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2014年12月28日日曜日

有馬記念の

出走馬表の親馬に気をつけてみていると、雌はまちまちなのに雄は7/16頭がディープインパクトであった。血統で支配されている世界のようだけれども、人間界も・・・ただし一度とんでもないことが起きたあとの事だと思うけれども・・・・こんなふうに、血統・"優良"遺伝子で選別される時代がやってくるのだろうか。

大豆はひとまず休止で、本業の年末態勢に入る・・・専念する。
あと、おおそうじ。
きょうは植木屋さんが年内片付けきれなかった家の裏部分の伐採をやる。
神棚の榊を入れ替える。本榊が3本あるがまだちいさいので、そう頻繁に枝は替えられない。

中里さんのところで買ったインドネシアの神山ピーベリー・・・というコーヒーを淹れてみたがお店で飲んだものとは別物の味がした。ただし特徴的な"あの味"はかすかに感じられたが。
やはりやかんの太い口ではだめなのかなと思い、1900円のコーヒーケトルを注文する。鶴の首みたいな細い口。

武澤先生の『大仏はなぜこれほど巨大なのか』(平凡社新書)を読了する。ひと月前にいただいて、ちょい読みかけたまま放置してあったがきのう一晩で150ページ読んでしまう。
こういうものの見方をもっともっと早い段階で知っていたなら・・・とは思うのだが、よく考えてみるとこちらの変成も重要な意味をもっているのでやはり物事は今目の前で起こっていることをすなおに受け止め解釈しなければならない。
もう少し早くやっていれば、とかもう少し早く出会っていればなんていうものは意味がないのかもしれない。
歴史の"もし"議論みたいなものだろう。
60から始めた"著作業"はけっして"60から突然始まった"というものではなく、それまでの多くの体験・蓄積から自然にわき出してきたもので先生の建築という世界から築き上げた立体・社会・芸術をみる力が本の端々から感じ取られて驚嘆するばかり。
職業から教わる、とはこういうことかと真剣に反省する。
エリアーデの日記を昔読んでいたことがあるので、このほんの随所に出てくるエリアーデへの指摘があらわれるとうれしくなっていたのだが、電話で聞くと20のころやっと出始めた翻訳を読んでいたとのことで、建築学徒が宗教学の碩学の本を読んでいたとはふつうの一級建築士とはやはり毛並みが違っていたのかなと思う。彼のお父様が銀座で個展を開いたとき『遊心』という油絵に完動し、その後ウチの業界のある"クラブ"の名前に流用してしまった。
親子違うようでいてやはり共通した者をしょっているなと感じた。
こういう本を読むとなにか大きな得をしたような気になり・・・いやいやほんとに得をしたわけだけれど、生きている幸せのわくが少し広くなったような気がする。
グリーンブラットのルクレチウスこそ出てこないが、古代の哲学者の宇宙の始まりの話も武澤先生の話に出てきて、こういう書物との出会いも人間同士との出会いと同様いやそれ以上に大切なことがあるものだなとつくずく感じた。

Nさんの紹介していた『グローバル経済の誕生』はきわめて有名な本で、名前だけどこかで聞いていたけれど読んでみたい本だ。
年齢的にもう乱読もできなくなっているので、・・・なんてえのも弁解かな・・・ほんとに活字から縁遠くなってしまっていて自分の怠惰を恥じ入るばかり。

2014年12月21日日曜日

年内無理だろう

と思っていたいとこのところの脱穀がきょう完了してしまいました。
お友達が5人来てくれて3時間程度で終わってしまいました>
かびてしまったものもいくらかありましたがおおむね予想の範囲内なのでよかったです。
それにしても脱穀機の脱穀殻吐き出し口から外にはき出されてしまう良豆がけっこうあるので、いっぺんに株を押し込んだり、干し場の下の方にはぜてたまっ豆たちを一気に脱穀入り口に入れることは良くない使い方だと理解できました。
それにしても疲れました。
とろーんとした目で画面を追っていますが早く寝たいです。
あしたから年末の準備が少し出来るでしょうかね。

2014年12月6日土曜日

たのくろ豆、

は今年たね取りに蒔いたひとつですが、いとこのところで刈り取りが終わって(あと一日で完了しそう)お茶にしてくれるというので、おばさんとおしゃべり。
息子は浦和にアルディージャかなんかの試合を見にとかで話し相手が欲しかったのでしょう。
彼女は入間川のそばの水田地帯で育ったので稲作についてはよく知っていて、大豆も水田のかたわら半端地でそだてていたことを語ってくれました。
その中で「田のくろ=田の周辺を水が漏らないように土できれいな壁状にすること、というのを聞きました。田の"くろつくり、くろすけ"ともいうそうで、こんなに身近に"たのくろ"のことを現実に知っているひとがいてびっくりしました。
農水のひとたちがこのいわれについて知っているかどうか聞いてみたいものです。
さらに、麹についても各家庭で味噌を造ることが常識であった時代"麹むしろ"というのがあって、毎年同じそれで麹を自分でつくっていたということも聞きました。
麹屋さんという職業が町中にはあったはずですが、農村地帯では毎年毎年自分で作っていたのですね。
ところで今年蒔いたたのくろ大豆は農薬も使わないのにいい収穫となりました。
増やしていこうと思います。

畑から帰ると眠たくて眠たくてというのがここのところの日常です。
園田高弘さんの悲愴を毎日聞きながら湯たんぽで暖まった布団に潜り込みますが、第二楽章でいつも寝てしまうようです。

2014年12月4日木曜日

bravura

ぶらぶら、いやいやブラヴューラ・・・知りませんでした。
brave、bravoと語源を同じくするものと思われますが日本語との比較からおかしかったです。
「華麗な曲、演奏」ということですが眠れない夜中にはとてもヘッドフォンをつけて聞けるような手合いではありませんが、このbravuraの正反対ということで思い出したのが30年以上前のことでしょうか、カーネギーホールではなばなしいデビューを飾った"天才ピアニスト"(というふれこみ)のニレジハージーの高崎音楽大学と第一生命ホールでのソロ・コンサートでした。
音楽業界の商業主義に反発してコンサートをしなくなりどういう30~70代をおくったのかわかりませんが、貧困の極致にあったものを高崎音楽大学の学長さんかなにかが救いの手をさしのべた末のコンサートだったと思います。
高崎のは私家版のレコードもあり自分も所有していますが、第一生命ホールのも大手レーベルから2枚組かなんかで出ていたと思います。両方とも探すのが大変でどこに行ってしまったかわかりませんが、とにかく高崎の印象は暗くて暗くて気が滅入ってしまったのを覚えています。
第一生命ホールでは演奏の記憶は全くなく、わあわあといった雰囲気の中で知らない間にコンサートが終わってしまったのを覚えています。フジ子ヘミングという方がどういう演奏をするのか知りませんが、ミーハー客の押し寄せたコンサート会場というものは似たようなものなのでしょうか。
ところで第一生命ホールでもっとも印象に残ったのは音楽ではなく菅原文太さんでした。
コンサートの企画というか支える側にいたのです。
利用されたのかそれとも自主的にそうなさったのかは知るよしもありません。
流れ星・・・のイメージしかなかった彼ですが、晩年の活動をみると首尾一貫したものを持っていたのかなと今になって感じています。
菅原文太がリストを、しかも幻のピアニストのコンサートに・・・。
その場では目の前にいた菅原文太の姿になにかおかしみすら感じてしまったのですが今になって、「ああ、映画の中のまんまなのだな」と感じています。

それにしても演奏会をしないで何を自分の外界にメッセージしようとするのか理解に苦しむところですが、純粋なんでしょうね。
ひとには売らない夢の豆腐をつくる、注文主がいないのに夢の建築をつくる設計士、・・・。矛盾しているようで矛盾していないおとぎばなし。

2014年12月3日水曜日

またあした

雨かと思うと憂鬱になります。
今日の脱穀は非常に"質"の良さを感じました。
つまり乾燥によってこんなにも作業能率が上がり、さらに豆たちもきれいな状態で出てくるので仕事自身が楽しくなります。
汚粒の原因はいままで"青い茎"とばかり考えていましたが、(これももちろん原因の一部ではありますが)ほとんどはサヤや茎がたとえ枯れていたとはしても"湿り気"を持っていると通常では粉状のゴミとして発生する粉砕片がべったりとして豆のまわりについてしまう、というのが大きな原因のようです。コンバインの刈り取り常識として雨が降ってから一週間、というのはそういうことだったのです。コンバインはいっぺんに大面積を片付けられます。
自走式脱穀機は3時間で、刈り取り時間も含めて、せいぜい60キロの収穫量です。
従ってぱりぱりに乾いたベストのタイミングでもそんなに大量の脱穀は不可能。
だから"雨が降ってから一週間"は待てません。
ここが、自走式脱穀機の限界なんだなと納得しました。
そして今年は運が悪いのです。
数日ごとに雨が降ります。
まあ、なるようにしかならないのですかね。

友人二人から本をいただきましたがなかなか読む時間がありません。
感想を書きたいのですが・・・・。
新書一冊をものにするのにも、かくも大量の読書・思索を積み重ね、それまでの人生の積み重ねのベースの上に新たな思考を展開できる60代の青年には驚愕を感じざるをえません。
自分の場合はただ実験・経験からの観察と、多様な加工の楽しみを列挙しているだけなのでお恥ずかしい限りです。
"考える"からはずーっと遠いところで右往左往しているのかしらね。

2014年11月29日土曜日

久しぶり。

先週は飲み会が金・土と続いたため・・・とくに2日目がひどく悪酔いしてしまったためにそのあとがいまいちの調子になってしまいました。
北千住から帰るのに、越谷を乗り過ごしさらに武蔵野線で「着いた!」と思ったら西国分寺。反対ホームまでふらふらになって言ったものの、立っていられなくなってしゃがんでしまい結局乗ったのは最終電車。新秋津から家までふらふらでした・・・でも記憶はあるようです。

今週はたいして刈り取りできませんでした。
去年は11/30で刈り取りは終了しています。
今年はまだ2週間くらいはかかるでしょうか。
きょうは中途半端な雨模様で、3時頃から晴れにはなったといっても大豆たちはしめっていて刈り取りは不可能状態です。
そこで今期青刈りをして乾燥して置いたものを脱穀しました。
100vの脱穀機はしょせんガソリンエンジンの機械と比べるとおもちゃみたいなものですが、小口の量の品種に関しては便利といえます。何より"混入"はほとんどあり得ません。この中で色違いなどが出たらまず"変異"と考えるのが妥当かと思われます。

まあ、全農作業の中で脱穀が一番楽しいかなと自分では思いますが危険もあるので気をつけなければと思っています。
60代のスタートもがむしゃらになるのでしょうか。
武澤先生や福岡の和田さんみたくパワーを維持できるか不安もあるのですが、気力でいくしかないのでしょうか。それには健康、健康。
きょうは菩提寺の新住職の弟さんが40代で心臓疾患で亡くなったというのであいさつに行ってきました。なんともお母様を励ます言葉もありませんでしたが、去年先代住職が亡くなったばかりでほんとにお気の毒でした。介護で自分のことなどほっぽらかしの親孝行の弟さんでした。

2014年11月18日火曜日

田沢湖の

クニマスがずーっと滅びていたと思っていたらとんでもない場所違いのところで・・・つまり富士五湖の西湖で生き延びていた、という報道があったのはつい最近の事ですがよく考えてみると、自分のやっていることもこれと似ているかなと思えます、
在来種というのはそもそも「どこにあった、居た」というのが重要事項ですが、クニマスの場合に種は明らかにクニマスそのものを西湖に持ってきたという事実がわかっていただけに本物ということが確定されたわけですが、「どこどこに住んでいた」という属性は明らかに逸脱しています。
"すみか"の移動がDNAにどう影響するのかわかりませんが、おおかたの属性は保存されているのかなと思います。ゼロになるよりはいい、ということでしょうか。
丹波の黒豆は中国で蒔いても日本で蒔いても丹波の黒豆なのでしょうが、DNAは長い時間の経過の中で徐々に変質していくものと思われます。
この"ブレ"を遺伝学者はどの程度の"ずれ"と受け止めるかわかりませんが、移動することが善なのか悪なのか悩んでしまうところです。
少なくともゼロ=逸失、してしまうことよりはましだということでしょうか。
そう考えたくなってしまうのは自分のやっていることを少しは正当化したいという自分かわいさゆえの人間の"さが"でしょうか。
自分の場合は、"おいしい"と虫に強く(比較的)たくさん穫れる、この地の土壌にあっている、といったいささかわがままな欲の上になりたっている営みなのですが許してもらえるのでしょうかね。

きょうもよく働きました。
疲れちゃいました。

2014年11月17日月曜日

エンジンがかからない・・・

どうしたのかなー、と機械屋さんに電話しても臨時休業。
しかたない、メーカーに電話連絡してみるかと取扱説明書を取り出し「こんな時は・・・」のコーナーをみて「エンジンがかからないとき・・・」をみつける。
ガソリンが入ってない、スイッチが入ってない、・・・その他難しいカタカナ語で門外漢。
スイッチが中途半端ではだめです・・・、なになに、ということでかっちりONの側にしっり回してやり直すと何と簡単にかかりました。
エラーとはこんなことが多いのかしらね。

予想外の景気ダウン、なんてしらじらしい発表がでていてみんな頭に来ているのではないのかな。
ついこないだまで、あれがいいこれがいいとしろうとにはわけのわからない指標を突きつけられ「あら、ほんと、ウチはちっとも景気よくないのよーどころかどんどん悪くなっていくよー」というのがちまたのほとんどのひとの声だったはず。
政府の発表ってなんでこんなにAだったり-Aだったりと正反対の結果をころころと日替わりで発表するのでしょうね。
政治家という業界は天下国家・"公"などという耳に心地よいことばをあやつって自分の地位・ポジションだけを保持するための職業安定所なのかしらね。
国会って言葉達者人の職安か。

口べたはいつの時代もバカみるようにできているようですね。

2014年11月14日金曜日

いとこのところの

畑はけさ真っ白だったということでした、初霜。
稀少種をすべて刈り取り。
のこりはおとといまでまだまだ葉っぱがついていた株たちがほとんど葉っぱ落ちになっていました。
霜ががおりると一気です。
2,3日中に脱穀機をそちらへ移動しようと思います。

家を留守にしていたあいだ友人のNさんがコーヒー豆をおいていってくれたようです。
炒りたて。
彼は純粋なお茶屋さんで切れ者の営業兼"ものつくり"ともいえる優秀な"食"人間で最近はコーヒーに凝っていて、焙煎機も買ってしまいました。そしてお店も開いてしまいました。
一気に所沢近辺はハイクラス・コーヒー天国エアリアとなってしまったようです。
6品種いきなりいただき、コメントつけたのですがみんなまろやかでおいしかったです。"甘い"という味覚をコーヒーに感じられることがうれしくもありましたが、苦みがトレードマークのコーヒーにも明らかに甘みがあることを彼のコーヒーは教えてくれます。
こういったコーヒーの楽しみに導いてくれたN師匠には感謝の限りですが、この年齢になってあたらしい"遊び"の世界に入れたことは幸甚といわざるをえません。
大昔に紅茶に凝ったこともありましたが、いまはその記憶もはるかかなたに。
でも煎茶も、抹茶も、紅茶も、コーヒーも自分なりに遊べることができる幸せがありがたいです。
"きっかけ"となるひとはこちらが意図・求めているわけでもないのに突然現れるようです・・・・いやいやこころの奥底でやはり何かを求めていたからこういうことになったのかしらね、ということでしょうか。
ぼーっとしているだけではだめですね。
60歳近辺は明らかに生理的になにかしら変化の起きるときで、ここらあたりを人生の節目と考えることにはおおきな意味を感じますがやはり、日々ものをよく考えこころ震わせていればなにかしら"よきこと"が訪れてくれるような気がします。
これは大きな幸せです。

久しく訪れていない北海道も大雪。まだ11月真ん中ですよ。
テレビで名寄の映像が出ていましたが雪かきが大変そう。
名寄は今は亡き義弟が最初に勤務した地で、映像を見ながらなにかこみ上げてくるものがありました。
いよいよ冬へ突入でしょうかね。

2014年11月13日木曜日

新脱穀機を

初めて動かしました。
もちろん機械屋さんの指導のもとにです。
ガソリンエンジン駆動ですが、今までの100v電源のものと比べたら馬力は雲泥の差です。
それだけに危険もおおきいわけできちんと注意事項は守らなければなりません。
それと車に乗せるときが大変で、これもかなり危険です。
とりあえず今年は近所のしげちゃんに移動をお願いしようと思ってます。
荷台に載せるためのアルミ製ブリッジも高価で、軽自動車用でも6-7万します(もちろん2本で)。
そもそも軽自動車では目一杯のため慣れるまではおおきな車でたのもうと思います。
400キロの重さなので耕運機/管理機みたいにはいきません。

9月収穫の極小のKを脱穀しましたがあっという間に終わってしまいました。

そのあと刈り取り。
まだまだたくさんあります。
いとこのところの残りはこの脱穀機をもっていって畑で脱穀しようと思います。

そういえばここのところテレビもみなければ本も読まず、子守歌代わりにCD聞いているとすぐ寝てしまい3時間後の目覚めのあともまたすぐ寝入ってしまいます。よく寝られます。

2014年11月5日水曜日

カネ出せ、カネ出せ

という側は、「減税」ということばで一瞬ひとをほっとさせておきながら実は別の名前で東大法学部らしいへりくつをつけて新規課税してくる。代議士はおまけである、なんの良・悪知恵もない。
軽自動車税がそうである。
そもそも自動車(関係、つまり燃料も含めて)にはとても理解の出来ない税金ばかりかかっている。車が増えれば国は所得税とはなんの関係もない高邁な能書きの付いた税金をかけてくる。
消費税も「先進国中最低レベル」というけれどもほかの様々な税を総合して計算したらいくらなの、という議論がない。
世界でもっとも酷税の国であると思う。
消費税が低くてもほかの部分であの手この手で課税する。
ばか・ぼんくらと呼ばれるのはこつこつ体を使って12時間×30日労働している小商人ばかり。
8パーセントにして、そのときにきちんと10パーセントにする小売業などあるわけない。
小麦が1パーセントあがってすぐパンの値段を上げられるようなことが"基準"だと思ったらおおまちがいだ。
そんなわけでもうこんな国には住みたくない、というのが本音だけれどお墓もあるし弱ったね。
枝豆が先進各国ではやっていたり、豆腐もアメリカ以外の先進国で理解されるようになってきた折り、意欲ある者はこの国をでたほうがいい。
陳腐化した商品/伝統商品の世界で生きながらえるのはきつい。
いまだにスーパへの量産豆腐の卸値は4割かと思っていたら、最近は3割台があるとのことである。これって"商い"なのかね。
ユーラシア大陸は東から西までおおむね大豆が育つので枝豆のレベルから商売が可能と考えられる。豆腐も日本のにがり豆腐なら多くの地で理解されるはずである。


2014年11月4日火曜日

刈り取りの段階で

株の姿があきらかに異なっているのが、どんな品種にもかならずといっていいほど少しずつ混じっているのをみつけられる。
脱穀機や選別機ではかならず品種を換えると、それ以前のものが機械を通過しきれず隅の隅にひっかかっていたりしていてかならずあとのに混じってしまったりしている。
したがって刈り取りの段階でできることなら分けておいたほうがよい。

さらにていねいにと思うならばその品種のタネをもういちど国から配布してもらってまき直すことも重要なことである。
品種の正確伝達は重要なことである。
どこかの代ですっかりほかの品種と入れ替わり・間違っての決めつけ、も当然ありうるのでこのへは厳格に取り組まねばならない。

それにしてもきょうは疲れた。
たくさん蒔いた一品種が一気。とても追いつかないがなんとかロス率1割以内に抑えたい。

2014年11月3日月曜日

モノタローという

通販を初めて使う。
かなり特殊なものまであるようで、家庭用品スーパーの超大型店「ビバ・ホーム」に聞いてもないようなものまであるので助かった。
外形4ミリ、内径2ミリのチューブだがたぶんビバ・ホームにはないだろう。
先だっても水道蛇口・・・これには径が3種類あってふつうは一番ちいさいものしかどこのホームセンターにも打ってなくて、モノタローを調べたらのってることはのっていたのだが検索が使いづらくてやんなってしまった。
ビバ・ホームでは取り寄せすら拒否されたので業者はどこから買うんだろうか。
水をたくさん使う商売のひとは2番目の径のものを多用しているはずである。
近所の水道屋さんにいって高い料金で買う、あるいは簡単な取り付け作業と込みで支払いするしかないのだろうか。ここは大工の世界とは全然異なる。

畑があちこちでできあがり状態になってきて大変だ。
きょうなどはパートが航空ショーに行ってしまいお昼の部に出なければならなかったのだが、その前に11-13時まで刈り取り、そして帰ってきてから16:30から17時までまた刈り取り。わずか30分の時間でも無駄にできない。
移動刈り取り期を発動するには早すぎる。
現場での即・脱は11/20日過ぎてくらいからだろうか。

2014年11月1日土曜日

治療中の歯が

やや痛い。炎症かしら。
友人に『小平』という日本酒をいただく。
北海道に小平と書いて「おびら」とよむ町があるが、そこの造り酒屋さんにつくってもらっているお酒だとのことである。東京都小平市と北海道小平町は姉妹提携しているという。
久しぶりに日本酒でいい気分になった。
尿酸値を高めるのでふだんは飲まないが、このことが幸いしてか日本酒のずばぬけたうまさというものがわかってしまう。
ほんとにうまいものは毎日食さないことかな・・・とはいっても食品製造業の自分としてはそれでは商売あがったりになってしまうけれども。
もっとも「おいしい」からといって毎日のように通った客という者はいずれ飽きてしまうものであ。これはもれなくそういうことがおこる。さすれば、いいお客というのは適度に間隔あけて少しずつ刈っていってながーいことつきあっていろいろと意見してくれるお客なのかなと思う。

民放で『人生の楽園』という番組をやっていて、これは転職して田舎ぐらし的な"余生"をどのように充実しているかを取材した番組だけれども自分としては、こういうのは余り好きではない。どちらかというとひとつのことを仕事でも遊びでもいいからずーっと負いつつけている人の方が魅力的である。世間的な成功・不成功(失敗、ではない)は関係ない。
しかし今夜の「やきいも専門店」をやっている静岡の夫婦には好感をもてた。きょうのはよかった。途中、きょう脇を走った三芳のさつまいも農家の伊藤さんも出てきたりでうれしかった・・・べつにこのことで"いい"といっているわけではないけれど。
40、50で脱サラというひとをたくさん見てきているが好感をもて応援してやりたいひとはわずかしかいない。単なる逃避がほとんどである。もちろん最初の動機は100パーセント"逃避"だとは思うけれどもね。

そしてもっとも大切なことはカネをたくさん稼ぐことだけが仕事ではないということだ。

2014年10月31日金曜日

親戚から

畑一枚がいっせいに枯れ、こぼれ始めてると電話。
ごご駆けつけると、やはり大変なことに気づく。
機械でその場脱穀するには早すぎる、つまりさやがはじけ始めたとはいっても全部のさやの中身が「完粒たね」までに乾燥しているわけではない。それに茎もしめっているので脱穀機の回転軸に巻き付くにきまっている。コンバインだとまだまだ置いておくのだろう。
つまりコンバインだと刈り取るタイミングまでの間に1割以上はこぼれていることになる。
さらに刈り取りの段階で泥の巻き込みを防ぐために地面から少し高いところを刈り取っていくことになるので、刈り取り時の振動も相まってここでまた1-2割はロス=刈り残しを出すことになる。
コンバインはおそらくできあがった大豆の3割は軽く失っていると想像できる。
やはり手刈り・自然乾燥を出来うる限り続けたい。2町歩くらいまではなんとか、というところだけれど。・・・あしたは雨かな?

