だいぶ乾いた柳沢を寄せ集めて物置の一角に押し込む。脱穀一番手になるのを見越して位置を決める。だいぶできあがっていると見えて、豆がこぼれ落ちる。さやはまだまだ水分を含んでいる。
原南側の多福豆を刈り取る。収量はは芳しくない。株全体がきれいにできあがっているのもあるがおおむねぺったんこさや多数株が多い。
貿易自由化の判断で政府は苦しんでいる。テレビや車の犠牲になってきた農業の戦後日本史。外貨獲得のためには日本の"知"や"技"を売るしかない・・・・・が。
大規模生産だけが逃げ道・正攻法なのかはわからない。新規就農や無農薬、大都市近郊野菜農家はみんな2、3町歩の小規模農家だ。
畑をやったこともない政治家が農業を論じても説得力がないことはいうまでもないが、税金でお小遣いをさし上げる方便もなんか変。
努力しても報われるとは限らないのは農業だけのことではなくほかのすべての職業にあてはまること。ただ命にかかわるという特殊性の原点を持っている。医学よりも優先されてしかるべきものだと思う。餓死は医学では救えない。
エコなんとかといって保護された職業があるかと思えば「なるようにしかならない」と見放された職業の数々。
農業を犠牲にして保護された産業の利益を農業に回せる新税のしくみをつくるべきである。
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