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2012年3月29日木曜日

父の相続で

税理士が指摘した父の治験に対する病院から父の口座への"送金"について、いろいろと問い合わせた結果そのお金は"収入"にあたるそうだ。
治験というのは新薬とか新治療法が法律で許可される前になされる"人体実験"のことだが、医学の進歩のためにはどうしても必要な一過程といえる。
治験に協力してくれるひとには一日(一回)病院へ来てくれるということに対して"支払い"がなされるわけだがその性質は"収入、所得"ととらえる性質のものか疑問である。
金額自体が一回一万円なので「ああ、そうなの」で死人に口なしと相まって相続人はかちんとはくるもののかまってはいられまへん、ということになってしまうのだが「どうみてもおかしい」のひとことである。
この"人体実験"の背後には医学進歩という美名とは裏腹に製薬会社や厚生省、医療関係者の"カネ"の問題がからんでくる。"カネ"を単純に"悪"扱いすることはよくないが、実験材料にされたひとたちの善意というものへの配慮はこの"税法上の解釈"には納得がいかない。
患者にしてみれば「ひょっとしたらいいのかもしれない」というわらにもすがりたい気持ちは抑えられないはずだがこの程度の少額の問題なので一瞬あきれてすぐ忘れてしまうのだろう。
思えば父は治験を始めてから具合が悪くなっていったが、85才という年齢を考えると・・・ということになってしまう。

病人を救うのは(肉体も魂も)やはり家族や友人の"思い・祈り"が一番なのかなと思う。

2012年3月26日月曜日

大豆の脱穀をしていて

突然"神亀"というお酒の濁り酒の"香り・味"を思い出してしまった。
アル中の前兆だろうか。
東京都のみすず大豆は毎年のことながらウチの畑・農法ではなかなかいいようにいかない、今回もたいしてとれない。
双眼鏡を覗いているオバマ大統領の三方は数センチはあるであろうガラスで蔽われていた。ゴルゴ13が銃弾の放物線運動を考慮に入れても狙撃できそうにもないかっこうだ。
核をもてあそんでいる"ごっこ"もはるか未来から振り返られたらどんなふうに見られるんだろうかな。
ここに来てまた腰痛が・・・。
外は結構寒くいまだに梅が満開。
桜はだいぶ遅れそうだがおもしろい写真もとれそう・・・つまりいろんなものが同時に咲いてしまうんじゃないのかな。

2012年3月22日木曜日

案の定

手首がいたい、それも尋常ではない。
といいながらも、刈り残しをきょう片付ける。
脱穀も少しできる。

おとといいただいたかたくなったあんころもちもちをやいて食べる。
焼き団子だと油揚げの時いっしょにあげる。
こういう日が経った食べ残しのものが意外なうまさをもつ。
ほんもののもちは作った翌日にはかたくなる。
スーパーやデパートの名店と称するお店にはこういうのはおかない。
販売上の理由から悪貨が良貨を駆逐すしたのだろう。
そんなことからこういうおもちが食べられる幸せをかみしめる。
特に大根おろしのがほんとに久しぶりでうれしくてたまらなかった。
そう、こういう味だったんだよなー。
昔は暮れには分家が家に集まって正月用の餅つきをやるのはどこのファミリーでも当たり前のことであった。
また春には母がよくかまどでごはんをたいて草餅を作ってくれた。
いろんなことを思い出し過ぎた60年近い歳月を思う。
何はさておき春には草餅・・・をねだっていみようか、ずうずうしいかな。

2012年3月21日水曜日

畑の境界のお茶の木を

"床屋さん"してあげる。
快調に飛ばしてかなりやったがこの時期ならではのスピードだと思う。
春真っ盛りともなれば暑くてすぐ疲れてしまうだろう。
終える頃には手首がいたくてまいった、あしたは・あさってと相当難儀が予想される。

夕飯時に見ていたテレビで「卒業式に自画像を描く」という伝統の学校をやっていた。なんと100年以上も続いており、驚いてしまう。
教師・校長の裁量というとおおむねだれでも考えつくような"想定内"のことがらが出てくるもので、この自画像もそういったたぐいのものかもしれないが100年もつづけていると言うことがすごい。
「昔から歌い続けている・・・は古くさいので今風の・・・を卒業式にはうたいましょう」式の"改革"みたいなものは昨今どこでも起きている問題かもしれないが、ひとつのことをずーっとつづけることの難しさを痛感した。
後から来たものは必ず「進歩、進化、逸脱、目立ちたい・・・」という気持ちを持つのはひとのつねで「かわったことをしてみたい」という"できるひとのさが"というものは古今東西否定することのできないひとの性癖なのかもしれない。

