朝からずーっとピーカン。
朝、畑は真っ白だった・・・初霜ではないとのこと。
もち大豆、あとちょいとで時間切れ。
坂戸の統計事務所の方が留守時に「坪刈り」の豆とデータをもってきてくれた。
反収見込みが295キロ・・もちろん無農薬・・・でびっくりてしまったが、方法論上の誤差が大きいので、現実にこの豆を一反蒔いたとした場合の収量はたぶん200キロ弱ぐらいだと思う。来年は増やすつもり。
全圃場の反収は、全くだめなものもあったので、120、30キロかなと思う。例年より1割弱減くらいかなと思う。
それにしても豊作レベルが3品種あり、暑さにも負けずよくがんばったと思う。
特に、「坪刈り」に供した畑は連作5年目で連作障害の極地にあるのが普通かと思うのだがこのような結果になってしまった。去年、あるものを蒔いたのが原因かどうかはほかでもためしてみないと因果関係はわからない。もちろん麦等のイネ科ではない、イネ科ではあまりにも当たり前すぎるのでそんなことは私はしない。
先日「山下さんには弟子が何人いるの?」と聞かれましたが、私はひとに豆腐製造を教えたことはありません、といったら不思議そうにしていました。また、「山下さんはだれに豆腐造りを習ったの?」と聞かれたので「誰にも習ってません」と答えると、「お父さんだけですか?」と言われ「おやじからは機械のスイッチの入れ方しか教わってません」と答えました。
習いはしないけど学んだ相手は葛飾の埼玉屋さんです。ひたすら濃厚に、ということと煮ることへの情熱には打たれました。あんなにこく煮る習慣は自分にはなくて、大きな反省を促されました。やけどだらけの手に、こちらの色白の女性的な(低温やけどをしたときの医者の表現、ほんと)きれいな肌をはずかしく思いました。手も小さい・・・ただし占い師によればこれは働き者の手だと言われました、大きくて指が太ければいいというものではない。
にがりはそもそも、前提とまではいかないが、つまり戦前は薄い豆乳・油揚げは今でも薄い豆乳、濃い豆乳が今風の方法論の前提だが、濃すぎれば豆乳がどろどろになってしまうので均質分散が困難になる、それでも・・・、というのが埼玉屋の流儀であった。あえて、「問題」を自分で作っていくところが人物の優秀さを物語るものであって、このひとはほかのいかなる職業にあっても同じようにとことんつきつめていくタイプであったと思う。家庭の環境で大学は出ていないが、推論する力、組み立てる力は大きなものを持っている。東大を出てもバカはバカで、与えられた問題のあらかじめ想定された答えを即座に答える程度のことしかできないものも身の回りにはたくさんいる。にがりの方法論の先駆者といえる。
池袋の大桃さんには「純粋さ」を習う。彼はれっきとした高校教師で、家庭の事情とか学校で問題を起こしたから豆腐屋になったというのではなく「生き方」の純粋さを求めてものつくりになったものと思われる、言動から推論して。私はどちらかというとなりたいものがほかにあってなれなかったための絶望から目の前にある家業をいたしかたなく継いだわけですが、彼のピュアなこころには恐れ入るばかりであった。彼のお父さんはなんでこんな仕事に、教員のままでいればいいのに、という気持ちが強かったらしく・・・そのときのおとうさんの気持ちが自分には今よくわかる・・・仕事を始めた当初はお互いに大変だったと思う。それを支えたのが徳の高いお母さんだ。いずれにしても彼のひたむきに「上手になろう」という姿は純粋この上なく、自分のけがれたこころがはずかしくてしょうがなかった。ものつくりの気品とはこのひたむきさだと思う。埼玉屋もひたむきこの上ない。
なんか長くなってしまった。
さびしいのかな。
心が風邪をひいた日・・・これは太田裕美のうただ、さっきテレビに出ていた。ごはんを食べながら、家内がそばにいたので気づかれないようにちらちらとそちらを見ていた。
中年のこころが風邪をひいてしまったようだよ。
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