幕張に行くこと自体初めてですが・・・・いやいやいや5歳ころ母方のほうのいとこがこどもを連れて電車で潮干狩りに行った記憶がある、電車の中のひとこまとあさりをとっているところの一こまが脳裏に刻み込まれている。母の葬式の時2つ上のいとこもそのことをはっきり覚えていると言われた、幕張メッセとはその潮干狩りをした浅瀬の上にたっているんでしょうね・・・武蔵野線利用の千葉県行きは2度目。前回は館山に引っ越したばかりの大村さんとこに行ったものでしたが、蘇我とか云う駅で40分ぐらい待って特急で行ったことを覚えています、全部で4時間ぐらいかかったのかな。
きのうも海浜幕張行きの電車に乗ればよかったのですが知識がなかったのでかまわず乗った電車がちょっと寸足らずで途中までしか行かず2回乗り換え。全部で100分かかりました。
駅から会場までもけっこう歩くようでしたが寒風の中ぞろぞろとそちららしき方向に向かう人たちにかまわずついていったら会場着。
いくつかの部門に分かれたなかの全国物産コーナーに入る。
外の寒さとは対照的にむっとする熱気を感じました。まずもってうじゃうじゃとひとが入っていました。本能的にこういうところは回避するように自分の脳みそはプログラムされているので即退場しようかとも思ったのですが青ヶ島への義理からせめてあいさつだけでもと国交省の離島コーナーへ。Yさんの指導の下若い子ががんばっていました。秋田の大潟村のにがり散布水田のお米のおにぎりにひんぎゃの塩。これは絶品であった。うちのは離農ではなく理農在来新豆でつくった絹豆腐でしたが、塩はふらずそのまま提供していました。
すこしおしゃべりしているうちにすぐにも帰りたいという気持ちはやわらぎすこし回ってみようという気持ちになりました。
県単位、ローカル銀行単位(銀行がいくらかカネを出し低額で顧客に場所提供)、会社個別ブース、なんでも屋食品の貸し切りコーナー、・・・といろいろなパターンの出方がありましたが一区画高いんだろうなと思いました。離島コーナーのように国の支援があるところはかくれた宝物の発掘ということでおおきな意義があると思いますが名の知れた裕福な企業が普通のものを出すのは無意味だと思う、自分で大金払ってごくろうさんですが。
試食は小さすぎてはっきりいっていまいちが多かった。
ただしヒントもたくさんあって業界以外を見てみる意義はおおいにある。
粉屋さんがおもしろかったが乾燥にんにくのわずかなかけらがにおいが圧縮されていてあとが大変であった。
豆腐もうちのを入れて5カ所ぐらいはあったろうか、帯広の豆腐屋のがうまかった。
Oさんの村の冷凍枝豆を相原さんとこでいただいたことがありますが、それと似たようなものを入れた豆腐もありました、「枝豆豆腐」。
川越からもケーキ屋さんと弓削田醤油が出ていました。
秋田の大清水とかいう日本酒がおいしかった。
仙秋ラインを神室山を左に見て峠をくだると稲庭というちいさな町に到着しますがそこのうどんも出ていました、今は亡き及川さんとも神室山のついでに行ったのを覚えています。
他の先端分野とか外国のコーナーも見たかったのですがとても時間が足りない。
ひとつのコーナーにまる一日か半日は必要だろう。
試食をもっとでかくしてもらいたかった、クレームはそれだけ。
来年は輸入と最先端部門をのぞいてみたい。
帰りは、上は曇っていても西の方がかすかに雲がとれており山並みが見えた。かたちは所沢からとまったく同じつまり武甲山から始まって有間山の尾根、長沢背稜線、御前山、雲取山、一段奥に大菩薩連嶺、左へ丹沢山塊・・・富士は見えず。
なお武甲山の右側の低い山並みつまり渡辺さんちがある奥武蔵の丘陵もちゃんと見えた。
大きさは所沢からみるものの半分くらいだろうか。雪の白さも確認できるんだろうなと思う。
こちらへ越してでも来たら山なみを眺めては涙することだろうなと思う。
ふるさとの山は・・・。
乗った電車は西国分寺行きなので寝ていれば着いてしまうのだが・・・ちょい待てよ、ここは千葉県のはしっこ、葛飾に近い。葛飾に行くには常磐線・・・と考えながら一路お花茶屋へ。金町で京成に乗り換え単線の電車で青戸へ、途中柴又というのが聞こえなかった。座席の前の音大付属高(略して普通音高というが)のおしゃべりがかわいかった・・・ああいう時代がなつかしい。
青戸で上野行きに乗り換えお花茶屋。埼玉屋へ表敬訪問。
商売のじゃまをして一杯やる。
とちゅあうから若い士もよんだりですいませんでした。
近所学ということばを考えましたが日本全国通用の学問です。
10時ちょっと前頃出て上野、池袋経由で家に着いたのは11時15分。こんなに近かったのか?
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