2014年10月28日火曜日

夜中に目覚めてそのあと眠れないのは

年寄りの自然現象かな、と思っています。
みんなそうなのかしら。
トイレに行くわけでもない。
ということで1,2時に起きてしまうとあとがやっかいなわけだけれども暗い中でじーっと横になっているしかない。状況によっては音楽を聴く。きのうはしっかりと聞けて3,40分は真剣に聞いていたようだ。・・・ホロヴィッツ。技巧におぼれているようでいて技巧自体が芸術になってしまっている。いやみもなにもない。やっぱりすごいわね、ということを感じた。

2014年10月23日木曜日

今週は満足に寝られたのは

今のところ一日だけだったような気がする。
2日間は歯が痛かったのでしかたない。
そのほかはなんだったのだろうか。

ゴールドベルク変奏曲の聞き比べをしようと思ってグールドの晩年版(1981年)と1955年版、園田高弘、ニコライエワの4枚を用意して順次聞いていったらニコライエワのが始まらない。盤面を見ると外周の一カ所にぽつんと黒い点状の汚れが・・・。
レーベル面から反対側の記録面にかけて貫いているような具合に黒くなっていた。
このCDは買ったばかりの時なんども聞いていたものだけれど、いつのまにこんなことになってしまったのだろうか。
CDでひどい者と言えば10枚組くらいのやつでCDとCDのあいだにスポンジをはさんでクッションにしていたものが、スポンジが融けてCDにはりついてしまいはがれなくなってしまっていた(もちろん演奏しない)ものがもっとも頭に来ていた例だけれども、今回みたいのはひょっとしたら新品の時にちょっとした手垢よごれとか何かが付着していてそのままにしておくと10年もたつととんでもないことになってしまうよ、という例なのかなとも思った。
完璧、といっている記録方式もこれじゃあひっかき音や傷音のあるレコードのほうがずーっといいではないか。
CDは一転がこういう状態だとまったくスタートしない。
レコードは傷音が入るだけで変形やひどいかび等さえ防げばそれこそ数百年は大丈夫なのかしらね。もっとも再生機械の存在と、プラスチック(レコードの材質って・・・?)変質による溝の崩壊が無い限りということだけれども。
それにしてもCDはある部分はとれない汚れ・傷によって聞けないけれどもそのほかは大丈夫だよ、というわけにどうしてならないのかしらね。
市長がだめでも部分的には機能は安泰、市長がだめで市全部が崩壊・・・たとえが良くないかな。

2014年10月21日火曜日

きのうから今日は

歯はいたくなかったもののなぜか眠れなかった。
濃いガテマラのコーヒー2杯のせいだろうか。
それなのに昼間はあくび一つでない。
これは良くないことだと思う。

株はしめってはいたが刈り取りをやる。
ここ2日でがらっと畑の風景が変わってしまった。
これからが時間とのたたかいになる。あっちこっちの畑がいっせいにできあがりとなっていく。

関東農政局の統計部門の係官があいさつに来る。
毎年のことだ。
以前は坪刈りということをしていたのだが国の人員整理もあって今では口頭での受け答えになっている。今年のできは?ということの調査だが、具体的な答えは11月で、最初の挨拶回りにきてくれたということ。受け持ち地域が広すぎて大変そうだ。所沢はウチだけだと思う。

家に帰ってふと金木犀の下を見ると"花"が落ちている。
えーっ、と上を見ると花がたくさんついている。
これはこれはどうしたことだろうか。
今年は9月15日前後にわずかだが開花、10月第一週に本格開花そして散る、これに加えてなんと今頃いっぱい開花(とはいっても10月頭にくらべるとやや少ない、花が散ってしまって少なくみえたのかもしれないが)。
今年は気温の変化が激しくて短い期間の間に狂い咲きしてしまったのだろうか。
そういえば寒桜ならぬふつうのソメイヨシノの木に花がぱらんこんぱらんこんと咲いているのを車を運転していて何カ所かで見つけた。
桜の狂い咲きもふつうはもっとあとのことだと思うのだがどういうわけかこんな時期に咲いている。

2014年10月20日月曜日

2日眠れず。

頭がずきずきしていたのがだんだん歯がずきんずきんといたくなってきた。
体調が悪いので歯に来たのかなとも思うがいちおう歯医者さん予約。
3年ぶりかな。
この年齢になると年に2度は定期点検したほうがいいと人生の先輩に言われたことがある。
あのドリルの音がねー。
いい先生で少しいたいのだけれど治療した後・詰めたあとはとてもいい、上手な先生である。
自分より少し年下かなと思うがこれからもずーっと世話になるのかな。

てなわけで歯医者さんに行き結構長い治療を受け帰る頃には雨となる。
それにしても歯医者さんは重労働だなと感じた。
年をとると結構きついのかなと思う。
キーボードを打っている夕方6時現在、痛みはまったくない。
ただし枕元には先生からもらった痛み止めを置いておこうと思う。

女性2閣僚が辞任したようだ。
なんか損したのは攻めた側のような気もする。
国会がスキャンダル審議機関みたいになっているこの国で、国の行く末を牛耳っているのは結局東大法学部出・国家公務員上級職のひとにぎりの国語堪能者なのかしらね。
国語堪能とはきちっと見つめれば国語堕落推進委員会のような文章作成者でもある。
やっぱり中国官僚制のミニチュア版国家/にっぽん、ということだろうか。
カネ出せ、カネ出せと騒いでいるのはだれでしょう。

選挙っていったいなんなんでしょうね。

2014年10月18日土曜日

疲れて

8時頃寝ると必ずと言っていいほど3時間後に目が覚める。
そのあと浅い睡眠の夢観劇と短い覚醒の繰り返しとなる。
これがけっこういやではなく、楽しんでいるのが最近である。
夢の内容によってはこういうのは困ったことであるが、昨今はそういったやっかいな夢はない。
他愛もない日常の出来事・会話といった程度で、出演者もあたりまえの身の回りの人からはじまってどうみても組み合わせとしてありえないものまで登場するわけだが、覚醒の後また続きが見られたりするものである。
これが"こころの平穏"を暗示しているのかどうかはわからない。
不安・不満のかたまりであることは世間のひとと似たようなものだとは思う。

刈り取りをしていると必ずといっていいほど、さやの大きさ、さやの付き方(ボディの上のほうにかたまって付くとか上から下まで均等にばらけて付くとかいったこと等)が異なるものがいくつか混じっており、それが変異なのか他品種の混入なのか悩んでしまうのだが刈り取り・収穫でなるべく分けて集めようとしているがこれから一気に葉っぱが落ちさやが黒ずみ茶色になってくるといちいちそんなこと・・・ということに例年なりがちなのだが、原点に戻ってきちんと区別するように努力したい。
そんな中でも九州のXは枝豆としては絶品だが、そのボディの育ち方が困ったものでひょろひょろで収量も少ない。特にボディの下の方から枝が折れるものがほとんどで刈り取りはやっかいである。折れた複数の枝がべたっと地面に広がってしまいさすが最新のコンバインでもあまりにも地面に近すぎるのでどろだらけになること間違いない。
でも豆腐にしてもほわっとしたふくよかな味で捨てがたいものがある。
でも収量が非常に少ない・・・虫に食われるというわけではない。そもそもさやの付く数が少ないのである。
こういうのは企業ベースではやらないだろう。

2014年10月17日金曜日

もう枝豆も

終わりかな。

オークションでおもちゃカメラ(といっても、1-2万円は当初していたんでしょうが)、つまりオートフォーカス、自動露出の"ばかちょんカメラ"というやつですが、10台500円で落としました。送料も1000円。
さっそく電池を入れて動作確認。8台は完動品でした。レンズもきれい。ただしみんなズームなのでいやしいスタイルです。最低焦点のまんまで見るととてもスマートなんですけど。
しばらくこれで遊んでみようと思います。
この手のものはフィルムカメラ最後の大量生産・低価格のかせぎがしらだったと思いますが、たいしてつかってやりもしないうちにデジカメが出現してしまい捨てられてしまったものでしょうね・・・もちろん、カメラをゴミ箱にすてるひとはいないでしょうが。レコードや本などと同様、ゴミ箱に捨てるのは躊躇される品目の筆頭にあげられるでしょう。
フィルムが日本で生産されなくなるのがいつのことやらわかりませんが、そんなに遠い未来のことではないでしょう。でも真空管がロシアや中国で生産されているのと同様こちらも生産されるといいのですけれど。DPEはおそらく向こう2、30年はネット経由でお願いできるのではないのかなと考えます。
作るだけつくっておいて、肝心なフィルムがないとなるとほんとにゴミになってしまう気がしますが、たぶん推測ですが、レンズを通して入ってくる画像の受光部分(アパーチュア)つまりフイルムがある部分に、デジカメの受光素子をはめ込める工夫をする趣味人が出てくる者と思われます。あまりにもたくさんのカメラが作られすぎた。捨てられない・・・。さあ、どうする。
ということで、マイナーな写真機械屋さんがそれを作ってくれそうな気もします。

それが出来なくても、固定レンズであっても本体から引っぱがしてデジカメのいろいろなアダプターに取り付けられるよう工夫して利用する向きも出てくる者と推察されます。
こんなこと考えるとカセットテープレコーダーやオープンデッキ、MDといったものも新たに作る人が出てくるかなー・・・これは無理かな。
機械式・・・、というのが永遠に続いていくであろうものは今や精密機械では時計だけになってしまったのかしら。

2014年10月13日月曜日

前回の台風は

一週間前で、風も雨もたいしたことはなく・・・ただし南の方、つまり神奈川県等では土砂崩れで被害があったようだが、このへんは雨も風もさほどではなかった。畑もたいした被害はなかった。
今回のはこれから深夜にかけてだが、予想では風が強烈な予想だ。
大豆もだいぶ倒伏してしまいそうだ。


テレビで1964年のオリンピック、バレーボールの決勝戦をたぶんビデオ録画と思われる映像で凪がしていた。もちろんダイジェストではあったがあたかもライヴでやっているかと錯覚してしまうほどわくわくしてしまい思わず「それ行け、あちゃっ、よーし」といった感じで50年という時間の流れをふと忘れてしまっていた。
接戦の金メダルかと思っていたら3セット続けざまに取ったストレート勝ちだった。
選手がブルマーだったのに懐かしさを覚えてしまった。
そのあとやったアべべの雄姿にも、哲学者を思わせる風貌が孤高のひとを思わせた。マラソンはやはりフィナーレにふさわしい。
スポーツもカネにまみれるようになり、オリンピックの運営自体が商業活動みたいになってきてしまった昨今だがわずかな時間に流されたこの映像はさわやかな風のように目の前を過ぎていった。
葛西さんもアべべももう亡くなっていたと思うけど・・・。

きょうは久々に、昼間から寒さゆえの長袖を着た。
もう秋か。
まもなくあちらこちらで大豆の葉っぱがいっせいに黄色くなり始める。
なるときは一斉である。蒔く時期がひと月ずれていてもそうである。
早生、中生(なかて)、晩生と工夫して分けてもできあがりは極早生を除けばどういうわけかみんな同じになってしまう。


2014年10月10日金曜日

わずか一日で

畑はその風景を変えていくようだ。
気温の差がいっきに豆をふくらませ、さらに葉っぱを黄色くさせて枯れる態勢にに入っていく。
すずしくなってからはその変化が激しい。
今年は枯れるのが全体的に早いような気がする。

夕方帰ってくると、軒先に谷中ショウガと丹波の黒豆の枝豆が。川越のごろちゃんが置いていったらしい。
夕飯できょうも枝豆4種類。
まだまだ幾種類かは大丈夫のようだ。
丹波の黒豆はややみずっぽかった。
もう少し置いた方がほくほくするだろう。この豆は「やや未熟」はだめなようである。ピークのほうがいい。

2014年10月9日木曜日

きょうも刈り取りのかたわら

ひとにあげる枝豆もぎをしました。
ここ2,3日というわずかな時間の経過で多くの品種がことごとく「ピーク」に達していることを確認しました。味のピークは過ぎているといえます。今の我が圃場の枝豆は市場に出回っているのと同じレベルまで下がっていると思います。
すべてとはいいませんが、おおくの人が目隠しテストで賛同するであろう「味のピーク」は8分目くらいがほとんどではないかと思います。
もちろんピークの時が味のピークと重なるだろう、というものも少しはあるのですが・・・。
お月見在来2つのうちもうひとつのをきょう5さやだけ食味。
なんとアセチルピロリン臭がするではありませんか。
目の色は白か薄い茶色のようです。
でもたしかタネは青豆ではなかったと記憶するのですが。

それにしてもひと株に付くさやの数はなさけないほどであるにもかかわらずさやの成熟がぱらんこんぱらんこんのまちまちで、長い期間にわたって枝豆を楽しめる長崎・熊本のある品種はさっぱりとしながらも上品な豆あじをしっかりと感じさせる名品種であるのを感じます。この品種は収穫するとつぶの大きさがまちまちでいろんな大きさが出てしまい、いちいち選別しないでそのまま検査を受けると"一粒一粒はひじょうに美しい扁平色白黒目の粒"であるにもかかわらず、規則により丸合になってしまいます、・・・つまり大きさ不揃いということです。まだ数回しか豆腐にしたことがありませんが、ブラームスを彷彿とさせる(交響曲1,2番かな)重厚な"味のひびき"をもった山下君からすると超一級品の品種であります。
・・・枝豆がうまいのです。
たぶん欧米で流行している"edamame"ファンにはこの"美"はわからないと思います。
ひとに枝豆あげられるのもこの品種を除くと、選びに選んで、あと一週間ということでしょう。
ほんとに刹那の食べ物です。

2014年10月8日水曜日

ベランダで正座しながら

お月様をながめていました。
お月見在来をさかなに「・・・フリー・ビール」というのも無粋かしら。
デジカメの使い方がむつかしく・・・というよりふだん大豆しか撮ってないので、
やりかたの最低限に達するまでが大変でした。
前回は父の亡くなる一週間くらい前の12月はとても寒い夜のことでした。
あのときは「たまごの黄身」みたくぶよぶよ感を想起させる異様な雰囲気を持っていましたが、
きょうのはなにか無気力拍子抜けな色彩・・・色彩なんて関係ない、感動のない風景とでもいうのでしょうか。
さてさてまたベランダで正座してシャッター押しましょう。

2014年10月4日土曜日

葉っぱが黄葉した

ものを少しばかり強制刈り取りする。
これを毎日ひっくり返しては、かびが生えないように注意しながら乾かしてやるのが肝要である。
枝豆最盛期。
いっぺんにいろんなものができあがっていく。
豆腐にするのが目的の大豆栽培だが、枝豆はおおきな知的副産物となっている。
ほとんど我が国で現在栽培されていないものばかりで、ある種の優越感にひたっている。
打田さんの"静かな山"に登っているときの気分に似たものがあるのかなと自負しちゃいます。
枝豆はぱんぱんになった"ピーク"ではなく、8-9割"できあがり"がやはりいいものと思う。
きょうは5種食べたが、久しぶりの新潟県柏崎収集の"サカナ豆"がうまかった、・・・これはやや陳腐品種かもしれないがそんなには出回っていないと思う、アセチルピロリン臭がかろやかな甘い豊かな豆あじの逸品である。虫がやや多かった。

2014年10月3日金曜日

毎日ここちよい

陽気が続く中、きょうはひさしぶりに暑かった、・・・ので長袖でいた。
多くの品種が枝豆"適"の状態に達する。"適"とは"やや未"という意味でもある。
八百屋さんにあるようなぱんぱんに身が入ったものではない。
今朝方八百屋さんで東北の"秘伝豆"が売っていた。この量だと他の品種で300円台くらいのが秘伝は690円していた。ついこないだまでは知り合いとか通販でしか買えなかったものだが、一般に販売されるようになったらもう要らないかなとも思った。はやりそう、になったらすぐやめることだ。
はやるものは自分はやらない、いやいや"はやってしまったもの"は自分はやらない。
ひとまねはこっそりとやって、"事実"を確認するだけでいい。そんなものは商売にしない。

アッバードの『春の祭典』CDが物置片付けをしていたら偶然出てきた。
これはもちろんLPでも持っているが聞きすぎて傷だらけ、しかもカビはえになってしまったのできょうは子守歌にこのCDを聞こうと思う。
演奏の内容は自分にとってブダペスト響を振ったエルデーイのFM放送録音版が窮極にあるので、Abbadoのように現代録音を意識しすぎた感じの演奏には・・・?というところなのだが、一時夢中になっていたこともあるので若き日を振り返ってということで聞き直してみようと思う。
Abbadoは今年亡くなったのかな。自分の青春時代の大物(いい意味でも悪い意味でも)指揮者はもうだれもいなくなってしまった。シャイーのデビューが自分の20代・・・、というかシャイー自体が自分と同年代なのでがんばってくれているといいのだけれど。60歳ならもう巨匠と呼ばれてもいいころだろう。

おいしいぼたもち、おいしいコーヒーで春の祭典。
大豆はちらほらと黄葉してきた。
一部種取り用に強制刈り取りを始めようかなとも思う。
絶妙なアンバランス、いやいやインバランス。imbalance。imはフランス語だと"アン"なのでこういうことになるのだが、英語ではunbalanceよりはimbalanceをよく使うので、フランス語源というかラテン語語源を不釣り合いの意味には選択していることになる。
英語は語尾変化がないかららくちんだという向きもあるけれど、現実にはいろんな言語のちゃんぽんということもあり語尾の屈折の簡素化などでかえってわかりにくいところが多い。さらに見方を変えると"語源"探索がとても楽しい言語でもある。
すぐれた言語、劣った言語というものが"ある基準"によって選定されることもたしかかもしれないが、それはあたかも枚数の多いレンズが優秀で、一枚(単玉/たんぎょく)、二枚(ダブレット)、三枚(トリプレット)、そして3群4枚のテッサー・タイプといった原始的レンズたちは劣等だといった選別基準とある点で似ているのかもしれない。
複雑なのがいいとは限らない。
ガラス一枚の光量損失が75パーセントということを考えると、ある意味では窮極のレンズは"一枚"である。
話が飛んでしまったが、言語の優劣なんて考えない方がいい。
主語が要らない日本語も、それはそれで"価値"であり、主語が示されなくても意味が通じてしまうところにおおきな意味・価値がある。主語が示されないで誤解をまねくと騒ぎが生じるような公的な文書ではきちんと主語を書けばよい。生活で使う言語は継続すべき伝統はきちんと継続していくべきだ。こんなことまでマッカーサー流にしてもらいたくない。

2014年9月29日月曜日

おとといから今日まで

21種類の枝豆を味覚比較している。
子供にゆでてもらっている。
きょうは別格にうまいもの3種確認。
2品種は毎度。
一品種は新品種で今年初、これがえらく旨いのだが20粒しか蒔いてなく、しかも発芽は8割くらいだろうか、大事に味わう。名前とは裏腹に非常にうまかった。

一枚の畑でやっかいなことが。つまり畑の外縁部ではすずなりなのに中のほうへゆくに従ってまるっきしなってない、しかも未熟も未熟。これで収穫できるのだろうか。名前はとてもりっぱな名前で「とてもたくさんできること」を暗示している。
話は変わるがこの畑の隣は、毎年毎年くさぼうぼうで農業委員会がやる6月と8月の2回の見回りの直前だけトラクターでにわかかきまぜをしてきたわけだが、今この畑はネットでトンネルをしてある。ちいさくなにがしかが発芽している。
だれかが(つまり、わたし)何かを耕作しているのを気にして、なにかを蒔いたのかな?

御嶽山の噴火にはおどろいたが、考えてみると自分もずいぶんと"火山"に登って、ゆらりとした白煙をそばで見てはいい気分にひたっていたものだ。
突然爆発なんて地獄図も想像の範囲を越える。
それにしても無雪期御嶽山は登山やハイキングと言うより"行楽"といった感じの山歩きなのかしら。登山届けが300人・・・といっているからには、出していない人はその何倍にも達すると思うんだけれども、爆発のその瞬間に危険位置にいたひとは運が悪いとしかいいようがない。
ちいさい子供もいたんだろうな、言葉もない。


2014年9月27日土曜日

ボタン電池の

SR44をアマゾンで注文。
20個で1100円(送料込み)。
えーっ?
SR44というのはLR44を品質レベルアップした使用時間が長くできる。
前は一個200円以上したと思うのだが・・・。
輸入元・・・、と書いてあるのでどこぞの国で低賃金・高環境負荷によって達成した価格だと思う。
特に環境問題など無視した「カネ、カネ、カネ」といっている国でのこういったものの生産は恐ろしい。
水銀は使ってないはずだが「酸化銀電池」と書いてある。
こういった「ばけ学」ものはかならず廃棄物の問題が生産過程で起きるはず。
コストダウンの力となっているのはおおむね見当がついてしまうが、こんなことの積み重ねが安い価格で生活をエンジョイしているわれわれの上にもいずれは害毒を及ぼしてくるであろうことは眼にみえている。
SR44は高いので日持ちがしないとしりながらいつもLR44ばかり買っていたのだけれど。

2014年9月26日金曜日

金木犀のにおいが

一日しただけでどっかへ行ってしまったと思っていたら、きょうどこへ行ってもはっきりとにおいがしていた。花もしっかりと確認。
気候のせいだろうか、咲きかかっていたのが中断してしまいここに来てすずしくなったので一気に全開ということだろうか。
大豆もきょうはぐるりと一回りして実の入り様を確認。
ぱんぱんとはいかないが何種かは枝豆適のものが確認できた・・・といっても畑の周辺部、内部では様子が違うので「枝豆GO!」という具合にもいかない。
たくさん食べたいのだが尿酸値が常に頭の隅にある。

『花子とアン』もあしたで終わり。
明治・大正・昭和ものが続いてきたが、また次回も同じパターンみたいだ。
『花子とアン』はあしたで最終回だが、村岡夫妻のメークがたいしたもんだなと思ったのは夫婦それぞれにしみ・そばかすが上手にほどこされていてちゃんと年寄りの肌になっていたことだ。
老いるとはみんな肌はきたなくなっていく。
でもそれと反比例してアウトプットは豊かになる。
「老い」のドラマを見ているといつもこんなことばかり考えて老いた自分を弁護しようとしてしまい、ずるい自分に苦笑いしたりする。
老い、が100パーセントなにからなにまで劣化することを意味する状態になるのはいつのことかわからないが、あるいはそれまで生きられるかどうかもわからないが、体も頭も働けるうちにうんと働かせるしかない。

『赤毛のアン』が出版にまでこぎつけたのを期に、家族みんなに「ありがとう」といっていた花子のまねはなかなか自分にはできそうもない。
自分がやってる道楽でたぶんみんな迷惑しているんだろうと思う。
生産的な迷惑、ととんちんかんな言葉で自分を正当化しちゃったりしているんです。

2014年9月24日水曜日

耳が炎症

起こしている。風邪だろう。ここ一週間のどがいたかったりやや微熱。

枝豆が先に食べた極小に続き普通サイズ(やや大粒)の先がけ分を2種食べる。まだぱんぱんになったもののほとんどない中から比較的大きくなったものをえらぶ。この手はおおむねうまいに決まってる。・・・・やや「未熟」というのがうまい、ただし好みもあるかな、「やはりぱんぱんの完熟だ」というひとも多いだろう。
大豆栽培をしていると枝豆の食べ比べをせざるを得ないので、記録をつけておいたほうがいいかもしれない。
ただし枝豆は尿酸値を引き上げるので要注意だ。
ちょっぴしでいい。

ここのところ毎日食べている柿がやや渋くなりかけている。選べば大丈夫だが、やがてみんな渋くなる。はじめ渋く、やがて甘く、そしてまた渋くというプロセスはどういう説明がつくのかしらね。
柿は日本を代表する果物だけれど国歌、国花の次に国果というのがあるとしたら当然柿がそれにあたるのだろう。砂糖が稀少だった時代は柿は甘さの供給源の代表格だったのだろう。
まるっきり"西洋"のように見える洋画家婦人のMちゃんは部屋、調度、・・・おおむね西洋の真っ白けのお部屋、そして着物は生涯ほとんど着たことがないけれど、果物はメロン・巨峰・マンゴー・・・ではなく柿が筆頭、そしてすいかかな。
そして歌も詠む。
字も上手。
自分には日本があるのかな?恥ずかしい限りだ。
話がずれてしまったが、大豆だけはひとにゆずれない。
地味ですね。

2014年9月20日土曜日

お彼岸の入りで

午後ずーっ家にいる。
コンサートの案内が2件あったのだが、早い者順で先に来た方を取っておいたのだが、パートが急に休みで夕方仕事。コンサートあきらめ、ごめんなさい。

機械式カメラをいじっていたが、ねじ山がわからなくなっている。ハズキルーペをしているとくっきりと見えるのだが、長時間はつらいものがある。それに局部だけをじーっとみているのは眼には余り良くないものと思われる。
こわれたものが動き出すのはしかしこの上ない喜びとなる。
ところでキャノンの前のデジカメ・・・自分にとってデジカメ先代の機械・・・を電池室の接点クリーニングをしたりしてみたが、ディスプレーに絵が出ない。フラッシュできてシャッター押せてるのに、写真はとれてない。完全にアウトかな。それにしてもついこないだまで使っていたこのカメラはディスプレーがちいさい。ほんとにこんなの使っていたのという感じだ。単三電池3本(今のパワーショットは2本)と、大変な消費電力だ。
それにしても進化のスピードは速い。

仕事から帰ってきて、先ほどやっていたカメラの修理でボタン電池室の接点ハンダはがれをなおしておいてしかも金具を接着剤で固定して置いたのだが、テスターで通電確認。LR44を入れるとメーターが動いた。たぶん大丈夫だろう。
あしたはやはり忙しくてひとつ仕事をかかえているが、そのあと今度は親戚まわりだ。といってもお盆と近接しているため、お互いに無しよというのが増えてはいるのだけれど。
盆彼岸・年末年始と旅行に行くなんてそもそも考えられないことだ

2014年9月19日金曜日

今年初めての

刈り取りをしました。
11年間の大豆栽培ではもっともはやい刈り取りです。
極小のK自体はかなり以前からまき続けているにもかかわらずです。
半そでで農作業、日差しは曇っていてほとんどひ弱。
ところがとなりの品種はぺったんこ。播いた日は同じなんだけれどもね。

スコットランドは予想通りの展開になりましたが、London偏重が少しは改善されるのでしょうか。
北海道独立、沖縄独立、・・・まあありえないでしょうね。
でも九州だったら沖縄を巻き込んでスコットランドみたいにゆさぶりをかけられるのでは・・・。
都市対地方、というのは世界どこへ行っても不公平問題を引き起こしていますがこんなに生活水準の高くなってしまった工業先進国ですらいまだにこのアンバランスは縮小するどころか保持あるいは拡大の一途をたどっていくのでしょうか。

クジラの問題ももうどうしようもないほどの四面楚歌状態のようです。
国際関係論とはすなわち"わがままの論理学"そのものと思うのですが、外交は気配り不要・"計算"onlyで行くしかないのでしょうか。
お隣の国でワンちゃんを食べるのを忌み嫌う感覚で、欧米人は日本の捕鯨をとらえているのでしょうね。
フォアグラ、・・・残酷ですね。あんなもの絶対に食わない。
アフリカ黒人連行、奴隷売買・・・・残酷ですね。
そもそも大量肉食自体・・・残酷ですね。

2014年9月18日木曜日

こないだ

小粒の枝豆がとてもおいしかったことをここに書いたけど、今日見回りにいったらかなり葉っぱが落ちてさやは黒くなっているものが多かった。1/3程度は青々とした葉にぱんぱんの実をつけた状態だが、もう刈り取ってしまってもいいのかなと思う。
あしたは晴れ/曇り、あさってから何日か雨のようだ。
どうしようかな・・・。

