電気式の脱穀機をクリーニング。
ほこりとゴミの除去、潤滑油添加。
そうとうガタは来ているとはいうもののいとおしい。
よく働いてきたものだ、酷使してきたといってもいいでしょうね・・・つまり使い方が悪い。
秋まで、通電して空運転一時間、ひと月に一度程度は動かした方がいいのかもしれませんね。
管理機=耕運機もオイル交換とクリーニング。
こちらも一時間ほど空運転。
オイルがきれいになったせいか音も軽快です、トラクターで無理な狭いところで使えばとすぐにでも出番をつくってやった方がいいかもしれませんね・・・中耕にしか使っていませんからね。
オンダーチェの『バリーボールデンを知っているか』を読み始めました。
新しい小説というものをほとんど読まないのでややショッキングな読書となっています。
旋律のない音楽や形の理解できない絵ではそれなりに中に入って遊べたりもできるのですが、"ことば"となると感覚的にスルッと入っていけるわけではなく自分の教養・体験不足を恥じ入るばかりです。・・・ただし読んだ後の印象ははっきりと残っている読書のようです。
時間が前後したり異事件が混じったりと、こういうのを"前衛"というのかどうかわかりませんが、読語に強烈な印象が残るのは確かです。
"前衛"なる料理、なども常識的には慣習破りと見えるものも実際に食べてみてあとに残るのどごしの香りとか後味の余韻とかがすぐれていればそれは"おいししいい"ということなのだと思いますが、こういったことと同じと考えていいのでしょうか。
サルトルとかカフカとかまったくおもしろくなくて、読後・・・というより目視終了後の印象もただ"怒り"しかなかった当時はまだ前衛ファッションであった世の中野常を考えると、この"ジャズの最初期"のひとの"ものがたり"はそれらよりおもしろいです。
ジャズというと戦後のモダン・ジャズがもっている体制批判、インテリ・スノッビズムといった「ややズレた」こころもちのおもしろさみたいなものがお気に入りでのめり込んでいたりしたものですが、ジャズ草創期のこの物語の中で起きている音の現象は周辺から察するにゴットシャルクのピアノ・ラグタイムやラッパを吹いて街頭後進していたあの音楽・・・007で葬送のその楽隊を見学していた諜報部員が殺される映画がありましたけど・・・などを想像してしまいますが、演奏家たちのかなり(現在からみたら)乱れている生活がどこから来ているのか、やはり奴隷制の延長から来ている虐げられた生活からなのでしょうか、きっちりと理解はできにくく戦後になってもやはりこの世界のひとたちは麻薬だとかみだれた生活者ゆえに早生してしまう例が多くてかたぎのひとからは敬遠される分野なのかななんて思ってしまうのですが、選んで聞くとクラシックの前衛性も兼ね備えているし砂糖をぎりぎりまで減らした変奏やインタープレイはぞくぞくしてくるものがありどういうわけかやめられないのですね。
ジャズファンにクラシック・ファンがだぶっているのはごく自然なことだと思います。
さてさて薄い本だとはいえまだまだ残りがたくさんあるのでしっかりと読んでいくことにしましょう。
原書はまだ送られてこないので翻訳云々についてはなにも言えません。
0 件のコメント:
コメントを投稿