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2011年10月11日火曜日

病院の待合室へ行くと

母そっくりのお年寄りが居た。
どきっとしたが、・・・こういうこともあるのか、と。

畑休み。
パートが調べてくれたようだが十三夜や十六夜は日本のものらしい。
後醍醐天皇の時代なのだろうか。
"完璧"をちょいとはずしたところにおもしろみを見いだす"粋"の流れだろう、ということだ。
この辺は予想していた。
満月が狂気を意識しているというのは西洋のものだろうが完璧=狂気という関連づけもうなづける。
ちょいとずれているところに美、というのは絵や建築、陶芸・・ばかりでなく豆腐製造にもあてはまる。
完全に煮る、完璧に寄せる(凝固する)をちょいとずらしたところにおもしろみいや"うまさ"が存在するということである。

アフリカのビクトリア湖はイギリスのリビングストンの発見と言うことになって教育せられているわけだが実はJohn Spekeという共同探検者がいて現実面での功績はほとんど後者のもので、不幸な事故死とリビングストンの話し上手ということによって手柄をみんなとられてしまったという話を読んだ。用の東西を問わずこういった話はあるようだが、グラッドストーン/ディズレーリ時代の"英雄"たちも「ほんとうは誰が?」ということが百年以上たってから何が正しかったのかということがわかり、今まで俺たちはだまされていたのかということにな歴史というものも結構装飾されて伝わっていることが多いものだなと思った。
戦争などは特に客観性を必要とする対象だと思うが客観的になれないのが特徴だろう。

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