽四重奏、そして例のクロノス・カルテットをちょうどMDで聴いていたため意外性はありませんでしたが、音楽本来の即興性をほうふつとさせる演奏には感動しました。
たぶんこのスィングしている気分はジャンルを超えて若い人たちの感性にすっと受け入れられる要因かもしれません。逆にポップスやロックのひとたちもクラシックに"高飛車"性を意識せずにすんなりとはいっていけるきっかけになるのかとも思えます。
芸術とは?なんて言えた柄ではありませんが、芸術は大衆・平民迎合であってはならないと思います。
"つん"としていていいのです。いやいや"つん"としていなければなりませぬ。
貴族的でいいのです。
大事なことは、「まね、だけに終わらないこと」、「前の時代になかったことを作り上げること」だと思います。
しかもそういったものはおおむね、なかなか理解されない。
だから芸術家は"苦しい"。
生きることが苦しくなる。
パトロンを求める。
求めすぎ・迎合しすぎてただの商売に堕する。
ここにつらい選択をせまられるのです。

まあ毎日同じ(ような)ものを作っている職人には上に述べたことは雲の上のひとたちのことですが、学ぶところはたくさんあります・・・そのまま教訓に、反面教訓としても。

この2CellosというDuoが今後どういうふうになっていくかはなんとなく予想ができます。
ただ彼らはジプシー的な出自というわけでもなく、きちんとした教育を受けた人なので"音楽する喜び"をもっと深く・広くおおくの人に教えていく伝導師たる事は忘れないものと信じています。
がんばってください。
グレングールド、つのだたかし等古楽アンサンブルの先達たち、クロノス・カルテット等のいろんなバージョンがまだまだ出てくるのでしょうね。

でもやっぱし楽しいのははじめのはじめのような気がします。


2015年6月25日木曜日

6日連続の

農作業できょうはだいぶ疲れています。
ゆえに、夕飯のとんかつがうまかった。
きょうはいとこのところを20列。
一列が長いので体力消耗。
でも充実感はたっぷりで、ここのところ毎日寝付き3時間後に眼が覚めるとはいうもののそのあとまたすぐに眠りに入り・・・浅いので、夢はよくみる・・・疲れもとれているようです。

さて20日に蒔いた極小が発芽しました、ほぼ全員発芽しています。
そのとなりに蒔いた9年前のK在来は今のところ全く発芽していません・・・4日めなのでまだまだかしらね。

2015年6月21日日曜日

天気予報は

大はずれのようでした。
昼過ぎ畑に出ようか出まいかとまよっていましたが出ることにして正解でした。
まず家の裏を草刈り。
そして中富を昨日の続きで巻き終わりました。
昨日と違うK在来で、最近白目と茶目が混在するようになってきたので、保存してあった2006年産の古タネを蒔きました。発芽しなかったらもちろんまきなおしですが、去年の"白・茶混在"ロットから白目を選別してあるので、それを蒔くことになります。
25列。夕方5時終了。
途中やめようかという状況がやってきましたが、たいしてぬれることもなく続けることができました。
帰るときはお日様が照ってました、天気予報は大はずれです。
きょうは夜中に足がつりそうな予感がします。
実際、昼間つりかかりました。

2015年6月20日土曜日

午後

お店があったものの日没が7時過ぎであることを考えトラックで種まきの用意をしてでかける。
夕方お店交代で6時半まで2時間タネを蒔きました。
奇しくも4車線をはさんでの反対側にはいとこがうなりに来てくれていました。
早生の極小品種を15畝蒔きました、0.5反以下でしょうか。
去年より一日早いスタートです。
畑がはじまり散歩もしなくなったのが不眠の原因かもしれませんが、これからの農作業でその真偽がわかるでしょう。

2015年6月19日金曜日

去年の大豆日誌を

取り出してみるとなんと、6/21日から播種しているのがわかりました。ブログにも書いているかもしれません。そして一番最初に蒔いた2種は両方共に「ほきる=ボディばかりおおきくなってしまい実のならないこと」ことなくよく収穫できたことがわかっています。
去年こんなに早かったのは15反という面積に一気にふやしたこともあっての警戒感からだと思います、・・・・蒔ききるだろうか?という不安。

ということで今年も「行っちゃえ」ということで21日頃から同じものを蒔いてしまおうと思います。それと同時にやはり6月中に蒔いて「ほきて」しまい大失敗のもあるのでそれはくりかえさないように気を付けます。
例年の記録・記憶から「ややはやめ」ということを意識しながら6月中の播種を塩梅したいのですがやや"ばくち性"の高い世界です。
でも失敗も知的財産です。
そんなわけでまいたものの細かい成長、成長完了期の記録はきわめて重要なデータとなります。
あともちろん、枝豆でうまいか、豆腐(豆乳)にしてうまいか、・・・虫に強いかももちろん重要データです。

2015年6月18日木曜日

今日の午後は

大変でした。
午後1時から8時まで売り子。
途中休憩無し。
16時間労働かな、といっても体はほとんど使わないけれど。
ひまつぶしに混入・変異の多いK在来の純タネ用選別。
あっという間に時間は過ぎてしまったようですが家に帰るとくたくたです。
そもそもここ何日かやや不眠気味で毎日3時間くらいしかねていないかもしれません。
おやすみ音楽はエヴァ・キャシディーでいきましょう。ライナー・ノートに家族や友人への感謝の辞。書物でも意外と身近なひとへの献呈の辞が書かれているのがあちらさんの習慣です、日本だと師匠だとかパトロンというところでしょうね。意外とカネ・カネや世渡りがこういうところに出てくるのが物書きの卑屈精神丸出しの日本なのでしょうか。
エヴァの場合はもう「余命・・・」ということが意識にあったのでしょうか。
彼女の濁りのない透明な声には脱帽です。
にごりがいいんだよ、という歌謡曲・ポップスへの賛辞もまっとうなんですけれどもね。

2015年6月17日水曜日

クリーブランド オーケストラというとなぜか自分には

キリギリスのイメージのあるジョージ・セルのめがね顔、がすぐ頭にうかぶのですが先日BSでやっていたこのオーケストラの演奏会をみていて気づいたことがあります。
すべてブラームスの作品ですが一曲目が"ピアノ交響曲"ともあだ名されるピアノ協奏曲一番でした。ピアニストの細かいミスはあったもののピアとの協和はここちよく十分楽しめました。
日本人(の顔の)演奏家が多いことにびっくりしました。
例のスキャンダルで有名になったコンサートマスターのとなりには初老の女性。ちょうどせんだってジーンバンクで講演していただいた理化学研究所の先生みたく学者然・芸術家然とは全く感じさせないやさしそうなおばあちゃんという感じでした。
風貌だけでうれしくなりました。
もちろんにこにこしながら演奏していたというわけではありませんけれどもね、真剣そのものです。そのうしろには2人バイオリンがいたでしょうか。スペインのあの宮廷画家描く女性の風貌をしたフルート奏者がわたしには異様な感じがしました。そしてふたりのフルート奏者の使っている楽器が黒くてクラリネットのようでもあり、これはいったいなんなのかしらとクラリネットを検索すると"木製"のクラリネットがはやっているとのことでした。ちなみにヤマハで110万円。
金とか銀メッキがあたりまえの楽器だと思っていたら木管楽器本来の"木製"が復活したんですね。たぶん古楽つまりearly musicの流行のもたらした一現象なのでしょうか。古楽アンサンブルでなく普通のオーケストラでこういうことが起こっているようです。
古楽器の世界もいまでは新奇・珍奇だけでは通用しないほど演奏レベルもあがっていることでしょう。西洋音楽の一ジャンルとして落ち着きつつあるようです。
豆腐でいうと"にがり"は当たり前、在来種・無農薬も普通のこと、というのと同じようなものでしょうか。

このオケには7、8人くらい日本人の顔した演奏家がいるのでしょうかね。

付け足しで、指揮者とピアノのうしろ二列目のビオラ奏者がナターシャ・キンスキーそっくりの色白美人でした、絵になるほんとにきれいな方でした。
もひとつ付け足しですが、放送の後半はまだみていませんがオーストリアの聖フローリアン教会でのブルックナー7番で我が朝比奈さんが世界的名演をなしたブルックナー本人の眠っている教会での演奏会です。
教会自体が楽器となったオルガンを彷彿とさせる重厚なひひぎきをつくりだしてくれていることでしょうね、これはあとのお楽しみ。

草刈り。
隣の畑のMさんから枝豆を大量にいただきました。
そんなに甘くはありませなでしたがさわやかな若々しさに満ちた早生の大豆でした。
小分けして冷凍にしました。
いっぺんに食べると尿酸値があがってしまいます。

2015年6月13日土曜日

自分の発した

ことばに酔うひと。
自分の演説・あいさつに涙を流している・・・会長・会頭、・・・市長。
いのちとかいきる力とか「いいこといったなあ」なんて自己満足に陥っている教壇にたったこともない文部官僚。
読むだけで作曲もしたことない指揮者や評論家たちのたいそうな表現・評言。
作ったこともないのに、またたいしたヴァリエーション、多様性を経験したこともないのに商品に良・不良の点数をつける食い物評論家たち。
読書の集積だけから「ひとのこころが読める」とうそぶいている売文物書き。
新聞の論説を組み替えただけの「おいらの見解」。
・・・・・。
数え上げたらきりがない。
・・・のつもり、・・・きどりにあふれかえっているのが昔も今も変わらぬ"世間"というものでしょうか。

らっきょうを1キロ、黒酢・はちみつにつけました。
にんにくすこしばかり醤油・砂糖・はちみつにつけました。
タマネギを黒酢・はちみつにつけました。
南高梅2キロを梅酒にしました・・・この高級梅は梅干し専用なのでしょうか。まあ、実験と言うことでいきます。

夕飯時にテレビをみていると駿河湾のあじをやっていました。
ボディの上半分がなにやら金色に光っていてふつうのよりややおおきめです。
あじは普通は近海を回遊して荒波にもまれてしまっているのが普通だそうですが、駿河湾でとれて珍重されているのは回遊しないで湾内のおいしいえさをたべているものらしいです。
油がのっている。
でも待てよ、これって皮下脂肪、単なる食い過ぎ・肥満じゃないの。
ただえさがこんぶとかおいしいものばかりのようで、えさのせいでおいしいということかしらね。
ここで思い出すのが関さばと同様豊後水道つまり関と三浦君とこの佐多岬半島の間でとれる関あじです。
あそこは明石海峡同様荒波にもまれて筋肉がひきしまり・・・、の論ではなかったでしょうか。
駿河湾のなかで食い道楽しているあじとは正反対です。
この辺の説明をテレビにしてもらいたかったのですがね。
なんでもかんで"甘いのがいい"というのがひとの味覚の美意識をそこねているのではないでしょうか。
自然に甘いのはもちろんいい。
大豆の在来種は、つまり品種改良されていない野生に近いものは、すべてとはいいませんが雑味も豊富ですが甘いものも多い。
あえて改良しなくても自然状態で甘い。