ただ永くつづけることにはなんの意味もない、というのがだれでも簡単にいうせりふだが「ただ永く続いて見えること」は「ただ単に永く続いているわけではない」ということをきちんと理解しなければならない。

2012年3月18日日曜日

きょうの日曜美術館は

佐藤忠良だった。
ことばをもてあそんでいるスノッブやカネのやりくりに必死なひと、権力の刀をふりまわして有頂天になっているひと・・・等はおおいに傷つけられた番組であったと思う。
それとは逆におおきな励ましを受けたものつくりや子育てのお母さん、震災から立ち直ろうとしているるひとたち・・・も多かったと思う。
テレビにもこういういいものがある。
何よりも映像と"しゃべりすぎない"アナウンサーや柳田邦夫さんのことばがやさしく力強かった。
受けると言うよりもいっしょに考える時間を作ってくれている感覚にあふれていた。
柳田さんが仙台のある公園の野外彫刻(もちろん佐藤作)を順行とと逆行でとった写真を提示して、ひとつの彫刻が見る角度でこんなに違った美しさ=強さ、を教えてくれたことに驚きもした。
彫刻という立体のもつ美の豊かさを学ぶ。
あらためてこういう美や優しさ・強さの語り部を生んだ東北の山や川や海・平野に感謝する。
地震直前に98で亡くなった立体の詩人がいま彼の地におおきな励ましを贈っていることに、逆に何もなかったこちらがはげまされ・しかられているようにもおもった。
「豆腐屋の四季」いやいや田中邦衛と競演していた「若者たち」にでていた頃からは少し老けたとはいうもののお嬢様のオリエさんは相変わらずきれいだった。
柳田さんのひとことひとことが詩であった。
仙台空港で浸水後の佐藤の彫刻を見つめている写真家の目も美しかった。
充実した45分であった。

2012年3月17日土曜日

お彼岸の入りで

親戚廻り。
午後めいっぱい使っても5軒程度かな。
かなり疲れた。

2012年3月16日金曜日

つかの間、川越へ。

一日早いが墓参りと美術館。
新制作の設立メンバーたちの初期作品展。
脇田和、猪熊弦一郎、佐藤 敬・・・。
脇田さんとはどうも波長が合うようだ。
猪熊さんの3枚構成の絵は圧巻であった。ヨーロッパの祭壇画の形式はとっているもののトールキン・・・ということはすなわちベオウルフをイメージさせるような迫力があった。また佐藤 敬だったかな、ピカソのゲルニカのぱくりみたいなものもあり楽しかった。"Key"というサインが"Kyu"
と錯覚してしまいどきりともした。丸亀には2回行ってるのだがこの"所蔵品"はきょう初めてみた。
若描きでマチス、ピカソ、ブラック・・・等を意識したまだ"模倣といわれてしまう"水準の創作かもしれないが将来の独創的展開を予測させるものはそれぞれの作品の中に現れているようだ。
またあしたつづきを書く。
あしたは親戚廻り。

2012年3月13日火曜日

久しぶりに

トラクター。
エンジンはかかった。
なんと前輪は裂けてややぺたんこ気味。
なんとか稼働で二反耕す。おまけに本家のも少しかきまぜてやる。
近くの家庭菜園では必死に冬のちいさい雑草をむしっている・・・意味あるのかな。
ぶた草は花粉症でも有名だが繁茂する。
自分は草も"えさ"なのでかならずしも全否定ではない。
みんな勝手に"自分流"を追求しているようで自分の農業を他者にしゃべることほどむなしいものはない。

