自転車の旅は霧島市(昔の国分市)の木原小学校という創立134年の小・中学校を訪れていました・・・といっても校門だけですが、集まってきた子供とのやりとりや視聴者つまりこの小学校の卒業生からの手紙がとてもよくてうれしかったです。
52歳の女性視聴者からの手紙は達筆とまではいかないまでもきちんとていねいに書かれ、言葉も選ばれ、ドラマチックな内容があるわけでもないのにとても共感してしまい涙目になってしまいました。
子供たちの顔は・・・と、くると山の中の・・・という付帯事項を考えると「素朴・純粋・きれい」といった形容詞をつけるのが常套修飾語となるものですがこの子たちはまったく都会の子と同じ顔でした、・・・「がっかりした?」、いいえ発言やにぎわいがやっぱり素直さを感じました。
ふるさとをしっかりと刻み込んでいるようです。
創立134年といったら明治の学制が布かれて最初期の学校で、どのまちにもある筆頭の学校になるわけですが最近はそれだけ古くても廃校になってしまうものもたくさんあるようです。
「学校とはなんなんだろう?」と考えさせてくれた日野正平でした。
単なる建物? 入れ替わり立ち替わり人間が入れ替わり・・教員も生徒も、時代時代に上からの"方針"に振り回されあるいは"うまく乗っかって"、あるいは堅い枠組み内で最大限の"善意"を発揮して子供たちと歩み続けた先生たち・・・、学校というのはそれぞれの卒業生にとって大きな支えになっていることでしょうね、あるいは屈折していてただの「否定さるべき」ものととらえているひともたくさんいるでしょうがこれは裏を返すと教育への想い・要求が別次元で多々あるということでしょう。
学校は"中立"です。
ぼくは父の姉がひどい教員だったために「職業に貴賎あり、もっともいやしいのが教員である」とずーっと思っていましたが、その間違いをこの番組はそっとさとしてくれたように思います。
もちろんひどい教員はいつの時代にもいることでしょう。
知識の切り売り屋じゅない、・・・こんなことはみんなわかっているんですけどね。
ばかな父兄がいるから教員もばかにならざるをえない、ではなくてもっと堂々としていて欲しいです。ばかな父兄は言葉ではどうにも説得できる相手ではないので、そういう方の居場所がない社会になるように"一般"がもっとおりこうさんになり、教養を積むしかないということです。
しまいに、この番組に教員がひとりも出てきませんでした。
台本もなかつたと思います。
良かったです。
いい先生が増えて欲しいです。
我が師の恩、深い言葉です。
久しぶりに2万歩/3時間歩きました、急ぎ足です・・・最後のほうはよれよれかな?
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