しかるにいうちご、トマト等諸果実・くだものひたすらに甘く・甘くと品種改良していく。
ヒトの味覚は堕落していきます。

こういうのって食べ物ばかりでなくて、文章、おはなし、音楽、絵画、映像、器・・・なにからなにまで大量生産・大量流布されていく薄利多売改めぱくりやばい商売の本質なのかもしれません。
みんなと同じだと安心。
その裏返しとして主張のはっきりとしない「ただみんなと違えばいい」になっていってしまうようです。
自分が生きている間にいまのかたちの資本主義の一形態がどういうふうに崩壊していくのかみることはできないのかなとは思いますが、確実に壊れていくものと確信します。
こわれたあと何がくるんでしょうかね。
そしてどういうふうに落ち着いていくんでしょうかね。

2015年6月12日金曜日

朝霞まで

配達があって混雑の川越街道を久しぶりに走りました。
「朝霞警察付近でのろのろ」というのは決まり文句の表示で「はい、わかりました」。
税務研修所前で左折。税務研修所というのは司法修習生の研修所みたく税理士や国税専門官の訓練所なんでしょうね。
交差点から駅前まではすばらしい樹木のトンネル。
いい町並みで・・じゃなくて道の風景かなでうれしくなりました。
きょうはこれがいいたかったです。

畑は陸稲もささげもおおむね発芽。ささげは2度蒔きしてますがテグスの効果はあったといえるのかしらね、でもまだまだ大量に蒔いた大豆の上に張ってはじめて効用の是非はいえるのですけれども。おおざっぱに今年の播種選定、順番を頭に思い描いていますが早生以外はおおむね収穫・できあがり時期が同じなので何やっても無駄かなという感じはしますが"若干"の速い・遅いの時間差を利用できればなと毎年無駄な抵抗をしています。
特に今年のキーポイントは去年O在来の中からとれた"背高のっぽ白目"の変異種です。
見た目がきれいでうっとりしてしまいます。
今年は増産です。

家に帰るとショルティをGoogleで。
アムステルダム・コンセルトヘボウの来日公演でキーシンを迎えてのベートーベンの『皇帝』がMDで残っていたので聴いていたのですが丹羽正明さんの解説では指揮とピアノの不一致を言ってましたが、自分には久しぶりと言うこともありまた録音が秀逸であったためとてもいい演奏会のろくおんでした 。そして当時業界最長老のショルティに対する評言がいま言ったそれだけだったのでがっかりしたわけですが、いったいショルティというのはどういう評価を受けているのかとネットで調べると、比較的若いと思われるひとの言ばかりであまり読む気にもなれなかったのですがおおかた「ばかにされていた」ようです。「へぇー」とばかりに意外に思いました。
たしかにフルベン、ベーム、チェリ、クナ、クライバー、マタチッチ、バーンスタイン、朝比奈、山田和雄・・・とくらべると際だった個性もなくアバドと同類の"現代"(といっても1970-2000を意味しますが)を代表する指揮者と考えていますが、「まずく」はないと思います。
どちらかというと「いい」です。
いいけど陳腐、陳腐だけどいい。高貴な凡庸です。
とくにこれはオランダの放送局から送られた録音テープでのNHK放送と記憶していますがベートーベンの『田園』は秀逸で、過去音楽で涙を流した5演奏の中の一演奏でもあります。
きょうきいた『皇帝』もとてもよかったです。
キーシン、などというとミーハーみたいですがきょうのはよかったです。
15歳からの目立ち人生ですが、いまはどんな感じなんでしょうね。
中国のリンリン・ランランとかいうピアニストもネットでの音楽ニュースで時々"スペル"を拝見するので、ミーハー相手のアクロバット演奏家は脱しているのでしょうか。

丹羽正明さんはFMでさんざんお世話になった評論家で、いろんなことを学んだかたです。穏やかな口調で好きな評論家でしたが宇野功芳ほどのインパクト・あおりのことばは発しない人で一見陳腐に感じられたのかもしれませんがいいことばで音楽を好きにさせてくれることばをたくさん発してくれた方です。
でもきょうの解説はわかりませんでした。

ステレオの"高級"セレクター(金メッキ、高級ボリューム使用)の断線による左・音出ずを発見しひさびさに「ハンダ付け」をやりました。ハズキルーペなしの肉眼でこまかいところをくっつけましたがおもしろかったです。カメラ内のハンダ付けよりははるかに楽で、もうこの年齢ではこの程度かなと思いました。
夜になっても蒸し暑く夏も本格的にやってくる予感です。
すずしい音楽・・・ドビュッシー、いやいや熱くてしょうがないバーベキュー音楽もいいもんです。

2015年6月11日木曜日

期待という後に

「はずれ」という語がくっつくのは日常生活の中でごくごく当たり前のことになっていますが・・・それだけ日常がぜいたくになってしまった、ものが多すぎる、比較する基準の能書きが多すぎる・・・「期待以上」という語を使いたくなるものにひさびさに遭遇しました。
補聴器です。
メーカーはパイオニアで中国製だとは思えますが、とても自然に音がおおきく聞こえます。
補聴器というよりは「集音器」というようで、17800円でした。
母のは真空管で昔名前を覚えたドイツのシーメンスのもので小指の第二関節くらいまでの大きさで電池を入れたりするやっかいさばかり記憶に残っていますが数回使ってどこかへ行ってしまいいまだに出てきていません。たしか20-30万円の間でした。
この17800円の機械はすぐれものです。
自分の生活に革命が起きたような感じです。
ごく自然に音が大きくなったように感じます、音質はすこし変わっているかしらね。
テレビを正面にしてこれをつけると、自然にテレビの音量がおおきくなったような感じです。
会議のときなどにもっていこうと思います。
日常生活では付けないでいままでどおりでいこうかなと思います。
たぶん衣擦れ、風の音とううるさく感じられるかもしれませんがたいせつな話をしているときにあれば十分です。
少なくともテレビを前にしてこれを使ったときの聞こえがとてもよかったことだけはたしかです。
「生活の革命」が自分に起こりました。

2015年6月8日月曜日

梅雨入りしそうだなと

朝の天気予報を見ながら予想していたら案の定そのとおりになりましたね。

最近はとろくなったとはいえ元来が機械好きで、アンプ・カメラ・時計・ステレオ・・・と比較的ちいさい機械に興味を示しこわしたり組み立てなおしたり、動かないのを動くようにしたり(みせかけたり)して遊ぶのが生き甲斐でもありました。
コンパーの大判シャッターなどは原因が他にあったであろうはずなのに、ある部分を削って強引に動かしたりして(どこかにマイナスは生じているはずであった)ほくそ笑んでいた昔が笑って思い出されます。
今はちいさいものに対する眼の分解能が落ち、ねじ山の方向すらわからなくなってしまいハズキ・ルーペを使ったりしていますがやはり肉眼の良さには・・・というところがあります。
耳は特に聴力が劣化し音が割れている原因が耳なのか機械なのか・・・接点不良、ガリ音ボリュームのせいなのかよくわからない状況です。
ラックスの真空管アンプ(プリ、パワー)の最新版で真空管としてはかなりメリハリのいい現代的な性能を獲得できた機械のはずなのに「こんな程度」かとがっかりしたり・・・というのが耳のせいなんでしょうけれども・・・と感覚の劣化にがっかりするばかりです。
老化とはこんなものなのかしら。
通常ならば「肉体は衰えても感覚・感性は年とともに・・・」と書きたいところですが自分の場合は劣化していくばかりのようです。"知"の体力の劣化ってあるのかなあ。・・・感性はもちろん知性の一種と考えていますが。

新聞の日曜版には一面・二面にわたるコラムが"有名な"論客によって投稿いやいや以来原稿で載せられていますが、きのうの読売朝刊で北岡伸一とかいう政治学者が書いたものを読んでなんか陳腐だなあと思っていたところN氏の薦めでみた谷山雄二郎という青年のYoutubeの発言があまりにも強烈で説得力があったので"東大教授"・・・政治学者とはいっても"法学部"政治学者・・・という社会的地位・存在の重さというものを考え直さざるをえないものと感じました。
公務員・学者・インテリとしてのポジション保全のためにこんな程度の発言しかできないのかなとがっかりでした。
従軍慰安婦問題も"事実"の確証はどこ吹く風で謝罪・賠償の主張。
こういう"先生"のもとからこの国のドライバーたちが増産されていくんですね。

谷山雄二郎さんは一件芸能人ぽい・・・出だしのころの水谷豊や柴田恭兵みたく・・・大丈夫かなと心配してみていたのですが50分くらいでしょうかあっという間に時間が過ぎてしまいました。
日本の教育をうけたひとではないなと話の展開やジョークの組み立てからすぐにわかりましたが、"推論"や"おもいこみ、不勉強"から組み立てている多くの我が国の有名論客とは全く異なった論理展開で気持ちが良かったです。
事実を材料にした論理の展開の重要性をたたきこまれました。
それにしてもこのような教養の持ち主はいかようにして作られたのかなと想像してみるのも楽しいことです。旧制高校のシステムならばこういうのもありかなと思います。
それにしても慰安婦問題はどういうふうに展開していくのでしょうか。
河野洋平。
こんなかたがいたんですね。
でも目先の"落ち着き、安定"のためにこんなことも言っちゃうんですね。
会社の社長ならとんでもないことがそのうちやってくる。
自分の判断にきちんとした責任をともなわない職業っていいですね。
時間・任期が過ぎてしまえば関係ない。

・・・・などということを考えながらブログ更新。
MDで遊びましょう。
MDという機械・方式もかわいそうなもので最後の最後にソニーがファイル転送できるしくみにできたところ゛iPodやメモリー・ウォークマンが出てきてしまったんですね。
MDは今の基準からするととても重いですが、この程度は"物質感"としてあって当然のものと思うんですけれどもね。重さとそれに"おおきさ"も、です。

2015年6月5日金曜日

ちょっと忙しくて

更新していませんでした。

午後畑をかきまぜているとぽつぽつと雨。
とりあえず3反片付けて家に。
やや小降りとなり家の裏の陸稲とささげを見に行きました。
陸稲まったく出ていません。
ささげはすでに出ているとはいうもののだいぶはとぽっぽにられていました。
引っこ抜いて遊んでいるだけで、こちらをばかにして笑っているようです。
そこで今年初登場の"釣り糸(テグス)張り"をしました。
どのように張ったらいいのか知識がないためとりあえず畝の上に張りました。
こうするとハトがたとえ一回目は着陸したとしても離陸の時に糸にはねをひっかけたりすると、羽をいためたりの危険を学習しその次からはそこの畑に近づかないということです。
複数のひと、複数の地域のひとにお聞きしたのでたぶん大丈夫なのかなと期待しているのですけれどもね。
一番完璧なのはもちろん高価なサンサンネットをべたりと地面につけてある程度まで発芽後そのままにしておくことですが、順番に移動していくのがひとりではとても大変なのです。それにサンサンネットが高価なのを知っているやからがこれを盗んだりするのです。
うまくいくといいのですが、大豆シーズン始まり前にささげで実験できるということでラッキーでした。だめだったらまたサンサンネット追加購入となります。100メートルで1.8万強(税抜き)つまり2万というところでしょうか。

