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2011年8月16日火曜日

ここのところ

サトウいらずをやっているがいい感じである。
甘いものは甘くなく、あまくないものはぎりぎりまで甘くというのが私の主張だが、雑味たっぷり甘みもゆたかでうまい豆腐になっている。
高タンパクなのでどろどろに成りやすいが寄せがそれだけおもしろくなる。

お昼に、分裂して88年の清元宗家(高輪派)と清元梅吉率いる・・・派の合同演奏会実現までのルポルタージュ番組。
これはよかった。
母方経由で現勘三郎のいとこである家元延寿太夫(謡い、54)と清元梅吉(三味線)78才との2人けいこから始まっての半年の物語。
延寿太夫の長男の足の付け根部分にできた悪性リンパ腫との伏線をからめながらの、「これからの清元を・・・」ということの大事に思いをいたらした延寿太夫側からの企画のようだったが、けんか別れした側のしかも78才という親子ほどの年上にある梅吉の姿が美しかった。
延寿太夫の20才の息子が入院している有明の癌研に向かって毎日手を合わせつづけていた姿や、練習での態度や4人の子供たちにあえて跡継ぎをさせなかった姿勢など深く考える巨人を感じた。
特に宗家側の人間国宝栄三との三味線の会わせ稽古では直前まで会わなかった(会わせ得なかった)のにもかかわらず「本番ではこのレベルでは何が起こるかわからない」つまり本番時での栄三を信じ切っていた梅吉のどうどうとした姿には恐れ入るばかりであった。
もちろん人間国宝の栄三も何十年もやったことのないワキ三味線に徹した姿にも敬意を表すばかりであった。
旅に出て帰ってこない息子の死を知り、その塚の前での親の心を描いた「隅田川」のクライマックスはこの手のものに興味のないひとにもぞくぞくとさせる力を感じさせるのではないかと思った。
マーラーの「亡き子をしのぶ歌」は交響曲はおおむねそれぞれ数百回は聞いているのにもかかわらず、一回しか聞いていないのと同様この隅田川もテーマが重く・きつくて聞いていられないものである。
延寿太夫の息子さんの入院・闘病。そして周囲のひとたちの現実のこころの苦悩かつ前進の思いがこのような困難な企画を最後までやり遂げさせたのかなと思った。
歌舞伎界をめざしていた延寿太夫が父親の早い死で家元を継がざるを得なくなった状況からの説明を考えると、苦労しかつきちんと責任をしょっていこうとしさらに分裂したものを・・・、と考える「清元全体」を守ろうとして必死に格闘しているすがたがりっぱであった。

この地区はきょうが送り日なのだが畑は・・・まあいいだろう。
案の定帰る5時までだれも畑には来ていない感じであった。
耕耘機使用せず。
すべて草むしり。
腰がいたくなるが、暑さはへいちゃらであった。
ほとんど休まないで3時間。

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