2012年3月12日月曜日

国全部がゼロになる日、自分がゼロになる日

ということでおとといG先生とおしゃべりをしましたが、一生に一度あるいは百年に一度ぐらいの割合で我が身にふりかかってくるものなのかもしれない。
部分的にこういうことが起こってしまうのが天変地異一般だが「何で自分だけが・・・・」いやそういった気持ちははるかに飛び越えてしまっていて「何もなかった」我々には想像すらできないこころの状態にあるのかもしれない。
あまりにもきれい事の「絆」コールも、何もなかった地域のエゴ発言・姿勢には愕然としてしまう今日この頃である。
こないだの親戚の葬儀では火葬場をもたない自治体というものがこんなに多いものかとあきれてしまった。
所沢も近隣の一部を廉価にて請け負っているらしい。
本来なら市民価格の10倍程度はとってもいいと思う。
税金払っている市民が2週間という一部腐敗が始まる時間に入りかかってやっと執行という状態なのに・・・困ったものだ。
他人の苦しみは所詮頭では理解できない、想像力で推し量ることしかできないものだが最低限何を協力したらいいぐらい感じ取れるはずだ。
去年父と、津波の映像をみながら「全部がゼロ」と「部分がゼロ」ということで偽善者ぶった自分が父をどなってしまったことを深く悔いた3.11であった。前の日の永六輔が東京大空襲の法要の予定を変更して東北へ、というこをいいかけたとたんに嗚咽で運転中のの自分がびっくりしてしまいひやっとしたこと、それとG先生宅でのお話とさらには講演会での東京大空襲で死んだ我が子を背負って避難している母親の話しも思い起こされがつんときてしまった。
自分は善人であると自分で認めたいがために何も行動しないのに「善人発言」で自分を救おうとしている自分が恥ずかしかった。
父はずーっとずーっと広い心で「部分がゼロ」と「全部がゼロ」を語っていたのだろう。
この国にあるいは自分に「ゼロになる日」がいつ来るかはわからないけれど十全なかまえをして待っているのか、そのときはそのときで開き直るしかないのかわからない。
すくなくとも「部分がゼロ」の"枠外"のひととしては仕事上、私的部分でできることはいっぱいある。
きれいごとを裂けようと思うとまた孤独になりそうだ。

2012年3月10日土曜日

きのうは川越の

A先生のところで昭和35年ころの川越街道沿いの8ミリ映像を楽しくみる。
ほんとになんにもない。センターラインもない。路側帯もない。道ばたの畑の中には大きな板絵看板があったりで懐かしかった。登場する車たちもりっぱなクラシック・カー。

きょうは所沢のG先生宅。
所沢の地盤の強さや広島の爆心地のことや、所沢のローカル新聞の廃業・・・の事などが話題に。
この新聞の創業者と私の父とは仲良しだったこともあり、その廃業ということには何かとても重いものを感じてしまった。育てる地盤がないのかな。

「藤島武二と新制作の初期会員たち」という展覧会が川越の美術館であと10日間くらいやっているそうだが間に合うかな。
佐藤 敬や三岸節子さんも名を連ねている。
三岸好太郎は相原さんからお話をたっぷりうかがったこともあり懐かしく思い出したが奥様の書かれた文章もどこかの文庫から出ていたので読んだことがあるとはいうものの何も頭の中には残っていない。たしか激しい感じのもの言いのような気がしている。
好太郎の蝶々の絵がくっきりと脳裏に残っている、と同時に楽しそうに彼のことを語ってくれた相原先生の笑顔が思い出された。
ただし三岸節子さんの絵はヒマラヤ製菓株式会社がコレクションしていてまとめて一カ所に特定作家の絵が集められているということのメリットとは裏腹に会社が斜めになり破産することで担保になっていた絵たちがどういう運命になってしまったかということについては多くのひとの知るところだが、資産家のコレクションの悪い運営方法の典型例となってしまったことは悲しいことである。まとまってたものが逆に散逸ということになってしまった。

土曜日なのでまた浦和に行きたいのだがここはがまんでセーヴしておこう。

2012年3月8日木曜日

寒いとはいってもこんな程度は

今までと比べたらなんのそのというところまで来ているようだ。
来客のため脱穀中止。
あしたは出かける、あさっても出かける。
用事が多い。
市役所の年金課等から還付の知らせ6通。
こういう事務もやっかいだが、気づいたことは「なんだこれしか戻ってこないの?」ということだ。
幕張ではFoodex、お台場では豆腐フェアーだがどちらよもパス。もうこういうものにはわくわくしなくなってしまったよ。

