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2014年9月16日火曜日

ちょうど

出棺のときビルは大揺れ。
即、石の上にのっかっているだけの我が家が心配に。
当の家内は地震があったことすら知らなかったとか。

多磨霊園往復は毎度の事ながら疲れるが今回は道路が空いていて早く戻れる。
焼く窯いや焼却室に入る見送りをしていると隣に別家族の棺が。
ところがつきそいはいつになっても初老の美しい婦人だけ・・・最後までその方と葬儀屋さんらしいネームプレートをつけた男のひとだけ。
こういうことも起こりうるのか?
場合によっては役所や警察官ということもあるのだろうか・・・。
見送っていた婦人が美しかっただけに・・・といっても悲しみに包まれていてのことだが・・・自分は気になってちらちらとしてばかりいた。
反対側の骨壺が置いてあるたなには六切り程度の小さな写真が置いてあった。若いこれまたかわい二十代かなと想像される女の子の写真があった。
涙をこらえるのが大変だったが、あれやこれやと想像を巡らしてしまい自分がいやしくも思えてしまった。
幸せな死に方なんて千差万別だと思うけど大切なことは、ぎりぎりまで一所懸命生き抜きメッセージを出し続けることだと自分を戒める。死に方はまあ、なるようにしかならないだろう。今幸せでも、ほんとのそのときどういうことになるかはだれにもわからない。
良く生きるためには・・・健康しかない。それと、夢と意欲かな。

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