専業農家の載っている大きなトラクターに、クーラーやカーステレオが付いているのをみてばかにしていた自分だが、きのうガラス張りのやや大型のトラクターでいとこの畑をうなっていて「こりゃクーラー梨では無理」と納得。ガラスで密閉だから当たり前・・・・というか最初にクーラーありきでガラス張りにしたのかなと思う。・・・何時間も乗りっぱなしだとこういうものも必要なのかなと思う。
ことしは2.5反プラスとなるので合計9反強となる。
タネのまき直しの問題をどうするか・・・。
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2013年5月27日月曜日
2013年5月21日火曜日
三社祭の記事を
BBCで読むと御神輿はportable shrines と訳されている。
portableがどの程度の携帯性を意味しているのかそのニュアンスについては実感がない。日本語の"携帯"よりは重いのかな?
重量鉄骨の工事中建物を見学。
壁は力学的には支えとしては何の意味もないのかなと思った、つまりとってつけた"仕切板"という感じだった。ただし鉄骨は頑丈そうでよくしなる"骨"といったところ。分厚い壁たちは旭化成のヘーベルというテレビでおなじみの素材だ・・・ARCだったかALCとかいうのだったろう。
あとひと月もすると種まき開始となって忙しくなる。
かといって今がひまというわけでもなく用事がやたらと多い。
しかも夜が寝られたり寝られなかったり・・・・不眠とまでいかないのが幸いなのだがね。
portableがどの程度の携帯性を意味しているのかそのニュアンスについては実感がない。日本語の"携帯"よりは重いのかな?
重量鉄骨の工事中建物を見学。
壁は力学的には支えとしては何の意味もないのかなと思った、つまりとってつけた"仕切板"という感じだった。ただし鉄骨は頑丈そうでよくしなる"骨"といったところ。分厚い壁たちは旭化成のヘーベルというテレビでおなじみの素材だ・・・ARCだったかALCとかいうのだったろう。
あとひと月もすると種まき開始となって忙しくなる。
かといって今がひまというわけでもなく用事がやたらと多い。
しかも夜が寝られたり寝られなかったり・・・・不眠とまでいかないのが幸いなのだがね。
2013年5月16日木曜日
カメラがなくて
残念だったが、橋を渡っているとき川の浅瀬で飼い犬を泳がせ自分はのんびりと石に腰掛けての散歩途上と思われるおじさんの風景がとてもよかった。
犬かき、ということばを思い出す。
ゆすらうめが色づき始める。
Tさんからいただいたこの木もだいぶ大きくなり今ではその子供も実をつけ始めている。
とても甘い。
犬かき、ということばを思い出す。
ゆすらうめが色づき始める。
Tさんからいただいたこの木もだいぶ大きくなり今ではその子供も実をつけ始めている。
とても甘い。
2013年5月15日水曜日
きのうと
比べるとさほど暑くはないでしょうとの予報だったが、昨日並みに暑く感じるのは自分だけだろうか。暑い暑い。
人間ドック半日(朝から夕方まで)コースと脳MRI、大腸カメラを予約する。半日プラス半日の2日間の検査となる。ひと月ちょい待ちとなる。
これによって生命保険を大幅整理か維持かの判断をする。
それにしてもここのところ疲れやすくなった。
紫外線の心配から外では長袖。ハンドルを握っているときは手の甲にはタオルをかぶせている。
夏は大変だ。
新唐人電視台というのを知ったがとてもおもしろい。
YouTubeもネットサーフィンするととてもおもしろくて時間が過ぎるのも忘れてしまう。
人生とは判断の連続だが、情報の海・スクラップの前にたって数え切れないほどの選択判断をせまられている現代社会というものも生きづらい社会なのかなと思う。
どっぷり浸かって受けて立つか、逃避してしまうか?
