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2014年7月28日月曜日

気をつけている

ように見えて結構節穴だらけなのが自分の"日光対策"のようだ。
きょういっぺんに・・・というよりここ何日かでじわじわとかもしれないが・・・手の甲がかゆくなってきた、しかも左手。車は右にハンドルが着いているので左手は注意不足となるようだ。
しかし手袋は・・・、と躊躇してしまう。
タオルをかぶせるか。
また毎日していた日焼け止めはやめようかと思う。
薬物はやはり良くない気がする。

「命の教育」なることばがまた出てきた。
PTAをやっていたころ「生きるちから」なるものも良く言われた。
とても安っぽいマニュアル暗記のお話が多かったが、言っている当の教職者たちもなにか恥ずかしさを含ませながらひとに語っていたような気もする。
これを全部学校に押しつけること自体とんちんかんな話だ。
すぐ学校のせいにするマスコミも考えが足りない。
そもそも諸悪の根源はマス媒体にある。
ことばだけで"いのち"をインスタントに説明しようとするこころみ自体がまちがっている。
ことばをあやつる"物書き"たちは通常この世でもっとも"あたまの良きひとたち"という"常識"がこの世にはまかりとおっている用だが、「ころしてはいけない、ころしてはいけない」としつこく聞かされていのちの大切さ"をぼくたちは知ったわけではない。
州によっては死刑廃止をいいながら平気で中東問題のキー国になっているアメリカが間接的に平気で人殺しをしている。
自由を底辺の国へも、のスローガンは要するに自分らにひともうけできる経済体制作りをしておくというトリックにすぎない。
国際的世間体、・・・この国のビューロクラシー(官僚体制)はこのことにたけたひとたちでがっちりと国構えができていて結局はゆきあたりばったりの"ここちよいひびきの優しいことば"でおおわれた収税機関でしかないのだろうか。
でもだれかうまい具合にもうけているわけだ。

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