裏の畑の彼岸花が見頃だ。
今年は早い。
父が亡くなる(年末)年にもらったものだ。
同じ畑のすみにいとこのところからもらってきたイチゴの株を植える。
増えてくれるだろうか。
結構盗まれてしまうのかな。

夕方佐多岬半島の豆腐屋の友人から久々の電話。
いつも都内の飲み会で酔っぱらうと必ず「四国の・・・さんに電話して・・・」といううのが自分の悪い癖だけれど、きょうのはほんとに久しぶりでうれしかった。
のどを病んでいたとかでがらがら声だったが、話しぶりは元気でこちらも元気になってしまった。
ここ2週間こちとらは相当疲れている。
佐多岬半島といえば関鯖の反対側陸揚げで名前の変わった"姫鯖"というのが食べられるそうでいつの日か行ってみたいな。
彼は以前BMのオートバイでおくさんをうしろに乗っけてやってきてくれたことがありかっこよかった。
BMってオートバイ作っていたんだと知る。
うちの父親も晩年、「またオートバイに乗りたいなあ」なんていつも行っていた。
雷族とかなんとか呼ばれていたようだ。
自分には車とかバイクには全く関心が無く、ひたすら自転車であった。佐多岬はよらなかったけれど近所は廻っていた。

2014年9月17日水曜日

九条ネギ

少し収穫。
陸稲に花が咲いてなおかつ実もついている。
お米の花はちいさいけどよーくみると美しいものだ。
それにしても蚊が多くてまいった。
8月よりこの時期にたくさん出てくる。

2014年9月16日火曜日

ちょうど

出棺のときビルは大揺れ。
即、石の上にのっかっているだけの我が家が心配に。
当の家内は地震があったことすら知らなかったとか。

多磨霊園往復は毎度の事ながら疲れるが今回は道路が空いていて早く戻れる。
焼く窯いや焼却室に入る見送りをしていると隣に別家族の棺が。
ところがつきそいはいつになっても初老の美しい婦人だけ・・・最後までその方と葬儀屋さんらしいネームプレートをつけた男のひとだけ。
こういうことも起こりうるのか?
場合によっては役所や警察官ということもあるのだろうか・・・。
見送っていた婦人が美しかっただけに・・・といっても悲しみに包まれていてのことだが・・・自分は気になってちらちらとしてばかりいた。
反対側の骨壺が置いてあるたなには六切り程度の小さな写真が置いてあった。若いこれまたかわい二十代かなと想像される女の子の写真があった。
涙をこらえるのが大変だったが、あれやこれやと想像を巡らしてしまい自分がいやしくも思えてしまった。
幸せな死に方なんて千差万別だと思うけど大切なことは、ぎりぎりまで一所懸命生き抜きメッセージを出し続けることだと自分を戒める。死に方はまあ、なるようにしかならないだろう。今幸せでも、ほんとのそのときどういうことになるかはだれにもわからない。
良く生きるためには・・・健康しかない。それと、夢と意欲かな。

2014年9月15日月曜日

今週もまた

葬式。きょうとあした。
火葬場を持たない清瀬・東久留米・東村山・・・あとなんだ、で葬式となると告別式は多磨霊園までの行って帰ってがあるので食事は四時とか五時が普通となる。丸一日の拘束である。

フィルムカメラがいつごろまで使えるものかと思ってネットで調べてみると、富士フイルムなどほとんどのメーカーがほんとに極一部の製品しか作っていないことがわかる。
あるうちにあれやこれやと写してみようかと思うが・・・。
DPEはヤフオクの利用となる。
デジカメのおかげで町の写真屋さんがことごとく廃業。
その次は写真スタジオもかなと勘ぐってしまう。
時代の流れで「いらなくなってしまう」職業というものは必ず出てくる。
まちの本屋さん、レコード(CD屋)さん、・・・うちらも風前の灯火だらうか。

通夜の帰りに車でラジオを聞いていると・・・ライターと称するwould-be(自称)インテリと称するあんちゃんが、「60にもなると、人間いかに生きていくべきかを真剣に考えなければならない云々」と説教じみたことをしゃべっていたが、「・・・ライター」って職業はこんな程度のことしか考えていないのかなとおかしくなってしまった。
「いかに生きるか、死ぬか」なんてものごころついたころからずーっと考え続けて生きているのが、真剣に生きている人やものを作ったり書いたりするひとには当たり前のことだと思うんだけれど。
60になったらいろいろ本を読んだりして「生きること、死ぬこと」を学ばなければならない・・だって。
これが「言葉で飯をくっているひとたち」なの?

電話で聞いただけで、実際のインタビューをしてないのに、対談したみたいな記事を書いてしまいそのおわびをしている新聞社がけさもあったな。
マスコミ、マスメディア、ジャーナリズム、・・・ライター、評論家。ずいぶんと安っぽくなってしまったものだ。もともと安っぽいのかな。善し悪しを選択できない"情報の利用者"自体に問題があるのかな。教育の普及には受けた量に比例する義務がある。

2014年9月13日土曜日

畑で、

近所の家庭菜園のひとにモロヘイヤを今年はよくもらった。
きょうももらってすぐゆがいて食べたが、前回のは余ってしまい水につけておいたら下の方の葉っぱは枯れかかってきてはいるというものの、先端の方はいきいきとしてというか新しい葉っぱが出てきたのかしら元気に生きている。
モロヘイヤって"木"なのかしら・・・?
なら、挿し木でも・・・。

友人が同人誌をおくってくる。
60ちょいとすぎで親の始めた会社をたたんでしまい、物書きに専念・・・なのかな。
60くらいってみんな「残された時間、ほんとにやりたいこと、・・・」を意識し始めるのかしらね。
自分は新規に何か、というわけにもいかず亀さんの歩行よろしくのろまなので、今までやってきたことをそのまま続けていくしかない。
ただめちゃくちゃに行き当たりばったりではないので合目的性はあるのかなと思う。
中途半端に終わったら終わったでいい、夢をいだいたままこの世におさらばなら幸せかなと思う・・・決して「くやしい、残念」ではないと思う。

敬老の日を前にこんなこというときらわれるかもしれないが、老いて世間とのギブアンドテイクが終了してしまった"老い"にはただ苦痛しか感じられない。ただ"受ける"だけ。

100歳までただ生きつづけていることだけでもたしかにすごいこと・かけがえのないことかもしれないが、それはそのひとの家庭・個人的な問題である。社会にとってたいした意味はもたない。
平均余命の世界的上位保持にやっきとなっている行政は狂っている。"徴収"したカネは、平気で大盤振る舞いできるのだろう。
人間が社会的に意味を持つのは、世間とのギブアンドテイクができる間だけのことである。
きのう・おととい身内の若年性痴呆症でなくなったものの葬儀に出ていて複雑な気持ちになってしまった。じぶんもひょっとしたら・・・、なんて心配してしまう。昨今の物忘れのひどさを考えたら・・・。

落ち着いて知的活動・判断ができなくなったら、そこで自分の人生は終わりでいいのかなと思う。

2014年9月11日木曜日

去年産国産大豆の

相場の標準は例年の2倍価格。
ふつう30キロだと6000-7000円がありきたりの価格であるが、今年購入のものは(つまり去年産)その倍となるのが、現行の落札価格からすると当然の成り行きとなる。
ライン生産だと完全に採算割れで使用不可能と思われる。
小さい会社だと社長の給料ゼロにするとかでなんとかなるだろう。
さて、今年の収穫見込みだが各地の問屋さんはぴりぴりし出していることと思う。
唯一救われるのはアメリカ、カナダが大豊作と言うことで大豆製品自体の消滅はなさそうだ。
それにしてもアメリカ・カナダの大豆の行き先が64パーセント中国だということには驚きである。
それに比して日本へは数パーセントとのことである。
ところが日本の使用量の95パーセントは輸入、しかもその大半はアメリカとカナダである。
アメリカとカナダにとってみれば日本などどうでもいいお客で、最優先取引国は中国と言うことになる。このことは政治経済の姿勢に当然あらわれる。

草ぼうぼうの耕作放棄地に大豆を蒔くことをもっと真剣に考えてもらいたい。
野菜と比べてはるかに栽培の手間は少なくてすむ作物だと思うのだけれど・・・。

2014年9月10日水曜日

きょうは3カ所の

畑をぐるぐると周り、中耕と草むしり。
ついでに例の極小の枝豆ももいでくる。

水道の蛇口の水漏れ用にと蛇口を買ってくるのだがサイズが「13」しかなく
仕事場ではほとんど合わなかった。「20」というのが正解らしい、インチ。
ホームセンターでは売ってない。ネットをみてもない、水道屋さんに行くしかないの?

夕方葬式。家族葬。初めてこのことばの実例に会う。
親戚もほとんどなしの、ほんとにほんとの家族だけ。
もっとすごい「直葬」というのもあるという、病院から火葬場だって・・・手続きとかどうなってんのかな?
こういった簡素化によって地方のお寺・墓地が疲弊していく。
「墓地なんか・・・?」というのが今流のファッションなんだと思うが、「家族は親と子だけ」という窮極の血縁関係簡素化に達してしまっているのだろうか。
"ルーツ"の意識ってとっても大切な絆の要因だと思うんだけど、ルーツは「千の風」になってそこここに浮遊していて自分らを見守ってくれている・・・か?
形とか特定の場所とかということがただの"形式"とだけしか受け取れない時代になってしまっているのだろうか。
こんな精神世界には文学とか歴史なんてナンセンスきわまりない"こしらえもの"に過ぎなくなっていくのだろうか。"つながっている"という意識がひとに安心とか勇気とか余裕とかゆったり感とか・・・いろいろな充実感をあたえてくれているように思うんだけれど、これって古くさいのかな?

あしたはお見送りしてこようと思う。

2014年9月9日火曜日

親戚の家に

線香あげていこうと寄っていくと、金木犀の香りが。
「おいおい、ちょいと待てよ」と疑ってみる。金木犀のにおいは本物以外は「トイレのにおい」しかないはずなのでは、と疑問を呈する。
あいにく親戚は留守だったのでそのまま帰る。
車をしまうと、なんとわきの金木犀は花をつけていた。
そもそもの標準の開花日である。
例年熱帯夜・猛暑日が続いたいままでの9月を考えれば今年はむべなるかなといった今年の気象である、少なくとも関東は。
金木犀は自分にとっての正月である。
そもそも誕生月の8月に近いので、とんちんかんともいえないがとにかく金木犀の香りをかぐと「また一年年取ったのかしら」というのが自分流なのです。

満月を愛でようとお店の帰途は歩くことに。
空想の翼をひろげてぶつぶつとひとりごとをいいながら帰宅。
楽しかった。

極早生のK在来/極小がなんと非常な美味枝豆であることを発見。
福島・宮城の(やはり"K")あの在来種に次ぐ美味ではないかと思う(錯覚かな?)。
例年9月の終わりには黄色くなる品種で、虫の入りもとても"いい"ので速めに刈り取って自然乾燥させようかなと思う。枝豆は特別注意して選んだわけではないが虫の入りはほとんどなく、ラッキーであった。これからどうなるのかな。

2014年8月31日日曜日

毎日涼しくて

贅沢な農作業続きとなっているけれど、こんなのいつまで続く事やら。

天地返しをした一枚の畑の一部が生育不良。
黒土の下にあった赤土が関係している。
問題はなぜ全体的に生育不良ではなく、局部的にこういうことがおこるのかなということである。
まあ、波を荒立てたくはないので天地返しの首尾についてはノーコメント。
生育不良部分のコーナーにポールを立て縄でかこっておこうと思う、そしてそこへ集中的におからや落ち葉、脱穀殻を鋤き込もうと思う。

桂離宮の"あの"写真集が新装廉価となってあらわれたのでさっそく注文した。京都の新聞社の出した桂離宮・修学院離宮の写真集もついでに注文した。旅行に出られない身としては、写真集は空想の翼をはばたける大切な小道具だ。
京都もずいぶんと行ってないなあ。15年くらい前に夜行バス利用の日帰りで大原をスナップしてきたのが最後だろうか。
そういえば、おとといみたガメラの映画では京都を舞台に、対する"悪玉"怪獣相手に、京都の町を破壊し放題であった。新・京都駅もメッタメタ。
アメリカですら・・・(といっても、京都もたしか当初は核爆弾投下予定だったとか言われていたと思うが・・・?)京都を避けたというのに、なんなのこれ、とまじになって怒ってしまった。

この位書くと座骨がいたくなってくる。
さて、寝っ転がって『夢千代日記』かな。
きのうだったかおとといラジオに出ていた吉永さんの新作映画に関するおしゃべりをきいていて、うきうきしていたばっかりだ。
何回も書いているけれど、ヘップバーンや百恵ちゃんとは比較にならない女性だなと思った。

2014年8月30日土曜日

夕方

畑にいると、母と仲良かった近所のおばさんがアイス・キャンディーをもってきて立ち話。
彼女の息子さんが北大山岳部のキャプテンをしていて、ある岩登りで墜落・死亡したときの話になり私が言った一言がいまだに忘れられないとそのときの状況をことこまかに話してくれた。
自分はひとを励ましたり・元気づけたりと言った"ことばをあやつる"技術はまったくだめで、むつかしい状況の時はなるべく言葉を発しないようにしているのだけれど、基本的に信頼関係ができあがっている場合はなにげなく言った言葉でもひとを大きく励ましたりするものだなと思った。
とても恐縮してしまったが、実は自分ではそんなことがあったことはまったく覚えていない。
ただ自分より先に逝ってしまった子供をもった親・・・特に母親の気持ちというものは身の回りにその例がいくつかあったので想像に難くないが、ほんとの心の痛みまでは当人にしかわからないと思う。
ご夫妻は85を過ぎたというものの、近くのけっこう広い家庭菜園でいろんなものを作っている。
長生きしてもらいたい。

沖縄へ引っ越したKさんにメールする。数回やりとりしたので、電話のほうがよかったかなとも思う。
なんで沖縄へ行ったのかといろいろ勘ぐってはみたのだが、結局"沖縄に住んでみたい"の一語に過ぎるのかなと思う。
賃貸に住むのでいずれ帰ってくるものと思う・・・いやいや、期待する。

2014年8月29日金曜日

4時間半

耕運機を押し続ける。
水飲みと給油で中断しただけで休憩は無し。
すずしいとはいえ、さすが肩がいたい。
でも心地よい筋肉痛だ。
十数時間でオイル交換する、やはり真っ黒だ。頻繁に交換するようかなと感じる。

きょうも豆腐造りでブレンドのきわめつけ組み合わせを発見する。
こないだのとあわせて記録しておこうと思う。定番にしたいが・・・3種の組み合わせでそのうち一種は珍品とは言わないが数は比較的少ない。

『花子とアン』で花子の娘がかわいがっていた飼い犬が軍用犬にと徴用される場面が。
花子がラジオで娘をいやすお話、で涙してしまった。
権力というものは汚れているものだと再確認すると同時に、権力の側にある人間も堕落していくものだなと認識する。
ただの平民が一番いい。
自分で舟を漕ごう。

2014年8月28日木曜日

普段めがねは

必要ないのだが、朝起きたての状態やあるいは疲れているときに活字をみるとぼやけたりするので(つまりちいさくて眼の分解能が落ちて)虫眼鏡よりは手が疲れないようにということで、ハズキ・ルーペをネットで買う。
これは優れものである。
字を大きくするばかりでなく活字の"輪郭"をはっきりと出してくれる。つまりメリハリをつけてくれる。倍率は1.5倍くらいなので老眼鏡と同じくらいなのだと言うがこんなに良く見えるものかとびっくりする。視野も広い。
朝の起きたてというものは字がぼやける。
トイレの中で暗記用英文を集めた手帳をめくるのが楽しくなった。
機械式シャッターの分解・清掃も・・・、と考えたが根気がねえという感じ。

今手元にあるさまざまな"にがり"を片っ端から片付けようとしているが、なんとかもうすこしで終了となりそうだ。にがりのコレクションはもういいと思っている。大豆の品種だけでいい。にがりの差による味の差はほとんど無視してもいいと思う。ただし凝固作業に影響するボーメ度には大きな意味がある。煎じ詰めると、海水にがり標準濃度、極濃いにがり、固形粉末といったこの3種だけをマスターすればほぼあらゆるパターンの豆腐遊びができる。
あともうひとつ・・・世界共通、どこへ行っても豆腐を作るために"海水そのもの"で豆腐を作る技術をマスターすることもきわめて大切なことと考える。

精密草むしりがきのうで完了したので、きょうは蒔いたところをすべて見て回った。どろんこトラックが車検ということもあったのでこういう次第になったわけ。あしたは現時点での各品種の状態をメモしておこうと思う。
しばらく中耕三昧が続きそうだ。

夜夕飯時、青リンゴをきのうに続き食す。
青リンゴは大好きなのです。
一瞬で終わってしまうからなおさらいい。
今は山に行かなくなってしまったが、山登りに車を使っていると、信州だとだいたいお盆過ぎごろからりんごが出てくる。それがいつも待ち遠しかった。
鼻からの香りでなく、口に入れてかみ始めるとのどごしに鼻にやってくるあの香りがとてもいい。
青リンゴはいろんな比喩に使われるけど、その比喩と一緒に醸し出される香りと味がたまらないのだ。

2014年8月27日水曜日

おととい

きのう今日とがんばったおかげで、自分とこのメイン圃場一枚の草むしり完遂。
仕事で会う人ごとに「山下さん、相当疲れているようですね」と言われる。
きょうは特にがんばった。
充実感はひとしおだが、疲れた疲れた。
作業中ビートルズの『ビートルズ バラード20』というアルバムが聴きたくて聞きたくてしょうがなかった、どうしたことだろうか。
今年はどこの畑でも雑草の育ちが良すぎて管理が大変のようだ・・・といっても関東だけの話かな。高音と多雨、といっても一時的に雨が降らなくて発芽に大いに悪い影響を与えたが・・・種まきのもっとも重要な時期に。
浦和のNさんに分けた君津の小糸在来は草むしりの途中でひとうねだけ蒔いていたことに気づいたが、7-80粒のうちひと株しか発芽していなかったのでこのタネは「だめタネ」であると判定する。友人から去年もらったものを冷蔵保存していたものだが、ゆずってもらった段階で発芽不能の数年間常温保存豆であったものと推定する。Nさんごめんなさい。来年からは自分で蒔いて前年度発芽したもののみをあげますね。
夕飯時にテレビをつけていると足利市の「こころみ学園」のココ・ファームを紹介、従事者の老齢化問題を取り上げていたが、本題は別としてこのワイン・醸造業が会社として運営されていることに驚いてしまった。そもそも社会福祉法人はワイナリーは(というより"会社"なのかな?)経営してはいけないという法律があるらしいが、それであきらめることなくこころみ学園の生徒たちの父兄たちの力を借りて設立し運営もきっちりと行いちゃんと利益を出しているところがすごいなと思った。
"福祉"というと補助金・さまざまな公的支援あるいは個人による圧倒的支援といった助け船の上にあぐらをかいているイメージしかなかったが、ここは自立している。
この"自立"が「にんげんとしての誇り」を生徒たちに植え付けてきたに違いない。
ともすると"福祉"事業は障害者自身やその家族の問題というよりは、それを運営しているひとたちの"自慢話・自己満足"に陥っている気配を感じることもあったので、いいテレビ番組であった。民放ががんばっている。
Nさん夫妻が毎年秋にこのワイナリーに行く理由の少しがわかったような気がする。

それにしても社会福祉法人の看板を背負った老人送迎のワゴン車の乱暴運転がこうも多いのはどうしたことだろうか。このことはほかのひとからも良く聞くことなので自分だけの感じ方ではないようだ。
ジャンクフードをほおばり、補助席の若者がスマホ片手に運転手に大笑いして話しかけている車に毎日すれ違う。狭い道でちっともはじへ車を寄せない。

ビートルズを聴こうとすると、伊勢正三のレコードもその下に3枚ほどあった。伊勢正三なんて買った記憶はないんだけれど・・・。
でもここへ来て伊勢正三を知ると、いい曲ばかりであるのを確認していたところ。
ラッキー、である。
たぶんまとめ買いしておいたものかもしれない。
それにしても30センチLPはやっぱし絵が大きくていいもんだ。

雨は土曜日まで続くといっている。

2014年8月22日金曜日

夕方

畑で一休みして空を眺めていると、空の青が秋の色を帯びているのを感じる。
5時を過ぎるとだいぶ楽な夕方になってきた。
梅雨の末期の大雨、というのは死語になっていくのだろうか。
真夏の安定期に台風でもないのに大雨・土砂崩れの災害とは。
様々な形で文明の悦楽の園の反動がやってくるのだろう。
生命分野で、それを遺伝子操作でどこまで乗り越えられるのか知らないが、本筋は"環境適応"であるべきなのが、そんなの待っていられないということだろうか。
必要にせまられてどこまでも進んでいく科学の歩みがほんとうに人類を救えるのかどうかは疑問のような気がする。
必要は発明の母である、がとてもこわい世の中になってしまった。

2014年8月21日木曜日

きのうから今朝にかけ

不眠。
かゆくて眠れなかった。
ひざから足首の間、前もうしろも。
すねとふくらはぎというのは汗の量が他と違うのだろうか、あせもだろう。
仕事をしているときはいざしらずじっとしているとかゆくなる。かゆさを意識するようになる。
かゆみとはやっかいなものだ。

きょうもひどい暑さだったがやはり5時くらいから快調になる。
動いているから本来は不快な蒸し暑さなのだろうが、体を動かしていると快調だ。
この時期休んでいるときが一番つらい。
かゆみはどうにもならない。
父が亡くなる2週間前から父は腎不全に。
腎不全はどこを掻いていいのかわからないかゆみにおそわれるという。
いらいらして結局とけつ・血便の状態となったが、あれと比べるとあせものかゆみはどこがかゆいかわかっているのでまだましなのかも。
でもすねとふくらはぎは血だらけとなっている。
早く涼しくなってちょうだい。

広島の大雨・惨事が信じられない関東の炎熱お天気である。
あいもかわらず大臣や新聞はばかな発言をしているようだ。
疲弊してゆく文明の予兆のような気がする。

2014年8月20日水曜日

暑くて熱くてまいったよ。

きのうは一時から四時まで畑、その後仕事。
畑にいるときいつもおしゃべりする近所の家庭菜園のおじさん(おにいさん)が来ていろいろおしゃべりしたのだが、そもそもあんな時間だったので、きょう来ていわく「山下さん大丈夫だった?」、「え、何が」、「体のことだよ、きのう顔が紅かったよ」・・・そのとおり、きのうは寝るまで熱があり声がしゃがれ鼻水が出ていたのです。これが自分の熱中症の症状なのだろうか。
きょうはいとこの所の一枚を中耕。
そのあときのうの自分の所に来てくさむしり、中耕の準備をするためにおおきい草を抜く。
きょうは夕方はすずしくやりやすかった。

広島の土砂災害は気の毒だ。
朝方3人の犠牲者と言っていたのが゛んどん増えてしまった。
新聞で被災現場の写真を見ると山の斜面を刻んでいる幾筋かの沢の内、2つの沢で大崩壊が起こっている。今回は大丈夫でもこの2つの間にはさまった沢の出口、さらにずーっと右の幾筋かの沢の出口にある分譲地もあぶなっかしい。

日本全国沢の出口に新しく開発された住宅地はたくさんあると思う。
古くからにずーっと住まわれてきた同じような場所の住宅がやられることも多い。
しかし、あえて「たぶん起こるであろう」という予想がつくような場所に建設許可を出してしまうのだろうか。
こんなところを売りに出さざるを得ない状況にしている税制に問題がある。
高い固定資産税、相続税がかかればこういった不利地をどうしても片付けたくなる。
不利地なので思うほど高くは売れない。
斜面なので護岸・胸壁等の関係で造成費はべらぼう高い。
けっきょくだまされるのはそれを買った人だ。
特定産業の営業活動を総理大臣がしたり、特定産業をおもんばかって見かけ上の法人税率を下げたり、保護する者・切り捨てる者を明確に明確に・・・というのが時代の流れだ。
いずれ突然「ゼロになる日」が来るだろう。
切り捨てられる側のひとはみんな自分のことは自分で守るしかない。

2014年8月14日木曜日

朝からだるい

というかやる気のでない一日だったが、低気圧通過のせいだろうか。
親戚周りもそんなにできるわけもなく残り6割はあしたになってしまった。
亡くなったばかりの"新盆"の家では盆飾りの前で長々とおしゃべりするのが一番の供養かなとも思った。
きゅうりが馬で、なすが牛といういわれも還暦にして初めて知った。なすはわかっていたのだが、きゅうりは知らなかった。だいいちおじいさん・おばあさんがいたころからきゅうりは馬、というのは無かった。
また送りの日には道中の食糧にと、だんごを作ったということも旧家から聞いたと言うことを又聞き。
宗教とは縁のない風習とバカにするひともいるかもしれないが、こういう素朴で純粋な気持ちこそ宗教の原点なのかとも思う。

2014年8月13日水曜日

この土地の

原住民なので共同墓地にお迎え。
よそは多くがお花を供えていましたが、ウチは前からやってないのでやりません。
家に帰ってくるんだから、ということからすると供えないのが論理的だと思うんだけれど。
供えてない家も少しはあるのでほっとしていますが。

きょうは鳩ぽっぽよけのネット張りを家の裏一枚で。
あしたあさっては生前母が口を酸っぱくしていっていた "働いてはいけない日"ということで畑は禁止!・・・そんなこといいながらも豆腐屋は休んだことはないけれどもね。

男子の新体操というのをみた。
オリンピックではなかったとおもうがインターハイめざしてがんばっている高校生たちはきらきらしていた。コミカルなちょっと吹き出してしまうような演技もあったが、ひとつのことに夢中になっている姿は美しい。
受験勉強は"ひとつのことに夢中に・・・"というのとはちょいと違うかなと言う軽薄さを感じる。