別の意味の脳ドックが必要かもしれない。
人間ドック半日(朝から夕方まで)コースと脳MRI、大腸カメラを予約する。半日プラス半日の2日間の検査となる。ひと月ちょい待ちとなる。
これによって生命保険を大幅整理か維持かの判断をする。
それにしてもここのところ疲れやすくなった。
紫外線の心配から外では長袖。ハンドルを握っているときは手の甲にはタオルをかぶせている。
夏は大変だ。
新唐人電視台というのを知ったがとてもおもしろい。
YouTubeもネットサーフィンするととてもおもしろくて時間が過ぎるのも忘れてしまう。
人生とは判断の連続だが、情報の海・スクラップの前にたって数え切れないほどの選択判断をせまられている現代社会というものも生きづらい社会なのかなと思う。
どっぷり浸かって受けて立つか、逃避してしまうか?
別の意味の脳ドックが必要かもしれない。
2013年5月12日日曜日
千の風になって
って墓地否定の軽薄なスノッブリーかと一部解釈していたが、きょう三富の平地林の中でやったコンサートで歌われたこの曲に、ことばのちから・旋律のちからというものを強く感じた。・・・というよりことばと旋律だけでは感じ取れないものをこの"林"が感じ取らせてくれた。
うつむいて地面に生えている草たち(雑な草とはいいたくない・・・野草、畑に生える雑草はほぼ無い)が緩い風にゆれている風景にになにかこみ上げてくるものを感じたのは私だけではないと思う。
近親者や友人を失ったひとたち、ペットとお別れしたひとたち・・・・・それぞれに"気配"を感じ取れたにに違いない。
コンサートホールではこういうものはまずない。うたの前にやった前衛と称する旋律とか調正のないアンサンブルの音の群れも環境とセットで自然に入ってくる。
最高のビールのつまみだ。
うつむいて地面に生えている草たち(雑な草とはいいたくない・・・野草、畑に生える雑草はほぼ無い)が緩い風にゆれている風景にになにかこみ上げてくるものを感じたのは私だけではないと思う。
近親者や友人を失ったひとたち、ペットとお別れしたひとたち・・・・・それぞれに"気配"を感じ取れたにに違いない。
コンサートホールではこういうものはまずない。うたの前にやった前衛と称する旋律とか調正のないアンサンブルの音の群れも環境とセットで自然に入ってくる。
最高のビールのつまみだ。
2013年5月8日水曜日
2日連続
眠れない、参った参った。
『のぼうの城』のフィナーレで野村萬斎演じる殿様の向こう遠くに両神山のぎざぎさがはっきりと確認されうれしかった。
行田かどうかはわからないのだが埼玉県で撮影したことは確かだろう。
見え方がこちらから見たときと同じかたちなので行田から見たかたちもほとんど似たような形なのかな?
借金無しがここのところいい感じである、やはりうまい豆である。
行田の試験場での出会いをなつかしむ。
なんやかや行田とは"縁"があるのかなと思った。
忍城の殿様同様借金無しその他の品種を守り通した渡邊耕造所長先生の思いはつなげていかなければならない。
『のぼうの城』のフィナーレで野村萬斎演じる殿様の向こう遠くに両神山のぎざぎさがはっきりと確認されうれしかった。
行田かどうかはわからないのだが埼玉県で撮影したことは確かだろう。
見え方がこちらから見たときと同じかたちなので行田から見たかたちもほとんど似たような形なのかな?
