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2014年9月10日水曜日

きょうは3カ所の

畑をぐるぐると周り、中耕と草むしり。
ついでに例の極小の枝豆ももいでくる。

水道の蛇口の水漏れ用にと蛇口を買ってくるのだがサイズが「13」しかなく
仕事場ではほとんど合わなかった。「20」というのが正解らしい、インチ。
ホームセンターでは売ってない。ネットをみてもない、水道屋さんに行くしかないの?

夕方葬式。家族葬。初めてこのことばの実例に会う。
親戚もほとんどなしの、ほんとにほんとの家族だけ。
もっとすごい「直葬」というのもあるという、病院から火葬場だって・・・手続きとかどうなってんのかな?
こういった簡素化によって地方のお寺・墓地が疲弊していく。
「墓地なんか・・・?」というのが今流のファッションなんだと思うが、「家族は親と子だけ」という窮極の血縁関係簡素化に達してしまっているのだろうか。
"ルーツ"の意識ってとっても大切な絆の要因だと思うんだけど、ルーツは「千の風」になってそこここに浮遊していて自分らを見守ってくれている・・・か?
形とか特定の場所とかということがただの"形式"とだけしか受け取れない時代になってしまっているのだろうか。
こんな精神世界には文学とか歴史なんてナンセンスきわまりない"こしらえもの"に過ぎなくなっていくのだろうか。"つながっている"という意識がひとに安心とか勇気とか余裕とかゆったり感とか・・・いろいろな充実感をあたえてくれているように思うんだけれど、これって古くさいのかな?

あしたはお見送りしてこようと思う。

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