専門にきのうは飲んでいたので目覚めが心配であったが、ぱっちりとした目覚めであった。
飲む量(ももちろん関係はあるが)というよりも体調のせいで先月はおかしかったのだと思う。
一日中快調であった、まだ夕方だが。
きょうは町はお祭りでごっ返しているであろう。10年くらい前にはよくあちこち出かけてお祭りのスナップを撮ったものだ。ただ背が低いため脚立を持って出かけたりするのが面倒になりやがては飽きてしまった。
お祭りは基本的には"やる"もので、"見る"ものではないが、見てくれるひとがいなければやるほうもしらけてしまうのでやはり両方あっての行事。でもやる側に圧倒的な比重はある。
ここのお祭りは商店街のお祭りであきんどたちの心意気の世界ということで成り立っていたものだが、シャッター商店街を経て30階建てマンション郡の"通り"となり道路から10メートル以上ひっこんだ高層ビルの一階の店舗の集まりが"商店街"となってしまい、マンション住民の経済的非協力と相まって各店舗が経済的運命共同体とは言い得なくなってきた昨今は、運営が大変だと言うことだ。
全国の有名でない各おまつりもにたりよったりの状況があるのではないだろうか。
経済が地域の上に成り立っていないのである。
これではカネの出しようもない。
各自が勝手に生きているわけで、ただ単に同じ地域の住民であるという共同体意識しかない。
東京で稼いでいる者同士ではそれでいいかもしれないが、地域性の非常に強い個人飲食店や食料品店、衣料品、雑貨屋・・・等は参加意識も希薄になっていくはずである。
コミュニティという言葉が軽々しく語られるが、経済的連携の薄くなった地域でどうやって人間と人間を結びつけていくかはますます困難になっていくものと思われる。
古くからのひと、腰掛けの住まいとしか考えていないひとたち・・・これも大きな要因となっている。
笛や太鼓の音を聞くとわくわくするのはだれも同じだと思うのだけれど・・。
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