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2011年3月31日木曜日

桜開花

無数のつぼみの中にちらほら開いたものも。

フーデックスでもらった群馬県上野村のパンフレットをみてなつかしむ。
三国峠のちょい東の御巣鷹山は日航機事故であまりにも有名で現地入りのために奥深い林道が舗装された。
下仁田の奥は低いながら山水画然とした山ばかりですてきな箱庭である。
この上野村のパンフレットについてるミニ登山ガイドでは2,30年前なら岩登り・藪こぎ・ルートファインディング能力のないものは近づかないようにというのが当時の常識だったが天丸山、帳付山、諏訪山・・・等といった名山がこういった一般向けガイドに載ってしまうということはかなり整備されたということだろうか。

天丸に突き上げる沢だったかどうか記憶が定かでないが所ノ沢(ショノサワ)という沢があり初めてその名を発見したときはにたっとしたものである。
打田さんが西上州のガイド・地図を出してからもう20年以上たつと思うが今山ブームのようでけっこうたくさんのひとたちが入っているのかな。アクセスはあいかわらず車だと思うがマイクロバスを利用した集団登山もはやっているので不便なところに案外気安く入っているのかもしれない。

このパンフレットを見ているとなんか移住したくなってしまう気がする村である。

久しぶりに脱穀する。
青梅街道柳澤峠ちょっと手前にて収集の"たぶん在来種"。
咳き込まないようにと大げさな防備の格好で2時間。
目が疲れたせいか夜になってもちかちかしている。

あしたからお店は8時閉店。
7時閉店でずーっと売り上げはよかったがまたあしたから下がるだろう。
早く閉まる、という緊張感がいいのだと思う。節電にもなる。
長い営業時間="サービス"という言葉には疑問を感じる。

佐藤忠良さんがなくなった。「若者たち」の佐藤オリエさんのお父様だ。
相原さんの胸像を2つ制作され、ひとつは帯広の美術館前の雑木林に、もうひとつは相原邸にある。相原邸iにおじゃまするときは必ず像に向かって挨拶するが、制作者自身も亡くなってしまったか9?歳。

相原先生が元気なころ東京都美術館で毎年催される新制作展を訪れると彫刻部門に行くと必ず船越保武さんの作品とともに出品されていて新制作の創立メンバーとして若手に元気を与えていたのを思い出す。
猪熊さんもいない。みんないなくなってしまった・・・・・けど作品は生き続ける。
豆腐は一瞬・・・・おっとっと、ここはへんな展開をすると猪熊先生におこられる。

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