借金無しがここのところいい感じである、やはりうまい豆である。
行田の試験場での出会いをなつかしむ。
なんやかや行田とは"縁"があるのかなと思った。
忍城の殿様同様借金無しその他の品種を守り通した渡邊耕造所長先生の思いはつなげていかなければならない。
2013年5月3日金曜日
ロッキー ファイナル
に出ているスタローンはいくつぐらいなのだろう・・・50越しているのかな。
おおきなパンチは出せなくても、おおきなパンチに耐えて闘い続けることが大切だ、とみんなに元気を与えてくれる言葉がありがたい。
畑の周辺部の草むしり。
一部に去年2キロほど離れたところにあった野生種のタネをまいたのだがなんと、もう発芽していた。
発見した段階で農水省ジーンバンクに登録すればよかったのだがそおっとしておいてやろうとした気遣いが翌年の"造成"で台無しになってしまった。引っ越した形の"自生地"というのもおかしな話なのでこれは自分のお宝にしておこうと思う。
埼玉大学の荒川寄りにあるグラウンドの向かいにある水資源・・・機構の近所にあったものと近似しているのだが同じかどうかは遺伝子解析しかない。
似てなければ"大発見!"で喜ぶかあるいはひょっとしたら偽物・・・?で疑心暗鬼になっていたかもしれず、逆にそっくりであったがために"落胆"ということも、信憑性からいったらかえって本物だろうとひとまず安心の境地とえるかもしれない。
隣の畑はビニールで覆って枝豆のもよう。こっちを意識して大豆を蒔いたのかどうかしれないが・・・。
種まきはまだまだ先だ。
Nさんのブログがおもしろつづきだが、キンドルつまり電子書籍についての見解で「先細りだろう」というのが頷ける。
日本の新本のダウンロードは高すぎる。
データにこそ価値があるというけれどやはり紙の本にはモノとしての深くておおきな意味がある。
"便宜・便利"という観点からすると確かに取り柄の多い電子本も辞書を例に取ると、極端な例で恐縮だが、家や図書室にいるのであればモノとしての本のほうがはるかに便利で検索も速い・・・手でめくったほうがはるかに速い。それに"近所にある"似たような単語が目に入ってきてもうけものの時が多い。
文法書のように"羅列"するタイプの知識本も電子本はまったくダメ。
キンドルの画面は小さすぎる。
本屋さんの立ち読みや女性のショッピング同様、"近所のもうけもの、ついでモノ"の価値のおおいさこそ人生を豊かにするものだ。
ただし路上で検索・・・という状態が多い仕事・生活のひとにはキンドルは便利だろう。
また古典の多くがタダまたは激安なので古典を持って「書を捨てないでまちに出よう」タイプには便利この上ない。
鉛筆で線が引けないというのも大きなデメリットかな。
おおきなパンチは出せなくても、おおきなパンチに耐えて闘い続けることが大切だ、とみんなに元気を与えてくれる言葉がありがたい。
畑の周辺部の草むしり。
一部に去年2キロほど離れたところにあった野生種のタネをまいたのだがなんと、もう発芽していた。
発見した段階で農水省ジーンバンクに登録すればよかったのだがそおっとしておいてやろうとした気遣いが翌年の"造成"で台無しになってしまった。引っ越した形の"自生地"というのもおかしな話なのでこれは自分のお宝にしておこうと思う。
埼玉大学の荒川寄りにあるグラウンドの向かいにある水資源・・・機構の近所にあったものと近似しているのだが同じかどうかは遺伝子解析しかない。
似てなければ"大発見!"で喜ぶかあるいはひょっとしたら偽物・・・?で疑心暗鬼になっていたかもしれず、逆にそっくりであったがために"落胆"ということも、信憑性からいったらかえって本物だろうとひとまず安心の境地とえるかもしれない。
隣の畑はビニールで覆って枝豆のもよう。こっちを意識して大豆を蒔いたのかどうかしれないが・・・。
種まきはまだまだ先だ。
Nさんのブログがおもしろつづきだが、キンドルつまり電子書籍についての見解で「先細りだろう」というのが頷ける。
日本の新本のダウンロードは高すぎる。
データにこそ価値があるというけれどやはり紙の本にはモノとしての深くておおきな意味がある。
"便宜・便利"という観点からすると確かに取り柄の多い電子本も辞書を例に取ると、極端な例で恐縮だが、家や図書室にいるのであればモノとしての本のほうがはるかに便利で検索も速い・・・手でめくったほうがはるかに速い。それに"近所にある"似たような単語が目に入ってきてもうけものの時が多い。
文法書のように"羅列"するタイプの知識本も電子本はまったくダメ。
キンドルの画面は小さすぎる。
本屋さんの立ち読みや女性のショッピング同様、"近所のもうけもの、ついでモノ"の価値のおおいさこそ人生を豊かにするものだ。
ただし路上で検索・・・という状態が多い仕事・生活のひとにはキンドルは便利だろう。
また古典の多くがタダまたは激安なので古典を持って「書を捨てないでまちに出よう」タイプには便利この上ない。
鉛筆で線が引けないというのも大きなデメリットかな。
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