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2015年6月27日土曜日

きのうはずいぶんと

前から予定に入っていた食事会のおよばれのため畑はひとやすみということになっていましたが、運良く"本降り雨"だったためどのみち畑はできない日でした。
ラッキーでした。
楽しいお話とビール・餃子で生気をいくらか取り戻せたようです。
帰りはややあぶなかったのですが、電車の遅れで武蔵野線の最終マイナス1の電車に乗れました。

ところで行きのの電車の中で2Cellosというチェロのデュオ・グループの録音を聴いていましたが若さ・情熱がはちきれんばかりに極上の技術に支えられた演奏で眼が覚める思いで聞き入っていました。
ベルリン・フィルの12チェロのはっと言わせる登場はもう40年も前のことでしょうか。
このとき後にギター曲でおなじみのヴィラ・ロボスの名前をはじめて身近に感じたものですが、今回の2Cellosは今月の初めからアルバン・ベルク弦楽四重奏団のコンサート録音やスメタナかブダペスト・カルテットだったかと思いますがバルトークの弦楽四重奏、そして例のクロノス・カルテットをちょうどMDで聴いていたため意外性はありませんでしたが、音楽本来の即興性をほうふつとさせる演奏には感動しました。
たぶんこのスィングしている気分はジャンルを超えて若い人たちの感性にすっと受け入れられる要因かもしれません。逆にポップスやロックのひとたちもクラシックに"高飛車"性を意識せずにすんなりとはいっていけるきっかけになるのかとも思えます。
芸術とは?なんて言えた柄ではありませんが、芸術は大衆・平民迎合であってはならないと思います。
"つん"としていていいのです。いやいや"つん"としていなければなりませぬ。
貴族的でいいのです。
大事なことは、「まね、だけに終わらないこと」、「前の時代になかったことを作り上げること」だと思います。
しかもそういったものはおおむね、なかなか理解されない。
だから芸術家は"苦しい"。
生きることが苦しくなる。
パトロンを求める。
求めすぎ・迎合しすぎてただの商売に堕する。
ここにつらい選択をせまられるのです。

まあ毎日同じ(ような)ものを作っている職人には上に述べたことは雲の上のひとたちのことですが、学ぶところはたくさんあります・・・そのまま教訓に、反面教訓としても。

この2CellosというDuoが今後どういうふうになっていくかはなんとなく予想ができます。
ただ彼らはジプシー的な出自というわけでもなく、きちんとした教育を受けた人なので"音楽する喜び"をもっと深く・広くおおくの人に教えていく伝導師たる事は忘れないものと信じています。
がんばってください。
グレングールド、つのだたかし等古楽アンサンブルの先達たち、クロノス・カルテット等のいろんなバージョンがまだまだ出てくるのでしょうね。

でもやっぱし楽しいのははじめのはじめのような気がします。


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