寺田寅彦のエッセイを朗読で聴いています。
彼は五校に在学中に漱石の授業を受けており、それが縁で漱石一門に列席していたというわけですが、そのときの授業のことなどがおもしろく聴けます。
「そんなこと君、(小説を)書いた当人にもわかるわけないじゃないですか」とやたらと質問をしてくる生徒に向かって返答している話などおもしろかったです。
大勢ひとが居る前でやたらと質問するという"人種"は昔も今もいるようで、自己顕示本能の典型なのかもしれませんね。
また『茶碗の湯』というエッセイもおもしろく、茶碗の中に湯が入っているというありふれた事実の中に"蒸気"、"光の屈折"・・・といった複数の科学現象があるだよ、という話なども漱石から学んだことは確かでしょうが漱石自身も弟子から教えを再確認させられたようでいてさぞかし「えへへ」といったところかなと思います。
ここで一連の漱石関係の朗読を聴いていて思ったことは評論家ということばをあれやこれやと考え込んでしまいました。
絵はまったく描けないのに絵の読み込みはするどいひとたち。
楽器はひとつも満足にこなせないのにこれまた読み込みの表現をことば豊かに展開できるひと。
食い物評論家。
骨董見識家。
・・・・・。
ことばで生きている人たちにきわめて疑問を感じてしまいました。
絵を例にとるとたぶん、作家が意図していないような崇高な理念・重い、線・かたち・音楽性・論理性・・・・といったむつかしいことをじょうずに"説明、よいしょ"され、作家自体が「おれってこんなことも無意識のうちに我が手がみちびいてくれたのか」なんて思ってしまうことが、多々あるのではないかと思います。
描いている本人の意図は少しそれに近いところにあったとしても、りっぱな"弁士"の応援に「そうだ、そうだ」となってしまうこともあるのかなあ、なんて思ってしまいました。
このことは絵についてなんの見識もない山下君としては思い上がり、僭越な見解かもしれませんが・・・。
で食い物評論家なるもののいうことはおおむねあたっているのかなと思います。
作っている当人はそんなに高邁な理想のもとに制作しているわけではないのにたいそうな能書きをプレゼントしてくれています。
制作者は有頂天になってしまいます。
ここから堕落が始まります。

ことばはあまり信じなくなってしまったのが昨今の心境です。

2015年5月30日土曜日

きょうは午後お店に

出ました。
友人のお茶屋さん改めコーヒー屋さんとおしゃべりできました。
アメリカから上陸したチェーンのコーヒーの特徴は深煎り、ということです。
コーヒーをあれやこれややる前は"深く炒ったもの"、細かく挽いたものがいいという先入観がありました。
深く炒るというのは極端にいうと"炭"にしている、つまりどんなものもみんな同じようになってしまう。いいも悪いも無く、要するに"古い"をごまかすためにそうしているということらしいです。
ほんとにこだわっているひとは浅めに炒って・・・ということでした。
挽き方も、これはN氏から教わりましたが中目あるいはやや粗めということでした。えぐみが出過ぎないようにとのことでした。
なーるほど、そうすると窮極はブルーマウンテンかということになりますね。
ただしこういったものは好みの問題なのでそう簡単に決めつけはできないのでしょうね。
やはり文化は多様性ということでしょうか。

社会もそうですね。
性格も、主張もいろんなひとがいたほうがいい。
もっとも社会運営はそこに"妥協"と少数意見考慮、という方便が入ってくるのですけれどもね。

2015年5月28日木曜日

円が119円くらいで安定していても

ガソリンの値段はちっとも安くなってはいかず133円止まりだったような気がしますがここで一気に1ドル125円、130円ととばしていけばガソリンも140円、150円、160円となっていくのでしょうか。
プラスチック製品も値段が下がることなくまたまた値上げでしょう。
輸入大豆があがれば必然的に国産も便乗・必然値上げとなっていきます。
景気はダウンで、ここのところ最後の最後まで低迷している最終末端消費・・・つまり日用品市場はまたまた不景気に。ということでアベノミクス・ダウン。
どうなるのでしょうか。
もうかったところから政府の作為コスト分をちゃんと吸い上げているのでしょうか。

スポーツ界の汚職もいまさら、という感じです。
頂点のオリンピックの運営自体がカネまみれ。
スポーツって商売なの?という疑問は今ならばかにされてしまう質問かもしれませんが、改めて「スポーツって商いなの」と問い返してみたいです。
サッカーだけではない、すべてです。
オリンピックもやる必要ないなと思いました。


陸稲蒔きました。
収穫というよりも"わら"欲しさです。
あしたはあずきを蒔こうかな。
ゆすらうめ収穫。
35度の焼酎1.8×2リットルに漬けました。

2015年5月27日水曜日

朝から

ビールが飲みたくなるような暑さです。
34.6度もあったのはどこでしょう。

朝のテレビのニュースで「種継ぎびとの会」というのをやっていました。
"タネつぎ"とは昔からある地域に絶えることなく継続的に播種されてきた、すなわち今も栽培されている作物・・・要するに在来種の栽培のことです。
ウチの場合は"実験場、試験場"の意味があるので"昔から所沢で絶えることなく"という文言は通用しませんが、ジュラシック・パークみたく"復活"実験とそれに付随するさまざまな知的副産物獲得のためにやっています。
副産物の宝庫です。

こうして獲得されたデータがどちらかというと組み替え技術に利用されたりしているので不満は多々あるのですが、学者の知的好奇心を押さえることは不可能だと思います。
遺伝子にかかわる知的産物は医学とも交錯しており、しかも最先端と称する"理工系"の技術ともだぶっているところがあり、もはやとどまることをしらない知的混淆状態にあるというのが生命科学の実態とえるでしょう。

ただ自然から逸脱しすぎた、思い上がりの"人知"はいずれはさまざまなものを巻き込みながら悪魔の所行よろしく、自滅の末路にいたるよう気がします。
「特定の形質を取り除く」、「特定の形質を強化する」、「特定の形質を他の生命体から移植する」、「動物に植物のある形質を取り込む」・・・、なんでもありの科学の時代はもう目の前にあるいはすでに行われているのでしょうね。

地球上から多くの生命体がほろびた時期が地球誕生後何回かあったと言われてますが、次回は何が起こるのでしょうか。
彗星でもない、火山でもない、太陽でもない、・・・・。人間自身の愚行が生み出した地獄絵もどきの惨状が出現するのでしょうか。

自分らは何をしているのが一番いいのでしょうか。
みんなつながっている。
霞を食っていると言いながら実際に霞だけでいきているひとはいない。

畑の境界のお茶の木刈り込み。
カイガラムシびっしりの木が多かったですが、活き活きと活動しているカイガラムシの木はそんなにありませんでした。多くは残骸で、文字通りの貝殻状態です。
一本すごいのがあったのでかなり深く刈り込んで、なおかつ幹にこっついているものをこぞげおとしました。
ぞくぞくと寒気がするものの、去年の海棠のカイガラムシ退治がおもしろかったので、しばしお茶の木でもこれを楽しむ。
この害虫はネットで調べても薬物では退治困難なようでこそげ落とすとか、火であぶるしかないようです。火であぶるのは幹をいためてしまうのでむつかしいと思いますけど。

刈り込みハサミも何時間も使っているといいかげんバテテきます。
いい肩・腕の運動になりました。
すぐそばのいつものおじさんが車に収穫したばかりのたまねぎを置いていってくれてありました。

我が輩は猫であるの朗読はまだまだ続いていて毎日楽しいのですが、一週間ではとても無理で2週間くらいはかかりそうです。
マクラウドの本もまだまだ終わりそうにもありません。
熱くなるほど、だらだらと汗を流しながら読むのが山下流なのですが・・・昔からそうで、8月は結構本を読んでいます。

2015年5月25日月曜日

我が輩は猫である、

の無料の朗読をダウンロード。
mp3で一枚のCDに。
車の中で全部聞くのに4,5日はかかりそうです。
きわめて上手な朗読で、読んでいる人はもとアナウンサーか俳優さんのようにも思えてしまいます。
便利な時代です。
こういう自己顕示欲はいい。
たぶん"ひとのため"などという思いで始めたものではないと思います。
自分の得意、大好き分野で出すこういった自己顕示欲はいい結果になりやすいかなと考えますが・・・。(もちろん犯罪への誘導じみたものも多々あるんでしょうがね)。

高校生の頃に一回読んだきりなのでおおかた忘れてしまっていましたが、雰囲気はなんとなく覚えていて朗読を今こうして聞いているとくすくすとした笑いがあとからあとからと続いていきます。

きのうはウチのお客様で音楽好きの同年代から引っ越したからと木の香りのぷんぷんする家へおよばれしました。
大好きな分野なのでだいぶおしゃべりしすぎたようにも感じましたが、おだやかなやさしいご夫妻でほっとしました。
このごろ、どういうわけか自分と同年代・ぴったし同じ年齢のかたとの出会いが多いです。
自営とサラリーマンでは生活感覚が全然違うのかなとも思うのですが、それ以上に"通り抜けてきた時代の同一性"や60年という時間の蓄積の共通性等考えると結構話が合うようです。
もっともすべてこういくとは限りませんがね。
なにか引き合うものが・・・"引力"が働く組み合わせというものがあるんでしょうね。
金曜日のビール屋さんでのおしゃべりもきわめて楽しく、そういったたぐいのものだったのかなと思いました。・・・それとそれまで悶々としていたこころの中のしこりをさらけ出してしまったのですっきりとしてしまったのでしょうかね。

きょうは畑を3枚ほどうなり(かきまぜ)ました。
あしたはごまと陸稲でもまこうかなと思います。

2015年5月21日木曜日

きょうもお店。

きのうからきょうにかけては睡眠3時間。
10時頃寝て1時ちょっと過ぎに目覚めてしまいそのあとは寝たり覚めたりの繰り返し。
明け方には雷様。
きょうも実に眠かったです。

はじめて外付けハードディスクを購入。
えええ、こんなにちいさいの。
この中にマイ・ドキュメントノ写真や音や雑誌・報道のスクラップ等をしまっておけばこれを持ち運びして異なったパソコンで使えるわけね。
もっとも万が一落としてこれをこわしたらどうなるのかな。
結局大事なものはCDやDVDに焼いておくということだろうか。
しかしこのCDやDVDも酸化による劣化・破壊があるわけだから、ほんとにほんとの大事なものは10年程度ごとに焼き直しということだろうか。
結構やっかいなものかしらね。
いずれにしてももうすぐあふれそうになっているこのVISTAも当座のHELPができたわけでしょうか。

