蒸し暑い。
パソコンの前にいる今も猛烈に蒸す。
クーラーoff。
北浦和に行きたかったけどくたくたに疲れてしまった。
K先生は大分県。
「日本語に主語はいらない」も200ページくらいになる。
今まで気にもとめなかった世界のことで、日本語についてなんにも考えてこなかった自分が恥ずかしい。
導いてくださったNさん謝謝。
主語が無くてもその文をみると自然に「だれが」ということが自動的に意識・想像されてくるところが日本語のおもしろいところ。
主語を意識しすぎて文章を書いているといつしか日本語をこわしていくことになっていくのかなと考える。印欧語文法で日本語を分解することの非が見えてくる。
こんな年になって読む本ではなく、もっとずーっと若い人たちに教えなければならないことだなと思う。そして"普通の、普段着の"感覚で文章をどんどん書くことをさせなければだけだと思う。
大きな教養のひとつというより、教養を"そのひとなりのかたち"にするのが"文章を書く"ということだろう。
学校の作文て、読書感想文しかなかった・・・おっとっと、受験対策小論文なんてのもあったっけ。なんだったんだろう、あれは。
教師自体が何も考えてなかったように推察する。
指導要領ぎりぎりのところで"逸脱"してくれるような教員はいなかったな。・・・高校にはいたかもしれない。それ以下は皆無である。
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