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2015年6月8日月曜日

梅雨入りしそうだなと

朝の天気予報を見ながら予想していたら案の定そのとおりになりましたね。

最近はとろくなったとはいえ元来が機械好きで、アンプ・カメラ・時計・ステレオ・・・と比較的ちいさい機械に興味を示しこわしたり組み立てなおしたり、動かないのを動くようにしたり(みせかけたり)して遊ぶのが生き甲斐でもありました。
コンパーの大判シャッターなどは原因が他にあったであろうはずなのに、ある部分を削って強引に動かしたりして(どこかにマイナスは生じているはずであった)ほくそ笑んでいた昔が笑って思い出されます。
今はちいさいものに対する眼の分解能が落ち、ねじ山の方向すらわからなくなってしまいハズキ・ルーペを使ったりしていますがやはり肉眼の良さには・・・というところがあります。
耳は特に聴力が劣化し音が割れている原因が耳なのか機械なのか・・・接点不良、ガリ音ボリュームのせいなのかよくわからない状況です。
ラックスの真空管アンプ(プリ、パワー)の最新版で真空管としてはかなりメリハリのいい現代的な性能を獲得できた機械のはずなのに「こんな程度」かとがっかりしたり・・・というのが耳のせいなんでしょうけれども・・・と感覚の劣化にがっかりするばかりです。
老化とはこんなものなのかしら。
通常ならば「肉体は衰えても感覚・感性は年とともに・・・」と書きたいところですが自分の場合は劣化していくばかりのようです。"知"の体力の劣化ってあるのかなあ。・・・感性はもちろん知性の一種と考えていますが。

新聞の日曜版には一面・二面にわたるコラムが"有名な"論客によって投稿いやいや以来原稿で載せられていますが、きのうの読売朝刊で北岡伸一とかいう政治学者が書いたものを読んでなんか陳腐だなあと思っていたところN氏の薦めでみた谷山雄二郎という青年のYoutubeの発言があまりにも強烈で説得力があったので"東大教授"・・・政治学者とはいっても"法学部"政治学者・・・という社会的地位・存在の重さというものを考え直さざるをえないものと感じました。
公務員・学者・インテリとしてのポジション保全のためにこんな程度の発言しかできないのかなとがっかりでした。
従軍慰安婦問題も"事実"の確証はどこ吹く風で謝罪・賠償の主張。
こういう"先生"のもとからこの国のドライバーたちが増産されていくんですね。

谷山雄二郎さんは一件芸能人ぽい・・・出だしのころの水谷豊や柴田恭兵みたく・・・大丈夫かなと心配してみていたのですが50分くらいでしょうかあっという間に時間が過ぎてしまいました。
日本の教育をうけたひとではないなと話の展開やジョークの組み立てからすぐにわかりましたが、"推論"や"おもいこみ、不勉強"から組み立てている多くの我が国の有名論客とは全く異なった論理展開で気持ちが良かったです。
事実を材料にした論理の展開の重要性をたたきこまれました。
それにしてもこのような教養の持ち主はいかようにして作られたのかなと想像してみるのも楽しいことです。旧制高校のシステムならばこういうのもありかなと思います。
それにしても慰安婦問題はどういうふうに展開していくのでしょうか。
河野洋平。
こんなかたがいたんですね。
でも目先の"落ち着き、安定"のためにこんなことも言っちゃうんですね。
会社の社長ならとんでもないことがそのうちやってくる。
自分の判断にきちんとした責任をともなわない職業っていいですね。
時間・任期が過ぎてしまえば関係ない。

・・・・などということを考えながらブログ更新。
MDで遊びましょう。
MDという機械・方式もかわいそうなもので最後の最後にソニーがファイル転送できるしくみにできたところ゛iPodやメモリー・ウォークマンが出てきてしまったんですね。
MDは今の基準からするととても重いですが、この程度は"物質感"としてあって当然のものと思うんですけれどもね。重さとそれに"おおきさ"も、です。

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