2015年5月18日月曜日

大豆を

30袋ほど、低温倉庫に保管してもらうことにしました。
ひと月いくらという感じの料金です。
出し入れ・配送まで含めての料金なので自分で農業用冷蔵庫を設備するよりは安いような気がします。
それほど冷蔵庫というのは"やわ"でCPが低いです。
故障も多いし維持費・電気代も高い。

裏庭でピラミッドどくだみまっさかりです。
ゆすらうめがちらほら色づいてきました、去年漬けたのはまだ飲んでいませんが途中でなめた感じではとてもいい具合です。
あじさいも花が青い状態で、色づくのを待っています。

けさのニュースで、震災被害のあった東北の内陸部・・・地名を聞き逃しましたが、地震でダムが崩壊し幾多の死者をだした不幸な歴史を追っている地域のひとが、戦後すぐにできたダムなのに湖底に山あじさいの芽が出たのに気づきそれを他に移植し2年後に花をつけ た話をしていました。
とてもいい話でした。
わずかな時間のニュースでしたが"いい"童話を聞いたような気がして涙ぐんでしまいました。

午後はきのうの歩きすぎで出来た足の裏の"マメ"が片方はそのまま、もう片方はつぶれてしまったことも考え散歩は中止しました。
今年のタネ用大豆を若干整理しました。

2015年5月17日日曜日

パソコンも

必要に迫られての話ですが、欲しい情報があるときだけ"やり方"のあれやこれやに夢中になって若干知識が増えるわけですが、"夢中"期間が過ぎてしまうとまたまた技術が下がってしまうんですね。みんな忘れてしまう。
今は"夢中"期のようです。
音声もののダウンロードに夢中です。
散歩中に"遊べる"からです。
きょうも柳瀬川回廊、志木市役所、志木大踏切改め地下道、手焼きおせんべ屋さん、帰宅といったぐあいに28000歩/4.5時間きっかり歩きましたが4時間もウォークマンを聞き続けていると空きます。
気温は30度はあったであろう2時台は、すずしいときの自分の定番ドビュッシーの前奏曲集Ⅰ・Ⅱ/ミケランジェリで快適なお散歩、そのあとはラジオドラマとリア王の講義、いつもの大瀧詠一「冬の旅人」さまざまバージョンといった具合に紆余転変しましたが夕方も5時台になってくると風が心地よくウォークマンなんか聞いているのは無粋の極みだと感じました。
自然の風、音・空気感を感ぜよ、です。

きのうはきょうと同じコースでしたが武蔵野線新座駅ですでに6時近かったので電車で短縮。
きょうは捲土重来です。新座駅前・野火止交差点で5時10分。
長い距離歩いていると自分のペース配分とか意識するようになり、"作戦"の重要さを感じます。しかもこれからは30度続出でしょう。

5000歩で調子が出ます。
しかし肩が疲れるようになり、かばんなどないほうがいいことがわかります。財布もうっとうしい、小銭入れかポケットにじかに小銭入れた方がいい。
かばん無し、ポケットティッシューとハンケチあるいはタオル。それだけ。
水・茶は自販機でいい。
それと帽子。

脚のほうは基本的には最後まで快調かなと言う感じですが、スタート時よりは最後のほうは若干脚力は落ちています。肩のほうは25000歩あたりから疲労を感じなくなりました、麻痺してしまうことによる錯覚なのでしょうか。
4.5時間で28500歩なので10分あたりで1000歩強が平均的な足運びですが、スタート時は1200歩、最後のほうは1000歩かそれ弱になっているかもしれません。
気持ちだけは元気なようでも他人からみたら最後はへとへとになっているように見えるのでしょうね。
いずれにしてもきょうは新記録達成です。
志木街道経由で南浦和まで25000歩だったので、28500歩ならば与野か大宮程度には達していたものと思われます、バンザイ!
こういうのは自慢してもいいなあ。

子供には貸し冷蔵倉庫屋さんに預ける大豆を縁側の前に出してもらっておきました、すいませんね。

2015年5月15日金曜日

きょうもあしたもお店。

しかし副産物も。
30数年ぶりにお客様だったAさんが。
やはり30年の間にはいろいろなことがあり、夫婦そろって大病をしたとのこと。
でもやせたとはいえ元気そうでなにより、今度一杯やりましょうということに。
帰りは東村山まで電車で行き、まず正福寺に。
記憶の中にある正福寺とは違うものにみえたのですがやや時間をおくとまざまざと昔の感動がよみがえってきました。
鎌倉の円覚寺舎利殿と同じ様式のつくりでその渋い色調、素朴・剛健さ・威圧感はやはり"関東"であることと時代の作り上げた者なのかなと感じました。
見ている人は私だけ。
気軽に入れて気軽に近くまで寄れてしまうのがかえってこわくもありました、心配です。
これでも国宝管理なの?と思いました。
次回はカメラ持参で"部品"をことごとく接写してみようと思います。
前に夢中になっていたときは脇にぼたん園、ちょいとうしろにあじさいといった具合に花を前掲にして背後に本体を入れて楽しく写真撮影できましたが、きょういってみてなんとなくせまく感じられました。
ぼたん園はつぶされて小灌木に。
あじさいの植えられていた参道沿いには大きな石碑がいくつも建てられ、・・・さん寄贈とかなんとかのよくある文字がきざまれました。
このお寺は単なる見せ物・観光・・・・ここでパソコン、ダウン。終了作業に自動でなってしまいました。
(明けて5/15日記述)
このお寺は単なる見せ物・観光でにぎわっているお寺ではなく周辺の多くの檀家をかかえた生きたお寺であるためこういうことになるのでしょうかね。
国宝建造物への配慮を考えるならば以前のゆったりとした(悪く書けば、ただっぴろい)風景の法がはるかによかったです。

正福寺を後にしてうろおぼえの裏街道を歩きながら西武新宿線をわたると左に老舗の当麻石材屋さん、その隣がどういうわけか長屋(庄屋)門。ややちいさいですが立派な門。
しばらく行くと東村山になんと造り酒屋。なんとこんなところにあったのかと驚いてしまいました。小銭しか持っていなかったので次回に購入予定。
やがて空堀川沿いの遊歩道。
このブログを書いているきょうNHKで放送されたのですが、なんと火野正平の自転車隊が自分と同じ所を走っていました・・・にたり。
そして円福寺のところで進路変更・・・ここにK先生のお父様が眠ってらっしゃるはずですが・・・して東久留米へ(これまたウチの親戚のそばへと続く通い慣れた道でした)。
自分の散歩コースが移っていておもしろかったですね。

ちいさいパソコンはWindows7で調子がいいのですがキーボードがちいさくて使いづらく、ブログを書くのは調子の悪いVISTAのほうでワープロしています。

ところできのうとは違いますが午後お店に立っているとウチの近所出身という方が買い物に来てくださりまたまた意気投合して世間話。
特にバード・ウォッチングの話がおもしろく「へちぇー」の連発でした。
カワセミなどという者はうまれてこのかた2週間前まで実物をみたことがなかったのに、川がきれいだった自分の子供時代には当たり前にいたんだよ、ということでした。
最近増えてきたということはだいぶ川がきれいになってきたということでしょうね。
さらにその方はいろんな鳥の名前を出していて、身近にそんなに鳥がいるとはびっくりでした。
自分では雀、からす、目白、こじゅけい程度しかしりません。
こじゅけいやキジバトも山林にはほとんどいなくなりましたがね。

2015年5月13日水曜日

草むしりと草刈りで

午後はつぶれました。
パソコンはモデムの"コンセント"を付けたり外したり繰り返しましたが、メールのダウンロードはあいかわらずおそいです。インターネットのつながり自体は回復しているでしょうか、つまり"現在つながりません"みたいな表示は出なくなりました。
椅子に座っての据え置きパソコンは悪評のVISTAですが、容量自体もだいぶ少なくなってきていて、重すぎるのかなという感じもします。
そういえばここのところiTunesやPodcast、Librivoxといった"ただダウンロード"ばかりしていてだいぶデータがたまりすぎてしまったようです。
きょうはダウンロードした圧縮ファイルをそのままウォークマンにダウンロードしても"曲"のリストに表れず、それなのに他のところで調べるとあきらかにウォークマンの中には入っていることになっているファイルが、どうして"聴けないのだろうなと悩んでいました。
あれやこれややっているうちにzip形式とは、zipperつまりチャックのことであるということと、そのままでは受け取る側の態勢ができていないのでうんともすんともいかないことがわかりました。
"解凍"するんですって。
というかファイル名を右クリックして「すべて展開・・・」という作業をすればいいことがわかりました。
ファイルの形式とか保存の方法とかやっかいなことばかりが多くて混乱します。
将来的にはこちらの作業の"意図"がコンピューターが察知してくれてどんどん先へ先へと作業を進めてくれるようになるのでしょうか。

Librivoxというのは英語圏の無料朗読サイトで、もちろん英語・仏語・・・・とありはしますが、ウィキペディアみたく無償の奉仕によってアップロードされてできあがってるサイトです。
YouTubeもある意味ボランティアでしょうが、「知ってもらいたい」という思いでアップロードしたのならば公にダウンロードしてもいいとは思うのですが、"芸能人"の隠し撮りとかテレビの録画を勝手にアップロードしているむきも多いのでやっかいなのかしらね。
日本にも無料の朗読サイトがごくごくこぢんまりとやっていたとは思いますが、なかなか充実しませんね。
古典や著作権の切れた作品など材料はいくらでもあるとは思うのですが、"読み聞かせ"とか視覚障害者等への朗読ボランティアのまだまだの状態の表れでしょうか。

夕方また佐多岬半島から元気な電話がかかってきました。
現況報告ですが、楽しく豆腐造りに邁進しているとのことでした。
こちらもうれしかったです。

2015年5月11日月曜日

ほんとにきのうきょうと

パソコンがおかしいというかインターネットにつながりにくくなっています。
パソコン2台ともになのでパソコンが原因というわけではないと思うのですがいらいらしてしまいます。
きょうのお昼時はまったくだめ。
今2時ちょっと過ぎで、つながりました。

車の中でハムレットの朗読を聞いていますが何度聞いてもおもしろいのが゜オフィーリアのお父さんのボローニアスとハムレットの会話です。
当時のことばの発音は当然のことながら現代のものとは異なっていて、この録音のまったく"今風"の発音には問題があるかとは思うのですが、ことばのインタープレイのすごみはよく伝わってくるので楽しさこの上ありません。
現実の社会生活でこのようなことばのやりとりがあつたとはとても思えませんが、にたにたしながら脚本書きに三昧となっていたシェイクスピアのわくわく感は伝わってきます。

