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2014年4月6日日曜日

いたち豆

は抜群にうまい豆であることを確信する。
量が少ないのでもうそんなにたくさんは作れないが新豆状態の維持できる今月いっぱいかなと感じる。褐色斑が出やすくて検査は通りにくいためまず農家はこういうものはやらないだろう。褐色斑が出やすい品種がほかにもいくつかあるが小~中のまんまる黄大豆でみんな黒目である。

ことしの桜は満開なりかけの夜にどしゃぶりがあったためまだいっぱい花びらがついているとはいえ、なんかあっけなく感じられた。ゆっくりと満開にいたる過程が好きなのだがそれがなかった。
これからはぼたんや芍薬、藤、かたくりといろんなものが以外と近所で楽しめるようになる。浦和の田島ヶ原の桜草もいいのだがひとが多すぎる。
病院の先生が「歩きなさい歩きなさい」といつもアドバイスしてくださるのだけれどなかなかできずにいる。カメラを持つといいよ、とも友人が言ってくれるのだが実行できずにいる。
坂崎乙郎先生の『絵画の視線』が出てきた。小林和作の章ががあったのだが理解できなかった。坂崎先生は恩師で語学の授業を受け持っていたわけだが絵の話などはまったくせずむっつりとしていていつも朝日新聞の論説委員をしていたおにいさんの悪口というか劣等感じみた発言をしていておかしかったのだが、同級生でNHKに入ったMが絵のことで先生のご自宅におしかけるとそれはそれはの対応をしてくれ分厚い美術史の本までくれたということだ。くしくも玄洋先生の先生と懇意であったとは不思議な縁だけれど、20代では自分はまったくの絵・不感症であった。相原さんに導かれて絵に接するようになったわけだけれどもっと坂崎先生と話ができていたらなあとくやまれる、もちろん絵をみるようになって以降のことだけれど。坂崎先生は50代でなくなられたのかな?

ここのところテレビをほとんどみなくなってしまったが、食事の時間にNHKの連ドラをみることが多い。今やっているのは赤毛のアンのシリーズを訳した明治生まれの村岡花子さんのことをやっている。脚色の程度がわからないのでほんとうのところはわからないが、主人公の親はすごい夫婦だなと思った。自分が子供のころ、本を読んでいたりするとウチへやってきた近所のおっさんやおばさんは「本を読んでいる行為」をばかにしたものである。ところが明治の山梨県の田舎で、知的にませた主人公がみせる学問への意欲に前向きに背中を押してやろうとするこの夫婦、そしてOKを出すおじいさんはすごいなと思った。
第二次大戦直後までは本を読むことなどはいやしいことととらえられていたのが地方農村の実態だったのだろう。今はその正反対でぎゃくに額に汗することが卑しまれている。・・・なにはともあれ多くのひとがやっていることはおおむねゆがんでいることがほとんどであるということを前提に人生は考えたほうがいいと思う。別にこういうのはへそまがりというのでもないと思うのだがね。

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