こたえている。
左足がしびれ、ひざ痛、そして腰痛(ちょっときざですがオックスフォード・コンマ使用)とトリプル痛。
車を運転しているときと椅子に座っているのがつらい。
Nさんのブログにスギナ(つまりつくしんぼの後の姿)の根っこを掘り返した写真が載っていた。
自分はトラクターでかき混ぜてしまうだけなのでその根っこを見たことはないが、トラクターでかき混ぜること自体良くないことでスギナの領域を広げているだけのようだ。
ゴムのように伸びるその根っこはしぶとい。
Nさんのように掘り返して取り除くしかない。
それにしてもNさんはコーヒーから始まって夕飯のおかずまで料理が上手だな。
実家が三重県のNさんにいただいたらっきょうがうまい。
売ってるのとちがって"ちょっと手前"で収穫したことが原因かもしれないがやわらかい。
きのうの残りのカレーとともに食べる。
彼女からはつけものをたくさんいただいている。
今夜は粕漬けのうりをたべようか。
親戚に漬け物屋がいることは伏せてある、このブログは見ていないだろう、両者とも。
ベオゥルフの朗読CDか届く。
現代語訳のベストセラーだが、畑で聞こう。
ということで前半を聞く。
韻を踏んだりと言うことは感じられず普通の口語文だった。
集中しても意味不明のところがあるが全体的にはストーリーがわかっているので気楽に聞けた。
畑は結構暑かった、夕方になってもあたたかい。
仕事中イースター島のモアイmoaiはどのようにして石切場から運んだかという記事を読んでいたが立ったままなのか横にしてなのかの意見の相違がおもしろかった。
森に覆われていたであろうこの島がどうして木がなくなってしまったのかまで含め環境問題のいい事例にもなるようで、ギリシアで戦艦建造のために木がなくなってしまった話などを思い出し、B級アメリカテレビ映画の「ハーキュリー(ヘラクレス)」の舞台が緑豊かな森の中であることと対比しておかしさと同時に哀しさも感じた。
愚行の廃墟から何がしか生まれる、というのが歴史の真実ではあるがそれがずーっと通用する可能性はないであろう。
廃墟の灰の中からフェニックス、という希望を持ちながらいつも危機を乗り越えてき人類。
月は真ん中ちょいと過ぎ。
Nさんがこないだ書いていた「12人のいかれる男12Angry Men」をこれからみるつもり、疲れているのですぐ寝ちゃうかな。
横になると、宗像出身のIさんも好きという太田裕美のCDをStaxの真空管アンプ&イヤースピーカー(ヘッドフォンのこと、30年前に購入、予備も3台ヤフオクで購入、すべていい状態のエージングである)で聴きながら眠りに入るのが通例(節電と真空管保持のため)となっているがたまにはDVDでもみながら。
雨の日がDVDの日となるわけだが、種まきをしてから今日にいたるまで一日中雨というのは5日程度しかないはずである、だいたい午後は作業できているわけだが刈り取りは午前中降られると株はしめっているので刈り取り不可である。
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