2014年8月11日月曜日

きのうは雨の合間を

ぬって、家の裏片方を再種まき。
みぞを切っていると7月末にまいたものが緑色にかびがはえていたりそのまんま乾いた大豆状態のままであったりと、困った状態であったことがわかる。
ぎりぎりの湿り気状態でタネが膨らみそのあと水分足らずで双葉の上にある粘土質の土をつきやぶれずにそのままかびて死んでしまったものと推定。
7月末は来年は、"真土(まつち)"はやめて、さらさら土のところにしようと思う。
真土はやや早い段階でできうる限りの"さらさら"を得られる状態で蒔いてしまおうと思う。
6月15-20に蒔いた、畝幅ワイド・摘芯実行の一枚は順調に生育・開花・結実している。

いやー、それにしてもきのうの涼しさはどこへやら。
きのうこの夏初めてTシャツでの農作業が夢のごとしである。

正史の『三国志』に"百姓"という言葉が出ている。
このことばは日本の造語かと思っていたが正真正銘の漢語のようだ。
百の姓(つまり、職業)とは、つまり農民は道具作り、天候判断、生育理解・・・となんでもかんでも知っている、という意味だとよくいろんなところで聞かされていたのでそういう意味かなとも思っていたのだが新潮『日本語漢字辞典』でははっきりとした解答を得られなかった。
ただあちこちの農業関係の"なんでかんでもできる・やらねばならない"という解釈は美しい解釈、挨拶用解説ではあると思う。

2014年8月10日日曜日

せめて裏の

鉄道の両サイドU字溝が今の3倍くらいの幅とそれなりの深さがあればいいと思うのだが、集中豪雨となると大水が我が家に押し寄せてくる。それに呼応するかのように家の前の市道は高くダムのように作ってしまってある。しかも家庭の雨水の排水は道路のU字溝へは排出禁止で、吸い込み穴で処理する義務になっている。
これではとてもたまらない。
高額の納税金がいったいなんに使われているのかしらないが迷惑千万だ。
というわけでJRに文句いってみようかなと思うのだがね・・・。
きょう大雨の最中近辺を走っていて水のたまる場所というのがあちこちにあることを確認。
水平のように見えていてたっぷり水がたまっていたり、くぼんでいるのにまったく水がたまってなかったりと、大雨で頭にくる市民はあちこちにいるのだろう。
とはいえ、全国レベルでみるとこの辺はおめでたいもので台風というと各地で大被害となる。こういう"地方"へ都市の収入が義務的に流れるようにするしくみが必要だと思う。
都市は地方の犠牲の上にあぐらをかいている。
国土を守るとは・・・、と考え込んでしまう。

2014年8月9日土曜日

びしょびしょに

なりながら、・・・でもすずしくて楽ちんな農作業でした。
手作業の草むしりをしました。ほとんどスベリヒユでいずれは・・・9月になって・・・とけてなくなってしまいますがあしたあさっての予想される強風・大雨を意識してむしりとりました。

7月末に蒔いた家の裏の一部をほじくり返してみると、まったく乾いたままの大豆や緑色にかびのはえたものやでほとんど発芽してない感じのものが多かったようです。あしたあさってで最後の再種まきをしようと思いますが、たとえ発芽しても・・・という感じです。
まあ、いいか。

今月に入って"いい飲み会"が二度もありごきげんて゜す。
パリのホテルでsous chef(副シェフ)をしている若い女性のお話を聞けた3日前、そしてきのうは大切な友人・師匠六人での川魚料理(実は私の還暦報告にも・・・?)とおいしい食べもの・楽しいお話と、疲れた体にはとても元気をほ与えてくれるいい宴会でした。

大豆のブレンドはどちらかというと余り物の処分、という感じでやってきましたがここに来てある極めつけの組み合わせに気がついています。
単品種ではまずあり得ない豊かな味わいです。
甘さにもいろんな甘さがあることをつくずくと思い知らされた次第です、ちょうど色で言うと"白"にもいろんな白があるのと同じです。

2014年8月7日木曜日

雨雨ふれふれ・・・

と期待を込めて東京アメッシュを眺むれど、雨雲皆無。
今結構雲に覆われているんだけれど・・・、だめなのかなー。
本日60代に突入いたしました。残された時間、選択/切り捨てる、生活習慣病、・・・でも、いつもにこにこね。

2014年8月3日日曜日

たき火のそばに

いるかと思わせる暑さいや熱さだ。
東京アメッシュでみると雲取山や甲武信岳近辺が色の濃い雨雲になっている。雷雲だろう。
こちらには移動、発生は起こりそうにもない。
7月晦日ぎりぎりにまいた家の裏の真土つまり粘土質畑に蒔いたものは、一部土の湿り具合と「かちかちだま・だんご」状態ゆえにたぶんそう簡単には発芽しそうもない。雨は向こう一週間降りそうにもない・・・どうしよう。

今年はゆずは全滅。数個しかなっていない。
きのう法事のあった親戚でも数個しかなっていないという。
きょう昨年の我が家の冷凍物でつくったゆずでゆず豆腐にしたが、いやはや"うまかった"。ベースになる豆腐が良かったせいだと思うが非常によかった。

さてさて、これから畑だが・・・。

2014年8月2日土曜日

さすがここへ来て

本を読まなくなった。
忙しいというのは理由にできないが、気力もやや失せているようだ。
レコードは1-2枚程度。
なにをやってもという感じの暑い夜だ。

法事の後休んでいようかなとも思ったが、中耕30畝程度。
ネットはがし。と、ついでに補填蒔き・・・ハトに食われてもいいよということで再ネットしない、途中で大きくなったりするのがあるのであとから芽を出したの中心に考えた作業はできない。

今年になって変わった習慣というと、アイスコーヒーを飲まなくなったことだ。
コーヒーを淹れてわざわざ冷やす気はしない。そのまま飲んだ方が香りも味もいい。
暑いときの"熱い"はいい。
夏に鍋や湯豆腐というのも裏返しの"粋"というものかもしれない。

2014年8月1日金曜日

種まき100パーセント終了。

いとこのところの中耕を2時間やって家にもどり、家の裏の水まきと種まき。
粘土質の畑で土の耕耘をきちっとやってなかったので、片方の一枚は発芽が危ぶまれる・・・こちらを水まきした。もう一枚はそれなりにさらさらとなっていて、やや湿り気のある状態でたねまきできたので発芽すると思うのだが・・・。
きのう耕運機のオイル交換、真っ黒どろどろであった。エンジンがちいさいので2-30時間で交換となる。それにしてもよく働く機械だ。

あしたは親戚の49日。
少し骨休みとなるかな。

2014年7月31日木曜日

残念だが

あと10畝程度残して種まきの7月が終わってしまった。
8月第一週という予備日を使うことになるが、あした一日で種まきは終わりそう。
シート、中耕の繰り返しはまだ当分続くので大きなけじめとはならない。
それにしても、天気予報では来週まで雨はなさそうで、一部湿り気無しの土の中にうめた畑があるのであしたは子供に水まきをやってもらおうかなと思う。濡れれば一気である。

2回から初心者向けピアノ名曲50選というのを持ってくる。
打田さんとこで寺内さんが弾いてくれた「エリーゼのために」があまりにもよかったので、その他"名曲"も含めて聞いてみようと思う。
名曲は名曲なるがゆえにみんな敬遠しているのではないだろうか。
たまには聞き込んでみるのもいい。

全国の大豆農家さん、本日をもっておおかた種まきはすんだろうと察します。
これからどういう塩梅で育ってゆく事やら。
来年の相場が気になるころである。
とにかく今年は高い。

2014年7月28日月曜日

気をつけている

ように見えて結構節穴だらけなのが自分の"日光対策"のようだ。
きょういっぺんに・・・というよりここ何日かでじわじわとかもしれないが・・・手の甲がかゆくなってきた、しかも左手。車は右にハンドルが着いているので左手は注意不足となるようだ。
しかし手袋は・・・、と躊躇してしまう。
タオルをかぶせるか。
また毎日していた日焼け止めはやめようかと思う。
薬物はやはり良くない気がする。

「命の教育」なることばがまた出てきた。
PTAをやっていたころ「生きるちから」なるものも良く言われた。
とても安っぽいマニュアル暗記のお話が多かったが、言っている当の教職者たちもなにか恥ずかしさを含ませながらひとに語っていたような気もする。
これを全部学校に押しつけること自体とんちんかんな話だ。
すぐ学校のせいにするマスコミも考えが足りない。
そもそも諸悪の根源はマス媒体にある。
ことばだけで"いのち"をインスタントに説明しようとするこころみ自体がまちがっている。
ことばをあやつる"物書き"たちは通常この世でもっとも"あたまの良きひとたち"という"常識"がこの世にはまかりとおっている用だが、「ころしてはいけない、ころしてはいけない」としつこく聞かされていのちの大切さ"をぼくたちは知ったわけではない。
州によっては死刑廃止をいいながら平気で中東問題のキー国になっているアメリカが間接的に平気で人殺しをしている。
自由を底辺の国へも、のスローガンは要するに自分らにひともうけできる経済体制作りをしておくというトリックにすぎない。
国際的世間体、・・・この国のビューロクラシー(官僚体制)はこのことにたけたひとたちでがっちりと国構えができていて結局はゆきあたりばったりの"ここちよいひびきの優しいことば"でおおわれた収税機関でしかないのだろうか。
でもだれかうまい具合にもうけているわけだ。

2014年7月27日日曜日

炎天下で

3時間程度作業をしていたせいだろうか、空腹時で体重が2キロ減っている。
1キロ程度はだれでも起こることで、それは水分が出たり入ったりするだけだ。
暑いと言うより、「あっちっち」という感じでこの時間(12-14時)帯に外へ出る気はなかなか出ない。
こういった高温化は世界レベルの変動になるがそれぞれが勝手なことをいい、やりたい放題をしているわけで人類は成るようにしかならないのだろう。
外貨を稼ぐためにすべてを犠牲にし、福祉大国などという薄っぺらな仮面で世界にえばり、あげくは食うものもなくなって自滅していくのだろう。


耐熱農業はどこの試験場でもすでに試験段階から実演に入ったものもあるようだ。
北海道が数十年先には現行の岐阜県レベルの気候になるという。
柿とかみかんとかお茶のとれない北海道でもその栽培が始まるのか。
関東は高温障害続出に、試験場の研究もおいついていけるのだろうか。

ただし氷河期がやってくるなんてことになることもありうるのかな?

2014年7月25日金曜日

お昼を食べて

うつらうつらしながらテレビでゴジラの新しい版をみていた。モスラが炎上、キングギドラ(頭が3つの怪獣)も苦戦という、現代技術で撮ったものだがストーリーはさておきおもしろかった。ちっとも死なないギドラはフェニックスかとも思ったが、こういったものを核批判を全く意識せずにみていた子供の頃を思った。
戦争ごっこや基地遊び、藪の中探検・・・といった"格闘"遊びは人間の(特に男では)本能なのかね。

ついに家の裏意外の種まきを本日終了することに。
二度蒔き・補填蒔きも結局少しはやったわけだがサンサンネットの威力はやはりすごい。
前と比べてはとぽっぽたちは、くまなく発芽遅れのものをもとめてすみからすみまでネットがはずれたところをあさっていた。いらいらしてだろうか、通常なら絶対につつかない第二葉が出てしまったような青くて苦いものまで茎をつついていたりする。・・・結果、茎が折れて茎切り・根っきり虫被害様のものも中にはあり、条件が厳しくなるとはとぽっぽたちもストレスのあげく異常行動をするようだ。

あと6日で家の裏の残りをやらねばならない。
医者と仕事が2日と、満足な時間もないがなんとかやってしまわなければならない。
それにしても種まき機「健豆使」は土がふわふわだと、誘導輪つまり全林が土に潜り込み抵抗がおおきくなりそれを押す者の疲労も並大抵のものではない。雨を待って土がしまるのを待てと言うことなのかもしれないが、時間がせまっている。
大労働でした。
前輪を細くしたらどうなのかね。

先週の土曜日に打田さんとこでやったコンサートで、中田喜直のピアノ曲『汽車は走るよ』がとてもおもしろくネットで調べてみる。ピアノをやっているひとにはよく知られている曲みたいだが、はずかしながら自分には初めての曲であった。ブルグミューラーみたく練習曲として有名なのかしらね。いかにもラグタイムといった感じで、寺内さんが最後にアンコールしてくれたスコットジョプリンと首尾一貫していて、楽しいコンサートであった。
スペインものも久しぶりでうれしくなってしまった。
やはりスペインは、独特である。

2014年7月18日金曜日

更新できてないのは

疲れ切っているときです。
きのうは7時、きょうは6じ45分まで種まきやら中耕、シートかぶせ。
ちょいと疲れがたまってきているようだ。
あしたは完全に畑は休みで、飯能へ。
ピアノと声、のいい時間が待っている。

朝起き抜けから物騒なニュースで日本中・世界中が困惑していると思うけど、結構こういうことの"突然"というのはこんな感じでやってくるのだろうか。
高度に危険な武器を行使するのは、何段階ものチェック・許可の過程をへて最終的にボタンが押される者とみんな考えているのだろうが、現実には途中省略の突然、というのがもっともあり得る"普通の"選択・事件になってしまうのかなと、考えてしまう。
単純に、あっという間にすべてが終わってしまうのかな・・・?

2014年7月15日火曜日

12時半から畑に

出ていたせいか、パソコンの前にいる夜9時でも微熱があるようです。
熱中症でしょうね。

国から配布されたタネのうちいくつかは全く発芽せず。
ほとんどはいつものごとく5-7割程度の発芽率。
もちろん100パーセントもある。

さて2月に農協の展示会の帰りに寄った館林の道の駅で買った、青皮中黄のいわゆる小糸・行田在来系の大豆を100粒蒔いたのだが、発芽したのはひとつもなかった。本来は表記してある生産者名ここで公表してもいいかと考えたのだが、館林ということから道の駅に出品している生産者全員が来年から気をつけてくれればいいのかなと思いぼかしておくことにする。
発芽率ゼロとは、前々年収穫のものを日向でない常温で保存したとしてもそう簡単におこることではない。品種にもよるけれども前々年産といえども100粒もまけばかならずいくつかは発芽するのが普通である。
道の駅の客はおおかた観光レベルのひとがやってくるので、まさか"蒔いたり"はしないだろうとたかをくくっていたのだと思うが、たとえ一消費者であったちしてもみそや煮豆に使えば、常温保存のひね豆・おおっぴね・おおおっぴねがどういうことになるかは経験的に知っているはずで、こういう一元客だと思ってB級品をどうどうとこういうところで売ったりするのはけしからんことだ。
館林は連日35℃を越えているようだが、去年の秋に収穫したのならば2月に山下が購入、帰ってきていままで5℃以下に保存してきたのだから、発芽力はばっちりとあるはずである。

2014年7月12日土曜日

台風は

拍子抜けといった感じの関東通過だったが、おかげで種まき順調といったところ。
きょうで自分とこの3反完了。残すところ、播種面積は5反というところか。
あしたからの種まきのために南側の4反をうなっておいたが、親戚より「要、草むしり」の電話。
「さくれ=中耕」ということだろう。
この時期、種まきと中耕の混在でやたらと忙しくなるのはいたしかたない。
今年は適度に雨が降ってくれるので蒔けば3,4日で発芽する。
いとこのところと違い我が家の近辺は毎度の事ながら「鳩ぽっぽ」がわんさかわんさかやってくるので、種まきと中耕プラス「防鳥ネット=さんさんネット」張りも加わって大変だ。てんてこまい、という日本語が当たる。
日光過敏症も3,4日前の暑い日に油断したせいか左腕手首に一カ所とその反対側の日焼けしにくい部分に炎症が起きてしまう。こうなるとかゆみ止めを付けて、そっとしておくしかない。日焼け止めも手の甲、腕の先のほう、目の下等に塗りつけている。
花粉とか食べ物アレルギーが無い分、こういうところに出てくるのだろう。

畑から家に帰ってくると、お風呂に入ってビール・焼酎を飲み夕飯、ですべて完了した感じになる。疲れ切ってしまい、あとは寝るだけだ。


2014年7月10日木曜日

連日規則正しく

種まきと飲み会の繰り返しで、やや疲れがよく日にもちこされるようになる。
雨の合間をぬって2時間種まき、12列。
その後丸の内で飲み会。いい飲み会であった。
8時半に帰宅。
キーボードが打てるのでまだそんなに酔っぱらっていないような・・・いやいや、ふらふらしている。
きょうはもう寝ちゃいましょう。
毎日の"りんご"も食べました。
今度はお花茶屋に行くよ。

2014年7月7日月曜日

所用で小平市に

行き、ついでに平櫛田中彫刻美術館を訪れる。

玉川上水沿いの大きなお屋敷、つまり彼が107歳で亡くなる最後の10年を過ごした場所が美術館となっている。
彩色したり、着物を羽織ったりといった作品も多く見応えのある美術館である。
帰ってからまたすぐ行きたくなってしまうくらいだからそうとう気に入ってしまったようだ。
100歳でも外を歩いていた映像があり、60歳になろうとしていて「疲れた、疲れた」といって騒いでいる自分がはずかしくなってしまった。
そうとう励まされたようである。
いいなあ、きれいだなあなどという世界ではない、"鬼気迫る"ものを感じさせる作品ばかりである。"悟りを過ぎると"おおむねどんなひとも同じような境地つまり"普遍"だとか"宇宙"だとかいった"個"を越えたものを能書きしたくなるのが世の常だが、最後まで(といってもかざってある作品しかみてないわけだが)みるひとのこころにぐさりとくるものをもっている作品ばかりだ。
ああ、"枯れる"というのがいささか安っぽくみえてきたよ。
こんな近くにこんなすごいものがあったのか、とびっくりするばかりである。
鑑定団では何回か出てきたようである。
いずれにしても作品の数は少ないようである。
明治5年生まれなので、山下豆腐店と同い年だ。

2014年7月5日土曜日

恥ずかしながら・・・

お風呂の中で寝てしまいました。
一瞬なのか数分なのかわかりませんが、遠い昔10時間歩行くらいの山登りで帰ってきて箸と茶碗を持ったまま寝ていた時以来でしょうか。
きょうはそんなに体を使ったわけではないけれど。

らっきょうの残りをなんとか洗い・根っこ取り片付けしようとがんばっているが、せいぜい一分間に2,3個しかできない。
つめがいたくなってしまいました。
親戚にでも植えてもらおうかしらね。
きれいになったものは鹿児島の黒酢と蜂蜜ブレンドで漬ける。
さてさてにんにくはどうしようかな、味噌漬けか醤油漬けか、らっきょうと同じくしたらどんなになるのかしら。

2014年7月4日金曜日

九州に大雨を降らせた雲は

朝から関東を通過しているのだと思うが、さほどの雨はここいらでは降ってない。
きょう取り寄せた大豆が30種、届く。
いとこの所に空けておいたスペースに蒔いてしまおうと霧雨の中、種まき強行。
なんとか天気はもったものの最後の方はびしょびしょになる。
土は重く、蒔こうとするタネも濡れてしまうのだがどっちみち土の中でふやけていくわけだからそんなことはどうでもいい。
間違わないようにしっかりとチェックし札をたてて5時頃終了。
不注意だったのだが、不要な黒豆を一種発注していたがまあ愛嬌というところか、枝豆にすればよい。
種まきに先立つが、機械屋さんが店舗設計屋さんをつれてきた。
おおざっぱな話をしたが、税理士との話をまず最初に頭に入れてからお金や住まい・仕事場の面積比等の問題も基本事項にふまえながらイメージをしていかなければならない等、結構要素が多元的で頭を使わなければならないようだ。頭を使ったからと行ってそれに結果がついてくるというものでもないが、無駄遣い回避を意識しつつも思い切りも必要なわけでどうしても残された時間というものが制約になってしまうと考えてしまう。どうみてもあと10年だ・・・が、どうみてもその前半の5年だろう。

2014年7月3日木曜日

ここのところ睡眠不足なのは

やはり、疲れて7-8時頃寝てしまうことが原因のようだ。レム睡眠サイクルとやらで最初の3時間は熟睡、そのあとが寝付けない。起きて本なり・ビデオかとも考えるのだが、とにかくじっとして横になっていると瞬間的には眠っているようだ。
のこりのらっきょうを漬けようと鹿児島の黒酢と蜂蜜を買ってきた。「ただ漬けるだけ」よりは少しは工夫してみた。

家の裏を中耕(さくる)。
借り地の残り全部を本日蒔き終わり。先にやり終えすでに発芽している部分を"補填蒔き"。やはり少ないとは言え、はとぽっぽにやられている。
いずれにしても借り地に関しては防鳥ネットはしなかった。自園では最初のはやってないが、残りはすべてサンサンネットの登場かと考える。

キーボードを打つためにいすに座っていると、座骨がすぐいたくなる。困ったものだ。さてさて、ファミレス、結婚式場で出たコーヒーの違和感から推して、自分の日常的に飲んでいるコーヒーが相当なものであることを認識した。新しい分野にちょいと足をつっこんでいる心地よさ・・・ひょっとしたら、優越感というものかもしれないが、いい気分だな。

九州の雨はすごいなあ。宗像が映像で出ていたが大丈夫かな?和田さんとこも川のそばだったと思うが・・・。
大豆はまだ蒔いてはいないと思う。


2014年7月1日火曜日

おすそわけでいただいた

さくらんぼ、完熟でおいしかった。
佐藤錦。
近所のお客様で、ホームセンターで買った佐藤錦の株を植えて現在は毎年どっさりの収穫となるひと株をもっているかたがいらっしゃいますが、味は山形のと比べると天と地である。
タネを蒔いたら・・・、とも考えたが・・・まあ、いいか。餅は餅屋。

きょうは種まき無し。借り地でない自分の畑をかき混ぜる。

これからはかき混ぜ、種まき、中耕の3つを器用に交互にやっていかなければならない。

鑑定団で小笠原くわ、で作った座卓をやっていた。350万円。時の経過に従って美しくなっていく。
実は近所の農家のIさんのところは古い家の素材を生かして作り直したがっちり平屋の住まいだが、部屋のしきりに使う引き戸は"くわ"だと聞いたことがある。畑の隅にはえていた鍬の木を使ってできあがった建具だがりっぱであった。我が家のはけやきだが、こういったものはもはや手作りで作る人がいないとのことでIさんのところも精密な設計で作ってはいるものの手作りではないとのことだ・・・それでも100万ではできないらしい。
昔のものと今の精密機械加工のものとの違いは・・・、昔は将来発生するであろうゆがみも計算にいれてけずり・組み立てているのに対して、現在のはぴっしりと寸法通りに作るだけということだ。
このことは前にもどこかで書いたが、メカニカル時代のカメラでいうとライカとコンタックス(ツァイス)の違いということになる。
調製むを前提とした前者。ぴったしと狂いのない精密加工・組み立ての後者。50年、100年後にその差は明らかになる。

くわ、は散歩の途中でも柳瀬川遊歩道沿いにたくさん生えており、ぶっといのもあるので・・・なんてよからぬことも考えてしまう。
どどめ、を食べてるだけで幸せ、でいいかしらね。
こないだ床屋さんに行ってておしゃべりしたが、床屋さんのふるさとの宮城の鬼首では"くわの子"というそうでどどめとはいわないとのことだった。
イギリスでも川沿いに生えているのかしらね・・・マルベリー。

2014年6月28日土曜日

雨で畑中止。

あした結婚式で床屋に行く。
結婚式のお祝いもどうしてこんなにエスカレートしたのかわからないが、食事代は30年前と同じ1万円程度だと思うが食事代に付け加える"いろ"ばかりがエスカレートしてしまっている。葬式は30年前と同じだろう。親子間、兄弟間は据え置きで、それに準ずるものがやたらとエスカレートしてしまっている。この2週間大変なんだから・・・。

髪の毛無いけど料金同じ。
加山雄三やさだまさし、渡辺惇一みたいな"みせかけ"はいらないね。
芸能界はまあしかたないとしても、物書きがかつらなんかしているのもみっともない。
といってもそれを承知でしているのは別の意味で"えらい"というひともいるのかもしれない。

「むつかしい議論よりも単純化されたキャッチコピー」を求める現代、ということで書いていたコラムがあったが、Twitterが発生した原因とはこういったことの反映なのかと合点。
文章を書くどころか本を読むことすらなくなってしまうのかなと心配するやらあきれるやら。
政治家の書いた文章は誰が書いても似たり寄ったりの自慢話・我田引水・思いこみの羅列だが、今ではそれすら困難で「やじ発声業」となってしまったのかしらね。
ゆっくり・じっくり考えてなんてありえない。
選出議員は社会の希望と言うより社会の単なる縮図で、"調整役"とか"指導"とか"みちびき"、"(思考の)プロンプター"からはほど遠いようだ。
すべての小学校の教室にクーラーを、と署名に某政党の運動員が来たが拒否。怒って追い返した。所沢では、入間基地の滑走路の下にある学校が騒音対策としてクーラー云々の問題が持ち上がっているが、これはいいとしても、「すべての・・・」とはどういうことなのだろうか。
梅雨時の湿気は昔も今も同じこと。つゆを通り越して35度にも成ろうというときは、湿気はさほどもないだろうし、コンクリの中は窓をあければそんなにおおきな問題も起きないと思う。これくらいがまんしてみたらと思う。
ただし暑いなりの思考の方法・問題の選択は教える側の努力が必要だと思う。


40年くらい前に読んだシルヴィア・タウンゼント・ワーナーという英国の作家の『フェニックス』という極短編の入った学習用の購読の本が出てきて読んでみると当時わくわくしながら辞書を引き引き読んでいたときの高揚した気分がよみがえってしまった。まだ、還暦なのに、わくわくできたと喜んでしまう。作家についてしばし調べていて夕方の時間が過ごせた。これは雨の効用だろう。

2014年6月26日木曜日

デッキブラシ加工のライン引き

の登場となり、種まき一気にスピードアップ・・・かと思いきやこれがなかなか疲れてしまう。
慣れの問題化とも思えるが、いっぺんに3本線をひき、その上を種まき機をころがして歩く。
どういうわけか結構疲れることがわかる。ただし腰を曲げる必要がないので無理な姿勢から来る負担は少ないものと思われる。
といいつつも、どうにかこうにか全くの手蒔きの2倍くらいの量はできた。8畝程度はやったろうか。
全部で3反弱は完了していると思う。
今のところ防鳥ネットは使っていない。
一番最初の年はおおむねいらない。
きょうのも2年目となるが、様子を見ながら使用・非使用を判断したい。
最初にまいたもの、次に蒔いたもの元気に発芽している。

お客様のところのパートさんが先だって白馬岳登山しようとしたらちょいとあるいたと思ったら数十年前の登山靴がパカッとひらいてしまい即登山中止となったとかで、あきらめきれずに今週末からまた同じ所に行くそうだ。
革を縫製している糸がぼろぼろになっていたものと思われるが、どんなに良質な素材でも繰り返しの過酷な使用に加え数十年の経年変化が加わればさもありなんということだろう。
自分のもつかまた履いてみたいとは思いつつもなかなか機会が訪れないが、新規に作り直して始めた方がいいだろう・・・でも山登りはもうないのかなー?

