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2013年5月12日日曜日

千の風になって

って墓地否定の軽薄なスノッブリーかと一部解釈していたが、きょう三富の平地林の中でやったコンサートで歌われたこの曲に、ことばのちから・旋律のちからというものを強く感じた。・・・というよりことばと旋律だけでは感じ取れないものをこの"林"が感じ取らせてくれた。
うつむいて地面に生えている草たち(雑な草とはいいたくない・・・野草、畑に生える雑草はほぼ無い)が緩い風にゆれている風景にになにかこみ上げてくるものを感じたのは私だけではないと思う。
近親者や友人を失ったひとたち、ペットとお別れしたひとたち・・・・・それぞれに"気配"を感じ取れたにに違いない。
コンサートホールではこういうものはまずない。うたの前にやった前衛と称する旋律とか調正のないアンサンブルの音の群れも環境とセットで自然に入ってくる。
最高のビールのつまみだ。

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