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2011年12月20日火曜日

しばらく

ブログの書き込みはお休みします。
ごめんなさい。
看病できるということがいかに幸せなことかと、感謝しています。

2011年12月15日木曜日

刈り取り、あと少し。

何か落ち着かずそわそわ。
夜も2時頃になると目が覚めてしまう。
不眠になりつつあるようだ。

きょうはCTの検査で造影剤の副作用が心配されたが、結局は使わないでやってくれたようだ。
かなり衰弱しているので無理なのだろう。
夕方行くとひくひくと引きつっているような寒がっているような感じであった。
仕事があったので途中で帰ったが、家内が8時までいてくれた。
いつものようにしゃべれたとのこと。
大腸に炎症があるだろうこと、それで白血球が増加していたのだろうとのこと。
いずれにしても心臓は相当弱っているとのことで施薬・水分供給とのバランスが大切とのことだった。
何が起こってもおかしくないのだが、同居していたことが幾分自分の気持ちを救ってくれているような気がする。けんかばかりしていたけれど。同居していてよかった。
あとは祈るばかりだ。

2011年12月14日水曜日

ユーロが101円台。

ユーロが始まったときがこんなだったのではないかな。

最後に蒔いた金砂郷在来刈り取り開始。
葉っぱ落としの必要がややあり、やっかいである。

医師の説明、がつらかった。
こんな場面が現実にやってくるとは・・・・といっても2年前にもあったっけ。

2011年12月13日火曜日

さらさら土畑刈り取り完了。

ほっとする。
家の裏の粘土質一枚となる。
少し刈り取る。

鑑定団のブリキのおもちゃ工場の倉庫に眠っていたという電池で動く自動車がよかった。
また電池サイズの普遍性にも感心してしまった。単一、二、三というこのサイズはいまでも普遍。だから今でも動かせる。
その後いろんなサイズのボタン電池、ガム電池、・・・・とさまざまな型のものが現れるが何年かたつと無効になってしまう。電池のサイズに応じて機械を開発するのでなく機械の大きさ・仕様に応じて電池の規格を新規に作ってしまうというパターンの連続だ。

2011年12月12日月曜日

高台のさらさら土畑は

あと1,2回で刈り取り完了。
今年はペースが速いのかな。
月食観望デーの風邪がまだ残っている、きのうよりは良くなったかなという感じだが。
それにしてもあの「卵の黄身」色の月の余韻はいまだに尾を引いている。
日本画かな、ドビュッシー風にかな、辻さんのピアノ風にかな、篠笛か・・・・いやいや、やはり"ことば"かなと思うのだが自分にはその力はない。
詩の世界である。
表現できない自分が情けない。
てもたっぷりとまぶたに焼き付けておいた。
これから熟成させればよい。

50代になってやっと気がついてきたことがらがいろいろとあるが、"もの書き"と言われるひとたちはどうして10代、20代で自分が今やっと気がついたようなことが"わかって"しまうのだろうか。
経験しないことがどうしてわかるのだろうか。
自分が単にバカだからなのだろうがしかし恥ずべき事ではない。
経験・積み重ねから得た"理解"は貴い。
直感や天才性もたしかにえらいかもしれない。
でも卑下することはないんだよな。
60になってからのおもしろみとはこういう凡人の蓄積披露・決算にあるのかもしれない。

凡人の60才のスタートの準備期間が"今"だ。
まあ自分はどちらかというとけじめとか切れ目というのは意識したことがなくずるずると、といったほうがいいのかな。

2011年12月11日日曜日

深夜まで

出たり入ったりを繰り返していたせいか風邪をひいたようだ。
でもあの「卵の黄身」のような色になった"陰"のお月様は幻想的だった。
生まれて初めて見た。
何か宝物がひとつ増えたようである。
月食でなくても赤くなる月は時々見ることができるが同じ赤といっても全然違う。
ゆっくり満ちかけていく月もふつうの満ち欠けによって見える三日月等とは全く違う、欠ける側の淵が明瞭ではない。
満月状態だとカメラのスポット測光が利いていたが暗くなるに従って月自身の測光はできてないようであった。ただの星空の測候になっていたもよう。
絞りはいくつだったかな8か11か?シャッターは15秒くらいかかっていたようだ、オリオンはきれいに写っている。月の満ち欠けは・・・?