2014年6月25日水曜日

きのうきょうと忙しい天気で

はあったが、荒天の隙間をぬって種まき。
親戚に線香をあげに行って帰ってくると降り始める。なおかつ軽くごろごろ。
しかし4時頃にはいくらか落ち着き畑にgo。
6時半まで、24畝。あとちょびっとで借りてる畑2枚目が完となる。

家の裏の一番最初に蒔いたものはおおむね発芽。一部2007年タネで発芽しないものがあった。

こんなつまらないワールドカップもなかった。
プロ・スポーツの役割というものに疑念を持つ。
めぐってくるチャンスはどんなチームも似たり寄ったりだと思うが、わずかなチャンスを生かせない日本の演技をみていて、応援している者はいらいらのしどおしだっただろう。技術じゃなくて食らいついていく気概の問題ではないかと思う。"必死"が感じられない。あれであんな高給を取っているのかとあきれてしまう、やっかみかな?
サッカーも野球もほとんどみないけど、イチローやマー君からいただく元気みたいなものは全く得られなかった。

2014年6月24日火曜日

世の中はあまねく

カードで決済という社会になってしまったが、インターネットは当たり前として日常生活では自分の場合はカードはNO、現金オンリーである。だから、毎月やってくるカードの明細つまりインターネットでの買い物お知らせというものに付いてくる"ポイント"なるものは使ったことがない、どうしたらいいのかわからない。電話にもメールでポイントがうんたらかんたらとお知らせしてはくるもののどうしたらいいのかわからない。
なんでもかんでもカードカード。印鑑証明などはカード・オンリーかしらね。法務局もカード。
銀行のカードも指の指紋が何回やっても読み取れない。
便利は不便。

1時から3時くらいまで種まき。そのあと雷っぽくなって中止。夕方お店。
内職でイギリスのRansomeという児童文学者(?)の記事を読む。ロシア革命時の特派員・・・ロシアのスパイに、やがてイギリスのM16つまり諜報部員にといった具合に2重スパイにといった外からの見かけとは別に深く掘り下げた人物調査の記事だったがおもしろかった。トロツキーにインタビューした唯一の西側人ということだが謎多くジェームス・ボンドばりのおもしろさがあるようだ。戦後は子供向けの文章を書く。

夕飯の絹豆腐がうまかった。
きのうの残りだが浦和で出していたのがこれだったのでほっとした。
豆腐として、つまりおかずとして冷や奴を食べることはあまりないのでたまにはいいなあと思った。

2014年6月22日日曜日

法事が終わると

木、金の葬式の疲れも加わってぐったりだったが、チャンスはみのがすまいとつまり「今やらないでいつやるの」という精神で4時に畑に向かう。
しめった土は重たくてこういうのに溝を切って蒔いても発芽がやや遅くなるのだが、こちとらは総面積が常に意識に上ってくるので、行け行けどんどんとなる。25畝蒔いてきのう蒔いたのとあわせ一枚完全終了となる。
3日間座りっぱなしだったのでパソコンの前ですわっていると座骨がいたい。
夕飯に飲んだ梅酒がうまかった。
疲れているとこういうのってほんとにうまい。

さてさて少しご本を読んでそのまま寝てしまおう。
「花子とアン」の中で花子が使っている辞書はEdward Third New InternationalとなっていたのでおかしかったがこれはもちろんWebster's Third New Internationalのもじりだと思うが、村岡花子さんの時代にウェブスターの辞書の第3版があるわけもなくけっこうクレームがきているのではないのかなと思う。第3版が出たのは私が高校生のころだったはずで時代錯誤あるいはわかっててしゃれているのかなと解釈する。40年前に船便で送ってもらって2万円前後だったと記憶する。もっともこの辞書はそのミニシリーズがたくさん出ている現行版辞書群が存在するのでコマーシャルになってはいけないということだろうか。第4版はいまだに出ず、そのかわりにミニ版の電子版で新語をじゃかすか入れているのだと思う。村岡さんのこの時代にはイギリスではまだOEDも出ていなかった、というよりその前進のNEDだろうか、値段も平民の変える値段ではなかったと思うので一冊本のアメリカ辞書ということになったと思う。3版しかしらないが、図版のたくさん入った読んで楽しい辞書である。

2014年6月21日土曜日

農繁期に入る。

中富の4車線両側に分断された畑の種まき開始。
極早生のKと中生のKを蒔く。
久しぶりだったのでさほど疲れなかった。
きのうおとといが葬式、あしたは法事と忙しいのだがちょっとした息抜きに。
知り合いがらっきょうの収穫をしてくれていた。
自分のが6キロ、彼のは10キロ以上あったろうか。
よくもまあここまで増えたものだ。
彼曰く、鹿児島が最初に出てその次に鳥取・・、ということだがこの三重県のが小振りで固すぎずいい感じのしゃきしゃき間があって一番うまいとの弁。喜んでもらえてよかった。
さっそく夕飯はみそにつけてそのまんま。
たぶん在来種なのだと思う。
量販店に売っているのは大きくて立派だがただ固いだけだ、まずい。

コーヒー豆がなくなってきたので買いに行かないとね。
ほんとにコーヒー党になってしまった。
通常だとこんなに気温の高いときには"暑い"のは飲んだことがない。
少しだけれど"知っている・・・わかっている、とはいえないけれど"領域が新規に増えたことは喜ばしいことだ。一部"老い"を乗り越えた・・・というのはおかしいかな、"老い"に豊かさが加わったのかもしれない。こういうものを教えてくれた友に感謝。シェシェ。

2014年6月18日水曜日

畑の疲れと

ウォーキングの疲れは全然別物のようだ。
歩いて疲れる爽快感は畑・仕事の疲れにはない。
冬までウォーキングはあまりできないことになるけれど、なるべくつくって・・・雨の日とか・・・5,6000歩程度でも歩くようにしたい。

家の裏、最後の3畝に陸稲(おかぼ)を蒔く。
わらは青いうちに刈り取って星と雲のではなく、ちゃんと黄色くなってから刈るものだと教わる。

2014年6月17日火曜日

用事が多くて

まいったまいった。
あしただけ用なしか。
散歩ゼロ。

種まきは進行中。
膝から下がじっとしているとかゆくてしょうがない。
動いているとなんにも感じないんだけれど・・・。
ひっかき傷だらけだ。
小泉淳作さんの新聞小説に付けた絵の画帳を楽しんでいる。
花や野菜といった身の回りのものの静物画だが、山の絵が何点か入っていて「白石山」というのが2つある。この名前の山は全国に相当数あるはずだが、山の姿が三峯-雲取山間の縦走路からみた、つまり市の沢を真ん中に挟んだ形の山態でありたぶん秩父の和名倉山(別名、白石山)かなと思った。左に仁田小屋尾根と思われる稜線があり、あのイノシシに追いかけられた尾根かと、なつかしく思った。
実際他の所に秩父という名前の付いた風景があったので、たぶん秩父を描いたことがあったのだろうとこの推察に自信を持つ。

木曜日会議。
木曜・金曜と葬式、フル出席。
日曜日法事。
土曜日があいているが・・・。
来週は結婚式もある。

2014年6月15日日曜日

まだ早いのですが

種まき開始。
このタイミングだとボディの巨大化・つる化で実があまりつかなくなつてしまうことはわかつていますが、摘芯と組み合わせてどうなるか試してみます。
内実は今から始めないと畑全部に巻き終わるかどうかがあやしくなつてしまうからです。
今年はまき直しもするつもりはありません。まき直しの最大の原因であるはと対策は、防鳥ネットで対策します。
畝幅も基準の2尺5寸つまり75センチを大幅に上回る1メートルにして巨大化に対応。
きょうは発芽試験も含めて、珍品・奇品を中心に蒔く。
一番古いのだと2007というのがある、もちろん5℃以下で保存されてきたものです。
暑いとはいえまだまだ、といつた感じで作業は楽でした。

にんにく収穫、フェンスにひっかけて感想。
もうすぐらっきょうもかな。

早めに切り上げたので散歩かとも思いましたが、きのうの25000歩/4時間があるのできょうはなしということにしました。
暑いながらも、ほっと一息にはまだまだホットコーヒーがいけるようです。

けさはあるミックスでとんでもない甘い豆腐ができてしまいましたが、いかんせんへろへろのやっこいのにはまいりました。売ってはいけない・・・と、廃棄。一部お昼と夕飯でごちそうさま、です。

2014年6月12日木曜日

きのうは雨の中

、そして夕方は激しく降る中平林寺を往復しました。
19000歩。雨だと1000歩増えました。
そしてもう一点、ふつうは10000歩くらいから肩がいたくなってくるのが傘をもっているとそれが起きませんでした・・・意外、ただし一夜明けて今朝方肩が疲労しているのがわかりました。
あと長靴だと、ズボンのすそを濡れないようにと折れ曲げているとふくらはぎが長靴の上辺エッジと擦れていたくなってしまいました。
小雨ならまだ、楽しめたかもというところです。
きょうはやや疲れがたまってしまったためお散歩は休みました。

市役所農政課行き。
帰ってくると「所沢市農地サポート」の書類が机の上に・・・農業委員会が置いていったとのことですが、せんだって近所に借りられるところはないかと市役所でおしゃべりしてきたので気を回してくれたのかもしれません。少なくとも2町歩までは増やしてみたいので前向きの話をしておく。

さらに家に帰って決断。新品種/すべて在来を36種、小麦を1種を国より取り寄せることにする。値段は以前の1/10になったが栽培経過報告その他の約束事は同じなので、記録するのが大変だ。しかも無農薬のため"滅びて、消滅"して収量ゼロのものも確実に出るのでスリル満点だ。だからこそやっていられる。

夕方にはまた激しく降る、と朝の天気予報では言っていたが拍子抜けのごとく静かでおだやかな気持ちいい夕方になってしまった。なんか損したかな・・・歩かなくて。
でもこういうのんびり・ボーっというのも大切な時間だ、ほんの一瞬だけれどもね。
あしたは仕事でやはりあるけないのかなー。

2014年6月10日火曜日

あと一週間もすれば

種まき開始。
ことしは種まき器をつかう予定のため、畝の線引きをいっぺんに3本引ける道具をこしらえる。なんのことはない、デッキブラシに棒板をくっつけ2尺五寸の間隔を2つ作り真ん中はぴんと張ったロープを通して引っ張って線を引くということ。
今まではひと畝ひと畝ごとにロープを張ってみぞを切っていた。
夕方仕事のため散歩中止。

和歌山の在来と思われるらっきょうを別けてくださったNさんがお店にきてくれてらっきょうの話をする。まだ収穫には早いのかなとたずねると、もういいのでは、という返事だった。
知り合いにも分けて栽培したためけっこうたくさんとれている。
漬けたり、そのままみそ付けたりで大好きな食べ物だ。

あせもでふくらはぎやすねがかゆくてたまらない。
夏はにがてだ。

2014年6月9日月曜日

金、土、日と休んだため

本日少しがんばる。
平林寺往復、18000歩。
正門前(山門)道路までいかないで正反対の野火止用水沿いの遊歩道を歩いてバックする。
この小川はややごみが多い(町内会等の清掃部隊が自然発生していないのだろうか?、税金を使うまでもない)ことを除けばすばらしい遊歩道だ。あじさいがきれいだった。

疲れがどっと出てしまったが久しぶりによく眠れるかな。

時間が前後してしまったが、金・土・日とたまってしまったおからの畑へのばらまきが大変だった。かきまぜもついでにやってしまう。雨と高温で雑草も一気におおきくなっている。
たねまきは15日くらいからやろうと思うが、はじめは畝間隔90センチ程度/摘芯(第5葉くらいが出たら成長点を切って、ボディの巨大化を防ぐこと)をする予定で、それは家の裏でやろうと思う。
一番いい7/15前後は借りた親戚のところで、しかも確実な品種にしようと思う・・・少し気を遣わなければね。

2014年6月8日日曜日

金曜日に雨の中

傘無しで散歩してびしょびしょになってからきょうまで歩いてない。
きょうは夜中に雨の音がうるさくて寝られず。
そろそろ雨にも飽きてきたころだ。
梅雨のはじめに大雨というのも経験がないが、なんやかやと気候変動の成果があちこちに出ている。
進化を先行しているものが、あとからくるものに"省エネ"を説得しても馬の耳になんとか。会話はせいりつしないのかな。こうして破滅へと・・・というのが人類なのかもしれない。
今世紀末は真夏日が100日にというのが我が国の超長期予測として、きのう発表していたがそうなると暖かいから作物はたくさんとれて・・・、と考えたいのだが付随する大雨・病害虫・農薬・・・ということになるとかえって生産量は低くなるものと思われる。
そうなるとそうなったとき必要なものはと考えると答えは簡単に導き出される。

北海道でもバナナやマンゴー、みかんやゆず、お茶がとれるようになるのかい。
富士山や南北アルプスは一年を通して降雪ゼロ、日本では冬期オリンピック不可、冬期オリンピックは南極とかグリーンランドとかでしかできないとか、埼玉県の大豆播種は10月・刈り取りは春先なんてことにもなっちゃうのかしら。
豊かになるとはこういうことか。

2014年6月6日金曜日

きのうは役所等、

きょうは鴨川行きで忙しかった。
きのうは11000歩。
きょうは0歩。

きょうは海ほたる経由で鴨川の同業店見学。大雨の中房総半島の新緑・初夏を満喫したドライブだった。木更津ジャンクションでルートを間違え圏央道に入り、銚子の手前までいってしまったが逆に房総の良さを実感できた。山も海もたっぷりで田んぼも竹林も美しかった。住みたい場所の筆頭にあげたい。こんなに水田が多いのにもおどろいた。
小糸在来の"小糸"で食事をしたのもよかった。寿司屋の板さんも小糸在来を知っていて、その説明をしてあげた。その彼も小糸地域の出身ということであった。
在来種のふるさとを実際に知っていると知らないでは全然思い入れは変わってくると思う。半沢、という名字も結構ありますよということだった。小糸在来を現代につなげてきた半沢さんの半沢である。
ところで間違って進行してしまった圏央道だが、近くを通っている圏央道の一部だということを確認。いずれつながれば都心を抜けずに入間のインターから入って銚子やら東金やら木更津、館山に一直線でいけるようになるわけだ。首都高は分岐がむつかしくて大変だ。

2014年6月3日火曜日

美しいぼたもち

というものが存在していたというおどろきに"アート"の意味を考え直す。
友人からいただいたこの浦和のぼたもちは、みただけで食欲をそそる美しさを持っている。"兼ね備える"ということばはよくない。目にして即うつくしいと感じる。同じ大きさのつぶがきちんと整列。ひとつひとつがきれいな粒できれいに整頓。目で楽しみ、口に入れるともういうことない。
デパートに売ってるような悪い意味での規格品とは天と地である。
規格/規律をそのまま画にしながら味もこの上ない。
ていねいにつくりこんでいる制作者の思いがなんの能書きもいらずに伝わってくる。
アートとはひとの"わざ"のことである。
絵や陶芸、彫刻、建築・・・だけがアートではない。
このぼたもちひとつで小説が書けそうなパワーを感じてしまう。
大量生産がなしてきたこととはいったいなんなんだろう。
今、時計師のフランソワ・ポール・ジュルヌの『偏屈のすすめ』というのを読んでいて、うまいタイミングでこのぼたもちが現れたわけである。時計学校にほんとに行きたいと思っていたことがあり、今となっては笑い話かもしれないが、今こうして時計の本をいくつか読んでいるのも何かの導きかと思う。精密なものは自然と美しくなる。おいしいものも自然と美しさを備える・・・というより美しくなってしまう。おいしいは美しくなければならない。豆腐も分子レベルの話とはいえ、「うつくしく乱れている、不規則性に規則性が伴う」状態に古来よりの日本人の美意識を重ね合わせられる。

きょうは11000歩。
きょうは道中さまざまなことを考えたが家に着くとみんな忘れている。

病院で検査。
中性脂肪下がる。
その代わり尿酸値、悪玉コレステロールあがる。
運動していてこういう結果になったのは、運動後の食欲の良さに問題がある。
それと食べるものがこってり系のものもとりすぎていたような気がする。
お酒はそんなに飲んでいない。
今回でおおむね、自分の場合「何がどうするとこうこうになる」というのがよくわかった。
あとは"意志"だけかな。

2014年6月2日月曜日

両足親指に

豆ができた。
土曜日3時間50分/24000歩、道中スモークツリーなるものを2カ所でみる。
きのうは0。
きょうは100分/10000歩。
豆はきょう気がついたがおそらくおとといできたのだろう。

毎年恒例というかアオダイショウが金曜日に現れたのを書き忘れていた。
長さ1メートル。
我が家に住み着いているのかもしれない。
何も悪いことをしていないのに、というよりいいことをしているのに人間に嫌われてしまうのはかわいそうだがこれは"教育"の成果なのかね。
びを知らない人がいきなりへびをみたらなんていうのだろうか。
越後駒ヶ岳への六日町側からのながーい尾根を直登していて暑さにまいり、はいまつの木陰で横になりうつらうつらと休憩していた時ほっぺたの脇を通り過ぎていった(たぶん)ヤマカガシにどきっとしたのが忘れられず、夢に出ることがある。
もっともこの日は登りはじめに沢で水をくもうとしたとき岩の上でとぐろをまいていたまむしにも会っていたので、へびのあたり日だったのだろう。
また、となりの本家のおじさんはへびをつかめるひとでよくつかまえてやまに放しにいったものだ。
縁起物なので手出しするものではないのが筋なのかもしれないが。

2014年5月30日金曜日

30℃越してたのかね、

暑かった。
朝の天気予報でこの近辺は夕立、となっていたので散歩中止。
青空のもともったいないなあ、とは思いつつユスラウメの収穫そして即焼酎に漬ける。
生で食っても甘くて(甘酸っぱいではない)甘くて・・・。
2びんも作ってしまった。
にんにくをとって皮をむき、ひとつをラップでくるんで電子レンジ。
ちいさな中身だけになってしまう、甘くなっていてしかもくさくない。なるほど。
こちらは黒酢にでも漬けようかなと思う。

グリーンブラットのシェイクスピアもまだ1/3くらいかな。
読みやすくて楽しいのだが・・・。
学者の研究書というより、学者の上手なものがたり屋さんといった感じで、権威を振りかざさないながらも、シェイクスピアの生きていた同時代の周辺知識・教養に(単なる知識量ではない)あふれたすぐれた伝記兼研究書であると思う。
知識のsynthesiseする器量もこのレベルになると脱帽だ。

お散歩するようになってからほとんどテレビをみなくなった。
NHKの連ドラだけしかみない。
忙しいのでテレビなんかみていられない、ではない。
みようとすればみる時間はある。
みる気が起きないのである。
その代わりレコードか眠り際のラジオになってしまう、これもNHKだけど。
生理的に映像を受け付けない状態になっているのだろう。
本を読め、読めという天の声かな。

2014年5月29日木曜日

1.4町歩くらいが

今年の面積。
きのう市役所へ行く。
昔いろいろとイベントをやったHさんが挨拶にくる、今は農業委員会の事務局。
来年近場に面積広げるのには世話になるかも。
きのうは所沢の一番東端である坂の下の滝の城へ行く。名前のいわれとなっている清水の源流を探る、水源確認。それにしてもこんなにおおきな岩がごろごろしていて不自然だったが、どこかから運んだのだろうか。
この城は八王子城の出城とかで、我が家の前の道はこの城へ通じる「鎌倉街道の枝道」とかいうことだ。
街道沿いの集落はそのときの負け戦で落ちぶれた兵隊たちの末裔だと思う。街道沿いのお寺は2つとも曹洞宗で歴史は500年強ということだ。
柳瀬川沿いの遊歩道はどろのぶぶんも結構あって(ただし埼玉県側)、しかも樹木に覆われていてここちよい。
往復14000歩もあった。

そしてきょうは浦和への予行演習ということで西浦和を目指したのだが、用事で言えを出たのがもう4時だったので志木街道、立教高校前、志木駅前、弁財天のお堂、朝霞台駅-電車ろ新秋津というふうになる。立教高校の真ん前はいとこが養子でいったうちであいさつしていこうかなと思ったが長くなりそうなのでパス。ひたすら歩き続けた。朝霞台には6時4分。15000歩。
裏の畑でとれたエシャレットを夕飯で。うまかった。
あしたは夕立かな。
きょうも歩いている時まっくろ雲が前方上空(浦和方面かな)にびっしりでひやひやしたのだが結局セーフだった。


2014年5月27日火曜日

夜まで忙しくて

きょうはお散歩ゼロ。
夕刊で過去フランスで養蚕・・・のコラムがあったのでびっくり。
病気による衰退を日本の養蚕が救ったという話だ。
お蚕って中国/極東の専売特許とばかり思っていたのに・・・。
もっともシルクロード経由で絹織物ばかりでなく、養蚕技術も伝わったと考えると納得はいくのだが。そのうち調べてみよう。
糸・織物を輸入しているだけ(であろうに)なのに、なんで英語にmulberry(くわの実)という単語があるのだろうとずーっと不思議がっていた(のに調べることはなかった)が、理解できた。
どどめ、をイギリスでもフランスでも知っていたと言うことになる。
じつはここ一週間の散歩コースには必ずと言っていいほど、くわの木が道ばた・河の端に生えていていままさにどどめ"が真っ盛りである。
赤いのがきれいだからといってそれをつまむと酸っぱい。
やっぱり、どどめ色である。
昔も畑ではなく畑のはじっこや河への細い道ばたにぶっとい桑の木が生えていて、よくその実をとって食べ口を真っ黒というか濃い紫色にしてよごしたものである。
マルベリーはイギリスの有名皮革製品ブランドでもあるのでこの言葉自体は結構知られていると思うが、"どどめ"はウチらの世代以前かなと思う。こういうことは教え込んでいかないといけない。

道徳の教科書の制作委員会めいたものの記事が今朝あった。
ひとこまの授業を使って何を教えられるのか疑問も多いが、道徳なんか教えるものじゃないといいながら「じゃあ、道徳ってなあに、必要なものなの?」と問われるとけっこうしどろもどろな返答しか返せないような気がする。
むつかしい問題だ。
中高年に、それもたぶん車を運転するであろう男に、道路の右側を自転車運転・・・歩道・縁石の存在にかかわらず・・・して平気のへいさで、しかも夜無灯火でなんてのがたくさんいる現今の風潮を考えてみると、なにか根本的におかしいのではないかということを感じる。
道徳ということばでは表せないかもしれないが、深い意味ではつながっている単純なことのように思える。
子供が悪いのではなく、ばかな大人・年寄りが多すぎることだ。

2014年5月26日月曜日

恥ずかしながら

本日は平林寺、行きも帰りもすべて歩いてしまいました。
18400歩/3時間10分。
さすがに疲れました。
だれかに怒られそうです。
帰宅して即ビール、・・・ということで痩せるのはむつかしいなと思いました。
歩くのは走っているときと同様、ただ単に周囲の風景がどうのこうのという感想はもちろんだが、周囲の風景・出来事から派生・連想してさまざまな考えを生む。
ところがうちにかえってみるとみんな忘れてしまっている。
うちの親父は晩年しきりにメモをとっていた。忘れないために。
かといってメモしながら歩いていたのでは時間ばっかりかかってしまう。
まあ人生とはこんなものか。
こういったことがワインの澱みたいに/layerという、なんていうときざかな。

志木街道沿いはかなり古い由緒のある道なのだが、乱開発されず大きな農家が道に面して屋敷をかまえているおちついた風景を形成している。
なにか保護がかかっているのだろうか。
住民の数をとにかくふやして住民税ふやせば・・・、というのとはちがうのかな。

あしたとあさっては市役所行ったり登記所行ったり(畑を市役所経由で正式に借りるため)で用事が多く散歩は無理かな。

2014年5月25日日曜日

13000歩。

野塩団地、清瀬郵便局、志木街道、野火止交差点、武蔵野線新座駅-電車-東所沢、徒歩にて家まで。
平林寺の下見にと志木街道をすすむうちに「ええい、新座駅まで行っちゃえ」ということになる。
排気ガスが臭かった。
平林寺は新座駅手前からちょいと回り道をすれば良いわけで、平林寺自体は家から10000歩程度ということになる。
時間がかかりすぎるのでそろそろジョギングにしたら、というアドバイスを受けるがこれからの暑さを考えると今のやり方を少し続けようと思う。ただし時間は一時間程度/7000歩くらいにしとけばいいのかなと思う。
走るのはかなりきつそうな感じがする。
早足は10分で100歩がちょうどいいかなと思う。調子次第で2割程度のプラスマイナスは出そうである。
平林寺は"きんらん"のころがいいのだが、もう終わっているだろう。
あとは紅葉のころがいいが、ただぶらぶらするだけでも涼しいこともありいいのかなと思う。

