久しぶりに五月晴れの透明感のある青でした。
同じ青でも人間の眼はさまざまな微妙な差を区別できることにあらためて感謝と(自分のことながら)驚異を感じました。
たしかに空気には色があるのをだれでも感じられるのだと思います。
ただしそれを表す言葉がみつからない。
これを確たるものにしてくれるのが深い言葉体験、実生活での感覚の研ぎ澄ましの積み重ねなのでしょう。
ただぼーっと本を読んだり、自然を観るだけ、漠然と仕事をしているだけではだめなのでしょう。
同じカネをとるなら、ついでのカネに換算できないおまけもがっぽりと取る。
がめつく体験するのがいんでしょうね。
桝添さんのがめつさはあきれてしまうのですが、いまいったこととは次元の違う世界のことであきれてものも言えませんが、要するに生まれ・育ちのいやしさの現れなんでしょう。
人のためにカネを使ったことがないんでしょうね。
東大法学部出とはこんなものの集合体でしょうか。
ひとからカネを搾り取ることと、ひとのカネできれいごとをいい、万が一うまくいったらすべて自分の手柄にする。失敗すればひとのせい。選挙のチラシはいつもこんな低次元の自慢話ばかりですね。
補助金たかりのさまざまな法人の話を税務を職とするひとから聞くと、水戸黄門の悪代官・悪商人など足下にも及ばない盗人だらけなのが現代社会なのかもしれません。
トラクターが故障して新型を発注しているのですがひと月遅れの7月上旬納品という連絡が来ました。きょうまで毎日のように刈り払い機で草をなぎ倒していますがもうこれからは限界かなと思われます。貸出機をあたってくれるとのことでした。
耕作しているところに生える雑草は種類・生え方が原っぱのとは違い初めのうちは刈り払い機でも手に負えるのですが雨・高温がひどくなるこれからは太刀打ちできなくなる状態がやってきます。早く代車が来るのを待つばかりです。
ここ数ヶ月友人の家族の闘病生活を考え何を書いたらいいかわからずブログをほとんど更新していませんでしたが、亡くなってしまった今になって自分の頼りなさを恥じているばかりです。
ひとを励ますとは・・・・。
励まされることはあってもひとを励ますことは自分にはあまりにも難度の高い問題で、人生体験の貧弱さゆえにおろおろしている自分にげんこつを振りかざすばかりでした。
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