男子フィギュアスケートの高橋の演技はすごかった。のっけから軽くバランスをくずしたのでひやっとしたがそのあとがすごくきびきびとしたキレのある演技であった。
豆腐の場合はいろんなあり方を楽しんでいるので"キレ"だけがすべてではないが、こういうスケートみたいな豆腐は気持ちいい。思わずほほえんでしまう。
ショートプログラム(規定)で5位だったものがきょうので銀メダルなので、今日の演技自体は金メダルだったのだろう。
女子の鈴木選手はやや萎縮しすぎてしまったようだが銀メダル。64才の監督もすごいかただなと思った。温厚な顔立ちにこちらもほっとする、見ている側も励まされているようだ。

畑は風邪気味のため2時間程度でかなり疲れてしまった。寝不足もあったかもしれない。

2011年12月10日土曜日

5時半頃

病室の窓より満月が見えた。
月食は視野からずれてしまうだろう。

8時ころ薄雲発生、これはだめかなー。
と思いきや食の開始の9時ころより雲が無くなる。

10時20分頃ついに"赤い月"をおがむ。
赤い月とオリオン。
寒くてまいったがたぎびでもして一杯やりながら、と生きたいところであった。
慣れないデジカメで赤い月を撮る、だいじょうぶかな?
フィルムカメラも用意していたのだがNikkor50/F1.2は内部に大きなカビ発生、こりゃだめだ。
オリオンを入れて赤い月を撮るのだが、デジカメのバルブ/長時間露光というものがよくわからない。がちゃがちゃといじっているウチになにがしか写ってはいるようだ。三脚ねじも大ねじしかなく小ねじをやっとこさ探しての撮影であった。
夜中の1時頃までなのでこの辺で、ということにしたい。
23時。

2011年12月9日金曜日

新聞の囲み記事からだが

アメリカの大学がネズミの実験で、自分にメリットがあるわけでもないのに困っている仲間を助けるという行動を取り得る"感情"をもっているということがわかったそうだ。
文章はないと思うが"言葉、信号相当の合図"はもっているのだろう。
自分だけよければいいと考えるわけではない、というところがすごいな。
こういう"ボランティア精神"は人間だけの専売特許かと思っていたがそうでもないということか。
やたらと人間様の正反対の行いが目立ってしょうがない。
自分だけ良ければ・・・。

朝雨だったので刈り取り中止。
脱穀する。
実は今朝、昨晩寒かったせいか猫のように丸まって寝たためか腰・背骨がいたくて起き上がれなかった。
やっとこさ起き上がり仕事を始め、なんとか普通に・・普通の痛さに・・・戻ったのは2時間くらいしてからだろう。
単純な"睡眠姿勢の不適切"からきたものだと思うが、年かなと考えた。
脱穀の時は普通にもどっていた。

真央ちゃんも大変だな。
なんにも手がつかないと思う・・・よくわかる。
お母さんの所にいてあげてください。

2011年12月8日木曜日

問屋さんが来て

東北は大変だけど取引は・・・、と聞くと「平素の付き合いがあるのでつまり永い付き合いを考えるともちろんきちんとしたデータのもとに契約栽培等は打ち切りません」とのことだった。
目先のことにとらわれて我が身の安全ということを優先しているメーカー・小売業がほとんどだがこの"苦しいときこそ"という商道徳がどこまで生きられるか・・・。
学校給食は全面的に放射能拒否のようだがこれはいたしかたなくもある、過剰反応だが。
西の大豆は高くなる。
したがって給食大豆の産地は全国的にカナダかアメリカとなるであろう。
放射能か農薬かという選択で社会全般が農薬を取ることになる。

思えば久米宏のニュースステーション発端の所沢のダイオキシン騒動のときに似ているところがある。風評の恐ろしさ。数値の根拠はあいまい。テレビは煽る。
もっとも産廃業者に土地を貸したのも農家ということを考えると、あの事件はいったい何だったのだろうか・・・。
話か゜ずれてきたな。