外は暑いけど家の中はすずしくていねむりには最高の陽気です。
でもいねむりというわけにもいくまい・・・というわけでこれから・・・。

いつものコースで少し歩数アップ。
柳瀬川回廊、英インター、新座野火止交差点、志木街道、いつものおせんべい屋さん、帰宅ということで21000歩。3時間強。
歩いているといろんなことを考えます。
きょうは過去出会ったひとたちを考えました。
つながっている人、切れた人。
つながっていようが切れようがすべて自分には栄養になっていて大切な資源であることに変わりははありません・・・こういう言い方はやや不遜かしらね、"資源"?・・・。
出会ったとはもちろん面識があるというのが一番基本にはなりますが、神様みたいにたてまつっているのは実際には合ったこともない(ありえない)ひとや瞬間とか数時間ご一緒しただけというひとが多く、実生活で"・・・先生"と呼んでいるひとは入っていません。
・・・先生と日常的に呼んでいる方たちは「・・・師匠」というよりは、なんなんでしょうね尊敬というよりは敬愛とか"大好き"とか・・・欠点まで含めて信頼しきっているかたたちです。
欠点のないひとはいません。
欠点まで愛してしまえるひとがぼくの"先生"です。
尊敬、ということばはむつかしすぎる。
尊敬しているのは湯川秀樹、猪熊弦一朗、渡邊耕三、御子柴公人、松下村塾のひとよりは最後の会津藩士たち・・・です。猪熊先生は吉田松陰になぞってもいいのですがね。
先生と呼んでいるひとたちはこれとはちょいと違うんですね。

根がだらしないせいか潔癖症のようで居てそうでない。
ある面では潔癖でも他の面ではだらしなさも許してしまう。
仕事は潔癖でなければなりませんが、実は完璧ということばをもってこられるとやや違和感を感じます。
食べ物屋なのでいいますが、"うまさ"はおもしろさでもあります。
これは手作りにしか実現できない強みでもあります。
完璧を"臨機応変に"少しずらしてやるところにほんとのうまさがあります。
制作のその都度に「"ずらし"のあそび」をすることです。
ずらすことは"完璧"を理解していないとできません。
楽器の演奏もそうかなと思います。
完璧のまんまがつまらない。
逸脱はあくまでも完璧の上に立った遊びであることを意識していなければなりません。
こういうのは畑の作物の栽培とはちょっと違うところにあるのかなと感じます。
農業と食品製造・加工業はちと相容れないところがあるのかなと思いますが、似ていないからこそプラスの刺激が生まれるものだとも考えます。

・・・・・。
まあ、こんなことをそこはかともなく考えながら3時間歩き続けました・・・いやいや、おせんべ屋さんで15分ほど一服してましたね。
家に近づく頃には右足がやや"つり"かかりました。
やはり自分にとって20000歩はひとつのちいさい壁のように思えます。
夜中につらなければいいのですが。

2015年5月10日日曜日

きょうは午後

疲れていたせいもあって、ずーっとパソコンで遊んでいました。
ウォークマンの中身やパソコン内に保存したものの整理をしていました。
ついでながらいろんなことが学べました。
WindowsでiTunes経由でダウンロードしたものを"整理・整頓"していて途中でパソコンが止まってしまったりするのはしかたのないことだなと思いました。
ライバルの道具を取り込んでライバルの"仕組み"で成り立っているソフトを取り組むというのにはやはり少しばかりひずみ・ゆがみが発生するということです。
こういうのさえなければパソコンというのはほんとに便利なもので、わずか(2000年を自分なりの起点と考えると)15年程度でこんなに変わってしまったのだとびっくりするばかりです。
科学技術や科学論理的思考の成長・発展は"何倍"なんてものではなく"なん乗"という感じで進んでしまうのだなと思いました。
ソニーのXーアプリというのを取り込みましたが、これだと市販のCDがパソコンに取り込めてしまうためにCD劣化(酸化による)対策にもなるしすごいことですね。コピーもできるのかしらね。

こういった人類の"知恵"の進化にもかかわらず今朝の新聞の書評絶滅危惧種"人類"なることばが出てきていました。
地球には過去数回、多くの生命絶滅の機会がありました。
しかしバッター交代でその都度次の"王者"が現れる。
外的刺激によるのか、自ら引き起こした刺激によるのかどちらかはわかりませんが未来は暗そうです。
にもかかわらずみーんな贅沢し放題です。
必要のないものばかり造っている。
そのようにして高負担高ばらまきをしている。
一部は高負担・高軍備。
世界の主要宗教は人間のこういった習性を何千年も前にみーんな見抜いていたんですね。
やっかいな生命体ですね、人類は。
「この世でもっともおもしろいのは人間関係だ」なんてだれかが言ってましたが、とてもしらじらしいせりふに感じています。

2015年5月8日金曜日

所沢から葛飾の

スカイツリーもしくはお花茶屋の東邦酒場まで、川を下降する感じで歩いてみようという思いを捨て去りがたく、朝霞・志木・和光、東京都全図の地図を買いました。
川の土手の存在程度は地図の描き方でなんとなくはわかるのですが、はっきりと道になっているのか、支流との合流で橋なりによって渡れるのかはっきりとしないところが続出で、いきなりは実行できないなと感じました。
とりあえず何回か電車でコースの部分部分を偵察に行く必要があるのかなと感じました。
いつごろ実行か、あるいは中止になるか?
まあこういう夢もいいのかなと・・・。
それにしても地図をながめるのは楽しいもので山登りの2.5万図や5万図ばかりでなく、購入した昭文社の地図も眺めているだけで楽しいものです。
副産物も多々あり、柳瀬川は川越のあのどぶ川"新河岸川"より下位の河川であることがわかりました。柳瀬川は新河岸川と合流し、そのあとの名前は新河岸川になっていました。それが最終的には荒川につながる。
でも新河岸川よりは柳瀬川のほうがはるかきれいになっているので"おらが川"の自慢は続けたいと思います。
目の前に地図を広げているといつも歩いているコースの再確認や、新規にこんな組み合わせは?とか思い切ってここまで、とか夢は膨らむばかりです。
火野正平さんの自転車の旅はいまでも続いていると思いますが、自転車ですら速すぎると感じてしまう"歩く"旅もけっこういいものです。まず"通り過ぎてしまう"ということがほとんどない。
ばっちりとものを見ています。
強制的に風を浴びる感じの自転車と違い自然の風そのままです。


夕方いつものように柳瀬川回廊。
連休中とはうってかわっていつもの適度な愛好者とのすれ違い。
先だってのキャンプ地はあとかたもなくもとの河川敷・土手に戻っていました。
マナーの普及でしょうか全般的にきれいでした。
ごみを捨てる人は日常の中での行為のように思えました。
車の中はごみひとつないきれいな個室、ゴミはお外へポイ。
このレベルのひとたちなのでしょうか。
今に始まったことではなく昔からこういうのはいます。
4車線の分離帯はゴミだらけ。
やるひとはやはり特定のひとたちなのでしょうね。
どこへ行っても犯人は"同一"かもしれません。

我が家のもそうですがあちこちの植え込みの芍薬が咲き始めています。
ちいさめですがぼたんと比べてつつましやかでとても好きです。
土手の桑の木も実が赤くなり始めました、やがてどどめ色に。
熱いとはいいながらも夕方の涼しい風に心地よさこの上なしでした。

2015年5月6日水曜日

ロビンフッドが

どうしてしゃーウッドの森のロビンフッドになったかというややかちかちの映画を見ました。
ロビンフッドが伝説として存在している以上、なにがしかそのモデルになるようなあるいは民衆の"おもい"のモデルとなるようなひとが存在したのだとは思いますが、史実とどうマッチングしているのかあとで調べてみようと思います。
子供用の分厚い本を小学校の図書館で借りて夢中になっていたころを思い出しました。
南総里見八犬伝なんてのも夢中になっていたころです。
がむしゃらとまではいかないものの受験などなんにも関係ない時間にできたぜいたくだったと思います。

物置からオークションで落とした携帯MDプレーヤーを引っ張り出してきました。山で買ったもので一個100円もしなかったと思いますが動くかどうかはわかりません。
この手のものは分解できる技術は持っていないので、接点クリーニング程度しかできませんが動くものも少しはあると思います。特に生産終了、古いのが出てきてもほとんど使えないというガム電池でなくとも単三電池のアダプターの付いてるものはもうけもので、動いたらいいなと思います。
そして音楽と言うよりは、朗読や討論・講義・講演会みたいなものをダビングして車でつないで使ってようと思います。名画の音声だけ録音してもいいかなあと考えます。
MDの歴史はほんとに短くもはかなく燃え尽きてしまいました。
10年も存在したのでしょうか。
それだけ"携帯"性の追求のはげしかった時代です。
ソニーの副社長をした川越工業高校のなんとかというひとが開発したカセット・ウォークマンから始まってあっというまに今のiPodやウォークマン。
ちいさいくせにカセットテープ数千本分くらいの音が2万くらいのちいさく・軽すぎる機械の中に入ってしまいます。
音楽CDすらなくなってしまうのでしょうか。
ただしデジタルの"工夫"はあくまでも原音の"リニア"記録ではなく、圧縮・加工したもので"ほんもの"ではありません。私たちは"錯覚"でいい音だ、と聞いているだけにすぎません。
もっと厳密に言えば録音テープですら"加工"の回路が入っています。
ほんとにほんものはビクターのわんちゃんマークだったでしょうか、ラッパに向かって音を入れそのまま"ひっかき傷"として録音したものが"リニア"そのものといえます。
家一軒より、というとカメラのライカというのがこのことばの形容的使い方として一般ですが、さらにそれより高かった(商品名は忘れましたが)蓄音機を聴いたときそれを感じました。
ひっかき傷の雑音の向こうにある音は本物です。
これを聞かしてくれた友人のI君も今はどこにいるのかしらね。

お花の百花繚乱同様、道具・機械の多すぎ、ソフトの多すぎ、道楽の多すぎ。
結果として"体験"は貧弱化。
感性の衰退。
弱ったものだ。
このままぼけてしまうのだろうか。

本を読む行為、絵を見る行為、器を使って楽しむ行為・・・・・は"受動"の営みの中にあっても、"能動"の脳の働きを要求してくるので"ぼけ化"には逆行していると思います。

2015年5月4日月曜日

きょうは昼過ぎ

ゴールデンウィークだからとごろごろしていようかと思いましたが、突然思い出したように散歩に出発。
いつものように柳瀬川回廊から始まりました。
なんとあちこちで幕営真っ盛り。
たしか禁止していたはずだと・・・思いましたが、自分があの世代だったらと思うと責めずらいなとも感じました。
世の大半の子育て世代はアウトドアーなのかなと思います。
ただ自分らは山の中でテントを張るのが専門でこういった身近な河原で遊んだことがないのでやや違和感ありでした。
案の定テントからややはずれてではありますがカップ麺の器やペットボトル、ティッシューといったごみが多いとは言えませんがあちこちで散見できました。
ごみはゴミ箱ではなくて家に持ち帰ってくださいね。
それにしても去年と今年で川面を眺めていて気づいたことは、小魚の群れがまったく見えなくなってしまったということです。
釣りによってみんないなくなってしまったのでしょうか。
ただ゜し子供が魚釣りするのは、釣った後の生育管理は無視したとしても、昆虫採集同様子供の本能みたいな者で、いい年したおじさんが「命の議論」など持ち出してもどうにもならないことはわかってはいるのですがね。

