しかし副産物も。
30数年ぶりにお客様だったAさんが。
やはり30年の間にはいろいろなことがあり、夫婦そろって大病をしたとのこと。
でもやせたとはいえ元気そうでなにより、今度一杯やりましょうということに。
帰りは東村山まで電車で行き、まず正福寺に。
記憶の中にある正福寺とは違うものにみえたのですがやや時間をおくとまざまざと昔の感動がよみがえってきました。
鎌倉の円覚寺舎利殿と同じ様式のつくりでその渋い色調、素朴・剛健さ・威圧感はやはり"関東"であることと時代の作り上げた者なのかなと感じました。
見ている人は私だけ。
気軽に入れて気軽に近くまで寄れてしまうのがかえってこわくもありました、心配です。
これでも国宝管理なの?と思いました。
次回はカメラ持参で"部品"をことごとく接写してみようと思います。
前に夢中になっていたときは脇にぼたん園、ちょいとうしろにあじさいといった具合に花を前掲にして背後に本体を入れて楽しく写真撮影できましたが、きょういってみてなんとなくせまく感じられました。
ぼたん園はつぶされて小灌木に。
あじさいの植えられていた参道沿いには大きな石碑がいくつも建てられ、・・・さん寄贈とかなんとかのよくある文字がきざまれました。
このお寺は単なる見せ物・観光・・・・ここでパソコン、ダウン。終了作業に自動でなってしまいました。
(明けて5/15日記述)
このお寺は単なる見せ物・観光でにぎわっているお寺ではなく周辺の多くの檀家をかかえた生きたお寺であるためこういうことになるのでしょうかね。
国宝建造物への配慮を考えるならば以前のゆったりとした(悪く書けば、ただっぴろい)風景の法がはるかによかったです。
正福寺を後にしてうろおぼえの裏街道を歩きながら西武新宿線をわたると左に老舗の当麻石材屋さん、その隣がどういうわけか長屋(庄屋)門。ややちいさいですが立派な門。
しばらく行くと東村山になんと造り酒屋。なんとこんなところにあったのかと驚いてしまいました。小銭しか持っていなかったので次回に購入予定。
やがて空堀川沿いの遊歩道。
このブログを書いているきょうNHKで放送されたのですが、なんと火野正平の自転車隊が自分と同じ所を走っていました・・・にたり。
そして円福寺のところで進路変更・・・ここにK先生のお父様が眠ってらっしゃるはずですが・・・して東久留米へ(これまたウチの親戚のそばへと続く通い慣れた道でした)。
自分の散歩コースが移っていておもしろかったですね。
ちいさいパソコンはWindows7で調子がいいのですがキーボードがちいさくて使いづらく、ブログを書くのは調子の悪いVISTAのほうでワープロしています。
ところできのうとは違いますが午後お店に立っているとウチの近所出身という方が買い物に来てくださりまたまた意気投合して世間話。
特にバード・ウォッチングの話がおもしろく「へちぇー」の連発でした。
カワセミなどという者はうまれてこのかた2週間前まで実物をみたことがなかったのに、川がきれいだった自分の子供時代には当たり前にいたんだよ、ということでした。
最近増えてきたということはだいぶ川がきれいになってきたということでしょうね。
さらにその方はいろんな鳥の名前を出していて、身近にそんなに鳥がいるとはびっくりでした。
自分では雀、からす、目白、こじゅけい程度しかしりません。
こじゅけいやキジバトも山林にはほとんどいなくなりましたがね。
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