というかやる気のでない一日だったが、低気圧通過のせいだろうか。
親戚周りもそんなにできるわけもなく残り6割はあしたになってしまった。
亡くなったばかりの"新盆"の家では盆飾りの前で長々とおしゃべりするのが一番の供養かなとも思った。
きゅうりが馬で、なすが牛といういわれも還暦にして初めて知った。なすはわかっていたのだが、きゅうりは知らなかった。だいいちおじいさん・おばあさんがいたころからきゅうりは馬、というのは無かった。
また送りの日には道中の食糧にと、だんごを作ったということも旧家から聞いたと言うことを又聞き。
宗教とは縁のない風習とバカにするひともいるかもしれないが、こういう素朴で純粋な気持ちこそ宗教の原点なのかとも思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