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2011年9月3日土曜日
きょうは午後ずーっとごろごろしていた。
「日本語文法の謎を解く」の核心部分なのかな、主語のいらない言語の日本人のものの見方と主語がなければならない西洋語の違いの原点、つまり自然やひとに対する意識の正反対なことについて触れている部分に達する。
語学をやってここまでの言語間に達せたと言うことに驚かざるをえない。
言語学が哲学のある重要な柱の解読につながっていることを感じる。
リチャード・ハリスがスッラを演じた「ジュリアス・シーザー」をみる、3時間。
おもしろかった。
ブラウン管の小さいテレビをDVDプレイヤーにつなげてあるがちょいと画面がちいさすぎるかな。
リージョン1だがこのプレイヤーは受け付ける。
パソコンのioDataの外付けでも変更回数が5回程度と限られているがやはりリージョン1も受け付ける。
アメリカからというか日本以外から買うCDやDVDは極端に安い。
ものによっては字幕すらないが字幕にとらわれると以外と置いて行かれてしまうのでなくてもいいと思う。
史記は拾い読みしているだけでいつ終わるともしれないが、今度は漢書を始めようかと思う。
ちくまの世界文学大系のなかで全文取り上げたときのシリーズで3巻に分けられたものがあるが中古でも最低18000円もする。
本の値段は気持ちの問題にすぎないのだが、とりあえず図書館に行ってみようか。
図書館に最後に行ったのは25年くらい前だろう。
本は、特別高いものや軽薄・流行のモノ以外は買うことが著者への礼儀と考えているので図書館にはほとんど用はない。
図書館問題でもっとも騒いでいるのは"流行"の著者たちなのではないだろうか
そもそもはやりモノはほかの分野同様意識的に無視しているので自分にはどうでもいいんだけれど。
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