川越街道合流点の野火止交差点で「浦和11キロ」とあったが、浦和のどこまでだろうか。荒川にかかる橋か、浦和の駅前か?11キロだと2時間。家からの分を足すと3時間。北浦和だと4時間弱だろうか。いつかやってみよう。

NHKで屋久島スタート、歩きとカヌーだけ使用、交通機関不使用・連続歩行で日本百名山踏破という青年を取材していた。もちろん睡眠、宿泊、食堂OKだがバスも電車もだめ、橋のない川や海はカヌーでというスーパーマンだがこんな企画今までだれが考えただろうか。これは歴史に残るだろう。百名山自体は別になんということもない時代になってしまったが、この登り方は尋常ではない。カヌーはしょえないので応援か宅急便で次の渡航・河点まで送っておくのだろうが・・・。
これをみるとこちとらもちょいとは苦労しないとね、と考えてしまう。
畑が本格化する来月20日ころからはお休みするつもりで、雨の時などに歩いてみようと思う。


2014年5月24日土曜日

12000歩、ちょっと

やりすぎかなー。
散歩のために毎日2時間用意するのはきつい。
きょうのは終始柳瀬川沿いで快適なコースであった。
学習用だろうか人工的に作ったと思える湿地帯もあり、花が順番にいろいろと咲いてくれそうでいいところを見つけてしまった。弁当と本を持ってきて半日のんびりするのもいい。
本流の方は一部護岸をしてないところもあり、水面にしなりまがった竹や篠がつかっているようなところもあり子供の時の風景が残っていた。その対岸で、そこをながめてぼーっとしているおじさんがいた。何を思っているのだろうか。

1時間50分かかっている。
もうここまでくると簡単なハイキングに切り替えてもいいような気もするが、はっきり言ってきょうは疲れました。充実感よりも、疲れました。

村岡花子さんの「腹心の友」柳原泊蓮の人生についてネットでちょいと調べましたがドラマチックでした。政略結婚させられて九州の麻生などと並ぶ伊東伝右衛門なる人物も無学で粗野とは言え、若い男と逃げてしまった白蓮に対する態度はやはりただの成金ではないなと感じた。世間とはちょいと違う精神の高みに達していたと思う。
いずれ少し両者についていろいろ読んでみようと思う。
テレビは連ドラだけだが、村岡さんの孫が書いた者なので若干身びいきがすぎるのかもしれないが主役の子がかわいくおもしろいので当分見続けるだろう。
ここのところほんとにテレビをみなくなった、というかもとに戻ったようだ。

2014年5月23日金曜日

きょうで5日目に

なるだろうか。
夕飯に間に合うように帰ってきてお風呂に入ろうが入るまいがもう起きているのがつらくなる。
へたをすると7時に寝てしまい10時頃目が覚めてしまう。
そのあと寝られたり寝られなかったりだが、レコード聞きながらだいたい寝入ることができる。
それにしても5日目のきょうはやや疲れていた。
きのうの腕立て伏せがきいていたみたいだ。

清瀬市役所経由柳瀬川散歩コースを11000歩/ただし1時間50分。消費カロリーは時間がかかっているためきのうより低かった。ただしきょうは知らない道ばかりだったので発見も多かった。清瀬市内で酪農家2件の脇を通る。親の代からの仕事をつつけているのだろうが、あとからやってきた者に文句言われて大変だろうなと思った。
柳瀬川は水は非常にきれいで、小さい魚の群れも観察でき(鮎かな?)水質検査用のおおきな鯉と相まって、ここまでするのに相当な苦労があったのだなと思った。
護岸がしすぎなのがいやではあったが現行の社会情勢ではしかたないのだろう。
フィニッシュ間近の我が家対岸にある野塩団地は古い建物と新品ほやほやの建物が混じって、「ああ、ここも50年くらいたっているのかな」と感慨にふける。ごたぶんにもれず、団地内商店街は居酒屋だけ営業、お風呂屋さんはなくなって建て売り建設中。50年という時間の流れはやはり短くはない。個人店はおおむねチェーンのスーパーに客をとられ、営業努力とは関係ない次元の理屈でつぶされてしまうのだろう。

ここまできて7時30分。もう寝よう。
あしたは仕事なのでお散歩は不可能。
建物の階段上りを数往復ですませましょうかね。

2014年5月22日木曜日

3時頃から

夕立という予報だったので、散歩を中止の分と思い腕立て伏せ50回、腹筋30回やったところでやや明るくなってきた。
なんだ損した、と思いつつも怠け癖をふっきるために散歩に出る。
きょうは目の前の野塩団地を抜け、清瀬駅手前まで行き密集住宅街をさまよいながら柳瀬川沿いの"柳瀬川回廊"なる遊歩道を歩き我が家の墓地経由で帰宅。10300歩/80分。
清瀬方面の裏通りはほとんど通ったことがないのでおもしろかった。
垣根がお茶の木という家があり、おかしいというかうれしくなってしまった。
こういう粋な住宅もあるのか、と感心。
かと思うとあちこちに植木を植えてある土地があり、造園業をいとなんでいるのかどうかしらないが単なる税金逃れに見えた。税制の悪さの方をせめたくなるのは大都市圏全体の"もと農家"だと思うが、植木を抜いたあとらしきものはどこにもなく単なる雑木林と化している。これはこれで町造りに貢献、ということにはなるが。
"生産緑地"のポールが立って税軽減措置を受けている土地がたくさんあるが、なにも生産していないのに"生産"とはなんなのか。
戦後の住宅政策・都市政策のゆがみはだれにもわかっているにもかかわらず税制の縛りとも相まって・・・というかこれらは一体の思想の上になりたっている・・・昔からの村落は疲弊していくいっぽうだ。お寺も自然と疲弊していく。きょう通過した2件のお寺には道路から見えるところに「永代合祀・・・」なる銘ののきざまれた石があり、「ああ、これが見捨てられた死者たち」かなと思った。墓地などいらないと考えるならそもそもお寺の世話になどならなくていいものと考えるが、めんどうくさいものは「家の中には納め」ないでよそへしまってもらおうということだろう。
都内の各霊園にはこんな「合祀・・・」だらけだそうだ。
所沢は墓地だらけである。
こんなに作っちゃってどうするの。
墓地など所有すべきでないと思う。
さすればふるさとで親と一緒に、あるいはそばに眠ればいいではないか。

2014年5月21日水曜日

本日10900歩。

一時間半くらいかかったのかな。
すずしかったのと靴がきのうまでのぶかぶか大きすぎではなくぴったしだったので軽快であった。柳瀬小学校手前まで行ってUターン。
パソコンの前にすわっているとやや足がつりかけそうな感じがする。
いい運動になったと思う。
一時間半ともなると時間がもったいない、と考えたくもなるのだが今の心境で言えばウォークマンなどしながら歩くのはかえって無粋な感じがする。ウォークマンをしていてもまちの喧噪、風の音・鳥の声は聞こえるのだが聞こえ方は違う。それに光や空気感も違う。耳をふさいでいると耳への音の進入に対する"集中度"が邪魔して、他の感覚をいいかげんにしてしまうものだ。脳みそも開放状態で歩くのがいい。

あちこちにある畑のわきを通るとどこでも枝豆用の大豆が結構そだっている。
枝豆までは野菜というのだろうが、生産量はここ所沢でも結構あるものと思われる。
一年に2回蒔くのがこのへんの農家のスタイルのようだ。晩生はたしか8月に入ってからだったかな・・・?

アランの本を探す予定だったが疲れてしまったので延期。
たしか2,3冊あったと思うが自分より一世代前に(1950年代)にはやったのではないのかなと思う、有名な作家が訳していたと思う。

"かい"に加工用の6ミリアルミは一万円台であった。
5本とれるので一本あたり4000円弱か。
10センチ×80センチ、厚さ6ミリでもめんの寄ったのをくずせるかどうかだが・・・しなったりはしないと思うのだけれど。

2014年5月20日火曜日

所沢駅まで徒歩

で往復。最短コースで往復70分。
歩数が7000歩なのでほぼ10分で100歩の計算になる。
さらに急げば少しはアップできるだろうが、10分100歩は切りがいい。
心地よく疲れる。
閉店八時05分。
家に着くのが8時40-45分くらい。
夕飯食べたらすぐ眠たくなる。
本日ここまで。

2014年5月18日日曜日

昼間法事、夕方

初めて散歩する。車だと素通りなのに歩きだと結構いろんな発見がある。
東川の橋のところで川に着きだしている木の花が車で通過するときいつも気になっていたが、ネムノキではないとわかる。ネムノキの花はやや大げさな感じがするが、きょうわかったやつはひとつひとつが白・紫の組み合わせのふつうの花びらでこぎれいなかわいい花であった。やはりカメラを持って歩いたほうがいい。
途中で携帯電話には万歩計がついていることに気づき操作する・・・カメラも付いてるのか?
急ぎ足なので軽く汗ばむ。足首がややいたくなる。
終わってみると心地よい倦怠感というか充実感。
一日で終わってしまうかな。
万歩計は4000歩。万歩計スタートが全体の2/5くらいだろうか。
たぶん全部で7000歩くらいだろう。
おなかの筋肉を結構使っているような気がした。
一時間。

2014年5月16日金曜日

きのうの草むしり

に続いてきょうは別のところのごみ置き場。信号待ちしていると、
集会所の前庭の道路よりすみっこが指定場所だが、庭全体にきれいにごみが散乱している。そんなにものすごい量でもないし紙が多い。道路よりでおばさん2人がにこにことおしゃべりしている。
きのうとは正反対だ。
自分に関係あるのかないのかしらないが片付けたらどうなんだよ。
自分のことしかしないようです。

初めて既製の豆腐ドーナッツ用ミックスでドーナッツを作ってみた。
こういう"既製"のものっていやなのだが、けっこううまいことがわかる。
説明書に水・・・グラムと書いてあるところを豆乳でおきかえてやってみた。
うまいということがわかれば今度は既製を分析して自分なりに材料の組み合わせを考えればいい。
小麦も将来的にと考えていたが、うどん粉かパン用かと迷っていたが、ドーナッツ仕様に考えて品種を選択しようかなと思う。小麦も在来種といきたいが、小麦自体の栽培経験がないので数年は"実験"ということになろう。

Kちゃん来る。
仕事で使う"かい"をアルミの分厚い板をカットしただけのものの転用でできないかと聴くと、平板棒(ひらいたぼう)というのがあるそうで厚さ6ミリ、長さ4メートルが最低単位。今使っているひのきのものが長さ80センチなので5等分したらということになる。
既製のものも提案してもらったが取っ手のの部分がリベットでくっつけたというタイプなので、くっつけるということはいつかはとれてしまいそのときリベット部分が豆腐に入ってしまうということになる。したがって一枚板を加工してグリップしやすいように手作りするのがいちばんいいのかなと考える。ほんとは檜がいいのだがどうしても時間がたつと周辺部がはがれ・とれてしまい"異物混入"となってしまう。木なので食べたからといって何も起きないとおもうのだが、給食の現場とすれば困ったことになる。ということで6ミリのアルミ板をやすりやグラインダーを使って加工することになりそうだ・・・楽しそうでもある。
Kちゃんは今度町内会長をやるようで忙しそうだ。
自分はそういうことがきらいなので、というとこの役は市役所の手先・利用されてるだけさといっていた。自分がやってきたイベント屋家業もようするにこういうことなのだが、おおかたは利用されながら"名士、名士"とちやほやされる快感がやめられず続けていられるのだろうと思うが、こんな"まちづくり"はまっぴらごめんだ。
"公共"を振りかざすのもある意味"暴力"であることを当事者たちはもっと認識しなければいけない。民間はもっとわがままをふりかざして本業に集中したほうがいい。もちろん自然と要求される"公共"もしょっちゅう目の前に現れるわけだけれど、常識で判断すればよい。常識とは・・・。
というわけで自分はわがままのまんま行こうと思う。

今度のグリーンブラットは文章が良くとても読みやすい。
幼児期・少年期に演劇を観に連れて行ってもらった・・・などというのが信じられないくらいなのだが他者(シェイクスピアの"同級生?")の文章記録などを使って推論しているところなど説得力がある。
The Swerveと同じくらいの厚さだが字がややちいさいのでちょっと時間がかかるかな、という気がする。そのうち種まきが始まってしまいそう・・・。
きょうの夕方はこの上なくここちよい時間であった。一年のうちで春と秋に似たようなことがあるのだろうが、断然今のほうがいい。
"いい"ことはとっておきたい・保存したいのだが時間は保存できない。
とっておけないからいいのだろう。
冷蔵庫の出現で食に関するある美意識が完全に失われてしまっている。
歴史の動きの前には"美"の権威は完全に崩れてしまう。
はかなきがゆえに価値があるということはもう理解できなくなっているのだと思う・・・実感として。

2014年5月15日木曜日

ちょっと疲れてしまいました。

今帰ってきて夕飯食べてパソコン開いて・・・、ブログ・・・ときたがややパワーがでない。

今日一日を振り返ってみて・・・、今朝西武線のとあるガードの下で渋滞待ちしていると道のはじっこで草むしりをしているおばさんがいた。手袋もしないで素手でだがちらっと目があったのでにこっとしてぴょこんと頭を下げた。ボランティアとか町内会の義務感からではなく単なるご近所のおばさんの"楽しくきれいにする"行動だったのかな。
こういうひともいるんだな。
ありがとうございます。

ラッセル・ショートのアムステルダムについての本の書評と記事を読む、おもしろそうだ。グリーンブラットの次に読むかな。たしかデカルトの骸骨とかなんとかいう本を書いた人だったかなと思うんだけれど。

びわの木の枝を眺めていたらあきらかに虫の固まりと思えるふっくらした部分のあるやつがいくつかあった。
へらでさわると白い毛がうじゃうじゃと動いている。
キンチョール。
すぐ動かなくなった。
結構強いのかな。

2014年5月14日水曜日

今年初めて

扇風機を使ったけど、30度にはなったのかしら。
我が家には一カ所、お勝手だけ、にしかクーラーがないので事実上クーラーの生活とはまったく縁がない。お勝手のクーラーにしても例年使うのは年間10日程度だと思う。しかも自分だけ。
父が亡くなってからは母屋の座敷にいるのでまあ涼しいと言えば普通よりは涼しいのだろうが、蒸れているときは世間とまったく同じだろう。
どういうわけか汗だらだらの時ほど読書欲がわくんだけれどもどういうわけだろうか。
本を読むこと、考えることの楽しみ・大切さをNさんのブログで教わる。
自分は書物に大豆と豆腐が助っ人してくれている。
書物だけで物事を組み立てるのはよほどの天才的な"言葉にいきる"ひとを除いてはとても危険の多いことに思われる。
かといって政治のように"あおりあおられ"のことばに生きるのもきわめて軽薄・危険であることはすぐわかる。
ことばは重い、とはいってもこんなにひとを傷つけ打ちのめす武器もない。
仕事や読書、対人関係・・・いろんなことのインターミングル(intermingled)が生産する"なにか"が自分オリジナルの生産物だ、この世にひとつしかない・・・だけどひとに訴える何かをもっているはずだ、という希望によりすがりながら60以後を生きていくしかない。いつ召されてもしかたない、それはそれで"そういうものだ"ということだろう。
びっくり語、修飾語、漢語の抽象語・・・をなるべく使わないことにこころがけようと思ってもついそれが出てきてしまう。自分はよくても結構よそのひとからみたらちんぷんかんぷんを平気でやっているのかもしれない。でも前後関係から・・・、なんていいわけで許してもらえるかな。

イヴ・デュテイユのレコードがよかった。
林田 遼右/福井芳男でフランス語講座をやっていたころの今月の歌で出てきた歌手だがやさしい声質で詩も旋律もいい。『妖精たち』というレコード。ちょっと懲りそうだ。
何枚かシャンソンのレコードが茶箱の中にあったので引っ張り出してほこりを払って待機させてある。

近所の"やっさん"の『還暦 日本一周自転車旅行記』(私家版)を今楽しみながら読んでいる。
このなかに50ccのバイクで東北一周だったかな日本一周とかいう登場人物が出てきて、自分にもホンダの50ccのカブなら・・・、なんて考えてしまった。ただメカがわからないと無理だろうな、故障の時ね。

田宮次郎の『必殺仕掛け人』を見る。
最初の方の画面で肉豆腐いやいやすき焼き(すき焼きは明治からか?)のなべをつつく景色がほほえましかった。池波さんの作品は食べ物のところをとても大切に描いてくれる。
映像も陰影が美しくこないだの眠狂四郎みたいであった。
町屋の原色の描き出す風景が意外と落ち着いて感じられるのはやはり日本人からなのだろうか。ちっともぎらぎらとしてはいない。・・・岡場所ですら。

2014年5月13日火曜日

お昼のNHKが

函館山からの生中継をやっていた。
西武と日本ハムもきょうは函館だったかな。
普通だと頂上から眼下の風景を、という陳腐な発想の映像になってしまうのだろうが山中の登山道沿いにある草花や新緑の落葉樹を写していて心地よかった。
里山だと思うのだが・・・たしか標高は300メートルぐらいで高尾山の半分程度だと思っていたが・・・。 今はロープウェーで下界とつながっているが戦前までは要塞の山だったそうで陸軍省陸地測量部の地図では空白だったそうだ。それだけに植生は豊かで原生に近いのかなと考える。
ひとりしずか(もどき?)、おおうばゆり、あとからあとからいろんなものが。このへんの野草好きの人間ならすぐに盗掘に馳せ参じよう。野草・高山植物趣味は写真だけにしてください。
なんとシラネアオイも咲いていて、こんな低いところにとびつくりした。函館には行ったことが無くなんとか生きているうちにとないものねだりする。
富良野のウチでは目の前の空知川をはさんで向こうには"なまこ山"という平地にぼこっと盛り上がった台地がある。かつて70メートル級のジャンプ台があったところで、スタート地点から下をのぞいてびびったことがある。山菜のの宝庫で(ねまがり)タケノコ、行者ニンニク、ふき、山わさび(ホーすらディッシュ)・・・、と昔良く送ってくれたっけ。なまこ山の向こうは一等三角点の富良野西岳でたしか1300メートルくらいだろうか。富良野の健ちゃんとかま持参、地下たびでやぶこぎ・刈り払いをしながら登ったときの山行記録の手帳が出てきた。どういうわけか函館山岳会の分厚い会報誌も出てきた、おもしろいから借りていたものだと思う。
富良野西岳からはあの名峰"きりぎし山(きしという字はたしかくちへんに崖だと思った)"や飛行場からのドライブでも西だけのうしろによく見えた芦別岳がりっぱに見えた。
とにかく花がきれいな山たちである。
そこで60以後は時間を作って低山ハイキングの写真山行と行きたいのだが・・・。それをやるには腰がいたくてねえ。おしりもちいさくなりすぎた。

『どのようにしてシェイクスピアはあの"シェイクスピア"になったのか』というグリーンブラットのベストセラーを読み始める。TheSwerve も大作だと思うが、この作者は専門がシェイクスピアでこれを研究するために"周辺"を読み、(時間的)前後も読みと読書が広がるにつれルネサンス全体をさぐりというふうに、単なるシェイクスピア研究者で終わっていないところがすごい。ひとつ核になるものを徹底させることからまわりのことがらが必然的に学ばざるをえなくなりやがてそれは血肉/教養となり、単なる自分の著作の"材料"というだけではなく、ものを見る道具となっていったようだ。
単なる知識/物知りだとせいぜい"材料・部品"で終わってしまうものが、こういう創造的な学者となると"道具"として使えるようになる。この道具を介して世界や歴史を眺めることができ、自分の史観も組み立てていけるのだろう。
それにしても相当な読書家、思索・推論のひとだと思う。

2014年5月12日月曜日

The Swerve.を

読み終える、ひと月以上かかっただろうか。
題としては『逸脱』のほうが受けやすいとは思うが、内容はやはり"大転換点"の方が適切と思う。
ただ中に出てくるひとたちの生き方はやはりどう考えても主流からの逸脱なので、そちらに主眼を置けばやはり逸脱か?時代が・・・した、というより誰々が"逸脱"したということか。

正直いって久々におもしろい時間が過ごせた。
こんどはシェイクスピアに行きます、こっちのほえが分厚いようだ。

畑のタマネギの実/まあるい部分が地上にちょこっと顔を出している。もうすぐいいのかしら。タマネギは初めてである。にんにくもこれに続く。
タマネギはタネはもらいもので、サラダで平気に食べられるものだといいが・・・。
ゆずは依然としてほとんど花を付けていない、今年はだめだ。
レモンは薄紫の筋がはいったつぼみの状態だがいつも花だけひらいてちっとも実にならないというのが例年のならひ。こんなにたくさん花が咲いてるのになんでだろう、ということばかり。
芍薬が咲き始める。
ぼたんより控えめ・・・だけど上品な華やかさをもったいい平地の花だと思う。
高山植物もそのうちといきたいところだが時間がねえ。
そういえば富士山の火口にスノボーで落ちたり、雲取山で一週間後に遭難者が救助されたりと、昔とはひと味違う遭難騒ぎばかりだ。
昔だとゴールデンウィークには必ず一の倉沢で・・・、とか・・・の山スキーで・・・、なんていうのばかりだったけど。今はスノボーで遭難かね。

目の前にテレビ英会話1995"名探偵ホームズとワトスン博士"というNHKのテキストがある。そういえば、という程度の記憶しかなく35年前の国弘先生のときのことの記憶と比べると比較にならないが、とってあるということはいちおうおもしろかったのかもしれない。たまたまテープもある。今眺めてみると、実に良くできている、おもしろい。『ハリー・リグビー事件』をひと月かけて遊ぶわけだが覚えるまで学べば(なんでもいいのだけれど)相当なものになる。寄稿文もいい。
こういったテキストっておおかた燃やしてしまっているがどういうわけか残っているものはいとおしい。

文机が欲しくてネットを眺めてみるのだがやっぱし作っているところへ直に言ってみたい。引き出しなど要らないからすっきりしたのがいい。
まあ、これはカネがたまってからということでとりあえず大型ホームセンターで合板に化粧板の安物を注文してきた。これだとあちこち持ち運びできるので壊しても安心だ。縁側や二階や、という感じに。やはり還暦を迎える、ということはこういった小さな選択にすら大きな楽しみを見いだせる節目の年齢なのかなと思う。
税金の苦しみさえなければ毎日えへへ、なんだけれどねえ。

2014年5月11日日曜日

18時30分からの

テレビで青ヶ島をやっていた。
いままでやった案内記では一番よかった。
緑豊かであることが実感でき、ますます散策したい気を起こしてくれました。
意外と大きいなという気もした。
何時の日か、と思っている。
予備日までいれて7-10日はかけないとだめだろう。
製塩所の山田さんが出ていた。
となりはサウナときている。

レコードを聴いてのんびり。
言葉と旋律が今は亡きいろんなひとを思い出させてくれる。
くるくる盤面の上で音を拾っているカートリッジをぼーっと眺めながら聴いているこの時間がなんとも幸せな気分になる。
CDにはこれはない。
もっともカセットやオープンデッキでもこの気分は起きない。
やはりレコードだろう。
レコードには視覚的な力がある。
ジャケットの大きさもいい。絵を眺め、さわり、ライナーノートを読みながら・・・。
本来、とがったもので溝を削り続けるわけだから消耗品のはずだが、たぶんCDなどよりははるかに後世にに残しやすい媒体なのだと思う。

寺島靖国というジャズ評論家の本を読む・・・というほどのものでもないが、眺めながらレコードを聴く。本のうしろのジャズ喫茶案内を見る。昔は今の西武の裏の内田鶏肉屋さんの地下がスワンというジャズ喫茶だったのだが今は引っ越してどこかにあるのだろうか。本では緑町となっている、ただし15年まえだ。でも埼玉県に2軒しかないうちの一件がここ所沢だ、これは誇りだと思う、浦和・大宮・川口・川越でもない。
一関のベイシーは、大豆視察の折りや栗駒山行のの折りにはいつも見逃していた。いつか行ってみたいのだが。

2014年5月9日金曜日

にわかにかき曇って

雷様と突然の雨。風も吹く。気温も急降下。
その日と翌日のお天気予報はほんとによく当たるようになった。
家の中でじっとしている。

お子様もどき座椅子とパソコンの所の椅子に強いた穴あき円形座布団がいい。とにかく座骨というか右太ももというかいたいやらしびれるやら。クッションを入れるとだいぶいい。車ももっとふかふかのをしいたほうがいいのかもしれない。

ことばの重み、ということを意識するようになっても自分の書くのは殴り書きみたようではずかしい限りだ。ただ書くことで収入を得ているわけでもないので・・・・なんていいわけは、良くないのかね。

思えば子供のころ国語はだいきらいであった。でも本は良く読んだ。
国語のテストがだいきらいであった。
考えてみると、僭越かもしれないが、国語のテストを作っている先生自体がわかっていなかったんじゃないのと思うようになる。でも現実にものすごく国語の良くできた子は存在した。とてもませていて自分より10歳、20歳も頭やこころの中が進んでいるものと思っていた、ずーっと今の今まで思っていた。そして物書きとはこの世でもっとも"ませた"ひと、こころの早熟なひとと考えていた。
知識人と称するああいうむつかしい言葉で簡単なことをおおげさにいえる人ってすごいことだなとずーっと思っていた。自分はバカだなと思っていた。

でもなんとなくほっとしてしまったきのう今日である。
ほっとしていいものかどうかは疑問だけれど、すなおに目の前で起こったこと、自分なりの考え・推論を簡単な言葉で書いていけばいいのだろう。
起承転結・・・ときちんと書いて90点以上と国語の先生は採点してはくれないだろうけれど気持ち・とおおまかな意味が伝わればそれでよしとしてもらうしかない。
というわけで安心してブログを続ければいい。
忙しければ、気が向かなければ休めばいい。
こんなこと書いてる間に晴れてきた。
忙しいお天気だ。