2012年3月7日水曜日

今年2度目の脱穀

快調に4時間。
無心になれる、・・・やや腰がいたくなる。
大学生の勉強時間・・・、こんなことがニュースになるんだね。

2012年3月6日火曜日

ラインの乙女で

出ていた河原 洋子さんのことを調べようとして検索をかけたら川原洋子と出てきてなんと今売れっ子のポルノ女優らしい、ポルノ女優という言葉はもう使わないのかな。
河原 洋子さんがバイロイトで歌っていたのは70年代のたしか自分が18,9のころかと思う。
年末恒例のあのFM番組は何年もエア・チェックしていた。
夕刊の音楽欄が白井光子さんや東京カルテットの話題だったので「おーっ」ということである。
そして何よりも今朝の雨上がりに畑から湯気が上がっていた風景が70年代のこれもまた自分にとっては格別の思いを寄せているエルデーイという指揮者がブダペスト交響楽団を振った「春の祭典」を思い出させたこともあってのことである。この演奏を越える演奏は後にも先にも考えられない。素朴さのちからというものを感じずにはいれない。対極にあるのがアバド/ロンドン響だが世の中はおおむねアバドを追随している。
ラジカセでモノ録音のCD保存したものが棚のどこかにあったはずだがなー。
あとからあとから夢中で音楽を聴いていた70・80年代がよみがえってくる。
母屋のテレビ台にスタックの"イア・スピーカー"と真空管のアンプを設置する。
寝ながら聴きが楽しめる。
白井光子のヘルダーリン歌曲集とNさんにいただいたEva Cassidyを楽しむ。
こりゃまた、まっと耳が悪くなりそうだ。

白州次郎・・・やはりおもろい。

2012年3月5日月曜日

たばこ、塩分、飲酒

をきちんと管理していれば(やめろ、という意味ではないのかな)14パーセントがんの発生リスクが減るとの発表。
こういったデータはあまり信用できないのだがそれにしても「なーんだ、そんな程度か」と感じた。
14パーセント程度の低減率ならば節制しなくても86パーセントはがんにならないというこの数字はおどし・抑止力の働きをするのだろうか。
ただしたばこは、私の父がそうであったように、がんになるならないよりも肺気腫から来る循環器系の衰退とそれに伴う他の病気になったときの"体力、耐力"の減退による生きるちからの低下をもとらすことのほうがほとんどの喫煙者・もらい喫煙者に与える影響力のほうが深刻だと思う。
基本的にはやはり外因から来るものよりも体質から(あるいは食べ物から)来るものが大きいのかなと思うのだが、原因というモノも特定の何々というよりも何と何との組み合わせみたいなものが大きいのかもしれない。
考えること、作ることをつづけられるひとは長生きしたほうがいい。
そのためには何を食って何をしたらいいのかな、ということだ。

2012年3月4日日曜日

きのうは

三ヶ月ぶりにお酒を飲む。
ビールは敬遠。
蓮田市の造り酒屋さんの稀少品「神亀」(だったかな?)を用意して待っていてくれた友達に感謝感謝。
楽しい会話で元気になる。

「普遍」という言葉が少し話題に。
ものつくりともなるとこの言葉はよく取り上げられる。
職種は違っても「高みに上り詰めるとみな"普遍"性を帯びる、とか極めるとみんな同じようなことを言う」ということだが、言葉だけみんな覚えてしまっていて安っぽく使われているのがさびしい。
そもそも作っている本人が"普遍"などということを意識し出したらたぶんその人は衰退に向かっているのかもしれない。
"そのひとらしさ"、"あくが強い"・・・、そんなままでいいと思う。
だれにも好かれるとかだれからも尊敬されるなんて陳腐なほめ言葉にはそうは問屋がおろしませんくらいで受けたほうがいい。
はじめっから普遍性をテーマにした物語なんてえのもつまんないね。
受けねらいのおりこうさん主義だろう、つまり受験産業と同じだ。

2012年3月3日土曜日

学習塾の

海外進出だって、へえーっ。
りっぱな産業なんだね。
学校法人?

2012年3月2日金曜日

本屋で立ち読み、

角川の「古典基礎語辞典」というのをのぞいてみたら楽しくて一時間も時間をつぶしてしまった。
辞書好きの本性が現れてしまったようだ。
自分の部屋に行くことがなくなり物置化しつつある。
父の居た母屋は寒いのだが用がないとこちらでごろごろしている。
あしたは少しお酒を飲んでみようかなと思う。

2012年3月1日木曜日

朝は凍結もなく

安心運転。
きのうはブロック塀に積もった雪は15センチほどにもなっていたと思う。
父の死によって自分のいろんなことが中断してしまっているが幾分かは復活させてもいいのかなと感じ始める。
今日は父の葬儀に来てくれた遠い親戚のかたの葬儀に。

我が家の付き合いはどちらかというと、近所は別として、所沢よりも清瀬・東久留米なのだなとこのごろつくずく感じている。道の関係だと思う、つまりまっすぐの道でずーっとつながっている。