暑いとはいいながらも風が強かったので汗だらだらという感じの歩行ではありませんでした。
関越道を越して右折し平林寺方向・志木街道を目指し、志木街道をいものように帰宅コースにとりました。
実はきょうのコースは、やたらと例の手焼きせんべいが食べたくなっていた、というのが理由で作り上げたコースでした。
夕方でしたがまだせんべいの生地は残っていて、厚手のものを10枚ほど買いました。
そしてるんるんで帰宅と相成ります。
志木街道は夕方のいつもの混雑は無く、しかも人間の歩く姿もほとんどなく「これがゴールデンウィークか?」と理解しました。
家の前の団地に入るとこの時期のさまざまな花が百花繚乱。
何から何までという感じ。
でもこういうのってありがたみが感じないんですね。
"爛熟"とは受け入れる側の知性の退化も促すものだとつくずく感じました。
なんにも無い中にぽつんと・・・。
こういうほうがいいな。
想像力も働く。

帰宅すると冷たい幅広乾麺がおいしかったです。

2015年4月30日木曜日

久しぶりに歩いた

きのうは21000歩。
実はきのうのお昼にせんだっての食のイベントでいっしょに豆乳を売ってくださった志木市のXご夫妻が徒歩にて我が家に来てくださったこともあり、その返礼にと平林寺・浦所バイパス英(はなぶさ)インター・柳瀬川右岸ルートというコースで歩いてみたのです。
けさは足首がいたく体全体に倦怠感がありましたがなんとかお昼までもちました。
少し休んで昼過ぎは、3反かき混ぜ・周辺草むしり・境界お茶の木伐採を5時までやりました。
さすがへろへろになってしまい胸の筋肉はお疲れのようです。
歩くときも胸はいたくなるので歩く行為自体が全身運動になりますが、さすが植木屋さんのはさみを数時間使い続けるというのは手応え十分です。
疲れました。
ここのところすこし人恋しい瞬間が訪れることが多くどうしたのかなと感じています。
ここのところNさんから学んだ文学・文章論をひっさげて、62で会社を閉じて好きな物書きに専念しているKのところに行ってみようかなとも思います。
とかく「ことばが多すぎる」ということで大御所からクレームを付けられていた彼ですが、N氏から学んだことをひっさげて考えてみると、文章の大切さとはそんな"うまさ"とか"キレ"といった技術上の問題オンリーのものではなく、やはりなにを言いたいのか・伝えたいのかということそのものにあると思います。
さすればへたくそな我がブログもそこのところをしっかりとつかんで書いていけばいいということになるのでしょうか。
目先の器用さ、おしゃれなどはどうでもいいことになる。
もちろんたくさんことばを並べて支離滅裂になってわけがわからなくなっては困るのではありますが。
嘘をかかない、引用を自分の考えにしない、引用を上手に道具化する、流行を意識しない・・・、結局いままでどおりでいいのかな。

2015年4月27日月曜日

きのう

今日と農作業のためお散歩中止。

まちを車で走っているとはなみずきが花びらと新葉の色のコントラストがここちよく見ている方も幸せ一杯です。
こういった光の創造物に対する敏感さはは写真をとっていたことの産物だと思います。

なにも人生の何事かといわれるような出来事の成功話でなくても、こういった日々のちいさなことにうれしくなれること自体が過去からの積み重ね・・・実体験、読書、思考体験、音・視覚体験・・・といったさまざまな通過体験の蓄積と各自固有の脳内サーキット形成のたまものなのだと思いますが、年を追うごとに目の前に存在・発生するものや事柄に対する感じ方は豊かになってきているのだと思います。
遠くへ出かけてウルトラ非日常に浸からなくても豊かな感動はそこいらのちょいとしたことがらの中にあるはずです。
というわけでいつもながらの"日常"の繰り返しのゴールデンウィークですが豆腐が上手にできればいいなあ、ぐらいでいいかなと思います。


2015年4月24日金曜日

認定農業者

になれました。
人並みに農家と呼ばれてもいいようです。
認定されたからには申告額も毎年右肩あがりにする努力が求められるので大変です。裏つまり冬の作物や、普段の細かい野菜も直売所に持って行くことも見当しています。

お昼ごはんのあときのうと同じくというか柳瀬川を100パーセント右岸(川の流れに対して右側の岸)を歩いて志木ニュータウン経由新座駅で電車にて帰宅。15000歩。
歩きながらさまざまなことを考えていましたがなにも覚えていないようです。メモも必要かしらね。
車で通過したのでは見えないものだらけであることを再確認。
ウォークマンと一緒のお散歩は充実しています。
けれども、何も耳に付けないで風や自然に入ってくるまちの雑踏を聞きながらのお散歩もいいものです。
四六時中、機器の絵や音に縛られているのははっきりいって人間の五感を劣化させるだけの営みといえるかもしれません。
ですからそこは、人生のTPOで工夫が必要です。

1920-30年代のジャズを聞いていますが突然横浜銀蠅とかエノケンのメロディが自動的に脳みその中で再生され、音楽はくるくるとらせん的に少し形を変えつつ何度も繰り返されていくものだなと感じました。
アート、芸術という高い意識のプライドを持ったひとたちは"繰り返し"を退廃とみるのでしょうか。
前衛と自称しているひとたちの音楽はむつかしい。
クラシックの前衛とジャズの前衛はなにか同じようなものに聞こえますがこのなかで後に残るものはいくつあるのでしょうかね。
もっとも、「後に残る、後世に残ることなど意識していること自体いやしいことだ」というのも立派な生き方ですけれどもね。
作者が今を真剣にどう遊べているかがすべてでしょうかね。
とはいえ、それに共感するものがひとりでもいてくれれば・・・、というところが作者の本音でしょうか。

2015年4月23日木曜日

野菜売り場に

うど発見、穴蔵でそだてたもやしのうど。
さしみでも食べられるやつでひょっとして甘酢漬けにも合うのではないかと想像、やってみようかな。
土曜日に食のイベントがあるため車で場所確認。
東武東上線の柳瀬川駅そば・・・というとわかりにくいのですが所沢の人間からしたら浦所バイパスの・・交差点からすぐ、といったほうがわかりやすいようです。
あとで家から歩いてみようかなと妄想しながら帰宅。
疲れてしまってごろごろしていると目が覚めたのは4時。
国宝の正福寺はあきらめ、いつものパターンで柳瀬川をくだる。
いつもだと関越自動車道のガードのところで遊歩道がきれてしまうので引き返しているのですがきょうはそのままガード下をわたり・・・ホームレスのテントあり・・・一端車道にでて少し先をまた川の土手にもどるように歩きます。
そのまま夕方の涼しい風にあおられ柳瀬川の駅には12000歩後に到着。
楽勝でした。
歩き慣れた道の往復とは違って好奇心を刺激してくれたからでしょう。
毎日"同じ"ことを繰り返してやることの大変さはこういうところにもあらわれるようです。
陳腐化。
夫婦関係も陳腐化の最たるものでしょうね。
中高年で楽しそうにおしゃべりしながら散歩している姿には頭が下がります。
自分はその方面では落伍者といえるでしょう。

さて、東武東上線と武蔵野線を乗り継いで帰宅となりますが武蔵野線の新座車両(庫)区あたりできれいな日没となりました。
奥武蔵の大持・子持山の稜線が左へ下がって、さらに左の有馬山の稜線から下がってきた尾根がぶつかったあたりに太陽が"あの皆既月食のときの"卵の黄身色のようになっていました。
この瞬間は脳裏にきざまれました。
こういうものは写真で取る者ではなく自分の網膜にきっちりと写し込むことです、わずか30~60秒ぐらいの時間でしょうか。
こういう瞬間の記憶というものがだれにもあることと思います。
生まれてからいままでいくつあるのでしょうか。
死ぬ瞬間にはこういうものが走馬燈のように・・・、ですかね。

2015年4月22日水曜日

きょうはうまいもの

づくめ。
与野のぼたもちといちご大福。
今年初のエシャレット・・・まだ少し早すぎのようですが。
竹の子。
去年漬けた梅酒開栓、ウメがうまい!

12000歩歩いても食い過ぎかしらね。

ボタンが一気に花開いています。
接写で写しました。
単焦点でもデジカメは接写できるんですね。どうやって焦点距離を操作しているんでしょうか。
お隣の東村山の国宝建造物、正福寺、のぼたん園とセットの写真を撮りにあしたは散歩コースを考えましょうかね。

市会議員の選挙はずいぶんと静かな感じです。
全然盛り上がらないんでしょうかね。
地方へ行くと報酬の低過ぎからなり手がいなくて無投票があるとか。
議員選挙で無投票?
この辺は報酬が高すぎると思いますが、高かろうが低かろうが議会人こそボランティアだと思うんですけれどもね。首長は給料安すぎるかしらね。
ただの物売りと同じ感覚の職業になってしまったのが議会人ということでしょうか。
いやいやものつくり、物売りのほうが崇高だ。

2015年4月20日月曜日

あしたは多忙で

散歩はできないとの判断により、霧雨・強風の中柳瀬川遊歩道を歩きました。12000歩。
傘が骨折りになったり、ウィンドブレーカーがびしょびしょになったりと大変でしたがやってしまってよかったです。
出かける前は足首やふくらはぎが筋肉痛で「どうしようかな、やめようか」ということでしたが、"雨・風"のせいにすることなく初志貫徹と言うことになりました。
歩き始めると、3000歩もすると足首とうはやわらかくなって痛みはどこへやら。
温まるとはこういうことでしょうか。

久しく使ってなかったキンドル、電池完全切れかと思いきやかすかに残っていました。
完全切れだとパスワードとか入れたりするのでやっかいなことになってしまいます。
パスワードの紙はどこへしまい込んだのやらわかりません。
パスワードだらけの社会は住みにくいですね。
信号待ちのわずかな時間等を利用して中島敦の『弟子』を読んでいます。
ちょうど今、師弟関係について文句をいわれたことがあるのでタイミングがよかったといえましょう。
自分は「寄らば大樹の陰」というのがだいきらいで、したがって世渡りがへたということですが、「商い」の世界の最低常識にどうしてもなじめない人間なのです。
これを"アート"なる世界のひとたちにたいしても皮肉を込めて戯れ言をいったため大変にしかられました。
パトロン、のことです。
しかし、絵とか"物体"、音楽をつくるひとはともかく、"ことば"で生きているひとたちにはきびしくあって欲しいものです。
自分の信ずるところをきちんと主張すればよい。
パトロンになる側も、金持ちなりに、相手に好きなようにさせればよい。
利害を意識した世渡り物書きはいりません、という自分の見解は変わりません。

