金ごま農家のことを朝NHKでやっていた。ちらっとしかみなかったのだが、定年後に始めた農業7年目の方だが学ぶところの多い仕事ぶりに感心した。
タネを畑に蒔くやりかたではなく、プランターで発芽したのをひと株ひと株畑に移植していた。
鳥にでも食われてしまうからだろうか。
成長過程では茎切り虫が登場していて地面をちいさいスコップですくっては退治していた。
わが大豆畑でも例年少しはいるのだが4年前大発生した畑がありまいったものだ。切られて折れ曲がった状態で少しの間は成長するのだがやがておれてしまう。
まき直しをしてもまたやられてしまった・・・かな。
時期がひと月程度はなれれば虫も蛾になってしまっているのかもしれないが、ひと月のずれはほとんどの場合もう間に合わないタイムスパンなのである。
母が金ごまが好きで毎年蒔いていたがたおれやすくて大変そうであった。
きょうの番組を見た限り、わが大豆と同じで株の中の下のほうがいくつかはぜだしたらすぐ刈ってしまいそれを葉っぱを落とし逆さづりにした乾していた。ぱらぱら落ちるので下はブルーシートできちんとしておく。
ごみとばしの一部に大豆の脱粒機が使えそうだ。
来年やってみたい。
夜の日曜美術館は船越保武先生の特集で楽しみだ。
お会いしたことはないが相原さんや猪熊さんが元気に新制作展に出品していた頃地下の彫刻コーナーには佐藤忠良さんとともに船越さんの胸像作品が毎年出品されていたと思う。
著作も多いクリスチャンである。
相原さんのとこで長崎26殉教者記念像についてお話をうかがったことをことをなつかしく思い出した。
午後は雨のため脱穀。
4時間、コンバインと違ってゴミがつまるごとに掃除など効率の悪さこの上ない。
疲れた。
録画はできていると思うが夕飯を食べながら倒れて以降をみた。
自らを職人と呼び右手で削っていた時に近づけようと努力することをある意味で昇華したかたちで作り上げていった左手のかたち。
こうなるために神は右手を不自由にしたのかもしれないとご子息の桂さんがひとこと付け加えていたが、ゴ゛ルゴダⅠ&Ⅱのいのちのちからというものに圧倒されてしまった。家内にみられないようにぼろぼろ涙を流していた。
まじめな宗教者でない自分がイエスの顔に感じたのは・・・・。
"ひと"そのものであった。
自分の身の回りには、その職業に関わっているというだけで":芸術家"を気取ったB級があふれている。
久しぶりにさわやかな清潔感にみたされた時間をすごせた。
会ったこともないけど強い接点を感じられた。
猪熊さんが「勇気をもってジャンプせよ」と言われた相手は芸術とよばれるものに関わるひとたちばかりでなく、こつこつとなにかを作っているひとすべてに向かっていったことなのだな思う。
その猪熊さんのことばそのもののひとだなと船越さんに感じた。
お嬢様もいいお顔をされた方だった。
導くひとたちだ。
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