インターネットは量としてはインチキ・ジャンク情報のほうが多いと思うけれど、逆にマスコミ・メディア・公権力等によって権威付けされた情報より真実のものもある。大きくなりすぎたもの・強くなりすぎたものには保身のテクニックが施されているものだ。自分の頭で考え・かんぐってみなければならない。・・・疲れるけれど。それだけ情報の洪水の激流を漕ぐ櫂さばきは大変なんだろうけれども人生とはまあこんなもんだろう。のんびりと霞をくってというのは、起こりえない。

2014年5月7日水曜日

Nさんのブログを読んで

いて、身につまされる思いがしてしまう。
ここまできびしく言葉を吟味して読んだことは、こと自分の特殊な分野のことを除けば、まずない。はずかしい限りだ。
そもそも丸山眞男は自分らの頃は"批判してはいけない対象"とあがめられていた"神体"みたいな存在で、「なんだ、バカが」といわれるのが関の山だった。
その時代時代の権威といわれるものはみんなそうだろう。
それだけにそのシンパというか弟子たちがごますり三昧の言論界を形成し、オピニオンリーダーとはなんぞやと首をかしげてしまうことしきりである。
どんな業界でも一度権威化つまり権力と化したものは真摯に現実・事実に対峙しようとしなくなる。見苦しいレベルになると、単なる保身となってしまう。
現代だと大江健三郎、村上春樹、科学の世界や数学の世界でもあるのだろう、身近では"有機"である。かてて加えてこういうものに国家がお墨付きを与える。
みんながいいというからオラもいいと言わなきゃみっともねえよ・・・か。
現場を知らない者はマスコミの喧伝する"きれいごと"にころっといってしまう。
ことばの概念規定がきちんとしていないまま、あおりあおられるような言葉遣いをしたり現場で現実に起こったことのきちんとした証拠の確認のないままイメージを読者に自由にいだかせるようなことばの使い方は知識人のすることではない。"知的"のコーティングは10年、15年たったペンキのごとくいずれは自然にはがれてしまう。
もっともプラトンにしてもアリストテレスにしても、マルクスにしてものちのちのたたき台になるほどの知的産物は話が別。やはり時間のフィルターは必要だけれど、ほんとに頭のいいひとは見抜いてしまうものなのだとNさんのブログで感じた。
なんとなくのイメージだけのことばを駆使した物言いに警戒せよということだ。
そんなわけで"ことばに生きるひとたち"、"思考の伝達者"たちというものは一語一語、一文一文にいのちをかけて考えを組み立て・ひとに伝えていかなければならない。
大量生産の売文業とかキャッチコピー屋とか軽薄の極み領域はあいかわらず元気だけれども。

座敷のテーブルで本を読むためにお子様用みたいな椅子を買う。少し具合がいい。いわゆる普通の事務で使う椅子・机はパソコンのところにしかなく本を読むのはもっぱら座卓レベルである。年を取るとみんなこうなっちゃうのかしらね。通勤電車の椅子で正座しているおばあちゃんが笑えなくなってきた。

30代、40代のイベント屋といわれたころの資料やらノートやらがいっぱい出てきた。ノートを少しとっといてみんな燃やしてしまった。"まちづくり"のオンパレードだ。みんなインチキであった。


2014年5月6日火曜日

NHKでは

大型連休としかいわないようだ。
だれが作った造語かしらないがいろんな辞書にはすでに載っかっていると思うんだけれど、「よろん(世論)」のしかえしだろうか。

のんびりとできた連休であった。
物置の本をしまった茶箱やプラスチック・コンテナー、スチール棚・家具をひっかきまわしてはねずみさんやカビのにおいのした本を座敷にもってきたものだから座敷がくさい。お盆になったらどかしたほうがいいかな。もっともそのころは時間の経過でにおいが飛んでいるだろうか。"知的"を総身ににコーティングしたインテリ、と対極にあるような渡辺惇一さんが逝った。家内は良く読んでいたようで、女性にもてたお医者さん作家のようだ。物置の二階には彼の本がたくさんあった。

旧知のKくんからメール。うれしかった。実は自分も今頃彼はどうしているんだろうかと気になっていたところで、電話でもしようと思っていたところだ。気持ちが通じたのだろうか。

きょうはレコードをすこしひっかきまわしてみた。
これは本と違って完璧にふたがされている茶箱やプラスチックケースに入っているので、においはそれなりにかび臭さが少しあっただけである。
大塚博堂とかボブ・ディランとかイヴ・モンタン、イヴ・デュティユ、渡辺貞夫とか富良野の「北海へそ祭り音頭」とかブルーノートやプレステージのジャズ、大好きだったワルターやマタチッチ、クレンペラーのすり減りの極めの盤、高崎音楽大学のホールまでまでかけつけて聞いたニレジハージの録音、そしてなによりも初めて買ったクラシックのLPであるサヴァリッシュ/ウィーン響のベートーベンの『田園』といったふうにもっともすりへらしたレコードたちがはいっている箱にたまたまあたったわけである。サヴァリッシュなどはまだステレオをもっていなかったころで、たしか先っぽに針のついた幅広カンチレバーを交換する卓上再生機であったように思う。父親は蓄音機は使っていたけれど、戦後はステレオは買ってはいなかった。こうやって手に入れた音楽情報というものはその後の"あふれかえった現在の"情報源と比べると、種類は数えるほどしかないとはいえ実によく聞いたものだ。やがてカセットを買い、いろんなものを録音。情報源はたまる一方になったが、ちっとも聞かなくなった。本もそうだ。・・・・でも高校の日本史の佐々木先生による「積ん読のススメ」は、今になって意味がわかってきたとはいうものの、とても自分の残された時間内には無理かなと思う。佐々木先生といえば、欧米人を"ケト"といって笑いものにしていたのをいまでも楽しく思い出す。もう時効だろう。もひとつ逸話で、4時間目にプールでくたくたになりお昼をはさんで5時間目の始まりのあとずっと寝ていて気がついたら授業が終わっていたということもあったっけ。一番うしろの席だったけど、先生は気づいていたとは思うのだが。

あしたもレコードひっかきまわそう。
書き忘れたけどアルヘリッチのチャイコフスキーの一番を45回転で録音したもの(指揮はコンドラシンだったかなと思う)、ミッシャ・マイスキーとのデュオのレコードも部屋に持ってきた。
もっとも大切なものはもちろん、そもそも家の中にしまってはあるけれども・・・・。
太田裕美とビル・エヴァンスといくつかの45回転レコード。
たぶんレコードはカセットとならび今後見放すことはないと思う。
それと、新しい演奏家は「もういいや」ということかもしれない。
過去に埋没しよう。

2014年5月4日日曜日

いい天気でなんにもすることがない

というのもいいもんで家にいる。来月になればめちゃくちゃ忙しくなる。今年は面積も広がっているので、まずは畝の線引をいっぺんに3畝くらいできるような道具をつくろう。ここのところやめていた手押しの種まき機「健豆使」も再稼働といこう。サンサンネット100メートルはあと3本くらい買おうかな、これだけで5万。
麦についても読書していこう。自分の農のスタイルは本と聞き学問と実地の経験則だけなので時間はかかる。判断は自分の頭だけでする。無駄だらけだろうが、うまくいったときの達成感はこの上ない・・・が、残された人生の時間はそんなにない。
でも受験勉強みたいな"効率"最優先の学びの効用は無視。
結局今のスタイルでいいだろう。
自分のほかの分野同様、無駄がすべて教養だ。・・・とはいえ今年は還暦。
年齢・効率は気にしない方がいいとはいうもののやはり全力疾走しかない。

きょうは豆腐屋のページをたくさん書いたぞ。 リンク

The Swerve ももうすぐ終わる。
swerveというのは to change course suddenly なので今まで転換点というふうに思いこんでいた・・・本の内容からも、また本の副題How the Renaissance began?からもそれが主眼と考えていたが、最後の単元がswerveそのもので内容から"逸脱"という意味が正しいのかもしれないが含みとしては"突然方向が変わる"ことをふまえ転換点のニュアンスも掛け持っていることで正しいのだと思う。逸脱と転換では、日本語の場合別の言葉と考えた方がいい。翻訳は全く同一の他言語に置き換えることは多くの場合不可能だと感じる。共有する意味を持っていても、全体としてはつまりニュアンス・他意義までからめると同じ言葉とはいえないものだ。
座敷にずーっとかしこまっていたので座骨がいたい。
座敷にミニ書棚をもうけたのでねずみの小便くさくなる。古い本の出し過ぎかな?

『眠狂四郎 炎情剣』を観る。悪役マドンナは中村玉緒だろうか。
映像の美しさというかカメラワークのすばらしさに驚く。絵が美しい。陰影礼賛の美を心ゆくまで楽しめた。ストーリーより絵ばかりが気になった珍しい映画鑑賞でした。日本人のカメラワーク・・・というよりこの映画を撮ったひとだけの功績かもしれないが、こういう写真の音声を理解できる同国人でよかった。


2014年5月2日金曜日

最近

棚からぼたもちというのはほとんどないが、きのうもらったぼたもちはほんとにうまいぼたもちだった。
父がきなこもちが好きだったので月命日の朝はいつもきなこもちで、ここのところあんこのぼたもちというものを食ったことがない。バター・クリーム系は健康のためにめったにたべなくなってあんこ系の甘味しか食べなくなってはいるものの、あんこそのもののぼたもちというものはここ一年食べたことがなかったような気がする。
きのうのはかるーい甘さのつぶあんで味ばかりでなくあんこの付け方・形まで非常に上品であった。こしあんが上品で粒あんがいなかもの、なんてだれがきめつけたのだろう。きのうの粒あんには気品がただよっていた。
食べ物に気品は大切である。味、食感、見た目。
教わること大であった。
結局ひとりで全部食べてしまった。
それにしてもきょうは暑かった。
今キーボードをたたいている自分は、シャツ一枚である。
心地よい。
日もずいぶんとのびたもんだ。
夕方6時半、といってもおかしくない時期になった。

レモンがたくさんつぼみを付けている、はたして実はいくつなるだろうか。
ゆずはやっとこさつぼみが散見できるようになる、ひょっとしてこれで終わりかな?去年は一本に300くらいなったんだけれども。
やまぶどうは3年目で去年の何倍も房の数がある。花の状態を見逃してしまった。
巨峰はMさんがやぐらを組んでくれた。今年はなるかな?
さかきの新芽がいっぱい。おいなりさんに挿してある2枝は途中1回水を換えただけだがいまだにきれい。これなら家の中の神社もプラスチックからほんものに換えてしまおうかな。
海棠は花が終わり、今は出たての葉っぱに緑色の卵様のものがよく付いているので指でこまめにつぶしてやる。今まで太い幹をはっていた純白の羽付き成虫はこれらの成虫だろうか。とにかくまるまった葉っぱはひらいてやるとかならず中には真っ白けの成虫か緑色の卵が付いている。
しかし今年は毎日毎日海棠と良くつきあってきたものだ。母の大切にしていたものはやはり大切だ。

2014年4月30日水曜日

大宮氷川神社参道一の鳥居


を通り越してふと振り返るとモナリザがこちらを見つめ・・・、というとおばさんの葬式の時の写真がモナリザそっくりでどの角度にいてもみつめられてにこっとされているような感じをそのときの挨拶に交えましたが、こんど言ってみようかなと思いました。大宮といえばせんだってのNHK新日本紀行で盆栽公園を特集していたのがとても気に入っていたのであのへんをぶらりぶらりとしてみたいものです。盆栽って、"継続"そのものの象徴です。軽薄な現代社会をしかっているようでとても気持ちよかった。

三春の近くの船引は"ふなひき"と発音したら"ふねひき"だよと福島のかたに直されましたがどっちがほんとなのかしら。

きょうは大好きな雨模様でしたのでのんびりできました。グリーンブラットもやっとこさルクレティウスのところにやってきました。主人公がこの本の写本を発見したときのおどろきは現代の自分たちとは比較にならないおおきなものがあったと思います。教会に真っ向から対立する内容です。しかも教会の発生はおろかイエス・キリスト誕生以前にかような見解をもちえたということはやはり安易に使ってはいけない"天才"ということばを使ってしか表せない人物であったということが感じ取れます。今もってしてもすごいなとびっくりしてしまいました。

本に取り囲まれ本をさわっている、しかもかび臭い本を、ことに幸せを感じる還暦間近のおっさんもきょうはさらなる感動の一冊(コーテックスでもない"巻"でもない)、折りたたみ式のブリヂストン『サイクリングマップ 中部・北陸編』、が出てきてうれしくなりました。書き込みのしてある地図です。発行年が書かれていませんが18-22,3歳のころかと思われます。『ああ、野麦峠』をやっていたころで飛騨高山から美女峠、乗鞍南麓の開田高原経由のまむしうろうろの砂利道サイクリングで野麦峠、信州松本へ抜けたコースの書き込みをみて、よくやったもんだよと感心してしまいました。能登半島行きにしても書き込みはもっぱらアップダウンの激しいコースでひいひいいっていたことがらばかり記入されていました。還暦記念にと・・・、とも考えたのですがやはり無理かな。今はひたすら創業150年に向けてある程度のかっこうをつけてやることが目標です。カネはすっからかんになってしまった。意欲は増幅するばかり。どうしたらいいんだろうかね。景気は悪いし苦難の道が・・・。

E.V.Lucasの"Roving East and Roving West"が届く。Stella Books という英国の「顕著な顧客サービスを示した零細(このことばはよくない)企業」賞を獲得した古書店からのもので、ささいなこととはいえ紙質の悪い本文用紙に布張りハードバックというフル革装でも3/4革装でもない安物本をていねいに梱包しビニールのブックカバーまでつけてくれて送ってくれました。(もと)大国とはそれなりに汚い部分を背景にもっているものですが、大きな犠牲の上になしとげた文化、出版文化はそれでもおおきな財産を人類に残してくれているものだと思うとやはりこれはこれで評価しなければならないものだと思います。ただしその成果をなしとげたのは人類全体の功績と考え・・・きのうもいったように文化とはこういうものなのだとわりきるしかないのかなと思います。かつては王様が食っていた者を平気でみんな食っている。王宮でしか聞けなかった音楽を歩きながらみんな聞いている。
さてこの本は中の題字の向かいのページにふたりの男が部屋から富士を眺めている北斎の版画背をのせていてなんかうれしくなってしまいました。
筆者がインド、日本、アメリカと旅行したときの紀行文です。
表拍子の裏にはPrizeと書かれてあり、女子高校の校長から生徒への"よくがんばったね"のごほうびでおくられた旨が手書き・シールされています。この手の古書は結構多くてこういうものが張られていると値段は若干安くなりますが、買う方としてみるとこういうのが結構おもしろいのです。

2014年4月29日火曜日

小保方さんに続いて

ついにきょうは山中教授まで写真のことで問題になっていた。
きのう写真のことを書いたばっかしだったので、"やはり"かと思った。
ただし中身の問題つまり本質そのものの問題ではなく、"受けねらい"、"見栄え"のために写真を修整したようである。この学会ばかりでなく、あらゆる分野で写真の"修正"は行われているようだ。
コントラストとか切り取りのような単純なことならしかたないんだろうが、合成のようなことは困った問題だと思う。写真がかならずしも"証拠"としてますます信用できなくなる時代になったのだろう。映像って文章と同様なんでも作れてしまう領域なのだろうか。しかも写真や映像にはみんなすぐに信じ込まされてしまうものだ。

写真や映像に芸術性を認める、ということは現代では当たり前のこととしてとらえられていることだがこれはいいかえると、写真や映像に抽象性が表現できる・・・表現と言うこと自体がもう芸術の域に一歩踏み込んでいる・・・ということである。猪熊先生流に言えば、「具象とか抽象とかの見かけ上の分類ではなく大切なのは"抽象性"だ」ということだ。
再生細胞の写真に抽象性が必要なのだろうか。
戦場の写真ですら一瞬を切り取った一枚も場合によってはとんでもない、作者の意図したことと反対の意味にとらえられることもある。
芸術ならば作者の意図とは関係なく、その抽象性の解釈は一人歩きしていくことは許されることだ。
写真の芸術性っていったいなんなのだろう。
"事実の証拠"という役割を写真に負わせることはもはや無理なのだろうか。
事実はそれに直面した人にしかわからない。それを他者に伝えることが・・・もはや無理ということなのだろうか。

2014年4月28日月曜日

きのう知り合いから

今年初ののびろをもらう。どこでとってきたのだろうか。我が家のはまだ増やすことに専念したいので消費せず。株分けしようと思う。

小保方さんの事件にまつわり関係研究員が別件で"切り貼り"の疑いが出て、調査委員を辞退するとかの報道があったけれど、写真というものがパソコン上で簡単に変形・変更・合成ができるようになったことを考えれば当然の成り行きなのだろうか。最終的には発表・提供するひとの職業的良心・義務感にたよるしかないことがらなのだろうがノルマだとか収入だとか名誉欲が目の前にぶらさがるとこういうことになってしまうのだろうか。
刑事事件ではこんなパソコン操作の以前から合成写真云々の可能性からすぐに100パーセントの証拠にはしない習慣があったと思うのだけれど、それとて普通の人にはできる芸当ではなかった。
便利さがひとの"良心"を汚染してしまっている時代なのだろう。

問屋さんの話によればインドでも商社が大豆栽培をしかけようとしているが、社会資本(つまり鉄道・道路)の未熟さゆえになかなかうまくいかない、とのことだった。赤道近くの高温地帯で収穫されても移動に時間がかかりすぎると大豆はすぐに味・力が劣化してしまう。力とは粘りとか凝固時の凝固反応に対する誤差の幅の大きさ(つまり許容力ということである)を意味する。
祖父の残した昭和15年の地図をみると朝鮮半島・満州・樺太には相当数・距離の鉄道がしかれている。国内を見ても全国のかなりの部分が鉄道でつながっている。
パックスブリタニカが16世紀以降アジアを侵略して、置きみやげしていった文化遺産てなんだったのだろうか。教会だけか。教会の使命としてアジアを文明侵略したのか。侵略の口実を宗教にもとめたのだろうか。
今、1700年代1800年代のイギリスの物書きたちの書いたものを読んでいると、こうした"自信"の背景にある搾取されてきたひとたちの涙を思わないわけにはいかない。
文化という者はおおむね・すべて底辺の搾取の上に築きあげられたもので、これは共産主義といえども同じことだ。文化とは高貴なものだ。そもそも平民・賤民が手にすることができなかったものが、じわじわと下に下がってきて自分らはそれをただ同然で享受している。自分が今こうして楽しんでいる事柄・サービスはみんな昔のひとたち・遠くのひとたちの犠牲の上になりたっているものだ。絵・本・食べ物・車・電気・・・・・、こういったものの"所有"が、つまりあまねくこういった冨の恩恵に浴せる社会というものはいずれたちゆかなくなる。上から下までという言葉が意味をなさない平準化した社会とはつまりこの世の終わりになるときだと思う。
つまり格差によって人類は平穏を保ち、あるいはその格差によって平穏をゆさぶられしながら道を歩んできた。
すみからすみまで豊か(というよりも、食うにこまらないといったほうがいいだろうか)な世界とは・・・?
といってもその前に一悶着あってやはり、格差によって社会や国家間はバランスを保っていくのだろう。
りこうなひとはこれを具にしてひともうけ。清い人はぶつぶついいながら霞を食って生きていける。おおかたはおおきな波にのまれるのにまかせてその日・その場ぐらし。
ひとは孤島では居続けられないものだ。
なるようにしかならないのだろう。

戦前はあちこちで繊維工場がありそれらはおおきな繁栄を示していた。
富岡製糸場が世界遺産に認定されたが、戦前の織り屋さんから一気に没落してしまったという家系のひともたくさんいて、思いは複雑だと思う。
織機を作っていたトヨタは織り屋さんそのものでなかったことがその後の発展につながったと見られるがおおきな努力と鋭く未来を見ていたものと思われる。
これから先、日本はどういう"ものつくり像"を描いて努力していくのだろうか。


2014年4月25日金曜日

あとからあとから

用事がでてきてなにもできなかったけどさわやかな空気でいらいらもせず気持ちよい一日だった。
本業のほうのホームページもあれやこれやいじっていてわからなかった階層化(下位にページをふやしていく方法)がやっとわかった。これでページか゜ふやせそうだ。入り口に関しては増やすべきでないと最初に制作してくれたKさんが言っていたので農場だけくっつけてあとひとつくらいにしておこうかなと思う。
ヤフオクで買ってあったAurexつまり東芝かな山洋かなのダイレクトドライヴのプレーヤーを空回り検査している。ストロボに軽くゆれがみられるがほぼ安定しているもよう。アームベースごと取り替えられるタイプで高級機を意図したものと思える。ヤフオクで5000円くらいしたろうか、3年くらい前。カートリッジはたくさんあるのでいろいろ使える。今はカンチレバーがしっかりしていれば針だけ(つまりダイヤモンドのの石の部分のこと)取り替えてくれる会社(といってもそもそも針をつくっていた会社だが)があるので安心だ。また、ヤフオクに出てくるカートリッジもまだまだ使える針先状態のものがあるのでレコード遊び自体現役の遊びだといえる。単なる回顧趣味ではない。

ちいさい文字を読むのに虫眼鏡を使うことが多くなった。
それにしてもやはり紙の本はことをほっとさせるものがある。
一度以上読んだことのある本に囲まれ見守られているのはこころ落ち着くものだ。

2014年4月24日木曜日

赤いのに続き

ピンクと白い牡丹もつぼみがぷっくら。
ネットで買った"ほんさかき(榊)"3株は半日陰ですくすく・・とまてはいかないけれど元気に新芽を出している。そばのおいなりさんは父が買ってきたプラスチックの榊が挿してあったが本物と取り替えてやる。
お花屋さんでみかける榊と違って葉っぱがびっしりと詰まって無く隙間がたっぷりとあいているので「にせものかな?」とも思ったのだが、式年遷宮のお伊勢さんの番組を観ていてでてきた榊をみるとウチのと同じ感じだった。ということはお花屋さんのはにせものだろうか。

相も変わらずおから撒きだがこのごろはハトの集団(30匹前後)がすぐに・・・へたすると撒いてるすぐそばに着陸しておからをついばんでいる。
撒きおわるとすぐに家に帰りトラクターに乗り換えて畑に直行するのだが撒いたところはハトがびっしり。急いでかき混ぜてやってそこを離れるとすぐにハトはやってきて土混じりのおからをついばんでいる。こりゃまいったな。近所の家からクレームがこないかな。畑を屋根の上からのぞき込んでえさがやってくるのを待っているのだが屋根の上下は糞だらけかも。

片付け。
昭和60年、足立区の父の同級生から父へ暑中見舞い。
毛塚さんというが面識はないが名前は知っている。今どうしているのだろうか。
文の末尾に
  菩提寺のぼだいのはなを見仰ぐれど
  かほりに酔いていまだひらけず

毛塚さんありがとう。
仏壇に供えた。

昭和15年発行、『新正 鐵道旅行図(旧字体のずが出てこないよ)』  ¥0.2  東京 三芳屋発売

細長の折りたたみの携帯鐵道地図である。満州・・・旅順とか奉天とか・・・、樺太・・大泊、豊原・・・とか歴史上の地名が。西武池袋線は"武蔵野鐵道"、西武新宿線は"西武電鐵"池袋と椎名町の間には"上り屋敷"、保谷と東久留米の間には田無町、飯能の先には天覧山という駅が飯能からスイッチバックでなくまっすぐ延長されている。西武園駅は村山貯水池となっている。堤防の下には皇宮警察の職員の家があったという。・・・。
京浜東北はなく東北本線のみ。川口の次は蕨、その次は浦和、続いて北浦和、與野、大宮となっている。
昭和15年なので父が使ったとは思えず祖父が使ったものと思われる。お伊勢さんと三陸の松島の絵はがき等が残っているのでそのときに使ったものだろう。
これも仏壇に供えた。

2014年4月23日水曜日

ちょっと贅沢だが

昼過ぎずーっとごろごろしていた。
ほんに気持ちのいい4月の五月晴れもどき。
こういう日は外に出て・・・というのが常識なのだろうが、こういうのんびりタイムもいいもんだ。
スズラン咲く。
ぼたんも一部咲く。

なにもしない午後・・・充実した半日でした。
無が有となる。

パートさんが三春の桜見物のおみやげにとゆべしを買ってきてくれた。ふつうよくもらうのがくるみのもちで長野でもあったような気がする。三春のはテトラポットならぬトリポットといった、たぶんあんを包むとき指でつまんで自然にできたスタイルなのだと思う。おいしかったのたで通販で取り寄せてみようとおもう。ゆずを使ってないのになんでゆべしなのかしらね。
柚餅子というと茶事などで出てくるのは北陸のゆず釜の保存食タイプの伝統食品で非常にコストのかかった高級珍味で、"気軽"などとはとてもいえない高貴な食べ物に感じたことがあるが、どちらも歴史はとても古いみたいだ。ウィキペディアでみると備前にも別のがあるようだ。
三春といえば近隣の船引という駅起点の山行を計画したことがあり実現しなかったとはていうもののなつかしく思った。それに武澤先生の設計になる文化会館だったか市庁舎も思い出した。
ただ有名になりぎた観光地というものはひとひとひとでいっぱいで自分が見学・撮影に行くことは絶対にありえないだろう。右前方の書棚にある『脱百名山登山学』や『藪岩魂』がこちらをみてにたっとしている。『晴れたら山へ』も物置から掘り出してきたよ。

