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2014年5月6日火曜日

NHKでは

大型連休としかいわないようだ。
だれが作った造語かしらないがいろんな辞書にはすでに載っかっていると思うんだけれど、「よろん(世論)」のしかえしだろうか。

のんびりとできた連休であった。
物置の本をしまった茶箱やプラスチック・コンテナー、スチール棚・家具をひっかきまわしてはねずみさんやカビのにおいのした本を座敷にもってきたものだから座敷がくさい。お盆になったらどかしたほうがいいかな。もっともそのころは時間の経過でにおいが飛んでいるだろうか。"知的"を総身ににコーティングしたインテリ、と対極にあるような渡辺惇一さんが逝った。家内は良く読んでいたようで、女性にもてたお医者さん作家のようだ。物置の二階には彼の本がたくさんあった。

旧知のKくんからメール。うれしかった。実は自分も今頃彼はどうしているんだろうかと気になっていたところで、電話でもしようと思っていたところだ。気持ちが通じたのだろうか。

きょうはレコードをすこしひっかきまわしてみた。
これは本と違って完璧にふたがされている茶箱やプラスチックケースに入っているので、においはそれなりにかび臭さが少しあっただけである。
大塚博堂とかボブ・ディランとかイヴ・モンタン、イヴ・デュティユ、渡辺貞夫とか富良野の「北海へそ祭り音頭」とかブルーノートやプレステージのジャズ、大好きだったワルターやマタチッチ、クレンペラーのすり減りの極めの盤、高崎音楽大学のホールまでまでかけつけて聞いたニレジハージの録音、そしてなによりも初めて買ったクラシックのLPであるサヴァリッシュ/ウィーン響のベートーベンの『田園』といったふうにもっともすりへらしたレコードたちがはいっている箱にたまたまあたったわけである。サヴァリッシュなどはまだステレオをもっていなかったころで、たしか先っぽに針のついた幅広カンチレバーを交換する卓上再生機であったように思う。父親は蓄音機は使っていたけれど、戦後はステレオは買ってはいなかった。こうやって手に入れた音楽情報というものはその後の"あふれかえった現在の"情報源と比べると、種類は数えるほどしかないとはいえ実によく聞いたものだ。やがてカセットを買い、いろんなものを録音。情報源はたまる一方になったが、ちっとも聞かなくなった。本もそうだ。・・・・でも高校の日本史の佐々木先生による「積ん読のススメ」は、今になって意味がわかってきたとはいうものの、とても自分の残された時間内には無理かなと思う。佐々木先生といえば、欧米人を"ケト"といって笑いものにしていたのをいまでも楽しく思い出す。もう時効だろう。もひとつ逸話で、4時間目にプールでくたくたになりお昼をはさんで5時間目の始まりのあとずっと寝ていて気がついたら授業が終わっていたということもあったっけ。一番うしろの席だったけど、先生は気づいていたとは思うのだが。

あしたもレコードひっかきまわそう。
書き忘れたけどアルヘリッチのチャイコフスキーの一番を45回転で録音したもの(指揮はコンドラシンだったかなと思う)、ミッシャ・マイスキーとのデュオのレコードも部屋に持ってきた。
もっとも大切なものはもちろん、そもそも家の中にしまってはあるけれども・・・・。
太田裕美とビル・エヴァンスといくつかの45回転レコード。
たぶんレコードはカセットとならび今後見放すことはないと思う。
それと、新しい演奏家は「もういいや」ということかもしれない。
過去に埋没しよう。

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