クニマスがずーっと滅びていたと思っていたらとんでもない場所違いのところで・・・つまり富士五湖の西湖で生き延びていた、という報道があったのはつい最近の事ですがよく考えてみると、自分のやっていることもこれと似ているかなと思えます、
在来種というのはそもそも「どこにあった、居た」というのが重要事項ですが、クニマスの場合に種は明らかにクニマスそのものを西湖に持ってきたという事実がわかっていただけに本物ということが確定されたわけですが、「どこどこに住んでいた」という属性は明らかに逸脱しています。
"すみか"の移動がDNAにどう影響するのかわかりませんが、おおかたの属性は保存されているのかなと思います。ゼロになるよりはいい、ということでしょうか。
丹波の黒豆は中国で蒔いても日本で蒔いても丹波の黒豆なのでしょうが、DNAは長い時間の経過の中で徐々に変質していくものと思われます。
この"ブレ"を遺伝学者はどの程度の"ずれ"と受け止めるかわかりませんが、移動することが善なのか悪なのか悩んでしまうところです。
少なくともゼロ=逸失、してしまうことよりはましだということでしょうか。
そう考えたくなってしまうのは自分のやっていることを少しは正当化したいという自分かわいさゆえの人間の"さが"でしょうか。
自分の場合は、"おいしい"と虫に強く(比較的)たくさん穫れる、この地の土壌にあっている、といったいささかわがままな欲の上になりたっている営みなのですが許してもらえるのでしょうかね。
きょうもよく働きました。
疲れちゃいました。
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