2015年4月19日日曜日

パソコンを

使っていたら右の方の画面にちいさく自転車のフレームが出てきました。きのうケルビム(今野製作所)と東叡社(浦和→川口)を調べていたのでこういうことになったのだと思いますが、そこをクリックしてみるとカンガルー便の輪行サービスでした。すなわち目的地まで自転車分解状態での配送サービスです。
へー、とそんなのがあるのとびっくりしました。
それほどはやっているのでしょうか。
こんな商売でなかったなら自転車復活していたのになあ、と思いました。

きょうは久しぶりに歩きました。
じつは 浦和まで歩こうと思っていたのですが雑用でだめになってしまいました。
浦和の縮小版で例によって平林寺往復をやりました、18000歩、3時間。
かなりきつかったです。
去年の浦和の記録をみると志木街道-埼玉県庁-北浦和で25000歩前後で2回やっています。
つまり平林寺往復ともう一回片道平林寺をやれば浦和に着いてしまうということですね。
20数キロ。ハーフマラソンにしか過ぎません。フルマラソンの過酷さは想像するだに恐ろしく感じました。

きのうはとてもいい映画を観てしまったので案の定寝不足となりました。
『シッピング ニュース』というカナダの映画です。
あまりにも観ている側に思考をうながす映画だったので一晩中人生を考えていました。
アマゾンのDVDのいろんなひとの講評を読んでみましたが実にうわべだけだなと感じました。
販売会社のセールス文句は軽薄で、実はこの映画はとんでもない「思考促し道具」なのです。
たぶん観るたびにその時々のこころの状態によって思考の内容が異なるのではないのかと想像されます。
オンダーチェの『バディボールデンを覚えているか』を読んでいたので感動が倍加しました。
平林寺の帰り道で手あげやきたてせんべいを3枚ほうばりながら眠れなかった夜に考えたことなどを反芻していました。

夜中に足がつるかしらね?

2015年4月14日火曜日

恥ずかしながら

今期、いやいや前期シーズン(つまり、冬?)はじめて湯豆腐を食べました。
夕飯にですが、よく考えると湯豆腐を所望したというよりは売れ残りの湯豆腐スープの処分で湯豆腐になったということです。
しかしけがの功名というかなんというか、やっぱし湯豆腐はにがり100%のきぬとうふが極めつけということを再確認いたしました。
口の中にいれたときにふわーっとふくれるのとそのあとのくずれていく感じがほかの凝固剤とは違うのです。
もちろんにがりきぬとうふの出来によっても感じ方は違うと思いますが硫酸カルシウムとは根本的に違うのかなと感じました。
締めは与野のぼたもちでした。
先日のいただきものでまだ残っていた者ですがおいしかったて゜゛す。
気品に満ちたぼたもちでした。
きょうの夕飯は単純でしたがとても幸福な時間がすごせました。

オンダーチェの『バディ・ボールデンを覚えているか』があと10ページ以内となり、終わって欲しくない"ただこね"からでしょうか、読むのがつらくなりました。
現代文学のひとつのあり方なのでしょうか、とてもショッキングかつ印象の強く残る読後感をもたせてくれる作品でした(です)。カフカやサルトルと違ってわかりにくそうでいてわかりやすかったです。
不連続の事象・感覚をきちんと(?)つなげる技術が作家業というものなのでしょうが、この作品のように本人の言動、周囲の言動・感想・観察、客観的な起こった事実の羅列(いやいや、作家の作戦による"配列")等によってなんか「映画・動画に対するたくさんの写真の展示」みたいな感じで、読み取る側の想像力を遺憾なく発揮させるしかけの作品のように思えました。
テーマ性のきちんとした絵画展、写真展のようでもあります。
現代小説を読むなんて昔からあまりありませんでしたが、とても強い感銘をうけた作品です。
それと副産物として、1920年代近辺の稀少に残っている録音を聞いたことでジャズの世界が広まったことが宝となりました。
それにしてもバディ・ボールデンの蝋管録音大発見!なんてニュースがあっらいいのになあなんてないものねだりをしています。

あしたも雨かな?

2015年4月8日水曜日

昨日は去年おそわった

浦和の万寿家さんといううなぎ屋さんでさる先生ご夫妻の誕生日会をいたしました。
浦和で有名なKというさらなるしにせでも何回かやっていますが、こちらのほうが安くておいしかったように思えます。
先生は最後に出てきたうな重を残しませんでした。
ほんものは冷凍物と違って"やや堅め"に出ますが、Kと違っていい感じの"堅め"でした。
そもそも伝統的な「うまいうなぎの基準」というものがわかるほどの食通ではないのでただ自分が「うまいと感じた」ということなのですが・・・。
先生からは白露峰(字はあってたでしょうか?香炉峰?にかけた命名ですかね)のおかえしがありました。よく茶席に使われるお菓子です。

きょうは朝から雪、べたべたぼたん雪ではありましたが"みぞれ"ではないほんとの雪でした。珍しいことです。富良野では5月の連休中に雪がふったりというのも珍しくはないそうですがこのへんではそう起こることではないですね。
積もらなかったので花と雪という写真はとれませんでした。瞬間、はあったのだと思いますが。

午後はMary Beard監修のシーザーとネロ帝、ユダヤ教徒のエルサレム防衛戦争(ジョセフの反乱?)というBBCで放送されたものをみました。推測ドキュメンタリーという感じでやや殺戮場面が多くて疲れましたがネロ帝の狂気にいたる理由が説得力がありました、決して不自然な経過をたどってはいずわかりやすかったです。彼の一生の道筋は最終的には"狂気、異常"そのものですがその道筋は環境からすれば自然なことかもしれません。どちらかというと"芸術、美"とかをちらつかせる権力者の道の踏み外しかなというところですが、セネカ等のおかかえインテリたちの導きも悪かったように思えます。
決して2000年前のよそ事ではなく時代を超えた反面教師なのかもしれません。

2015年4月7日火曜日

手持ちのポータブルCD

プレーヤーの一台がこわれてしまったので新品にはどんなものがあるのかとネットで調べてみるとソニーもパナソニックも・・・もみんな撤退・製造中止となっていました。
需要がないのでしょう。
たしかにちいさい・軽いの携帯音楽プレーヤーは進化したのがたくさんあるのでみんなそちらへ心変わり・・・いやいやはじめからそれだ、というひとばかりになってしまったのでしょうか。
CDの生産量は最盛期の半分とか。
その最盛期にごまんと買ってしまった人たちは、とくにわれわれ60歳以降のひとはどうするんでしょうね。
いちいちダビング・転送などできません(そもそも違法、かつ不可能?)。
CDの身上は携帯性。
デッキなど運べません。
そのデッキすらいずれはことごとく撤退・製造中止となってしまうのでしょうか。
家に居れば30センチLPや歌謡曲のドーナッツ版、カセットテープとぞんぶんに楽しめるのですが外で楽しむには転送・コピーや"アナログ→再録音"しかありません。
おっとっと、MDもあった。
ものを否定するのが時代の流れでしょうか。
すべて"データ"。
なんだかついていくのがたいへんです。
ついでに食べ物も"データ"、つまり栄養・味成分単体をすべて錠剤にしたらいいのにね。




2015年4月5日日曜日

不法投棄

されたごみを片付けたあと市役所のゴミ・ルールブックを読んでみました。
市民ひとりが一日10グラムのゴミを減らすと一年に8000万円節約。
これって結構深い意味をもっていてなかなか実現にはむつかしい壁があるようですが、各自それなりに努力しているような気がします。
買い物するとかならずビニールが付く。
容器はみんなプラスチック。

買い物しないのがいいのかな。
景気にはマイナス要因。
どうしたらいいんでしょうね。
よくよく考えてみると"存在しなくてもいい商品・サービス"がたくさんあることに気づきます。
ここには書きませんが、便利・時間の節約つまり他のもっとやりたいことのために"関わっていられない"作業を省略・・・カネで解決、このための新サービス登場。
戦後はこの繰り返しのようです。
行き着くところはどんな社会になってしまうのでしょうか。

それにしても不法投棄には困ったものです。
冷蔵庫、テレビ、机、タンス、マットレス・・・かさばるものばかりです。
夜中の12時にさっと来てさっと逃げたと言うことです。

メールというものは"安直"の極みの文章伝達手段のようにとらえられているかと思いますが、今朝来た友人からのメールには恐縮いたしました。
文章を書くことにこれだけの緊張と"思い"を感じさせるものを感じさせてくれる電子メールもあるんだなと見方がかわりました。
悪いのは道具を使う側の人間にあるのでしょう。
電子メールだろうが紙のメールだろうが"思い、情報"を伝える道具としては全くイコールのはずだと思うのですが、修正やっかい・切手貼り・ポスト投函の不便といったマイナス要因を省いた安直な手段だから中身の文章も安直でいい、というのが理屈なのでしょうか。
メールの書き方を反省させられました。

2015年4月4日土曜日

高くて

敬遠していた「ブルー・マウンテン(no.1?)」というのをコーヒーを買ったときにおまけしてくれたので飲んでみました。
別段なにも変わったところが無い感じでしたがこの"何も変わったところがない"というのが特徴なのでしょうか。
ただし淹れた時いい香りがしました。苦みとか酸味とか甘み(甘いと錯覚する要素・・・油脂分?)・・・たちがどれもぬきんでることなくバランスよく出ている感じでもありました。
行き過ぎや不足がなく、というのが需要の多さにつながるのでしょうか。
もっとも需給バランスによって高値なのか、あるいは少量生産で勝手に売り手が高値をつけているのかどうかはわかりません。

結局あえてこの豆を買う意味は自分にはないなと感じました。
それだけ"この道"に入ったばかりの自分にはこういった悟りきったみたいな世界はまだ遠いような気がします。
はっきりちとしたくせ・特徴のあるもので当分いきましょう。

2015年4月2日木曜日

海棠と桜の写真を20枚くらい

写しておしまい。
30分ほど散歩、このままじんぐり増やせていけたらなと思うのですが。
きのうと比べると一日中やや寒いかなと言う感じでした。

きのう佐多岬半島の同業の友達から「10年前に食べたあの豆腐の材料はどこの豆?」ということを尋ねられました。
さてさて、といろいろ記憶をたどってみたのですが当然のことながら思い出せません。
どういうふうにいうと"かっこいい、一流"と思われるいいかたになるかはおおむね見当がついてしまうのでそういう"ことば遊び"は避けることにしています。それだけ昨今は言葉に対して疑心暗鬼です。"宣伝、コマーシャル"というものには極力目をそむける生き方をしてきましたが、商いに宣伝はやはり不可欠のものかもしれません。
話がそれました。
結局豆腐の場合、大豆の品種を選べばとにかくうまいものができる、というのは錯覚・間違いと言わざるを得ません。
どんな豆で作っても作り手の技量でうまくもまずくも変身してしまいます。
このステップの果てにはもちろん「最終的に味を決める主役は豆自体である」という答えがあります。でもこれを宣伝文句に使える人はこの世には存在しないといえます。それだけ豆一品種は奥深いのです。
ですからもっとも大切なのは作り手の技量だといえばいいのです。
これは思い上がりの弁ではありません。
豆の"おおいさ"に対する畏敬の念の裏返しがこういう言い方になるのです。
値段の高い豆が確実に旨いというわけではないのです。
作り手はさまざまな品種に対応できなければならないのです。

