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2011年8月14日日曜日

ショック刺激

を得ようとお昼から冷蔵庫に出たり入ったりを5回繰り返した。
きょうあしたは畑に行ってはいけない日なので兄弟たちが集まるまでの時間どうやって涼をとってすごしたらいいのかと考えてこういうことになる。
体を使わないで"涼"を感じようなどという行い自体がナンセンスだということをさとる。
5度の中で寒くなり出すと外に出る。すぐにもわもわとしてくる。15分もすると冷蔵庫に、そして横山/シェイクスピアを読みだす。10-15分で寒くなる・・・あとは繰り返し。
不健全な遊びであった。
兄弟たちがきて座敷にいると初めはあつくてひーひーしていてもやがてなんのことはなくなる。いつもと同じで、外よりは気温は低い。扇風機で湿気の不快感は取り払える。

野外で体を使うことのありがたさを感じる。
ただしこまかく休んで水を飲むことだ、1-3時に気をつけて。

親戚をまわってお店に。
お客様とのおしゃべりで、無農薬はおおむね"甘み"がダウンします。
その代わりなにかが強まります・・・とこちらからしかけると、
「山菜ののあじじゃないの?」と当てられてしまった。
幼稚園の栄養士さん。
無農薬とはいってもウチのは肥料と名の付く人間のてのかかった 添加物は畑に蒔いていないので大豆が作り上げる"味"には人間の作為は極力排除されている。
太陽と水とそこの土と空気と・・・といったもともとそこにある自然の条件がほとんどである。あとは枯れ葉と大豆の脱穀がらとおから少々。
作物の中でもとりわけ"野生"に近い大豆をできるだけ野生を遠ざけないようにしながら雑草排除と共生をとりまぜながら七転八倒の毎日を繰り返しているが日々歓喜とがっかりの繰り返しである。
・・・だからつづけられる。
終点はないだろう、自分の人生には終点がある。

それにしてもこの栄養士さんはするどいひとだ。
豊かな感性と想像力・・・・こどもたちは幸せだな。

家に帰ると岡本太郎。
色と形が"動き出したミロ"をイメージしたがにぎやかで元気な絵や彫刻だなと思った。
あしたまでやっているミューズ中ホールでやっている上村次敏さんの生命力の爆発といえる植物の絵の通奏低音(バッソオスティナート)と共通するものを感じる。
俗物と思われがちな岡本のテレビ多数出演にしても一般のひとが考えるようなパーフォーマンス・媚びるという姿勢とはかけ離れた哲学をもっての行動であったろうと思う。
桁外れにおもしろいひとだった。
アトリエの棚には書きかけのカンバスがたくさん並べてあった。
年をとるにつれて顔が若くなっていったひとだと思う。

でも静かな・・・しかしながらしっかりとしたいのちの鼓動を伝えているミロのほうが自分は好きだな。

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