あしたは青山在来をやる。

2014年4月21日月曜日

"棚"に関心があったので

リサイクルショップを覗く。こういうところに入るのは初めてだが結構楽しかった。
家具置き場ではかなりきれいなものが多く、しかも値段もかなり安くて、なにか欲しくなったらまずこういうところで見つけてみたらと思った。
極端に安い棚やラックは合板であることはいわずとしれたところだが、しっかり具合は十分だろう。ただ経年変化で表面板がはがれたりはするのだろうがそんなにいつまでもというのならこれで十分だろう。
無垢材のものはそれなりに高いが家具屋さんなら10万くらいするものが2-3万くらいでしかもかすかな使用感程度なのでお買い得だろう。
ところでお店の駐車場から出て大通りに出るところに「家具工房、手作り家具教室・・・」というのがあった。軒先に無垢板が置いてあり、乾燥させているのかなと思ったが、合板でない木工職人が健在だなとほっとした。
何から何まで家具は合板三昧となっている昨今、こういった木工職人は生きるすべを失ってしまうわけで、そうすれば職人の数減少、技術レベル低下、知らない間にただ稀少であるということだけで、"職人"を通り越して"芸術家"きどりの木工屋さんがはびこってくる。陶芸の世界でもそうで、芸術家先生乱造の世の中だ。裏を返せば"職人"をバカにしている気持ちがあるのだろう。
大工さんの数が増えることを望む。そのためには家は木造で、まちの大工さんに頼むのがただしいと思う。これは"ただしい"といいたい。
というわけでお金があったらいい家具を買わなければならない。
こういうおしゃれは価値がある。

2014年4月20日日曜日

お昼時

横になって『夢千代日記』をみていると、こっくりこっくりと寝たり覚めたりが十回以上、最近では珍しいことであった。夜よく寝られるせいか昼過ぎ横になっても居眠りはほとんどしない。こっくりこくりこっくりのなんと心地よいことか。
片付けをやっているとトラクターの領収証が出てきた。136万円だった。16年前。たぶん一番最小の機械だと思う。今だと200万前後するのだろうか。この機械に去年50万のオーバーホールを施したのだが(おととしの20万もいれると70万か?)、こりゃあと2,3年使えればいいやじゃすまなくなってしまった。もっとも愛着分の料金を入れればしかたなすか。後ろのドラムがやや変な音がしたりするが少し変形してひっかかっているのかな、くせみたいだ。
トラクターは昔のものはきわめて頑丈でおおむね20年以上は使えるものだというが、現行の新しいものはそれでは商売にならんということでもっとはやくだめになってしまうそうである。いつだったか親戚の部品屋さんが、ロボットなどを作っているメーカーから・・・年でこわれるようにモーターの軸を作ってくれとたのまれたといって笑っていたがほんとうにこういったことって日本でも起こっていることなのだろうか?
きのう物置でほこりだらけのソニーのドデカホーンといラジカセに電気を流してやるといい音を出してくれた、FMで。もちろんCDやカセット部分はゴムの劣化(伸び、あるいは融化)でだめだと思うがFMラジオはほんとにいい音していた。ただしコンデンサーは劣化していると思うので使っていると煙が出る可能性はある
、寝ながらはだめで起きていなければならない。中3、と書いたカセットも出てきた。中身がなんなのかはわからないが、おそらく今焼いて作っているCDなどよりはよっぽど耐久性があるのではないかと思う。CDやDVDは確かに精密化もしれないが酸化による読み取りエラーがおおきくなったりするとどうにもならないものだと思う。つまりおおざっぱな磁気記録のほうがはるかに別の意味で正確だということになる。一生(といってもあと何年あるんだろうか)かかっても聞けないほどの磁気録音やレコードがあるが、うれしいといったらいいのか困ったなといったらいいのか。テープは自分で撮ったものなので思い入れ・価値は録音者固有のものだけれど。

2014年4月19日土曜日

きのうスチール棚を

検索していて結局は近所のホームセンターでパイプ棚を買った訳だけれども、一晩あけてパソコンを使い出すと右のコマーシャルスペースにはDinosという会社のコマーシャルが入っている。なんの権利があってこういううっとうしいコマーシャルが入ってくるのかわからないが、何かものを検索しただけでこのひとは何々に感心があるというデータが蓄積されてそれがコマーシャルになってあらわれるというわけのようだ。コマーシャルもりこうになったものだが、しかし検索自体に料金がかかってるわけではないのでどうしようもないという所だろうか。こういったデータはかなり精密さを増していくものと思われ、いずれは自分の趣向ばかりでなく性格・動き回る範囲・交際範囲・・・とかたっぱしからその"傾向"が第三者に把握されてしまう時代が来、しかもそれに関連したエサで詐欺事件等も巧妙化・頻繁化するものと思われる。
便利なものはひとをバカにするばかりでなく、日々時々警戒しなければならないという不便な時代を作り上げていくのであろう。
60億総白痴化時代到来。
地球上ことごとく平準化していく。
金銭ばかりでなく、感覚、宗教観等々。
これって幸せなのだろうか。

赤い牡丹のつぼみがいまにも開きそうだ。
高山植物や野草専門のひとにとっても牡丹は魅力的ではないかと思う。
いかにも"人工"の世界の花のようだけど何かひきつけるものがある。芍薬、桜、海棠もそうだけど。
気温が上がり続けてくると大豆たちはもう新まめ状態からは離れてゆく。
劣化に応じてそれなりの微妙な異なりを示すが、それを味の多様性とみるか単なる劣化とみるか、考え方次第だけれど手前味噌かもとしれないが"多様性"ということにしておこう。

たけのこももうすぐ。
三重県のたぶん在来のらっきょうは6月頃だろうか。
にんにくもある。
やまいもは去年植えたものがことしにも・・・というわけにはいかないだろう。
のびろは株(球根)を分けるだけにして食べるのはやめよう。
ゆすらうめはまだ緑だがちいさい実をたくさん付けている。

2014年4月18日金曜日

こういう雨の日って

好きです。
仕事が終わるとずーっと片付け。
カイガラ虫もほとんどいなくなってしまったのでややものたりない日々が続きましたがこうなるとひたすら片付け三昧。
親の葬式をやったあとはだれにもこういう時期があるはず・・・だが、こちとらのはそれを超えて何から何までの片付け屋になってしまった。
パイプの組み立て式の棚をフリー組み合わせ(割高だが)で、しかもがっちりタイプの太いほうをかってきて組み立て。納戸の中に書棚誕生。パソコンの脇は辞書ともっとも読み返したいものを陳列。中には受験参考書や高校の書き込みだらけの英語読本まである、かびくさい。
The Crown Readers Book2(第3版)、岩波古語辞典、御子柴先生の『大豆のつくり方』、打田さんの『藪岩魂(やぶいわたましい)』、石井光造『脱百名山登山学』、中野好夫『英文学夜ばなし』、横山雄策『シェークスピア研究』、猪熊先生の『私の履歴書』、坂崎先生の『絵画への視線』、保田輿重郎『わが万葉集』、柳沢保正『クラシックカメラと遊ぶ』、『新々英文解釈研究』、『太田裕美白書』、ゴルゴ13が2冊、上條さなえ『なきむしなこいぬ』、de CarleのPractical Watch Repairing、ラスキンのエッセイ集といった自分にとっての豪華版だがキーボードをたたいている自分を見下ろしている(みくだしている、ではない)気配にこちとらは元気をもらっている。あるだけで安心する。読まなくてもいい。

村上春樹がビートルズ『イエスダディ』を関西弁で訳したものを付した小説を雑誌に載せ、その後単行本出版したさいには削除したという新聞記事があった。著作権に関わる方から意見されたと言うがどういうことなのだろうか。翻訳なので100人の訳者がいれば100とおりの訳ができることなどはだれにも理解されていることだと思うが・・・。
「さわぎにしたくない」という村上春樹のコメントが載っていたそうだが、こういった世間体を気にするのはインテリらしくないと思う。差別発言だとかいうなら話は別だが、イメージをこわすからやめてくれといわれてすこすこと引き下がってしまうのもなんなのかね。見方を変えると"関西"を侮辱しているということにもなる。交通事故を起こすと叙勲を逸すとか言って急に車に乗らなくなってしまうレベルと同列の話なのだろうか。
物書きって最高級のインテリだと思うのだけれど世間体ということを気にしたりするんでしょうかね。
食品の世界も"受けねらい"横行の時代。
商業有機(栽培)、能書きを食べる食品、付加価値喧伝食品・・・・・、食べる側がもっときっちりと相手を見つめて欲しい。うまいのかまずいのか?

韓国の船舶事故は悲惨だ。
もと日本で走行していた船のお下がりを改造して重心バランスを悪くした上に、運転ミスでひっくり帰ったという。またのんきにお休み中の船長に取って代わって新人4ヶ月の航海士が運転していたという。管理体制自体がめちゃくちゃな会社だなと思った。船長は先頭を切って逃げたという。

2014年4月16日水曜日

片付け魔

ということばがあったかと思いますが、片付け始めると片っ端からやってしまいたくなるものですね。
物置だけでなくこんどは家の中をやっています。それも父や母のものを片付けるというばかりでなく、ものでいっぱいになったところや乱雑になっているところを整理整頓したくなるのです。
本来がだらしのないタチで、ちらかしっぱなしというのが自分の性癖なのですが、一度片付け出すと毎日毎日と続けられるものなんですね。
きのうの夜納戸のスチール棚の一段を自分の本で占拠してしまったのを家内が変な顔をして覗いていたのですが、今日仕事を終わって納戸を覗くとスチール棚の反対側にあったちいさい食器棚とその上にあった段ボール箱に入っていたがらくた(?)がなくなっていました。書棚をおいてもいいかいと聞くと、「そのためにどかしたの」ということでした。でも納戸がまたせまくなるなあ、と目の前にある広がった空間をみて考え込んでしまいました。
単に広くある、ということもとても快感なんだなということがわかったのです。
さて、どうしようかな。

床屋に行く。

またまたカイガラムシの話題で恐縮ですが、だいぶまんまるの姿はほとんど見かけなくなってしまったとはいうものの、今日初めて白くて羽の付いたちいさーい虫が太い幹の上を動いているのがわかりました。
あのまん丸貝殻から出てきたんではなくて、白い細長抜け殻もどきから出てきたのかなと推察します。つまり抜け殻ではなかったのです。
この虫はいったいどういうふうに変態していくのでしょうね。
それとも関係のない別の虫なのでしょうか。

2014年4月15日火曜日

増税後「支出減らさず62パーセント、負担感じる75パーセント」

がどういう意味合いをもっているのか考えてみたら、負担は多いけど"福祉"のためには買い物をしなければならない、という、なんか学校の優等生アンサーみたいな感じの解釈でいいのだろうか。
先月の公示地価発表ではもちろん数字の操作はなかったのだろうが、公表地点に取捨選択がなされていて世論を誘導している操作がみてとれる。
マスコミがアヘノミックスを応援しているということだろうか、戦争中と同じことをやっているのだろうか。
景気の回復につながる応援自体は大切なことだと思うが、世の中に起こっていることがらのお知らせをトリックもどきに発表しているのは単なる世論操作にしかすぎないと思う。

また゜消費税改訂ご2週間なので3月までの惰性で消費行動していると思う。
なんだたいして変わんないじゃないのー、というのが食品レベルでの買い物で感じることかもしれないがひと月ふた月とたつうちに締めてくるものと思われる。

2014年4月14日月曜日

手荒れが

しなくなってくるとやっと春が来たという感じだ。
しかし今度は日光過敏症がやってくる。
冬の間乾燥肌はなかったけれど今度はあせもだ。
皮膚が弱い。

車で走っていると新緑がまばゆい。
ある意味花よりこちらのほうがいい。
萌え上がる緑がこちらも萌えあがらせてくれるようだ、うきうきしてくる。

村岡花子さんが連ドラになっている。
幼児期の子役の演技がすごくておどろいていたが2週目でもういなくなってしまった。
はじめから「・・・ずら」ということばを使っていたのでこれは静岡かなと思っていたが周りの山の感じからいって山梨かなと思ったらあたっていた。
村岡さんてまだ生きているのかなと思っていたがずいぶんと昔の生まれなんだと言うことがわかる。きのう物置の片付けでディケンズの『炉辺のこほろぎ』の訳者が村岡さんになっていた。
相当な量の翻訳や童話・エッセイ等を書かれたひとのようだ。
ウィキペディアでみたら通ったのが東洋英和女学院だということで、逆にこの女子校はこういう出で立ちの学校なのかとわかった。同級にこの学校の卒業生がいたので・・・しかも相当な美人であったがひとつ年上であった・・・なつかしく思った。
相も変わらず思ったことは、日本で仕事していて日本語をしゃべれないこの学校の校長たちはいったいなんなのよということだった。
いまだに日本で仕事するのに日本語もしゃべれないで平気でやってくるアメリカ人だらけだ。

2014年4月13日日曜日

捜し物はなんですか・・・

の2つめ、脱穀機の天板が出てきた。プチプチに包まれてさびひとつない状態でオーダーメードした封筒の箱に入っていた、気がつくわけない。
10-15年くらい前の焼酎があったのであとで飲んでみよう。

4月も二週目に入ろうとしているが景気はどうなっているのかな。
食料品はまだパーセントの率は低い方だと思うが、固いものや機械類はひどいことになっているのだろうか。サービス業は・・・関係ないのかな、いやいや旅行がダウンとかいってたな。

ペパーミント/はっかの株を植える。いちごみたいに蔓が地面をはって飛び石みたいに増えていくんだね。そういえばいつもいちごをやってみたいと思いながらいつも実行できずにきた。いとこのところで株分けしてもらおう。たしかすっぽりっぱなしでもみかけのいいものはできないとはいえ、食べてうまいと感じられるものはできてしまうのでそれでもいいと思う。

毎日虫つぶしをしているせいか海棠の木はだいぶカイガラムシはいなくなったような気がする。ちょっとなまけるとおおきなまん丸がどうどうと樹液を吸って分泌物のべたべた水滴を出していたりする。どこかから飛んでくるのだろ過、・・・テントウムシみたいな形ではあるけれど羽はついてるようには見えないが。


頭が性能は落ちたとはいえ、希望をいだきつづけ努力しようと前向きでいられる状態があと何年続けられるだろうかとかこのごろよく考える。やりたいことは山とある。ただ大学生と違って、職業をしている状態でいろんなことをしたいので困ってしまう。もちろん「捨てることが・・・」などという世渡りの術は頭ではわかっている。
欲望と能力の乖離はいかんともしがたいものがあり、どうしたらいいものかね・・・なんて悩んでいる時間があったらさっさと行動に移ったほうがいいんだけれど。

2014年4月12日土曜日

古い写真が

出てきて思うことは、よくもあんな思いものをもって山に登ったり、自転車をかたに担いだりして細くてくずれやすい山道を通過したりしたものだということである。
それだけに一枚の重みは今とは全く違う。
うまいとかへただとかの問題ではない。
それですら、最初期の大判カメラからみたらコンパクトで軽く、フィルムも小さくて安価なのだけれど。
現像不要、プリント家でOK(といっても、質は業務用とは比べものにならないが)ということであとからあとからプロのスナップ写真家みたいにたくさん移す姿勢からは構図とか光の意識はかなりうすれていってしまうのではないかと思う。
シャッタースピード、露出で悩まない分シャッターチャンスは逃しにくくなっているのでスナップには最高なのかもしれないけれど、不便な時のほうがシャッターを押すまでの頭の中の悩み多き作業が充実感がある。結果さえよければいいことなのかもしれないがシャッターを押す行為ひとつが昔は重かった。
大菩薩峠の写真は左1/3が濡れてしまっていて捨ててしまっても、の感じなのだがそれにまつわる"肩に食い込むおもーい"記憶が、「ちょいと待てよ」と言っている。
Nikon FM2のチタンじゃない最初のやつだがずいぶんと使い込んであっちこっちへこんでしまったものだ。

友人からTwitterでフォローしてくれというメールが来たので意味がわからず四苦八苦。いろいろとクリックしつつユーザーネームやパスワード入れたりするがなんか変だな。
そもそも2,3行の文章を投稿するという行為自体あまり感心しない。
政治家もこういうのを利用しているらしい。
ヒットラーがラジオの利用なら、これからはネットの利用だ。
ひとをみたらどろぼうとおもえはネット社会の常識中の常識となろう。
疑うことの連続の一日は疲れる。
ほっとするひととき、・・・各自それぞれなんだろう。

加山雄三と谷村新司が対談していた。
加山雄三のほうが若く見えた。
軽薄に見えたうたも今歌ってみるとけっこういいことば・旋律だなと思う。

御子柴公人先生の『ダイズのつくりかた』を取り出す。紙質が悪く昭和50年発行とはとても思えない。拍子の絵がすてきで百姓がダイズを刈り取ってまとめたたばを棒に結わいてかついでいる姿だ。
現場のよき観察者でこまかいところがきちんと説明されている。見解の異なるところがあるものの経験則からの発言なので説得力がある。自分もダイズの本を出したいなと言うところであるがとてもかなわない。あと20年早くダイズ栽培を始めていれば名と悔やまれる。
ただし加工の現場、つまり実需者としてはこちとらの発言も重いわけで農業試験場(農総研)よりも、より現場に即した発言・提言にはなっているのではないかと思う。こういった公の試験場はおおむね実験的なことはこまわりのきかない大手にたのんでやっているので、かなり基本的なところで"わかっていない"ことをデータが示している。つまりあまりにもおおざっぱ、どうでもいいようなことにこだわった見解を示していることがある。

2014年4月11日金曜日

大菩薩峠で

撮った、自転車と一緒の自分の写真が出てきた。
下りは確か・・・旧道の峠越えではなく柳沢峠に出て青梅街道を奥多摩に・・・ではなくたしか塩山に戻ったのかなー? 青梅街道を奥多摩へはそれ以前の往復サイクリングだったような気がする。
そしてこないだも書いた雨飾山の写真を見直すとびっしり雪の詰まった荒管沢の写真もあった。
毎日"後ろ向き"のことばかりやっていてなんか気が引けるんだけど。

2014年4月9日水曜日

昼間はだいぶ暑くなってきて

お昼頃は半袖。

目白って静止した姿はなかなか見られないが、きょうお客様の病院で目白の写真をみてとてもかわいく感じた。なんでも花の蜜を吸うとか言っていたけどほんとかな。はちどりみたいだね。

海棠にたかるカイガラムシは下から枝を観察するとちいさく水滴みたいなものがついているところに虫がいることがわかる。また、こそげ落として傷ついた樹皮からは樹液がでてきてべったりした感じのところがあるけれどそこにも虫が寄ってきているようだ。こまめに虫取り・・・というよりもなんか虫取りが趣味みたいになってしまった。毎日枝を見上げては虫つぶしをしている。

畑になにをどういうふうに配分して撒くかという計画が楽しい。ちょうど旅行の計画みたいである。たくさんつくるもの、保存タネ更新用、まったく新規の実験栽培とわくわくするばかりである。

畑で隣の畑のMさんの奥さんとおしゃべり。
専業農家で息子もよく手伝っている、だいじょうぶだろう。
税金逃れ農業がほとんどだという近辺の農業実態を考えると、TPP突入後大都市近郊農業がまじめにやっているものもいいかげんにやっているものもあるいはふざけているものも含め大変なSwerveを迎えなければならないことは確かである。民主党政権以前の自民党時代は4町歩以下は農家と認識していなかったという事実は大都市近郊の農家はだれも知らない。所沢には4町歩以上の農家はたしか2軒しかないはずだったと思うが・・・。大豆の補助金は4町歩以下の農家には認められなかった。こういった自民党の思惑も知らないで「農地を守ってくれるのは自民党だけだ」などと洗脳されてきたのが大都市周辺の農家だろう。土地にプライスカードが付いた商品としてしかイメージできないのが政治家や行政である。別に値上がりする商品として農地を維持してきたわけではないだろう。もちろん根っからのなまけものもいる。
さてさてMさんとああしたらいい、こうしたらいいと一時間も話してしまったがおしゃべりするとすっきりする。
ここのところあまりひととの会話がない。
農閑期でヒマができたとたん結構時間を無駄にしているのかな・・・いやいやこうした無為の時間には大きな効用があるのかもしれないのは60年も生きてくると認識できるのだけれど。

物置片付けで3つの捜し物のうちひとつがきょう見つかった。
副産物もあり。
祖父の軍隊の写真。
絶縁したおばさんの使った教科書・・・とくに色の付いた世界地図が興味深い。
父の使った(教科書)と字の練習帳・・・たぶん昭和ひとけた代のものかもしれない。
自分の学生時代の健康診断表・・・肝臓に問題あり、・・・そんなことあったっけかな。
証明写真の亀鶴館のちいさい袋。岩波ホールのチケット・・・トロイアの女、モリエール、・・・、人形のチケット、ジャンジャンのチケット、授業料の振り込み表、授業の時間割、ラブレターの下書きもどき、The NewYorker、またまたEncounter、短波で聞いていたBBCのLondon Calling、国弘さん(先生といってもいい)のやっていた『英語会話中級』のテキスト、第二ラウンドのアーデン版テンペストハードカバー(40年前で6000円弱もした、今は8000円くらいする)、そして大切な大切なソーンダイク・バーンハートのハイスクール用辞書(これはきわめてすぐれた辞書である)、45年以前のプラチナとパイロットのインクカートリッジ(まだ中のインクは動いている)、巻き取ったコダックのフィルム、赤いうすーいボディのスイス・アーミーナイフ(2徳なので最低の安いやつだと思う)、・・・楽しかった。

ニュースでさいたま市の空き家の問題をやっていた。迷惑限りないのだが個人財産なので行政はどうにもできないという。親の作った家に住まないという悪習が何時のまに当たり前になってしまったのか知らないが、強制執行できるしくみをつくるべきだ。所有者への処罰もきっちりとすべきである。隣家は不安でいっぱいのはずである。
マッカーサーの日本壊し計画は今になっていろんな分野で発生している。家族の崩壊、"継続"の軽視、農業破壊、・・数え上げたらきりがない。

2014年4月7日月曜日

4月7日は

昔から入学式と決まっているようだが12時ころ清瀬市内を運転していると学校帰りの子供たちがぞろぞろと歩いている。胸にお花はつけていなかったので、当事者親子さんたちはまだ学校で説明を受けていたのかな。
桜は意外とまだたくさん花びらがついいる。
朝寒かったけどお昼ともなると結構あたたかい。

午後また片付け。
きょうは管理機つまり耕運機を動かしてやる。
ガソリンも使わないで置くと劣化するのかな。
オイルは秋に交換しているので大丈夫だと思うのだが・・・黒い煙は出てこない、透明である。
プラグも9月頃取り替え、中耕以降は使うことがないので、大丈夫だろう。
どっちにしても久しぶりなので最初のから運転はなんとなく軽快ではない、1時間ほど空運転する。

グリーンブラットは読み進めてくるとますますおもしろくなってきた。原題はThe Swerveで転換点という意味だが、まさに1417年のルクレティウスの著作(といっても写本だが)の再発見を意味している。量子力学の元祖みたいなものが、たとえ実験を伴わない"想像"とはいえ2000年以上も前から存在していたとはおどろきだ。

2014年4月6日日曜日

いたち豆

は抜群にうまい豆であることを確信する。
量が少ないのでもうそんなにたくさんは作れないが新豆状態の維持できる今月いっぱいかなと感じる。褐色斑が出やすくて検査は通りにくいためまず農家はこういうものはやらないだろう。褐色斑が出やすい品種がほかにもいくつかあるが小~中のまんまる黄大豆でみんな黒目である。

ことしの桜は満開なりかけの夜にどしゃぶりがあったためまだいっぱい花びらがついているとはいえ、なんかあっけなく感じられた。ゆっくりと満開にいたる過程が好きなのだがそれがなかった。
これからはぼたんや芍薬、藤、かたくりといろんなものが以外と近所で楽しめるようになる。浦和の田島ヶ原の桜草もいいのだがひとが多すぎる。
病院の先生が「歩きなさい歩きなさい」といつもアドバイスしてくださるのだけれどなかなかできずにいる。カメラを持つといいよ、とも友人が言ってくれるのだが実行できずにいる。
坂崎乙郎先生の『絵画の視線』が出てきた。小林和作の章ががあったのだが理解できなかった。坂崎先生は恩師で語学の授業を受け持っていたわけだが絵の話などはまったくせずむっつりとしていていつも朝日新聞の論説委員をしていたおにいさんの悪口というか劣等感じみた発言をしていておかしかったのだが、同級生でNHKに入ったMが絵のことで先生のご自宅におしかけるとそれはそれはの対応をしてくれ分厚い美術史の本までくれたということだ。くしくも玄洋先生の先生と懇意であったとは不思議な縁だけれど、20代では自分はまったくの絵・不感症であった。相原さんに導かれて絵に接するようになったわけだけれどもっと坂崎先生と話ができていたらなあとくやまれる、もちろん絵をみるようになって以降のことだけれど。坂崎先生は50代でなくなられたのかな?

ここのところテレビをほとんどみなくなってしまったが、食事の時間にNHKの連ドラをみることが多い。今やっているのは赤毛のアンのシリーズを訳した明治生まれの村岡花子さんのことをやっている。脚色の程度がわからないのでほんとうのところはわからないが、主人公の親はすごい夫婦だなと思った。自分が子供のころ、本を読んでいたりするとウチへやってきた近所のおっさんやおばさんは「本を読んでいる行為」をばかにしたものである。ところが明治の山梨県の田舎で、知的にませた主人公がみせる学問への意欲に前向きに背中を押してやろうとするこの夫婦、そしてOKを出すおじいさんはすごいなと思った。
第二次大戦直後までは本を読むことなどはいやしいことととらえられていたのが地方農村の実態だったのだろう。今はその正反対でぎゃくに額に汗することが卑しまれている。・・・なにはともあれ多くのひとがやっていることはおおむねゆがんでいることがほとんどであるということを前提に人生は考えたほうがいいと思う。別にこういうのはへそまがりというのでもないと思うのだがね。