何はともあれ微力ながら東北は応援していく。ウチの場合もっとも使用量が多いのが長野県駒ヶ根のもので25年前からの契約になるが、それ以外のア・ラ・カルトはあちこちのを使っていて東北のものが多い。宮城と山形が多いがデータさえきちんとさせて国の基準ではなく通常の計測限界20ベクレル程度の大豆使用ものは説明付きで店頭に並べればよい。製品に加工してどの程度残留・薄まるかが大桃さんの実験で明らかになってくると思う。
ちなみに埼玉県は今のところ県の計測値は各所で20ベクレル以下となっている。

"ともだち"御用達のものはすべて自家農園になる。
受注・産地指定のものはそれに従う・・ただし契約の長野のもの以外は手にはいりにくくなると思う。大豆持ち込みだと助かるが。

きょうは雨のため刈り取り無し。
年末近しということで脱穀はやめて床屋さん。
この床屋さんは前にも書いたようにプロはだしの写真家。
胃ガンをやってからは高い山や遠くへはでかけなくなってしまったが近所にもいくらでもいい風景写真の被写体があることを教えてくれる。
鏡の脇にあるスペースの写真を眺めるのが楽しみである。
今回のは長瀞のもみじ公園とかいうところや滝が被写体だった。
ありがとう。

2011年12月7日水曜日

通り魔事件が

伝染しているみたいだ。
むしゃくしゃした気持ちがあおられるのだろうか。
ただ「猫の首・・・」は病気の世界で宗教心抜きでもこういう"傾向"は人間本来にそなわっているものではないと考える・・・。
戦争の現場における煽られた狂気みたいなものは普通の人間には比較的起こりやすい感情なのかもしれないが、このニュースのような平和時の異常行動にはなにか導くものがあっての習慣化が感じられる。
戦争時・平和時の区別無く"極端"に走ろうとしているときに"ちょいと待てよ"と働く中庸の"システム"をこころの中にもつことが大切なことなのだが・・・。
異常を単純に異常と決めつけて終わりではなく、こころの歪みから始まってそういう結果にいたる犯罪者の"論理"について深く洞察しなければならないと思う。

きょうは12/07。クリスマスまで18日。
なんとかきちんと刈り取りしたい、・・・がいささか心労と肉体疲労でまいった、まいった。
たき火をしながら、月食の写真でも撮りながら一杯やりたいところだけどね。

2011年12月6日火曜日

湯たんぽのせいか

ストレスのせいかわからないがきのうは睡眠不足。
湯たんぽは蹴飛ばされて外に出ていた。
電子カーペット同様"使い方"があるようだ。

刈り取り途中の3時頃から雨。
家に帰り脱穀。
この品種はぱんぱんとはいえまだせだいぶ青いうちに刈り取ったものであるが乾燥時しょっちゅう動かしてやっていたせいか豆はきれいにできあがっている。予想外である。
計画的刈り取りの時間配分はやっかいな問題である。
完全なできあがりを待っていたのではとても片付けられるものではない。
締め切りがあるのだ。

鑑定団で新制作の創立メンバーの佐藤敬の婦人像が出ていた。
プロフィールの"迷いの時期"は相原さんが迷っていたころの画風と似通っているところもあり興味を引いた。
それにしてもすごいひとたちがごろごろしていたんだな、ここには。

2011年12月5日月曜日

パールハーバー70年。

我が国戦死者300万人の第二次大戦はもっときちんと語られて欲しい。
視点の偏りはどうしても否めないがいろんなひとの思いを語り継いで欲しい。

戦地では強い立場にあるものは理性というものがはたらかないのだろう。
こないだの局長のような発言がこころより出たものとなってしまうのが現場なのかもしれない、・・・ただ生まれと育ちのいやしさは丸出しだが。
狂った世界だ。

父、転院。
今日までいた都立の病院の同じ部屋に先週の金曜日から近所のお世話になっていたおじさんが入院していたとのこと、きょう後片付けをしている妹のところに向こうのお嬢様があいさつに・・・。
毎日行っていたのにまったく気づかなかった。となりのベッドの付き添いの奥様とはよく話したが・・・ご主人の本家がやっぱり、うちの近所。

きょうは時間が少なかったがことしの最重点品種の残りをすべて片付けた。あしたの午後はまた雨らしい。

仕事の帰り、冷たい空気に浮かぶお月様に向かい合っている(たぶん)恒星との構図がよかった。ちょっと離れすぎかなとも思ったが家に帰って庭の樫の木を間に入れた構図がとても心地よかった。ちょいと寒いお月見となる。数日後の満月はたしか皆既月食だったと思うのだが。