こんなところが佐多岬のおにいさんに対する答えでしょうかね。

2015年3月23日月曜日

午前中あたたかそうでしたが

午後になって寒く、畑をやろうとしましたが中止。
家でごろごろしていました。

らっきょうを食べ終わった漬け汁にかぶをスライスしたのを漬けました。
一年も待たなきゃならないような気はしないのですが・・・。
浅くてもおいしいのではないかしら。

お彼岸ももう済んだので本も読めます。
問題は"読書体力"です。
今年は何冊読めるでしょうか。
薄い本なのに『バディ・ボールデン・・・』はむつかしく、しかし字を追ったあとの印象は良く残っているのに気づかされます。
音の環境を整えようと戦前のジャズ録音をやたらと聞いてはいるのですが・・・効果ないかな。
ただなんとなくどんなラッパを吹いていたのかということは楽しく想像できるのですけれども・・・。
もっともオンダーチェのこの本は単なる伝記ではないので、あまりジャズそのものを意識することもないのでしょうけれどもこちらはジャズそのもの状態なのでやはりバディボールデン以後のひとたちと結びつけたがってはいるのですけれどもね。

2015年3月18日水曜日

兵庫県で

自転車の賠償保険の義務化が決まるそうです。
2-3メートルも巾のあるような歩道の場合よほど混雑している場合は別として自転車を低速度で運転するのは"良いこと"と自分なりに考えてはいましたが、現実にはとんでもないスピードで吹っ飛ばしているのを現実に目の当たりにするとそうともいえないのかなと考えてしまいました。
運転している人の"考え"というものが、周りに配慮しない・自分のことだけで頭がいっぱい、という状況では事故は起きて当たり前なのかもしれません。
自転車という道具の問題ではなく運転している人間の幼児化問題があるのでしょうか。
自動車の場合だと図体がでかい・重い、スピードかはやいということから運転手だけの問題ばかりでなく道具そのものがもっている先天的危険性があるわけですが、10キロ無程度の重さしかない鉄パイプの道具がのろのろ走っているぶんにはそんなに危険なことなんか起きるわけがない、と従来考えていた常識は通用しない時代になってしまったようです。
夜無灯火で右側通行、昼間ですら右側通行は危険だということは車を運転する側からすれば当たり前の最低常識が、車を運転しない人にはわからないのはある程度理解できるとしても車を運転しているおとなたちもこういうことをやっているのをみると世も末かなと感じてしまいます。。
なんでこんなになってしまったんでしょうね。

このごろは4車線道路を車で50キロくらいで走っていてもやっとこさ追い越しできるロードレーサーのあんちゃんたちをよく見かけます。
自転車にひとがのっかっても物体としては非常にちいさいものとしてしか目には映りません。

渋滞しているなか交差点で対向車から道をゆずられ右折しようとすると40-50キロのスピードで自転車。バイクともこういうときの事故が多いですがバイクはある程度こういう状況を認識しているのでスピードをダウンしている場合が多いですが自転車はめちゃくちゃです。
ブレーキの制動距離もエンジン付きの車両とは比べものにならない、タイヤも極細。
自分のことしか考えていないのはもちろん自動車にも多いわけですがロードレーサーに乗って無我夢中でペダルをこいでいるひとたちにはかないません。
どうにかならないんでしょうかね。
こんなことほんとは法律でしめつけるようなことではないのだと思うんですけれどね。
自分が自転車であちこちまわっていたあの40-50年前の自転車ブームの時代にはこんなみだれた自転車運転はなかったはずなんですけど。

2015年3月17日火曜日

ぽかぽかとして

のんびりと過ごすにはいい陽気でした。
縁側で極小の大豆を選別、ほとほと疲れました。
これに先だってお昼には健康診断、3ヶ月ぶりです。油断したというか前回が成績が良すぎた(すべて枠内に入る)ためかわかりませんがことごとく枠に収まりませんでした。
血液どろどろとおこられました。
とにかく努力すればデータは良くなるとはいうものの欠陥の壁にくっついたものはなかなかとれる者ではないので、たとえ数字がいいときがあったとしてもそのときに"悪かったとき"の欠陥内壁の余計物は減っているわけではなく積み重ねでどんどん悪くなっていくということでした。
安定して数字を枠の中に収めなければならないのか。

ジャズの黄金期・・・といってもジャズをやっているひとたちのことではなく、ジャズを聴いている自分の"聴き体験"のことを言っているのですが、20年ぶりに四六時中ジャズを聴いているような状態になってしまいました。どれくらい続くのかしらね・・すぐ終わりそうな気もしますが・・・。
きのうきょうの続けて2,3時間程度しか眠れない夜がつづきましたがそういう時に割合初期の録音を聞いています。
きょうは仕事前にアート・テイタムを聞いていました。
ディキシーとモダン・ジャズのつなぎ目みたいな感じでした。
病院でも2時間待っている間これを繰り返し聞いていましたが飽きませんでした。
ジャズの草創期が1900年直前あたりというのが通説になっているのかどうかわかりませんが、ベートーベンの最後のピアノ・ソナタの2楽章だったかな、リズムの極楽みたいな局部があり、楽譜を読めない自分には断定はできませんが、まさにピアノ・ラグタイムそのものみたいな部分があります。ピアノ・ラグタイムを知ってしまった20世紀のピアニストたちがそれを無意識に出してしまってああなってしまうのかどうか知りませんが、opus 111のこの作品はたしか1822年あたりの作品だったと思いますがアメリカ大陸のアフリカから強制連行されてきた黒人たちがラグタイムの原型をすでにやっていたかどうか興味のあるところです。
それとも全くの偶然の一致か。
あるいはアメリカの黒人たちが20世紀近くなってベートーベンをまねたのか。
それとも先に述べたようにバックハウスたち以下の巨匠たちが無意識に(教養として知っている、持っている)ラグタイムの"のり"を自然に出してしまったのか。

とにもかくにも今やジャズは初期の黒人たちの思いとはややかけ離れたところの"のり"で音楽をやっているのかどうかはわかりませんが、芯のところにある悲しみや反抗みたいなものはずーっと引きずっているのかもしれません。
ある007シリーズのあの有名な葬送シーンでやっている"明るい"音楽隊の音からは"悲しみ"とどういう関係があるのと、ちょっと見には言いたくなってしまいますがね。「甘い大豆は甘くなく、甘くない大豆はぎりぎり甘く」といったとうに忘れてしまっている当人の前で披瀝してくれた埼玉屋さんとのあの飲み会が思い出されますが、悲しみを明るく・反抗をひとなつっこく、といったひっくりがえしの表現もなかなか大人のものだなと考えています。

2015年3月16日月曜日

セミナーとか講演会といった

ハウツーイベントはほとんど出たことがないのですが、きょうは大宮で開かれた経営者セミナーに行ってきました。たまにはおもしろいし、役に立つ。
京都に一件残る京和傘の5代目跡取り(おむこさん)のお話がとてもよかったです。
さらに質問していた"どこかでみたひと"の顔ばかりでなく、質問の時の声が25-30年前を一気に思い出させてくれるなつかしい声だったことには喜びひとしおでした。
イベントが終わっておそるおそるかの声の主のうしろで資料をみているふりをして彼のアンケート記入をのぞいてみて名前が「やはり・・・」だったのです。
帰りはなつかしいおおむかしの四方山囃子や近況であっという間に東所沢に着いてしまいました。
ところできょうは昨日から今日にかけて2時間しか眠れなかったこともありセミナーでは若干居眠りもあったのですが受講態度はよかったほうではなかったかなと思います。

今週もなにやら仕事以外の用事が多くてたいへんかなという気がします。

2015年3月15日日曜日

ひまにまかせて

電気式の脱穀機をクリーニング。
ほこりとゴミの除去、潤滑油添加。
そうとうガタは来ているとはいうもののいとおしい。
よく働いてきたものだ、酷使してきたといってもいいでしょうね・・・つまり使い方が悪い。
秋まで、通電して空運転一時間、ひと月に一度程度は動かした方がいいのかもしれませんね。

管理機=耕運機もオイル交換とクリーニング。
こちらも一時間ほど空運転。
オイルがきれいになったせいか音も軽快です、トラクターで無理な狭いところで使えばとすぐにでも出番をつくってやった方がいいかもしれませんね・・・中耕にしか使っていませんからね。

オンダーチェの『バリーボールデンを知っているか』を読み始めました。
新しい小説というものをほとんど読まないのでややショッキングな読書となっています。
旋律のない音楽や形の理解できない絵ではそれなりに中に入って遊べたりもできるのですが、"ことば"となると感覚的にスルッと入っていけるわけではなく自分の教養・体験不足を恥じ入るばかりです。・・・ただし読んだ後の印象ははっきりと残っている読書のようです。
時間が前後したり異事件が混じったりと、こういうのを"前衛"というのかどうかわかりませんが、読語に強烈な印象が残るのは確かです。
"前衛"なる料理、なども常識的には慣習破りと見えるものも実際に食べてみてあとに残るのどごしの香りとか後味の余韻とかがすぐれていればそれは"おいししいい"ということなのだと思いますが、こういったことと同じと考えていいのでしょうか。

サルトルとかカフカとかまったくおもしろくなくて、読後・・・というより目視終了後の印象もただ"怒り"しかなかった当時はまだ前衛ファッションであった世の中野常を考えると、この"ジャズの最初期"のひとの"ものがたり"はそれらよりおもしろいです。
ジャズというと戦後のモダン・ジャズがもっている体制批判、インテリ・スノッビズムといった「ややズレた」こころもちのおもしろさみたいなものがお気に入りでのめり込んでいたりしたものですが、ジャズ草創期のこの物語の中で起きている音の現象は周辺から察するにゴットシャルクのピアノ・ラグタイムやラッパを吹いて街頭後進していたあの音楽・・・007で葬送のその楽隊を見学していた諜報部員が殺される映画がありましたけど・・・などを想像してしまいますが、演奏家たちのかなり(現在からみたら)乱れている生活がどこから来ているのか、やはり奴隷制の延長から来ている虐げられた生活からなのでしょうか、きっちりと理解はできにくく戦後になってもやはりこの世界のひとたちは麻薬だとかみだれた生活者ゆえに早生してしまう例が多くてかたぎのひとからは敬遠される分野なのかななんて思ってしまうのですが、選んで聞くとクラシックの前衛性も兼ね備えているし砂糖をぎりぎりまで減らした変奏やインタープレイはぞくぞくしてくるものがありどういうわけかやめられないのですね。
ジャズファンにクラシック・ファンがだぶっているのはごく自然なことだと思います。

さてさて薄い本だとはいえまだまだ残りがたくさんあるのでしっかりと読んでいくことにしましょう。
原書はまだ送られてこないので翻訳云々についてはなにも言えません。