2011年12月4日日曜日

いい天気だが

寒かった。
乾し場の片付けと刈り取り、だいぶ片付いた。
ただだいぶ腰がいたい。
車を運転しているときの振動がだいぶこたえる。

夕飯がひもかわでそれに青ヶ島の鬼辛(おにから)、うまかった。
ここのところ毎日のようにこのからいのをつけて食べている。
青いのと赤いのとあり。

2011年12月3日土曜日

早朝、

遠方より友来る、ありがたいことだ。
動けないながらも映像は拒否して毎日講談を聞いている父。
ソース探しで大変だ。

午後ずっと脱穀。
午前の雨で濡れてしまった乾し場もある。

9時前のつなぎ番組で「生きるを伝える」。
奥様の闘病をきっかけに脱サラで闘病記の本中心の古書店経営者。
わずか数分の映像の中に「生きる」がいっぱいつまっていた。
先に逝ったひとは「生きる」を伝えるメッセンジャー。
先に逝ったひとは師でもある。
さまざまな「生きる」ヒントを与えてくださる先輩たちにありがとう。
語らなくても伝わってくる。
語っても伝わってこない商売・説教しているひとがきょうもあちこちで営業中。
ハウ・ツー。

2011年12月2日金曜日

湯たんぽ初稼働。

午前中みぞれが混じることもあった。
午後ずーっと脱穀。
父の転院の電話あり、通院していた病院へとのこと。
気がかりなことがあると何をやっても集中できないものだ。

由紀さおりさんがアメリカではやっているとのこと、しかも日本語で歌ってのこと。
最近の若い人たちの間に何がはやっているのかわからないがノスタルジーからなのか、自然と導き出された結果なのか?

(西洋音楽)クラシックの世界では、"最前衛にいる"という自負心からか"旋律の美しさとか心地よいテンポ、和声"などというものはとうの昔に捨て去られ"前の時代になかったもの"を追い求めた苦しい芸術家かたぎによって袋小路に追い込まれたような感じになっている。こういった自意識の強いジャズも先鋭的なひとたちは同じことで苦しんでいる。
書くひとたちには、カネは縁はない。
再生演奏家はエンターテインメントに堕している。

美術や文学と違って音楽の"袋小路脱出"はむつかしいように思える。

気楽に繰り返していけばいいのかな。
ガムランのように心地よく永遠に繰り返されていける繰り返しの営みでいいのかもしれない。
今、私たちの「旋律やテンポ」に対する心地よさの基準は完全に西欧化(洗脳)された音感性に従っている。
外に門戸を開いた国はことごとく西欧音楽に洗脳されてしまっている。
ではそれ以外の音楽に他国を支配する力があるかいなかといったら、たぶん否と一笑に付されてしまうだろう。それほど西洋音楽は堅固で強力である。だれもが認めざるを得ない論理性を強くもっている。
"新しい音楽"というものがどうやって創出されていくのかは100年200年たっても・・・、かもしれない。
グレゴリア聖歌より1000年。
本道、アンチテーゼとしての"邪道"まで含めてその音楽ワールドは敵なしと言わざるを得ない。

"芸術"を意識しない"大衆"音楽がいい。
どっちも大切だ。
落ち込んだときだけどポール・マッカートニーとジョン・レノンの素朴な歌い方に涙した。
人類がずーっともってきたであろう"うたごころ、さけび"をきちんともっている。

由紀さおりとお姉さんのデュエットも大好き。
川口京子さん童謡いや同様美しい日本語のうたを聞かしてくださるかたたちだ。

2011年12月1日木曜日

一日中霧雨ふったりやんだり。

大豆の株はしめっているので刈り取りは無理。
脱穀3時間。
結構疲れる。
3時間で刈り取ったものは脱穀には5-6時間はかかるだろう。
楽しいけど結構効率は良くない。

パソコンがなんかのろくなってきた。

湯豆腐がうまかった。

第一次世界大戦後にアメリカの指導者が口走ったひとことにかの国の対海外政策のすべてが語られている。

America will not rule the world, we will just own it.

ああ、TPP。